「お嬢様は先にお休みになられましたので、皆様もお好きなお部屋をご自由にお使いください」
ばあやさんはそう言って、いくつもある客間へ案内してくれた。
5LDKの部屋なので泊まれる客間は充分にあった。もともとスズナちゃんが俺たちがいつでも泊まりやすいように、わざわざこの部屋を借りたらしい。
一応メイドさんたちが借りているお隣の別室を丸ごと使ってもいいと鍵を渡されたが、さすがに悪いので遠慮した。
それにスズナちゃんに何かあった場合のことを考えると、なるべくこの部屋を離れないほうがいいだろう。
一室はスズナちゃん、もう一室はばあやさんの自室ということだったので、客間一室を二人ずつで使うことにした。
クレハと青鹿さん。レンとキリカ。そして俺とルカの組み合わせだ。
「ばあやさん大丈夫です。私とダイキは恋人だから同室でも問題もございません。ええ、なんてたって恋人ですから。間違いが起こっても恋人だから当然なんです。あっ、でもダメだよダイキ? いまは緊急事態なんだから今夜だけは我慢してね。さすがにお泊まり先じゃ皆に声聞かれちゃって恥ずかしいし……きゃっ、もうダイキったらエッチ」
「なんにも言ってないよ俺」
一人で勝手に盛り上がりながら皆に聞こえるように「恋人」を強調するルカ。
他の女子たちはそんなルカを冷めた目で見ていた。
「ところでスズちゃん一人にして大丈夫かな? 誰か一緒の部屋で寝てたほうがいいんじゃ……」
「心配ないわよ赤嶺レン。さっきも言ったけど、現状あのキノコは分身を増やすだけで毒性も無いし、宿主の生命力が奪われている様子もなかった。不気味なくらい無害なのよ」
青鹿さんは「それが逆に怖いのよね……」と深刻な顔をした。
「ぶっちゃけ特効薬を造ろうと思えばいますぐ造れるんだけどね……」
「なに!? だったらさっさと造ってくれよ青鹿さん!」
治せるなら早くスズナちゃんを助けてあげてくれ!
そう思っての発言だったが、青鹿さんはまたもや信じられないアホを見るような呆れ顔を向けてきた。
「あのねぇ~検証も済んでないのにいきなり患者に薬を投与できるわけないでしょうがぁ! 投与した途端、病原体が変質して患者にダメージが入るケースなんていくらでもあるのよ! まずは菌だけ摘出して数回実験するもんなの! 少しは想像しなさいこのおバカ! せっかちな男は嫌われるわよ!」
またバカって言われた。ぐすん。
「黄瀬スズナから採取したキノコの胞子を本部の分析班に送ったから、今夜中に検証してもらう予定よ。明日の結果次第で、あたしが適切な特効薬を造るから安心してちょうだい」
「ミ、ミコトちゃん凄い。本当に立派なお医者さんなんだね!」
「ふふん! 当然よ! なんたってあたし天才だから! もっと褒め称えなさい赤嶺レン!」
俺と違ってレンはすっかり青鹿さんと打ち解けたようだ。
さすがコミュ強のレン。俺はもう口を開くたびに「バカ」って言われそうだから羨ましいよ。
しかし、たった1日で特効薬が造れるのは確かに凄い。
変な人ではあるが天才と自称するだけあって青鹿さんって立派な心霊治療術士なんだな。
頼りになるぜ。
「まあ様態急変も考慮して、あたしも今夜はここに泊まるわ。何かあったらすぐに起こしてちょうだい」
「そう言って起きたことあんまりないでしょミコト」
「な~に言ってんのクレハ! 天才のあたしがそんな寝ぼすけなワケぬぁいでしょうが!」
「寝ぼすけでしょうが。毎回起こす身にもなってほしいわよ」
クレハと青鹿さんのやり取りを見て、やはり少し不安になる俺であった。
「特効薬も大事だけれど、一番の問題は諸悪の根源である妖円丸を探すべきよ」
クレハの言葉はもっともだった。
そもそもスズナちゃんがこんなことになったのは、その妖円丸とかいう侵徒のせいなのだから。
やつを倒さない限り、いくらスズナちゃんに薬を投与しても再び狙われてしまう。
「こういうときマトイがいてくれるとありがたいのだけれどね」
「ミシュちゃんと一緒に別任務に向かってるから仕方ないでしょ。明日戻ってくるのを待ちましょう」
「その二人も逆月のメンバー?」
「そうよ。
レンの問いにクレハが答える。
クレハの口振りからすると、随分信頼されている仲間のようだ。
「戦力は多いに越したことはないわ。ただでさえ相手は妖円丸なのだから」
「……そんなにヤバいやつなのか、妖円丸って侵徒は」
俺が固唾を呑んで尋ねると、クレハは目を細めて頷く。
「厄介極まりない侵徒よ。毎度戦術を変えて、奇怪な技を新たに生み出し続けている。だから過去の戦闘データがほとんどアテにならない」
つまりスズナちゃんに生えたキノコも過去のデータに該当しない新種ということか。
「……妖円丸。何を企んでいるか知らないが、よりにもよってスズナちゃんを狙うなんて、絶対に許せねぇ! 見つけ次第、地獄に送ってやる!」
「そうねダイキ。私とあなたで力を合わせて……」
俺が握り拳を作るとクレハがそっと手を重ねようとしてくる。
「はいはい、ドサクサにまぎれて私の恋人の手握ろうとしないでくださ~い」
にゅっと間に生えてきたルカがクレハの動きを封じる。
「独占欲の強い女は嫌われるわよ白鐘瑠花? 多少の浮気は見逃してあげるのが良い女の条件よ」
「認めぬ。断じて浮気は認めぬ。ダイキは誰にも渡さぬ」
ルカとクレハの間でバチバチと火花が散る。
あの~、もしものときは一緒に戦うんだから仲良くしよ~?
