【全40話】英梨々とラブラブ過ごすエッチな夏休み   作:きりぼー

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今夜はできる(確信)


29 旅行・浴衣で花火大会

8月20日(土)夏休み28日目

 

 湖を望めるテラスで、俺は1人で朝絞りミルクを飲みながらクッキーをつまんでいた。北海道の夏は思ったよりもずっと暑かったが、それでも東京のコンクリートとは比べ物にならない快適さだ。空が広い。雲も近くの雲と、遠くの山にある雲と形が違っていた。

 

 湖の畔のホテルにチェックインをした。英梨々は着替えるからといって先に部屋に行った。

俺はここで待つように言われたので、こうしてのんびりとした時間を過ごしている。貸しボートもあるし、遊覧船もある。パンフレットを見ると、近くには遊べる牧場や商店街もある。湖を中心とした観光地のようだ。どうやって過ごすかは英梨々次第だが、一応計画は練っておく。

 餌を欲しがる鳥が足元に来たがハトではない。見慣れない小さな綺麗な鳥だった。俺はクッキー砕いて投げてやると、仲間の鳥たちも集まってきた。ずいぶんと人になついているようだ。

 俺は英梨々を1時間以上待った。着替えに何をそんなに戸惑っているのか。

 

※ ※ ※

 

「倫也」

 

 俺を呼ぶ声がする。振り返ると・・・英梨々がいた。陽光に輝く金髪ツインテールはネービーブルーの細いリボンで結わかれていた。顔を斜めに伏せて紅潮させている。手を前に組んでモジモジしている。

 

「ど・・・どうかしら?」

 

 英梨々は・・・浴衣を着ていた。自分で作った特注品だ。白をベースにした朝顔が咲いたような模様は涼し気で、この広い北海道の緑によく調和している。辛子色の帯も、その中に描かれたカラフルな熊の親子も可愛い。思ったよりもぜんぜんおかしくなくて、童顔の英梨々によく似合っている。こんなにコミカルなデザインなのに、安っぽい印象はなく気品のある仕上がりになっていた。

 

「いいと思います」

「あんたねぇ、たまにはちゃんと褒めなさいよ?」

「そうだな。その浴衣と帯は可愛いよ。例えるなら、英梨々ぐらいカワイイ」

「もう、なによそれ」

 

 英梨々がはにかんで笑ったから八重歯少し見えた。左手に大き目のバッグを、右手には団扇を持っていた。竹でできた高級団扇には、英梨々の好きなゲームキャラのセルビスが描かれている。絵柄も浮かないように少し和風に寄せているあたりが英梨々らしいこだわりだ。バッグは不釣り合いなので、まぁ俺が持つのだろう。俺は白いTシャツにデニムの短パンを履いていた。ソシャゲ主人公のデフォルトみたいな恰好をしていて、なんのこだわりない。

 

「ミルク美味かったけど、お前も飲む?」

「どうせならソフトクリームがいい」

「だよな。ちょっと買ってくる」

 

 木製のイスを引いて英梨々に座ってもらい。それから注文をしにいった。ウエイトレスは店内にいるが、外まではあまり見回りにこない。ソフトクリームを買って、皿とスプーンも受け取った。

 英梨々にコーンのソフトクリームを渡し、俺は開いた皿をテーブルに置いておく。

 

「ほらよ」

「ありがと」

「こぼすなよ」

「うん。でも、あんまり汚さないように気をつかうのも好きじゃないのよ。洗えば落ちるし」

「それでも、汚さないほうがいいだろ。せっかく綺麗なんだし」

「浴衣がね?」

「おまえと同じぐらいに」

「ぷっ」

 

 英梨々が吹き出して笑って、ソフトクリームを一口食べた。唇の周りを舐める舌が艶めかしい。わざとだな。

 

「それで、今日の予定は?」

「特にないわよ。そこに一応スケッチブックは入っているから、少しは絵を描きたいわね」

「なら、遊覧船がいいか?ボートもあるみたいだけど」

 

 広い湖にボートが一艘浮かんでいる。遠くにブイが見えるから、あのたりまでは行っていいのかもしれない。遊覧船は停泊中だ。2時間おきに出ている。

 

「そうねぇ、せっかくだし、恋人らしく・・・」

「ボートにするか」

「ベ・・・別に倫也が乗りたいなら乗ってあげてもいいんだからねっ」

「ツンデレ下手かっ」

「そんな張り切るようなものでないでしょ・・・」

 

