【全40話】英梨々とラブラブ過ごすエッチな夏休み 作:きりぼー
今回は英梨々の両親が登場します。ちょびっと登場させる予定が以外と主軸になってしまいました。そういうわけで原作とはキャラが違いますが、ご了承ください。
8月13日(土)夏休み21日目
早朝。俺が目を覚ました時、英梨々はすでにベッドの上にいなかった。俺はまた『倫理君』の名の防衛に成功し、『脱童貞』に失敗した。このシチュエーションで成就しないとなると、いよいよ一生童貞かもしれない。が、あきらめるにはまだ早い。『夏コミュ』イベントは土日で開催される。従って、俺と英梨々は今夜もここに泊まるのだ。
俺がリビングに入った時、英梨々はすでに着替えが終わっていて、今はヘアメイクをしている。今日の英梨々は一味違う。本格的に全力でコスプレをしている。けっこう悩んでいた。コスプレするか、お忍びをするか。どうせコスプレをするなら、金髪を生かさない手もないと思うのだが、素性がばれるのが嫌なのだそうだ。オタクであることを隠している英梨々にしてみれば、露出はさけたいのもわかる。
そういうわけで選んだコスプレが、ピンク色の髪のヒロイン、アーニャンだった。スパイ家族もので、今年のアニメではもっともブレイクしている。コスプレ競合率も高そうだ。しかし、このアーニャンコスプレには超えられない大きな壁がある。年齢が小学生入学時程度の6~7歳なのだ。これを高校生や大人がコスプレをすると、その時点で劣化していることは否めない。
それでも英梨々がこれを選んだのは、それなりに勝算があるからなのか、ただ単にこのアニメが好きだからなのかはわからない。
「どうかしら?」
「衣装すげぇな・・・それ、もうコスプレ用の布じゃねぇだろ」
「ブランドの特注品よ」
「無駄な金かけやがって・・・」
アーニャンの正装は、その名門学校の制服だ。作中の中でもその服が高価で仕立てのいいことが触れられている。コスプレ用のペラペラのポリエステルでは再現が厳しい。
「ただ、あれは本来冬服なのよね・・・そこで、夏の生地で仕立ててもらったのだけど、どう?」
「いいと思うぞ。コスプレ感とリアリティのバランスがいいと思う」
「そう、よかった」
そして、頭にウィッグをかぶった。ピンク髪のかつらである。英梨々の長い髪は先ほど編み込まれて、ネットによってまとめられている。ウィッグにはすでに、アーニャンのトレードマークである三角の飾りがつけてあった、巨大なアポロチョコみたいなヘア飾りである。
「おおっ、可愛いよ!すげぇ再現率」
「そう?」
「何かしゃべってみ」
「アーニャン。マカデミアナッツが。好きー」
「ぐはっ」
さすがだよ。英梨々。やる時はやるんだな。こんなできる子だなんて思わなかった。これで今年のコスプレ大賞はいただきだな。
俺はさっそくスマホで写真を撮った。すでにいろいろとサイト上の下準備はできている。ネット上ではフライングで発表しているコスプレーヤーもいる。
俺も英梨々の画像をリークする。この可愛さなら勝手に拡散されていくだろう。コスプレをしてコミケに参加する以上は画像の拡散は止められない。自己責任で参加するしかないのだが、それに対しても手をうってある。
準備が整ったので、俺と英梨々はルームサービスで朝食をとり、少し早いが会場にタクシーで向かった。
※※※
英梨々のパパ、スペンサーのおじさんがすでに会場に来ていた。案内されて俺と英梨々は通用口から入って、警備室で手続きを済ませた。首からは渡されたセキュリティーカードをぶら下げている。これで普通は開かない扉が開く。
英梨々とスペンサーのおじさんは会場へ先に向かい、俺は警備室内に入り、まずは無線の説明を受けた。なぜかというと俺は運営側のスタッフとして臨時登録されているからだ。それから警備員の1人に案内されて、救護室に行った。
そこには年配のナースがいた。コスプレでないナース衣装だが、どこかコスプレっぽくもある。場所のせいだろうか。
今日は来場者も多く、熱中症患者が例年でると言っていた。そこで簡単な応急処置を学び、歩ける人はここに連れて来て、無理そうなら無線で呼ぶように言われた。あくまでも具合の悪そうな人を見つけた場合のみで、俺の行動範囲は自由だ。建前上のスタッフということらしい。セキュリティーカードを持っているので、不適切な行動はとらないようにとだけ注意を受けた。なんてゆるいのだろう。
仕事の内容がわかったので俺は会場に向かった。まだ人は少なく、スタッフが設営の確認をしているところだった。英梨々の出店場所は、第二会場の奥で、壁際の一角、かなり広大なスペースが確保されていた。10ぐらいのサークルが販売できそうだ。
「ありがとうございます」俺はスペンサーおじさんにお礼を言った。
