【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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水坂先生、顧問候補になる?

 

 掃除当番でゴミを捨てに裏庭に行くと、茂みの辺りでしゃがみ込んでいるキリカを見つけた。

 キリカのやつ、何やってるんだあんなところで?

 また何か落ち込んでいるのだろうか?

 今日一日、教室でのキリカはいつも通りのように見えたが……この間の部室でのやり取りを実はまだ引きずっているのかもしれない。

 実際、俺を『オカ研から追放する~』なんて口走ってしまったことで、ここのところ何だか気まずそうにしてたしな。

 俺はもう然程、気にしていないのだが。キリカが真面目な性格を拗らせて変なことを言い出すなんてもはや日常茶飯事だし。

 

 とりあえず一応、ひと声かけておくべきか。そう思い近づくと「にゃあ」と茂みから鳴き声が上がる。

 猫だ。しゃがんだキリカの目線の先に、一匹の黒猫がいる。

 首輪をつけていないので野良猫だろうか? どうやら校舎に迷い混んでしまったようだ。

 

「……」

 

 キリカは黒猫を見たまま微動だにしない。

 キリカのやつ、まさか野良猫に対してまで「勝手に学園に入ってくるなんて校則違反よ!」って注意したりしないだろうな?

 いやいや、いくら堅物委員長のキリカでもそこまでは……。

 

「……ぐふっ。ぐふふふふふふふふふふ」

「……」

 

 ……空耳かな?

 キリカの口から、とても気色の悪い笑い声が聞こえたような気がしたのだが?

 

「にゅふふふ。ど、どうしたんでしゅか~猫ちゃ~ん? 勝手に校舎に入ってきちゃいけないんでしゅよ~? 迷子かにゃ~? おひとりなのにゃ~? お姉さんがよかったら遊んであげまちょうか~?」

「……」

 

 空耳ではない。

 あのキリカが普段ならば絶対に出さないような甘ったるい声色で、猫に向けて手をワキワキとさせている。

 

「え、えへへへへ~。かわいいでしゅね~。怖がらなくていいでしゅよ~? お腹すいてまちゅ~? キャットフード買ってきてあげまちょうか~? うへへへへ♪」

 

 誰だお前? とツッコミたくなるくらい不審者感が全開となったキリカ。

 あれは本当にキリカなのか? 何かタチの悪い怪異に取り憑かれたんじゃなかろうな?

 

「はぁ、はぁ、ちょ、ちょっと抱きしめてもいいかにゃ~? だ、大丈夫。優しく、優しくしてあげりゅから~。うへへへへへ♪ う、へ?」

「あ……」

 

 こちらの目線に気づいたのか。横を向いたキリカと目が合う。

 沈黙が続く。

 だらしなく緩んだキリカの顔に、ゆっくりと赤みが差し、凄い勢いで汗が流れる。

 瞬間、俺の本能が「逃げろ」と警告を発する。

 うん、そうだな。見なかったことにしよう。

 このまま回れ右をして即座にこの場を去る!

 

「キエエエエエエエエエエ!!」

 

 しかし回り込まれてしまった。

 奇声を発しながらキリカは身軽な早業で俺の襟首をあっさりと掴んだ。

 

「お前を殺してアタシも死ぬううううう!!」

「お、落ち着けキリカ。お、俺はべつに何とも思っちゃいねえって……」

「そんなこと言ってコレをネタにアタシを脅す気でしょ!? ハレンチなことを要求する気でしょ!? 男なんて皆そうよ! いやらしい! ほら、命令してごらんなさいよ! 『バラされたくなかったら何でも言うこと聞け~ぐへへ~』ってね! ああっ! いやらしい、いやらしい! 男子って本当に最低!」

「そ、そんなことするつもりねえって……」

「何よ!? アタシに女の魅力がないって言うの!?」

「めんどくせねえなお前は!?」

「ああっ! そうよ! どうせめんどくさい女よアタシは! そんなアタシが猫相手にあんな猫撫で声出すなんて滑稽でしょ!? そうよ! アタシ猫大好きよ! 休日は猫カフェに入り浸ってるのよ! しかも年間パスポート持ちよ! 文句ある!? おかしければ笑いなさいよ! 笑えばいいわよ! アハハハハハハハってバカみたいにね! アタシはバカだから笑うわ! アハハハハハハハハハ!!!」

「と、とりあえず自虐しながら襟首掴むのやめてくれ……い、息が……」

 

 真面目に酸素不足で危うい状況になってきたので解放を訴えるが、涙を流しながらバカ笑いするキリカに俺の声は届いていない。

 まずい。意識が遠のいてきた……。

 

「ひいいいい!? 裏庭で女子が男子の襟首を掴んでるぅ!? 教育実習始まったばかりなのにもうイジメの現場に遭遇!? それとも痴話喧嘩!? あるいはそういう特殊プレイ!?」

 

