そうだ、エッチな本を買おう(挿絵あり)
衣擦れの音が静かな空間に生々しく響く。
「ダイくん……ほら、見て? 私の体……」
制服を脱ぎ捨て、純白の下着姿になったレン。
理想的な曲線をえがいた艶めかしい肉体。
思わずゴクリと喉が鳴るほどに扇情的な光景だ。
「ほら、我慢しないでいいんだよ?」
「レ、レン……」
蠱惑的な笑顔を浮かべて、レンは下着姿のまま俺にくっついてくる。
凶悪に実った豊かな胸が形を変えて押し潰される。
瞬く間に頭の中がいかがわしい想像でいっぱいになる。
だがその衝動を解放することを俺は必死な思いでこらえる。
「ダ、ダメだレン! こ、こんなことしちゃいけない!」
「どうして? ダイくん私のこと嫌い?」
「そ、そんなことは言ってない! で、でも付き合ってもいない相手とこんなことしちゃダメだろ」
「べつに、いいじゃない。そういうイケナイ関係でも」
「お、お前、なんてこと言って……」
「私、もう我慢できないの……ダイくんと深く繋がりたい……」
「レ、レン! でも俺は……」
思い浮かぶのは銀髪赤眼の幼馴染の顔。
そうだ。俺は彼女を裏切るわけには……。
「レンばっかりズルイ。私もダイキとくっつく」
「ルカ!?」
ちょうど頭の中で考えていた少女本人がとつぜん現れ、背後から俺に抱きついてきた。
しかもなぜかレンと同じように下着姿で。
ルカ! 黒色はちょっとセクシー過ぎるぞ!
「レン。独り占めは、メッ」
「それもそうだね。じゃあ三人で楽しもっか♪」
「なぜ!?」
混乱する俺を放って、レンとルカは長い美脚を絡め、逃げられないように前後から圧力を加える。
恐らく、この世で最も贅沢なサンドイッチ状態になりながら、俺は口をパクパクさせる。
柔らかい! いい香り! こ、こんな甘い拘束から逃れられっこない!
「ダイキ……素直になろ?」
「私たちのこと、好きにしていいんだよ?」
二人の美少女は高校生離れしたそのボディを擦りつけながら、耳元に甘い言葉を囁く。
「お、俺は……」
消耗していく理性。
煮えたぎる男の本能。
これほどの極上の美少女を二人も目の前にして何を我慢する必要がある? と、もう一人の自分が問いかけてくる。
「ねえ、ダイキぃ」
「ダイくぅん」
少女たちも甘い声色で俺を誘ってくる。
……そうだ。
二人がこう言っているんだ。
だったら俺も素直に……素直に……。
「……いや、やっぱりそんな度胸ないよ俺にはああああ!! ……夢か」
自室のベッドから起き上がる。
とうぜん下着姿のレンやルカはいない。
「……また、あんな夢を見てしまった」
情けなさから顔を覆う。
ここ数日、ずっとこんな調子でハレンチな夢ばかり見てしまう。
今回は途中からルカが出てきたが……頻繁に夢の中で登場するのは我らがオカ研部長、赤嶺レンである。
なぜか? それは最近、俺に対するレンの思わせぶりな行動が尋常ではないからだ。
もともと以前から距離感の近い態度を取っていたが……どうも【アカガミ様】の一件以来、レンのスキンシップが過激になってきたのは気のせいか?
『あ、ダイくん買い出し? 私も一緒に行く~♪』
『ダイくんダイくん。この新作スイーツおいしよ? はい、あ~ん♪』
『ねえ、ダイくん。今年の夏に着る水着どういうのにしようか考えてるんだけど~……ダイくんはどの色が好み~?』
外出しようとするとやたらと一緒に行きたがるし、しかも腕を組んでこようとするし、スイーツは食べさせ合いっこしようとしてくるし、際どい水着の画像を見せては俺に意見を求めてくる等々……とにかくこちらを悶々とさせるようなことばかりしてくるんだ!
