【全40話】英梨々とラブラブ過ごすエッチな夏休み 作:きりぼー
8月16日(火)夏休み24日目
今日も暑い。あちこちで打ち水をしている人を見かけたり、玄関前が濡れていたりするのは、ここが下町だからだろう。俺と英梨々は団扇工房へ来ている。
「おまえさぁ・・・」
「いいじゃない、やって見たかったんだから」
「それは体験教室でできる範囲にしておけよ」
「その程度なら、材料買ってきたら自分でできるじゃないの」
「そうだけど、相手にも迷惑だろうし」
「そうでもないわよ」
今日の英梨々。白い長袖シャツにデニムのオーバーオール。芸術用の英梨々の正装だ。白いシャツは染色されて袖のところは鮮やかなカラーになっている。髪型はツインテールでリボンの色は白。いつもより高い位置でリボンを結んでいるせいか、幼く見える。
そして、英梨々の言った通り、とても歓迎された。まぁおっさん共で英梨々を歓迎しない人がいないのはわかるが、おばちゃん、あるいはおばあちゃん連中からも大人気なのはなぜだ。年寄りキラーなのだろうか。
ここ団扇工房では、総手作りの団扇を生産している。伝統工芸品だ。竹を細く割いて広げ、そこに和紙を貼りつけ加工する。出来上がった品は美しく、見た目も涼やかだ。今や夏に繁華街を歩けば、広告入りのプラスチック団扇が手に入る時代だが、この団扇は万を超える金額のものありデパートなどで扱われている。
そんな団扇を英梨々は作りたかったらしい。
「竹は無理だろ」
「大丈夫よ、そこは倫也が担当するから」
「はい!?」
「あたしは、和紙の絵付け作業と、糊付け作業をするの」
「あの、聞いてないけど」
「今いったでしょ。じゃ、がんばってね」
工房に挨拶をして英梨々はお土産の和菓子を渡した。その後は俺と英梨々は別々の作業場へ向かった。職人は4名ほどいた。
俺は竹を割いている強面の爺さん職人のところへきた。やる以上は、真面目にやらないと失礼になる。まずは、黙って近くで正座をしてその作業を見ていた。
相手も説明する気があまりないらしい。それは当たり前で、体験教室の先生でなく仕事をしている人なのだ。説明をするプロではない。
そして俺はその作業を見てすぐに分かったことがある。俺がちょっと習って作るのは無理である。
想像以上に繊細な作業で、薄く削りだされた竹に、切れ目を入れ、割いていく。薄い。実に薄い。
だから、俺は黙ってみていた。まずはこの割く作業だけをしているようだ。おいてあるものを手に触ってみてみようと思ったら、「触るな」と一声言われた。それが第一声である。
俺はもう余計なことはしない。相手から「ぼうず、やってみるか?」と声でもかけられない限り、気配を消してじっと時間が過ぎていくのを待つ。
黙々と作業が続き、団扇らしい形が1つできあがった。どうも、わざと一つだけ完成させたようだ。作業の流れが違う。「休憩だ」の一言で爺さんは立ち上がった。俺は足が痺れた。
休憩室で爺さんは、「こんな仕事はやめておけ」と言った。俺は何を言われているのかわからず、少し考えた。職人見習いみたいに思われたのかもしれない。俺はうなずくしかなかった。別にそのつもりで来たわけじゃない。彼女の連れとして来ただけだ。職人希望でないどころか、熱心に学ぶつもりもなかった。
爺さんが戻っても、俺は休憩室に残った。
「辛気くさっ!」
「あっ、英梨々」
「なに、そんなところで暗い顔して1人でいるのよ。あんたモテないからってまだ人生を諦めるには早いわよ」
「えっ、そんなに暗い顔してた?」
「もう、やめてよ。そんなことより、倫也」
「そんなことってお前・・・まぁいいや。どうした?」
「見て、見て」
英梨々が和紙を広げた。藤の絵が描いてある。いや、もう毎度のことながら流石の出来栄えである。俺は立ち上がってお茶をいれた。全部陶器の器なのだが、マイカップとかあるのだろうか。それを英梨々に渡す。
「で、あんたの方はどうだった?一つぐらいできた?」
「あのな、英梨々・・・無理なものは無理だから」
「諦めるのが早いわねぇ。どこまで作業進んだのよ」
「見てただけで、何もしてねぇよ」
「はぁ?あんたバカなの?ここまで来て何してんのよ。時間の無駄ね」
「まず、最初の工程からして無理だからな?」