「……あのクレハがここまで男に夢中になるだなんてね~。マトイとミシュちゃんが見たらドン引きするわ。どこがいいんだか、こんな男」
「まあまあミコトちゃん。ダイくんはビビリだし露骨に女の子の胸を見てくるおっぱい星人だけど、良いところもたくさんあるから」
「そうね。バカで脳天気で作る料理はまずくて肝心なところで勘の悪い男だけれど、いざというときは頼りになるから、あまり悪く言わないであげてちょうだい」
おいコラ、聞こえてるぞお前たち。
というかレンとキリカはそれでフォローしているつもりか? 泣くぞ。
「フーッ! フーッ! ダイキにそれ以上寄るな緋凰クレハ! ちょっとでもダイキに触ったら紅糸繰で雁字搦めに……ふぇ、ふぇ、ぷっしょい!」
「あら、猫みたいに威嚇するわりに、かわいらしいくしゃみだこと……んっ、くちゅん」
ルカがくしゃみをすると、クレハもつられるようにくしゃみをした。
クレハも意外とかわいらしいくしゃみだね。
「ズズ……やっぱり今日花粉飛んでる気がする……」
「え~? まだ梅雨だよ~? 春じゃあるまいし花粉のシーズンなんてとっくに終わって……はっ、はっ、はぴゅっ!」
鼻を啜るルカの横で、レンもくしゃみをした。
「ちょっと大丈夫アンタたち? 湯冷めでもしたんじゃ……へぷちゅっ! ちょ、ちょっと、いまの聞かなかったことにしなさい!」
くしゃみを聞かれたキリカは顔を赤くしながら鼻元を隠した。
「あらいやね~皆して声も抑えずにくしゃみなんてして。レディなら控えめにするものよ~……へっ、へぇぇぇっぶええええええくっしょんちくしょうめええええええ!!!」
「「「「そっちが一番うるさいわ」」」」
青鹿さんの乙女らしからぬ盛大なくしゃみに耳を塞ぎつつ、俺は「そういえば」と思い出す。
さっき電話してたツクヨさんも切る直前にくしゃみしていたなと。
『じゃあ薬が必要なら取りに来いよ……はっ、はっ……ちゅんっ! ……何だよ?』
『あ、いえ。意外とかわいいくしゃみをするんだなと……』
『……今度会ったとき覚えとけよ?』
『ひえ……』
もしかしたら本当に季節外れの花粉が飛んでるかもな。
俺は比較的、花粉が平気なタイプなので鼻に違和感はないが。
「と、とりあえず今日は休もうか~」
「そ、そうね。それじゃあおやすみなさい」
無防備なくしゃみを聞かれてよほど恥ずかしかったのか、女性陣はそれぞれ客間へと姿を消した。
「……むふ~。ダイキ、やっと二人きりだね? 早速、情熱的な恋人タイムを……」
「いや寝るよ? 万が一に備えて。我慢しろって言ったのそっちだろ?」
「……イケズ」
不満そうに唇を尖らせるルカと一緒に、俺も客間へと入った。
* * *
月が雲に隠れていく。
朧気になっていく月明かりの下で、ふたつの影の闇が濃くなる。
「ああっ、妖円丸のお爺さま! まだですの!? 私は早く愛しい人に会いに行きたいわ! ああ、ダイキ! 運命の人! どんな心中をして結ばれようかしら!」
「逸るでない死擦。もう間もなくじゃよ」
タワーマンションの頂上に立つ不気味なシルエットがふたつ。
妖円丸と死擦であった。
妖円丸は満足そうな笑みを浮かべながら、骸骨がついた杖を撫でる。
「ふむ。順調に育っているようじゃな。分身の数も充分……あと一押しというところじゃの」
幼げな美貌に似つかわしくない、ひどく意地悪げな笑みを浮かべて、妖円丸は杖の先端を叩く。
「宴の時間は近いぞ。だから、はよ適応せんかい死擦」
そう言って妖円丸は乱暴気味に杖の先端で突く。
苦しみ悶える死擦に向けて。
「ぐぼぉぉおぉ!? ひどい御方だわ! 乙女にこんな仕打ちをするだなんて! だから他の侵徒に敬遠されるんですのよ? オボオオオオオ!!」
奇声を上げながら、死擦は吐瀉物を撒き散らしていた。
皮膚は毒々しい紫色に染まり、じゅうううっと音を立てて、肉が爛れていく。
死擦は胸を掻きむしりながら、そのまま皮膚を引き剥がし、蛇のごとく脱皮する。
一枚、二枚、三枚と、次々と女の形をした皮膚が捨てられていく。
「儂と組める侵徒がおぬしくらいしかおらんのじゃから、仕方なかろう。なにより新しい菌類の実験に、もってこいじゃしのう」
「ふぅ、ふぅ……本当に乙女を苛めるのがお好きなようね。悪趣味ですこと」
脱皮を繰り返すたび、死擦の症状は徐々に落ち着きを見せていった。
脱皮するたびに変色していた肌も、いまは白い艶をたもっている。
「べつに好きで苛めているわけではない。儂は許せんだけじゃよ。腹の内に黒いものを秘めながら、潔白であろうと振る舞う輩が。特に
氷のような冷ややかな表情で妖円丸は杖を握る。
「儂にとって
雲で遮られていた月が顔を出す。
月光の下でも、妖円丸の邪悪な濃緑の眼光は、鋭く瞬いていた。
「さあ、娘よ。真実の姿を見せる