【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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黒猫と過ごす夜

 

 放課後、俺とルカは近場にある動物病院に野良猫を連れて行き、診察してもらうことにした。

 病院に入る直前はぐずって嫌がっていた黒猫だったが、獣医さんが診察を始めると、たちまち大人しくなった。

 さすがは獣医さんだ。動物の扱いをよく心得ている。

 眼鏡の似合う、優しそうな女性の獣医さんだった。

 

「うん、特に感染症や病気などは確認されません。とても健康な猫ちゃんですよ?」

「そうですか。良かったです」

 

 獣医さんの言葉に安堵する。

 診察の後、獣医さんは水坂先生が言っていたこととほぼ同じ内容を、俺たちに丁寧に説明してくれた。

 やはり職業柄、動物が殺処分されてしまうのは胸が痛むようで、できることなら拾った自分たちが飼うか、里親を探すことを強く薦めてくれた。

 

「どうか、その子のこと大事にしてあげてくださいね?」

 

 獣医さんの気遣いに俺たちは深く礼を言って、病院を出た。

 途中でペットショップにも寄り、餌や必要な道具を一式揃える。

 これで問題なくルカの屋敷で飼うことができるだろう。

 

「よかったな~お前、どこも悪くなくて。よしよし。今日から温かい場所で眠れるからな? 安心していいぞ~?」

 

 俺の腕に抱かれた黒猫は「にゃあ」と機嫌良さげに鳴いた。

 喉をゴロゴロ鳴らして、胸元にすり寄ってくる。

 くぅ~、愛い奴め。やっぱり猫は癒されるな~。母さんが動物苦手じゃなかったら、迷うことなく俺が飼ってあげたのに……。

 

「その子、なんだかダイキばっかりに懐いてるね?」

 

 横でルカが羨ましそうにジ~っと見てくる。

 

「私が抱きしめると凄い無愛想なのに、ダイキにはデレデレしてる。……なんかズルい」

 

 自分が抱きしめているときと比べて、黒猫が露骨に態度を変えていることが、ルカにはおもしろくないようだ。

 

「こら、クロノスケ。今日からご主人様になるのは私なんだからね? 私にもちゃんと愛想よくなさい」

 

 ルカの言葉に黒猫は「え~マジ~? お前んとこに行くの~?」という具合に面倒くさそうな顔をした。

 

「それとダイキに甘えていいのは私だけだから。頬ずりするのも禁止。なのでその場所を今すぐご主人様に譲りなさい」

「いや、なに猫に対抗心を燃やしているんだよルカ……」

「だってだって~。横でこんなに見せつけられたら悔しいんだも~ん」

「だからってルカまでくっつく必要ないだろ!? やめなさい! 公の場で胸を押し当ててくるのは!」

 

 まったく、これからこの黒猫はルカの屋敷に住むというのに。こんな調子では先が思いやられるぞ。

 

「なあ、ルカ。やっぱり里親を探したほうがいいんじゃないか? お手伝いさんの椿さんもいるとはいえ、動物を飼うのって本当に大変なんだぜ?」

「ぷくー。ダイキまでそんなこと言うの? 大丈夫だよ、私だって動物のお世話くらいできるもん」

「しかしだなぁ……」

 

 明らかにルカを舐めきっている黒猫の様子を見ていると、いろいろ不安要素が付きまとうというか……。

 

「いいから任せて。クロノスケは私がしっかりと躾けてみせるから。明日、見事な主従関係ができあがっていることを約束する」

 

 ルカはそう言って「むん」と自信満々にご立派な胸を張った。

 

 

 

 その夜、俺の家にピンポーンとチャイムが鳴る。

 

「ダイキ。たちゅけて」

 

 引っかき傷と肉球の痕で顔をいっぱいにしたルカが涙目で救援を求めてきた。

 うん。こうなると思った。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 どうやら黒猫をお風呂に入れようとしたことで、すっかり警戒されてしまったらしい。

 仕方ない。猫は濡れるのを嫌がるからな。

 お手伝いさんの椿さんにも威嚇するとのことだったので、唯一黒猫に懐かれている俺がいろいろとお世話をすることになった。

 

