【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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明かされる真実①

 

 

    * * *

 

 

 ──……。

 

 光すら届かない深淵で、闇は困惑していた。

 

 ──なぜだ? なぜあのふたつの魂はここへ来なかった?

 

 影浸。邪心母。あの二人は確かに心臓を闇に捧げた。

 永劫、闇とひとつになる盟約──『円蛇の結び』を交わしたのだ。

 その盟約から決して逃れることはできない。

 魔骸転身を果たした常闇の侵徒の魂は例外なく、消滅後にこの深淵に引きずり込まれるはずなのだ。

 

 ──それなのに、なぜ? なぜ『円蛇の結び』が断ち切られた?

 

 影浸も、邪心母も、深淵の入り口に差し掛かった直前に解放された。

 謎の炎が『円蛇の結び』を燃やしたのだ。

 

 あの炎はいったい何だ? いままでに感じたことのない類いの霊力だった。

 ひどく……ひどく不快になる。

 炎の揺らぎを見ただけで、怖気が走った。

 わずかな火の粉でも当たれば「まずい」とわかった。

 まるで存在そのものが脅かされるような炎だった。

 

 ──誰だ? あの忌々しい炎を使ったのは何者だ?

 

 気配の残滓を頼りに、闇は地上を見やる。

 深い憎悪を込めて、探し出す。

 許さない許さない許さない。

 せっかく、また愛しい存在たちがこの深淵に『還って』くるはずだったのに。

 よくも、よくも邪魔してくれたな?

 どいつだ? あの薄気味の悪い炎を使ったのは!

 

 そして闇は見つけ出した。

 影浸と邪心母が深淵の虚無ではなく、地獄に行った原因。

 それは、四匹の霊獣を使う黒髪の少年のせいだった。

 

 ──……。

 

 闇はその顔をしかと覚える。

 ……こいつだ。こいつのせいで、影浸と邪心母は深淵から去ってしまった。

 こいつは──危険だ。

 この存在を許してはならない。

 

 ──いらない。こいつだけは、いらない。

 

 すべてを深淵に取り込み、原初の世界を取り戻す。

 そのために闇は動いてきた。

 だが、本能が悟る。

 この男だけは、この深淵に取り込んではならない。

 この深淵にとって奴は『毒』だ。

 真っ先に排除すべきだ。

 

 ──……娘よ。私のかわいい娘よ。聞こえるかい? 私のお願いを聞いておくれ。

 

 唯一、声が届く存在に向けて、闇は囁く。

 あの男を始末しろ、と。

 これで問題ない。

 愛しい娘ならば必ず期待に応えてくれる。

 

 ──……そういえば、もうひとつ気になることがあった。

 

 闇は再び少年の周りを注意深く観察する。

 影浸と邪心母の戦いで、幾度と少年とその仲間の傷は治癒された。

 それも、一瞬で。

 ……覚えがある。あの現象には覚えがある。

 金色に輝く癒しの波動──その使い手である存在の魂の在り方。

 あの魂の気配には覚えがある。

 

 闇は探る。

 あの治癒能力を使っていたのは何者か。

 気配の残滓を追って、ひとりの少女に辿り着く。

 黄金のベルを握った、おさげの少女だった。

 少女は仲間との再会で、嬉しそうに微笑んでいる。

 混じり気のない、無垢で清らかな笑顔。

 その少女の魂も、穢れのない透き通るような色をしていた。

 

 ……闇は知っている。

 その魂の形を。

 いやというほどに。

 

 ──ああ、やっぱり。

 

 闇は心底ガッカリする。

 あれほど徹底的に潰してきたというのに。

 

 ──まだ()()()()がいたんだ。

 

 いらない。

 この娘もこの深淵にはいらない。

 世界のすべてを原初に戻すためにも、この存在を許してはならない。

 ……許してなるものか。

 この娘は、闇からすべてを奪ったあの光の──

 

 

    * * *

 

 

 翌日、透真薄さんから連絡があった。

 話し合いの場を設けたい、と。

 常闇の女王のこと。

 機関の方針のこと。

 ……そして璃絵さんの死の真相のこと。

 すべてを話すと薄さんは言った。

 場所はルカの実家を指定させてもらった。

 オカ研のメンバー全員とアイシャを含め、俺たちはルカの屋敷に集まった。

 

「失礼いたします」

「どうも。昨晩ぶりね」

 

 約束の時間になると、薄さんは灰崎家の空間転移用の南京錠を使って客間にやってきた。

 その隣には、昨晩顔を合わせた緋凰クレハもいた。

 護衛という形で同行してきたらしい。

 

「ルカさん。ご無事で何よりです。皆さんには、本当に感謝いたします」

 

 薄さんはまず俺たちに深々と頭を下げた。

 そんな薄さんと、ルカは居住まいを正して向き合う。

 