「いやいや、気楽にやりなさい。めんどうだったら、開場後にそれ、返しちゃっていいから」
「はい」
こんないい加減なことでいいのかと思うが、中のスタッフでうろうろしているだけの人や、たむろして話こんでいる人もいるから、それなりに紛れ込んでいるのだろう。どれが本物のスタッフでどれが特権階級の人か見分けがつかない。
それにしても、スペンサーのおじさんの恰好・・・どっかで見たことある気がする。スーツを着たイギリス人の紳士で、金色の髪がかっこいいイケメンのおっさんである。
「倫也君おはよう~」と陽気な声をかけてきたのが、英梨々のママ。普段は和装の美人で気が強い。この人も英梨々と同じくマンガが描ける。名前は澤村小百合をいう。小百合の百合からとってリリィ。サークル『エゴスティク・リリィ』の創始メンバーである。この一角にある店舗すべてが、『エゴスティック・リリィ』関連であり、英梨々のマンガはそのメインの一つである。
そして俺はこの小百合さんの恰好をみて、やっと思い出した。スペンサーのおじさんがしているのは、このスパイ家族アニメの主人公ロアドであり、小百合さんはその伴侶役のヨルンである。これが偶然の一致なのかわからないけれど、アーニャンの両親であるから、澤村一家は家族で家族のコスプレをしていることになる。全体的には年齢が高めだが、とても似合っていた。
「倫也君。昨晩はどうだったかしら?うちの娘は無事に女になれたかしら?」
どういう親なのだろうか。思考回路が普通でないので、俺はいつもついていけない。ダブルベッドをセッティングした張本人がこの人だ。
「ええ、無事に何事なく、娘さんはぐっすり寝ていました」
「あら~、あれでダメならどうしたらいいのかしら?」
「ほっといてあげてください」
「まずは、倫也君を脱童貞させた方がはやいかしらね?あたしでいい?」
「どー考えてもダメですよねぇ!?」
「あら、もうウブなんだから~」と言いながら笑って去っていた。
俺は頭が痛い。スペンサーのおじさんが笑っている。英梨々は顔が真っ赤だ。
こうして、開場に向けて準備がはじまった。その後、出店者の人がぞくぞくと入ってくると、会場内はだいぶ賑わってきた。
『エゴスティック・リリィ』のブースも完成し、英梨々の用意した、俺の裸のポスターがすご~く目立つ。これ、俺がそばにいたらばれるかもしれないので、できるだけブースに近づくのをやめておこう。
出店者の人が増えてくると、スタッフカードをぶら下げている俺はよく声をかけられるようになった。出店が初めての人達からトイレの場所、ちょっとしたルールなどを質問される。俺は経験もあり、会場についても詳しいのでだいたい答えることができた。
このあたりは腐女子向けのコーナーなので、BL物も多い。初出店の人は用意された長テーブルの上に本を置き、値段を描いた紙を置いているだけである。見るにみかねてしまう。
声をかけてきたのが女性の場合、俺はついでに販売方法などを解説してあげた。紙やマジックを用意している人もいたが、何も持ってきてない人もいる。英梨々のところから、紙とマジックを借りてきて、簡易ポスターの作り方を教え、長テーブルに飾り付けを手伝ってあげた。余計なお世話かもしれないが・・・
「あら、ずいぶんと女の子にやさしいのね~。倫也」
「つい、見かねてな・・・」
「ふーん、で、彼女のブースのことはほっとくのね?もうあたしことあきたのかしら、一晩一緒に寝たら、もう餌をあげないと?」
「一緒に寝ただけだよねぇ!?って、お前のところはプロフェッショナルすぎて、俺の出る幕ねーじゃねーか」
何しろ『エゴスティク・リリィ』は夏コミュ黎明期からの老舗である。俺や英梨々が産まれるよりも前からある同人サークルであり、売り方に俺がどうこう言えるわけがない。盛者必衰の激しい人気サークルのガレージとも違うのである。この会場の奥を陣取り、場に緊張と安定と調和をもたらしている。
開場まであと30分ほどである。俺は目立たないようにスタッフカードを胸ポケットにいれ、会場内を歩き、コスプレしている人をチェックする。出品者でもコスプレしている人はちらほらいる。アーニャンを見つけたら、声かけして撮影させてもらった。これもすべて英梨々のためである。
コスプレサイトは幾多もあり、俺がいまさら出る幕はない。狙うはもっとニッチなところだ。俺はアーニャンコスプレ専用サイト作り、すでに有名コスプレサイトからもリンクで飛べるようになっている。何しろトップ画面が英梨々なので、一度踏んでもらえれば登録してくれる。これを各種SNSと、『エゴスティク・リリィ』と、俺のラノベ紹介サイト、そして今は休止中のブレッシング・ソフトとも連携させておいた。
検索で『夏コミュ・アーニャン』とか、『コスプレ・アーニャン』とかで、検索上位になれば勝ちだ。あとは鼠算で増えていく。『夏コミュ・コスプレ』で上位なるのは難しい。それはやっぱり専門サイトが優位だろう。
