空に響き渡る俺の絶叫。
スズナちゃんが呼びかけに応じる様子はない。
気を失っているのか?
いや、そもそも命は無事なのか?
俺の目から見えるのは寝間着姿のスズナちゃんの上半身だけ。
それ以外の部位はまるで巨大なキノコと融合するように埋もれている。
あそこから引き剥がすことはできるだろうか?
とにかく助けなければ!
「ルカ! レンを頼む! 俺がスズナちゃんを……ルカ?」
返事がなかったので振り返る。
「……ガハッ! うっ! い、息がっ!」
「ルカ!? どうしたんだ!?」
ルカを首元を抑えながら蹲っていた。
ルカだけじゃない。キリカも、クレハも顔面を蒼白にして苦しみ悶えている。
「ゴホッ! ア……く、苦し……!」
「レン!? おい、しっかりしろ!」
腕に抱えたレンも痙攣を起こしている。
体が氷のように冷たくなっていく。
「いったい何が……うっ! がぁっ!?」
体の異変は俺にも起きた。
呼吸が……うまく、できないっ!
全身が痺れ、血液の流れが止まってしまったかのように、激しい苦痛が襲う。
何が、起きている!?
「っ!?」
俺は気づく。
胞子だ。
いつのまにか周囲に、視認できるほどに濃い胞子が飛んでいる。
毒々しく照り光る赤紫色の胞子は、目の前の巨大なキノコから撒き散らされていた。
まさか、これはキノコの毒か!?
まずい、このままじゃスズナちゃんを助ける前に全滅して……。
──霊装展開……【
声と共に、青色の光が激しく瞬く。
「青鹿、さん?」
光は青鹿さんを中心にして起こっていた。
「ぜぇ……ぜぇ……舐めるな、こんな毒ごときで、天才のあたしを殺せると思うなッ!」
青鹿さんも苦しげに首元を抑えていたが、その目は戦意に燃えている。
青鹿さんの背にSF作品で見るようなメカニックな箱が装着される。
箱形から青く光る機械の手がいくつも出現し、空中に浮かぶ。
「分析開始……成分確認……有効成分、精製……検証開始……」
立て続けに何事か呟きながら、青鹿さんは機械の手を自らの首に向けた。
すると青鹿さんの全身が青色の光に包まれる。
「……拒絶反応、無しっ! 投薬、開始っ!」
機械の手が凄まじいスピードで俺やルカたちに向かってくる。
青鹿さんがそうしたように、機械の指の先端が、首元に突きつけられる。
──ドクンッ!
瞬間、激しい苦痛が嘘のように引いていく。
「っ!? こ、これは!?」
呼吸が楽になった。
さっきまで死を覚悟をするほどの苦しみに苛まれていたのに、一瞬で治ってしまった!
「レン! おい、大丈夫か!?」
「はぁ、はぁ……だ、大丈夫、もう平気」
唇が紫色になるほどに消耗していたレンも、元の健康的な血色を取り戻している。
「ふぅ、ふぅ……助かったわミコト」
「い、いまのは、ワクチン? あの一瞬で造ったというの?」
「う、嘘でしょ? 霊術込みとはいえ、どんな技術よ?」
同じく回復したルカとキリカは、青鹿さんの霊術を前にして驚愕している。
これが心霊治療術……! 何て回復速度なんだ!
