【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

24 / 75
堅物委員長、キリカ

 

 うちのクラスに教育実習生がやってきた。

 すごい美人が来たぞ、と今朝から話題が持ちきりだったので、男子たちはずっと落ち着かない様子でいた。

 実際、教室に現れた実習生はとんでもない美人だったので、彼らはますます色めき立った。

 

「み、水坂(みずさか)牧乃(まきの)です。本日からしばらく世界史の授業を担当させていただきます。つ、拙いところもあると思いますがよろしくお願いしますぅ……」

 

 初めての実習でやはり緊張しているのか、ぷるぷると小刻みに震えながら自己紹介をする。

 年上であるはずだが、なんだか庇護欲をくすぐる小動物じみた雰囲気を持つ女性だった。

 それがより男子たちの琴線に触れたのか、彼女の自己紹介が済むと「うお~!」と野太い歓声が教室中に響き渡った。

 

「ぴえっ!? あ、あのぉ、男子の皆さん? 他の教室の迷惑になりますから大声は出さないように~。あ、あうぅ……」

 

 興奮して騒ぐ男子たちの勢いに気圧されつつも、水坂先生は控えめに注意をするが、そんな態度すらも男心をくすぐる材料にしかならなかった。

 

 まあ、男子たちがはしゃぐのも無理はない。

 ただでさえ女性の教育実習生というのは男子にとって憧れの存在だというのに、それに加えて水坂先生は本当に美人なのである。

 アッシュブラウンのセミロングヘアーは丁寧に整えられ、大きな瞳は猫のように愛らしい。

 顔つきは「綺麗系」というよりは「カワイイ系」で、どこかあどけなさを残している。

 本人も自分が子どもっぽいことを自覚しているのか、化粧は薄めで、無理に背伸びした装いは避けているように見えた。

 背丈も小さいので、学生服を着れば、まだまだ充分に高校生として通じそうである。

 

 ……しかし、そのスタイルはあどけない雰囲気からは想像もつかないほどの凶悪な発育ぶりであった。

 ぶっちゃけ男子たちの熱気はその一点に集中していると言っても過言ではない。

 

 いや、しかし……デカイな。

 スーツを押し上げるほどに実った豊満な膨らみ。

 清香さんほどではないが、間違いなくルカやアイシャを越える特大サイズ……。

 まったく、本当にこのホラー漫画の世界は胸の大きい女性が多いな。

 いったい、あとどれだけ生粋のオッパイ星人である俺を惑わす気なのか。

 なんとも眼福である。

 

「……じ~っ」

「っ!?」

 

 俺が水坂先生の胸元に見惚れていると、幼馴染が座る席から突き刺すような視線。

 ルカは「ぷくー」と頬を膨らませ、節操無く大きな胸に惹かれる俺を責めるように見ていた。

 というか、ルカだけでなく教室中の女子たちが浮かれる男子たちを呆れ気味に見ている。

 しかし青い衝動に支配された男子たちは、そんな軽蔑の目線に気づくこともなく、水坂先生に対してアプローチをかけていく。

 

「先生! 彼氏はいるんですか!?」

「年下はアリですか!?」

「好みのタイプは!?」

「ご趣味は!?」

「休日はどう過ごされてますか!?」

「はぁ、はぁ……ス、スリーサイズは……」

 

 露骨なものまで含まれる質問の嵐で、水坂先生はますます「あうあう」とたじろぐ。

 

「そのぉ、質問は一人ずつ……あ、いえ、授業に関係のないコトは聞かないでいただけると……う、うぅ、静かにしてくださぁい」

 

 もともと押しに弱い大人しい性格ということもあるのだろう。ただでさえ初めての実習でソワソワしているというのに、男子生徒たちの遠慮のない勢いに水坂先生は完全に萎縮してしまっていた。

 さすがに気の毒になってきたな……。俺が注意しても効果は薄いかもしれないが、一応ひと声かけて男子たちを落ち着かせるか。

 

