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「おっほん~! いいこと? 妖魔を身の内に宿して、しかもその力を使役するだなんて、本来なら相当危険な行為なんだからね? 神域に近い妖魔八大将が反動を軽減させてくれているからこそ成り立っている召喚術ってことは理解しなさいよね?」
場所は玄関から変わってリビング。
冷静さを取り戻した青鹿さんが、深刻な顔で説明を始めた。
「あなたの以前の宿主である璃絵さんだって定期的な検診をしないと異形化が進んでしまうリスクを抱えていたわ。だから一度でも八大将の力を使ったなら、心霊治療術で『霊障』を取り除かなければならないの」
専門家としてのスイッチが入ったからか、青鹿さんの雰囲気が先ほどとまるで違う。
医者の顔だ。
「……覚悟はしていたつもりだけど、八大将の力って本当にそれだけリスキーなものだったんだね」
さすがのルカも不安げな顔を見せている。
そんなルカの手を優しく握る。
「大丈夫だルカ。言ったろ? ルカがどんなことになっても、俺は受け入れるって」
「ダイキ……」
「もちろん、そんなことになる前に力になるけどな」
ルカを安心させるべく、きゅっと手に力を込める。
そして、そんな俺の手の上に手を重ねてくるクレハ。
「大丈夫よダイキ。私がそんなあなたの力になってあげるから」
「え? あ、うん、ありがとう……」
「おいコラ、いい雰囲気に割り込むな赤髪」
「あなたは一人ではないわダイキ。仲間として存分に頼ってね?」
「シカトすんな! やっぱりコイツ嫌い~!」
ルカを無視してクレハは距離を詰めてくる。
あの……そんなに手をナデナデしないで?
「ダアアアアア!! あたしが説明してるときにイチャついてんじゃないわよ~! クレハも悪ノリしてんじゃないの~!」
「ごめんなさいミコト。仲の良さを見せつけられちゃったからムカついちゃった」
「フーッ! フーッ! ちくしょう……ダイキと結ばれても全然安心できないとは……緋凰クレハ、油断ならぬ女ッ!」
離れていくクレハを猫のように威嚇するルカであった。
「とにもかくにも! アンタの体をヒトの形に留めるために今日から定期的な検診をやっていくからね!」
「痛くしないでね?」
「脱がんでいいわ~! つぅか男の前で普通に下着姿になるんじゃないよ~!?」
「え~だってダイキには、もっと凄いのをとっくに見せてるし今更……むぐっ」
「あ~あ~あ~! とりあえずルカ! 専門家の青鹿さんの指示に従っておこうね~!」
初対面の女子の前でとんでもないことを言い出すルカの口を慌てて抑える。
クレハのほうを見てたから多分マウントを取りたかったんだろうが……おやめなさいルカ! そういうことは自慢げに口外することじゃないの! 恥ずかしいでしょ!
「さて、まずは問診よ。最近はよく眠れているかしら?」
「グッスリ眠るタイプだよ。ん~でも最近はダイキが寝かせてくれなくて……」
「はいはい~。睡眠はバッチリ取れてるのね~」
いちいちルカの惚気にツッコミを入れるのも疲れたのか、青鹿さんはスルーしながら問診を続ける。
「じゃあ次。食事はちゃんとバランス良く食べているかしら?」
「……モチロンデスヨ~」
あ、嘘吐いた。
この間だって椿さんの作り置きで、いくつか食えないものを俺に寄越したくせに。
「ふむ。ちょっと右手見せて?」
「どうぞ」
「……嘘吐いてるわね? アンタとんでもない偏食でしょ?」
「えっ!?」
「甘い物、食べ過ぎね。脂肪はほとんど都合のいいところに行ってるみたいだけど……それ若い内だけだからね? 数年後にガタが来るわよ?」
「んなっ!?」
え? 手を見ただけでそんなことがわかるのか?