「そう。じゃあ、あたしがやってこようかしら」
「やめとけって」
「いいわよ。倫也やらないなら、もったいないじゃない」
「何が?」
「体験料がよ」
「金払ってるんだな・・・」
「当たり前でしょ、あたしたちがいることで作業が遅れるんだから」
「手、怪我するなよ」
「あたし、器用だから平気よ」
英梨々が温いお茶を飲み終えてから立ち上がった。俺の見ていた爺さんのところに向かっている。怖いもの知らずというか、好奇心が強いというか。
イスにおいてあった英梨々が描いた絵を、どうしたものかと眺めていた。
そのあと、他のおばちゃんが休憩室にきて、しきりに英梨々を褒めている。この藤以外にもいくつか描いていて、どうやら商品になるらしい。英梨々はどうやら、邪魔になるどころか頼もしいスケットとして活躍していた。
このおばちゃんは愛想もよくニコニコしていた。ノリ付け作業を見るか聞かれてので、「見たいです」と答えてついていった。
出来上がった骨組みに、和紙を糊付けしていく。こちらはできそうだった。やはり刃物を扱う作業とは違う。あっちは気後れしてしまった。というか、怖すぎて声がかけられなかった。英梨々は無事だろうか。
それで、俺はノリ付け作業をやってみて、絵の描いてあった和紙を一枚無駄にし、おばさんにため息をつかれ、「あっちの子とは出来が違うのね」と、はっきりと嫌味を言われた。世間は厳しい。
俺は謝って、隅のほうで作業を見学していた。こっちのおばちゃんはパートなのか、本職なのか知らない。作業が早くて丁寧だった。俺など出る幕もない。どの世界もプロはいるものだ。
※ ※ ※
さっきの爺さんがニコニコして英梨々と戻ってきた。英梨々も骨組みの団扇をくるくるとしながらご機嫌そうだった。恐るべし爺さんキラー。あの不愛想な爺さんをここまで笑顔にするか。
「見て、見て~倫也」 英梨々が骨組みの団扇を俺に見せる。
「すげぇな・・・」
「だいぶ手伝ってもらっちゃったけど」
「ほんと、すげぇな」
「センスはいいらしいわよ、いい職人さんになれるって」
「さっきと言ってること違うな爺さん!?」
やれやれ、もう好きにしてくれ。英梨々は自分で作った骨組みをもって糊付け作業に向かった。きっとあっちでも褒められるのだろう。
やっぱり笑顔が大事なのだろうか?それともやる気?受け身な俺はダメなのか。いまいち、職人さん達への関わり方がわからない。
※ ※ ※
また夜までかかるのかと思ったら、17時にきっかり終わった。お礼をいって工房を後にした。
英梨々は紙袋を持っていて、今日作った団扇の他に、骨組みのままの団扇もいくつか入っている。
「どうだった?」
「楽しかったわよ。倫也はつまらなかったようね」
「そうだな、うまく溶け込めなかった」
「倫也は得意な事は得意なのにね」
「なんだそれ?」
「褒めているつもりなんだけど」
「そうかよ。そりゃどうも。それにしても英梨々はずいぶんと社交的になったな」
「そうでもないのよ。職人さんはほら、やっぱり通じるものがあるからなんでしょ」
通じるものか。そうかもしれない。英梨々の絵をみたら素人でも上手いのがわかる。同じ絵付けの人なら会話よりもお互いのことがわかるのかもしれない。
「お前って、年配にモテるよな」
「失礼ね。ちゃんと同年代にもモテるわよ」
「ん、そうだな」
告白された回数が3桁らしい。まぁ要するに見た目も含めて魅力なのだろう。腐女子であることを学校で隠しているが、今ならそれはそれで受けいれてもらえるかもしれない。小学生の頃の英梨々に対するイジメは、男子の屈折した気持ちの現われでもあったはずだ。
「年配といえば、細川さんが辞めてしまって大変なのよ」
「そうかぁ。しょうがないだろ・・・」
「あたしは納得してないけど」
細川さんは澤村家の年配の執事だ。英梨々の産まれる前から澤村家に仕えている。60歳で定年だったが、現在の65歳まで延長して嘱託として勤務していた。澤村家としてはいなくては困る存在で、英梨々にとっては頼れて甘えることもできる、おじいちゃんみたいな人だ。
「でも、しょうがないだろ?病気だろ」
「病気っていっても奥さんが入院しただけなのよ?それも大事には至ってないし・・・」
「入院しただけって・・・。子供もいないし、夫婦の時間が欲しいんだろ。気持ちはくんでやれよ」
