【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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番外編②バブバブタイム

 

 今朝はどうも肩が重かった。

 変だな? 寝違えちゃったかな?

 肩をさすりながら階段を降りる。

 ……んー何だろう。まるで体重が増えたように重い。気をつけて階段を降りないと転んでしまいそうなほどに。

 洗面所に入り、顔を洗う。

 ふぅ~。とりあえずサッパリして気分を変えよう。

 タオルで顔を拭き、鏡を見る。

 鏡には映っているのは、眠たげな自分の顔。

 そして……。

 

『アァ……ダァアアアァ……』

 

 腐乱した赤ん坊サイズの生き物が肩に乗っかっていた。

 

 ああっ、なるほどなるほど。

 どうりで重いわけだ。

 アハハハハハハハハハ……。

 

 

 

 朝から、けたたましい俺の悲鳴が近所中に響いた。

 

 

   * * *

 

 

「これは……水子だね。いつのまにかダイキにくっついてきちゃったみたい」

 

 水子……つまり赤ん坊の霊か。

 

「う、うぅ……か、体が重い……お、押し潰されそうだ……」

 

 今朝は肩が重いだけだったが……いまでは全身が重く、ベッドから身動きも取れない状態となっている。

 まるでデカイ岩が乗っかてるみたいだ。

 

「ダイくん! しっかりして!」

「まずいわ……このままじゃ骨が砕けるかもしれないわよ?」

「ルカさん! 早くダイキさんを助けてあげてください!」

 

 部屋にはルカだけでなく、事情を聞いて駆けつけてくれたオカ研の皆もいる。

 全員、心配げに俺の状態を見守りながら、ルカに助けを求める。

 だが……。

 

「私も早く除霊したいけど……赤ん坊の霊は扱いが難しいの。魂が無垢なぶん、力加減がわからないから、強制的に引き剥がしたりしたら、ぐずって凶暴化しかねない。それこそ……ダイキの体があっという間に粉々になってしまうかもしれない」

 

 圧死する自分の姿を想像し、ブルリと震える。

 

「それにしても、どうして水子が黒野に……」

「……ねえ、もしかして昨日、ダイくんにぶつかってきた男の人が原因じゃない? ほら、すごく感じ悪そうで、大人しい女の人を連れてた……」

 

 レンの言葉で俺も「そういえば」と昨日のことを思い返す。

 街中を歩いていたら、とつぜん柄の悪そうな男にぶつかったのだ。

 

『チッ! 気をつけろ!』

『あ、すみません……』

『ちょ、ちょっとタッくん! ご、ごめんなさい!』

 

 ぶつかってきたのは男のほうだったが、特に悪びれることもなく行ってしまい、恋人らしき気弱そうな女性が代わりに頭を下げた。

 

『な~に~あの人、感じワル~。自分からぶつかってきたくせに!』

『ダイキさん、お怪我はありませんか?』

『ああ、俺は大丈夫。むしろ俺が上手く体を反らさなかったら、あの人の肩がぶっ壊れてるところだったよ。危ない危ない』

『え? こわっ……なに? ダイくんの体にぶつかったら本当に骨とか折れちゃうの?』

『紫波家に鍛えられた体を舐めちゃいかんよ』

 

 まあ事を荒立てるのも嫌だったので、その場は穏便にスルーしていたのだが……。

 

「レンの予想通りかもしれない。この赤ん坊は、中絶で生まれることができなかった霊みたいだから。もしかしたら、あのカップルの……」

 

 ルカの言葉に女性陣は言葉を失う。

 中絶……ということは、恐らくあの男は妊娠した女性に対して……。

 

「……最低!」

「許せないわ、あの男!」

「命を何だと思っているのでしょうか!」

 

 少女たちは怒りに震える。

 女性として、男の身勝手な行為が許せないのだろう。

 だが、それは男である俺も同じだ。

 赤ん坊に対して、強い憐憫が湧いてしまう。

 この世に生まれ落ちることもできず、失われてしまった小さな命……。

 どうにか、救ってあげたい。

 

「かわいそうだけど……でもこのままだとダイくんが!」

「ルカさん。何か方法はないんですか?」

「何とか説得するしかない。ダイキから離れてくれるように。……ねえ、坊や? お願いだから、ダイキから離れて? その人はあなたのお父さんじゃないのよ? あなたが憑いてると苦しい思いをし続けるの。だからね? 良い子だから、スッと離れて? ……ダメだ。嫌がって離れてくれない」

「そんな……」

 

 ルカは優しい声色で赤ん坊の霊に離れるよう言い聞かせるが……よほど強情らしく、ずっと俺にひっついているようだ。

 

「ルカ、他に方法はないの?」

「説得に応じてくれないのなら……あとはもう、霊そのものの未練を晴らすしかない」

 

 未練……。

 赤ん坊の未練と言ったら、それは……。

 

「この子は、愛に飢えている。自分を愛して、大事にしてくれる親の存在を求めてる」

 

 やはり、そうなるよな。

 でも、実の親と思われる男はあんな人間だし……いったいどうやってこの赤ん坊に愛情を与えれば……。

 

「つまり……私たちがお母さん役になればいい」

「……はい?」

 

 ルカが放った言葉に、俺は耳を疑う。

 

「ダイキの体から離れないのは、恐らくダイキを通して母親の愛情を求めているから! ……なら、ダイキを赤ん坊のように甘やかして、愛情をたっぷり注げば、きっとこの子の未練も晴れるに違いない!」

「……いやいや、その理屈はおかしい」

 

 すっごいシリアスな顔で言っているけどねルカさん……何を考えているのですか?

