今後は章分け、サブタイトルをつける形で更新していきます。
霊とは、そもそも不安定な存在だ。
現世に未練を残して
いかに生前と寸分違わぬ善良な人格の持ち主であっても、ふとした拍子で世を憎む悪霊や怨霊になってしまうことが多々ある。
だからこそ基本的に霊は成仏させなければならない。
どんな理由があろうと死者が生きている人間の世界に留まるのは、やはり間違っている。何よりも、成仏しない限りその魂は一生救われない。
例外が許されるのはそれこそ……人の身でありながら神域へと至った『守護霊』という規格外の存在だけだ。
死した双子の片割れや、祖父母の霊が『守護霊』になるのはよく聞く話ではあるが……『銀色の月のルカ』の世界において、そういった類いの恩恵は『死した魂の残留エネルギー』が宿主を守っている、ということになっており、決して霊本体が意思を持って血縁者を守っているわけではないらしい。
もしも霊本体が生前の人格を保ったまま子孫や血縁者を守っているとしたら……それはもはや魂としての『格』が人智を越えた次元に位置する、超越存在そのものである。
当然、一般人の魂が『守護霊』になることは滅多にない。
だから未練のある魂を見つけたとき、俺たちがやるべきことは……なるたけその未練を断ち切り、その人が悪霊や怨霊となってしまう前に成仏させてやることだ。
「さ、行きましょうか、清香さん」
「う、うん。よろしくね、ダイキくん」
放課後、スズナちゃんに憑依した清香さんと一緒に、約束通りデートをすることになった。
「行きたいところがあったら、遠慮なく言ってください。いくらでもお付き合いしますよ?」
「あ、ありがとう。えへへ。ど、どうしよっかな。ご、ごめんね? 私のほうが年上なのに、こういうのに慣れてないから、いますごいテンパっちゃってるよ」
「気にしてませんよ。俺も憧れの清香さんとのデートってことで、ちょっと有頂天になってますし」
「そ、そうなんだ。お揃いだね? えへへ……」
彼女は何とか大人としての余裕を取り戻そうとしていたが、やはり溢れる動揺や喜びを抑えきれないのか、ニヤけた笑顔を浮かべながら、照れくさそうにしていた。
それは、やはりスズナちゃんでは決して見せることはない、清香さんならではの愛らしい反応だった。
「その……う、腕とか組んでみてもいいかな?」
「っ!? も、もちろんです。どうぞ」
普段なら恥ずかしさから躊躇してしまうが、清香さんのお願いであるならば断るわけにはいかない。
片腕を差し出す。
清香さんは恐る恐る、俺の腕にしがみついてきた。
ふにょん、と必然的に密着する豊満な胸。
思わず「おぅふ」と情けない声が上がりそうになるのを堪え、いまにも垂れてきそうな鼻血を気合いで塞き止める。
や、柔らかい。こんな小柄な体にこんな立派な代物がついているとは、改めてスズナちゃんの発育の暴力ぶりには驚かされる。
……だが、もしもこれが清香さんの体であったなら、もっと衝撃的な感触が腕に伝わっていたのだ。
危なかった。もしもあの120cmのOcupの持ち主に抱きつかれていたら、間違いなく理性が限界値を越えて一瞬で気絶していたことだろう。
……いや、決してスズナちゃんに魅力が不足しているとか、そういうわけではないのだが、やはり親しき身近の存在と憧れのアイドルとでは湧き上がる感動は異なってくる。
いま俺の腕にしがみついているのは確かにスズナちゃんの体だが、その中身は大人気グラビアアイドルの大谷清香なのだ。
いまだに現実味が湧かない。
憧れの存在が仲間のスズナちゃんに憑依した上、彼女に惚れられ、そして放課後デートをすることになるなんて……全国の大谷清香ファンに殺されかねないほどの贅沢を、俺はこれから味わおうとしているのだ!
ええい、ニヤけるな俺の顔。
清香さんに与えられた時間はあと僅かしかないんだ。
清香さんに最高の思い出を作ってもらうためにも、ここは俺が立派に彼氏役を務めて、彼女を満足させないといけないんだ!
