【全40話】英梨々とラブラブ過ごすエッチな夏休み 作:きりぼー
8月14日(日)夏休み22日目
俺が目を覚ました時、英梨々はベッドに腰をかけて歯を磨いていた。
「おはよ。英梨々」
「おふぁよう」
「口をすすいでからしゃべれ」
英梨々が立ちあがって洗面所に向かった。俺はその後ろ姿をぼんやりと目で追った。英梨々は昨日と同じロングシャツのパジャマを着ている。俺が昨晩、苦心してボタンを2つ外したパジャマだ。
「ほら、そろそろ起きなさいよ」と英梨々が戻ってきていった。俺は英梨々を上から下まで見る。髪はまだ結っていないが、櫛は通されていて、窓から入る朝の光に煌めいていた。俺は英梨々の胸に目が釘付けになる。俺の感性が間違っていないなら、胸のふくらみに、さらに小さな膨らみがあるような気がする。そこまではっきりはしていない。
「なぁ英梨々」
「なによ?」
「ちょっと、こっち来てくれる?」
俺はベッドで上半身を起こした。英梨々が近寄ってくる。
「もうちょい」
「なんなのよ」
「もうちょっとだけ」
「もう・・・」
「えいっ!」
近づいてきた英梨々の右胸に、俺の右手を伸ばしてつかんだ。ジャストフィット!
「あんたねぇ・・・」
怒りもせず、逃げもせず。英梨々が俺に胸を触らしている。俺がちょっと揉むと。離れていった。
「バカなことしてないで、起きなさいよ。朝からバカじゃないの?」
「いや、大事なことだから、確認しただけだ。他意はない。というか英梨々。お前、胸を触られてノンリアクションなのもどうかと思うぞ?」
「低血圧だからそんなに朝からテンション高く行動できないのよ」
「う~ん」
「ルームサービス頼んでおいたから、そろそろ来るわよ」
「ノーブラだよな?」
「あたしは、寝るときはそうだと言ったでしょ」
「いつのまに!?」
英梨々はため息をついて、リビング方へ向かった。俺もそろそろ起きる。元気な息子が今日も無事に朝を迎えてほっとするよ・・・情けない。
※ ※ ※
『夏コミュ』の2日目。出店している同人のジャンルが変わる。
朝、英梨々はコスプレをして参加するか、お忍びでいくかを迷っていた。今日はのんびり夏コミュを楽しみたかったようだ。ご自慢の金髪ツインテールを封印し、髪をこじんまりとまとめ上げ、大きい茶色のベレー帽の中に隠した。大きな黒ぶちメガネをかけ、黄色と茶色のチェック柄の長袖に、赤茶色のデニムズボンと、上から下まで地味だ。競馬新聞でも持たせたいが、本人的にはキセルをもった探偵風のイメージらしい。怪しいという点では共通しているし、俺はまぁ特に言うことはなかった。
昨日と同じ通用口から入った。俺も英梨々もセキュリーカードも無線も渡されずに、今日は取材の腕章を渡された。これが一番気楽に自由に動けるらしい。所属は出資している新聞社のバイト扱い。一応、原稿3つが提出ノルマとなった。テーマは自由で、この夏コミュに関するものならなんでもいいらしい。
開場まではまだ1時間以上もある。外は行列がすでにできている。俺と英梨々は例の高い所まであがって、「はっはっはっ、人がゴミのようだ!」とセリフ付きで動画をお互いに撮った。やっと夏コミュに参加した実感がわく。他の人も順番に並んで同じことをしていた。
英梨々が上のフロアから会場の設営をぼんやりと眺めている間。俺は原稿を書いていく。
「あんた、まだ始まってないのに、なんで原稿を書けるのよ」
「昨日も来てたからな。簡単な仕事は先に済ませておく方がゆっくり楽しめるだろ」
「別に建前のバイトなんだから、やらなくてもいいわよ」
「できるだけ迷惑かけたくないんだよ。これで結果がでれば、来年だって来やすいだろ」
「まぁ好きにしなさいよ。で、何を書くのかしら?」
「テーマは3つ。過去、現在、未来だな。『老舗同人サークルの役割と意義』、『進化し続けるコスプレーヤーと観客のマナー』、『悪役令嬢ブームに続く、次の流行の兆し』で、書いてみようと思う」
