「スズちゃんに何かあったって本当!?」
「状況がよくわからない。いまそれを確かめに行くところ」
スズナちゃんの件はレンとキリカにも報告して、俺たちはタワマンの前で合流した。
「あれ? アイシャは一緒じゃなかったのか?」
三人でファミレスに行っていたと思うが。
「アイシャなら散々ドカ食いした後……」
──しばらく旅に出ます。わたくしを探さないでくださいまし……。
「って街を出たわよ」
どこか疲れ気味にキリカが言う。
「やったぜ。そのまま一生帰ってこなければいい」
「ルカ、そんな冷たいこと言わないの」
「だって! ただでさえ厄介な女が増えてるんだもん!」
「アイシャちゃんのことよりもいまはスズちゃんだよ! ほら、行くよ!」
レンの先導でスズナちゃんの部屋に向かう。
……しかし相変わらず凄いマンションだな。
一度お邪魔したときも驚いたが、もはやマンションというより超高級ホテルみたいなところだ。
43階建て。住人共用のスポーツジムにプールに露天風呂が設備としてある上、24時間経営の商業施設に直結しているので外に出ることなく買い物ができてしまう。
そんなタワマンの最上階にスズナちゃんは住んでいる。しかもメイドさんたちの各部屋も借りているそうなので、実質最上階は黄瀬家の貸し切り状態だ。
どう逆立ちしたって庶民の俺では一生実現できそうにない生活形態である。
「スズナ、来たよ? いったい何があったの?」
インターフォンを鳴らして返事を待つ。
しばらくすると扉が控えめに開かれた。
……しかし不思議なことに開いた扉の先には誰もいない。
「ひいぃぃっ!? 久々の怪異!?」
「いらっちゃいましぇ♪ 皆しゃん、よくぞお越しくだしゃいまちた♪」
「……はい?」
下のほうから声がした。
それはもう、かわいしい舌足らずなお声が。
視線を一斉に下へ向ける。
ちょこん♪
と、擬音が出そうな子がそこにいた。
二頭身サイズに縮んだスズナちゃんだった。
「え? 君、ス、スズナちゃん?」
「はい♪ スズナでしゅ♪」
「どうしてそんな姿に!?」
ルカだってシリアスな場面や誘惑してくるとき以外は二頭身サイズのチビルカになるけど、それはあくまで『そう見える』だけであって、実際に縮んでいるわけじゃない!
だが目の前のスズナちゃんはどこからどう見ても完全な二頭身サイズのチビスズちゃんになっているのだった!
「きゃあああああ♪ かわいいいいいい♪」
「レ、レン。何を浮かれたことを言って……だ、抱っこしても平気かしら?」
「キリカ、ズルい。まず私がギュッてする」
女子たちが浮かれている。いや確かにかわいいけどさぁ!
「Aちゃん! 勝手に扉を開けちゃダメですよ~! 皆がビックリしてしまいます!」
「え?」
聞き馴染みのある声が奥から駆けつけてくる。
頭身が縮んでいない、普段のナイスバディのスズナちゃんであった。
あれ~~!?
「スズナちゃんが二人!?」
「二人、と言いますか……」
スズナちゃんが困り顔でチビスズちゃんを抱き上げると……。
「あっ♪ オカ研の皆しゃんだ~♪」
「これからパーティするでしゅ~?」
「わ~い♪ いっぱいご馳走食べるでしゅ~♪」
「宴じゃ~宴じゃ~でやんす♪」
「てやんで~♪ もっとおいしいもの寄越しやがれ~でしゅ~♪」
スズナちゃんの背後からひょこひょこと、大量のチビスズちゃんが現れた!
