交際の件は、学園ではまだ内緒にしておこう。
ルカとは、そう約束した。
父さんと母さんはずっと俺たちの仲を見守ってくれていたから報告する義理があったが。
学園でカップル成立の噂が広まると良くも悪くも注目を浴びるものだ。
女子たちからは質問攻めされるかもしれないし、特に男子たちからは嫉妬の嵐が巻き起こる可能性が高い。
ルカは近寄りがたい印象だが、あの美貌とスタイルなので当然男子たちの間で隠れた人気がある。
まったく、小学校の頃なんてルカを気味悪がる連中ばかりだったというのに。
色恋を意識する年齢になった途端、掌を返したようにルカの魅力に気づくとは。
男子とは単純なものである。
だが残念だったな!
すでにルカは俺の恋人なのだよ! 今更ルカに惹かれても、もう遅い! ざまぁ!
……って自慢してやりたい気持ちもなくはないが、わざわざ荒事を招き寄せる必要もない。
ただでさえ怪異に振り回される日常なのだ。学園生活はせめて穏やかに過ごしたい。
だから、いいかいルカ? 学園ではなるべく目立つような真似は避けようね?
……そう約束したはずなんだけどな~。
「ダイキ~。今晩の夕食、何にする~?」
「えーっと、やっぱり今日もそっちに泊まる感じですかいルカさん?」
「いや~?」
「い、いやじゃないけどさ。椿さんに負担かけちゃうし」
「『全然おーけーです』って椿さんから返信あったから大丈夫だよ。おばさまも『しばらくそっちで過ごしなさ~い!』ってお裾分けいっぱいくれたし」
「母さんめ……また余計な気遣いを……」
「ダイキはいやなの~? 私の家でお泊まり~」
「だ、だから、いやとは言ってないって」
「私はもっ~とダイキと一緒にいたいのにな~」
「ル、ルカ。ちょっとくっつき過ぎじゃないかな~? お胸がめっちゃ当たってるんだけど!」
「無論、当てている。おら、興奮しろ」
「学園じゃそういうことダメって言ってるでしょ!」
「だってぇ~抑えられないだも~ん。ん~ダイキダイキダイキ~」
ルカはむぎゅっとゼロ距離で抱きつき、高速で頬ずりをしてくる。
ダメだ! ルカさんったら完全に自制が効いていない!
「……今日はいつにも増してアツアツですね~お二人さん」
「……本当ね。普段から風紀を乱してるけど、今日は尋常じゃないわね」
レンとキリカが冷めた目で俺たちを見てくる。
……はい。ここ、オカ研の部室です。レンとキリカの前だって言うのに、ルカったら遠慮無く抱きついてきてます!
「二人が部室に入ってきてから様子が前と変わったな~と思ったけど……ダイくん、ルカ。絶対に何かあったよね?」
「っ!? な、何のことだレン!? 俺たちは普段からこんな感じだぞ!?」
「やってることはそうなんだけどさ~。どう見ても二人の間に漂う空気が違うんだよ」
「そうね。何だか、いかがわしいわ」
レンに続いてキリカが言う。
いかがわしいとは何だ! 俺たちはちゃんと健全なお付き合いを……するように今後努力していくつもりだ!
「これはアレだねキリちゃん。どう見てもそういうことだよね?」
「ええ、そうね。そういうことでしょうね」
「まあ、過去一番のピンチだったもんね。あの一件の後じゃね~?」
「そういう流れになっちゃったんでしょうね」
レンとキリカがとても不本意そうな顔で、俺たちに向けて拍手を送る。
「「とりあえず……交際おめでとう~」」
「わ~! どうしようダイキ~! バレちゃったね~!」
ルカが全然困ってなさそうな感じでピョンピョンと跳ねた。
めっちゃ良い笑顔だねルカさん。
「な、何でわかっちゃうの?」
「伊達に女を15、16年やってないよ。関係性が変わった男女の気配なんてだいたい気づけるもんだよ」
「そうよそうよ」
女ってこえー!
「バレたなら仕方ない。こうなった以上、私はレンとキリカに伝えるべきことがある」
有頂天から一転、ルカはいつになく真剣な顔でレンとキリカと向き合う。
ルカの気迫に、レンとキリカも思わず身を正す。
「レン。キリカ」
「な、なぁに?」
「何よ?」
「……勝ち抜けしてすまぬ。でもやっぱり私が勝つ運命だったね」
ペコリとルカが頭を下げる。
レンとキリカが壁を殴り始めた。
あの~、物に当たるのはやめましょう?