「あなたが私の殺処分を撤回させるために動いてくれたのは、皆から聞きました。あなたがお母さんの親友であるということも」

「はい。あなたの命を守ることが璃絵との最期の約束でした。そして……必要な時が来たら真実を明かすということも」

「……全部、聞かせてくれるんですよね? これまで隠してきたこと、全部」

「はい。いまのルカさんには、すべてを知る権利があります。そしてオカ研の皆様がたにとっても、知る必要があるでしょう」

 

 俺たちの間に緊張が走る。

 謎めいた機関が何を秘匿していたのか、それがついに明らかになる。

 ルカは一呼吸置いて、質問を投げかけた。

 

「まずひとつ──お母さんを殺したのは……常闇の女王?」

「はい」

「……っ」

 

 ルカの体が怒りに震える。

 隣に座る俺は、ルカの手にそっと手を重ねた。

 ……やはり、璃絵さんの死因は常闇の女王が関わっていたのか。

 

「教えて……常闇の女王って何者なの? いったい何が目的なの?」

 

 仇敵と判明した存在について、ルカは鬼気迫る勢いで問い詰める。

 俺たちも知りたい。

 これほどの地獄を生み出す怪異の長……いったい何者なんだ?

 薄さんは瞳を閉じて、静かに語り始める。

 

「常闇の女王……千年前にとつじょ現れた正真正銘の化け物。彼女が誕生したことで、この世界は怪異に溢れたのです」

「っ!?」

 

 告げられた真実に、俺たちは驚愕する。

 

「それって……怪異は自然発生した存在じゃなく、ソイツに意図的に造られた存在ってことですか!?」

 

 レンの質問に薄さんは「いいえ」と首を横に振る。

 

「女王そのものには怪異を造ろうという意図はないでしょう。アレはただ存在するだけで無限に怪異を生み出す。そういう災害なのです」

「災害……」

「私たち機関は、怪異を一種のウイルスと考えています。ウイルスは増殖することを本能としている。そのウイルスの病原体こそが、常闇の女王なのです。生き物にではなく、世界そのものを母体として、ウイルスを無限に感染させていく存在……」

 

 生き物にではなく、世界そのものを感染させるウイルスだと?

 なんだそりゃ。

 あまりにも話の規模がデカすぎるぞ!

 

「ウイルスは変異を繰り返し、もはや病原体である女王ですら把握できないほどの個体が増え、世に惨劇と悲劇を巻き起こしました。もうその増殖を止めることは、誰にもできませんでした」

「……」

 

 病原体を根絶することがいかに困難か、俺たちは知識として知っている。

 歴史でも、それを実現できたのはほんの僅かだ。

 

「同時に、ウイルスを無力化するための抗体が次々と生まれました。……そう、それこそが霊力と呼ばれるものです。霊力に目覚めた人間たちは、怪異を根絶するべく組織を作り、動き始めました。伝承に多く残る人間と化け物の戦いは、まさに当時の出来事を描いた真実だったのです」

 

 霊力が抗体……。

 なるほど。霊能力者たちの異能は、怪異という名のウイルスに対抗するために発現した防衛反応だったのか。

 

「かくして千年に渡る女王と人間との戦いが始まったのです。そして……その目的は現在も達成されていません」

 

 固唾を呑む。

 千年かかっても滅ぼしきれない常闇の女王……いったい、どれだけの化け物なんだ!?

 

「……私からも、聞いてもよろしいですか?」

 

 スズナちゃんが控えめに挙手をした。

 

「常闇の女王とは、意思疎通ができない化け物なのですか? もしも言葉のやり取りができるのなら、人間に害する真似は止めてほしいと伝えることもできるのでは?」

 

 争いを好まないスズナちゃんらしい意見だった。

 ……だが残念ながら返ってくる答えは予想できてしまう。

 

「……ウイルスに『死んでしまうから世界()から出ていってくれ』と懇願したところで、立ち退いてくれると思いますか?」

 

 そうだ。

 怪異がウイルスであるならば、増殖の道を断つ選択肢など決して選ばない。

 ウイルスはただ本能のままに増えることしか考えないのだから。

 

「残念ですがスズナさん……すでに結論は出ているのです。『常闇の女王は、どうあっても人類と相容れない宿敵』であると。そもそも──女王自身に『殺し合い』をしている感覚など微塵もないのですから」

「え?」

「女王は、ただ『遊んでいる』だけなのです。自らの眷属が滅ぼされることも、相手の命を奪うことも……彼女にとってはすべては『娯楽』なのですよ」

 

 言葉を失う。

 命のやり取りが、遊びだと?

 

「……ふざけないで! 人の命を奪うことも、自分が傷つけられることも、ソイツは楽しんでるっていうの!?」

 

 キリカが憤慨しながら立ち上がる。

 

「狂ってるわ! いったいどれだけ人間に怨みがあるっていうのよ!」

「……いいえ、キリカさん。逆なのです。女王はむしろ──我々人類を異常なまでに愛しているのですよ」

「……は?」

 

 再び言葉を失う。

 愛しているだと?

 愛してるから、人類を苦しめているだと?

