【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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※警告

 今回は動物好きな御方、特に猫がお好きな御方にとってショッキングな描写が含まれています。
 閲覧は自己責任でお願いいたします。


黒猫はダイキのもとへ戻る

 

 

 

   * * *

 

 

 

「え? あの猫ちゃん、いなくなっちゃったの?」

「ああ……学園に行く前に少し探したんだが、見つかんなかった」

 

 部室で皆に、今朝起きたことを説明する。

 

「悪いなレン。せっかくSNSで猫の貰い手を募集してくれたのに」

「ダイくんが謝ることないよ。結構メッセージは届いてたんだけど……まあ、いなくなっちゃったなら仕方ないよ。野良猫はやっぱり自由でいたいってことじゃないかな?」

 

 レンはそう言ってフォローしてくれた。

 確かに、一カ所に留まることを好まない猫はたくさんいる。あの黒猫もそうだっただけかもしれない。

 ……けれど、もしもどこかで危ない目にあっているんじゃないかと想像すると、とても落ち着かない。

 一晩お世話しただけだが、すっかりあの黒猫に愛着が湧いてしまったようだ。

 

「ダイキさん、元気出してください。きっと親切な御方が拾ってくれていますよ。そう信じましょう?」

「スズナちゃん……うん、そうだな。俺もそう思いたい」

 

 あの黒猫は賢く、とても強かだった。きっとどこへ行ってもうまくやっていける。

 そう信じよう。

 

「あ、ああ、そんな……せっかくたくさん猫専用のオモチャを用意したのに……どこへ行ってしまったのクロノスケちゃん!?」

 

 大量の猫グッズを嬉々として持ってきたキリカだったが、黒猫がいなくなったと知るや、顔面を蒼白にしてショックを受けた。

 俺以上に、キリカが一番ダメージを受けている気がする……。

 

「ダイキ。私がクロノスケの代わりになるニャン。いっぱい可愛がってほしいニャン?」

 

 キリカが持ってきたグッズの内のひとつ、猫耳のカチューシャを付けてすり寄ってくるルカ。

 きっとルカなりに気を遣ってくれているんだろうが……傍から見ると、いかがわしいプレイをしているようにしか見えないのでやめてほしい。

 

「わ、私も猫ちゃんになっちゃおうかな~? にゃ~ん♪ ほらダイく~ん♪ 猫レンだにゃ~ん♪ いっぱいナデナデしてもいいにゃ~ん♪」

「あ、ズルイです! 私もなります! ごろにゃ~ん♪ スズナ猫ですニャ♪ 心ゆくまでギュッとしてほしいですニャ♪」

 

 なぜかレンとスズナちゃんも負けじとばかりに猫耳カチューシャを装着して、色っぽい仕草で俺に迫ってくる。

 ていうか、いくつあんだよ猫耳カチューシャ!?

 

「おい、キリカ副部長? お前の私物が勝手にオモチャにされてるぞ? いつもみたいに注意しなくていいのか?」

 

 部内が毎度のごとく爛れた空気になってきたので、ストッパー役のキリカに助けを求めたが……。

 

「この喪失感を埋めるには……アタシ自身が猫になることね」

「お前もかい」

 

 謎の理屈を口にして、物々しい効果音が出そうな勢いで猫耳カチューシャを装着するキリカ。

 ダメだ。この状態のキリカは頼りになりそうにない。

 たちまちオカ研は、猫耳美少女たちによる「にゃーにゃー」大合唱が始まった。

 何だこのカオスな空間は?

 

「ふにゃ~。ルカ猫を一番に可愛がってくれたらいっぱいご奉仕してあげるニャ……むむ、こんなときに電話が」

 

 ルカのスマートフォンが通知を知らせる。

 

「おのれ、なにやつ。せっかくいいところだったというのに……げっ」

「誰からだ?」

「機関」

 

 ルカは苦虫をかみつぶしたような顔で溜め息を吐きながら、渋々と電話に出た。

 

「何? 悪いけど、もうあなたたちから依頼を受ける気はないから。こっちが欲しい情報を寄こしてくれない不親切な組織に、どうして協力しないといけないの?」

 

 ルカは冷ややかに、ハッキリと言った。

 ルカの欲しい情報……【常闇の女王】と呼ばれる怪異の長のこと。そして璃絵さんの死の秘密。機関はそれについて何かルカに隠し事をしている。

 もともと機関へ不信感を抱いていたルカだったが、この間の一件で完全に電話の向こう側の相手を敵視しているようだった。

 

「他にも頼れる霊能力者はたくさんいるでしょ? だからもう私には関わらな……え?」

 

 ルカの様子が一変する。

 不機嫌だった顔つきが、瞬く間に動揺と恐怖の色に染まる。

 

「……どういうこと? どうして『肉啜り』が!?」

 

 ニクススリ?