 クスクス笑いながら、英梨々が皿に半分ほどソフトクリームをのせた。俺の方にコーンを渡す。このコーンは市販のモナカ生地なので、英梨々はあまり好きでないのだろう。

 ソフトクリームは文句なしに美味しい。

 

 それから、英梨々の手をとってボート乗り場に向かった。

 

 ボートをゆっくりと浮かべながら、水鳥が遊びにきたのを英梨々がスケッチしている。足をそろえて、少し横に傾ける座り方が実に浴衣にあって上品だ。涼しい風にツインテールや揺らめいている。

 太陽が真上に近くなってくると、北海道といえども暑い。バッグに入っていた折り畳みの日傘を取り出すと、英梨々はスケッチをやめて白い日傘を手に持った。

 

 絵を描いている時の英梨々は寡黙になるが、こうして絵を描くのをやめるとよくしゃべる。だいたい文句が多い。性分だろうか?

特に遊覧船の華美な装飾が気に入らないらしく、デザイナーをこき下ろし、自然との調和がうんたらかんたらいいはじめている。俺はそれに適当に相槌を打ちながらボートをのんびり漕いだ。木々の香りがする。

 

 ブイの近くまできて、あたりを眺めると一面に湖が広がった。東京の池なんかと違ってとにかくでかいのだ。もう岸辺も遠くの方に見える。

 何もない場所で浮かぶボートの上だから、しょうがないのでキスをした。ボートが転覆しないように気をつけながら、お互いに前かがみになって顔を近づけてするキスは少し間抜けに思えた。英梨々のリップクリームが少しくっついた。英梨々も終わってから笑っていた。

 

 水鳥がバシャバシャと音を立てて飛び立っていった。

 

※ ※ ※

 

「倫也、やっぱりランチはジンギスカンよね」

「それはいいけど、焼きながら食ったら油跳ねるだろ」

「細かい事気にしないでいいわよ」

 

 せっかくの北海道だからランチにジンギスカンのお店に入った。皿に盛られたラム肉を焼いていく。形が違っても焼肉は焼肉である。時々油がバチリッと跳ねる。

 

「倫也、油、跳ねさせないでよ!」

「無茶言うな」

「浴衣汚れちゃうじゃない」

「あのなぁ・・・」

 

 ラム肉は油が少ないから跳ねないと思っていたらしい。煙だってすごい。

 

「もう、あたし離れているから倫也焼きなさいよ」

「それは構わんが」

 

 俺が焼いて英梨々の皿に肉を盛ってやった。英梨々は肉がもう焼けているとか、早くひっくり返せとか、カボチャ焼きすぎとか、喉かわいたとか、だんだんわがままになっていく。鍋奉行ならぬ焼肉奉行なのだが、俺はあまり気にせずマイペースに焼いて食べた。だいたい英梨々もはしゃぎ過ぎなのを自覚している。でもまぁ、にぎやかに食事ができたし、英梨々が上機嫌に笑っているので大目に見よう。

 

※ ※ ※

 

 食事を終えて一段落したので一度部屋に戻った。ホテルの一番上は展望レストランだが、俺たちの部屋はその下だった。事実上客室で一番上にあるロイヤルスイートルームだった。

 

 特筆すべきは一つ。部屋の中に総ヒノキの広い露店風呂がある。もはや意味がわからない。しかもでかい。寝台車両の風呂の5倍以上は浴槽が広く、英梨々と2人ではいっても十分な大きさだろう。テラスには藤を編んだ揺り椅子も置いてある。

 

 寝室はダブルベッドで、おそらくキングサイズでこれまたでかい。調度品は木製のもので統一されていて、落ち着きがある。天井のシャンデリアも和風のもので洒落ていた。オーディオのスピーカーもでかく音質も申し分なかった。

 

「今日はお湯の量を気にしないでいいわね」

「そうだな。それにても、風呂場に部屋が付いている感じだな」

「そうね」

「よし、じゃあ、一風呂浴びるか」

「ダメよ」

「ダメなの?」

「ダメよ。1人じゃ着付けできないもん」

「おおっ・・・」

「別に倫也だけはいってもいいけど。あたし見てるから」

「見なくていいからね!?でも、それなら夜まで待つか」

「そうよ。夜まで待たないと、倫也がこのまま襲ってきそうだし」

 

