【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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「いいお風呂の日」にお風呂回が重なるという奇跡的な偶然。


お風呂で、ひと息つこう

 

 白鐘家の食事は基本的に住み込みのお手伝いさんである椿さんが用意してくれるのだが、肉啜りを討伐するまでは彼女には安全な場所へ避難してもらっている。

 なのでコンビニの食べ物で軽く済ませようと思っていたのだが……。

 

「あんたたち! 肉啜りを倒すまでそんな偏った食事をする気!? 冗談じゃないわ! ルカ、台所借りるわよ!」

 

 と言ってエプロンを身につけたキリカは台所で調理を始めた。

 たちまち、テーブルに和食がメインの豪華絢爛な夕食が並んだ。

 味のほうは……。

 

「おっ、うまい! キリカ、こんなに料理上手だったのか!」

「べ、べつに、ひとり暮らしをしてるんだから、これくらい普通よ」

「いやいや、この味は胸張っていいと思うぞ? この肉じゃがの芋の具合とか味付けとかめっちゃ好みだ」

「そ、そう……口に合ったなら、良かったわ」

 

 口調は素っ気ないが、満更でもなさそうな態度でキリカは赤くなった顔を逸らした。

 手料理はよくスズナちゃんにご馳走してもらっているが、キリカも負けずと劣らずの腕前だ。堅物委員長の意外な家庭的な一面を見た瞬間であった。

 

「あっ、こらルカ! にんじんもちゃんと食べなさい!」

「え~、にんじん嫌い……」

「子どもじゃないんだから好き嫌いしない!」

「にんじんなんて食べなくたって人間は生きていけるもん」

「うちの一番上の姉さんみたいなこと言わないでよ! あんた、ただでさえ普段お菓子ばっか食べてるような偏食なんだから、しっかりと栄養取りなさい! 将来ブタになっても知らないわよ!?」

「いいもん。どうせ脂肪は胸とお尻に集中するもん」

「くっ! なんて羨ましい体質……アタシやレンがどれだけ体型維持に気を遣っていることかっ!」

「ダイキ、このほうれん草の胡麻和えあげる」

「食・べ・な・さ・い・っ・て・の! せっかく作ったんだから好き嫌いせず味わってごらんなさい!」

「むぐぅぅぅ! く、口の中に広がる青臭いほうれん草の風味ぐわぁ……」

「ははは、お手柔らかに頼むぜ、キリカ」

 

 食事内容に関しても手厳しいキリカは、好き嫌いの多いルカの口に次々と野菜をねじ込んでいく。

 ルカには悪いが、思わずクスクスと微笑ましい気持ちになる光景だった。

 温かな食事のおかげで、ようやく張り詰めていた心も落ち着いてくる。

 正直、ここまで気が休まる暇がなかったからな。

 俺はありがたくキリカのおいしい手料理を味わった。

 

「ふぅ、ごちそうさまキリカ。うまかったよ」

「ふん、お粗末さま。洗い物はアタシがするから、ゆっくりしてなさい。ルカ? ちゃんと黒野のこと見てるのよ?」

「ぐふっ……そう言うなら野菜というデバフを与えないでほしかった……」

 

 食べ慣れない食材を食べさせられてルカは顔を青ざめさせていた。

 ふむ、幼馴染としてルカの食わず嫌いは気になっていたが、キリカと一緒に生活してれば矯正させられるかもしれないな。

 

 食後の温かい緑茶を飲みながら、緩やかに時間が流れていく。

 いまのところ、何かが起きる気配はない。

 屋敷の古時計がボーンと鐘を鳴らす。

 

「……さて、ちょっと早いけど、もしものときを考えてそろそろ寝るか~」

 

 わざとらしく大きな声で言って立ち上がり、寝室に向かおうとすると、ガシッとルカに肩を掴まれた。

 

「ダイキ。まだお風呂に入ってないよ?」

 

 くっ。やはりスルーされなかったか。

 

「……い、一日くらい入らなくてもいいんじゃないかな~?」

「だ~め。ダイキ、今日も汗いっぱいかいたでしょ? ちゃんとお風呂に入って綺麗にしなきゃ」

 

 そう言ってルカはやたらと目をキラキラとさせながら、ウキウキで着替えとバスタオルを用意する。

 

「お風呂も無防備になる場所だよ? とっても危ないんだよ? だから私も一緒に入ってダイキを肉啜りから守ってあげるからね? ふふふふふ……」

 

 まずいぞ。ルカは本気だ。

 本気で俺と混浴する気だ。

 いやまあ、小五までは一緒に入ってたけど……あの頃はルカが無垢な幼い少女だったから俺も理性を振り絞って「ロリ相手に変な気持ちになるな!」と耐え抜くことができたんだ。

 そんなルカもいまやピチピチの現役爆乳JK。

 俺の理性がもつわけがない!