 しかし俺よりも先に席から立ち上がる女子生徒がいた。

 クラス委員である、藍神(あいがみ)キリカだ。

 

「男子たち、いい加減にしなさい!」

 

 刃物のように鋭く気迫が込もった、凜とした声が響く。

 彼女がひと声を発しただけで、騒がしかった教室が嘘のように静まる。

 全員の目線がキリカに集まる。

 

 紺青色の長髪にポニーテールにした少女。

 背筋はピンと伸び、とても姿勢が良い。

 培ってきた礼節と、育ちの良さが滲み出る佇まいに、こちらも思わず姿勢を正してしまう。

 彼女の青色のツリ目に睨まれると、男子たちは蛇に睨まれたカエルのように居心地が悪そうな顔をした。

 

「お騒がせしました水坂先生。どうぞ授業を始めてください」

「あ、はい。あ、ありがとうございます。え、えっと出席番号一番のぉ……あ、藍神さん」

「はい。一応、このクラスの委員長を勤めていますので、何か不祥事があった場合はアタシが注意をします」

「そ、そうなんですねぇ。頼もしいです~」

「ですが、先生にも、ひと言だけ……。教育実習生とはいえ、教壇に立つ以上、あなたは教師です。ご自分一人で騒ぐ男子生徒たちを注意してもらわないと困ります。仮にも教職を志すのであれば、もう少し毅然とした態度でいるべきかと」

「はうっ!? お、おっしゃる通りです……が、がんばりま~す……」

 

 うわぁ……相変わらずキリカは手厳しいな。

 水坂先生ってば涙目になってるじゃないか。

 まあ自分にも他人にも厳しいのが、藍神キリカというキャラクターの特徴ではあるのだが……。

 

 ホラー漫画『銀色の月のルカ』において、藍神キリカは三番目にルカと親しくなる少女だ。

 そのキャラクター性はというと……典型的な『堅物委員長』である。

 風紀の乱れを許さず、校則違反は絶対に見逃さない。必要とあらば教師相手にすら注意を呼びかける、まさに生粋の優等生タイプ。

 そんなキリカは、何かと怪異事件のせいで学園をサボりがちなオカ研を問題児として認識し、注意を呼びかける。これが知り合うキッカケとなる。

 

『あなたたち! 怪しい部活動を理由に授業をサボって遊んでいるようね!? アタシの目が黒いうちは、そんな真似は許さないわよ!』

『遊び、ですって!? いいえ、違います! 我々オカ研は怪異という見えざる脅威によって苦しむ人々を救うべく日々命がけで活動しているのです! ここにいらっしゃるルカさんこそ、我々人類の希望! 恐ろしい怪異が現れたとあらば、たとえ火の中水の中! 人々を窮地から救ってくださるのです! きゃー! 素敵ですルカさん!』

『スズナ……恥ずかしいからやめて……』

 

 最初の頃は、こんな感じに入部したてのスズナちゃんと口論をしていた。

 このときのスズナちゃんは、心酔しているルカの行いを『遊び』と評されたせいで、穏やかな彼女にしては珍しくご立腹していたっけ。

 ……そして、後々の原作の展開を知ったいまとなっては、驚くべきことをキリカは口にするのである。

 

『怪異ですって? ……バカバカしい。そんなオカルト染みたこと、現実にあるはずがないでしょ』

 

 そう、由緒ある退魔巫女の家系、藍神家の娘でありながら、キリカは怪異の存在を否定するのである。

 まるで「そんな存在なんて最初からこの世にいないんだ」と自分に言い聞かせて遠ざけるように……。

 

 実際、キリカは遠ざけていたのだ。

 霊能力者の世界から背を向け、普通の一般人として生きるために。

 

