【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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 前回の『藍神の剣』は改稿を加えております。
 いくつか内容に変更点があるため、未読の場合は再読をオススメいたします。


成長の兆し

 

 

   * * *

 

 

 鋼鉄の篭手を空にかざす。

 手の甲に埋め込まれた白い宝珠が光を発する。

 その光に引き寄せられるように、四つの影が俺のもとに集まる。

 

 赤い影が遠吠えを上げる。

 すると、篭手の宝珠が赤い光を発して、炎を噴き上げる。

 

 黄色い影が素早く駆け回る。

 すると、篭手の宝珠が黄金色の光を発して、砂嵐を巻き上げる。

 

 緑色の影が翼をはためかせる。

 すると、篭手の宝珠が緑色の光を発して、つむじ風を起こす。

 

 青色の影が跳ね上がる。

 すると、篭手の宝珠が青い光を発して、流水を生み出す。

 

『……もう少しだから。あと、もう少しで、ぼくたちは……待ってて? 必ず、助けに行くから』

 

 どこからか、声がする。

 初めて聞く声……だというのに、どこか懐かしさを覚える。

 

 四つの影が遠ざかっていく。

 そのことに、どうしてかひどく寂しさを覚える。

 待ってくれ。行かないでくれ。もう少し……もう少し、俺の傍に……。

 

 手を差し伸ばす。

 すると、俺の手は何か柔らかいものを掴んだ。

 とても、とても柔らかく、いつまでも触れていたいような……。

 

「ん?」

 

 ふわふわで、むにゅむにゅ。

 そして張りのあるこの感触……あれ? これってもしかして……。

 

「……いい度胸だなダイキ。無断で師匠の乳を鷲掴むなんてよぉ」

「え?」

 

 意識がハッキリしてくる。

 眩い朝陽が差し込む病室らしき一室。

 そこに、なぜか師であるツクヨさんがいて……俺の手は彼女の胸を思いきり掴んでいた。

 サァーッと血の気が引いていく。

 

「あらあら~、ダイちゃんは相変わらずおっぱいが好きね~? 良かったら私のおっぱいも触る~? 頑張ったご褒美にいくらでも触らせてあげるわよ~?」

「ハッハッハッハッ! あまり甘やかすでないぞミハヤ! 初陣で怪異一匹を倒したのは見事じゃが、その後こっぴどくヤラれるような未熟者にはキツイお仕置きをせねばならんのだからなぁ!」

「ん……ダイキ、まだ甘ちゃん。一から、鍛え直す……」

 

 ツクヨさんだけでなく、他の師匠も勢揃いしている。

 わぁ! ここは地獄かな?

 肉啜りや水坂牧乃との連戦で何とか無事に生き延びたというのに……オイオイオイ。死んだわ、俺。

 

「詳しい経緯は藍神の嬢ちゃんから聞いた。まあ、なんだ……病み上がりのところ悪いが、いろいろ説教してやるから覚悟しとけよ、バカ弟子?」

「……押忍」

 

 どうやら、悪夢はまだ続いているらしい……。

 

 

   * * *

 

 

 結構な大怪我をしたはずだったが、傷はほとんど塞がっていた。

 俺たちが運ばれた病院は霊能力者で構成された特殊な医療機関で、治療霊術のおかげで何とか一命を取り留めたようだ。

 別の病室にいるルカとキリカも、一切傷痕も残らず、元気に回復したらしい。

 ただ、一応大事をとって、しばらく入院することになりそうだった。

 

「とりあえず肉啜りの件は、オレが代わりに機関に報告しといた。……お前のことは伏せてな」

 

 ツクヨさんは渋い顔でそう言った。

 

「霊力も無い人間が腕っ節だけで怪異を討伐した……なんて連中が知ったら、お前に何しだすかわかったもんじゃねーからな。いいかダイキ? 体を弄くり回されたり、ワケのわからねー実験に付き合わされたりしたくなかったら……絶対に今回のことは機関の人間に言うな。わかったな?」

「……押忍。感謝します、師匠」

 