「ふむふむ。肉よりも魚と貝が好きみたいね。朝食もフルーツが多めと。けど野菜もちゃんと取りなさい。体臭キツくなるわよ?」
「ダイキ!? 私って臭う!?」
「え? いや、いい匂いだぞ?」
香水つけてないのに女の子ってこんなに甘い匂いがするのかって感心してるくらいだぞ。
「まあ霊能力者はもともと普通の人より代謝がいいからね。特にアンタは乙女に都合の悪い毒素は無自覚に霊力で分解してるみたい。偏食のわりに肌もスベスベで健康的だわ。……でも恋人にいつまでも綺麗って思われたいなら食生活改善したほうがいいわよ? 健康管理を霊力に頼りすぎると、将来的に効き目がどんどん薄まっていくんだから」
「ダイキ! 私これから好き嫌いせず食べる!」
「ルカ!? お前からそんな言葉が聞けるだなんて!」
いつも食事に頭を悩ませていた椿さんに聞かせてあげたいぞ!
「それにしても凄いな青鹿さん。あれだけでルカの体調のことがわかっちゃうのか?」
「あれがミコトの霊術よ。見て触れることで相手の健康状態を把握できるの」
クレハが横でそう説明してくれる。
確かによく目を凝らすと青鹿さんから青色の霊力が立ちのぼっている。
「血液型はAB型。血圧は正常と。……うーん、でも血の巡りが良くないわね。頭痛や肩凝ること多いんじゃない?」
「え? それって、おっぱいだけが原因じゃなかったの?」
「それもあるでしょうけど、あなた全身固いわ。ストレッチを習慣にすることね。美容にもいいわよ」
「う、うぅ、レンにも前に同じこと言われたぁ~」
「身長は156cm。バスト111、ウエスト56、ヒップ88。体重は55キロ。う~ん、胸とお尻が大きいせいでもあるんでしょうけど、この身長の女の子の平均体重を超えてるわね。もうちょっとダイエットしなさい?」
「ちょっと~!? スリーサイズはともかく体重をダイキの前で言わないでよ~!」
スリーサイズはいいのかルカよ。
「……ふふん。体に関しては私の勝ちね白鐘瑠花」
クレハがボソッとそう呟きながら胸元を「ばるんっ」と自慢げに揺らす。
クレハさんっ!? デカいとは思っていたが……ルカ以上なの!?
「うん。基本情報はだいたい把握できたわ。じゃあ次は肝心な八大将の霊障を……って、あれ?」
青鹿さんが目を見開く。
どうしたんだ?
「あれ? 何で? 何でぇ~?」
青鹿さんは霊力で光る手をルカの体のあちこちにかざすたび、頭にハテナマークを浮かべている。
「……霊障がひとつも無い~!?」
窓ガラスが割れんばかりの大声が上がる。
「え? それって、体のどこも悪くないってこと?」
「な~んだ、良かったじゃないかルカ」
「わ~い」
「良いわけねぇだろうがァァァ~!!!」
「「ギャース!」」
青鹿さんの怒号でルカと一緒に吹き飛ばされる!
「ありえないでしょ~!? 神域に近い妖魔の力を三度も使って異変が何も無いなんて逆に不気味じゃわ~い~! 原因不明なのが何より怖いわ~!! えっ!? どゆコト~!? お母さ~ん! あなたから引き継いだマニュアルにはこんな事例書かれてなかったんですけど~!?」
青鹿さんは頭を掻きむしって、また錯乱し始めてしまった。
「……ふ、ふえ~ん!! これじゃあたしイラナイ子じゃな~い! せっかくお勉強してきたのに~! 今日のためにいろいろ準備してきたのに~! 全部無駄だ~! うわああああああああん~!!」
ついには幼児のように泣き出す始末。
「あらら、ミコトの悪いところが出ちゃったわね。予想外のことが起こると、すぐこうなんだから」
こんなことは慣れっこなのか、クレハは呆れの溜め息を吐いていた。
「……けれど今回ばかりはミコトが混乱するのも無理ないわ。明らかに異常よ? 妖魔八大将の力を使っておきながら反動が何も起きていないだなんて」
クレハは訝しげにルカを見やる。
「あなた何者なの? いったいどんな手を使って霊障を防いだの?」
「そんなこと聞かれても私もわかんないよ。雹妃たちに聞いてよ」
『それがですね』
『俺様たちにもわかんねぇんだよなァ』
声と同時に、ルカの体から二枚の掛け軸が出現する。
雪女と大百足が描かれた掛け軸……八大将である雹妃と走焔の仮の姿だ。
『確かにルカの体に悪影響が無いように私たちは反動を軽減させています……ですが、ここまで霊障が起きないのは初めてのことです』
『呵呵呵呵。お嬢がよほど特異体質なのかもしれねぇなァ! だったら俺様たちの力が使い放題ってことだなァ!』
『走焔! 何を呑気なことを! それでルカの身に何かあったらどうするのです!』
『オイオイ、かっかすんなよ雹妃ィ。何も起きてねえならそれに越したことはねえじゃねぇかァ』
どうやら八大将たちにとっても、いまのルカに霊障が起きていないのは謎らしい。
「確かにリスクが無くなったなら無敵の力だけど……逆に不気味ね。白鐘瑠花、あなたは何かしているはずよ。霊障を消す何かを。璃絵さんとは異なる方法で」
「そう言われても本当に心当たりが……もしやダイキとの愛の力!?」
「何を言っているんだルカ……」
真面目な話をしているときまで惚気るんじゃないの!