「こほん……。清香さん。今日一日限定で、俺はあなたの恋人です。どんな願いも、俺が叶えてあげます」
「ダイキくんっ」
よし、決まったな。
引き締まった顔と声で見事に良い男っぷりを見せてやったぜ。
清香さんも目を輝かせながら嬉しそうにしている。
ああ、まさか憧れのアイドルにこんな熱い眼差しを向けられる日が来るだなんて。
ふっ、俺ってばやっぱり罪な男だぜ……。
「ふんっ! な~にカッコつけちゃってんだか。『どんな願いも、俺が叶えてあげます。キリッ!』ですって! あんなこと私たちには一度だって言わないのにね~ルカ~?」
「ほんとほんと。私にも毎日言ってほしい」
「ダイくんのキャラじゃないというか、ぶっちゃけ外してるわよね~。アレにときめくのも正直どうかと思わな~い?」
「ほんとほんと。ダイキはあんな風にカッコつけなくたって、普段から世界一かっこいいのに」
「いや、そんな惚気を聞きたかったわけじゃないんだけど……」
……後ろが気になるな~。
一応、監視という名目で俺たちの背後で尾行しているレンとルカ。
万が一ということもあるので、後方に控えてくれるのは正直ありがたいし心強くはあるのだが……どうも少女二人は俺と清香さんがデートをすることが相変わらずおもしろくないようで、さっきから何かと俺に聞こえるようにネチネチと小言を囁いている。
「ええい! 貴様らデートに集中できんだろうが! もっと後方に下がれぇ!」
「へ~んだ! 何か起こっても知らないからね~だ! ダイくんの女たらし~!」
「ぷくー。ダイキのバァカ。私とは全然デートしてくれないくせに。ツーンだ」
子どもみたいにヘソを曲げた美少女二人が文句を言いながらトコトコと距離を取っていく。
言いたい放題だなぁ。確かに俺もちょっとは私欲が混ざってるけど一応人助けしてるんだから、少しくらい応援してくれたっていいじゃないかよ……。
「と、とりあえずあの二人のことは気にせず楽しみましょうか?」
「そ、そうだね」
お互い苦笑を浮かべつつも何とか仕切り直してデートを開始する。
とにかく時間の許す限り、俺たちは遊び回ることにした。
清香さんがまず行きたがったのはゲームセンターだった。
「あ、ダイキくん! 私アレやりたい! ダンスゲーム!」
「お、いいですね。じゃあせっかくですし対戦モードでやりましょうか?」
「ふふん。いいのかなぁ? 私って結構強いよ~? なにせダイエット期間はいつもこれで脂肪を燃焼させて……こほん。いまの忘れて?」
「ア、ハイ」
乙女にはいろいろ事情があるようだ。
早速俺たちはダンスゲームで対戦を始める。
「えい。やっ。ほっ」
「え? ちょっ、はやっ……何すかその動き!?」
「へへん。アイドルはダンスもこなせないとね~。ほ~ら、負けちゃうよダイキくん? がんばれがんばれ~♪」
「ぬお~!」
宣告通り清香さんは滅茶苦茶ダンスがうまかった。
運動神経には結構自信のある俺だったが、彼女の華麗なステップには対抗できそうにない。
こ、これがプロのアイドルというものか。
しかもスズナちゃんという他人の体にも関わらず、ここまで洗練された動きができるなんて!
いつのまにか周りも「おお~!」と歓声を上げながら清香さんのダンスに見入っている。
……いや、違うな。
確かにダンスの動きにも感心しているのだろうが、周囲が注目しているのはある一点部分だ。
チラリと横目で見る。……うん、めっちゃ揺れてるね、胸が。
ブレザーを脱いで踊っているので、ブラウスの中で弾む大きな双丘が目立つこと目立つこと。
というかスズナちゃんがこんなに激しい動きをするところなんて、俺も初めて見たので破壊力が凄まじい。
しかも激しい動きによって短いスカートの中身がいまにも見えそうだ。周囲もそれを期待するように清香さんのダンスを凝視している。
これは宜しくない!
