【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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覚醒の咆吼

 

 肉だけでなく、霊力まで食らい、瞬く間に復活してしまう肉啜り。

 そんな化け物に対してルカは……。

 

「ふぅん。じゃあ、最初から物理的な攻撃で潰せばいいだけじゃない」

 

 実に冷静に、紅糸繰の糸を巧みに使い、庭に敷かれたコンクリートを引っ張り上げた。

 

「は?」

 

 糸の力によって引き寄せられた双璧。

 ドゴン、と重苦しい音と共に肉啜りは両側から挟まれる。

 一寸の隙間もなく、左右からの圧力に、肉啜りは押し潰された。

 

「お願いだから、もうこれで終わって。ここはお母さんが手入れしてた庭なの。これ以上、荒らしたくない」

 

 さすがはルカだ。

 絶望的な状況かと思われたが、難なく対処してしまった。

 肉啜りと同じ身の丈のコンクリート壁による圧殺。

 これには肉啜りも今度こそ……。

 

「っ!?」

 

 ピシッ、とコンクリート壁がひび割れたかと思うと、内側から何やら毒々しい光が生じる。

 光はひびから漏れ出し、コンクリート壁を粉々に破壊していく。

 

「……ナメ、ヤガッテ」

 

 肉啜りは押し潰されていない!

 そんな、バカな!

 

「食ラッたありったけの霊力ヲ、放出してヤったぜ……かなり消耗ハするが、同じ手ハもう二度ト食わねェゼ?」

 

 肉啜りの体が光っている。あれはヤツのこれまでに食らってきた霊力の輝きか?

 まるで汚染されたように薄気味の悪い光を発している。

 

「ハハハ、残念だったナ。そう簡単にくたばってたまるカヨ……ソコに最高の珍味があるんだからなァ!」

 

 擬態した人間のフリをする余裕もなくなったか、本性を剥き出しにした肉啜りが俺を睨めつける。

 ゾワっと背筋が震える。

 ヤツは……まだ何か仕掛けてくる!

 

「ルカ! キリカ!」

 

 咄嗟に叫ぶが、ヤツの動きのほうが早かった。

 

「ゴパァ!」

 

 口のような器官から、肉啜りは唾を吐き出すように何かを飛ばしてきた。

 飛来物は三つ。

 ルカと、俺とキリカに向けて飛んでくる。

 

「ふっ!」

「くっ!」

「きゃあ!」

 

 庭にいるルカはうまいことかわした。

 俺もギリギリで回避する。

 だがキリカは直撃を食らってしまい、壁に叩きつけられる。

 

「キリカ!」

「ぐっ……何よ、これ……動け、ない……」

 

 飛ばされてきたのは粘液の塊のようなものだった。

 鳥もちのように粘性の高い肉塊が、キリカの体を包み、壁に貼りつけている。

 

「ソノ肉塊は切り離しても消えないぜぇ? 内部で循環する霊力が込められているからなァ。オレを倒さない限り残り続ける。抵抗も無駄だ。ソイツは捕らえた者の霊力を吸い尽くし、永続的に拘束する仕掛けになっている。……もっとも、ソコのお嬢さんのちゃっちい霊力じゃ糧にもならねぇけどナァ!」

「くっ……」

 

 キリカは何とか拘束から抜け出そうと身をよじるが、まったく解けそうな気配はない。

 

「キリカ! 待ってろ! 俺が何とかひっぺ剥がして……」

「バカ! アタシのことはいいから、自分の身を守ることを考えなさい!」

「で、でも……」

「それよりも、水坂先生を連れて安全な場所に逃げなさい! ……見ての通り、アタシはもう役立たずよ。だから早く!」

 

 そうだ。水坂先生を放置するわけにはいかない!

 確かにキリカの言うとおり、いまは気絶した彼女を背負って逃げるしか……。

 

「あれ?」

 

 周りを見回す。

 気絶していたはずの水坂先生の姿は、そこにはなかった。

 

 

   * * *

 

 

「本当に、しつこいヤツっ!」

 

 ルカは苛立ちから思わず舌打ちしそうになった。

 これほどまでにしぶとい怪異は久しぶりであった。

 だが対処法はもうわかっている。

 霊力を放出したことで肉啜りはかなり消耗している。

 決めるなら、いましかない。

 母が大事にしていた庭を荒らすのは胸が痛むが、もう一度、物理的な攻撃で圧殺すればひとたまりもないはずだ。

 

「紅糸繰!」

 

 再び糸を巧みに操り、圧殺のための壁を引き寄せようとする。

 その瞬間……。

 

「え?」

 

 ルカを後ろから羽交い締めにする存在があった。

 ……水坂牧乃であった。

 

 

   * * *

 

 

「水坂先生!? いったい何を!?」

 

 見失った水坂先生は、いつのまにか庭に出ていた。

 そしてどういうわけか、ルカの背後に忍び寄り、ルカを拘束している。

 

「先生? 何をするの!? 離して!」

 

 とつぜんのことで動揺しつつもルカは抵抗する。

 だが人間相手には霊力を行使できない禁呪をかけられているルカでは、拘束を解けない。

 水坂先生……いったい何であんな真似を!?