英梨々を撮影して、そこにアップしていく。どうも『エゴスティック・リリィ』のあたりにいるらしいとリークしておく。すでに『いいね』が3桁を超え、アクセスカウンターも順調に増えていた。
※ ※ ※
開場した。
人が次々と入ってくる。人気の商品は争奪戦だ。それにゲストイベントなども場所取りが激しい。少し離れて見守っていたが、俺が心配する必要などなく、『エゴスティック・リリィ』のブースにも人が大量にやってきていた。アーニャン英梨々も売り子をしていて、列ができている。
「アーニャン。お買い上げ。ありがとー」と、しっくりこないセリフを成りきりながらしゃべっている。しかし、売っているのはエロ凌辱同人マンガである。ギャップがおそろい。
英梨々の両親のロアドさんとヨルンさんは売り子はやらないが、ブース内で活動している。関連スタッフを10名以上いて何かと忙しいのだろう。それでも写真を求められれば応じていたし、ロアドさんに至ってはだんだんと人気になってきて、ひっぱりだこだ。
俺はあまりに好評なので壁際を整理して写真撮影ブースを即席で作った。そうなると、声かけできない人も自然と並ぶようになり、夫妻で撮影に応じている。ヨルンさんもノリノリである。
売り子の英梨々アーニャンも人気で、行列ができ抜け出すタイミングをすでに失っているようだ。
俺は会場内を移動して、見回りをかねつつアーニャンコスプレを探し、お願いして撮影した。やっぱり元が少女なだけあって小柄な女性が多い。ただ中には明らかに体育会系のマッチョ男子がアーニャンコスプレをしている。これはもう狙っての行動で、それはそれでウケていた。俺もお願いして撮影し、サイトにアップしていく。
俺がサイトをチェックするとすでに4桁に到達していて、他の会場にいるアーニャンコスプレの人などもアップされていた。人気のものが上位に表示されるようになっていて、未だに最初にアップした英梨々のものが一番だが、序列は入れ替わりつつある。受付をやっている英梨々アーニャンも誰かがアップして、そちらの人気も高い。俺のスマホカメラと、プロやセミプロがそれなりの機材で撮影したものは画質が違うのだ。
アーニャンコスプレサイトでは、俺のサイトがどうやら覇権をとったようだ。安定しているし、いろんな人がアップしている。SNSとの連携も順調に増えていた。
外にあるコスプレ会場もそろそろ賑わってきていた。こちらはプロの方も多い。有名コスプレーが登場すれば歓声もあがる。夏コミュをテレビニュースでやるときは、ここの方がむしろ本番といわんばかりに映像で使われている。それぞれのコスプレーヤーが万を超えるファンを抱えている。SNS上のトレンドワードも入れ替わりが激しい。
外はクソ暑かった。何しろ会場はコンクリートである。ものすごいカメコの数がいる。セキュリティースタッフも多い。俺がぐるりと回ると、チラホラとアーニャンコスプレーヤーがいる。ここならもう許可を得なくても撮影できる。撮影NGや、SNSアップ禁止などのポップを立てている人がいる。もちろんそれに従う。ルールは大事だ。
俺も撮影OKの人を探してサイトにアップしておいた。所詮スマホ画質であるがサイトはこうして賑わっていく。
外に具合の悪そうな女性を見つけたので声をかけた。用意していた経口水分補給用の水で給水してもらい、歩けるか訪ねた。無理そうというので、無線を使って本部に連絡をする。すぐに近くの警備員もきた。救護室から担架と車イスが運ばれ、女性は車イスにのった。
俺が押して救護室まで運び年配のナースに診てもらう。簡易ベッドで横にして、しばらく様子をみる。軽い熱中症のようだ。俺はお礼を言われナースには褒めてもらった。よし、一応はスタッフとしての仕事をした。
一段落したところで『エゴスティック・リリィ』のブースに戻った。ますます賑わっていた。英梨々アーニャンの顔も疲れてきている。作り笑顔の限界か。とはいえ、ファンが並んでいるのだ、切り上げどきが難しいのだろう。
俺はブース内にはいって、英梨々の前に、『お花積み』の手製のポップを置いた。
「トモヤ。アーニャン。疲れた」と言っている。みりゃわかる。
とりあえず売り子スタッフを変わってもらい、英梨々を連れ出しトイレでまで案内した。どこも人が多い。セキュリティーカードを使ってバックヤードに退避して英梨々を休ませる。
「倫也、忙しすぎよ・・・」
「完売までは止まらないだろうな。何部刷ったんだよ?」
「今年は3000」
「ガレージ規模じゃねーか!」
「余ったら余ったでいいのよ。500ぐらいが無難なのにね」
「500でもすげぇよなぁ・・・」
伊達に『エゴスティック・リリィ』の看板をしょってないのだ。
