【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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忍び寄る脅威、『肉啜り』の恐怖
迫る影(挿絵あり)


 

 深夜の道を、一人の女性が歩いている。

 随分と遅くなってしまった。

 早めに切り上げるつもりだったが、久しぶりの女子会だったため、ついついはしゃいでしまい、予定よりも長居してしまった。

 

(早く帰って寝なくちゃ)

 

 もう日付も変わろうとしている。

 女性は欠伸を噛み殺しながら、なるべく早足で帰宅を急いだ。

 しかし、その足取りはどこか覚束ない。

 やはり、少し飲みすぎたかもしれない。

 

(ここ最近、みんな忙しくてなかなか一緒に飲めなかったからなぁ)

 

 自分も友人たちも、この頃は何かと予定が多く、なかなか顔を合わせられなかった。

 そのぶん、今日はあまりにも楽しく、普段よりも飲んでしまった。

 

(明日、二日酔いにならないといいな~)

 

 帰ったら多めに水を飲んでおこう。

 明日から、また忙しくなるのだから、体調管理はしっかりしないといけない。

 

 カツン、カツン……。

 

 深夜の道路に、女性が履いたパンプスの音だけが響く。

 

「……」

 

 自分が鳴らしている音ではあるが、寝静まった夜の道にパンプスの足音が響くのは何だか不気味だ、と女性は思った。

 深夜の帰り道は静かだ。静かすぎる。

 人通りも少なく、車のエンジン音も聞こえてこない。

 耳を澄ませれば、切れかけの街灯のジジジ……と普段なら聞き取れないような音が拾えてしまう。

 静寂に満ちた深夜の道に、自分の足音は妙に存在感を放っていた。

 

 カツン、カツン……。

 

 足音が鳴るたび「此処にはお前しか居ないんだぞ?」と突きつけられるようで、何だか不安になってくる。

 まるで自分だけ、この空間に取り残されたかのような心細さ。

 

(なんか、やだなぁ……)

 

 女性は子どもの頃から暗い帰り道が苦手だった。

 さすがに成人した現在では昔ほど怯えたりはしないが……今夜はどうしてか、少女時代に戻ったかのように、怖さが付きまとう。

 

 カツン、カツン……。

 

 女性はより歩調を速める。

 早く帰りたかった。

 どうあれ、女性一人で深夜の道を歩いているのは、あまり宜しくない状況だ。

 不審者に出くわすかもしれない。

 一応、護身用のグッズは鞄に入れてあるが、咄嗟に出せる自信はない。

 だから早く、帰ろう。

 帰って、シャワーを浴びて、水を飲んで、さっさと寝てしまおう。

 

 カツン、カツン……。

 

 ……コツン。コツン。

 

「……」

 

 女性は思わず足を止めた。

 気のせいだろうか?

 いま、急に自分以外の足音が背後から響いたような……。

 

「……」

 

 女性は再び歩き始める。

 

 カツン、カツン……。

 

 深夜の道に響くのは、自分のパンプスの音だけ。

 やはり聞き間違いか。

 どうもひどく酔いが回っているらしい。

 念のため、ビタミン剤も飲んで寝たほうがいいかもしれない。

 

 カツン、カツン……。

 

 ……コツン、コツン。

 

「……っ!」

 

 女性はまた足を止める。

 

 はっきり、聞こえた。

 自分以外の足音が、後ろから……。

 

 べつに驚くことではない。

 自分以外の歩行者がいて、何の問題があろうか?

 ただ……その足音の持ち主は。

 

 カツン、カツン……。

 ……コツン。コツン。

 

 自分と歩調を合わせて、歩いている。

 こっちが止まれば、向こうも止まり、歩き出せば向こうも歩き出す。

 

 付いてきている。

 誰かが、何者かが、自分の背後を。

 

「……うぅ」

 

 女性の皮膚が粟立つ。

 震えそうになる肩を悟られまいと、身を縮めて歩く。

 

 カツン、カツン、カツン。

 コツン、コツン、コツン。

 

 足音が重なる。

 一寸のズレもなく、まるで合わせ鏡のように、こちらの動きに合わせてくる。

 

「……ふぅ、ふぅっ」

 

 女性の呼吸が荒くなってくる。

 酔いがいやでも覚めていく。

 

 背中に貼りつくような目線を感じる。

 見ている。

 何かが、自分をジッと見ている。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 振り返る勇気はなかった。

 振り向いてはいけない、と自分に言い聞かせた。

 本能的に、それだけはダメだと思った。

 

「はぁ、はぁっ」

 

 女性はとうとう走り出した。

 靴擦れを起こそうが、もう知ったことではない。

 一刻も早く、この状況から抜け出したかった。

 

 カツン! カツン! カツン!