 前世で飼っていたトラ猫にしたあげたときと同じ要領で、体の汚れを落とし、毛繕いもして、爪を切り、耳掃除をしてあげた。

 

「よ~し、さっぱりしたな。へ~、お前けっこう美人だな」

 

 見違えるように清潔になった黒猫は気持ちよさそうに伸びをした。

 

「ほら、キャットフードだ。たんと食え」

 

 買ってきたキャットフードを皿に入れて差し出す。よっぽどお腹が空いていたようで、ガツガツと食べ始めた。

 

「えーと、あとはトイレ用の砂を設置してと……よし、これでバッチリだ。ルカ、もう大丈夫だぞ?」

「……ネコ、コワイ。ヤッパリ、サトオヤ、サガス」

 

 黒猫に振り回されてすっかり消耗したルカは、部屋の隅で体育座りをして、片言でブツブツと呟いていた。

 やはりルカに動物の世話は難しかったようだ。

 しょうがない。レンに頼んでSNSで里親を募集してもらうとしよう。

 やれやれ、貰い手が見つかるまではこうしてルカの屋敷に通うことになりそうだな。

 

 毛艶が良くなった黒猫の頭を撫でる。

 黒猫は嬉しそうに俺の手にすり寄ってきた。

 

「よしよし。きっと良い里親を見つけてあげるからな? 何も心配いらないぞ?」

 

 俺がそう言うと黒猫は切なげな鳴き声を上げて、俺の膝の上に乗っかってきた。

 そのまま身を丸めて、俺の傍から離れようとしない。

 ……参ったな、俺の家じゃ飼ってあげられないのにすっかり懐かれてしまったようだ。

 かく言う俺も愛おしさを抑えきれず猫の体を撫でてしまっているわけだが。

 

「ごろにゃ~ん」

「……いや、だからルカ? なに猫に対抗意識を燃やしてるんだよ?」

「だって……クロノスケったら、こんなにダイキに優しくお世話されちゃって、羨ましいんだもん……」

 

 ルカも黒猫に負けじと俺の膝に頭を乗せてくる。

 目線が合うルカと黒猫。

 双方の間にバチバチと火花が散る。

 

「にゃーっ!」

「フーッ!」

 

 ここは自分の特等席だ、とばかりに威嚇し合う一人と一匹。

 俺の膝は縄張りかよ……。

 

「ほら、しばらく一緒に暮らすんだから、どっちも仲良くしろ」

 

 仕方ないので両方の頭を撫でるとルカも猫も「はにゃ~♪」と蕩けるような声を上げた。

 

「………ねえ、ダイキ。この子、やっぱりダイキが飼ってあげたほうが幸せなんじゃないかな? こんなにも懐いてるんだし。おばさまを何とか説得できないの?」

 

 気持ちよさそうに撫でられる猫の様子を間近で見て、ルカはそう言ってきた。

 

「俺もできればそうしてあげたいけど……動物が苦手な母さんに無茶はさせられないよ」

 

 母さん、小さい頃に猫に耳を噛まれて化膿しかけて以来、特に猫が苦手みたいだからな。

 それに俺が学園に通っている間は結局世話のほとんどを母さんに任せっきりにしてしまうことになる。

 心苦しいが、やはり相応しい里親を探してあげることが、この黒猫のためになるだろう。

 

「ふごぉ……」

 

 黒猫はいつのまにか寝息を立てて眠っていた。

 思わず頬が緩む。

 なんて愛らしい。

 黒猫の無垢な寝顔を見ていると、この小さく尊い命を守ってあげたいという気持ちが強まる。

 

 ……霊力のない俺は、怪異から人々を守ることはできない。

 でも、一匹の猫を救うことくらいならできるはずだ。

 手の届く範囲で最善を尽くす。師匠の教えを、ここで実践していこうじゃないか。

 

「獣医さんにも頼まれたことだしな。俺たちで良い貰い手を見つけてあげよう」

「……うん。そうだね」

 

 ルカもそっと黒猫を優しく撫でる。

 眠っている黒猫はとても大人しく、ルカに触れられても怒ることなく気持ちよさそうにしていた。

 

 屋敷の古時計が鳴る。

 もう随分遅い時間だった。

 黒猫は俺にくっついたまま起きる様子はない。

 俺は苦笑しつつ黒猫を抱き上げた。

 