「本部に通達! いま送った成分データを元にワクチンを大量精製! 至急J1地区の救護活動に入れ!」
青鹿さんが切羽詰まった顔で通信らしきものを終えると、再び機械の手を無数に出現させる。
「自動操作開始! 行け、千手薬師! まずタワマンの住人たちに投薬を!」
無数の機械の手は次々とドローンのように動き、屋上の下へ向かって飛び交っていった。
「……やられたわね」
青鹿さんは悔しげに、胞子を撒いている巨大キノコを見据える。
「あのキノコ、不自然なくらいに無害かと思っていたけれど……別種類の胞子と混ざることで有毒化する仕組みになっていたのね」
「別種類の胞子?」
「あの巨大キノコが胞子を撒き散らす前に、あたしたちはすでに別種類の胞子を取り込んでいた。あのキノコ自体に毒は無くても、体の中の別種類の胞子のせいで死にかけたのよ」
青鹿さんの発言に俺は驚く。
「別種類の胞子だって? そんなもの、いったい、いつ……あっ」
俺は思い至る。
眠る前、揃いもそろってくしゃみをしていたルカたち。
あれは、まさか花粉ではなく……。
「さすがのアンタも気づいたようね。そう、別種類の胞子はすでに空気中を漂っていた。あたしとしたことが、見抜けなかったなんて」
「ま、待ってくれ青鹿さん。もしそれが本当なら……」
くしゃみをしていたのはルカたちだけではない。
電話先のツクヨさんだってしていた。
つまりそれは……。
「そうよ……この街にはすでに胞子が撒かれている!」
おぞましい事実を聞いて、回復したはずの体から血の気が引いていく。
思わずタワマンの屋上から街を見渡す。
赤紫色の胞子は、街を覆う勢いで広がり続けている。
父さんや母さん、師匠たち、たくさんの知人たちの顔が浮かぶ。
「何とかしねーと! 街が全滅するぞ!」
「だからさっき救護班を出動させたっての! あたしの霊装で近辺の住人たちに投薬もしている! いまあたしたちがすべきことは……」
キッと青鹿さんは巨大キノコを見上げる。
「あのアホみたいにデカいキノコの駆除よ!」
「ミコトの言う通りよ。そして、もうひとつ……諸悪の根源を倒すこと」
青鹿さんの隣に立ったクレハの瞳に殺意が宿る。
「出てこい
「やれやれ、この胞子で毒死せぬとは。しぶとい
濃緑色の瘴気と共に、小柄な人影が出現する。
「お初にお目にかかる、『侵徒狩り』の緋凰クレハ。おぬしの噂は仲間からよう聞いとる。儂が常闇の侵徒、妖円丸じゃ」
老人のような口調をした、幼い子どもだった。
あ、あれが、妖円丸? 想像していた姿とはまるで異なる様相に、思わず唖然とする。
「おうおう、よう育ったのう。見てみるがよい、このキノコの有り様を。実に禍々しいとは思わんか?」
巨大なキノコを見上げながら、妖円丸はカラカラと嗤う。
「あの小娘の心の闇がここまでキノコを育て上げたのじゃ。儂は感心しとるよ。やはりどれだけ清純な心の持ち主でも、これほどまでに深い闇が存在するのじゃ」
心の闇が、このキノコを育てた?
小娘とは、まさかスズナちゃんのことを言っているのか?
ともかく、コイツがスズナちゃんをこんな目に遭わせた元凶なのは間違いない。
「お前、スズナちゃんをどうする気だ! ただじゃ済ませねえぞ!」
「なんじゃ? 初対面相手に礼儀のなっていない小僧じゃのう」
「常闇の侵徒に向ける礼儀なんてあるか! スズナちゃんをいますぐ解放しろ!」
「そうはいかんよ。あの小娘にはこれから起こる惨劇を特等席で見てもらわねばならんからのう」
竹笠帽子の下で、妖円丸の口元が邪悪に引き攣る。
幼い子どもが決して浮かべないであろう歪んだ笑みだった。
「妖円丸、何を企んでいるの? 黄瀬スズナを利用して何をする気?」
「儂の目的は常に同じじゃよ。善人の本性を剥き出しにすること。それを当人に突きつけ絶望させること。特に今回は
「何を……」
何をワケのわからないことを言っているんだ、このガキの見た目をしたジジイは。
だが、ひとつハッキリしたことがある。
コイツは意図的にスズナちゃんを標的にしていたということだ。
それも、身勝手な悪意によって。
そんなことで、スズナちゃんをこんな目に!
「許さねえ……お前だけは絶対に許さねえ! やるぞルカ! 一緒にアイツを倒して、スズナちゃんを助けるぞ!」
「うん、ダイキ。よくもスズナにこんな真似を!」
ルカと共に戦意を燃やす。
目の前にいるのは容赦なく滅ぼすべき存在だ。
「おうおう、勇ましい若者どもじゃ。眩しいのう。仲間のためとあらば死をも恐れぬか。……皮肉なものじゃなぁ。あの小娘がああなったのは、貴様ら二人が原因でもあるというのに」
「なに?」
妖円丸は底意地の悪い笑みを浮かべながら、手元に杖を出現させる。
骸骨のついた気味の悪い杖だった。
「儂はあの小娘に菌糸を植え付けただけじゃ。それをあそこまで育てたのは、あの小娘本人じゃ……そして小娘をそこまで追い詰めたのは他ならぬおぬしらじゃ、黒野大輝、白鐘瑠花」
俺たちがスズナちゃんを追い詰めた、だと?