 六姉妹の仲で『一番の落ちこぼれ』と揶揄されていたキリカ。

 その霊力は、少し霊感の強い一般人とほぼ同等なほどに微量なもので、怪異を退治できるほどの力も無かった。

 幼少時から優秀な姉たちや妹たちと比較されて育ったキリカ。

 どれだけ努力を重ねても、厳しい修行をしても、姉たちと妹たちは自分を置いてどんどん力を強めていく。

 やがて、姉のひとりに突きつけられた言葉で、彼女の自信は完全に砕け散る。

 

『お前じゃ誰も救えない。お前なんて藍神家にいらない。消えろ、無能』

 

 実家を出たキリカはその後、遠い親戚の家に預けられ、怪異とは無縁な生活を送る。

 キリカが優等生として規律に拘るのは、霊能力者としては落ちこぼれでも、せめて人間として立派になりたいという強い思いがあるからだ。

 特待生となり、学費免除を条件に親戚の家を出てマンションにひとり暮らしをしているのも、なるべく早く自分ひとりで生きていきたいという決意の表れだ。

 

 そんな生活の中で、進んで怪異に関わろうとする奇妙な集団が学園にいることを知る。

 キリカにとっては、内心穏やかでいられなかったはずだ。

 なぜ、わざわざ危ない橋を渡ろうとするのか。

 それも、頼りになる霊能力者はたった一人だけ。後はただの一般人。見過ごせるわけがない。

 キリカがオカ研の活動を止めようとしたのは、善意からでもあったのだ。

 

 そんな彼女が、なぜオカ研に入部し、怪異退治に協力するようになったか。

 ……まあ、ひと言では説明しきれない複雑な事情があるのだが、本人曰く『問題児のあんたたちを監視するためよ!』ということらしい。

 

 実際、オカ研は自由人の集まりである。

 キリカというストッパーがいないと、たちまちオカ研はカオスな空間となる。

 現にいまも……。

 

「ふ~ん、新しく来た教育実習生が凄い美人なのは聞いてたけど……へぇ~、そんなにおっぱいが大きかったんだ~? エッチなダイくんはそれをずっと目で追っていたと~?」

 

 レンが小悪魔的な笑みを浮かべて、ジト目で俺を見てくる。

 

「い、いや、べつに目で追っては……」

「嘘。先生の胸が黒板に当たっちゃって、慌ててスーツに付いたチョークをはたいているとき、すごい凝視してた」

 

 隣でルカが不満を滲ませながら指摘してくる。

 あ、はい。すみません。事実です。

 だってさ……先生が胸元を手ではたくたび、すごい弾んでたんだもん。ばるんばるんって。男ならどうしても見てしまうってアレは……。

 

「ぷくー。ダイキのエッチ。私だって、おっきいのに……」

 

 妙な対抗心を燃やしたらしきルカは、両腕を後ろに引っ込めて胸元をグイッと前に突き出す。

 青色のベスト越しでも激しく存在を主張する豊かな膨らみがバルンと弾む。

 ……でかい。相変わらずデカイ。

 というか、気のせいか? また大きく成長してませんか、ルカさん?

 

「……くすっ。ダイキは本当にエッチ。もう、しょうがないな~」

 

 俺の目線が胸元に集中したことで機嫌を良くしたのか、妖艶的な笑みを浮かべて、ルカは身を揺らす。

 わざとらしい身動きによって、たわわな双丘がさらに弾む。ぽよんぽよん、と。

 くっ! こ、これは目に毒だ! 視線を逸らさねば!

 

 しかし、逸らした先にあったのは、レンの大胆に開いた胸の谷間であった。

 でかああああああい!

 

「やだな~男の子って~。おっきなオッパイがあるとすぐジロジロと見てくるんだから~」

 

 非難がましく言いつつ何でお前までわざとらしく胸を揺らすんだレン!?

 くっ! 色白の胸の谷間が見える分、刺激がより一層強い!

 ここは安全圏に退避だ!

