青鹿さんの霊装・
解毒ができる上に、人を乗せて空中移動もできるなんて、頼もしい霊装だ。
「黒野大輝。さっきも説明したけれど、妖円丸は直接触れると全身に発疹が起きて即死するから危険よ。決して素肌で接触してはダメ」
「ああ、だから双星餓狼や閃影虎月みたいな霊装を通して攻撃するしかないんだよな?」
移動しつつ青鹿さんと敵の情報を共有し合う。
先の死擦のような過ちを起こさないため、慎重に耳を傾ける。
「主な攻撃手段はさっきのように毒の胞子を撒いた毒殺よ。でもそれはアタシの千手薬師でカバーする」
「ああ、頼りにしてる。他には?」
「やつの再生能力は高いけれど、死擦みたいに理不尽な復活をしたり、攻撃に耐性を得るような能力は持っていないわ」
「そうか。じゃあ遠慮無くぶん殴っていいわけだな、アイツは」
「ただ……クレハも言っていたように、妖円丸は常に新種の菌類を操る。過去のデータがあまりに参考にならない。目の前の巨大キノコもそうよ」
地上には存在しない奇怪な効能を持つ菌糸。
妖円丸はそれを自由自在にを生み出すという。
「どんな手を打ってくるかわからない。そういう意味では、手の内がわかっている死擦よりも厄介よ。だから油断しないで」
青鹿さんにそう釘を刺される。
事前情報があっても尚、未知数の敵、妖円丸。
だが臆して引くわけにはいかない。
アイツはよりにもよってスズナちゃんに手を出した。
そして街を巻き込む災害まで起こしている。
絶対に許すわけにはいかない。報いは必ず受けてもらう。
そして何より……俺だけが知る情報が、焦燥感を駆り立てていた。
──彼女はこのままだと、原作通りの展開で……。
──だが君なら……彼女の運命を変えられるかもしれない。
夢に現れた前世の親友、ヤッちゃん。
彼女は確かに口にした。
俺が知らない原作知識を。
このままだと、スズナちゃんの命が散ってしまうことを。
あれは本当に夢だったのか?
……いや、なぜかそうは思えない。
俺の中で、絶えず警報が鳴り響いている。
……させてなるものか。
本当に原作の『銀色の月のルカ』で、スズナちゃんがが死んでしまったのだとしても……そんなクソッタレな運命、俺が覆してやる!
「っ!? 掴まりなさい、黒野大輝!」
「え? うおわっ!」
千手薬師が急旋回する。
真横を何か巨大なものが過ぎ去っていく。
なんだいまのは!?
「また来るわよ!」
青鹿さんのかけ声と同時に、大きな影が真上からかかる。
見上げると、そこには千手薬師よりも巨大な手があった。
それは、巨大キノコから生えた異形の手だった。
「うおおおお!?」
「スピード上げるわよ!」
異形の手は、こちらを掴むように伸びてくる。
青鹿さんの巧みな操作で回避するも、異形の手は次々と巨大キノコから伸びてきた。
「これ……まさか俺を狙ってるのか?」
「どうやら、そのようね」
異形の手の数々は、飛び交う二人を標的にしているというよりは、俺をめがけた動きをしているように見えた。
「いや! やめて! ダイキさんに手を出さないで!」
真上から悲鳴が上がる。
スズナちゃんの声だ!
「スズナちゃん!」
意識が戻ったのか、スズナちゃんは巨大キノコに囚われながら激しく首を振っていた。
「スズナちゃん、聞こえるか!」
「ダイキさん……逃げてください! こっちに来てはダメです!」
「何言っているんだ! いま助けに行く!」
「いけません! 止めたいのに……止められないんです!」
「え?」
「ごめんなさい……これ以上、成長させないって決めたのに……感情が、抑えられないんです! ほんの少しの、一瞬の感情だけで、このキノコは……育ってしまう!」
──欲シイ……欲シイノ……。
「っ!?」
声が反響する。
スズナちゃんによく似た声が。
──私の、モノに、シタイ……。
──誰ニモ、渡サナイ……。
──ひとつニ、ナリタイ……。
「この声……キノコから発せられている?」
確かに青鹿さんの言うとおり、謎の声は巨大キノコから響いている。
なんだ、これは?
キノコがスズナちゃんの声を模しているのか?
──ダイキさんは、私のモノ……。
──隣に、立チタイ……。
──だからアナタは、邪魔……。
──ダイキさんに、気安ク、話シカケナイデ……。
空が赤黒く染まる。
スズナちゃんが囚われている箇所より上部。
一つ目のように輝く球体が、光量を増していた。
「ダメ……やめてっ! 逃げてぇえええええ!!!」
スズナちゃんの絶叫と同時に、それは放たれた。
青鹿さんに向けて。
「……っ!? きゃああああああ!!」
空間を焼き尽くすほどの破壊光が炸裂した。
* * *
ダイキが来てくれた。
獣操具のマスク越しでもわかる勇ましい表情。
その顔を見ただけで、スズナの胸は高鳴った。
(ダイキさん……こんな私を助けに……)
敵の術中に嵌まった自分のせいで、こんな事態を巻き起こしてしまったのに。
それでも彼は来てくれた。
熱い感情がスズナの胸に否応なく生じる。
それが引き金となる。
──ドクン。
「っ!?」
ほんの一瞬の歓喜のはずだった。
だが、それだけで充分だったのだろう。
僅かな感情の揺れだろうと、成立するのだ。
巨大キノコの栄養分として。
「ダメ……お願い、やめてえええええ!」
巨大キノコと一体化しているスズナには感じ取れてしまう。
宿主である自分を起点に菌糸が凶悪に育っていくのを。
「あ、あああっ!!」
巨大キノコの表面から異形の手が生える。
ダイキをこちらに捕らえるために。
(私が、喜んでしまったから? ダイキさんを、求めてしまったから?)