 英梨々がそういって舌を少し出した。

 そう、俺は焦れていた。さっきから、英梨々の髪や手に少し触れていた。そして腰に手を回し、首元にキスをする。これがどうにも英梨々には弱点らしい。

正直別に夜までまたなくてもいい気がしたが、英梨々は浴衣をせっかく着付けたし、まぁ脱ぐわけにもいかないのかもしれない。

 それに夕方からは屋台も少し並び、夏祭りのようになるらしい。夜には湖で花火があがる。ここの正面にあがるはずで、その時まで浴衣を着ていたいのは女心として当然かもしれない。

 夜まで我慢我慢と思いつつ、さっきから英梨々とキスをして、胸を触ろうとしては英梨々に弾かれていた。

 

 夜の行動をシミュレートする。食事を終えた後、花火をみながら英梨々を抱き寄せ、花火が終わる頃には帯を解き、浴衣を脱がせて、そのままお風呂に入るか。いやいやいや。無理だな。一緒に風呂は無理だから、脱がせたあたりで、いったん英梨々に風呂にはいってもらって、それからかな。

 

 さすがに、今日こそヤれそうだ。絶対ヤる。俺は心に決意する。もう邪魔する要素はなかった。ダブルベッドだし、英梨々は疲れていないし、明日も特に予定はなくて、朝はゆっくりできる!朝までゆっくりできるかな・・・

 

「あの、倫也」

「はいっ!?」

「妄想中のところ申し訳ないんだけど」

「ベツニ モウソウ シテナイヨ?」

「見ればわかるのよ」

 

 俺が妄想に浸っている間、英梨々は藤の揺り椅子に座って、団扇を扇いでいた。実に絵になる。日当たりもよく、英梨々が輝いている。和風天使だ。

 

「何が見えるんだよ」

「それよ、それ」

 

 やれやれ、男というのは不便な生き物だ。ジーンズの上からでも下心がわかってしまう。いやいや、そんなに目立つほどでかくないんだがな。

 

「英梨々」

「なによ」

「今夜は、邪魔するものはないよな」

「さぁ?知らないわよ未来の事なんか」

「あの、ほら、アレとか・・・そういうこともないよな」

「倫也、サイテー」

「しょうがないじゃん・・・」

「そういうことを女の子に聞くのは、いかがなものかと思うわよ?」

「すまん」

「ほんと変態。幻滅した」

「うそ、そんなに?」

「当然でしょ」

「ごめん」

「大丈夫よ」

「へ?」

「安心しなさいよ。あたしは大丈夫」

「そう・・・」

 

 良し。大丈夫だ。もう隔てるものはないな。スマホが鳴ったら、このまま湖に放り投げてしまえばいいな。今日こそできるよな。

 

 それから、大画面で地方のローカルニュースをつけた、熊が住宅街に出没したニュースをみて、英梨々が、「今度は熊肉でも食べようかしら?」と言った。どんな感想だよ・・・と思いながら、俺も鹿による農作物被害ニュースをみて、似たようなことを思った。

 

「今度、ジビエ行ってみる?」

「そうだな」

 

 俺と英梨々はフカフカのベッドの端に並んで座っていた。さっきからニュースを見ながら、俺の右手と英梨々の左手は指を絡めている。それから目が合うたびにキスを重ねていた。

 

夜まで待てるかな・・・

 

「ふふっ、あの高校生みたい」

「どの高校生?」

「ほら、個室を借りてたカップルよ」

「ああ、そうだな・・・でも、あいつらはもっとイチャイチャしてたよな」

「どんな風に?」

「えっとだな・・・」

 

 俺はあいている左手を、英梨々の浴衣の中に滑り込ませた。和装用のインナーをつけていて構造がよくわからない・・・

 

「倫也。あんたねぇ・・・んぐっ」

 

 そのまま唇を押し当てると、英梨々は後ろに倒れた。俺も倒れながら英梨々に覆いかぶさった。

 

「はぁはぁはぁ・・・」と俺の呼吸が荒い。英梨々は顔が真っ赤だ。強引だと英梨々は怒るよりも瞳に涙をためる。確かあれは・・・ラブホの時だった。

 唇を離して英梨々を見ると、サファイヤーブルーの瞳が潤んでいる。やっぱり強引すぎた。反省しなきゃ。

「ごめん・・・」

「いいの」

 俺が話した手を英梨々はもう一度握って、自分の胸に押し当てている。

 