 怪異もおっかないが、得体の知れない機関も同じくらい不気味だ。

 俺に興味の矛先が向いた途端、何をされるかわかったものじゃない。

 ツクヨさんの気遣いに心から感謝した。

 

「それにしても凄いわダイちゃ~ん。初めて霊装を使って怪異を倒しちゃうだなんて~。さすが私のかわいいお弟子ちゃんね~♪ いいこいいこ~♪」

「は、はあ。恐縮ですミハヤ師匠」

 

 ミハヤ師匠が蕩けるような声色で近づいてきて俺の頭を撫でる。

 あ、相変わらず距離感が近い人だな~。

 うっ。いまにも薄着からこぼれ落ちそうなバカデカいおっぱいが当たって……。

 

「……ああ、やっぱり古くさい掟なんて破っちゃおうかしら? こんなに美味しそうな子が身近にいるのに、我慢しろだなんてお爺様も鬼だわ~」

「ミ、ミハヤ師匠?」

「うふ~♪ ダイちゃんったら~、見ないうちにまたかっこよくなっちゃったわね~? 小さい頃はあんなにかわいかった子がこんなに逞しくなっちゃって~……あ~ん、もう我慢できない~。か~ぷ♪」

「ぴい!?」

 

 とつぜんミハヤさんに耳を噛まれた。

 甘噛みとかそんな生易しいものじゃなく……思いきり傷痕が残るような噛み方だ! イテテテテ!?

 

「ねえ、ダイちゃ~ん? いまからお姉さんと楽しいことしない~? 他の三人は厳しいこと言ってるけど~、私だけはダイちゃんのこといっぱい甘やかして~、かわいがってア・ゲ・ル♪」

「ヒエッ……」

 

 耳元に向けて色っぽい声色で囁かれるが……ミハヤさんの目は据わっている。

 甘やかす? かわいがる? 冗談じゃない。俺にとってそれは死刑宣告に等しい。

 だってこの人……力の加減知らないんだもん!

 さっきのだって彼女にとっては甘噛みのつもりなのだろうが……耳が引きちぎれるかと思ったわ!

 本人は至って気軽にじゃれついているつもりなのだ。それが余計にタチが悪い。

 どんなに無邪気に懐かれても、猛獣のパワーは繊細な人間では受け止めきれない。それと同じだ。

 

「ミハヤ。自重せんか。まだ大事な話の途中じゃぞ」

「あ~ん。ちょっとくらい、いいじゃない~。カザネちゃんのケチ~」

 

 そのまま文字通り捕食されるかと思ったところで、カザネ師匠がミハヤさんを引き離してくれた。

 ホッ……。

 カザネ師匠、風変わりな人だがやっぱり頼りになる良い人だ。

 さすが、この中で最年長なだけある。

 

「おう、そうじゃダイキ。無事に退院したら我が輩が()()な修行をつけてやるから楽しみにしておれよ? ハッハッハッハッ!」

 

 ……うん。最年長だけあってやっぱり特別厳しい。

 

「……じ~っ」

「……な、なんすか? ウズエ師匠?」

 

 ウズエ師匠が横から俺を凝視してくる。

 もともと無表情なのに、ジャージの裾で口元を隠しているので、相変わらず何を考えているのか、顔から読み取ることができない。

 

「……あたしも、おっきいよ?」

「え?」

「おっぱい、あたしもおっきいよ?」

 

 そう言ってウズエさんはジャージ越しでもわかる豊満な膨らみを見せつけてくる。

 いや、はい……デカイのはわかってます。小柄な体と童顔とのギャップがたいへんエッチだと思います。

 なんて口に出すわけにもいかないので、俺は「はあ~……そうっすね」と曖昧に返事をして首を傾げるほかなかった。

 

「……ヘタレ」

「何なんすか!?」

 

 お気に召す反応ではなかったのか、ウズエさんはプイッと不機嫌に顔を逸らしてしまった。

 うーん、やっぱりよくわからない人だな~。師匠の中では最年少で、俺とは歳が一番近いぶん親しみやすさはあるのだが……いまだに彼女の内面を推し量ることは難しい。

 紫波家の間でも『天才児』と呼ばれるウズエさん。やはり天才というタイプはどこか一風変わっているようだ。

 