「まじめよね」
「手の抜きようもないだろ」
「じゃあ、ついでにあたしの分も書きなさいよ」
「自分でやれよ」
「あたしはやらないわよ」
「せめて、テーマぐらい考えろ」
「そうねぇ・・・『同人作家の節税方法』、『並べるだけでは売れない、新しい販売テクニック』、『侵害され続ける表現の自由』でいいわ」
「まじめかっ!」
英梨々は欄干の上で腕を組み、その上に顎をのせて退屈そうに下を眺めていた。昨日の様に忙しすぎるのも嫌だが、やることがないのもまた嫌なようだ。女心は難しい。
※ ※ ※
開場した。にぎやかになってきたら、英梨々の調子も出てきた。俺は英梨々について周り、荷物持ちをする。英梨々は同人誌の見本を手にとってパラパラとめくり、少しでも気になったら買っていく。流行や人気作家を追いかけるようなことはしない。そのような作品は欲しくなったら、後からネットでも購入がしやすい。価値があるのは将来目がでそうな作家の同人誌である。販売部数も50部程度の人もいて希少性が高い。
「重いんだが・・・」
「あら、けっこうな量ね」
「一度配送手続きしてくる」
「そう、お願い。あたしはこのあたりのブースにいるわ」
リュックがいっぱいになり、二重にした紙袋もいっぱいになってきた。紙なので密度が高く重い。配送センターまでいって、ダンボールに詰めて手続きをする。これで一度身軽になった。この日に何万と費やす人は多く、英梨々のように目についたものを次々買っていくお客も少なくはない。自販機でナタデココ入り乳酸菌飲料を買って、ベンチに座って一息つく。
「倫也先輩」
少し甲高い声が聴こえた。あたりを見回すと、出海ちゃんが手を振っている。2つ下の後輩で、赤毛の可愛い女の子だ。絵も上手いが、運動も得意で溌剌として明るい。おまけに出るところは出て、女性らしい体型をしている。白いシャツに短いネクタイをして、ギンガムチェックのスカートをはいている。何かのコスプレなのか、そういうファッションなのか判断が微妙だ。
「ああ、出海ちゃんも来てたんだ」
「わたしは今年も出店しているんですよ。あとで来てください」場所を教えてもらった。
「それで、倫也先輩はお1人ですか?」
「いや、英梨々・・・澤村と一緒だよ」
「ああ、澤村先輩は今日も来てるんですね」
「あれ、昨日も会ってる?」
「会ってますよ。倫也先輩とは会ってませんが、アーニャンコスして売り子してましたよね」
「そうそう。バレたか」
どうやら、出海ちゃんは『エゴスティク・リリィ』の同人本を買いに来ていたようだ。ファンなので当然か。英梨々は忙しすぎて気が付かなったようだ。俺もぜんぜん気が付かなかったから、いない時に買いきていたのだろうか。まぁそこを詮索してもしょうがない。
「わたしは今年、美術部の有志で参加しているんです」
「へぇー」
「うちの学校って漫研ないじゃないですか。作ればそれなりに需要があると思うんですよね。美術の中でこっそり活動してて、肩身が狭いんですよ」
「あれ、漫研って許可下りないんだっけ?」
「そうですよ。進学校だからですかね?頭固いですよね」
「そうだなぁ」
いつの間にか出海ちゃんが隣に座った。距離が近い。女の子の匂いがする。あと、近くで見ると胸の膨らみに迫力があって、これがなかなか・・・
「出海ちゃんも何か飲む?俺が先輩風を吹かせて、ジュースをおごってやろう」
「なら、せっかくですから・・・同じものお願いします」
「よし」
俺は自販機で同じものを買って、ペットボトルのキャップを少し緩めてから、出海ちゃんに渡した。
「・・・こういうとこ、優しいですよね」
「どこ?」
「いえ、気が付いてないならいいんです」
出海ちゃんがペットボトルに口をつけて、一口飲んだ。