「き、清香さん! もう少し動きを大人しめに……」
「え~? 弱音かな少年? 情けないぞ~。勝負事にはお姉さん、年下相手でも手加減しないんだからね~?」
「いやそうじゃなくて! ああっ、いけません! そんなに跳ねたらいろいろボインボインと弾むしスカートがチラリと……ええい! こら野郎どもあんまり見るんじゃねぇ! 俺の恋人だぞ!?」
「え? や、やだぁダイキくんたら。大声でそんなこと……お姉さん照れちゃうぞ?」
と言いつつもダンスのキレが鈍る様子はない。
ウットリとした顔をしながらも彼女はダンスを完璧に踊りきった。
すげえ! これがプロかぁ!
「あ、皆さんも応援ありがとうございま~す! 楽しんでいただけましたか~?」
そして周囲への感謝もサービス精神も忘れていない。「もちろんでーす!」といまにも瞳からハートマークが浮かびそうな男たちの歓声が広がる。
……この一瞬であっという間に大量のファンを獲得してしまった。
改めて、清香さんは本物のアイドルなんだと思い知らされる光景だった。
その後もシューティングゲームやレースゲームやクレーンゲームなどで遊んだ。清香さんはどのゲームもうまく、俺は驚かされるばかりだった。
「すげえ、クレーンゲームで景品をこんなにゲットしたの初めてですよ俺」
「ふふ、コツを掴めばいくらでも取れちゃうよ。欲しいのあったら言ってね? お姉さんが全部取ってあげる♪」
そう言って清香さんはご機嫌にウインクをした。
良かった。楽しんでもらえているようだ。
というか俺も、最初の目的も忘れて普通にこのデートを楽しんでしまっている。
清香さんと遊ぶこの時間が、とても有意義だ。
「あ……ダイキくん。最後にさ、プリクラ一緒に撮らない? アレだけはさ、私もまだやったことないんだ」
清香さんはモジモジとしながらプリクラコーナーに指を差す。
……まあ、デートといえばアレがやっぱり定番だよな。
「もちろんです。でも俺も、初めてなんで、うまくできないかもしれないですけど」
「そっか。ふふ♪ じゃあ、私がダイキくんの初めての女の子だね?」
嬉しげに微笑む清香さんに、つい胸を高鳴らせてしまう自分がいた。
「おい、向こうのJKたちのエアホッケー見ろ! すげえぞ! あんなに激しい動き見たことねぇぜ!」
「……でも何か怖くね? 円盤を打つときに滅茶苦茶憎しみ込めてるように見えるんだけど……」
「しかも何か騒いでるぞ?」
後ろから何やら気になる話し声が聞こえてきたので、俺もエアホッケーがある箇所に耳を澄ませてみると……。
「プリクラァァァ! 初めて奪われたァァァ!」
「おのれえええ! 私が最初にエスコートして密室でドキドキさせる予定だったのにィィィ!」
「「許すまじ! 大谷清香!」」
……うん、とりあえずスルーしておこう。
* * *
最新のプリクラ機は俺の記憶にあるのと比べると、かなりハイテクに進化しているようだった。
選択項目もかなり多く、操作には随分と手こずったが、何とかカップルらしい写真を撮影することができた。
「わぁ~! ついに私もプリクラデビューだ! 超感動~!」
「あはは、俺ってば半目になっちゃってるや。なんか照れくさいっすね。もっと締まった顔で撮れればよかったんですけど」
「そんなことないよ! ダイキくんらしくて凄い魅力的! こういうのも良い思い出だよ!」
「そ、そうっすか? 満足してくれたなら、いいんですけど」
「あ、プリクラ用の手帳売ってるみたいだよ! これに貼ってもいいかな?」
「いいっすね。そうしましょう」
たくさん撮ったので、プリクラ帳のページはあっという間にカラフルに彩られた。
「壮観だな~。ほら、これとかいい感じに撮れてない?」
プリクラを一枚いちまいを見ながらはしゃぐ清香さんだが、ふとその表情が少しだけ曇る。