この間だって……。
『ねえダイく~ん♪ 写真撮らせて~?』
『え? なんで俺の写真?』
『撮影練習だよ~。人気インフルエンサーとして撮影技術は常に磨いていかないといけないからね~。あ、もちろん勝手にSNSに上げたりしないから安心して?』
『そういうことなら、まあいいけど……被写体が俺なんかでいいのか? ルカのほうが見映えがいいと思うが……』
『いいの。男の人をどう魅力的に撮影するかの練習だから』
『ふぅん』
『というわけで……はい笑って♪』
『ちょっ!? 何でツーショットなんだ!?』
『そういうコンセプトですから。はい、照れずにニッコリ~♪』
『いや、そんなこと言われたって……こ、こんなにくっつく必要あるか?』
『二人組の自撮りならこれくらい距離詰めないとカメラに納まらないよ。はい、だからもっとくっついてね~♪』
『いや、でもこれ以上は……おわわわ』
もはや顔がくっつき合うほどに密着する俺たち。
必然的にレンの豊かな胸が当たり、すごく良い香りが鼻孔を突いてきて、とても冷静でいられるはずがなかった。
しかも俺の目線は、ついついレンのムッチリとした色白の太ももに吸い込まれてしまった。
『……ふふ♪』
もちろん、そんな目線に気づかないレンではない。
しかしレンは気分を害した様子はなく、それどころか「してやったり」とばかりに機嫌良く笑った。
『もう~ダイくんたら~……ふぅ~♪』
まるでお仕置きとばかりにレンは俺の耳元にこそばゆい息を吹きかけてから、色気たっぷりな声色でこう囁いた。
『……えっち』
「あああああ!? もう何のつもりなんだよレンは~!? 男をからかってそんなに楽しいのか~!?」
レンとの過激なスキンシップを思い出した結果、またもや悶々としてしまいベッドの上でゴロゴロと転がる。
わからん! レンは本当に何がしたいんだ!?
いったい何の意図があって俺をこんなにも悩ませるんだ!?
「おのれ~レン! しかも最近やたらとSNS未公開の特別限定自撮り写真を俺だけに送ってきやがって! かわいいなちくしょう! 本当に顔が良いなお前!」
気づけば写真フォルダはレンの魅力的な自撮り写真でいっぱいだ。
部屋着でヌイグルミと一緒にベッドに寝転ぶ姿。かわいい。
お風呂上がりの寝間着姿。セクシー。
ちょっと胸の谷間が見える薄着姿。ふ~ん、エッチじゃん。
くそ! 何だかレンの掌の上で踊らされているようで悔しいぞ!
そして困ったことに、レンに対抗心を燃やしたルカも自撮り写真を送ってくる。
ルカのはもっと露骨だ。
なんせ下着姿である。
ご丁寧に普段から身につけている黒タイツを履いたバージョンと、脱いだバージョンの二種類を用意するという徹底ぶりだ。
もちろんお説教した。
『ルカ! 最近はこういう画像持ってるだけで危ういの! 単純所持なんたらでリスク背負うの! そもそも女の子がこんなエッチな写真送っちゃダメ!』
『じゃあ直接見せにいく』
『もっとダメ!』
『ぷくー』
ルカのエッチな自撮りは何とかストップできたが、レンのほうは変わらず健全ながらもどこか男心をくすぐる自撮り写真を送ってくるため、日に日にレンの存在が俺の意識を占めていった。
ついには毎夜、レンのエッチな夢を見るようになってしまう始末である。
……はっきり言おう。
罪悪感が半端ない!
レンは頼もしい仲間である。大切な友人である。
そう思っていた相手にこんなふしだらな感情をぶつけると、やはり先に来るのは後ろめたさなのである。
しかし、夢の内容が物語っているように、俺自身がレンのことを魅力的な異性として見てしまっているのも事実なのである。
おいおい、俺ってばこんなにチョロい性格だったか?
ルカという幼馴染がいながら、こんな風に他の女の子にうつつを抜かすなんて……。
「というか、やはりレンは俺のことを……」
ここまで露骨な接し方をしてくるということは、もしかしてレンは俺に特別な感情を向けて……いやいや! 思い上がるんじゃない俺! 前世でもそうやって勘違いしてこっぴどくフラれたのを忘れたか!? 「え? ごめんなさい、そんなつもりじゃなかったんだけど……」って言われてその後、すっげー気まずくなったあの凄惨な出来事を思い出せ!
イカン。やはりこのままではイカン。
このままでは、いずれレンと堂々と顔を合わすこともできなくなってしまう。
一刻も早く、このモヤモヤした感情の矛先を別の誰かに変えなければ。
そして、もちろんその対象は知り合いの少女たちではない。
そういう感情をぶつけても罪悪感がたまらず、かつ意識の半分を占めるほどに夢中になってしまうような女性……。
であれば、いまから俺がやるべきことはひとつである。
「よし、エッチな本を買おう」
* * *
昨今はスマートフォン一台さえあればわざわざエッチな本を買わずとも、その手の内容をいくらでも無料で閲覧できるようになった。
……だが、いま俺の意識の大半を占めているのは、あの超絶美少女インフルエンサーの赤嶺レンなのである。
原作の公式設定によるスリーサイズはT158cm・B98cm(Jcup)・W57cm・H88cm……スタイル良すぎだろ!? 加減しろ原作者!
