「霊装展開」
スズナちゃんを救うべく戦闘態勢に入る。
各装備に刻まれた術式が、俺の意識に応じて起動していく。
両手の数珠が光り、黒い籠手・
同時に両足首につけたミサンガ──ミハヤ師匠のお手製も形質変化を起こし、具足型の霊装・
「霊獣解放──
そして影浸との戦いで目覚めた新たな力。
俺の身に宿る四匹の霊獣の一角、砂霧を解き放つ。
双星餓狼の霊玉が金色に変色し『地』の文字が浮かび上がる。
──獣操具、展開。
霊獣解放に合わせて首元のチョーカーが霊獣の力を制御するマスク、獣操具となる。
……よし、問題なく戦闘準備に入れた。
これなら影浸のときのように戦える。
まずは跳躍力とスピードに優れた砂霧の力で、スズナちゃんのもとへ辿り着く!
「ああっ、ダイキ! どうか行かないで! 私と永遠の愛を契りましょう!」
だが、その前に立ちはだかる障害がある。
常闇の侵徒、
藍色の単衣を身につけた女の侵徒は相変わらず俺に熱い眼差しを向けてくる。
見た目だけなら俺の拳ひとつで鎮められそうな華奢な体だが……。
(……こいつ、隙が無いっ!)
影浸と対峙したときと同じプレッシャーを、あの女から感じる。
……いや、ヘタをしたら影浸のとき以上の危機感さえ覚えている。
「レン! ばあやさんと一緒に後ろに下がれ! 絶対に前に出るな!」
「う、うん!」
死擦に対して生じる謎の焦燥感から、慌ててレンに下がるように指示する。
レンは気絶しているばあやさんを引きずって、後方へ下がっていった。
「非戦闘員と一般人は戦いに巻き込めないわね。簡易結界、起動!」
青鹿さんが懐から御札を取り出し、レンとばあやさんに向けて投げる。
御札が輝きを放つと、レンとばあやさんを包み込むように桃色の結晶体のようなものが張り巡らされた。
「赤嶺レン! その結界の中から決して出るんじゃないわよ! 安心なさい! ミシュちゃんの結界術が刻まれた特別な御札よ! どんな霊術も防いでくれるわ!」
「わ、わかった! ありがとうミコトちゃん!」
青鹿さんのおかげでレンとばあやさんの身の安全は保障された。
これでひとまず、戦いに集中できそうだ。
「よしっ、まずはあの死擦ってやつを倒して……」
「待ちなさい黒野大輝! 黄瀬スズナを助けたい気持ちはよくわかるけど、いまは早まった行動をしないで!」
攻撃態勢に入ろうとしたところを青鹿さんに肩を掴まられて止められる。
「ミコトの言う通りよ、ダイキ。あの死擦にヘタな攻撃を仕掛けてはならない」
横に立つクレハも同じく注意を呼びかけてくる。
そうだ、二人は逆月のメンバーとして常闇の侵徒と戦ってきた歴戦の猛者だ。
そんな彼女たちだからこそ知っている敵の情報があるはず。
まずは彼女たちの言葉に耳を傾けるべきだろう。
「白鐘瑠花と藍神キリカも、まずは話を聞いて。アイツの能力は……むぐっ!?」
「ミコト!?」
とつぜん青鹿さんの体に巻き付く黒い紐。
……いや、違う、蛇!?
黒光る蛇は青鹿さんの全身を拘束し、口元まで巻き付く。
「……私のダイキに、触れたわね?」
ゾクリ、と怖気が走る。
嫉妬と憎悪に燃えた死擦の瞳が、こちらを射貫いていた。
この蛇は死擦の仕業か!? 何らかの霊術なのだろうが発動する気配なんて微塵も感じなかったぞ!?
「よくもよくもよくもよくもよくも私よりも先に彼の体に! 気安く私の愛しい人に触れるんじゃないわよ! 絞め殺してやるわ!」
「がふっ!?」
黒い蛇が青鹿さんの首元に強く巻き付く。
まずい! このままだと青鹿さんが絞め殺されてしまう!
「青鹿さん待ってろ! いま引き剥がす!」
「ダメよダイキ! その蛇に触れてはいけない! 私の霊術で切り離す!」
クレハは黒の革手袋がついた左手で蛇を掴み、青鹿さんの救出にかかった。
「そこの赤髪の女もダイキと親しげに話すな! おのれおのれ! 私の運命の殿方を横取りする女は断じて許さないわ!」
「……それはこっちのセリフだあああああああ!!」
死擦の怨嗟の声を掻き消すように、ルカの怒号が響く。
「黙って聞いてれば、まるでダイキを自分のものみたいに言って……ダイキは私の恋人なんだってば~!!!」
ルカの怒りに合わせるように青白い光と共に雪風が巻き起こる。
「
ルカの霊装・紅糸繰に宿る強大な妖魔の一角、雪女の雹妃が姿を現す。
ルカのやつ、いきなり大技を使う気か!?
「くたばれや侵徒ォォォォ!!」
「っ!? 待ちなさい白鐘瑠花! 死擦に攻撃してはダメ!」
クレハが切羽詰まった声でルカを止める。
だが怒りのあまり聞く耳を持たないルカは雹妃の力を盛大に放った。
「きゃあああっ!!? 何よこれ、体が、凍り付いて……アッ、アア……」
膨大な冷気の嵐が死擦を襲う。
死擦は瞬く間に氷付けとなり、その体がパリンと砕け散っていく。
……って、あれ?