「いっぱい居るんです~!」
「「「「ええええ~!?」」」」
「ふえ~ん! 頭の上にこれが生えてから小さいスズナが増え続けてるんです~!」
涙目でそう言うスズナちゃんの頭には……。
一本のキノコが生えていた。
* * *
「ダメだ。抜いても抜いてもキノコが生えてくる」
「うぅ、ルカさんがやってもそうなりますか?」
スズナちゃんの頭の天辺に生えた謎キノコ。
引っ張れば簡単にスポンッと抜けるようだが、すぐに新しいキノコがニョキッと生えてきてしまう。
「気がついたら生えていたんです。頭がボーッとしながら帰ったら、メイドさんたちにキノコが生えていると驚かれて……」
「さらに、こうしてスズナが増えたと……」
まあどう考えても、この怪奇現象は頭の謎キノコが原因っぽいな。
いまも広いリビングのあちこちで駆け回るチビスズちゃんたちを見つつそう思った。
「バリボリ♪ お菓子おいしいのでしゅ♪」
「ああ、Bお嬢様! それはオカ研の皆様にお出しするものですよ!」
「いえーい! ロックは最高なのでしゅ~!」
「Cお嬢様! この部屋は防音バッチリですけどそんな大音量で音楽はかけてはいけません!」
「むにゃむにゃ~♪ 惰眠は気持ちいいのでしゅ~♪」
「あらあらDお嬢様。そんなに高いところで居眠りしては危ないですよ?」
「ふえ~ん! 先にぶってきたのはそっちでしゅ~!」
「べらんめぇなのでしゅ! 貧弱な泣き虫しゃんはスズナ嫌いでしゅ!」
「Eお嬢様、Fお嬢様! 喧嘩せず仲良くしてください!」
園児のように自由奔放なチビスズちゃんたちをメイドさんたちが総出で面倒を見ている。
区別がしやすいようにABCで呼んでいるようだ。
チビスズちゃんによってタイプが異なるようなので、随分と手を焼いている様子だ。
「最初はこのAちゃんだけだったんですが、気が付くとどんどん増えてしまって……」
「お友達たくちゃんで嬉しいでしゅ♪」
「あら、かわいい。お友達たくさんでよかったね~Aちゃん」
「ふえ~ん、ルカさん呑気なことおっしゃっていないで何とかしてくださ~い!」
「それもそうだね。ただ私の手には負えないから専門家を呼んだよ」
しばらくして、またインターフォンが鳴った。
「何じゃこりゃ~!? タワマンの規模にも驚いたけど人間が増殖するってどんな現象じゃ~い!?」
「落ち着きなさいミコト。それを調べに来たんでしょ」
やってきたのは青鹿ミコトと付き添いのクレハであった。
ばあやさんたちには俺たちの関係者ということで話を通している。
「えっと、あなたがルカさんのおっしゃっていた心霊治療術士さんですか?」
「ええ、そうよ! あたしが来たからにはもう安心なさい! どんな霊障もパパッと解決してあげるわ!」
自信満々にそう言う青鹿さんだが、夕方の様子を見る限り心配だな~。
また理解しがたい症状を前にパニック起こさないといいんだが……。
しかし、その心配は杞憂だった。
「……キノコを使った霊術。クレハ、これって……」
「ええ。間違いないわね」
青鹿さんはいままで一番真面目な顔つきでスズナちゃんを診断していた。
クレハもスズナちゃんの身に起きている怪異現象に心当たりがあるようだった。
「
「妖円丸?」
「古い常闇の侵徒よ。『最悪の月夜』を生き延びた残党の一体でもあるわ」
「っ!?」
常闇の侵徒だと!?
そんなヤツがスズナちゃんに接触したということか!?