「ルカ、今夜は泊まってくよ。もしかしたらコイツ夜中に起きてぐずるかもしれないし」

「いいよ。きっとその子もダイキが傍にいたほうが安心して眠れると思う」

 

 ルカの屋敷には昔から何度も泊まっている。

 広い屋敷にはいくつも客間があり、その内のひとつはほぼ俺専用の部屋になっている。

 いつものようにその客間に行き、黒猫と一緒にベッドで眠ることにした。

 

「ふわ。さて、明日も早いしさっさと寝るとするか」

「そうだね。じゃあ、ダイキ。お休みのちゅー……」

「待ていルカ。なに当たり前のようにベッドに潜り込んでるんじゃい」

 

 しかも黒のタンクトップと黒のショーツという際どい姿で!

 やめなさい! 刺激が強くて眠れなくなるでしょうが!

 

「みーみー。いまの私は猫ルカ。人肌が恋しいにゃん」

 

 手元を猫の手にして、蠱惑的なポーズを取るルカ。

 薄いタンクトップの隙間から色白の広い胸の谷間がバルンと揺れる。

 こんなエッチな猫がいてたまるか。

 正直言って辛抱たまりません。

 強烈な魅了の前に思わず屈しそうになる。

 自分の中のオスが「もう我慢しなくていいでしょ?」と悪魔の囁きをしてくる。

 一方で「そんな形でルカと結ばれてお前は納得するのか?」と天使が説教をしてくる。

 

 くっ、確かに目先の欲望に負けた自分を許せそうにない。

 天国の璃絵さんにも顔向けできない。

 しかもいま傍には寝入っている猫がいる。穏やかに眠っている猫の傍でケダモノになる勇気はさすがにない。

 なのでここはグッと堪えて、理性を総動員させた。

 

「い、いいから自分の部屋で寝なさい」

「ぷくー。ダイキのケチ。いいもん。後でいつものように潜り込んでやるもん」

「やめなさいっての」

 

 お泊まりのたび、爆乳美少女と同じベッドの中で目覚める俺の身にもなってくれ。

 男の朝は大変なんだからな? いろんな意味で。

 

「……まあ、今夜はお前がいるし、心配ないかな?」

 

 ベッドのスペースは俺と猫で締められている。

 さすがのルカも猫を押しのけてベッドに潜り込むような真似はしないだろう。今夜は安心して眠れそうだ。

 隣でスヤスヤと眠る黒猫を撫でながら、俺も目を閉じた。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 寝静まった白鐘家の屋敷に、月明かりが差し込む。

 青白く染まった室内で、黒猫は目を覚ます。

 

「すーすー」

 

 傍で眠る少年の顔に、黒猫は愛おしそうに頬ずりした。

 

「……っ」

 

 綻んでいた猫の表情が変わる。

 猫の視線が窓側に向かう。

 

「……」

 

 黒猫はベッドから下りて、ゆっくりと窓に寄る。

 風が吹いている。

 屋敷の庭に植えられた木々が葉音を立てる。

 黒猫は無表情の顔で、庭の外の音に耳を澄ませる。

 

「……」

 

 黒猫はその場にジッとしたまま動かない。

 強い風が吹く。

 窓が音を立てて揺れる。

 

「……フーッ」

 

 黒猫は尻尾を逆立て、威嚇の態勢を取った。

 野生の猫としての本能を引きずり出し、爪を伸ばし、牙を剥く。

 

 小さい影が跳ねる。

 影はそのまま、部屋から掻き消えた。

 

 ……風が止み、沈黙が降りる。

 夜の屋敷は、不気味なほどの静寂を抱えて、朝焼けをひたすらに待っていた。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 目が覚めると、ベッドの中に黒猫はいなかった。

 屋敷のどこかうろついているのかと思い、探す。

 

「……」

 

 どこにも黒猫の姿はなかった。

 広い屋敷だ。どこか、見つけにくい場所に隠れているのかもしれない。

 餌を用意すれば、ひょっこり現れるだろう。そう思ったが……。

 

 黒猫が姿を見せることは、ついぞなかった。

 

 


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