 怪異の名前だろうか。

 何だか、えらく薄気味の悪い雰囲気を感じる名前だ……。

 

「アレはずっと昔に草薙家の当主が討伐したはずでしょ? なんでいまさら……わかった。今から行く」

 

 緊張感を孕んだ声でそう言って、ルカは電話を切った。

 依頼を拒否するつもりだったはずのルカが、話を聞いた途端、態度を改めた。

 何だ? いったいどんな怪異が現れたというんだ?

 

「ルカ? いったい何が……」

「皆聞いて。今日はもうまっすぐ帰って」

「え?」

 

 ルカの有無を言わせない勢いに、俺たちは戸惑う。

 

「その前に……ダイキ、レン、スズナ。数珠を出して。早く」

 

 切羽詰まった様子のルカに言われ、俺たちは慌てて手首につけた数珠を差し出す。

 

【 《紅糸繰》 よ 《数珠》 に 《言霊》 を 《宿せ》 】

 

 紅色に光る糸が三本、ルカの手から舞い上がる。

 宙に浮いた三本の糸は、三つの数珠に吸い込まれるようにして消えた。

 

「私の言霊を数珠に宿した。一回きりだけど、もしものときは自動的に言霊が起動するようになってる」

「お、おい待てよルカ。いったい何が起きてるんだ?」

「……すごく厄介な奴が来た。説明できるのはソレだけ。ごめん、詳しくは言えないの。この怪異は……話の内容を知った人間のもとに現れる性質を持ってる」

「っ!?」

 

 噂を聞いたら現れる怪異。

 確かに、厄介なタイプだ。

 でも……ルカが見せるこの異様な警戒心は何だ?

 

「キリカ。お願い。一緒に来て欲しい。もしものときは……()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!?」

 

 キリカの()()()()()()()()()()()だと?

 

「おいルカ! それって……()()()()()()()()()()()()!?」

 

 俺の問いに、ルカは黙って頷くだけだった。

 

「……ルカ。何度も言ってるけど、()()()()()()()()()()()()()。……でも必要なら一緒に行く。サボっていたぶん、自分の役目はキッチリ果たすわ」

 

 猫の件で落ち込んでいたはずのキリカも、すでに態度を切り替えていた。

 霊能力者としての顔つきに。

 

「事件が起きた場所は【J356】……急ごう。奴はすでにこの街を拠点にしてる」

 

 唖然とする俺やレンとスズナちゃんを残して、二人の霊能力者は指定されたらしき現場に向かう。

 

「皆、気をつけて帰って」

 

 ルカは切に願うようにそう言って、キリカを連れて去って行った。

 

 

 

   * * *

 

 

 

 ルカに言われた通り、回り道をせず最短ルートで帰宅を急ぐ。

 だが無意識に、歩いている途中で黒猫の姿がないか探してしまう自分がいた。

 

「にゃあ」

「っ!?」

 

 猫の鳴き声につられて、反射的に視線を動かす。

 だが、そこにいたのは黒猫ではなく、白猫だった。

 白猫は不思議そうに首を傾げて俺を見ている。

 

「ごめん。人違い……いや、猫違いだったよ」

 

 首元を撫でると、白猫は気持ちよさそうにすり寄ってきた。

 

「なあ、もしかして、この辺で黒猫とか見なかったか?」

 

 とうぜん返事はない。白猫はもっと撫でて欲しいとばかりに、呑気にお腹を見せるだけだった。

 

「……っ!? フシャァァァ!」

 

 しかし、どうしたことか。機嫌良さげにしていた白猫はとつぜん悲鳴染みた鳴き声を上げて、凄い勢いで去っていった。

 夕闇に染まった帰り道に、白猫の姿はあっという間に掻き消えて、見えなくなる。

 

「……」

 

 俺は立ち上がって、帰宅を急いだ。

 

 夕陽が沈んでいく。

 街灯の明かりが道路を照らし出す。

 

 トン、トン、トン。

 

 俺のスニーカーの足音だけが周囲に響く。

 今日の帰り道は、妙に静かだった。

 

 トン、トン、トン……。

 

 ……ぴしゃ、ぴしゃ、ぴしゃ。

 

「……」

 

 足音とは異なる、奇妙な音が耳に入る。

 何か、湿った音。

 濁り水から上がって、そのまま歩いているかのような、薄気味の悪い音。

 それが、背後から聞こえた。

 

「……っ」

 

 体が強張る。

 長年の経験が、俺に警告を伝える。

 振り向くな、と。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 呼吸が荒くなる。

 冷や汗が滲み、気持ちの悪い感触が頬を伝う。

 

 ねっとりと絡みつくような視線を感じる。

 それは、まるで……獲物として見られているような、いやな感覚。

 思わず悲鳴を上げそうになるのを堪える。

 

 俺は駆けた。

 本能的な悪寒に総身を支配され、とにかく足を動かす。

 逃げろ。とにかく逃げろ、と自分に言い聞かせる。

 