 

「汗流すだけならいっそ濡れタオルでもいいだろ!? シャンプーも洗面所で済ませるし! 風呂に関しては本気でダメだってルカ!」

「お風呂は命の洗濯だよダイキ! ちゃんと湯船に浸かって体も心も癒そうよ!」

「癒されないんだよ混浴じゃ! 逆に消耗してしまうわ!」

「心配しないで! 私がいっぱい気持ちよくしてあげるから!」

「背中流すとかそういう意味だよね? そうだと言っておくれ!」

 

 何とかルカを説得して入浴を回避しようとするが……ダメだ、聞く耳を持ってくれない。

 

「ちょっと待ちなさいルカ!」

「むむ! キリカ! 邪魔する気!?」

 

 おう! 我らが委員長!

 どうか暴走状態のルカを止めてくれ!

 

「あんたまで裸になって入浴する必要はないでしょ? 護衛として見張るだけなら濡れてもいい服装に着替えれば充分じゃないの」

「ええ~。せっかくのダイキとの混浴なのに……」

「露骨に残念がるんじゃないの! まったくこの色ボケ娘は! とにかくあんたは服を着て入る! じゃないと許さないわよ!」

「……もしもこれが漫画だったら『キリカはお約束がわかってない』って読者たちから呆れの溜め息を吐かれると思う」

「何の話よ!?」

 

 あれれ~?

 混浴する流れは変わらないっぽいぞ~?

 

「キリカ! ここは委員長として混浴を止めるところじゃないのか!?」

「あのね~、あんた状況わかってる? 肉啜りはいつどこから襲ってきても不思議じゃないのよ? お風呂なんて一番警戒すべき場所でしょうが」

「そ、それはそうなんだが……でも、そうしたら俺、裸見られちゃう……」

「はあ!? それくらい男なんだから我慢なさい! 気になるなら腰にタオルを巻けばいいでしょ!?」

 

 ひ、ひどい! 男だって裸見られるのは恥ずかしいんだからね!?

 

「言っておくけど入浴しないって選択肢は無しよ? アタシいやだからね? 一日でもお風呂に入ってない人間と同じ空間で生活するの」

 

 くっ。そうだった。キリカって潔癖レベルの綺麗好きだった。

 そりゃ俺だって不潔なのはイヤさ。ゆったりと湯船に浸かって疲れを癒したいさ。

 ……でも女の子に入浴を見られるとかどんな罰ゲームだよ!?

 

「さあ、ダイキ。キリカの許可も出たことだしお風呂に行こ? そうしよ? 安心して? ダイキがお風呂に入ってる間は一瞬たりとも目を離さずバッチリと見てるから」

 

 ルンルンとしながら俺の背中を押してくるルカ。

 ……もう覚悟を固めるしかないのか。

 

「……ちょっと待ちなさい」

「まだ何かあるのキリカ?」

「あんたの目を見てたら、黒野とお風呂で二人きりにするのは危ういと判断したわ」

「どういう意味?」

「そのままの意味よ。ルカ、あんたお風呂で黒野に何する気?」

「……ナニッテ。護衛トシテ、見張ル、ダケダヨ?」

「目が泳いでるわよ。あんたね! こんな状況で何考えてんのよ!」

「だ、だって……ダイキの裸だよ? 私だって理性が保つかどうかわからない……」

「はあ~、まったく女子の発言とは思えないわね……しょうがないわ。これだけはしたくなかったけど……黒野大輝!」

「はい?」

 

 キリカは若干赤くなった顔で、ビシッと人差し指を突きつけてくる。

 

「アタシも護衛としてお風呂に入るから! ……あ、もちろん服を着た状態でよ! 変な期待をするんじゃないわよ!」

「……え? なぜ?」

「あんたたちがお風呂で妙な雰囲気にならないように監視するために決まってるでしょ!? 委員長として不純異性交遊は絶対に許さないんだから!」

 

 かくして。

 護衛役を護衛役がさらに監視するという実に奇妙な流れによって、キリカにも裸を見られる羽目になった。

 ……いや、本当にこれどういう状況?

 

 

   * * *

 

 

 ルカの屋敷の風呂は、一般家庭のものとは思えないくらいに広い。

 風呂というよりは、もう旅館の温泉並みの規模で、一人で使うには勿体なさすぎるほどだ。

 スズナちゃんの実家ほどではないにしろ、白鐘家もやはりお金持ちなのだと思い知らされる。

 なので数人で浴場に入っても窮屈な思いはしない。むしろオカ研の女子たちはルカの家に泊まる際、よく全員で仲良く入浴しているほどだ。

 三人くらい入ったところで、ぜんぜん窮屈ではないが……。

 

「ダイキの体、やっぱり逞しい。かっこいいなぁ」

「ルカ、息荒いわよ? 落ち着きなさい。まったく、何でこんなことに……」

「……」

 

 気まずい。気まずすぎる。

 一応、腰にタオルは巻いて大事なところは隠しているが……それでも女の子二人に生まれたままの姿をジッと見られるのは落ち着かない。

 ……まあ、お色気漫画のように全裸で混浴するような展開にならなかったぶん、マシと思うべきか。

 ルカとキリカは濡れても大丈夫なように薄いTシャツとホットパンツを身につけている。

 

 危なかった。キリカの忠告がなければ、今頃一糸まとわない姿のルカと風呂に入る羽目になっていただろう。

 ……俺の中のスケベ心が『どうしてそっちの展開にならなかったんだ!』と騒いでるが、意思の力で撥ねのける。

 やかましい! 全裸のルカと混浴なんてしたら確実に一線越えちゃうだろ!