 

 短い間隔で、パンプスの足音が反響する。

 

 コツン! コツン! コツン!

 

 やはり背後の足音も、こちらに合わせてくる。

 

(なんなの……なんなのよ!?)

 

 女性は思わず泣き叫びそうになった。

 もう立ち止まる気にはなれなかった。

 絶対に止まってはいけない。

 逃げなければ。

 とにかく、背後に居る何かから、逃げなくては!

 

 コツン! コツン! コツン……ぴしゃ、ぴしゃ、ぴしゃ。

 

「っ!?」

 

 足音が、変わる。

 靴音ではなく……湿った音が、迫ってくる。

 まるで、濁った水から這い上がってきた何かが、ズブ濡れのまま歩くような。

 

 ぴしゃ、ぴしゃ、ぴしゃ……ずずずずず。

 

「ひっ……ひぅ……」

 

 女性はとうとう泣き出した。

 不審者なら、まだ護身用のグッズで撃退してやろうと思えた。

 ……だが違う。

 いま自分の後ろに居るのは……ヒトじゃない。

 ヒトなわけがない。

 あんな、足音を鳴らすモノが。

 

 ……ぐちゅ、ぐちゅ、ご、ごぱぁぁあぁ……。

 

 こんな、おぞましい音を上げるモノが、ヒトであるものか!

 

「はっ、はっ、はっ!」

 

 無我夢中で走っていると、自分が住むアパートの部屋に着いていた。

 急いで扉を閉め、鍵をかける。

 

「ふぅ、ふぅ、ふぅ……」

 

 やっと安全圏に辿り着いたことで、一気に力が抜ける。

 ストンと腰を降ろし、息を整える。

 全身が汗で濡れている。

 できれば、シャワーを浴びたいが、もうそんな気分にはなれない。

 無防備な姿になりたくない。

 

 とにかく、明かりだ。

 明かりを点けたい。

 暗闇の中に手を伸ばし、女性は電気のスイッチを押した。

 

「……え?」

 

 点かない。

 何度スイッチを入れても、明かりが点かない。

 

「う、うぅ……」

 

 女性は涙声になって部屋に上がる。

 寝床の毛布を頭から被る。

 着替えるのも、もはや億劫だ。

 とにかく、早く夜が明けて欲しい。

 眠るんだ。

 そうすれば、この恐怖から解放される。

 震える体を毛布で覆い、女性はぎゅっと目を閉じた。

 

 来客を知らせるチャイムが鳴る。

 

「ひっ!?」

 

 もう日付は変わっている。

 こんな真夜中に、誰かが尋ねに来るはずがない。

 

 ……来た。アイツが追ってきた。

 

「やめて……やめてよ……」

 

 チャイムが何度も押される。

 女性は無視して毛布の中で耳を手で塞いだ。

 

(消えて……お願いだから、どこかへ行って!)

 

 神に祈るように、女性は懇願した。

 

 ……どれくらい時間が経っただろう。

 女性にとっては、無限にも思えるほど恐ろしい時間。

 思いきって、耳を塞いでいた手をどける。

 

「……」

 

 チャイムは鳴り止んでいた。

 暗い部屋には、時計の秒針の音しか聞こえない。

 女性は「はぁ~」と深く息を吐いた。

 

 ……ぴしゃ。ぴしゃ。ぴしゃ。

 

「っ!?」

 

 安心したのも束の間、あの不気味な足音が響く。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

「あっ……あぁっ……」

 

 背中に貼りつく視線。

 自分以外の気配。

 ゆっくりと、ゆっくりと、迫ってくる湿った音。

 

 ダメだ。

 振り向くな。

 そう言い聞かせているのに、女性の首はゆっくりと、後ろに向かって動いていき……。

 

「……っ!?」

 

 悲鳴を上げる間もなく、女性の体は、何か、大きな影によって覆い隠された。

 

 

 

   * * *

 

 

 

『都市伝説。街の怖い話、動物編』

 

 どうも~。ホラー配信動画『不気味ちゃんねる』のお時間で~す。

 今日も街で噂になっているこわ~い話を紹介していくよ~。

 これは、ひと昔前にあった話なんですがね~……。

 皆さん、動物の皮だけの死骸って見たことあります~?