「それで英梨々、これみてくれ」
俺はアーニャンサイトを見せる。
「どうだ、お前がナンバーワンだ」
「1位と違うわよ?」
「えっ?」
俺が確認すると1位が入れ替わっていた。人気コスプレーヤーのアーニャンになっていて、画像は高画質。このカウンターのあがり具合からして組織表が入ったか。無名の英梨々ではやはり分悪いのと、なによりも画質が悪い。誰かが後からとった受付をしているアーニャンの方が人気で、これと俺の撮影したのが入れ替わりそうだ。
「すまん」
「別に謝ることないわよ。それにしてもいつのまにこんなもん作ったのよ」
「性分でな」
英梨々がスマホをいじって、画像を眺めている。
「あたしの方がカワイイわよね?」
「自分でいうか、それ」
「似てると思うけどなぁ・・・」
「いろいろなファクターがあって、総合力が違うんだよ。お前もコスプレ会場にいったら?」
「いやよ、恥ずかしい」
「なら、しゃーねーな。さっきから呼び方が『受付アーニャン』で定着しているぞ」
「それもいやね」
英梨々がドリンクで水分を補給して、ブースに戻った。よほど悔しいのだろう、英梨々がスマホを両親に見せている。
「屋内と屋外で照明がちがうんだよねぇ・・・」
「あっスペンサーのおじさん」
「やぁ倫也君。これは負けられない戦いに参戦したものだね」
参戦というか、戦場作ったのが俺だとは言い出しにくかった。この人が親バカなのを俺はよく知っている。すでに目つきが鋭くなっている。
「これは負けられないわね。あなた」
「あまりプロの方に迷惑かけたくないんだが・・・」
両親そろって何か相談を始めた、スペンサーのおじさんはどこかに連絡をとっている。さっきから若い女の子に囲まれてニコニコした腑抜けたおっさんだったが、仕事をはじめると真剣である。この方がロアドのキャラに近い。
※ ※ ※
しばらくすると撮影スタッフがやって来た。当然プロのカメラマンもいる。それから自分達のブースを後にして、コスプレ会場に3人は向かった。英梨々アーニャンがすでに不安そうにしているが、それがまんまキャラクターにあっていたので、その姿も撮影されている。がんばれ英梨々。
俺は『エゴスティック・リリィ』のブースに留まる。何しろ所帯が大きいのだ。中心になる人がいなくなると混乱する。お客の要望やトラブルもあるからだ。一応、撮影会は一段したようだが、さっきから英梨々アーニャンを待っているファンもいる。並んだままだった。
俺はコスプレ会場に移動したことを伝え、そこへの行き方を案内した。何人かはそっちに移動していった。それでも英梨々アーニャンと握手ができると並んでいる人は不平を述べている。気持ちはわかる。商品が売り切れなわけじゃないのだ。
俺は即席で握手券をつくり、『エゴスティック・リリィ』のスタンプを押す。番号と日付もいれる。購入者特典にした。時間は16時~17時。この頃にはこのペースなら本は売り切れていて、ここも暇なはずだ。
現在は13時。昼食もとらずに英梨々は働き続けていた。
コスプレ会場がどうなっているか気になったが何かと忙しい。そろそろ休憩も回さないといけない。簡易シフトを即席で作ってスタッフに休憩をとってもらう。俺と同じように会場内を歩きたい人達なのだ。
売り切れの商品もでてきたので販売窓口を少なくし、さらに休憩に向かってもらう。現金の管理は大変で専門のスタッフがいる。札がある程度たまるとATMに入金しに行く。金額が半端ないのだ無用なトラブルを避けるノウハウは培われていた。
※ ※ ※
「ナンバー13、ナンバー13、応答せよ」
「こちら、13番。どうぞ」
「至急、救護室に向かってください。どうぞ」
「13番了解」
無線でなんどか呼ばれていたが、13番であること忘れていた。他のスタッフに声をかけてから救護室に向かった。救護室なので何事かと心配になり早足で移動する。
ヨルンさん。・・・小百合さんがベッドで俯せになって寝ていた。おまけに服がめくれあがって腰から背中まで丸見えだった。
「どうしたんですか」
「張りきすぎちゃったのよ」
「なにしたんです?」
「ほら、このキャラってアクション得意じゃない?」
「まぁそうですね、暗殺者ですから」
「それで、旦那のナイフジャグリングを足で受けたのよ」
「なにしてるんですか!?」
ナイフジャグリングでまずはツッコミたい。あのおっさん器用だな。俺がスマホで検索するとすでに動画がアップされていた。まんまロアドである。器用に三つのナイフを操ってお手玉をしていた。歓声が聴こえる。まったく謎のスキルである。外交官ってこうなんだろうか。
「で、英梨々とスペンサーのおじさんはどこへ?」
「先にお昼休憩してもらってるわ」
「のんきですね・・・」
なぜ俺が至急呼び出されて、当の親子は平然と飯を食っているのだか・・・
