【全40話】英梨々とラブラブ過ごすエッチな夏休み 作:きりぼー
今回はとあるアニメを倫也が延々と解説、感想を述べます。
そのつまらなさといったら、校長先生の話とか、結婚式の祝辞とか、政見放送とか、そういう誰が話ても似たような内容で、聞いたそばから忘れてしまうような話。
覚えているのは内田裕也の政見放送ぐらいで、みてない若い人は見ておいた方がいいと思う。
で、僕が何を言いたいかというと、意見というのは、他人にどう思われるか考えてはいけない。自分はこう思う。こう思うんだよ!って叫ぶことだ。
それがロックなんだね。
7月25日(月)夏休み2日目
外はどんよりと曇り、小粒の雨が降っている。連日の夏日にあって、ほっとする一日だ。
ランチを食べ終わった頃に英梨々が家にやってきた。俺と英梨々は恋人同士だし、特に何も用事がなくても一緒にいるのは別に不思議なことじゃない。
受験生の俺たちは一緒に勉強をする名目で過ごしている。しかし、まったく俺は勉強に手がつかなかったし、英梨々に至っては課題テキストすら持ってきていない。夏休みを夏休みらしくダラダラと過ごす。この至福と贅沢を英梨々は満喫する気のようだ。
早々と英梨々のペースに巻き込まれて諦めた俺は、英梨々の隣に座って一緒にアニメを見ることにした。
『true bears(トゥルーベアーズ)』という、幼馴染ヒロインが勝利する王道ラブコメだった。
登場するヒロインは主に3人。主人公と同居しているわけありの幼馴染ヒロイン。不思議系の小柄な同級生。そして、ラーメン屋を営む闊達で明るい女の子。
最初から、主人公と幼馴染ヒロインが両想いであることが示唆されながらも、2人の間には障壁がある。どうやら父違いの兄妹らしいのだ。
不思議系ヒロインの兄がその幼馴染ヒロインを口説いたり、友人と付き合っているはずのラーメン屋の娘が告白してきたりと、まぁいろいろと脇道にそれるものの、2人は実は他人だったことがわかり、晴れて結ばれる。そんな話だ。
「倫也・・・このアニメ・・・つまら・・・」
英梨々が率直な感想を言おうとしたのを、俺は慌てて口をふさぐ。
「こらこら、そんな直接的な批判しても、敵を作るだけだぞ」
「誰も聞いてないでしょ」
「まぁ、そうなんだがな・・・ でも、これは一応幼馴染ヒロインが勝つアニメで上位にランキングされている作品だったぞ」
「別に幼馴染ヒロインが勝つからって、あたし好みってわけじゃないわよ?」
「こういう時はだな・・・まずは適当に褒める方法を学ぶべきだ」
「なによそれ」
「ふふふっ。英梨々、俺は学習したんだよ」
「何を?」
「コメント力」
「はい?」
「コメントする力だよ、いいか英梨々。ヤホーニュースって知っているだろ?そのニュースにコメントをすると、高評価と低評価が付く。場合によってはコメントにコメントが付くんだ」
「それで?」
「とりあえず、いろいろと試してみたんだがな、8割、場合によっては9割が高評価してくれるコメントにはコツがある」
「へぇ・・・倫也がこれから話すことって、このアニメよりもつまらなそう」
「辛辣だな!まぁ聞け。基本的には肯定することだな。このアニメのニュースがあったとするだろ?その場合はこのアニメに興味のある人やファンがそのニュースを読むわけだ。ということは、そこで『つまらない』などと言ってみろ、煽っているようにしか聞こえないだろ?」
「嘘をついてもしょうがないじゃないの」
「だからこそのコメント力さ。まずは賛成意見。
『青春の群像劇。偽りの恋愛ごっこから本当の恋人になる友人、心に傷をもった少女の成長、何よりも両想いなのに障壁があって結ばれることない主人公と幼馴染。ハラハラする場面もあったけれど、結果的には大団円で良かったと思う』
とまぁ、こんな感じだな」
「・・・。倫也。言ってて恥ずかしくないの?」
「実験だからな。こんな感じだと否定はつきにくいので、無難に乗り切れる」
「それって、別にバズらないわよね」
「バズらないな。三桁もいかない」
「意味ないんじゃないの?」
「意味ならあるさ。次に、否定をする場合が大事だ。否定をするが、高評価をもらいたい場合はどうするか?」
「さっき、ファンが見ているから否定的なコメントは煽りになるって言ってたわよね」
「そうなんだ。そこでコメント力が試される。何を否定するか?何がいけなくて、何がつまらなかったのかをはっきりさせる必要がある」