 そんな個性的な四人の師匠たちは、どうやら俺を心配して駆けつけに来てくれたらしい。

 数珠が篭手へと変化した気配を察知して、俺がどういう状況に陥っているのかわかったようだ。

 

「その霊装は、簡単に言っちまえばお前の心に反応して起動する仕組みになっている。璃絵さんが、そういう術式を組んだんだ」

 

 ツクヨさんがそう説明する。

 璃絵さん……やはり、あの人の仕込みだったのか。

 

「お前が怪異に対して、恐怖よりも、怒りや闘争心が上回ったとき……ソイツは数珠から姿を変えて、お前の腕に出現する。……まあ今回は、お前にしては珍しく、ガチギレしたってわけだな。その肉啜りってヤツに」

 

 ツクヨさんの言うとおりだ。

 普段の俺だったら、怪異に対して恐怖以上の感情はいだけなかった。

 事実、霊装はこれまでずっと起動してこなかった。

 ……初めてだった。あそこまで、怪異に対して怒りや憎しみをいだいたのは。

 

「……聞いていいですか?」

「何だ?」

「どうして、この霊装を俺に? だって、確かこの霊装はツクヨさんの……」

「……予防措置ってやつだ。お前、危なっかしいからな。いつかテンションに任せて無茶するんじゃねえかって思ったんだよ。実際、その通りになったな」

 

 俺の質問をはぐらかすように、ツクヨさんはぶっきらぼうに言った。

 

「肉啜りを討伐した。そいつは見事だが……本来、あれはイレギュラーな出来事だってことを忘れるなよ? 水坂牧乃、つったか? オレたちの世界では、ああいうワケのわからねえ力を持った連中がいるのが当たり前なんだ。藍神の嬢ちゃんがいなかったら、お前マジで死んでたぞ?」

 

 ……ツクヨさんの言葉が胸に突き刺さる。

 水坂牧乃。

 取り込んだ怪異を自由に組み合わせて、合成された怪異を生み出す霊能力者。

 【常闇の女王】を信奉する『常闇の侵徒』……そして清香さんの仇敵。

 俺たちにとって、因縁の相手だ。

 倒すべき敵だ。

 だが……いまの俺たちでは、それはできそうにない。

 キリカの力が無ければ、生き残れなかった。

 

「……ヤツは、どうなりました?」

「影みてえなのに取り込まれて消えた。恐らく仲間の能力だろう。ヤツのことも一応、機関には報告している。……まあ、秘密主義の連中のことだから、とっくに知っていたかもしれねえけどな。『常闇の侵徒』か……アレはもう半分人間をやめてたな」

 

 存在が明らかになった敵勢力『常闇の侵徒』。

 水坂牧乃の言葉を信じるなら、ヤツらは【常闇の女王】を復活させるために活動している。

 いまだにその正体が判明していない【常闇の女王】……だが怪異の親玉と呼ばれる存在が復活なんてしたら……明らかにとんでもないことになるだろう。

 野放しにしておくわけにはいかない。

 何より、水坂牧乃は俺たちを騙し、清香さんの幸せを奪った憎むべき相手……絶対に許せない。

 ヤツとは何としても、決着をつけたい。

 

「……バカなこと考えるじゃねえぞダイキ?」

「え?」

「勢力の規模もわかっちゃいねえ相手に対して闘争心を剥き出しにしてんじゃねえ。あれだけ痛い目見たんだぞ? お前の気持ちはわかるが……ヤツらのことは任せられる者に任せるべきだ」

「……っ」

 

 ツクヨさんは俺の思考を見透かしたように釘を刺す。

 ……確かに、どれだけ意欲を燃やしたところで、いまの俺たちではあの水坂牧乃に勝てる見込みはない。

 他に、どんな能力者がいるのか。その戦力差すらもわかっていないのだ。

 悔しいが、ツクヨさんの言葉が正しい。

 

「お前は今回、確かに怪異を倒した。立派なもんさ。……だがあの連中はどう考えても、個人でどうこうできる相手じゃねえ。()()()()()を左右するかってレベルの敵だ。……そんなバカでけえもん、ガキのお前が相手する必要はないんだ」