倒しちゃったぞ?
「かはっ!? ハァ、ハァ……し、死ぬかと思った……」
青鹿さんに巻き付いていた蛇も、死擦が砕け散ったことで効力を失ったようで、塵となって消えていく。
……な、なんだ。思ったよりも大したことのない侵徒だったな。
「……なんてこと」
だが、クレハの顔は深刻だった。
助かったはずの青鹿さんの顔も蒼白になっている。
「
なんだ? クレハは何を焦っている?
死擦はもう倒したはずなのに……。
「っ!?」
再び悪寒が走る。
掻き消えたはずの気配……それが再び、戻ってくる。
「ま、まさか……」
砕け散った氷塊の山。
そこから黒い泥が浮き上がってくる。
「……死ねない。こんな『死』では、納得できない」
黒い泥から執念に満ちた声が上がる。
「愛した人と結ばれるまで……永遠の愛の印を結ぶまで……死ねない!」
泥は人の形をとなって浮き上がり、やがて見知った姿となっていく。
「そんな、バカなっ!?」
それは間違いなく雹妃の力で倒されたはずの死擦であった。
「愛してる、愛してる、愛してるの! だからダイキ……私と……」
──心中して?
一瞬だった。
足下が瞬く間に黒い墨が引かれたように真っ黒になった。
とぷん、と水の上に立ったかのように体が沈む。
──《
そこは雪山だった。
冷たいはずの雪風。
だが火傷を負ったように肌が熱い。
全身が凍り付く。
意識がありながら氷の塊と化す。
パリン、と砕け散り、バラバラになっていく。
──心中。それこそ、永遠の愛の証。決して
同じく氷塊となって砕け散った死擦の首が、俺を愛しそうに見つめている。
恍惚に濡れていた表情は……しかし、やがて冷めた顔つきに変わる。
──……ああ、何か違うわ。この心中では、満足できない。
視界が黒く染まる。
そして、さっきまでいた屋上に戻る。
「ハァッ!? ハァッ!? ハァッ!?」
雪山?
そんなバカな。
ここはタワマンの屋上だ。
だが一瞬、本当に雪山にいたような錯覚に陥っていた。
自分の体がバラバラになる感覚も、鮮明に覚えている。
なんだ、いまのは!?
息を荒くしながら、己の手を見る。
氷漬けになってもいなければ、体がバラバラになってもいない。
幻? いまのは、幻を見せられていたのか?
「いやああああああああああああ!」
背後からレンの悲鳴が上がる。
「皆!? 皆、生きてるの!? ねえ!」
振り返ると、涙で顔をくしゃくしゃにしたレンが歯をカチカチと鳴らしていた。
「レン? いったい、何が……」
「死んでたの!」
「……え?」
「いまさっき、皆が氷漬けになって、粉々に砕けて……死んでしまったの!」
絶望に濡れた表情で、レンは頭を抱える。
「で、でもいまは元通りになって……ねえ、皆、生き返ったの!? 無事なの!? 何が起きたの!?」
死んだ?
俺たちが?
さっきのは幻じゃないのか?
「赤嶺レンの言う通りよ……いまさっき、私たちは確かに死んでいた」
クレハが息を整えながら、そう言う。
「死んでいたのよ。死擦の気まぐれで蘇生できただけで……」
「ど、どういうこと、クレハ……私はアイツに、何をしてしまったの?」
失態を犯したことを自覚したらしいルカは、恐怖に引き攣った顔でクレハに尋ねる。
「白鐘瑠花、あなたの雹妃はもう死擦に通じない。その『死』はすでに克服されてしまった」
「え?」
「そして克服された『死』は、さっきのように再現され、強制的に巻き込まれる……死擦が求める『理想の心中』のために」
ドクン、と心臓が脈打つ。
生きている証。だがその鼓動はいまさっき終わりを告げていた。
体が覚えている。
俺たちは確かに凍死していた。だが蘇った。
それはきっと……彼女が求めている心中に相応しくなかったから。
「ああああ! あんな心中ではダメ! もっともっと美しい心中があるはずだわ! 待っていてねダイキ! あなたと私に相応しい『死』を見繕ってあげるから! 次はどうしようかしら? 『焼死』? 『溺死』? それとも現代に相応しい『感電死』? ああ、悩ましいわ~!」
まるで洋服選びに悩む乙女のように、死擦は爛々と目を輝かせる。
……まさか、この死擦という侵徒は!
「……常闇の侵徒は生ける屍。ほとんどの侵徒は攻撃を受ければ再生できる。でも完全な不死身じゃない。霊術次第で、滅ぼすことができる。でも……この死擦だけは、例外よ」
クレハは語る。
なぜあれほどまでに死擦に恐れをいだいていたのか。
その理由をようやく知る。
「この侵徒は、滅ぼせないの! どんな『死』も克服し、完全に復活する! 己が納得する心中を遂げるまで! 死と生を繰り返す、正真正銘のバケモノよ!」
そんな……そんなバケモノ相手に、どうやって戦えばいいんだ!?