「幼馴染は負けフラグ? そんなジンクス知らないね! 勝者はこの私だよ!」
「キリちゃん、ダメだよ? 『こんなヤツ助けなきゃよかった』なんて思っちゃダメだからね?」
「ええ、さすがにそれは人としてアレだからね。ここは友人として素直に祝福してあげましょう」
レンとキリカは結託するようにお互いの肩を抑えてプルプルと震えていた。
二人の額には青筋がいくつも浮かんでいる。
「いや~本当にごめんね~? でもさ~。私とダイキの間にやっぱり固い絆があるからさ~。どうあっても負ける要素が微塵も無かったと思うんだよね~」
「「うらー!!」」
レンとキリカがますます激しく壁を殴り始めた。
よくわからんが、ルカが二人を煽っているのは間違いない。ルカ、およしなさい。
「クロノ様~♪ あなた様のアイシャが参りましたわ~♪」
「む。出たな淫乱シスター」
「んまっ。開口一番、何て失礼なことを言うのかしらこの女は! 本当にあなたって人はライバルに対する礼儀というものが……え?」
いつものように学園に不法侵入してきたアイシャは、ルカの顔を見るなり目を見開く。
「あっ、ああ、ルカ……ま、まさかあなた……」
「何さ? 人を見るなり顔真っ青にして」
「だ、だってあなた……ク、クロノ様もっ」
アイシャはこの世の絶望とばかりに頭を抱え、俺とルカを交互に見る。
「いやああああああ!!!! 結ばれた男女の気配をビンビンに感じますわ~!」
アイシャ、お前もかい。
女の子って本当に鋭いんだな~。
「しかもルカ! あなたって人はその齢で大人の階段を……つまりクロノ様の……が……いやあああ! 今度こそ本当のえぬてぃーあーるですわ~!」
「キッショ。何でわかるのさ?」
喚くアイシャを気にも留めずルカはお菓子の封を「パカッ」と開けていた。
「はいダイキ、お菓子半分こ」
「おう、珍しいな。ありがとう」
「はい、あ~ん」
「え? ちょっ、皆が見ている前でそれは……」
「食ーべーてー」
「わ、わかったから拗ねるなって。あむっ」
「むふ~」
恋人らしいことができてルカは大変ご満悦のようだ。
「……ああっ! 皆! どうしよう!」
「「「……何?」」」
「幸せすぎて死にそう!」
「「「あっそ! 良かったね!」」
幸せ絶頂のルカに反してレンたちの顔がますます憤怒に染まる!
「ねえ、アイシャ」
「何ですの!?」
「……羨ましいでしょ?」
「キエエエエエエエエエ!!!!」
ルカ! 自慢はほどほどにしなさい! 皆は独り身なんだぞ!
いかんな、ここは俺が恋人としてフォローを入れないと!
「皆、心配ないさ! そんなに羨ましがらなくても皆美人だからすぐに恋人できるって!」
……って言おうと思ったけど、口にしたら皆がさらに激怒しそうな気がしたので黙った。
なぜか本能的にそんな危機を覚えた。
「すみません日直で遅れました~」
遅れてスズナちゃんが部室にやってくる。
スズナちゃん、ナイスタイミングだ! 君の天使オーラでこの場の空気を鎮めておくれ!
「あら、どうされたんですか? 皆さんそんな怖い顔をなさって。ルカさんはご機嫌そうですけど」
「聞いてくださいましスズナさん! ルカったらとうとうクロノ様を略奪しましたの! わたくしたちを煽りまくってきますの!」
「うふふ♪ アイシャさんは相変わらず面白いご冗談をおっしゃいますね♪」
「ところがどっこい。今回ばかりは本当なんだなコレが」
「ほえ?」
ドヤ顔でルカがスズナちゃんの前に立つ。
「私とダイキはついに恋仲になったのです。スズナも祝福して~」
「え? ……えっ!? えええ!?」
驚いた顔でスズナちゃんが俺を見る。
俺は指で頬をかきながらコクリと頷く。
「まあ、そういう感じになった……」
「……まあ! まあまあ!」
スズナちゃんを手を合わせて目を輝かせた。
「おめでとうございます! ルカさん、とうとう思いを成就させたのですね!」
「いえーい。あいあむうぃなー」
「ダイキさんもおめでとうございます! ああ、尊敬するお二人が恋仲として結ばれるだなんて! こんなにも嬉しいことは……」
輝かしい笑顔を浮かべるスズナちゃん。
だがその笑顔に……。
「……え? あれ?」
ツーと涙がこぼれた。
「スズナ?」
「スズナちゃん?」
「あっ、これはその……違うんです! あれ? なぜでしょう? どうして涙が……」
一筋の涙はやがて大粒となって次々とスズナちゃんの瞼からこぼれた。
「う、嬉し涙です! だ、だって、こんなに喜ばしいことはないのですから! そ、そうだ! お二人の交際をお祝いしないと! すぐにお茶を淹れますから! すぐ、に……うぅっ」
そこからは言葉は出ず、スズナちゃんは顔を覆って泣き出した。
「あっ、マズっ……あの、スズちゃん?」