「ところで倫也先輩、恵先輩はどうしたんですか?」
「ぶはっ」
俺は思いかけない剛速球に飲んでいるドリンクを吹いた。慌ててタオルで拭く。加藤恵。俺の同級生で去年は一緒に夏コミュに来た。ゲーム作りの長い時間を共に過ごした。年末に英梨々と付き合いはじめからは、距離をとられて、口をほとんど聞いていない。俺にはどうしようもできない。
「加藤は・・・どうしているんだろうな」
「本当に別れちゃったんですね」
「ぶはっ」
ダメだ。出海ちゃんの前で何かを飲むのは危険だ。飲物が気管支に入って俺は咳こんだ。
「大丈夫ですか?」
「あまり、大丈夫じゃないよ・・・とにかく、加藤とは付き合ってもないし、何もないから」
「まぁ噂ですから」
「どんな?」
「だから、倫也先輩が加藤先輩を捨てて、澤村さんを恐喝して奴隷にしているって噂ですよ」
「なんか、俺が腐れ外道になってない!?」
「わたしは倫也先輩がそんな人じゃないって信じていますけどね」
「出海ちゃん・・・」
「ただのヘタレ童貞の先輩って知っていますから」
「出海ちゃん!?」
ふぅ、ドリンクを飲んでなくてよかった。言いたいこと言われている気がするが、まぁ伊織の妹だし、口が悪いのだろう・・・
「じゃあ、わたしはそろそろみんなのところに戻りますね」
「ああ、うん。あとで行くよ」
「澤村先輩も連れて来てくれますか?」
「ああわかった」
「みんな喜ぶと思いますので」
「そうなの?」
「ああ見えて、後輩思いで慕われていますから。今回のコミュケも誘ったんですけどね」
「へぇ・・・」
出海ちゃんが戻っていった。俺はどっと疲れた。
加藤のことを思い出した。去年はなんだかんだと楽しんでくれたのだろうか、楽しかったらまたここに来てもよさそうだが、1人では来られないだろう。でも、誰かが誘って加藤がここに来ていても嫌だな。今、何をしているのか確認してみるか?確認してどうする?どうしようもない。以前に送ったLINEのメッセージは既読が付かないままだ。もう何ヶ月もたつ。
加藤とも楽しく遊びたかった。一緒にここにきて今年はコスプレデビューでもさせてみたかった。リアクションが薄いがああ見えてノリのいいところもある。
俺が英梨々と付き合ってから、加藤は距離をとった。俺と遊ぶことはなくなった。それは当然なことなのだろう。
加藤のことを思い出すと、胸がチクリと痛い。
俺はそれを気が付かないことにして、英梨々のところに戻った。英梨々はまた多くの同人誌を買って重たそうな荷物を持っていたので、俺が代わってもってやった。
※ ※ ※
「わぁ~澤村先輩だぁ~」
「本物だ~」
なぜか、英梨々が黄色い歓声を浴びている。出海ちゃんが主催のサークルだった。メンバーは美術部員なので、全員が英梨々の後輩になる。出海ちゃんの服装と同じ格好をしているのは、コスプレするほどふっきれず、一応みんなで合わせた結果なのだろう。みんな可愛くてよく似合っている。
最初は嫌がっていた英梨々だが、いざ連れて来てみると、まんざらでもないようだった。先輩、先輩と慕われるのは気分が悪くないのだろう。学校の時のお嬢様モードになっている。自分の服装が怪しいことを忘れているようだ。俺は英梨々の帽子を取り、黒ぶちメガネを外して、オシャレなピンクゴールドのメガネに変えてやった。
「ほら、彼氏が無理やり連れて来たから」
「そうなんですかー」
英梨々がオタクであることは秘密だ。ましてや『エゴスティク・リリィ』のエロ凌辱漫画の同人作家であることはトップシークレットである。出海ちゃんもそのことはわきまえている。出海ちゃんはBL漫画を描き、こちらも秘密だ。お互いに一般人には知られたくない秘密の趣味である。それに、出海ちゃんは英梨々の漫画の才能を尊敬している。女としては小馬鹿にしている気がしなくもないが・・・