「そういえば男の子を姿をした老人のような御方が、そう名乗っていました……」
そのときのことを思い出してか、スズナちゃんは怯えるように身を抱きしめる。
「厄介なヤツが来たわね。私はまだ直接対峙したことは無いけれど、多くの霊能力者がヤツを相手にして帰らぬ人になっているわ」
「要警戒リストに載っている侵徒の一体よね。クレハ、気配には気づけなかったの?」
「申し訳ないけれど、いまも感じ取れない。恐らく女王の加護でしょうね。女王との繋がりが深い侵徒ほど、気配遮断が強まるから」
クレハはそう言うとスズナちゃんに向けて頭を深々と下げた。
その様子に俺たちはギョッとする。
「ごめんなさい黄瀬スズナさん。まさかこんなに早く侵徒があなたたちに接触するとは思わなかった。特に非戦闘員であるあなたには、護衛をつけるべきだったのに」
「え? そ、そんな頭を上げてください緋凰さん! あなたが謝ることでは……」
「いいえ、あなたたちが逆月に加わった時点で、私はあなたたちを侵徒の魔の手が護る義務がある。今回は警戒を怠った私のミスよ」
心底、不甲斐なさを恥じているような声だった。
驚いた。霊能力者としてプライドが高そうなクレハが、こうして頭を下げるだなんて。
「こ、この間まで私たちに失礼なこと言ってた子とは思えないよ……」
「根っからの仕事人なんでしょうね。課せられた役割を果たせない自分が許せないんだわ。しっかりした人ね」
ちょっと前までクレハの無礼な振る舞いに憤っていたレンとキリカも彼女への認識を改めたようだ。
「本部にも厳戒態勢を敷くように報告したわ。いまはとにかく備えましょう」
「ありがとうミコト。ヤツが尻尾を出したときは、私が狩るわ」
クレハの琥珀色の瞳に凄まじい殺気が宿る。
「──侵徒は、一匹残らず殺す」
そこには義務感だけではない。
激しい憎悪が炎のように燃えているように見えた。
「えっと、青鹿さんだっけ? スズちゃんの体、治せそう?」
レンが尋ねると青鹿さんは難しい顔をした。
「この手の寄生型怪異の特効薬はいくつかあるけど……相手が妖円丸ってところが厄介ね。ヤツは毎回手口を変えて新種の寄生物を操る。今回もそのケースね。特効薬を作るには、より細かい分析が必要だわ」
「頭のキノコを切除するだけじゃダメなのか?」
俺が何気なく尋ねると、
「あんたバカぁ!? この生えているキノコが本体だと思ってるの!?」
信じられないバカを見るような目で驚かれた。
泣きそう。
「あのねぇ! キノコっていうのは本来、糸状になった菌類なの! こうやって表に出てるのは菌の一部に過ぎないの!」
「あっ、私知ってる。キノコって正確には『子実体』って言うんだよね? 本体は菌糸体で、寄生した物体の中で張り巡らされているんだよね? 小学校の頃に図書館で読んだことある。……そっか。だからいくら抜こうが切除しようが無駄なわけだね」
「その通り! 赤嶺レン! あんたは賢いわね! 賢い人は好きよ!」
レンは逆に褒められまくっていた。
いいなぁ。
「つまり黄瀬スズナのいまの状態も、そういうことよ。すでに体中に菌糸が張り巡らされている。摘出はほぼ不可能だわ」
「そんな……」
「慌てないで。時間はかかるけど、必ず特効薬を作るから。幸い、現時点で命に別状が起きそうな症状は見られないしね」
「そ、そうなんですか?」
「だって、いまのところ本体のあなたが増えてるだけだし?」
「た、確かにそうですが……これはこれで困るというか……」
「気になることじぇんぶ知りたいでしゅ~!」
「とか言っている間にまた増えました~! ふえ~ん! 今度はGちゃんです~!」
「その呼び方だと黒いアレみたいでいやでしゅ~!」
今度は眼鏡をかけた知的そうなチビスズちゃんが現れた。
そういえば他のチビスズちゃんもよくよく見てみると見た目にちょっとした違いがあるな。
学園の制服姿で礼儀正しいAちゃん。
スプーンとフォークを持った食いしん坊のBちゃん。
ヘッドホンとサングラスをつけて音楽にノリノリなCちゃん。
ナイトキャップを身につけ枕でスヤスヤ眠るDちゃん。
お祭りの
柔道着を着た眉毛が太いFちゃん。
なんかアレだな。
ガチャガチャでよく見るゆるキャラのいろんなバリエーションのようだ。
「妖円丸の目的は不明だけど……恐らく、宿主であるあなたの隠れた一面が分身として現れているんでしょうね」
「スズナの、隠れた一面、ですか?」
「ありえたかもしれない可能性、と言ってもいいわ。食いしん坊なあなたも、音楽に熱心なあなたも、寝ぼすけ、お祭り好き、武道家、学者のあなたも、すべてあなたが内に秘めている人間性ってこと。このキノコは、どうやらそれを目に見える形で表出させるようね」
「内に秘めた、人間性……」
スズナちゃんはどこか不安げな顔で自分の胸元をキュッと抑えた。
「とはいえ宿主の黄瀬さんが善良な人間だからか、そこまで危険な分身は生まれてないみたいね。手はかかりそうだけど、どれも無邪気な子どもみたいものだし」
「そりゃそうだよ! スズちゃんは天使みたいに良い子なんだから、悪い分身なんて生まれるわけないよ!」
「ヤンチャな子はいるみたいだけど、それも微笑ましい感じだしね。さすがはスズナだわ」
「み、皆さん! や、やめてください……スズナはそんなに良い子では……良い子では……」
スズナちゃんはどこか気まずそうに押し黙る。
どうしたんだスズナちゃん?