「それで、『エゴスティック・リリィ』の方はどうなったかしら?」
「問題ありません」
俺は簡潔に経緯と握手券のことを説明した。売り上げも順調である。
「倫也君ってほんと優秀よねぇ」
「いえ、見様見真似です」
「ねぇ、あたしの失敗も動画で上がっているのかしら?」
「ええっ、あがってますね。ばっちりと。ただ、その後の動画がバズってます」
「どんな?」
「これです」
寝ながら腰を抑えている、けっこういい歳のおばさんに俺は動画を見せる。まぁおばさんといっても、確かこの人アラフォーのお姉さんだけど。美人で見た目年齢はそれよいも若く、美魔女ってことになるんだろうか。
年配ナースがサロンパスを小百合さんの腰に貼っている。
「あらやだ、恥ずかしいわね」
「俺からは何もいえません」
動画には、ナイフを器用に蹴り、赤いハイヒールで受けているヨルンさんが映っている。黒いワンピースのスリットから出る生足がセクシーで、見ている人をさぞかし悩殺したことだろう。この曲芸はどこで身に着けたのだろう。ナイフはもちろん偽物だろうが、大道芸時代でもあったのだろうか。足で受けて地面に落とし、三本目でバランスを崩して、したたかに地面に尻餅をついていた。
「で、バズっているのが、この動画です」
「あらあら、これはまぁ旦那に惚れ直すわよね」
「ええ、狙ってないとしたら、相当ですよ」
「残念だけど、狙ってるわね」
「流石です」
尻餅をついたヨルンさんをロアドがお姫様抱っこしている。この持ち上げるところで悲鳴に近い歓声が動画から聞き取れる。ついてきた女性ファンだろう。もうこういうのに弱いわけである、腐女子なら特に。
別な動画では英梨々アーニャンが目を大きくして心配そうにしていて可愛い。こっちは天然だろう。
「そういうわけで、ここでゆっくり休憩してください」
「何かお昼を買ってくれるかしら?」
「ええ、いいですよ。何がいいですか?」
「ポンデリング」
「かしこまりました。適当に買ってきます」
俺は笑いをこらえるのが大変だった。親子で同じようなことを言っている。ミズドまでいって、俺は並んでドーナッツを適当に20個買った。ドリンクもアイスコーヒーとアイスティー買っておく。
救護室に戻り、小百合さんに選んでもらって皿の上に並べて置いた。ドリンクはコーヒーで、俺は言われるままにガムシロップとミルクをいれた。
「では、これでブースに戻りますね」
「ええ、ありがとう。あとはよろしくね。あたし、ここでしばらく休んでから戻るわ」
「はい」
ブースに戻って、スタッフに残りのドーナッツを届ける。もうだいぶ売り切れが出ていて、スタッフに余裕がでてきていた順番にドーナッツを食べている。スペンサーのおっさんと英梨々も戻っていて、英梨々は忙しそうに握手に応じて、握手券を消化しつつ同人本をまだ売っている。
「やぁ、どうだった?うちのおてんば姫は」
「大丈夫そうです。今、救護室でドーナッツ食べています」
「そうかい。ありがとう。ところで見たかい?ボクの動画」
「ええ、見ました。さすがです」
「はっはっはっ、そうだろう?ツボを抑えているだろ」
うん。わざとだった。さすがとしか言いようがない。
「トモヤ。アーニャンも。ドーナッツたべるー」
「おまえは、さっきランチたべんだろ」
「アーニャン。あとで。ドーナッツたべるー」
「で、何がいいんだよ」
「アーニャン。ポンデリング。すきー」
「さすがだよ!」
俺はポンデリングを小分けしておく。さっきの動画でバズったせいか、『エゴスティック・リリィ』のブースにだいぶ人が集まっていた。この分だとそろそろ完売である。英梨々アーニャンも全員と握手しているわけでないが手が辛そうだ。笑顔は固まったままだ。
※ ※ ※
ヨルンさん・・・じゃない小百合さんが戻ってきた。ブース内の商品も売り切れが目立ち始めていて、2000部刷った商品もあとダンボール人箱分もない。1人1冊にして、逆算しながら、列の人に伝えていく。残念ながら購入できない人も出てしまった。
俺は撤収作業が始まる前に、警備室にいって無線とセキュリティーカードを返した。警備スタッフにお礼の挨拶をする。
ブースに戻った頃に、ちょうど完売して拍手が沸き起こった。英梨々の握手券だけ数えると、来てない人が2名ほどいた。英梨々はほっとしたように背伸びをして、ポンデリングを口にした。俺はペットボトルのお茶を渡した。
撤収作業をしながらも、家族で撮影に応じていた。実質、スタッフと俺だけで片付けている。俺はスタッフに、「このポスターのモデルの方ですよね?」と言われたが、まったくの風評被害です。と答えておいた。
16時になると、握手券を持った方が2名とも早々と来てくれて、無事に回収できた。英梨々も笑顔で握手している。どこかのアイドルみたいになっていて笑える。まぁ、1日アイドル体験みたいな感じだろう。たぶん、英梨々には向いてない職業だ。