 あれは教育実習生である水坂牧乃先生……。

 俺たちの様子を見て目を丸くしている。

 そして何だか随分と飛躍した勘違いをしている。

 

「ひ、ひぃぃ。こ、怖いわ。普通ならあんなのに関わりたくないわ……で、でも牧乃、あなたは教師なのよ!? 教師を目指すならこれは向き合うべき試練なのよ! 牧乃、ふぁいっお~! や、やめなさ~い! そういうマニアックなプレイはちゃんと大人になってからで~!」

 

 その説教の仕方は教師としていかがなものだろうか。

 ともあれ、偶然通りかかった水坂先生のおかげで何とか一命を取り留めた。

 

 

 

    * * *

 

 

 

「そ、そういうことでしたか~。びっくりしました~。私てっきり藍神さんと黒野君がそういう特殊なことをして楽しむご関係とばかり~……」

「助けてもらったことには感謝しますが、その発想はどうなんですかね……」

 

 とりあえず、いろいろぶっ飛んだ思い込みでパニックになった水坂先生をオカ研の部室に招いて、コトの経緯を説明した。

 

「や~ん、猫ちゃんかわいい~。SNSにアップしちゃおう~っと」

「猫さん用のおやつ買ってきましたよ~。さあ、召し上がれ~♪」

「にゃ~。何して遊ぶ? ふにゃ~ふにゃ~?」

「はぁ……はぁ……ね、猫ぉ……猫さん、かわいい~……」

 

 お招きしたのは水坂先生だけでなく、裏庭で見つけた黒猫もだ。

 女子たちはすっかり猫に夢中である。

 そして相変わらずキリカだけ何だかヤバい目をしていた。

 

「それにしても、この学園はオカルト研究部があったんですね~。先生、ホラーとか大好きなんですよ~♪ 皆さん普段どんな活動されてるんですか~?」

「え? それはまあ……はは、ほとんど遊び目的のゆる~い名前だけの部活ですよ」

 

 まさか本物の怪異退治をしているなんて言えるわけないので適当に誤魔化す。

 まあ実際、怪異退治をしていないときはほとんど遊んでるようなものだし嘘は言っていない。

 

「だいたいはこうして皆で集まってお茶したりボードゲームしたり動画配信サイトで映画とか見てますね」

「へえ~、そういう放課後の過ごし方もいいですね~。先生、学生時代は帰宅部だったんで何だか憧れちゃいます~。うふふふ……はぁ~」

「うわっ! でっかい溜め息! どうしたんですか急に!?」

「いえ、何だか自分の灰色の高校時代を思い出したら落ち込んできてしまって……ああ、私もこんな風にゆる~い部活に入って友達と遊びたかったなぁ……友達一人もいなかったんですけどねぇ……はははは……大学ならできると思ったのになぁ……結局人間ってどこ行っても変わらないんですよね~……」

 

 急にブルーなテンションになって薄ら笑いを浮かべる水坂先生。

 な、なんだこの先生。キリカと同じでポジティブとネガティブのオンオフが激しいタイプか?

 

「先生、元気出して。ほら、猫さんかわいいよ?」

 

 珍しくルカが人に気を遣っている!?

 成長したんだねルカ! 俺、嬉しいぞ!

 

「あ、ありがとうございます白鐘さん。わぁ、本当にかわいい猫ちゃんですね~。よしよし、頭を撫でてあげま……」

「がぶっ」

「ふぎゃああああ! 手噛まれたあああああ!! う、うぅ、私ってどうしてか昔から動物に嫌われるタイプなんですよぉ。私は動物大好きなのに~。不幸です~……」

 

 ……何だろう、見ていていろいろ不憫になってくる人だな、水坂先生。

 

「ねえねえ。とりあえず、この猫ちゃんどうしようか? 学園で飼うわけにもいかないし」

 

 猫を撫でながらレンが言う。

 確かに、こうして拾ってきてしまった以上、俺たちが責任を持って猫の面倒を見なくてはいけない。

 

「誰か猫さん飼える人いる? うちはもうチワワ一匹飼ってるからダメなんだ。『ペットは一匹まで』ってお父さんとの約束で」

 

 レンが申し訳なさそうに言う。

 家庭でそういう決まり事があるのなら仕方がない。

 

「俺が飼ってやりたいけど……母さんが動物苦手でな……」

 

 俺としては前世のようにたくさん動物を飼いたいのだが、母さんを怖がらせるのも申し訳ないので我慢している。

 

「私のマンションはペットOKなのですが、ばあやが猫アレルギーなもので……」

「くっ! アタシのマンションはペット禁止……許して猫さん」

「先生もアパート住まいなので……お力になれず申し訳ありません」

 

 他の連中もダメか。

 そうなると残るのは……。

 

「私の家で飼ってもいいよ?」

 

 ルカが挙手をする。

 レンとスズナちゃんとキリカが「え?」と困惑した顔でルカを見る。

 