 

 世界の命運……このホラー漫画の世界で、そんな壮大な言葉が出てくるなんて、思いもしなかった。

 俺たちオカ研は、これまで多くの怪異事件を解決してきた。

 平穏な日常を取り戻すため、怪異の魔の手から生き延び、その牙から人々を守ってきた。

 ……でも、それはあくまで自分たちの力量で可能な範囲での話だ。

 俺たちは決してスーパーヒーローじゃない。

 世界の危機に立ち向かえるような、超越染みた力を持っているわけじゃない。

 

『ダイキさん……もしかしたら、私たちは、とんでもなく大きな存在を相手にしているのかもしれません』

 

 スズナちゃんの言葉が思い出される。

 彼女の言うとおりだった。

 俺たちの敵は、想像以上に大きかった。

 

 もしも、これまでのように平穏な日常を過ごしたいのであれば……ツクヨさんの言うとおり関わるべきではないのだろう。

 でも……。

 

 そんなことが、できるのだろうか?

 何か、予感がある。

 とても、不吉な予感が。

 どうあっても避けられない戦いがある……そんな因縁じみたものを感じるのだ。

 

 世界の命運なんて、一介の学生たちに過ぎない俺たちでは背負いきれない。

 だが……俺たちは、はたして、このままでいいのか?

 

 両手首に付けられた数珠を見つめる。

 肉啜りの事件を経て、俺は新たに戦う手段を身につけた。

 怪異事件において、自分が可能とする範囲を広げたのだ。

 その上で、俺はこの先、どうこの世界と向き合っていけばいいのだろう?

 

「……まあ、それはそれとしてだ。お前がその霊装を起動させちまった以上、オレは師匠として璃絵さんとの約束守らないといけねえ」

「え?」

「前にも言ったろ? 手の届く範囲で最善を尽くせって……ったく、しょうがねえよな。お前、できること増やしちまったんだからよ」

 

 ツクヨさんは深い溜め息を吐き、渋々といった様子で頭を掻いた。

 

「よく聞け? あくまで『自分でできる範囲のことをやれ』って話だからな。思い上がるなよ?」

「いったい何の話を……」

「さっきカザネさんが『特別な修行をつける』って言ったろ? ……カザネさんだけじゃねえ。オレたち三人の修行も受けてもらうぜ」

「え? それって……」

「退院したら、またしばらくウチに通え。……教えてやるよ。バケモンとの戦い方ってやつをな」

「っ!?」

「肉啜りみてえに物理攻撃でねえと倒せない怪異ってのは結構いるんだ。そういう相手に限っては……お前の出番かもな、ダイキ」

「師匠……」

「でも勘違いするな? あくまで自衛手段として教えるだけだ。今回みてえに格上の相手に早まった真似はするな? それだけは約束しろ」

「……押忍」

「まあ、そういうわけだ……覚悟しておけよ? 前以上に厳しく鍛えてやるからな」

「……押忍!」

 

 新たな修行。

 対人を越えた、対怪異のための戦い方……。

 霊装『双星餓狼』を起動させたことで、どうやら俺の修行は次の段階に進んだらしい。

 

 拳を握りしめる。

 ……強くなれる。

 俺は、まだ強くなれるのか!

 

「……紫波家からすれば、お前のその顔は『良い顔』なんだろうが……オレは見ていると正直不安になるぜ」

「え?」

「なんでもねえ、独り言だ。とにかく、いまは体を休めろ。落ち着いたら嬢ちゃんたちに顔を見せにいってやりな。お前のこと心配してたぜ?」

 

 ツクヨさんはそう言って、俺の頭にポンと手を置いた。

 

「邪魔したな。詳しいことはまた道場で教えてやる」

「楽しみだわ~。またダイちゃんと楽しく修行できるのね~」

「ハッハッハッハッ! 昔と違って、もう一切合切甘やかさんからな! 心してかかれよダイキ!」

「ん……凄いの、いっぱい、教えてあげるから……」

 

 病室を去る四人の師匠に向けて、俺は深々と頭を下げた。





 次回で肉啜り編エピローグです。
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