「いいのぉぉぉ!?」

 

「って、驚きすぎよ。もう、笑わせなないでよ」

英梨々が俺を見つめて八重歯を見せながら笑っている。いやいや、良くないでしょ。英梨々が拒絶しないと、止められない。

 

「でもね、屋台だって見に行きたいし、花火だって見たいの。さっきもいったわよね・・・」

「そう・・・だな」

「今、してもいいけど・・・我慢、できるかしら?」

「できない」

「もう・・・ねぇ、あの高校生」

「ん?」

「あの高校生の彼女、途中で出て言ったじゃない?なんでかしら?あのまましても良かったわよね」

「ああ、あれか・・・」

「倫也、揉みすぎ」

「えっ、いや、すまん」

 

 ちょっと会話に集中できない。俺は柔らかさを感じながら胸を揺らして楽しんでいた。いかん止まらん。

 

「あの女の子がな。『薬局はどこですか?』って聞いてきたぞ」

「薬局?」

「コンビニでも売ってるけどな」

「何をよ」

「あれだろうな。あそこで続けるために必要なものを2人共持っていなかったんだろ」

「ああ、コンドームね」

「はっきり言うなよ。照れるから!」

「倫也が照れてどうすんのよ。あと、右ばかりやめて」

「あっ、ごめん・・・って、えっ?」

「もう、ほんとバカ。変態。えっち」

 

 昔、偉い人がいった。『右の胸を揉んだら、左の胸も揉みなさい』

 そんなことをすっかり忘れていた俺は、英梨々に諭されるまで気が付かなかった。

 

 英梨々がもぞもぞ動きながら、ベットの中央に進んだ。俺は英梨々にキスをしてから、ルパンみたいに両手の指をワキワキとして動かした。英梨々がそれを見て笑い転げている。それから、大きく息を吐き出して、覚悟をして、両方の胸を掴もうとしたら、

 

「ねぇ倫也。ここまでしたなら、あんたちゃんと持ってるんでしょうね?」

「何を?」

「はぁ?あんたバカ?死ぬの?孕ませるの?」

「いやいやいや、もってねぇな・・・あれだろ、キャラメル」

「キャラメル?」

「いや、なんでもないです。ゴム、もってないです」

「あんたねぇ、女の子と外泊してゴムもってないとか、頭おかしいんじゃないの?そういうのって男の嗜みでしょ?」

「ごめん」

「ほんと、つかえないわね」

「あのさ・・・英梨々はもってたりぃ・・・しないよな」

「持ってるわけないでしょーが!」

「そんな怒るなよ」

 コンドーム。持ってこなかった。俺、もしかしてバカかもしれない。北海道でもゴムぐらいコンビニでも売っているだろう・・・あとで買いにいかなきゃ。

 

「あたし、初めては生って決めてるから」

 

 いつのまにかテレビは消されていた。どうりで静かなわけだ。広い窓から爽やかな風が部屋にまで入ってきて、火照った俺たちには心地いい。

 

「おい・・・今、なんて言った」

「だから、気にしなくていいわよ。そんなつまらないこと」

「・・・なぁ、英梨々」

「屋台も見たいし、花火だって浴衣で見たいのよ」

「どうしろってんだよ・・・」

 

 頭が回らない。たぶん、血が別なところに行っているんだな。俺はよくわからないから、両手で胸を包むように揉んでみた。こいつ・・・ペタンコキャラで売ってるわりに、けっこうちゃんと膨らんでいるな。それともパットかな。あれ、なんか、英梨々が大事なことを言った気がする。

 

「もう、倫也。ちょっと、ストップ。ストープ!」

「はい」

「わかったわよ。そこに横になりなさいよ」

「なんで?」

「バカ!!」

 

 俺は横になった。

 

我慢できない俺に英梨々がしたことは、あのラブホで暴走した時にしてくれたことよりも過激だった。ちょっとここでは諸事情により説明できない。

 

※ ※ ※

 

夕方から屋台がオープンして、観光客と地元の人で賑わい始めていた。屋台の数はそれほど多くないが、どれも少し凝っていた。地元の品を使っていて、例えばジャガバターはそこのジャガイモと、近くの牧場のバターを使っていた、どちらも個別にお土産として買うこともできた。