これ以上、キノコを成長させまいと意気込んでいたスズナの顔が青ざめていく。
コントロールの効かない無意識下の感情。巨大キノコは敏感にそれを察知して栄養分に変えてしまう。
……つまりそれは、青鹿ミコトに対して生じた一瞬の感情も、糧にしたということ。
ダイキと共に駆けつけてきたミコト。
出会ったばかりの自分を命懸けで助けにきてくれたのだ。
感謝する他ない。
そのはずなのに……ほんの少しだけ思ってしまった。
ダイキの隣にいるミコトが羨ましい。
信頼し合った仲間のように、彼と言葉を交わしているのがズルい、と。
──ドクン。
ズズナの上部にある目玉のような光玉が、赤い輝きを強める。
(ま、まさか……)
スズナにはわかった。
己の嫉妬を糧に、恐ろしい攻撃が放たれることを。
「ダメ……やめてっ! 逃げてぇえええええ!!!」
破壊光はミコトに照準を向けて真っ直ぐ放たれた。
「霊獣解放──
破壊光がミコトに直撃する寸前。
ミコトが乗っている機械の手に移り乗ってきたダイキが、即座に霊獣を切り換えた。
水色に輝く鱗。それが何枚も集い、破壊光を防ぐ盾となる。
「はぁ……はぁ……ギリギリだったな。ありがとな水月」
守りに特化した霊獣、水月の能力でダイキは見事にミコトを守り切った。
「無事か、青鹿さん?」
「ア、アンタぁ! なんて無茶な真似してんのよ~!? 空中で飛び移るとか~!」
「俺の距離からじゃ水月の盾を張るのに間に合わなかったしな」
「いやいや、そもそもさっきの防げなかったら二人とも終わってたわよ~!?」
「防げたんだから、いいだろう」
「あ、あのねえ! あたしよりも自分の身を守ることを考えなさいよ!」
「そういうわけにはいかないだろ」
「え?」
「スズナちゃんを救うには青鹿さんの力が必要だ。それに青鹿さんだって解毒や移動で助けてくれてるだろ? 俺も同じことをしただけだ」
ダイキは曇りの無い眼でミコトを見据える。
「いま俺たちは運命共同体だ。お互いできることで協力し合おう。だから青鹿さんに危険が起きたら、俺が必ず守る」
「……う、うん……アリガト」
どこかポーッとした顔でミコトは頷いた。
その様子を見たスズナは、胸が締めつけられる。
(私のせいで、青鹿さんが死にそうに……殺しそうになった! ダイキさんがいなかったら、今頃……)
そのもしもを想像して、スズナは震え上がった。
いけない。このままでは、妖円丸が手を降すよりも前に、自分が命を奪ってしまう!
そうわかっているはずなのに……。
──ヤメテ、ダイキさん……他ノ女の人に……優シクシナイデ……。
──青鹿さんモ、見惚レナイデ……。
──コレ以上、ダイキさんに惹カレル人、増エナイデ……。
歯止めが、効かない。
芽生えた恋心が、欲望を生み、嫉妬を生み、牙と化す。
「やめて……もう、やめて! これ以上、傷つけないで!」
スズナの絶叫も虚しく、異形の手はより増え、光玉から破壊光が放たれていった。
* * *
「ほう。これは興味深い」
巨大キノコの思わぬ進化に、妖円丸は感心していた。
「よもや、これほどの力を身につけるとはな。やはり女の感情は恐ろしいのう」
厄介者の襲来に毒殺を試みた妖円丸だったが、その必要はないと判断した。
自分が手を出すまでもなく、スズナの感情を火種として、巨大キノコが彼らを始末するだろう。
(そのほうが小娘に、より絶望を突きつけることができるじゃろう)
助けに来た二人が、自らの感情が遠因で死んだとき、娘はどんな顔をするだろう。
その瞬間を想像しながら、妖円丸はしばらく傍観者になることにした。
どの道、解毒能力を持つ青鹿ミコトがいる時点で泥沼の攻防になるのは目に見えている。
自分の能力が何度も対策されるのは見ていて気持ちのいいものではない。
そして何より……。
(……あの坊主、気のせいか? 毒の効き目が遅くはなかったか?)
スズナに寄生した菌糸が本来の効能を発揮して、胞子を撒いたときだ。
事前に撒いていた別種の胞子と組み合わせることで、諸共毒殺するはずだった。
無論、ダイキもその毒の効果を受けていた。
だが……他の者たちと比べて、症状が出るのが随分と遅かった。
確かに発症において個体差は出る。だがそれでも妖円丸が生み出す毒に遅効性はない。
効き目が薄かった、というわけではないだろう。
実際ミコトの投薬を受けていなければ、ダイキも毒死は免れなかった。
それでも、妙な引っかかりを妖円丸は感じた。
妖円丸は覚えている。
遙か昔にも、妖円丸の毒に耐性を持つ種族がいたことを。
(あの小僧は、まさか……いや、そんなはずはない)
スズナにも感じた、気味の悪さ。
妖円丸は、それをダイキにも感じていた。
悪寒を誤魔化すように、妖円丸は巨大キノコの変異を見守った。
できることなら、黒野大輝がここで始末されることを願いながら。