【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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ただいま

 

 これは、少し先の未来の話。

 とある特集番組が、世間に多くの反響を巻き起こすことになる。

 黄瀬財閥監修『大谷清香の生涯』。

 

 母子家庭に生まれた少女がアイドルとして花開き、その短すぎる一生を終えるまでを描いたドキュメンタリーである。

 関係者への念入りな取材によって忠実に再現されたノンフィクションドラマは、たちまち話題を呼ぶ。

 

 大谷清香は最初から恵まれた容姿を持っていたわけではない。

 肥満児として同級生からバカにされ続け、凄惨なイジメを受けていた彼女は一時期引きこもりになっていた。

 そんな自分を変えるべく、彼女は必死にダイエットをし、美容にも気を遣い始め、やがて世間もよく知るアイドルとしての美貌を手にしていく。

 母親の反対を押し切ってまで芸能界にデビューした彼女は、過酷な試練に耐えながらも、根気と努力で乗り越え徐々に栄光を掴んでいく。

 どん底から這い上がり、自らの力で道を切り開いていく大谷清香の生き様に、視聴者である多くの女性たちが『勇気を貰えた』と話す。

 ……それゆえに、例の炎上事件のシーンになったところで、視聴者の誰もが我が事のように悔しがり、涙する。

 

 大谷清香の悪評は瞬く間に消え失せる。あることないことを書き込むマスコミやネット記事が厳しく非難され、彼女への炎上は沈静化していく。

 大谷清香の理不尽な運命を世間は嘆き、彼女への追悼の手紙が事務所に山のように届く。

 あちこちの書店でも、大谷清香関連の本が即完売し、各出版が増版に増版を重ねるという異例の事態となる。

 

 いっときは悲劇のアイドルとしてネットを騒がせていた存在……最後の最後まで無責任な発言で振り回されてきた彼女は、所詮は一過性の熱狂が冷めるに従って、忘れ去れていくかに思えた。

 ……だが大谷清香は、これからも人々の記憶に残り続けるだろう。

 自らの発言に責任を持たない、()()()()()()()()()()()()によって、その栄華を断たれた若き女性の悲劇を、世間は決して忘れてはならない。

 この一件で黄瀬財閥はネット誹謗中傷対策関連に全面的な支援を行うと発表し、徐々に厳罰化されていくネットによる侮辱罪の重さを、世間に広く知らしめていく。

 

 大谷清香の尊厳を守りたい。

 黒野大輝と黄瀬スズナの願いは、この先、こうした形で成就することになる。

 

 そして、時間は番組が作られる前の、現在に巻き戻る。

 

 

 

   * * *

 

 

 

「……」

 

 俺とスズナちゃんは、清香さんの遺影の前でお線香を焚き、手を合わす。

 

「……ありがとうございます。娘のために、いろいろしてくださって」

 

 清香さんのお母さんが、深々と頭を下げる。清香さんの母親というだけあって、とても綺麗な人だった。

 俺とスズナちゃんは、いま清香さんの実家を訪れていた。

 生前、地元に住んでいた清香さんと顔見知りだった、ということにしてお邪魔させていただいている。

 

「黄瀬さんには、何とお礼を言ったらいいか……。私、あの子がどんな苦労をしているのか、なにひとつ知らなかった。本当に、頑張っていたのね、あの子は……」

 

 娘さんの生涯を描いた番組を作りたい。

 そう許可を得るべく以前一度ここへ訪れたスズナちゃんは、最初は断られるものと思ったそうだが……清香さんのお母さんは快く肯いたという。

 愛娘がどんな芸能生活を送っていたのか、どんなことに苦しみ、そして喜びを得ていたのか。家を去ってからの娘の実情を彼女は知りたがった。

 今日は二度目の訪問。取材によって得た情報を、スズナちゃんは余すことなく、赤裸々に語って聞かせた。

 娘に起きた悲劇を母親である彼女はしかと受け止め、その上で無力な自分を責めていた。

 

「あの子の夢なら、母親としては応援したかった……でも、あの子はとても繊細だから、本当に芸能界で耐えられるのか、心配だったんです……いま思えば、私が一番にあの子の支えにならなければいけなかったのね……」

「おばさま……どうかご自分を責めないでください。清香さんは、きっとおばさまのお気持ちをわかっていたと思います。その上で一人で頑張っていたんだと思います。迷惑をかけず、一人前になって、あなたに恩返しをしようと……」