「……贅沢かもしれないけど、これが自分の顔だったらな~って、ちょっと思っちゃうな」
「……」
どう返事をすればいいのかわからず、つい押し黙ってしまった。
写真の中の彼女の笑顔やポーズは、大谷清香ならではものだ。
……でも当然のことながら、そこに映っているのは憑依先である黄瀬スズナの顔である。
こうして写真にすることで、改めて事実を突きつけられる。
大谷清香は、もうこの世に存在しない人物だということを。
「あ、あはは。ごめんね? 空気悪くするようなこと言っちゃって。いまの忘れて?」
「清香さん……」
「……ちゃんと、わかってるから。もう、時間は戻ってこないんだって。こうしていられることが奇跡そのものなんだってこと」
清香さんはプリクラ帳を胸元に抱きしめて、ぎゅっと瞳を閉じた。
いまにも零れそうになるものを抑えるように。
「……本当に、いいんですか? 俺とのデートだけに時間を使って。本当は、もっと遣り残したこととか、あるんじゃないんですか?」
「……言い出したらキリないもん。そりゃ、ちょっとは考えたよ? 炎上を仕向けた人間たちに仕返ししようとか、悪い噂流してた事務所に行って驚かしてやろうとか……でも、そういうことしたら、私一気に悪い霊になっちゃうんでしょ?」
霊は感情のエネルギーによって、その在り方を変える。
彼女がもし、生前の怨みを晴らすような行いをしていたら、今頃とっくに悪霊の類いになっていただろう。
「いいんだ。それに関してはもう『世の中そういうものだ』って吹っ切れてるから」
「清香さん……」
「ドラマの主演とか正直かなりプレッシャーだったからね。逆におじゃんになって安心してたよ……まあ、悔しくはあったけどさ。でも、そんなこと気にしてたら芸能界じゃやってけないからね」
そう言って清香さんは「参っちゃうよね」と苦笑した。
俺には、それが精一杯の笑顔にしか見えなかった。
「気にしないで? そんなことよりは私は、やっぱり楽しい思い出を作りたい。『イヤなこともたくさんあったけど、それだけじゃなかった』って思いながら成仏したい。だからダイキくんがこうして私のために付き合ってくれてるの、すごく嬉しいよ? ありがとうダイキくん」
「え? あ、いや、そんな……俺、清香さんのファンですから、これぐらいのことは……」
「ふふ♪ 私の写真集ですごい
「ちょっ!? ま、まさか見てたんですか!?」
「見てたというか、感じちゃったというか……シンクロ的な? たぶんお互い相手のこと意識したから、繋がっちゃったんだろうね」
「……もうお婿にイケナイ」
「ふふ♪ 私が貰ってあげましょうか?」
「……人気アイドルにそんなこと言われる俺は、世界一の幸せ者ですね」
「だろう~? 誇れよ、少年。……うん、ダイキくんは、本当に自分が思っている以上に、素敵な男の子だと思うよ? もしも生きている内に出会ってたら……私、放っておかないと思うもん」
「そ、そんな。からかわないでくださいよ」
「大マジだよ? 本当に……羨ましいもん、スズナちゃんたちが」
切なげに微笑んで、清香さんはプリクラをジッと見た。
「……さて、そろそろお開きかな? 高校生を遅くまで付き合わせるのも悪いし……」
「はい? 何言ってるんですか清香さん。むしろ、これからじゃないですか」
「え?」
「一日の終わりまでには、まだ時間がありますよ? ギリギリまでお付き合いします」
困惑している清香さんに、手を差し伸べる。
「次はどこ行きましょうか、清香さん」
「ダイキくん……うん! じゃあ次は……」
タイムリミットは確実に迫っている。
それまでに、どうか清香さんが未練なく成仏できるよう、素敵な思い出を作ってあげたい。
その気持ちが、より強まっていた。