「そうね。それはわかる気がするわ・・・」
「例えばこうだ。
『両想いの主人公と幼馴染であるが、用意されたエピソードが子供時代の縁日でのエピソードだけ。それを2人が大切にしているのはわかるが、それだけで幼馴染同士が抱える長い時間は表現できていないように思う。全13話のワンクールアニメなので仕方がないが、駆け足で過ぎてしまい、感情移入が追いつかなかった。これでは『幼馴染』の属性だけが一人歩きをする有象無象のアニメと変わらない気がした。もう少し丁寧に描いてくれれば、もっと良作になったと思うだけに、少し消化不良のような感情を抱いてしまった。』
でどうだろうか?」
「ふーん。もっとらしいアニメ批評に思えるけど、それだと8割の支持があるの?」
「ああ、これにはちょっとした心理が働く。『つまらなかった』という表現はマイナス点になる。『この作品ってマイナス20点だよね』という評価の仕方は反感を買うだろ?そこで、『この作品は90点ぐらいになれたと思うけど、70点ぐらいなので惜しい気がした』という表現なら、同じマイナス20点でも印象がだいぶ違う。同じ70点でも、まぁ妥当なところで70点ぐらいかな。などという上目線もだめだ。わかるか?」
「はぁ・・・倫也、何がいいたいのよ?」
「ファン心理だよ。原作ファンが期待して観ている。しかしアニメ化された時点で、自分で抱いていたイメージとは違うものになるだろ。声の印象とか、振る舞い方とか。そこに『もっと原作はいいのに』と寄り添うことで、賛同を得やすくなるわけだ」
「ふーん・・・」
英梨々は立ち上がって遮光カーテンを開けた。ワンクール分を一気に見たから、外はすでに雨があがって晴れていた。
「このアニメと類似した作品の金字塔に『みゆっき』がある。義理の妹物の元祖といっていいかもしれないが、それと比較するとわかりやすいかもしれない」
「『みゆっき』は有名だけど、今の子たちが見たら流石に古いわよね?」
「そうだな。昭和アニメには昭和アニメの良し悪しがある。第一に絵が古い。常識も少し違うしな。タバコとか暴力表現とか」
「そうね。だから、必ずしも『みゆっき』が『true bears』よりも優れているとは言えないわよね?」
「後発物が改良されていくのは当然だろ。問題はそういう時代の影響でなく、もっと抜本的なところなんだ。描かれている時間が長い。これに尽きる。なにしろ全37話もある。」
「時間?」
「そう。一緒に過ごした何気ないエピソードのことさ。実際、『みゆっき』にどんなエピソードがあったかは重要でない。ささやかな日常のドタバタが描かれていた。そこが丁寧に描かれていたんだよ。そして最後に綺麗にまとまって読後感がいい」
「言いたいことはわかるわよ」
「最近の作品で表現に成功したものもある。『紫エヴァー庭園』だな。あれは主人公のヒロインがずっと少佐のことを想い続けていることが繰り返し描かれていた。だからこそブレなかった。映画での完結編ではなんのひねりもない話でもカタルシスがあったわけだ」
「あれって、ハイカーラさんのパクリよね」
「その言い方は悪意があるけど話の構成は同じだな。後発物として洗練されているとは思うが」
英梨々はベッド上に座ったまま、開けた窓から空を眺めている。雨あがりの緑の匂いがする。もう日が沈みはじめていた。遠くの方は赤くなっている。
「話戻すけど、倫也。この『true bears』は最後の方で、主人公と幼馴染ヒロインで『エッチ』してるわよね」
「ああ・・・それなっ!」
「いいたことあるなら、言っていいわよ。ただの感想だし。だいたい、ヤホーコメントみたいなことしても意味ないでしょう?虚しいだけよね。そんな他人の評価を気にして、いいたいことも言えないこんな世の中じゃ」
「ポイズン」
「・・・バカ」
英梨々がクスクスと笑っている。今日の英梨々はフードの着いた長袖の服を着ている。サマー用のUVカット仕様で汗を効率的に発散させることで着ていても涼しいらしい。色は淡いピンクで、おまけにフードには猫ミミが付いている。下はゆったりとしたスラックスを履いていたので、セクシーさはゼロ。可愛さ全振りだった。
「じゃあ、言わせてもらうけどな・・・
ありえねぇんだわ!
『いいよ』の一言で、一線を超えられるとか、どこの村上春貴作品だよ。童貞力舐めすぎだろ!