「そんな……私は、あの子が幸せになってくれれば、それで充分だったのに……恩返しなんて、気にしなくても良かったのに」

 

 涙が彼女の頬を伝う。

 ……余計なことは言わないつもりでいた。

 でも、清香さんのお母さんの悲しむ姿を見ていると、やはり口を挟まずにはいられなかった。

 伝えないといけない。清香さんの、最期の思いを……。

 

「あのっ! 清香さんは、本当にあなたを大切に思っていたんです。清香さん、言ってました。『帰って謝りたい』って……でも、悪質なマスコミにお母さんを巻き込みたくないから、こっちに戻っても帰れなかったんです。本当は、いの一番にあなたに会いたかったはずです」

「清香が、そんなことを……」

「はい。だから……どうか自分を追い詰めないでください。清香さんは、きっとそんなこと望んでません。お母さんには幸せでいてほしいって……あの人なら、最期までそう願っていたはずです」

「清香……もう、バカね。私は、あなたの母親なんだから、迷惑なわけないじゃない。本当に、昔から頑固なんだから」

 

 潤んだ瞳を清香さんの遺影に向け、彼女は優しく微笑んだ。

 

「あなたたちのように優しい人が清香の傍にいてくれて良かった。それが知れただけでも充分です」

「そんな。俺たちは……」

 

 もしも本当に生前に清香さんと出会うことができれば……彼女の命を助けることができただろうか。

 それが都合の良い「もしも」の話でしかないことはわかっている。

 でも、こうして彼女の母としての深い愛情を間近にしてしまうと、思わずにはいられなかった。

 会わせてあげたかったと。

 

「まったく。こんなにも頼れる人たちがいたのに、あの子ったらお酒なんかに溺れちゃって……ひとりで抱え込むところは、相変わらずね」

「……」

 

 彼女だけには真実を明かすべきだろうか?

 清香さんの霊と出会ったことを。清香さんの死の真相を。

 娘さんは事故ではなく何者かの手によって命を落としたのだと。

 その下手人は人の法で裁ける存在ではない。

 だから自分たちが、その下手人を必ず見つけ出し、仇を取ると。

 

 そんな俺の葛藤を感じ取ったのか、スズナちゃんがそっと手を重ねてきた。

 目が合うと、スズナちゃんは切なげな顔で首を横に振った。

 

 ……そうだ。『コチラ側』の事情に巻き込むわけにはいかない。

 明かすには、この真実はあまりにも残酷すぎる。

 これ以上、傷口を広げるようなことはできない。

 清香さんの霊と出会った、あの三日間の出来事は、俺たちの胸の中に閉まって、この場は去ろう。

 

「長居してしまってすみません。俺たちはそろそろこれで……あっ」

 

 俺の腹から「ぐ~っ」と場違いな音が鳴る。

 先ほどまで沈鬱だった空間に、クスクスと女性陣の笑い声が起こる。

 

「ふふふ。そろそろお夕飯の時間だものね。よかったら、何か作りましょうか? 大したものはご用意できないけれど、せめてものお礼に、ご馳走させてちょうだい?」

「そ、そんな。悪いですよ」

「いいのよ。ひとりで食事してると、なんだか味気ないもの」

 

 スズナちゃんと顔を合わす。

 スズナちゃんはニコリと微笑んだ。

 

「じゃあ……お言葉に甘えて」

「ええ! そうしてちょうだい。ふふ、久しぶりに腕によりをかけちゃおうかしら」

 

 人に手料理を振る舞うのが久しぶりだからか、清香さんのお母さんは随分と嬉しそうだった。

 

「おばさま、私もお手伝いします」

「あら、そう? ありがとう。助かるわ」

「いいえ。それに……実は一品だけ、召し上がっていただきたい料理があるんです」

 

 清香さんのお母さんに食べさせたい料理?