「……ダイキとの……いえ、まさか……」
しかしクレハはルカの発言を聞いて熟考する様子を示す。
「……ねえ、ミコト。ちょっといい?」
「ぐすんぐすん……何だよォ~? どうせあたしなんてイラナイ子なんでしょ~? 本物の天才であるお母さんと違って出来の悪い娘だと思ってるんでしょ~?」
「そんなことないわ。いま、まさにあなたの力が必要よ?」
「ほんとぉ~?」
まるで小さな子を嗜めるようにクレハは青鹿さんの頭をヨシヨシと撫でる。
「彼、いま調子が良くないみたいなの。何かの霊障かもしれないわ。調べてあげてくれる?」
「え?」
クレハが目線を向けてくる。「話を合わせて」と。
「あ、ああ~、確かに今朝から変な調子なんだよな~。せっかくだから看てもらいたいな~」
棒読みな声が出てしまったが、ここはクレハに合わせる。
たぶん落ち込んでる青鹿さんを仲間として励まそうとしているんだろうな。
「……んもう~しょうがないわね~! 天才であるあたしが看てあげようじゃないの~!」
泣き顔から一転。青鹿さんはルンルンとご機嫌な顔で診察の準備を始める。
「この極端な機嫌の変わりよう……何かキリカと同じ面倒くささを感じるな、この人」
「シッ! ルカ、思っててもそんなこと言わないの!」
青鹿さんに聞こえないようルカに注意する。俺もちょっと思ったけど!
「は~い、痛いことはしませんからお手々見せてくださいね~♪ どこが悪いんでしゅか~?」
やたら猫撫で声で青鹿さんが問診を始める。
「え~っと額と関節にちょっと違和感が……」
べつにどこも悪くないけどね。
今朝父さんに聞かれた症状しか思い浮かばなかったので、咄嗟にそんな嘘を言ってみる。
「はいは~い、額と関節ですね~。どれどれ、まず体の状態を……は?」
上機嫌だった青鹿さんの顔が凍り付く。
ん? どうしましたか?
「え? ナニコレ? どゆこと? この人の体の構造どうなってんの? 骨どうなってんのこれ? え? 何で霊獣が四匹もいるの? しかも霊力がオンオフになるわけ? スイッチ感覚で? いや、そもそも何この魂の形? 何でこれが人の体に馴染んでるの?」
ブツブツ言いながら青鹿さんの顔が青ざめていく。
そして何か恐ろしいものを前にしたかのようにパッと手を離す。
「……キッショ!? コイツの体、キッショ!?」
そして唐突な罵倒。
泣いてもいいですか?
「うおおおい! 人の恋人を『キッショ』とは何だ!」
これにはルカさんもお怒り。
慰めてもらっていいかな?
「だってだって! ワケわかんないんだもんこの人の体ァ! うわああああ! 何なんだよ今日は~! 何で連続でこんな意味不明な事例に直面しなくちゃならんのじゃ~い! ギャース! というか男子の手に触れちまったい~! 手から妊娠する~!!」
青鹿さんはシュッシュッとアルコールスプレーを手に吹きかけた。
よし、泣いていいよな?
* * *
「ミコトのこの動揺……やっぱりダイキ、あなたにも何かが……」
ルカとミコトが騒がしく揉める中、クレハだけは泣いて落ち込むダイキから目線を逸らさなかった。