童貞と処女が一線を超えるのがどれだけ大変か。あの作品はその部分を思い切り端折ったからな。いらない表現だったと思うぞ。そのために突然のヒロイン一人暮らし始めたからな。意味がわからん。おかげで全部が台無しだよ。
はぁ?さっきまでいい話っぽく作ってませんでしたかー?
ヤるなとはいわん。だがな、どうせヤるならイチャイチャしてからヤれ。なんで、いままでツンとしていて、部屋の中で正座しているような真面目な子と、同じく真面目な主人公が、『いいよ』の一言でコトが進むんだよ!
視聴者にも想像力ってものがあるだろ?こちらの想像力の欠如か?そうなのか?あの状況からどうやって、一線超えるんだよ・・・童貞力なめすぎだろ!!」
「それ、二度言ったわよ」
「大事なことだからな、二度言ったやったわ!」
英梨々が小さく拍手をしてくれた。いやいや、照れる。くだらない感想でも全力で叫べばロックだ。もうちょいうまく演説ができるようになりたい。
「実はエッチしてないという解釈が分れるようにしているのかも?」
「どっちにしろ蛇足だろ・・・」
「そうね。ねぇ、倫也。ちょっとこっちに来なさいよ」
「ん?どうした?」
英梨々がベッドの上に俺を呼んだ。スラックスなので英梨々は足を行儀悪く胡坐を組んでいる。俺もベッドに上がった。英梨々が窓の外を見つめているので、俺も外を見たが、いつもの見慣れた街並みが夕闇に沈むのが見えるだけだった。何の感慨もわかない。
「・・・いいよ。倫也」
「はい?」
「だから、いいわよって言ってるの」
「はぁ?だから、何がだよ」
「『はぁ?』は、あたしのセリフでしょ!あんたバカなの?今の流れからあたしの言いたいことぐらいわかるでしょう!」
「わからん。さっぱりわかりませ~ん」
「もういい・・・」
英梨々の顔が赤い。耳はフードで隠れていて見えないけど、たぶん真っ赤だろう。俺だって今の文脈から言いたいことぐらいわかる。そして文脈からすれば、俺の童貞力を英梨々は甘く見すぎだ。詩羽先輩から『倫理君』と伊達に呼ばれていない。ここ、自慢するところだからね。
「だいたいな、英梨々。お前の場合はツンデレ風に言わなきゃダメだろ」
「はい?」
「ツンデレ風に」
「・・・」
英梨々がこっちを見つめている。大きなサファイヤブルーの瞳が少し潤んできている。猫ミミフードがコミカルなせいで、ただの可愛い美少女にすぎないが、フードがなかったら自制心に自信がない。
「付き合って、もう半年以上たつわよね」
「・・・そうだな」
付き合い始めたのは去年の12月からだ。けっこう長い時間を英梨々と過ごしている。
「倫也が、したいなら、してあげてもいいわよ?」
「何を?」
「はぁ?あんたバカなの?死ぬの?ここまで言ったんだから、あんたも男らしさを見せなさいよ!このヘタレ童貞」
「おお、罵倒するとは・・・別な何かに目覚めそうだな」
「もう・・・好きにしなさいよ」
「そんなに無理することも、焦ることもねぇだろ」
「なによ、賢者タイムにでもなってるわけ?」
「なってねぇよ!」
「じゃあ、なんなのよ。あたしに魅力がないってわけ?」
「いやいや、いくらなんでもそこまでがっつくなよ。俺がケモナーじゃないだけだ」
「ケモナー」
虚をつかれたように、英梨々がきょとんとしている。さては自分の恰好を忘れているらしい。そんな小学生低学年が着るような猫ミミフードに発情できるほど、俺の守備範囲は広くない。建前上の話だけどな。
英梨々が両手で頭の上の耳をつまんだ。それを動かして、「ニャー」と言った。
2人で見つめ合ったまま真顔になった。なんだか笑ったら負けみたいになったが、どっちも耐え切れずに笑い転げた。
「バカみたい。ほんと、倫也ってバカ」
「お前に言われたくねーよ」
ケラケラと弾けるように笑う英梨々から八重歯が見える。今日も最高に可愛いし、俺はそれだけで満足だし、別に焦っていない。
そりゃあ、迫れば受け入れてくれるのだろうけど、こんな子供っぽくて笑い転げる英梨々のことが好きで、その英梨々はセクシーさとは遠い場所にいるのだからしょうがない。
そう、焦ることはない。夏休みは始まったばかりだし、チャンスはきっとくる。そんな雰囲気になる日がきっと来る。
(了)
『SSR倫也くん』
童貞力 ☆☆☆☆☆
ヘタレ ☆☆☆☆☆
倫理感 ☆☆☆☆☆
優しさ ☆☆☆☆