 

 英梨々はスティックに刺さったカットマスクメロンを食べている。俺は英梨々がメロンを齧る口元をじぃー見てしまう。唇は薄いのでセクシーではないかもしれないが、形がとてもいい。こうしてニコニコしながらメロンなどを歩きながら食べていると、どこかまだ子供っぽいのに。

 

 あ ん な こ と を す る な ん て

 

 ふぅ。世界が平和になるといいな。

 

「何、さっきからじろじろ見てるのよ?欲しいの?」

「ああ、うん、そうだな」

 

 英梨々がスティックメロンを俺に差し出したから、それを一口齧って食べた。

 

「あらいやだ、今度BLの資料に使おうかしら」

「俺にしゃぶらせるのはやめろぉ」

「いいじゃない、倫也がメロン咥えているとこ、なかなかセクシーよ」

「お前がいうなっ」

 

 もう確信犯だな。まぁ今の俺は穏やかな賢者だから許してやろう。

 

「倫也、焼きそば、焼きそばがあるわよ」

「あるな、焼きそば。しかもすげぇいい匂いなんだが・・・これソース焼きそばじゃないよな」

「海鮮塩焼きそばだって、さすが北海道よねぇ」

「値もなかなかはるな」

「ケチくさいこと言わないでよ。ああ、どうしようかしら」

「喰えばいいだろ」

「予約しているのよ」

「レストランか」

「うん・・・」

「何料理?」

「北海道だし、寿司よ。でも座席予約だけだけど」

「寿司ならいくらでも入るだろ。食おうぜ」

 

 英梨々がいそいそと列に並んだ。英梨々は時々声をかけられて撮影に応じている。もはや地元アイドルか何かと勘違いされているのだろうか。男性からの誘いは断っている。可愛いと言われることは慣れていて、愛想笑いでやり過ごしているが、浴衣や帯を褒められている時は顔が崩れて満面の笑みだった。年配の女性の方が和装に詳しいようだ。

 

 海鮮焼きそばは不公平にならないように、有頭海老とホタテは一個ずつ入っている。具はイカとタコとキャベツだ。これがなかなかどうして、想像以上に美味しかった。英梨々に到っては感激している。

 もうひと皿を頼むべきか迷った末に、2人は我慢した。

 

※ ※ ※

 

 夕食はホテル内の寿司屋に入って、隅の方の席に案内されて座った。

 

 寿司はもちろん文句なしで、具材もケチ臭くなかった。こぼれウニやこぼれイクラなどは軍艦からあふれた盛り付けだった。マグロ、サーモン、そのほか貝類など、どの品も新鮮なだけでなく、量も厚切りで大きい。ご飯は小さ目に握ってあったが、けっこう濃厚な食材が多く、食べていて飽きてくる。

 

「あたしは、イワシやコハダみたいな光物が好きなのよね。江戸前寿司っていうのかしら?」

「ああ、わかるよ、アナゴとかな。一品ずつ丁寧な仕事の寿司だろ」

「そそ。もちろんこれも美味しいけど」

「さっき、焼きそば喰っちまったからな」

「うん。焼きそばもう一枚の方がよかったかしらね」

 

 高価なものだからといって満足度が高いわけでもない。好きなものを好きな時に食べる方がいいだろう。焼きそば好きの英梨々に、あの海鮮焼きそばは衝撃的だったのかもしれない。

 濃い緑茶を飲んで食事を終えた。俺としてはすごく満足で北海道まで来たという感じだったが、英梨々はそうでもないらしい。人それぞれだ。

 英梨々には贅沢をする楽しさみたいのがないのかもしれない。

 

※ ※ ※

 

 遂に2人きりの夜が来た。俺達が大人の階段を上る夜になるはずだ。

 

 部屋に戻った頃、花火が打ちあがり始めた。

 

ドーン!