「何をバカなことを……」
そんな覚えはない、と断言しようとした口が止まる。
部室で見せたスズナちゃんの泣き顔がフラッシュバックする。
それはルカも同じだったのか、妖円丸の言葉に反論しようとはしなかった。
そんな俺たちの様子を妖円丸は満足げに見ている。
「哀れじゃな。信じていた仲間の本性を見抜けなかったがために、貴様らは今宵滅びるのじゃ。見ているがよい、あの小娘の心の闇がより育つところをのう」
妖円丸は身軽に跳躍し、たちまちの内に囚われたスズナちゃんのところまで辿り着く。
「あとは任せたぞ、
「は~い、妖円丸のお爺さま」
妖円丸の呼びかけに応じる何者かの声。
ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。
妖円丸が先ほどまで立っていた場所から、黒い液体が噴き出す。
液体はドロリと泥のように広がり、そこから女性のシルエットが浮き上がる。
「あぁ、会いたかった会いたかった会いたかった! 会いたかったわ、ダイキ!」
「ひっ!?」
底冷えするような視線。
黒い泥から不気味なほどに白い肌の女が、恍惚とした笑みを浮かべて現れる。
「愛しい人! 運命の人! ああ、愛している愛している愛している!」
左目の下にふたつの眼球。
三日月のように裂けた口元から長く伸びる舌。
明らかにヒトではない女が、ねっとりと俺を見てくる。
本能的な忌避感が芽生え、体が震える。
ここから逃げたい。スズナちゃんの身が危険だというのに、そんな思考が走るほどに。
「あれは、死擦!?」
「じょ、冗談でしょ! 死擦まで来ていたの!?」
クレハと青鹿さんも女の出現に息を呑んでいる。
まるで妖円丸よりも厄介な存在に遭遇してしまったとばかりに警戒の色が強まる。
「あ、あれも常闇の侵徒なのか?」
「ええ、それも相当に危険な、ね」
俺の問いにクレハが冷や汗をかきながら答える。
「あ、ああっ、やっと会えたわねダイキ! なんて素敵なご尊顔! 直に見ると、ますます胸が熱く……あああああっ、やはり運命! この出会いは運命なのね!」
死擦とかいう侵徒は俺から目を逸らさず、体をクネクネとさせる。
な、なんなんだ、この女は?
さっきから俺に向ける、あの狂気染みた眼差しはなんだ?
「は、初めましてダイキ! 突然ですけれど、私、あなたを愛してしまったの!」
「……はい?」
死擦はモジモジとまるで初心な乙女のように恥じらいながら、いきなり告白をしてきた。
「だから私と一緒に、永遠の愛の印として心中を……」
「あ゛っ?」
何やら聞き捨てならいことを言う死擦だったが、隣から沸き立つ殺気に俺は震え上がる。
「なんだァ、てめェ~?」
あっ、ルカさんがすっかりご立腹だ。
ルカは霊装の紅糸繰を鎌の状態にして、霊力をメラメラと炎のように放出する。
「次から次へとダイキを狙う女狐ばかり現れて~……こちとら、もう恋人になってんだよォ~! 横槍入れてくるんじゃ~ないよ~!」
修羅の顔となったルカが鎌の切っ先を死擦へ向ける。
「ダイキ! あの死擦とかいう女は私がブッ倒す! ダイキはスズナの救出を優先して! いい!? 絶対にあの女に構わないでね!? 口きかないでね!?」
「ウ、ウス……」
有無を言わせないルカの命令に俺は頷くしかなかった。
……なんか、早くも尻に敷かれている気がするな、俺。
原作のスズナの心の闇は恋愛絡みではなく「ルカへの不信感と罪悪感」です。
常闇の女王に復讐を誓うルカは修羅となり、代償も恐れず妖魔八大将の力をふるっていきます。
そうしていくうちにルカは使えるものは何でも利用する冷酷な性格になっていきます。
レンやキリカと対立する場面が増え、ルカはだんだんと逆月のメンバーと一緒に行動するようになります。
ルカに恩義のあるスズナはこれまで通り同様にルカのサポートをしますが「本当にこのままでいいの?」と葛藤を覚えます。
敬愛していたかつてのルカから、どんどん遠ざかり、復讐の鬼となっていく。
自分の心もレンたち同様に、ルカから遠ざかっているのをスズナは自覚します。
そこを妖円丸に目をつけられます。
敬愛と理性の間で揺れるスズナに「嘘まみれの忠誠心」「偽善者」と突きつけられ、スズナは今回のように追い込まれます。