 

「グ……ガ……」

「っ!?」

 

 水坂先生の体に異変が起こる。

 白目を剥いたまま、体が痙攣する。

 まるで筋肉を無理やり動かされているように。

 まさか……水坂先生は、気絶したままなのではないか?

 

「おごぉ!」

 

 水坂先生の口元から何かが出てくる。

 ……それは、目玉が付いた小さな肉塊だった!

 

「よしよし、離すなよ『端末』。そのまま捕らえてろ」

 

 肉啜りが不敵に笑う。

 やはりヤツの仕業か!

 

「お前……水坂先生に何をした!?」

 

 怒りを滲ませてルカが問うと、肉啜りは愉快そうに嗤う。

 

「オレの『分身』を植え付けてやったのさ。作れるのは一体だけだが……この通り、忠実な操り人形として動かすことができる! お前たちの学園を特定した段階でソイツに植え付け、駒として働いてもらったのさ。マーキングをしたのもソイツだぜ?」

「っ!?」

 

 それじゃあ、あの時点で水坂先生はもう肉啜りに操られていたというのか!?

 なんて、やつだ……。どこまで生き物を侮辱すれば気が済む!

 

「おっと、ヘタなことはするなよ? 少しでも動けば『分身』でソイツの体を内側からグチャグチャにしてやるぜ?」

「くっ」

 

 形勢はあっという間に逆転した。

 人質を取られたのも同然の状態で、ルカにできることはなかった。

 

「それじゃあ、大人しくしててもらおうか! ゴパァ!」

 

 再び拘束用の肉塊を吐き出す肉啜り。

 肉塊はルカと水坂先生を丸ごと包み込み、あっさりと行動不能にした。

 

「そんな……」

 

 絶望で目の前が真っ白になる。

 ルカもキリカも無力化されてしまった。

 残ったのは……丸腰の俺だけ。

 

「待たせたねえええクロノダイキくうぅぅん! じっくりと君の肉を味わわせてもらうよおおおおお!」

 

 異形が迫る。

 獲物である俺を食らうために、ゆっくりと近づいてくる。

 

「黒野……逃げなさい……」

 

 拘束されたキリカが苦しげに呟く。

 

「ダイキ……」

 

 遠くからでも聞こえてくる、幼馴染の切実な声。

 ルカと目が会う。

 彼女の紅色の瞳は、涙で滲んでいた。

 

「お願い……逃げてっ」

 

 心臓がうるさいくらいに早鐘を打つ。

 息が荒くなり、立ってるのも難しくなる。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 逃げる?

 仲間を置いて、俺一人だけ?

 理性はそうすべきだと訴える。

 ここで俺が食われてしまったら、少女たちはいったい何のために戦った? すべてが無駄になってしまう。

 わかっている。そんなこと。でも……でも!

 

「フゥ……フゥ……」

 

 何かに祈るように、両手首につけた数珠、その片方を握る。

 璃絵さんに貰った、特別な数珠だ。

 

『この数珠が、きっとあなたの力になってくれる』

 

 璃絵さんはそう言った。

 だが現実はどうだ?

 厄除けの数珠をつけたところで、絶望はいま目の前に迫っている。

 俺を守るために戦った少女たちが、窮地に陥っている。

 

 分不相応なことで悩むな、と師匠は言った。

 できる者に託す勇気を持つことが大事だ、と璃絵さんは言った。

 

 ……でも、俺は思う。

 その託すべき相手がいなくなったときは、どうすればいい?

 ただ悲鳴を上げて、逃げるしかないって言うのか?

 それでは、いつまでも悲劇は終わらない。

 同じことが、繰り返されてしまう。

 

「ああ、いい匂い。絶望した生き物の匂い……何度嗅いでもたまらない! 特に女どもの絶望はやはり芳しい! いい具合に仕上がってるじゃあないか! 気が変わった! 先に女どもを食うとしよう! 君は最後の楽しみさ! 待っててくれ! 一瞬で食べ終わるからねぇ!」

「っ!?」

 

 肉啜りの触手が、ルカとキリカに伸びていく。

 脳内に浮かび上がる、皮だけになったクロノスケの骸の姿。

 ルカとキリカも、あんな姿にされるというのか?

 

「……やめ、ろ」

 

 恐怖で震えていた体が、別の意味で震え上がる。

 

 俺はビビリだ。

 本当にホラーが大嫌いだ。

 化け物が恐ろしくてしょうがない。

 怖くて、怖くて、いまだって泣き叫んで逃げ出したい。

 でも……。

 

 大切な少女たちを失う。

 それ以上に、怖いことがあるか?

 

 心臓が激しく鳴る。

 身の内から、熱いものが込み上がってくる。

 

「……やめろ」

 

 これまでは、怪異に対して逃げることしか選択肢がなかった。

 いつもいつも、ルカたちに任せっきりだった。

 璃絵さんと師匠の教えに従ってきた。

 

 でも……でも俺は!

 

 

 

 

 

 ……助けたい存在がいた。

 

 清香さん。

 クロノスケ。

 

 救いたかった。

 彼女たちの理不尽な運命が許せなかった。

 それを見ていることしかできない自分がイヤだった。

 もう二度と、あんな思いは、したくない。

 

 だから……俺は!

 

「やめろおおおおおおおお!!!」

 

 感情のままに、声を荒げる。

 瞬間……。

 

 両手首に付けた数珠が、光を発した。

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