 

「スズナちゃん助けてくれ!」

「はい、ダイキさん♪ 紅茶を淹れましたからこちらへどうぞ♪」

 

 二人の美少女にからかわれて困っている俺を、スズナちゃんは快く助けてくれる。

 ふぅ、やはりスズナちゃんの存在は癒しだぜ。

 

「……ところでダイキさん? その新しい先生はダイキさんにとって、そんなに好ましい容姿をされていたのですか?」

「え? どうしたの急にスズナちゃんまで……」

「いえいえ、深い意味はないのですが~……スズナ、とても気になります」

 

 なぜだろう。

 いつもどおり天使のように穏やかなスズナちゃんの笑顔から妙な圧を感じる。

 

「知りたいなぁ~。ダイキさんが目を奪われるほどの女性……いったいどんな御方なんですか~?」

 

 スズナちゃんは身を屈めて、ズイッと愛らしい顔を近づけてくる。

 その拍子でたぷん、と弾むスズナちゃんの大きな胸。

 

「教えてくださ~いダイキさ~ん。スズナ~、気になりま~す」

 

 そのまま歌を奏でるように体を左右に揺らすスズナちゃん。

 小柄な体に似つかわしくない豊満な膨らみが振り子のように揺れる。

 

 おわ~! ここも安全圏ではなかった!

 

「ねえ、ダイキ。ダイキは私のおっぱいが一番好きだよね~?」

「男の子的には~、年上の女の人より身近にいる若い女の子の胸のほうがグッとくるものだよね~? ねえ、ダイく~ん?」

「ダイキさーん♪ スズナのお胸はいかがですか~?」

 

 迫り来る特大の六房の乳!

 なんだこの状況は!?

 なぜ俺は美少女たちの乳揺れを見せつけられているのだ!?

 

「……爛れてる」

 

 謎の空間と化した部室で、冷静なひと声が発される。

 

「この部室は、爛れているうううう!」

 

 我らが委員長、藍神キリカが絶叫を上げながら、両手にスリッパを構えた。

 

「やめんか! この色ボケどもが!」

 

 パシン! と小気味よい音が三回、ルカたちの脳天から響き渡る。

 

「キリカ、痛い……」

「何すんのさ~キリちゃん」

「はっ!? これがお仕置きによる頭叩き! お父様とお母様にもされたことないのに! ありがとうございますキリカさん! 貴重な経験ができました!」

「黙らっしゃい! このおとぼけ集団が! 揃いも揃って嫁入り前の娘がなんてハレンチなことしてるの!」

 

 キリカの説教に三人は「だって~」と声を揃えて不平を口にする。

 

「ダイキがエッチなのが悪い」

「ダイくんがエッチなのが悪いと思うな~」

「はい、ダイキさんがエッチだからです」

「……確かに、元を辿ればコイツが原因ね」

「あれ~?」

 

 俺に飛び火してしまったぞ。

 

「黒野大輝! そこに座りなさい!」

「もう椅子に座ってるけど?」

「床に正座に決まってるでしょ!」

「ア、ハイ」

 

 矛先を一瞬にして俺に変えたキリカはガミガミといつものように説教を始める。

 

「黒野大輝! あんたもクラスの男子たちも、どうして真面目に実習に来ている先生をハレンチな目で見るの!?」

「いやーだってそれは……健全な男子ならば致し方なしと申しますか」

 

 正座をさせられながら、俺はいったい何を言わされているのだろう……。

 俺の発言にキリカはますます呆れ返った顔を浮かべる。

 

「まったく、本当に男って……こんな脂肪の塊の何がいいって言うのよ?」

 

 はあ、と深い溜め息を吐くキリカ。

 胸の大きい女性ばかりで溢れるこの『銀色の月のルカ』の世界において、キリカも例に漏れず、その胸部は豊満であった。

 公式バストサイズ、100cmのJカップ……。

 規則正しく身につけたブレザーの制服であっても、前に突き出るように育った巨大な膨らみを抑えつけることは叶わず、どころかピッチリと着込んでいるため、丸い輪郭がハッキリとわかってしまい、却って扇情的な格好となっている。