 いやいや、剥ぎ取ったものじゃなくてね、肉と骨とかそういう中身がきれ~いにゴッソリ無くなった皮だけの死骸……それが、随分と昔に大量に街中で発見されたって言うんですよ。

 基本的にカラスとか野良猫とか、あとは都会に紛れ込んだ狸とかアライグマとかなんですけど……ひどいときは飼い犬の死骸も見つかったそうですよ~? 可哀相だね~。

 

 まあ、ビジュアル的にもおっかないんですけど、この話の怖いところはですね~……どうやって肉と骨だけを抜き取ったのか、まったくわからないんですよ~。

 皮には肉を取り出したらしき切り傷も何も無かったんですって。

 だからね、一部ではこういう噂が流れてたんですよ~……。

 

 肉は取り出したんじゃなくて……肉をそのまま、啜ったんじゃないかって……。

 ほら、こうスムージーをストローで飲むように、ずずずずず……っとね。

 

 信じられません?

 いや、でもね、本当にいっとき動物たちの奇妙な死骸が出まくったってのは事実らしいですよ?

 

 ……そしてね。

 なんと、この動物の奇妙な死骸が、現代でまた発見されたんですよ。

 嘘じゃないですよ?

 だって、私……撮影してきましたからね。

 いえいえ、加工写真じゃありませんって、本物も本物です。

 

 見る勇気ありますか?

 心臓の弱い人はここでやめておいたほうがいいですよ? マジでヤバいですから。

 いや、私も長年この動画配信してますが、こんな不気味なもの見たの初めてですよ~。

 噂だとこの動物の死骸を見た人間が次のターゲットになる……とかいう話があるんですけどね~。

 ……あっ、ビビっちゃいました?

 ははは、では噂なんて信じない心がタフな人だけにこの写真を公開しちゃいましょうかね~。

 二分待ちますね~。引き返すなら今のうちですよ~?

 

 ……いいっすか~?

 じゃあ、そこの勇気のある御方、あるいは怖い物知らずな御方!

 ご覧ください!

 これが肉無し死体です!

 本当、見事に皮だけになった動物の死骸が……。

 

《この動画は、動物愛護団体からの申し立てにより、削除されました》

 

 

 

   * * *

 

 

 

《とあるチャットでの会話》

 

 

 AKI:

 最近さぁ、やっと眠れるようになったんだよ~。ほら、前に言ってた深夜でも吠えまくる近所のバカ犬が居なくなってさ。

 

 SHINO:

 ああ~、言ってたね~。良かったじゃん。寿命で亡くなったのかな?

 

 AKI:

 いや、なんか……朝になったら、皮だけの死体になってんだって。

 

 SHINO:

 皮だけ? 何ソレ?

 

 AKI:

 そのままの意味だよ。何かね、肉とか骨とか、中身がゴッソリ綺麗に無くなってて、皮だけが残ってたの。

 

 SHINO:

 うっそだ~。

 

 AKI:

 マジだって。だって私、生で見たもん。写真はさすがに不謹慎だと思って撮らなかったけど……でもやっぱりこっそり撮影しとけば良かったかな? めっちゃバズったかも。

 

 SHINO:

 やめときなって~。やだな~、そういうのが趣味な変質者の仕業?

 

 AKI:

 知らな~い。まあ飼い主は気の毒だと思うけどさ~……やっぱり毎晩あんなに騒がれるのマジで近所迷惑だったし、ぶっちゃけ助かっちゃった。

 

 SHINO:

 だよね~。ペット飼うなら、そういうところもちゃんと躾けてほしいよね~?

 

 AKI:

 マジそれな~。

 

 AKI:

 あ、ごめん。お客さん来ちゃった。たぶんお隣さんかな?

 

 SHINO:

 ああ、最近引っ越してきて、よくお裾分けしてくれるお隣さん?

 

 AKI:

 そそ。いやーこのお裾分けがマジでうまくてさ~。食費も浮くし、めっちゃ助かってるんだ~。まあ、おかげで三キロも太っちゃったけど~。

 

 SHINO:

 へ~、いまどきそんな親切な人いるんだ~。もしかしてあんたのこと肥えさせて食べるのが目的だったりして~。

 

 AKI:

 なにソレ~うける~。

 じゃあ待たしちゃ悪いから一旦抜けるわ。

 

 SHINO:

 りょ。

 

 

 

 

 

 SHINO:

 お~い? 起きてるか~?

 お隣さんのお裾分けに夢中か~?

 

 SHINO:

 ねえ、明日の待ち合わせ場所どうする?

 

 SHINO:

 寝落ちか~?

 

 SHINO:

 とりあえず私も抜けるよ~?

 ログ確認しといてね~?

 あんまり食べすぎんなよ~?