この美術部の同人サークルは、エロ漫画ではなかった。一般向けの二次創作でそれぞれが描いた作品をまとめたものを販売している。俺も5部ほど買って、売り上げに貢献する。
「出海ちゃん、何部刷ったの?」
「200です」
「けっこう張り切ってるね・・・」
「余ったら学校で配りますから。それに・・・」
「それに?」
「倫也先輩がまた売ってくれると思って」
あら、嬉しい事いってくれるわ。表紙が出海ちゃんの絵なので、手には取りやすい。アマチュアというよりはセミプロレベルで、大手サークルの『ルーランルージュ』の看板作家になり損ねている。あちらは紅坂朱音という有名クリエイターが主催しているサークルでガーレジ売りをしている。
「波島ちゃんって、この先輩と仲がいいの?」出海ちゃんの友達がいった。
「うん。倫也先輩とは小学生の時からの関係をもっていて」
「その怪しい言い方やめてね!?」
「へぇ・・・でも、どうして出海ちゃん呼びなの?」
「それは、わたしと倫也先輩が特別な関係だからです」
「わぁ・・・」
「いや、ただ出海ちゃんの兄と知り合いというだけだから」
知り合いということころがミソ。兄の伊織とは中学生の時に同級生だった。オタク趣味が一緒だったが、あいつとは方向性がちがって仲違いした。
さっきから英梨々が聞き耳を立てていて、何かをツッコミたいのを我慢してうずうずしていた。とはいえ、後輩の手前、お嬢様モードを崩さない。それが笑える。
英梨々がブース内で手伝い始めた。だんだんと熱がこもってきて、というか地が出てきて、ブースの中で絵を描き始めている。販売方法が気になるのだろう。ポスターやポップアップなどのアイテムが大事だ。俺が協力しなくても、英梨々がいれば十分だろう。
それに、英梨々もこのぐらいのサークルでのんびりと出店した方が楽しいかもしれない。
「そういうわけで出海ちゃん。売り方に関してはそこの優しい先輩がアイデアを出してくれると思うから、俺はちょっと別のブースにいってくる」
「そうですか・・・残念です。でも、倫也先輩も男ですものね、エロコーナーに行きたいのを引き留めるわけにはいきません」
「いや、ただの巨大ロボットコーナーに行くだけだからね?」
後ろで女子生徒が俺の顔を見てひそひそ話している。噂の英梨々を脅迫している変態さんの誤解は、もしかしたらこの出海ちゃんのせいなのでは・・・
まぁいいや。
※ ※ ※
俺は1人で自由に見て回った。オタクといってもジャンルは広い。俺と英梨々の共通のところもあれば、違うところもある。巨大ロボットなどがそれだ。一通りぐるりと見て回り、気に入ったものをいくつか選んで購入した。
他のブースも見て回り、英梨々の好きそうなものを見つけたら適当に購入しておいた。
ランチの時間に出海ちゃんのサークルにドーナッツを10個ほど届けた。英梨々も笑顔でだいぶ溶け込んでいた。あんまりキラキラ輝いている英梨々よりも、今日みたいなお忍びの恰好の方が後輩も話しかけやすいのかもしれない。英梨々は後輩のリクエストに応えて絵を描いていて、描いたものは、ペタペタと長テーブルに貼っている。様々なマンガのキャラクターがテーブルを彩っている。
販売ペースから逆算して、夕方ぐらいまでかかるかもしれないが完売するだろう。英梨々が楽しく過ごしている以上は、俺の方に気を使ってもらいたくない。俺は英梨々をサークルに預けたまま、他のブースを見て回って過ごした。1人は1人で気が楽だった。加藤のことを思い出してはかき消した。
時々、上のフロアからサークルの状況を確認して、完売が近くなったころに戻った。完売するとみんなで喜んでいた。英梨々の面目も立っただろう。片付けを手伝う。
「英梨々、打ち上げやるのか?」
「さぁ?」
「出海ちゃん、打ち上げやるの?」
「あんまり考えていませんでした。売れ残ると思っていましたし、最後までいると遅くなりますし・・・」