「もう、お2人は自由行動でいいわよ」
「はい」
「倫也君の謝礼は全部清算してからするから、少し待っててね」
「いえいえ、十分受け取っていますから」
高級ホテルに泊まり、ケーキバイキングとフレンチを食べれば十分だ。10万を下ることはないだろう。日当で1万出ても、到底届かない。
「倫也、少しいいかしら?」
「どうした」
「疲れたのよ。どこか静かな場所ない?」
「あるぞ」
俺は英梨々を連れて行ったが、すでにセキュリティーカードを返却しているのでバックヤードにはいれなくなっていた。
「すまん」
「あんたって、ほんと使えないわよね」
「まったくだ。あっちの上の方が静かかな?」
「そうね」
上のフロアにあがり、端のほうの長椅子に座った。ここは人があまり通らない。ただ午前中には人気で、窓からは行列を作って外に並んでいる人を見下ろせる。
「ここがかの有名な『はっはっはっー、人がゴミのようだ!』とムズカごっこができる場所だよ」
「もう、人いないじゃない」
「この時間じゃな。まだまだ賑わっている会場もあるし」
「あたしも、終わったら見て回ろうと思ったのに・・・今日はもう無理」
英梨々が眠たそうに目をこすっている。早起きしすぎなのか、あまり眠れなかったのか。
「倫也。膝借りるわよ」
「どうぞ」
英梨々が横になって俺の膝で甘えている。普通は逆だろうに。
「ねぇ、倫也は今日楽しかった?」
「そうだな。まぁ楽しかったよ。いろんな経験できたし」
「そう良かった」
「英梨々は?ずっと笑顔だったようだけど」
「まぁ楽しかったわよ。一生分働いた気分ね」
「お前の一生短くていいなっ」
英梨々が少し目を閉じた。俺はスマホをいじってサイトをチェックする。1位のコスプレーヤーに万を超える「いいね」がついている。このサイトもずいぶんと人がおとずれてくれたようだ。
サイトの下にスクロールすると、英梨々アーニャンがちらほらとある。俺の最初に投稿したものはもうずっと下になった。プロが撮影したものはやはり映りがいい。本来は雑誌や新聞用なのだろうが、このサイトにもアップしてくれたようだ。満面の笑みの英梨々アーニャンはカワイイ。あと、困った顔の英梨々アーニャンもカワイイ。けれど、今急上昇中で、見ているそばからカウンターがあがっているのが、家族写真のものだった。3人で手をつないで、3人とも弾けるように笑っている。もうしばらくすると、カウンターの伸びから1位になるかもしれない。
通りがかった人が、「撮影していいですか?」と声をかけてきた。俺はうなずく。英梨々の寝顔を撮影している。俺からは良く見えないので、サイトにアップするように頼んでおいた。
それから、俺には最後にもう一つだけ大きな仕事がある。それが、コメント欄にある、「このコスプレーヤーは誰か?」という詮索だ。プロ顔負けの可愛さなのである。多少のメイクはしてあっても、英梨々にたどり着かれるかもしれない。
そのための準備はすでにしてある。俺はコメントを見つけるたびに、「チェコ人のコスプレーヤーらしい」「日本に遊びにきているらしい」「サイトで確認できるぞ」などのコメントと一緒に偽サイトに誘導する。それ以上は詮索ができまい。しかも、そのチェコ人英梨々のサイトは俺によって運営されるから更新もされる。偽物でもあり、本物でもあるのだ。
※ ※ ※
やっとホテルに戻ってきた。会場付近ではタクシーが捕まえられなかった。しょうがないで歩いて帰ってきた。
英梨々はホテルに戻ると、ベッドの上に倒れ込んだ。疲れたのだろう。
「倫也~。あたしの代わりにお風呂はいってきて」
「俺はお前の代わりじゃなくて、俺のために風呂にはいるよ」
「ケチ」
「すまんな」
「今、何時~」
「19時を過ぎたとこ」
「倫也、どうしよう」
「どうした?」
「予約が20時」
「キャンセルしたら?」
「ドタキャンはキャンセル料かかるわよ。別にいいけど」
「どこの店?」
「ここの日本料理の会席コース」
「そりゃあ豪華だな!」
「倫也~。服脱がせて」
「それ、割と真面目にいってるだろ?」
「あたりまえでしょ」
「だが、断る」
「ヘタレ」
「とりあえず、俺が先にシャワー浴びてくる」
「うん」
俺はバスルームにはいってシャワーを浴びる。着替えはトランクの中だが、それは明日の衣装だ。備え付けのパジャマでいくわけにはいかないし、俺はもう一度同じ服を着た。
シャワーから出ると、髪がぼっさぼっさの英梨々が立っていた。すでにカツラとネットをはずしている。おまけにコンタクも外していて、目つきが悪い。俺の好きなダメな方の英梨々で安心感がある。
頭をガシガシとかいている。かいた指の匂いを嗅いで「くさぁ~」とか言っている。この残念美人感がたまらない!