 自宅に着く。

 すぐに鍵をかけて、まっすぐに部屋に上がる。

 

「あら、ダイキどうしたの? 晩ご飯は?」

「ごめん、食欲ない。もう寝る」

「え? 具合悪いの?」

「違うよ……母さん、今夜は戸締まりをしっかりして。頼む」

 

 母にそう強く言い含めて、部屋に入る。

 電気のスイッチを入れる。……点かない。

 

「くそっ!」

 

 部屋のカーテンをすべて閉じ、ベッドに上がる。

 毛布で体を包み、お札を握って震える。

 ……ルカは恐らく今夜は帰ってこない。

 何とか一人で、夜を乗り切るしかない。

 

 ……ぴしゃ。

 

「……っ!?」

 

 湿った音が、窓の外からする。

 ……ここは二階だ。誰かが上がってこれるはずがない。

 なのに……。

 ……ダン、ダン。と窓が叩かれる。

 

「……やめてくれ」

 

 歯をガチガチに鳴らして、俺は(うずくま)る。

 

「……にゃあ」

「え?」

 

 猫だ。猫の鳴き声がする。

 まさか……外にいるのは、あの黒猫なのではないか?

 そうだ。猫なら二階まで上がってこれても不思議じゃない。

 外はベランダだし、足場もある。

 ひょっとしたら、どこかでズブ濡れになった黒猫が俺を求めて戻ってきたのかもしれない。

 

 そう思い立つと、俺はベッドから抜け出し、カーテンに手を伸ばした。

 だが……その手は止まった。

 開けるわけにはいかなくなった。

 だって……手首に提げた数珠が震えているから。

 

「……っ」

 

 良くないものが傍に来ると、数珠自体が振動し、危険を知らせてくれる。

 激しく震える両手首の数珠。

 こんなに激しく震えるのは、久方ぶりだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 呼吸を整えて、自分を落ち着かせる。

 ダメだ、開けてはいけない。絶対に開けるな。

 そう言い聞かせるが……。

 

「……ふにゃあ」

 

 猫の切なげな鳴き声が、また上がる。

 助けを求めるように。

 

「にゃあ……うにゃあっ!」

「う、うぅ……」

 

 涙が滲む。

 どっちだ?

 己の中で激しい葛藤が起こる。

 罠か? それとも……襲われているのか? あの黒猫が、得体の知れない何かに。

 もし後者なら、迷わずこのカーテンを開けるべきだ。

 でも、そうじゃなかったら……。

 

「……ふぎゃあああああああああああ!!」

「っ!? クロノスケ!」

 

 絹を裂くような悲鳴に、葛藤は一瞬で消えた。

 一気にカーテンを開ける。

 すると……。

 

【 《此処》 から 《立ち去れ》 ! 】

 

「ぐっ!?」

 

 数珠が紅色の光を発する。

 ここに居ないはずのルカの声が響く。

 いまのは……ルカの言霊。

 恐らく、これが部室で数珠に仕掛けた術式だろう。

 

 危険が迫ったとき、自動的に起動する言霊。ルカはそう言っていた。つまり……。

 

「……っ」

 

 窓の外には、何もいない。

 ……正確には、去った、というべきなのだろう。

 思わず、戦慄する。

 

 恐る恐る窓を開け、ベランダの周囲を見回す。

 ……異様な気配はすでに感じない。

 得体の知れない何かに、ルカの言霊は充分に通じたようだ。

 

 つん、と異臭が鼻を突く。

 匂いは下から香ってくる。

 俺は震えながら、視線を下ろす。

 

 ……いつ、そうなってしまったのか。

 それはわからない。

 黒猫が、姿を消したあの夜の時点で、そうなったのか。

 それとも……たった今、この場で行われたことなのか。

 

 どちらにせよ……俺は自分を恨む。

 黒猫がいなくなったのも気づかずに、呑気に眠りこけていた自分を。

 鳴き声がハッキリと聞こえていたのに、恐怖のあまりカーテンを開けることを躊躇った自分を。

 

 手の届く範囲で最善を尽くす。

 小さな命だけでも、守ってあげたい。

 そう、決めたはずなのに、俺は……。

 

「あ、ああっ……」

 

 これは、罰なのか?

 無力な、自分への。

 

 お前では何も救えない。

 そんな残酷な真実を突きつけるように、ソレはベランダに横たわっていた。

 

 ああ、間違いない。

 あの黒猫だ。

 自分で毛繕いをしてあげたから、よくわかる。

 ああ、傷ひとつなく、綺麗に残っているな。

 そう……。

 

 皮、だけが。

 

「うわあああああああああああああああああああ!!!」

 

 肉も、骨も、眼球も……中身だけが綺麗に失われた亡骸を前に、悲鳴を上げた。

 





【ルカ、キリカ、事件現場にて】

「……白鐘。藍神。何だそのふざけた猫耳は」
「「……あ(外すの忘れてた)」」

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