「ほら、英梨々、誘ってやれよ」
「なんで、あたしが」
「先輩だからだろ」
「断わられたらどうするのよ」
「断らんだろ、時間も余裕あるし」
「そう?」
俺と英梨々の会話は小声である。
英梨々が緊張しながらみんなを打ち上げに誘った。もちろん喜んで承諾されていた。
さっそくスマホで店に予約をいれる。後輩が5名なので、俺をいれたら7名になる。俺が参加すべきかどうか迷うが、先に帰っても感じが悪かろう。隅でおとなしくしよう。
ちなみに売り上げは500円×200部で10万ほどある。高校生としてはおいしい金額だろう。諸経費を差し引いても十分な利益だ。
みんなで歩きながら会場をあとにする。しばらく歩くと賑やかな場所になる。そこのショッピングモールに入る。選んだ店は中堅の焼き肉屋である。英梨々に比べたら庶民とはいえ、進学校の私立である。みんなそれなりにお嬢様なので問題はない。
焼肉のコースをオーダーする。お昼がドーナッツだけと軽かったので、まだ17時だったが、みんなお腹がすいていたようだ。
俺は英梨々の隣で口数少なく過ごす。会話を回しているのは出海ちゃんで、みんなの笑顔が絶えない。英梨々もお嬢様らしく口を抑えて笑っている。
英梨々が大切に育てたタン塩を俺は横取りをして喰う。
「ちょっとあんな、何してんのよ・・・」
「ほら、お嬢様モード、お嬢様モード」
俺は何食わぬ顔で英梨々の横で、小声でつぶやいた。英梨々が苦笑いしている。これは楽しいかもしれない。
英梨々が育てたカルビを俺はもちろん横取りをする。
「あんたねぇ・・・」
「ほら、顔が引きっつってるぞ、みんな見てる」
「覚えておきなさいよ」
英梨々が作り笑顔をしている。お嬢様モードといっても、実はそれも英梨々の素なのだろう。そんなに違和感がない。むしろ、俺といる時のツンケンしている時の方が、自分を作っているのかもしれなかった。
もちろん、英梨々がまた育て始めたタン塩を俺は横取りをしようとする。
ガッ!
英梨々が箸で、タン塩を抑えた。
「ちょっとねぇ!倫也。あんた、バカなの?死ぬの?」
英梨々が我慢できなくなって、大きな声を出した。
出海ちゃんが下を向いて笑っている。後輩は呆然としている。
「しょうがない、英梨々。このタン塩はお前に捧げよう」
「元々、あたしのでしょーが!」
後輩も笑い始めている。これも英梨々の一面なのだと、俺は無言で教えてやったのだ。
英梨々は我に返って、顔を赤らめている。それもまたカワイイ。
※ ※ ※
英梨々がカードで会計を済ませた。全額をおごるのは別にいいが、一応あんまり上からでもよろしくないので、1000円ずつ後輩から徴収させた。英梨々としても今日は昨日よりも楽しかったのかもしれない。だいぶご機嫌である。
駅でみんなを見送った。俺たちは少し時間をずらしてから電車に乗った。疲れたようで口数は少ない。何度か電車を乗り換え、地元のローカル線に乗った。この電車に乗るとほっとする。もうすぐ我が家だ。
「はい。これ」
「どうも」
英梨々が飴ちゃんをくれた。スイカ味だ。俺はそれを口に含んだ。英梨々は包装のゴミを回収しバッグにしまった。
「悪かったわね」
「何が?」
「一人でほっといて」
「いや、ぜんぜん。一人で過ごせる場所だったから」
「むしろ、あたしがいない方がよかったかしら?」
「そこまでは言わねぇよ。でもさ」
「でもなによ?」
「一緒にいなくても、お前がいるような気がしたよ。だからいろいろ買っておいたから」
「ふーん。どうだか」
「えっ、俺、今いい事言わなかった?なんでそんな訝し気なんだよ」
「ふん」
女心がわからない。
いや、確かにさ、1人でいた時に、ふと加藤のことも考えていたよ。でもそれは出海ちゃんが話題を振ったからであって・・・ それに、そんなことを俺が考えていたことを英梨々が知るはずもないし・・・