 それって……まさか。

 

「スズナちゃん。もしかして……」

「はい。……まだ()()()()()()()()()と思いますから」

 

 数分後、テーブルの上にはたくさんの料理が並んだ。

 その内の一品を、スズナちゃんは清香さんのお母さんに差し出した。

 

「さあ、どうぞ♪」

「これは……生姜焼き?」

「はい♪」

 

 やはり、スズナちゃんが作ったのは豚肉の生姜焼きだった。

 

「まあ、おいしそう。清香の得意料理も、生姜焼きだったわ。あの子ったら、これしかまともに作れなかったのよね。『いつか彼氏ができたら食べてもらうんだ~』ってよく言ってたわ」

 

 昔を懐かしむように、清香さんのお母さんは手を合わせて生姜焼きをひと口食べた。

 すると……彼女の顔が驚愕に染まる。

 

「っ!? ……この味は」

「お口に合いますか?」

「……ええ。ええっ。おいしいわ。驚いたわ。この生姜焼き、あの子が作ったのと同じ味がするんだもの……」

「よかった。その生姜焼きの作り方、清香さんに教わったんです」

「そう……そうだったの。本当に、そっくりだわ。焼き加減も、味加減も。まるであの子が、ここに帰ってきて、作ってくれたみたい……」

 

 そこから先は、言葉が続かなかった。

 大粒の涙を流して俯く清香さんのお母さんを、スズナちゃんは黙って抱きしめた。

 

「黄瀬さん、どうしてかしら? 私、あなたに清香を重ねてしまうの。本当に不思議なのだけれど、初めて会ったときも、あの子が帰ってきたって錯覚してしまったほどで……どうしてなのかしらねぇ?」

「構いません。私のこと、清香さんのように思っても」

 

 慈愛に満ちた顔で、スズナちゃんは自らの胸に清香さんのお母さんを抱き寄せた。

 

「私が言うべきかは、わかりませんが……でも、どうかあの人の代わりに言わせてください……──『ただいま、お母さん』」

「っ!? ……ええ。お帰り……お帰りなさい、清香。うっ……うぅ……清香……清香ァ!」

 

 スズナちゃんの胸の中で泣きながら、彼女は何度も愛娘の名を呼んだ。

 

 ……ご馳走になった夕飯は、随分と塩辛かった。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 帰りの車の中で、俺たちは改めて誓い合った。

 必ず清香さんの仇を討つと。

 

「止めよう。何としても、俺たちの手で。これ以上、清香さんのような被害者を出さないためにも」

「はい」

 

 怪異を意図的に生み出す何者かが居る……。

 このことはすでに『機関』には報告済みだ。

 もっとも、秘密主義の塊である連中なら、とっくにそんな情報は持っているのかもしれないが。

 もしそうなら、なんとも腹立たしい。

 知っていながら、ヤツらは何も対策をしていないということだ。

 いつだってそうだ。

 ヤツらにとって重要なのは社会の秩序を保つこと。組織として動き出すのも、人間社会が脅かされる規模の案件が起きたときだけ。個人レベルの危機など、ヤツらの眼中にはないのだ。

 その僅かな悲劇が、大きな災害を生み出す要因になるかもしれないというのに。

 

 怒りに震える拳を、スズナちゃんが落ち着かせるように優しく手を重ねる。

 

「焦りは禁物ですよダイキさん。何事も『急いては事をし損じる』です。私たちなりのペースで、できることをしていきましょう」

「……スズナちゃんは、本当に立派だな。同い年とは思えないよ」

 

 今回のことといい、清香さんを救ったのも、清香さんのお母さんの心を慰めたのも、全部スズナちゃんだ。

 スズナちゃんがいなければ、清香さんはきっと怪異になってしまっていたし、清香さんの特集番組が作られることもなかった。

 

 俺の言葉に、スズナちゃんは気恥ずかしそうに微笑んだ。

 

「私は、自分の心に従っているだけですよ。それが亡き母の教えですから」

「そっか。本当に、立派なお母さんだったんだな」

「はい、自慢の母です」

 

 図らずも垣間見てしまったスズナちゃんの幼い頃の記憶。

 母の言葉を胸に刻みつけ、それを実行し続けるのは、容易なことではない。

 決して色褪せることのない母への愛情と尊敬があるからこそ、できることだ。

 やはり、スズナちゃんは凄い。

 しかしスズナちゃん本人は謙遜するばかりだった。

 

「私だってまだまだ未熟な小娘ですよ。母には全然及びません」

「そうかな」

「それに……まだ果たせていないお母様との約束もありますし」

「約束? どんな?」

「それはダイキさんでもお教えできません。乙女の秘密というものです」

「そっか。なら仕方ないな」

「……むぅ~。あっさり引き下がれると、それはそれでつまらないです」

 

 ぷく~と幼児のように頬を膨らませるスズナちゃん。

 精神的にはオカ研で一番成熟していそうな彼女だが、時折こんな風にあどけない一面を見せる。

 そこがまた可愛らしかったりするのだが。

 