英梨々がバスルームに入っていった。俺もやっとほっとしてソファーにぐったりと座る。何も豪華な食事とかいらないから、簡単なものが何でもいいから食べたかった。というか俺はドーナツを1個食べただけと今気が付いた。ゆっくりランチを食べる時間がなかった。
バスルームへの扉が開いて、英梨々が顔をだしている。頭にはタオルを巻いていた。
「倫也、あたしの服と下着なんでもいいから、とってくれるかしら?」
「準備してはいれよ」
「なによ~。じゃ、あたしが裸のまま出て、そこに取りにいけとでもいうのかしら?あたしはそれでもいいけど」
「バスタオルぐらい巻け」
本当に英梨々がバスタオルを巻いてでてきた。目のやり場に困る。しかもかなりバスタオルが高い位置に撒かれていて、生足が見える。つか、見えそう。俺は目をそらす。
英梨々はそんな俺を気にせずにキャリーバックを開けて、がさごそと服をいじっている音がする。
「ヘタレ」
捨て台詞のようなものを残してバスルームに戻っていった。いったい、俺が何をしたというのだろう。いや、何もしてないから言われるのか・・・
扉を開けっぱなしなので、ドライヤーの音が鳴り響く。やがて、白いノースリーブのロングワンピースを着た英梨々がでてきた。髪はストレートのままだ。目つきが悪いので、俺はメガネケースからメガネを出して渡した。
「この服に、メガネで合うかしら?」
「服に合わせてメガネ新調していたら大変だろ」
「そんなこと聞いてないわよ」
「カワイイヨ エリリ カワイイヨ」
「もう、それいいわよ」
けっこう時間が迫っていた。英梨々をつれて日本料理屋に急いだ。
個室に案内され、俺たちはアイス緑茶を頼む。わざわざ有料の飲物など頼みたくないが、お酒も飲まないで利用するのはお店の人にも悪い。
会席膳は次々と料理が運ばれてくるが、いかんせん量が少ない。今はがっつりと食べたかった。
「倫也、お腹空いてるでしょ」
「ああ、何しろドーナッツ一個しか喰ってないからな」
「忙しかったのね、オーダーするわよ」
英梨々が店員を呼んで、お任せ寿司1.5人前を注文した。「急ぎで!」の一言も添える。
石焼きで牛肉を焼いている頃に寿司が来た。実に鮮度の良い豪華なネタが並んでいる。それを適当にわいわいといいながら英梨々と食べた。
会席の終わりにでてくる、ご飯とみそ汁も綺麗に平らげ、上品なマスクメロンも完食して、俺も英梨々も満足した。やっと人心地が付く。
昨日とちがって、すべておいしく食べることができた。空腹は最大の調味料である。
※ ※ ※
夜、9時を周ったころに部屋に戻ってきた。英梨々がいきなり服を脱ぎ捨てた。
「ちょっ、お前っ!」
「少しは慣れなさいよ!」
「慣れるか!」
白い下着姿だった。下着はレースだろうか、透けて見えた気がしなくもない。
英梨々は更衣室から取り出したロングシャツのパジャマに着替えている。
今日は俺も同じものをきた。下がスースーする。2人で並んで歯を磨き、一緒にマウスウォッシュをして、それから目があったので、一度キスした。英梨々の耳が赤くなる。それからもう一度キスをした時、英梨々は俺の唇をあまがみした。俺も英梨々の下唇を少し吸うようにキスをした。
英梨々が下を向いた。
「倫也、寝ましょ」
「少し早いけどな」
「眠いし、明日も早いし」
「あれ、明日も出店するんだっけ?」
「しないわよ。でも通用口から入るのは時間が決まっているから」
「わかった」
寝室に移動した。今日は扉が閉まらないように一緒に部屋に入った。いそいそと英梨々がカーテンを閉めたから、俺は部屋の電気を調整した。薄暗くてちょうどいい。今日はするな?さすがにするよな。英梨々もそれっぽい雰囲気だったしな!