戸惑っている俺たちに変わって、レンが慌ててスズナちゃんに近寄る。
だが……。
「ご、ごめんなさい! 今日はお暇させていただきます!」
「あっ! スズちゃん!」
スズナちゃんは鞄を持って部室を飛び出してしまった。
「待ってスズちゃん!」
「来ないでください!」
「っ!?」
「すみませんレンさん……いまは、一人にさせてください!」
「あっ……」
レンの制止を振り払って、スズナちゃんは駆け足で旧校舎を出て行った。
「お、おいスズナちゃん!? いったいどうしたんだよ!」
「ダイくん! 行っちゃダメ!」
スズナちゃんを追いかけようとしたが、鋭い声でレンに止められる。
「放っておいていいのかよ!?」
「いまはダメ。特にダイくんが行くのは一番ダメ」
「……っ」
鬼気迫るレンの声に気圧されて、思わず足が止まる。
「よりによってこのタイミングか~……そりゃスズちゃんも心の整理がつかないよな~」
レンは深い溜め息を吐いて額を手で抑えた。
「しょうがない……今日は解散!」
「え?」
「部長命令です! オカ研は今日は休部!」
「……そうね。これじゃ部活どころじゃないわ」
レンの急な指示を聞いて、キリカも同意を示す。
「そういうこと。さっ! 全員部室から出た出た!」
「お、おい」
部室から強制的に追い出されてしまった。
「スズちゃんのことは明日何とかするから。今日はそっとしてあげて。いい?」
「お、おう……」
いつになく真剣な顔で言うレンを前に、俺は頷くしかなかった。
「……大丈夫。私も今日中に切り換えるから」
「え?」
「はい! 後はカップルなりたてホヤホヤのお二人でごゆっくり! 改めておめでとう! ……ルカ!」
「にゅっ!? は、はい」
「……気にしなくていいんだからね? 『恨みっこなし』って、約束だったんだから」
「あっ……レン」
「大丈夫。こんなことで壊れるような友情じゃないよ。だからあんまり気負わないで、堂々としてて?」
「……うん。わかった」
レンとルカは何やら二人の間だけで通じるやり取りをして、そっと握手を交わした。
「さて、ファミレスにでも行こうかな。キリちゃんもどう?」
「寄り道はダメよ……って普段は言うところだけど、今日は付き合うわ。アイシャ、あんたも来なさい」
「いやあああ! 離してくださいましキリカさん! わたくしはまだ承服してませんわ~! こうなったら第二の女として無理やり間に挟まって……」
「やめなさい! 諦めの悪い女は見苦しいわよ!」
解散と言いつつ、レンとキリカとアイシャは一緒に旧校舎を出て行った。
残された俺たちはポツンと立ちつくす。
「ええと……とりあえず、帰るか?」
「うん。そう、だね」
お互い、まだ困惑は抜けないが、解散になった以上帰る他ない。
「……ダイキ」
「ん?」
「私たち……付き合っても、いいんだよね?」
「え?」
「この道を選んだこと、間違ってないよね?」
顔を俯かせてルカが言う。
俺はそっとルカの手を握った。
「何言ってるんだよ。当たり前じゃないか。レンたちも祝福してくれたじゃないか」
「うん。そうだよね……」
恋人になることが間違い?
そんなこと、あるはずがない。
俺はもう、自分の気持ちを誤魔化したくない。
ルカだって受け入れてくれた。
俺たちは堂々と、恋人らしいことをして、幸せになっていいはずなんだ。
そう思っているが……。
スズナちゃんの泣いた顔が頭から離れない。
レンに「何もするな」と念押しされた以上、ヘタな真似はしないほうがいいだろう。
けれど……。
何だろうか。
この胸騒ぎは。
* * *
ねえ、お父様?
どうして、そんな悲しいことをおっしゃるの?
あの子だけ仲間外れだなんて可哀想でしょ?
あの子の綺麗な魂がそんなお嫌なの?
心配しないで?
私があの子の魂をお父様も喜ぶような色に染めてあげるから。
そうすれば、あの子も家族にしていいでしょ?
……あら?
うふふ。
妖円丸と死擦がお手伝いをしてくれるみたいだわ。
ありがとう、私の家族。
大好き。愛してる。
こわーい人たちに見つからないように、私があなたたちの気配を隠してあげるね?
ごめんなさいね。ここからだと、ちょっとしかお手伝いできないの。
でも、安心して?
ちょっとずつ
あともうちょっと頑張れば、そっちに帰れるからね?
それまで待っていてね?
絶対、絶対に皆のところへ帰るから。
新しいお友達を連れて、ね?
──■■■■■■■!!!
ほら、綺麗にな~れ。
うふふ。もっともっとお色直しをしてあげる。
私が素敵な姿に変えてあげる。
私とお揃いになろう?
そして一緒にここから出て、向こうの世界に帰りましょう?
そうしたら……あなたが一番会いたがっている人のところへ連れていってあげるからね?
──『赤い服の女』さん。