様子が変だな。
いや、頭から謎キノコが生えた上、自分の分身が増えているんだから不安になるのはもちろんだが……。
何やら「良い子」と言われると辛そうな顔を浮かべている気が。
「ダイキしゃんダイキしゃん♪」
「え? ああ、Aちゃん? どうしたんだい?」
チビスズAちゃんに服を引っ張られたのでそっちに意識を向ける。
「えっとでしゅね~……」
チビスズAちゃんは恥ずかしそうに顔を赤くしてモジモジとする。
「ダ、ダイキしゃんの、お、お膝に乗せてほしいのでしゅ!」
「え? 俺の膝に?」
「だ、だめでしゅか?」
くっ! そんな悲しそうに目をうるうるされたら断れない!
「いや、いいよ。おいで?」
「わ~いでしゅ♪」
ぴょーんとミニスズAちゃんは飛び跳ねて俺の膝上に座る。
「Aちゃん! 何をしているんですか!? ダイキさんに迷惑ですよ!?」
「いや大丈夫だよスズナちゃん。座り心地はどうだいAちゃん?」
「とってもいいのでしゅ♪ あのあの……頭も撫でてほしいのでしゅ♪」
「こうかな?」
小さい頭をヨシヨシと撫でると「はにゃ~♪」と蕩けるような声があがった。
「スズナ、幸せでしゅ♪」
……やっべー。超かわいい。
前世で小さい妹を世話してたときのこと思い出しちゃうな。
そういえば妹も甘えん坊だったな~。
どうしよう。前世のことを思い出したら、滅茶苦茶このチビスズちゃんを甘やかしてあげたくなってきちゃった。
「……一人くらい持ち帰ってもいいかな?」
「ダイキさん!? 何をおっしゃっているんですか!?」
だって、こんなにもかわいいんだぞ!?
「あ~! Aちゃん抜け駆けしてるのでしゅ~!」
「私たちもダイキしゃんのお膝に乗りたいでしゅ~チェケラッ!」
「ムニャムニャ~、ダイキしゃんの膝枕~」
「総員突撃なのです~!」
「その膝は譲らねえなのでしゅ~!」
「感触を研究するのでしゅ~!」
「おわっ!?」
すべてのチビスズちゃんたちが俺の膝に目掛けて飛びかかってきた。
「いや~! やめてください! スズナの姿で、ダイキさんにそんなはたしないことしないで~!」
顔を真っ赤にしたスズナちゃんが悲鳴混じりに注意するが、チビスズちゃんたちは聞く耳を持たず、俺の膝上を奪い合う。
「あ~、ダイくんだけズルいよ~! チビスズちゃん! 私の膝枕ならボリュームたっぷりで気持ちいいと思うよ?」
「レン! あんたこそズルいわよ! チビスズちゃん? アタシ、猫の扱い上手だから気持ちよく撫でてあげるわよ?」
「レンさんもキリカさんも何を呑気なことをおっしゃっているんですか!?」
「カモ~ン、チビスズちゃん。一緒に遊ぼうぜ~?」
「ルカさんまで!?」
チビスズちゃんのかわいさにすっかり魅入られたのはルカたちも同じだった。
しょうがないね! こんなに小動物みたいで愛らしいんだもんね!
ところが……。
「……イヤでしゅ」
「え?」
「ダイキしゃん以外の人は、イヤでしゅ!」
チビスズちゃんたちは一斉に拒絶を示した。
「特にルカしゃんはイヤでしゅ!」
「っ!? な、なぜぇ……?」
名指しで拒否されたルカは目に見えて落ち込み、膝を突いた。
「ル、ルカさんしっかり! な、何てことを言うんですかチビスズちゃん! 私の尊敬するルカさんに向かって!」
「でも私たちは嫌いなのでしゅ! ツーンでしゅ!」
「おふっ……」
「ルカさーん!」
スズナちゃんを元に生み出されたはずの分身、チビスズちゃんたち。
そんなチビスズちゃんたちはなぜか、敬愛しているはずのルカに対して、明らかな敵意を剥き出しにしていた。