 鬼の委員長として男子たちから日々恐れられているキリカだが、その美貌と日々の鍛錬によって磨き抜かれたスタイル、そしてその凶悪に実った胸の影響で、やはり隠れたファンは多い。逆に彼女に叱れることが癖になっている男子もいるとかいないとか。

 

「胸が大きくて得したことなんてないわよ。剣振るとき邪魔だし、走ると擦れるわ、夏は蒸れるわ、あんたたちみたいにハレンチな男に見られるわ……本当に散々なんだから」

「キリちゃんの言うことわかるな~。本当にケアとか大変だもんね~」

「わかります~。下着とかもオーダーメイドでないと可愛らしいデザインがなかなか用意できないですし」

「私、お母さんもすごく大きかったから、早いうちにお母さんにいろいろ教えてもらってすごく助かった。『ルカは発育がいいから』って」

「なるほど~、だからルカそんなに大きいのにすごく綺麗な形なんだ~」

「ルカさんのお美しいお胸はお母様の教育の賜物だったのですね~♪」

「……」

 

 男としては非常に気まずい女子トークが始まってしまった。

 あの~? 皆さん? 一応ここに男子がいることをお忘れなきよう……。

 

「……最近、こういう会話してるとき特に感じるんだけど、やっぱり女子だらけの部活に男子が一人だけって状況……不健全だと思うのよ」

「え?」

 

 キリカが神妙な顔つきで何やら言い出す。

 

「そもそも、いつも不可抗力とは言ってるけど、高い頻度で着替えを覗かれたり、際どいところを触られたり……コイツといるとハレンチなことが起きてばっかりじゃないの!」

 

 いや、それはなんというか……世界の意思と申しましょうか。

 何が何でもラッキースケベ展開を起こそうとする、見えない力と申しましょうか。

 そう、言うなれば……。

 

「キリカ! それもまたある意味、強力な怪異の仕業なんだよ!」

「何でもかんでも怪異のせいにするんじゃないわよ! あんたが気をつけていればいいだけの話でしょうが!」

 

 うん、やっぱそう言われちゃうよね。

 

「ここ最近の部内の爛れ具合とかも、さすがに看過できなくなってきたわ。もしもオカ研が女子だけの部活だったら……こんな風紀の乱れは起きなかったはず」

 

 思わず、ドキリとする。

 キリカ、なかなか鋭いところに気づく。

 確かに原作世界でのオカ研は女子だけで構成された部活だ。

 俺というイレギュラーがいなければ、キリカが言うような『部内の爛れ』だって起きていない。

 オカ研のあるべき本来の形は少女たちの集い。

 それは重々承知しているが、しかしそれではな……。

 

「え~、でもダイくんがいなかったら、誰が私たちを怪異に操られた人たちから守ってくれるの?」

 

 キリカの発言を聞いたレンがフォローを入れてくれる。

 そ、そうだぞキリカ! 確かに俺は対怪異に関してはとことん無能だが、俺がいなければお前たちはモブ男たちによって毎度あーんなことやこーんなことをされてしまうのだぞ!?

 

「毎度そんなことが起きるわけないでしょうが」

 

 いや起きるんだよ! 世界観的に!

 

「それに対人ならアタシだって何とかできるわよ」

 

 ……このお嬢さん、自信満々にこんなこと言ってますけどね?

 原作ではあっさりとモブ男たちに捕まっていち早く快楽の虜になる激チョロ枠だったりする。

 

「……はっ!? もしや黒野大輝をオカ研から追放すれば、部内は秩序と風紀を取り戻すのでは!?」

 

 前世で大流行した『追放もの』かな?