ベッドの上で2人は横になる。俺が左で英梨々が右。手をちょっと伸ばすと、英梨々の手とぶつかって、ブランケットの中で指をからめる。英梨々が軽くアクビをしている。
「今日はもう疲れたから、あたし寝るから」
「そうだな」
「手をだしたら承知しないんだからね」
「説得力ねぇな」
「おやすみ!」
「ああ、おやすみ」
「ちょっと、右腕貸しなさいよ」
「いやだよ」
英梨々が俺の右手を持って、また枕にした。そして今日は俺に背中を向けている。俺の右手に両手を絡めて遊びながら、俺の指にキスをしている。
「あんた、昨日。・・・あたしの寝ている間にエッチなことしたでしょ?」
「シラナイヨ シテナイヨ」
「それ、認めてるのと変わらないわよねぇ?」
「お前、なんで寝ている時ノーブラだったんだよ」
「デリカシーのない質問ね」
「誘ってるんじゃ・・・グフッ」
英梨々が俺に肘打ちをしやがった。ところで今日はどっちなのだろう?さっきの感じだと外す時間はなさそうだったけど。
「あたしは寝るときは付けない派なのよ」
「必要ない派だろ・・・ゴフゥ」
英梨々が肘撃ちを(ry
俺は英梨々に方へ身体を向けて、左腕を抱きかかえるようにした。英梨々がその手を握る。そしてアクビをする。俺もつられてアクビをした。疲れた。
「今日はどっちだと思う?」
「何が?」
「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?」
「付けてる」
「・・・バカじゃないじゃない」
「で、どっちだ?」
「確かめてみなさいよ」
英梨々が俺の左手を自分の胸のところに押し当てた。柔らかな感触が伝わる。そして服の下の布の厚みも確認できた。
「正解だろ」
「倫也って、バカよね」
「なにがだよ」
「バーカ、バーカ」
「どういうこと??」
英梨々がギュと押し当てていく。俺は右手も使って英梨々を抱きしめる。後ろからぎゅぅーって抱きしめた。英梨々の背中は俺の胸にぴったりとくっついた。英梨々のいい香りする。クラクラする。
「あたしね・・・寝る時はノーブラ派なのよ」
「・・・」
「三度は言わないわよ」
隣のリビングでケータイ電話の鳴っている音がする。俺も英梨々も気が付かない振りをした。
「どうやって外すんだ?」
「後ろのホックを外すんだけど、たぶん、脱ぐのにはこの服を一度脱がないと無理ね」
「この服はどうやって脱がすんだ?」
「前のボタンを全部はずして・・・って、倫也、何もかもあたしに説明させないでよ」
「すまん」
「あと、ちょっと強く抱きしめすぎよ」
ケータイは鳴りやまない。いつだって、いい時にジャマがはいる。英梨々がまた大きくアクビをしている。
指を使って、英梨々のボタンをはずそうとしたけれど、英梨々はその指に指を絡めてきて邪魔をする。
「そろそろ、寝ましょ倫也」
俺はおやすみを言えずに、もう少しボタンをはずそうと試行錯誤していた。体勢が悪い気がする。腕が自由に動かない。ケータイが鳴りやんだ。
やっとの思いでボタンを1つだけ外した。ボタンは全部でいくつあるのだろう?
「すぴー、すぴー」
「狸寝入りにもほどがあるなっ」
次のボタンを探して、腕を動かす。英梨々が邪魔をする力が弱くなっていた。その下のボタンをなんとか外した時に、英梨々はもう俺の邪魔をせずに、静かにしていた。
あれ?俺が興奮しているのに、英梨々は寝たかもしれない。もうアクビもしない。
「英梨々、寝たのかよ・・・」
小さな小さな寝息が聴こえるけど、それが狸寝入りなのかよくわからない。このまま続けるべきなのだろうか?俺のこの性欲をぶつける方が男らしくって、ヘタレでなくなるのか。
でも、俺はそんな風に英梨々を扱いたくはなかったし、自分の欲望に葛藤しながらも、結局はボタンをはずすことができなかった。
英梨々を腕枕している右腕の痺れを感じながら、目を閉じて時間と嵐のような欲情が通り過ぎるのをまった。
(了)
倫理君・・・