 

 

 

   * * *

 

 

 

【緊急配備発令】

 

 D警報、レベル6進行中。

 T6891【AGT草薙】によって討伐済みの【K286】と極めて類似した事象を確認。

 同個体かは不明。現在調査中。

 被害拡大。

 迅速に対応せよ。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 ソレは、街中で吟味をしている。

 次は、どうしようか?

 行き交う人々をよく見渡せる喫茶店のテラス席に腰かけ、ソレはずっと笑顔で人々を見ている。

 好きでもないお茶やケーキを食べるフリをして、()()()()()を値踏みしている。

 

 あの太り気味の子は……ボリュームがあって良さそうだ。

 でもつい最近、似たようなのを味わったばかりだ。

 少し趣向を変えよう。

 

 肌が綺麗なあの子は……ダメだ。整形をしすぎていて、素材の味は失われているだろう。

 

 あちらの幼い子どもは……ああ、なんて芳醇な香り。きっととても柔らかく、たっぷりと甘みが出ることだろう。……でも、さすがに小さすぎて物足りない。

 

 やはり、大物がいい。

 できることなら、まだ口にしていない珍味を……。

 

「おい、キリカ! 待てって! もう皆気にしてないって言ってるだろ!?」

「うっさい! ついてこないで! どうせアタシはオカ研のお荷物なのよ! 役立たずは潔く去るわよ!」

「だ~か~ら~、この間の件は誰も気にしてないっての! 俺もスズナちゃんもこの通り無事だったんだからさ! なっ? 意地張らず戻ろうぜ?」

「……なによ、何であんたたちそんなに優しいのよ? グスッ……気にしすぎなアタシが、バカみたいじゃないの……」

「実際お前は気にしすぎなんだよ。ほら、一緒にスイーツでも買って部室に戻ろうぜ? それで今回のことはチャラだ」

「黒野……」

「だいたい注意役のキリカがいないとさ、オカ研は一気に無秩序な場所になっちまうんだからさ。そこんとこ頼むぜ、委員長」

「……ふんっ! しょうがないわね! 戻ってあげるわよ! その代わり、アタシがいる以上、校則違反は許さないんだからね!」

「おうおう。らしくなってきたな。それでこそキリカだ」

「か、勘違いするんじゃないわよ! アタシはあくまで委員長として問題児のあんたたちを監視するためにオカ研に戻るんだからね! 特に黒野大輝! ハレンチなことばかりするあんたは学園の秩序を乱す要注意人物なんだからね! アタシの目が黒い内は女子生徒や女教師相手にふしだらな真似をすることは許さないわ!」

「ちょっ!? 街中でそんなこと言うな! 変な目で見られるだろうが! いや、違うんですよお姉さん? そんなに警戒なさらずに……」

 

 高校生らしき男女二人が何やら言い合いをしている。

 もっとも不仲という感じはしない。むしろお互い気を許しているからこそ、容赦のない言い合いをしているようだ。

 

「……」

 

 その二人組の内の一人から、目を離せなかった。

 ジッと、その全身を舐め回すように見る。

 

 ゴクリ、と喉が鳴った。

 思わず舌舐めずりをする。

 

 何だ?

 何だアレは?

 

 初めてだ。

 あんな、あんな珍しいものを見るのは。

 

 ああ、気になる。

 気になってしょうがない。

 いったい、いったいアレからは、どんな味が……。

 

 ソレの口元が、三日月型に歪む。

 

 ……見ツケタ。

 次は、あの子だ。

 絶対に、逃がさない。

 必ず、必ずモノにしてやる。

 じっくり、じっくりと熟成させよう。

 自分の舌が最も喜ぶ、極上の味になる、その瞬間まで……。

 

 支払いを済ませ、店を出る。

 とりあえず、いまはこの衝動を抑えるために、程良い獲物を探しに行こう。

 楽しみは最後に取っておく。いつものやり方だ。

 

 コツン。コツン。コツン。

 

 足音を立てて、ソレは街中に消えていく。

 その内に、おぞましい衝動を滾らせながら。

 

 







活動報告にも掲載させていただいております。
Hoffnung様よりかっこよすぎるダイキくんを描いていただきました。


【挿絵表示】


【挿絵表示】


ルカちゃんホイホイ。
あまりのイケメンにこちらも思わずドキドキ。


こちらは薄塩もなか様より、ルカとレンとスズナちゃんのドットgifです。
揺れます、いろいろと。
https://twitter.com/momaca_ususio/status/1578996663183872000?t=mFnWQf-65fEcZ8Oo88qm0A&s=19



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