 結果としてこれでいいんだよ!

 

 ……とはいえ、浴場で異性と一緒にいるというのはやはり落ち着かないものだ。

 さっさと体を洗い、軽く湯船に浸かって早めに上がろう。

 

「あ、ダイキ。背中流してあげる」

 

 ルカが嬉々としながらタオルを持ってそんなことを言い出す。

 

「え? い、いいよべつに……」

「遠慮しないで? 今日はいろいろあって大変だったでしょ?」

 

 俺を労るような手つきで、ルカは背中を洗い始めた。

 気持ちの良い感触に、思わず「ふぅ」と長い吐息がこぼれる。

 どうやら自分が思っていた以上に疲れていたらしい。

 気づけばルカに身を任せて、リラックスした心地になっていた。

 

「……せっかくだし、髪はアタシが洗ってあげるわ」

「え?」

 

 キリカまでそんなことを言い出し、驚く。

 

「一応、悪いと思ってるのよ? 裸見ちゃってるの……」

 

 なるべく俺の体から目を逸らしながら、赤くなった顔でキリカは言った。

 

 そのまま上半身はルカが。頭はキリカが。

 美少女二人に体を洗ってもらうという、思わぬサービスを受ける。

 ちょっとした王様気分だ。

 

「痒いところある?」

「うむ。くるしゅうない」

「ばぁか、何言ってんのよ。洗い落とすわよ? 目瞑ってなさい」

 

 お湯で泡を洗い落とし、サッパリとする。

 美容師にも負けない丁寧で優しいシャンプーだった。

 またキリカの意外な一面を見た瞬間だった。

 

「髪洗うのうまいな、キリカ」

「まあ、妹たちによくやってたしね。末の妹なんてアタシに洗ってもらわないとイヤって、よく駄々こねて困ってたわ」

「……姉妹仲、いいんだな」

 

 口にすべきか悩んだが、俺はなるべく言葉を選んでそう言った。

 これまで、キリカの実家絡みや姉妹について言及することはタブーだと思い避けてきた。

 だが特に憂いなく妹のことを話すキリカを見て、決して暗い思い出ばかりではないのかもしれないと思った。

 原作の三巻までは、藍神家の六姉妹について語られるシーンはなかった。

 だからキリカが姉たちや妹たちとどういう関係なのか、俺は知らない。

 ただ霊能力者として落ちこぼれというだけで、姉妹の仲が険悪になっているのだとしたら……それはあまりにも悲しいことだ。

 

「……べつに姉妹仲が悪いってわけじゃないのよ」

 

 キリカは薄く笑って、そう言った。

 

「家の人間がアタシに厳しく当たるのは、あくまで霊能力の修行のときだけ。それ以外では極普通の家族関係よ。いまでも普通に姉妹同士で連絡はするしね。一番上の姉さんは『たまには帰ってこい』って言ってくれるし。二番目の姉さんは過保護だから、よくアタシのこと心配して食べ物の仕送りとかしてくれるし。妹たちはアタシに『会えなくて寂しい』って言ってくれるし……ええ、べつに姉妹仲が悪いわけじゃないのよ。──ひとりを除いてはね」

 

 キリカの表情に翳りが生じる。

 草薙姉妹と相対したときと同じように、重苦しい雰囲気が滲み出す。

 六姉妹の四女であるキリカ。

 話題に出てこなかったのは三番目の姉だけ……。

 ひとつ上の姉。それがキリカにとって、辛い過去を思い出させる存在のようだった。

 

「今日、あの草薙姉妹に言われて昔のことを思い出しちゃったわ。本当に、アタシみたいな出来損ないが生まれちゃ、藍神家が気の毒よね……」

「キリカ。あんな人たちの言葉なんて気にしちゃダメだよ」

 

 横で俺の腕を洗い終えたルカが、心配そうにキリカに声をかける。

 

「霊力が強いとか弱いとか……そんなことでしか人の価値を決められないような家のほうが、絶対に間違ってるんだから」

 

 語気を強めてそう断言するルカを、キリカは眩しいものを見るように目を細めて微笑む。

 

「ありがとルカ……でも、あの草薙姉妹の絆の深さを見て、ついつい考えちゃうのよ……『どうしてアタシたちは、あんな風に一心同体になれなかったんだろう』って」

「『アタシたち』?」

「アタシもね、双子なのよ」

 

 切実な面持ちで、キリカは打ち明ける。

 

「──『お前じゃ誰も救えない。お前なんて藍神家にいらない。消えろ、無能』……家を出るとき、アタシにそう言ったのはね、双子の姉のレイカなの」

 

 

 

 





 すまない。
 お風呂回で脱ぐのはダイキくんだけなんだ。

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