駅から家の帰り道、別に英梨々は機嫌が悪くなかった。いない間に俺が何をしていたとか、サークル内で起きた些細なトラブルとか、そんな話をしてよく笑っていた。
だから、さっきのことも英梨々なりの冗談か何かなのだろう。もう少し後で考えてみたらわかるのかもしれない。時々鈍い自分が嫌になる。
家の前まできた。荷物は送ってしまったので家に置く荷物もない。
「送ってくよ」
「いいわよ、ここで、すぐそこでしょ。そんなに遅くもないし」
「そうだな」
「じゃ、また明日ね」
「なぁ、英梨々」
「なによ?」
「ごめん。さっき・・・電車で」
「うん?ああ、別に、そんなこと気にしてたの?あんたが鈍感なのっていつものことじゃない」
「そう?」
「自覚ないのよね。あんたバカだから教えておいてあげるけど」
「うん」
「一人にして悪かったって言ってるのに、平気だって言われたら、そりゃ頭にくるでしょ」
「ああ、そういうことか。それだけ?」
「それだけよ。それとも何か、倫也にやましいことでもあったわけ?」
「ねぇよ」
そっか。それだけか。俺の勘違いだった。だいたい英梨々が正しい。俺は自分で勝手に自分を責めていた。
「俺はさ、今が寂しい」
「何言ってんのよ」
「今、こうやって英梨々と離れるのが寂しい」
「はぁ?あんたバカじゃないの?あたしはべつに寂しくないわよ。早く、家帰って風呂入って、熱い梅こぶ茶でも飲んでほっとしたいだけ」
「そっか」
「じゃあね」
英梨々が離れていった。俺はその後ろ姿を少し見ていた。英梨々が振り返って、アカンベーをしながら、俺に
「バーカ」って言った。それから、くるっと回って、歩いていった。その姿を見送る。
俺は鈍いのだろう。ツンデレしている英梨々に振り回される。今日も英梨々を美術部サークルに任せるよりも、俺と一緒に周った方がよかったのかな。わかんねぇな。
離れていく英梨々は、もう振り返らない。
俺はやっぱり、送っていくことにした。英梨々に追いつくために少し走る。
「英梨々」
「なに?忘れ物かしら」
「送ってくよ」
「送ってくもなにも、すぐそこよ」
坂の上に英梨々の屋敷の門が見える。英梨々が道路の左側を歩いているから、俺は英梨々の右側にいた。歩いている英梨々の右手を左手で掴んで手をつないだ。英梨々が驚いたような目で俺を見ている。
「やめなさいよ」
英梨々の右手。ペンダコができていてゴツゴツした部分がある。完璧な造形の英梨々にあって、一番歪で不釣り合いな場所だ。英梨々のコンプレックスでもある。だから、英梨々はこっちの手ではつながない。
「今日だけは。こっちの手がいいんだ」
「あたしが嫌なんだけど?」
「我慢しろ、我慢」
そういいながらも、英梨々は手を離さずに、俺の手を握り返した。左手よりもちょっと力が強いかな。
少しの間だけ右手をつないで歩いた。すぐに到着して手を離す。空は曇っていて、今日はそんなには暑くなかった。
「ああ、倫也。あんた、わざわざキスしにきたんでしょ?」
「ちげぇよ」
「あら、否定するのね」
「あのなぁ・・・」
そうなのかな?無意識でそうだったのかもしれない。でも、なんか認めたくないな。
俺は英梨々の腰に右手を当てて、抱き寄せた。今日の英梨々は帽子をかぶっていて、あまり目立たない。メガネだってしている。それでも英梨々は英梨々だ。
左手で英梨々の前髪をあげて、そのおでこにそっとキスをした。
英梨々がもじもじしている。でも、俺は気が付かないふりをして、「じゃあな」といって、振り返って歩く。
後ろから、「バーカ」という声が聴こえた。ふふん。いつも俺をバカにするからだ。
俺も家に帰ったら、熱い梅昆布茶でも飲むとするか。
(了)
原作だと出海ちゃんの友達は2人いて、ちゃんと名前があるようだ。
本作では掘り下げない。