ハッキリ言って、そんじょそこらのグラビアアイドルだって裸足で逃げていくような抜群のスタイルと美貌の持ち主だ。
無料の範囲でレンを越えるような魅力的な女優を探せるとは思えないし、そもそもフリーな画像や動画では不完全燃焼なもので終わるものが多い。とうぜん違法サイトなどに頼る気もない。
なので今回は素直に気になる女優をピックアップして、その写真集を買うことにしてみた。
そのほうが愛着も湧くし、自分の中で印象強く残ると思った。
……まあ、そうなってくると十八歳未満の俺が買えるのは精々健全なグラビアアイドルの写真集に限られてくるが、自分にはそれで充分である。
ビビリな性格の俺には、ガチめのアダルト作品は正直刺激が強すぎる。クラスの男子たちがこっそり入手した十八禁動画を見たときは、顔から火が出そうになるくらい熱くなって倒れかけた。
それでもお前は人生二度目の転生者かよ、と言われてしまいそうだが……そういう性分なのだから仕方ないだろ!
とにかく、レンの代わりに夢に登場するくらいに魅力的なグラビアアイドルを探さねばならない。
キーワードを複数入力して検索をかけるが……。
「……むぅ、いかん。美人ではあるがレンのほうがかわいいな。この人もスタイルはいいが……うん、レンのほうが胸もお尻も大きくてエッチだわ。やべえな。レンって本当にエロくてかわいいんだな。やはりレンこそ至高か」
……あれ? 気づいたらまたレンの自撮り写真を眺めてしまっている。
ダメじゃん!
うう、なぜこんなことに……。
でも身内贔屓を差し引いてもレンって本当に美少女なんだよな。
レンに似た黒髪美人で探しているが……やはりどうしてもレンが一番魅力的に思えてしまう。
むぅ、ここは、いったん黒髪の女性で探すのは諦めて別の路線から漁ってみよう。
「そうだな……じゃあ『グラドル』『茶髪』『爆乳』っと……む?
キーワードを変えて検索してみると、ちょうどトレンド入りしているらしいグラビアアイドルの記事が頭のページに出てきた。
彼女の容貌を見て……総身に電流が駆け抜けていくのを感じた。
「バ、バカな……B120cmのOcupだと!? こ、こんな細い体なのに、これほどのバストを!?」
なんということだ。あのアイシャよりも胸の大きい女性がいるとは!?
しかも……とんでもない美人だ! 暴力的なスタイルに反して、どこか大人しめで小動物のような愛らしさを感じさせる美貌……そのギャップが却って色香を増幅させている。
サンプル画像をいくつか閲覧してみると……「けしからん」という言葉しか出てこない。
こいつはすげぇ。白いビキニ姿のなんと扇情的なことか。今にもビキニからこぼれ落ちんばかりの特大の乳房が、深い深い谷間を作っている。
ヤバい。とんでもなく好みだ。なぜこれほどのグラビアアイドルの存在を知らずにいたんだ俺は!
大谷清香……彼女だ。写真集を買うなら彼女の写真集しかない!
さっそく電子書籍サイトで大谷清香の写真集を購入しようとしたが……。
「しまった、こんなときに限ってポイントが不足している!」
ええい。コンビニに行ってカードを買ってポイントチャージをするしか……いや、そんな手間をかけるくらいなら!
「よし、書店で紙の本を買おう」
電子媒体は閲覧する上では手軽で便利だが……やはり写真集ならば実物大で眺めるのが一番だろう。
そう思い立った俺はさっそく街にある大型書店へと出かけた。
* * *
一応、知り合いに出くわしても大丈夫なようになるべく遠めの書店に足を運び、ついでに軽めの変装をした。
全年齢向けの写真集とはいえ、やはり購入しているところを知り合いに見られるのは気恥ずかしい。
マスク良し。伊達眼鏡良し。帽子良し。……うん、これなら万が一知り合いと出会っても俺とはバレまい。完璧な変装だ。
「さて、写真集コーナーはっと……お?」
書店に着くと、なんと大谷清香の特設コーナーが作られていた。
多くの男性が手に取ってはレジに持っていく。
やはりそれほど人気なグラビアアイドルなのか。
何であれ探す手間が省けたな。
どれ、やはりここはファースト写真集から購入するか。
写真集を手に取り、さっさと会計を済ませようとすると……。
「あら? ダイキさんじゃないですか? 奇遇ですね♪」
「あびゃっ!?」
なんということだ。知り合いに出くわしてしまった!
しかも、よりによって清純お嬢様であるスズナちゃんじゃないか!?
……いや、慌てるな俺!
俺の変装は完璧のはずだ! まだ誤魔化しきれる!