 

 部屋が揺れるぐらい響いている。

 

「近すぎだろ・・・」

「いいわねぇ」

 

 花火は湖の上から打ちあがっていた。舟から打ち上げているのかな。俺たちの位置よりも高い位置ではじけているが、見上げるというほど高くもない。真横ではじけている印象を受け、本当に怖いぐらいだ。

 英梨々はベランダに立った。英梨々の浴衣の後ろ姿がこれまたいいのだ。適度な尻の膨らみがある。とはいえ、今は自重しよう。焦ってもだめだ。英梨々はご機嫌で団扇をパタパタと扇いでいる。

 英梨々の横に立って欄干につかまった。英梨々がこっちを見る。花火の音がうるさいぐらいだ。あと、焼けた紙屑が部屋にときどき降り落ちてくる。焦げ臭い匂いもする。

 

「なんか怖いぐらいだな」

「そう?迫力あって楽しいけど。ここなら立たなくてもよく見えるわよね」

「そうだな」

 

 英梨々が藤の揺り椅子に座って行儀悪く足を組んだ。膝から下の生足が浴衣からこぼれて見えた。

 

「英梨々、行儀悪いぞ」

「倫也って、そういうとこ細かいわよね。いいじゃない、もう浴衣が乱れても」

「・・・そ、そうだな」

 

 やばい、さっきのことがあってから、英梨々に逆らえないかもしれない。こうして男は尻にしかれていくんだろうか。英梨々のわがままさに振り回されるのは嫌いじゃないが・・・男の威厳はさらに損なわれそうだ。残っていればだが。

 

 花火の色に英梨々の金色の髪は染まる。赤だったり、青だったり、花火が打ちあがるたびに、英梨々がキラキラしていた。

 

「そうそう、倫也。この部屋の特徴わかるかしら?」

「この露店風呂があることだろ」

「そうね。で、いつ入るの」

「あっ」

「やっとわかった?」

「花火を見ながら露天風呂に入れるのか!」

「そうよ。ほらさっさとお湯を張りなさいよ」

「おう」

「あと、ぬるま湯がいいわよ。夏だし、冷たい水じゃないぐらいでいいのよ。のぼせても大変でしょ」

「わかった」

 

 俺はさっそくヒノキでできた浴槽にお湯をいれていく。広いけれど浅いのはそういう理由だったのか。英梨々は花火を眺めている。

 

「ほらほら、脱いで入りなさいよ」

「いやぁ・・・」

「今更照れることもないじゃない。クスクス」と英梨々が笑っている。

「照れるだろ・・・普通に」

「ほら、時間なくなるわよ」

「英梨々は?」

「あたしは入れないでしょ。倫也襲ってきそうだもん」

「襲わねぇーよ」

「どうだか。あたしはベッドの上でちゃんと処女喪失するから」

「自分でそのワード使うなよぉ・・・ひくわ」

「ふーん。まっ、とにかくお風呂場で失いたくはないわね」

「そりゃそうだろうけど、俺ってそんなにけだものか!?」

「自分のその下半身にきいてみたら?」

「・・・説得力あるな」

 

 やれやれ、高三の賢者タイムとか短いな。俺は英梨々に従って、シャツとズボンを脱いで裸になった。それからタオルを巻いてお湯に浸かった。お湯は温泉ではない。ヒノキ風呂なのでいい香りがする。

 確かに湯舟に浸かりながら、夜空に輝く花火を眺めるのは格別であった。視界に入る楽しそうな英梨々も花火とよく調和していた。金髪だけどぜんぜん和装でおかしくなんてなかった。とても綺麗だ。優雅に団扇を扇ぐ姿が様になる。

 

「いい湯だぞ~」

「良かったわね」

「英梨々もはいればいいのに」

「水着もってこなかったのよ」

「残念だったな」

「倫也が出て、倫也が寝室にでも移動してくれたら、1人で入るわよ?」

「その手があったか」

「当たり前でしょ」

 

 まぁそうだよな。英梨々の裸なんて見たことない。時々、服の隙間からチラチラと見える程度だ。それでも十分にエロいし、俺を悩ませてきたが。

 

「浴衣のまま、入るわけにはいかないもんな」

「当たり前でしょ。バカ」

「じゃ、俺はでるから代わるよ」

「頭ぐらい洗ってよね。もう」

 

 俺は急いで頭をガシガシ洗い、体もゴシゴシ洗った。人前で風呂に入るのは初めてだ。親と入った子供時代は、親も裸だった。他の人と入った事は・・・ああ、美智留がいたな。

 従姉妹の美智留は産まれた時から一緒で、兄妹のように育った。だから年頃になるまでは一緒にお風呂に入っていたが、それはノーカンだろう。

 