 

「記録によれば、女王は人間との交戦時、繰り返し同じことを口にしているのです」

 

 ──あなたたちを愛している。私が愛してあげる。だからあなたたちも……私と『同じ』にしてあげる。

 

 ゾクリ、と原始的な忌避感が芽生えた。

 それは千年に渡って遺伝子に植え付けられた恐怖なのか。

 女王が放つ言葉の意味を、俺たちは本能的に理解できてしまう。

 

「常闇の女王自身は『敵意』を微塵も持っていません。あるのはただ、歪んだ『慈愛』……人類すべてを『闇』に取り込むこと。それこそが究極の慈愛だと、女王は本気で思っているのですよ」

 

 影浸の言葉が思い出される。

 闇こそが救いになる者もいる。

 常闇の女王は、それを世界単位でやろうとしているのか?

 

「女王にとって己の行いは『善意』としか考えていません。だからこそ……その信念は揺らがない。我々人類すべてを『闇』に取り込み……『家族』にすること。それが、常闇の女王の真の目的です」

 

 ──家族が欲しい。皆、仲良く暮らせる幸せな家族が。私があなたたちを──『家族』にしてあげる!! 皆で、幸せになろう!!

 

 テーブルが激しく叩かれる。

 ルカは拳を震わせて、歯噛みしていた。

 

「そんな理由で……そんな目的のためにお母さんは殺されたの!?」

「ルカ……」

 

 悔し涙を流して、ルカは憎悪の炎を瞳に宿す。

 

「許さない! 絶対に許さない、常闇の女王! 滅ぼしてやる! 私の手で絶対に!」

「ルカ! 落ち着け!」

「どうして……どうしてそんな大事なことをいままで隠してたの!?」

 

 責めるようにルカは言う。

 薄さんは罪悪感が滲んだ顔を伏せる。

 

「真実を告げれば、いまのようにルカさんは復讐心に駆られる。常闇の女王を滅ぼすために動き出す……機関は、それを恐れたのです。ルカさんと常闇の女王が接触することだけは、避けたかった」

「どうして!? 機関はなぜ私から女王を遠ざけようとするの!?」

「あなたが、璃絵の娘だからです」

「え?」

「白鐘家が持つ『言霊』の力。そして『百鬼夜行』が宿る霊装、紅糸繰──このふたつの異能が、女王のもとに渡ることを機関は恐れたのです」

「それ……どういう、意味?」

「……常闇の侵徒。女王は、人間を己の眷属に変えることができる。それは、霊能力者も例外ではありません」

 

 激しい悪寒が、俺たちを包む。

 まさか……。

 

「数年前、我々機関は常闇の眷属に総攻撃を仕掛けました。各国の名うての霊能力者を収集させ、当時考えられる限りの最高戦力で挑みました。その中には……璃絵もいました」

 

 あの日だ。

 璃絵さんが「私がすべてを終わらせてくるから」と告げ、姿を消したあの日だ。

 

「常闇の女王を必ず滅ぼす、最後の戦いとなるはずでした。実際、あともう少しで追い詰めることができたのです。ですが……」

 

 常闇の女王は、まだ存在している。

 作戦は、失敗に終わったのだ。

 

「後に『最悪の月夜』と呼ばれる出来事が起こりました。敗北し、死した霊能力者の魂が……悉く女王の手によって、侵徒と化してしまったのです。侵徒化を防ぐ術式を、事前に魂に刻んでいたにもかかわらず」

「っ!?」

 

 想像するのも恐ろしいイメージが浮かぶ。

 

「まさか……璃絵さんも!?」

「ご安心ください。璃絵も危うく取り込まれそうになりましたが、彼女は最期の力を振り絞り、侵徒化を逃れ、女王を異空間の狭間に封印することができたのです。戦いは、それで幕を下ろしました」

 

 ……ひとまず、俺たちにとって最悪の事態にはならなかったことに安堵すべきか。

 璃絵さんが侵徒化して敵になるだなんて、考えたくもない。

 ルカにとって、それほど残酷なことはない。

 

「……ですが、この一件で機関の上層部はすっかり戦意を喪失してしまいました。決着をつけるはずが、最高戦力のほとんどを女王側に奪われてしまったのですから」

「……だから、私のことも女王から遠ざけようとしたの?」

「そうです。機関は想像もしたくなかったのでしょう。言葉のままに現実を改変し、数百体の妖魔を操る常闇の侵徒の誕生を」

 

 ……確かに、それは間違いなく最強の侵徒だ。

 ルカの力はまだ璃絵さんには及ばないものの、その才能が敵に渡ったら、とんでもないことになる。

 機関はそれをずっと危惧していたのか。

 

「幸いなことは、常闇の女王も侵徒化された霊能力者たちも、璃絵の力によって封じ込めることができたということです。そして……機関は『もうそれで充分だ』と結論づけてしまった」

「……は?」

 

 思わぬ言葉に、俺たちは真顔になる。

 薄さんは眉間に皺を寄せ、悔いるように、恥じるように、声に遺憾を込めて、俺たちに真実を告げる。

 

「機関は、諦めたのです。常闇の女王を滅ぼすことを」

 

 

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