「え? ダイキ? 誰のことですか? 私は
「ええー? ダイキさんですよ~。私がダイキさんを見間違えるはずがないじゃないですか~♪」
ニコニコと満面の笑みでスズナちゃんが迫ってくる。
「お顔を隠して声の抑揚を変えても無駄ですよ~? 体型から骨格、姿勢や挙動、筋肉の律動に至るまで、ダイキさんのことは隅々まで観察していますからね~? スズナの目を誤魔化すことはできませんよ~? うふふ~♪」
ひいい。可愛らしい笑顔なのに圧力を感じる!?
「あ、あはは。さすがスズナちゃんは凄いな~。探偵になれるかもしれないね~?」
「まあ探偵♪ それは楽しそうですね♪ もし探偵業を営むのなら是非ともダイキさんに助手をお願いしたいです♪」
誤魔化しきれないのなら仕方ない。適当に雑談を交わして、早いところをこの場を去ろう。
いつも俺なんかに憧れの眼差しを送ってくれるスズナちゃん……そんな彼女にグラビアアイドルの写真集を買おうとしていることがバレて軽蔑されたら……立ち直れる気がしない!
「こ、ここで会うなんて珍しいね? 何か用事でもあったの?」
「はい。今度、黄瀬財閥監修の番組を組むことになりまして。テレビ局で打ち合わせをしてきた帰りなんです。残念ながら肝心な内容は決まらなかったのですが……なので、こちらで何かアイディアの参考になるような書籍があればと思いまして」
「へ、へぇ……相変わらず凄いことしてるねスズナちゃん……」
黄瀬財閥の娘として、すでにいくつかの仕事を手伝っているらしいスズナちゃん。
本人は何てことのないように語っているが、庶民の俺からしたらまるで別世界のような話が毎度ポンポンと出てくるので圧倒されてしまう。
「ダイキさんこそ珍しいですね。わざわざご自宅から遠い書店にいらっしゃるだなんて」
「あ、ああ、それは……実は両親が明日から有給取って町内会の温泉旅行に行くことになっててさ。せっかく家を独り占めできるから、何か盛大にパァッとやろうと思っていろいろと買い出しをね……」
咄嗟の言い訳に親の温泉旅行を引き合いに出す。
明日から家でひとりきりになるのは事実なので、嘘は言っていない。
「まあ! 家を独り占め……それは何だか楽しそうですね♪」
金色の瞳をキラキラと輝かすスズナちゃん。
生粋のお嬢様である彼女は、庶民的な暮らしやイベントに強い憧れを持っているらしい。
この間、キリカの部屋でやった打ち上げでも随分とはしゃいでいたものだ。
「私も実家を離れてマンションで住み始めましたが、いつもばあやとメイドさんたちが居るので、そういうのに憧れちゃいます♪」
……うん、あの超高級高層マンションの一室を独り占めできたら、それはさぞ楽しいだろうね。
「あ、よろしければ私もその買い出し、お手伝いしますよ? 読み物だけではなくて、食べ物や飲み物や遊び道具をお買いになるのですよね?」
「ええ!? い、いや、悪いよ!」
「そう遠慮なさらずに♪ 車もありますので、いくらでもお荷物を載せられますよ?」
いかん、墓穴を掘ってしまった。
このままでは大谷清香の写真集を買えない。
残念だが、ここは一旦出直すしかないようだ……。
「あっ、俺、急用思い出しちゃった! ごめん、スズナちゃん。せっかくだけど俺、急がないといけないから。また明日学園で……」
そう言いながら、さり気なく後ろに隠した大谷清香の写真集を棚に戻そうとしたが……ゴツンと見当違いの場所に接触してしまう。
「あっ……」
「あら?」
衝突によって手元から落ちる写真集。
爆乳美女がデカデカと表紙になっている書物がスズナちゃんの目に入る。
……終わった。
どう見たってコッソリ隠していたのがバレバレである。
恐る恐るスズナちゃんの反応を窺う。
彼女は涙を流していた。
泣くほどショック!?
「ス、スズナちゃん! ち、違うんだ! コレには事情があってだね!?」
「うぅ……ダイキさん。あなたは、本当にお優しい御方なのですね?」
「はい?」
「……この若さでお亡くなりになったこの御方のことを思って、写真集を購入されようとしたんですよね? ああっ、私ますますダイキさんのこと尊敬してしまいます」
「亡く、なった?」
スズナちゃんの言葉で反射的に背後の棚を振り返る。
──追悼、大谷清香。
なぜ彼女がトレンドに上がり、彼女の特設コーナーが造られていたのか、いま初めて知った。
……なんてことだ。
今日ファンになったばかりだというのに。
大谷清香は、すでにこの世にいないグラビアアイドルだったのだ。