「じゃ、でるぞ」

「いいわよ。そこにいなさいよ」

 

 外の花火は盛り上がってきていて、単発ではなくなり、いろんな花火が次々と打ちあがっていた。空には風が適度に吹いているらしく、花火の後に煙がなびいているのが見えた。

 

「バカよね。あたし」

「どうした?」

 

 英梨々が立ち上がった。藤の揺り椅子がキィキィと揺れている。そこに団扇を置いた。後ろ手にして浴衣を解こうとしていたが、やっぱり躊躇いがあるのか脱がなかった。

 

「ねぇ、倫也ぁ~」 甘えた声。

「どうした?」

「どうしたらいい?あたしも入りたいんだけど」

「だから、俺、出るから」

「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?」

「なんだよ」

「一緒に入りたいに決まってんじゃない」

 

 落差が激しいなぁ。と思いつつ、英梨々だってエッチな気分なのかもしれない。ここで脱いだら。ベッドまで待てないかな?俺ってそんなに器用に風呂で初体験を迎えられるだろうか。やり方もよくわからんし。

 

 英梨々が浴衣のまま、ザバザバと入ってきた。

 

「おい、英梨々!?」

「もう、これしかないのよ。ほっときなさいよ」

 

 浴衣はすぐに濡れて、水がしみわたっていった。英梨々は膝をつき俺にキスをする。濃厚なキスだ。英梨々の後ろで花火が次々と弾けている。音がうるさいぐらいで2人の会話はかき消されていく。

 

 英梨々がびしょ濡れになったので、白い浴衣は張り付いて透けている。インナーは英梨々の肌の色に近い明るいクリーム色かな。暗くてよくは見えない。和装用の何かを下に着ていて、ブラをしているわけではないようだ。

 

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 

どちらも息が荒い。なんかずっと我慢してきた気がする。

 

「倫也。脱がせて・・・」

「いいのかよ」

「・・・うん」

 

 英梨々が後ろ向いた。浴槽のふちに腕をのせて、花火を見ている。花火が弾けるたびに、英梨々の髪も輝いている。俺は英梨々の帯に手をかけた。解き方はよくわからない。いろいろ引っ張ってみたが、帯は動かなかった。

 

「英梨々、これ、帯がほどけないけど、どうやるんだ?」

「普通の蝶々結びなんかと同じよ。引っ張ればほどけるでしょ?」

「いや?」

 

 英梨々が後ろに手を回して、帯をいじるが、帯はほどけなかった。

 

「これ倫也。布が濡れて膨らんでしまったんじゃないかしら?」

「ああ、なるほど」

「まっ、がんばりなさいよ」

「他人事だな!」

「あたしは花火見てるから」

「へいへいっと」

 

 俺は花火が打ちあがっている間、帯をほどこうと必死だった。けっこうがんばった。爪を立てて少しでも動かそうとしたが、無理だった。帯は固まっていた。

 

「英梨々。これ、無理だぞ・・・」

「そう?なら、ハサミかナイフで切れば?」

「あのなぁ・・・」

 

 もちろん冗談で言っているのだろう。英梨々があれだけ時間をかけた大作だ。とうぜん切る事なんてできるわけがない。だとすると・・・ほどかないといけないわけだが、一度乾燥させればいいのだろうか。ドライヤーを使う?とりあえず、力技では無理だ。そもそも浴衣姿のまま湯に浸かるのが悪いと思う。

 

「はやくぅ~」

「ああ、ちょっと考える」

 

 大きな花火が打ちあがって夜空一面に広がった。階下からは拍手の音が聴こえた。どうやら花火が終わったらしい。部屋は元々薄暗かったが、花火が終わるとだいぶ暗くなってしまって、もう手元がよく見えない。

 英梨々はそのまま浴槽に浸かっている。ぬるま湯なのでのぼせることはないだろうが・・・

 俺は帯をほどこうと頭をひねり、必死にがんばったが何も進展しなかった。気持ちがあせるばかりだ。

 

 今夜は月が出ていない。

 

 目が慣れてくると、夜空に星が瞬き始め次々と増えていくように見える。星座は俺に方向を教えてくれたが、帯の解き方は教えてくれなかった。

 

 そんな俺の焦りとは別に、英梨々は楽しそうに鼻歌を歌っていた。

 

(了)


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