「……実は清香さんに応援されたんですよ。『私の分までがんばってね』って。さて、何のことだとかわかりますかダイキさん?」

「え? それはやっぱり……生きることに対してとか?」

「……やれやれです。やはりダイキさんにはまだこのお話は早いようです」

 

 なぜかスズナちゃんに呆れの溜め息を吐かれてしまった。

 

「お母様の言ったとおりだったようですね。多少強引なくらいでないと殿方は気づいてくれないと。父もそうだったようですし」

「何の話?」

「いえ、こちらの話です。ただ……お母様の約束のためにも、何より清香さんのためにも、私もレンさんを見習ってこれからは我慢しないことにします。ルカさんのことは尊敬していますが、これとこれは話が別ですので♪」

 

 そう言うとスズナちゃんはいきなり俺の腕に抱きついてきた。

 むにゅうん、と豊満な乳房に埋没していく俺の腕!

 

「ちょっ!? スズナちゃん!? 何してんの!?」

「うふふ♪ ダイキさんとの恋人ゴッコ、とても新鮮で楽しかったのですが、やはり意識が曖昧だったので、せっかくですから改めて堪能しようかと思いまして♪」

「い、いや、する必要あるのソレ!?」

「黄瀬家の娘として立派な人材になるためには何事も豊富な経験が大事ですから。これもお母様の教えです」

「そっかぁ。それなら仕方な……くないよねぇ!? ほら、運転手さんも見てるし!」

「お気になさらず黒野様。いま後部座席に遮音ガラスを展開しますので。こちらからは何も見えない特殊な仕様ですのでご安心ください。どうぞ、ごゆるりとお楽しみください」

「そういうお気遣い結構ですから! ちょっと、なにサムズアップしてんすか!? うわっ! すげー! 本当にガラス張られて密室みたいになっちゃった! 黄瀬財閥の技術すげー!」

「ありがとう橘さん♪ それではダイキさん、せっかくですから二人きりの時間を楽しみましょう? うふふ♪」

「ス、スズナちゃん? 本当に、ちゃんと元に戻ったんだよね?」

「さあ、どうでしょう? 清香さんの影響で、スズナちょっと悪い子になってしまったかもしれません♪」

 

 悪戯っ子のように笑いながら、スズナちゃんは色香の滲んだウインクをした。

 それはどこか、清香さんを思い出させる仕草だった。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 スズナちゃんと密着したまま雑談に興じるという理性を要する時間を無事乗り越えて帰宅した俺は、隣家のルカの屋敷を訪ねた。

 風邪を拗らせて体調が悪化してしまったルカ。ちゃんと安静にしているか心配だった。

 

「ごめんください」

「あら、ダイキさん。いらっしゃい」

 

 住み込みのお手伝いさんである椿(つばき)さんが出迎えてくれる。

 相変わらず単衣の着物が似合う和風美人さんだ。

 

「ルカの調子はどうですか?」

「熱は下がりましたが、当面はまだお休みしないといけませんね。やはり無理に霊装を使ったのがよくなかったようで。それに、なんだか霊力の流れが妙に乱れていますし……」

「そうですか……」

 

 椿さんも一応、霊能力者の端くれだ。

 霊的な治療やサポートなどでルカの面倒を見てくれているのだが……メンタル面に関しては完全に俺に一任している。

 

「お顔を見せてあげてください。この頃、どうも気が立っているようでしたから。ダイキさんと話せば、きっとお嬢様も落ち着くでしょう」

 

 ……やはり、清香さんの一件から、どうもルカの様子はおかしい。

 ()()()()を聞いてから、ずっと。

 

 

『……【常闇の女王】? ……っ!? いま、そう言ったのスズナ!? ソイツのこと、どこまで知ったの!? 大谷清香の記憶を見たんでしょ!? 答えて!』

 

 鬼気迫った顔でスズナちゃんに問い詰めていた幼馴染の顔が忘れられない。

 スズナちゃんが覚えているのは、ほぼ断片的だったものだったので、ルカとしては望む答えを得られなかった様子だった。

 

 ルカの自室の前に着く。

 ノックをしようとすると、扉越しからルカの声が聞こえてきた。

 電話をしているのだろうか? 随分と緊迫した声色で電話しているようである。

 

「……どうして、答えてくれないの? あなたたちは知っているんでしょ? ……【常闇の女王】のことを!」

「……っ!?」

 

 名を聞いただけで潜在的な恐怖を否応にも引きずり出されるような、おぞましい響き。

 その名を出す必要がある会話……ルカ、まさか『機関』と電話しているのか?