 困ったな。キリカのやつ、また超真面目な性格を拗らせて滅茶苦茶なことを言い始めたぞ。

 こういうときのキリカはとても思い込みが激しく、とても面倒くさいのだ。

 

「断固はんた~い」

「おなじくで~す」

「もちろん認めませ~ん。部長の許可無く、そんなこと言っちゃダメでしょキリちゃん副部長」

 

 ルカたちは即座に反対してくれた。

 ほっ。多数決的に追放されずに済みそうだ。

 

「ダイキがいないオカ研なら私、すぐ退部する」

「確かにダイくんはエッチな困ったさんだけど、立派にオカ研に貢献してる一人です。貴重な人材を失うわけにはいきません」

「そうですそうです! むしろキリカさんは、ここ最近何かオカ研に貢献されましたか!? この間だって私たちが危ないとき、捻くれ屋さんになっていて肝心なときに不在だったではないですか!」

「ちょっ!? スズナちゃん!?」

 

 そんなことキリカに言ったら!

 

「……」

 

 シン、と真顔で静まりかえるキリカ。

 

「……うぐっ」

 

 その瞼にドバッと大きな水滴が浮かんだかと思うと……。

 

「うわああああああ! そうよアタシが一番役立たずよおおおおお! 仲間の危機に駆けつけられない能無しなのよおおおおお!」

 

 とつぜん幼児のように泣き出すキリカ。

 ああ、しまった……真面目な『委員会モード』が切れて『ネガティブモード』に入ってしまった。

 

「わわ、キリちゃん落ち着いて! こらスズちゃん! その話はもう蒸し返さないって約束だったでしょうが!」

「はっ! す、すみません! 私ったら怒りのあまり、つい本当のことを!」

 

 スズナちゃんに恐らく悪気はない。

 そのぶん、よりキリカの心を抉ったようで「ぐはあああ!?」と少女が出すべきではない奇声が上がる。

 

「うわあああ! どうせアタシはただ口うるさいだけで真面目なところしか取り柄がない落ちこぼれよおおおお! 六姉妹一番の落ちこぼれよぉお! しかも四女よ四女!? なんて不吉な数字かしら! アタシが存在するだけで不幸を呼び寄せるのよ! わあああん! やっぱり辞めてやるうううう! オカ研なんてもう辞めてやるううう! 真に追放されるべきアタシよおおおお! さっさと追放しなさいよおおおお!」

「キリちゃん! 壁にガンガン頭ぶつけるのおやめなさい!」

「ごめんなさいキリカさん! ほらぁ、今日はおいしいスコーンを持ってきましたから一緒に食べましょう~?」

 

 卑屈全開になって自傷を始めたキリカをレンとスズナちゃんが嗜める。

 いつものことだ。

 今度は回復するのにどれだけ時間かかるかな?

 

「キリカってほんと、めんどくさい性格してるよね。もひもひ」

 

 ルカはそう言いながら、我関せずとばかりにスコーンを食べる。

 

 表の世界では真面目な堅物委員長。

 そして裏の世界では劣等感にまみれた、卑屈で落ちこぼれの霊能力者。

 そんな極端な二面性を持つのが、藍神キリカという少女である。

 

 まあ、確かに癖のあるヤツだと思う……。

 原作ファンの間でも結構賛否両論あるキャラクターだったらしい。

 俺もキリカの登場回を読んだばかりの頃は「何だコイツ?」と思ったものだ。

 

 しかし、そんな俺にヤッちゃんは言った。

 

『キリカの魅力は、スルメみたいなものだよ。時間をかけていかないと、その良さに気づけないんだ。……まあ、どうか長い目で見守ってあげてよ。実はね、ボクの最推しはキリカなんだ』

 

 キャラクター評論に関して、とても辛口であるあのヤッちゃんが、そう断言したのが印象深い。

 

 ……まあ、確かにこうして直に関わったことで知れた一面は多々ある。

 いや、本当にちゃんと良いところもあるんだよ?

 めんどくさいだけで。

 それに……。

 

 キリカがいなければ、俺たちは今頃、死んでいた。

 誇張抜きで、そんな局面が、何度もあった。

 

 追放なんて、とんでもない。

 このオカ研に、キリカという存在は……絶対に必要なんだ。






▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。