「理屈でわかっても、感情が追いつかないの」
最近の英梨々の悩みはこれだった。那須に行った時には、すでに辞める旨は伝えられていた。別に待遇に不満あるわけではないのだ。
直接話しているわけでないから、俺には詳しい理由はわからない。65歳なら、引退してしかるべき年齢だ。
「ならさ、細川さんに英梨々が直接もう一度話をしてみたら?」
「それでも断られたらどうするのよ」
「それはしょうがないことだからさ。でも、問題なのは英梨々の気持ちだろ?」
「・・・」
改札を抜けて俺たちは電車に乗った。暗い話題になってしまったかもしれない。英梨々は団扇の時は機嫌がよかったけれど、今は気分が沈んでいる。この問題にもう少し踏み込むかもしれないから、あとで1人になった時に考えてみるか。
「ところで英梨々、骨組みの団扇もらってきてどうするんだよ?」
「ああ、これ?あたしのオリジナルを作ろうと思って」
「向うで作れただろ?」
「そういうのでなくて、もっと二次元よりの・・・」
「同人誌的な?」
「そそ。さすがにあそこで描いたら、ひかれちゃうじゃない」
「それはまぁそうだな」
「骨組みさえできれば、あとは自分でなんとかなりそうだし」
「こういう伝統工芸品でもアニメとコラボしているのあるけどなぁ」
「それはプリントアウトの紙を貼っているのよ。でも和紙に直接描いたものは風合いが違うでしょ。あたしは本物が欲しいのよ。わかるかしら?」
「わかるような、わからんような」
まぁようするに英梨々はこだわりの逸品が作りたいのだろう。世の中にはフィギュアやプラモも自分で作る人もいるしな。
「そしたら、倫也専用の団扇もつくれるじゃない」
「俺専用?」
「ほら、裸の・・・」
「いらんわ!」
「あら、ああ見えてあのポスターも高値で売れたのよ?」
「どこに需要があるんだ・・・」
俺をモデルにした裸で四つん這いになっているポスターだ。BL向けだが、男性には理解がしがたい。ましてや自分の顔をとなると気分もよくないわけで。どこかの部屋にあれが飾ってあるかと思うとぞっとする。
「骨組みが3つあるから、倫也のリクエストも答えてあげるわよ」
「ああ、オリジナルが作れるのか・・・」
「さっき、あたしそう言ったわよね」
「そうだな。改めて自分が選べるとなると考えさせられるな」
「でしょ」
「なら、俺は・・・」
英梨々の絵なら何でもいい気がした。いや、俺の裸以外なら何でもいい気がした。いやいや、男の裸以外ならなら・・・しかし、英梨々はド変態なので、何か変な方向で作ってくるかもしれない。素直にリクエストしておこう。
「英梨々の団扇がいいな」
「あたしの団扇?」
「そそ、英梨々が描いた金髪ツインテール。これぞ、ヒロインって感じで描いてくれれば」
「ふーん」
「なんだその反応?」
「目の前の三次元彼女よりも二次元化した方が興奮するとか、ほんとド変態よね」
「そう受け取る!?」
「じゃあ、どう受け取ればいいのよ」
「『団扇の柄にしてまで、あたしと一緒にいたいのね♪』って受け取らない?」
「はぁ?あんたバカじゃないの?そんなの写真でも飾っておけばいいじゃないの」
「そんなにおかしいかよ・・・そうですかー。俺が悪ぅございましたー」
「一緒にいたいかぁ・・・こんなに毎日一緒に過ごしていて、そんな風に思うものかしら?」
「英梨々はそう思わないのかよ」
「あたしは1人でいるのも好きなのよ。倫也だってそうでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「そういう時は、嘘でも否定しなさいよ!」
「地雷女かよ」
「倫也が単純に踏みすぎなのよ。バカ」
「くぅ・・・」
英梨々に口論で負けてしまった。何の話をしていたんだっけ?まぁいいや。ローカル線はエアコンが弱くて、暑かった。少し興奮した俺は手で自分を扇ぐ。
「暑いなら、ちょうどいいのあるわよ」
「おい、骨組みの団扇を渡すな」
「もうちょい、ちゃんとしたツッコミしなさいよ。せっかく小ボケしてあげてんだから」
「もうガス欠なんだよ」
英梨々は今日作った藤の団扇を取り出して、笑いながら俺を扇いでくれた。
まだ乾かない糊の懐かしい匂いがした。
(了)