 

「誤魔化さないで。あなたたちがずっと追っている『怪異の長』ってソイツのことなんでしょ? ……どうして私に隠すの!? いい加減に教えて! お母さんは……あの夜にソイツと戦ったんでしょ!?」

 

 ルカのお母さんが、戦った?

 【常闇の女王】と呼ばれる存在と?

 

「何を……何を隠しているの!? 私は無関係じゃない! だって! だって……【常闇の女王】がお母さんを殺したんでしょ!?」

「っ!?」

 

 殺した?

 ルカのお母さんの突然の死……あれは、まさか……【常闇の女王】が関係しているというのか!?

 

「いったい、あの夜に何が起きたの!? お母さんはいったい何と戦ったの!? 【常闇の女王】っていったい何なの!? あのお母さんが、怪異にやられるだなんて……そんなマズい存在がいるとわかっているのに! あなたたちは、何をしているの!? なぜ私をこの件から遠ざけようとするの!? 何か隠しているんでしょ!? 教えなさい!」

「ルカ!」

 

 興奮気味に叫ぶルカを放っておけず、思わず入室する。

 ベッドの上で、寝間着姿のルカがうなだれていた。

 電話の通話は切れているようだった。

 

「……ルカ」

「……ダイキ?」

 

 ようやく俺の存在に気づいたらしい。

 ルカは蒼白にった顔で俺を見上げる。

 顔色の悪さは、決して体調だけが原因ではないだろう。

 

「何が、あったんだ?」

「ダイキ……私……私っ!」

 

 涙を流しながら、ルカは俺に抱きついてきた。

 

「わからない……わからないよダイキ。私は、何をすればいいの? お母さんの仇を、取りたいのに……。肝心な仇のことが、何もわからない。どうして? どうしてアイツらは何も教えてくれないの?」

「ルカ……」

 

 華奢な体を、強く抱き返す。

 胸の中でしゃくりあげながら、ルカは言葉を連ねる。

 

「お母さんも、あの夜、何も教えてくれなかった。ただ『私が全部、終わらせてくるから』って、それだけ言って……ダイキ? お母さんは、いったい何をしようとしてたのかな?」

 

 わからない。

 ただ、覚えている。

 ルカのお母さんが亡くなる前の、あの夜のことを。

 

『……もしものときは、ダイキくん。ルカのこと、お願いね?』

 

 そう俺に言ったことを覚えている。

 わからない。ルカのお母さんは、いったいあの夜、どこへ向かい、何をしていたのか。

 俺が持つ、三巻までの原作知識には、そのことについて描かれてはいなかった。

 ……霊力を持たない小僧に何ができたとは思わない。

 でも、もしも俺に『銀色の月のルカ』全巻の知識があれば、何かが変わったのだろうか?

 

「戻ってきたのは、お母さんの霊装である紅糸繰だけだった。お母さんの最期の言葉も、言霊として紅糸繰に込められてた。──『紅糸繰があなたを導く。未来を切り拓く可能性は、ここにすべて込められている』……ダイキ、私はお母さんに何か託されたはずなの。なのに、何をすべきなのか、ちっともわからない」

「ルカ……ごめん。ごめんよ」

「どうしてダイキが謝るの? ダイキは何も悪くない」

「違う。違うんだ、ルカ……俺はっ」

 

 今日ほど、ビビリな自分を憎んだことはない。

 俺が怖がらず、ちゃんと『銀色の月のルカ』を読んでいれば、ルカを苦しみから救えるかもしれなかったのに。

 俺にいまできることは、こうしてルカを抱きしめてやることだけだ。

 なんて、情けない……。

 でも……だからこそ俺たちはこれから……。

 

「……俺たちで、見つけよう。【常闇の女王】が何なのか。ルカのお母さんが何を託したのか。俺たちで、突き止めていこう」

「ダイキ……うん」

 

 歩みだけは、止めてはならない。

 止めてしまったら、きっと俺たちは……この世界で未来を掴めない。

 それだけは、ハッキリとわかる。

 

 『銀色の月のルカ』。

 俺はずっと、この作品はオムニバス形式で進む作品だと思い込んでいた。

 でも……はたしてそれだけで三十一巻もシリーズを続けられるだろうか?

 相手は、はたして怪異だけなのか?