「ル、ルカ、動物のお世話できるの?」

「け、結構大変らしいですよルカさん? 猫さんのお世話って」

「そ、そうよルカ! 猫さんはすごい繊細な生き物なのよ!? あなたちゃんと責任持って飼えるの!?」

 

 普段のマイペースなルカを知っているぶん、少女たちが心配するのも無理はない。

 実際、幼馴染である俺もルカが動物の世話をしている姿をあまり想像できない。

 

「ぷくー。みんな疑り深い。私だって動物のお世話くらいできるもん」

 

 頬を膨らませながらルカは強気に言う。

 

「それに私なら猫と意気投合できる。なんだか似通ったものを感じるから」

 

 まあ確かに、ルカはちょっと猫っぽいところあるけどさ……。

 

「ね? クロノスケ? 私たち仲良くできるよね? にゃ~」

 

 もう名前つけてるし。

 猫を抱きながら、ルカは「にゃ~にゃ~」と猫の声マネをする。

 

「……フッ」

「何か、いま鼻で笑われなかった? 猫に」

「そんなことない。きっと親愛の気持ちを示してくれてる」

 

 いや、レンの言うとおり俺にも鼻で笑われたように見えたぞルカ……。

 

「あ、あの~? 横槍を入れるようですが、先生からひと言だけ~……飼うにしても一度、動物病院に連れて行ったほうがよろしいかと思いますよ?」

「え?」

 

 水坂先生が控えめに手を上げながらそう言ってくる。

 

「やはり野良猫ですから何か感染病を持っている可能性もありますし、ご自分のためにも猫ちゃんのためにも一度精密検査をしてもらったほうがいいかと」

 

 確かに水坂先生の言うとおりだな。

 よし、帰りに近くにある動物病院に連れて行くとしよう。

 

「あ、あと、もしも飼えなくなった場合なんですけど、動物保護団体とかに連絡するのはオススメしません。場所にもよりますが、基本的に期間内に里親が見つからない場合、殺処分されてしまうので……なので、もしそういうところを頼るときは、よく事前に調べたほうがいいと思いますよ?」

 

 水坂先生、失礼ながら頼りない先生かと思ったが、さすがは教師の卵だ。

 俺たちのことを思って的確なアドバイスをしてくれている。

 思わず感心してしまった。

 

「水坂先生やっぱりちゃんとした大人なんですね~。何だか頼もしいです!」

「え、え~? そ、そんな赤嶺さん! べ、べつに普通ですよ~。えへへ~」

 

 レンの賛辞に水坂先生は満更でもなさそうに頬を緩ませた。

 

「あ、そうだ! ねえ、水坂先生! もし私たちの学園に赴任できたときは、オカ研の顧問になってくださいよ!」

「え、ええ!? 私が顧問ですか!?」

 

 レンの提案に水坂先生が驚きで跳ね上がる。

 

「一応、囲碁部の顧問の先生が兼任してくれてるんですけど、ウチの囲碁部って全国クラスなんで基本的にそっちにかかりっきりなんですよね~」

 

 まあ、そうでなくとも活動内容が謎めいている部活動に真剣に打ち込んでくれる顧問なんてそういないよな……。

 

「だから良かったら水坂先生が顧問になってください! 水坂先生となら、きっと楽しくなる気がするんです!」

 

 確かにレンの言うとおり、水坂先生はすでにこのオカ研の空気に馴染んでいるような気がする。

 ホラーが好きと言っていたし、案外相性が良いのかもしれない。

 もちろん危険な怪異退治に巻き込むわけにはいかないが……こうした日常の場面で頼れる大人が居てくれるとやはり心強いのは事実である。

 

「私が、部活の顧問! かわいい生徒たちと一緒に築く……煌びやかな日々!」

 

 すでに頭の中で部活動による青春模様を思い描いているのか、水坂先生の目がキラキラと輝く。

 

「ぐふふふ……そうだわ、灰色の青春時代はこうして教職生活で上書きすればいいのよ……夢見た素敵なスクールライフをもう一度……うへへへへ」

 

 先生。楽しい想像は結構ですが、笑い方が怖いです……。

 

「何か水坂先生ってキリちゃんと似てるね? こう、テンションが」

「ちょっとレン!? アタシあんな風に変な笑い方しないわよ!?」

 

 いや、猫見つけたときのお前、思いきりあんな感じだったよキリカさん?

 自覚ないって怖いね。

 

「わかりました。この学園に赴任できるかはわかりませんが、一応希望を出しておきますね? もしこの学園の教師になれたら……よろしくお願いします!」

 

 水坂先生は華やかな笑顔でそう言った。

 ちょっと変わった人だが……本当にこの先生が部活の顧問になったら、もっと賑やかになって楽しそうだ。

 来年の話になるだろうが、楽しみがひとつ増えた瞬間だった。

 

「……にゃあ」

 

 ルカの腕の中で、黒猫が不機嫌そうに鳴き声を上げた。

 

 


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