 

 ……居るんじゃないのか?

 倒すべき、巨悪が。

 戦うべき、敵勢力が。

 

 このまま、怪異を退治し、人々を救う。それだけでいいのか?

 俺たちは……俺は、もっとこの世界で、はたすべき役割があるんじゃないだろうか?

 

 ……どれだけ考えたところで、答えは見つからない。

 だからいまは。

 もっとも大切な少女の傍にいてあげよう。

 

「ダイキ……お願い。今日はずっと一緒にいて? 離れちゃいや。私を一人にしないで……」

「ああ、いるよ。俺は、ずっとルカの傍にいるよ……」

 

 再び、深く抱き合う。

 お互いの温もりを感じながら、夜が過ぎていった。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 それは、いまも彷徨(さまよ)っている。

 見初めた少年の魂の在処を求めて。

 

 ドコ? ネエ……ドコニ イルノ? コタエテヨォ

 

 どこまでもどこまでも続く暗黒の空間。

 ここには『無』しか存在しない。

 ゆえにソレの呼びかけに応える声など、ある筈がない。

 

 ……その筈だったが。

 

 

 

 

 ──オイデ?

 

 ソレを、呼ぶ声があった。

 

 

 豁灘万螫峨@縺?d縺」縺溘≠繧翫′縺ィ縺!!!!?

 

 ソレは奇声を上げる。

 歓喜の奇声を。

 ……感じた。

 いま、はっきりと感じたのだ。

 声の先に……『彼』の気配があることを!

 

 ──オイデ? アナタモ、コッチニオイデ?

 

 闇の向こう側から、声が囁く。

 とても優しい声色で。不気味なほどまでに甘ったるい声で。

 

 ──アナタモ、オ友達ニ、ナリマショウ? オイデ? オイデ? ……ワタシガ……アナタヲ愛シテアゲル。

 

 声の主が何者かはわからない。

 だが、そんなことはどうでもいい。

 やっと、やっとわかったのだから。

 『彼』が、いま、何処に居るのか?

 

 ……アハ アハハハハハハハ キャハハハハハハハハ!!!

 

 ソレは駆け出す。

 四つん這いになって、異様に長い足を伸ばして、目にも留まらぬ速さで暗黒の空間を走り出す。

 

 もうすぐ。

 もうすぐ会える。

 さあ、呼びかけろ。

 自分を呼び続けろ、声の主。

 お前のことなど、どうでもいい。

 だが、自分を呼んでくれたことには、感謝しよう。

 

 ようやく、ようやく『彼』に会えるのだから!

 

 ■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル■シテル!!!■シテルワアアアアア!!!

 

 ──フフ……ナンテ、カワイラシイ……早ク、オイデ? 待ッテルヨ? アナタト、楽シク、遊ベル日ヲ……クスクス。

 

 闇が嗤う。

 新たな同胞が来る、その瞬間を待ちわびて。

 

 ──ア、ソウダ。自己紹介、シナキャ。アノネ? ワタシノ名前ハネ……。

 

 闇が名乗る。

 本当の名は忘れてしまった。

 でも、どうもでいい。

 なぜなら、愛する『家族』たちが呼んでくれる、大切な名前があるのだから。

 ……()()()()()()に、()()()()()()()()()()()()()()()()()、あの銀色の髪の女性も畏怖を込めて呼んでくれた、大切な大切な名前。

 そう、その名は……。

 

 ──【常闇の女王】。ソレガ、ワタシノ名前。ヨロシクネ? 新シイ、オ友達。

 

 

 

グラビアアイドル大谷清香の未練・了

 







 ここまでお読み頂きありがとうございます。
 まさかゲストヒロインである大谷清香がここまで人気になるとは予想外でしたので、彼女のレギュラー化を望む多くの声に途中から応えたいという思いもありましたが……。
 やはりここはダイキたちの成長のためにも当初の予定どおりの展開とさせていただきました。申し訳ございません。
 ここまで大谷清香を好きになってくれたことに感謝いたします!

 さて、早い段階でラスボスっぽい存在を匂わせたり、「例のアレ」がもう居場所に気づいちゃったりしましたが……当面はまだまだその辺の怪異の物語になっていくと思われますので、どうか長い目で見守っていただければと思います。
 お次の章からはそろそろ存在感が無くなりかけているツンデレ巫女、藍神キリカをメインにした話にしていくご予定です。
 どうぞお楽しみに!

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