 あの、一応、命がかかっている状況なんですよ?

 もう少し真剣に解決法を……。

 

「……なるほど。一理あるわね」

「キリカまで何言ってんの!?」

 

 ストッパー役のキリカまでルカの案に納得しているだと!?

 

「この場ではこれが最適解だと思うわよ? どの道、実親を探す暇なんてないわけだし、それがこの子のためになるとは限らない……だったら、アタシたちが親の代わりにこの子の未練を晴らしてあげるほうが現実的よ」

「む、むう……」

 

 そう言われてしまうと、確かにそれしか打開策はないように思われる。

 ……え? でも待って?

 ということは……いまから俺がされることって……。

 

「……ねえ、ルカ? つまり、それってダイくんを……」

「赤子にするように、思いきり甘やかして良いということでしょうか?」

 

 な、何だ?

 レンとスズナちゃんの目がギラリと妖しく光ったような……。

 

「そういうこと。これもダイキを助けるため……そう、ダイキのためだから」

 

 ルカさん? あなたまでなぜ鼻息を荒くしてるんですか? 怖いよ。

 

「ダイキ」

「ダイくん」

「ダイキさん♪」

 

 キリカを除いた三人の美少女たちが、身動きの取れない俺に迫ってくる。

 その顔はやけに恍惚としており、声もやたらと甘ったるい。

 少女たちはベッドに上がり、それぞれが、たわわに実った乳房を押しつけてくる。

 まるで、赤子を抱くように。

 少女の甘い匂いと、フワフワな感触に包まれる。

 少女たちは耳元に唇を近づけ、蕩けるような笑顔を浮かべて言う。

 

「「「……ママでちゅよ~?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 カラン、コロン、と懐かしい音が鳴る。

 家の押し入れに仕舞いっぱなしで、もう使われることはないと思われていた『ガラガラ』であった。

 

「ぼくちゃ~ん? いい子でちゅね~? ママにいっぱい甘えていいんでちゅよ~?」

 

 レンがヨシヨシと俺の頭を撫でながら、手に持ったガラガラを振る。

 俺は真顔でガラガラの音を聞く。

 

「うふふ♪ ぼくちゃんはかわいいでちゅね~? ママはかわいいぼくちゃんのことが大好きなんでちゅよ~?」

 

 横ではスズナちゃんが特大のバストをパフパフと押しつけながら、耳元で愛を囁いてくる。

 

「は~い、ぼくちゃ~ん。おしゃぶり見つけてきまちたよ~? おばさまに頼んで消毒してきまちたからバッチくないでちゅよ~? はい、お口開けてくだちゃ~い?」

 

 記憶にあるおしゃぶりをルカに差し出される。

 抵抗することもできない俺は、黙っておしゃぶりを咥える。

 

 ……転生して間もない頃、母親にお世話されていたとき、思ったものだ。

 まるで赤ちゃんプレイだなと。

 ……まさか、成長してまたこんなプレイをするとは思わなかったよ。

 

「……うわ~。賛同しておいて言うのもなんだけど……地獄絵図ねコレ」

 

 台所でベビーフードを作ってきたキリカが、この状況を見てドン引きしている。

 やめてくれキリカ。

 そんな目で見ないでくれ。

 壊れてしまう。

 体よりも先に、俺の自尊心が、音を立てて粉々になってしまう!

 

「クロノ様ァ!? レンさんから救援要請をいただき駆けつけて参りましたわ! このアイシャ・エバーグリーン! クロノ様のためにママになりますわ!」

 

 うわっ、ママが増えた!

 

「よく来てくれたね、アイシャちゃん! シスターさんの慈悲深さでどうか赤ちゃんの魂を救ってあげて!」

「承知しましたわ!」

 

 承知しないでほしい。

 なんてことだ。アイシャにまで赤ちゃんプレイをされるというのか!?

 

「ハァ、ハァ……ク、クロノ様ァ♡ いいえ……ぼくちゃぁん♡ 神の慈愛は等しくすべての命に与えられるもの……このアイシャが神に代わって、愛をたっぷり注いでさしあげますわぁ♡」

 

 そう言ってアイシャはとても慈悲深きシスターとは思えない淫蕩に染まった表情でジリジリと迫ってくる。

 ……身の危険を感じるのは気のせいだろうか?

 

「あ、そうだ。赤ちゃんといえば、やっぱりアレをやらないとね」

「え?」

 

 ルカは何か思い至ったのか、とつぜん上着に手をかけ脱ぎだした。

 

「ぶうううう!」

 

 幼馴染の衝撃的な行動に思わず噴き出してしまい、おしゃぶりが彼方へ吹っ飛んでいく。

 

 上着をすべて脱ぎ、上半身が純白のブラジャーだけになったルカ。

 ……メートル越えの特大のバストがぶるんばるんと目の前で揺れ動く。

 ご、ごくり。官能的過ぎる光景に思わず喉が鳴った。

 

「ななななっ!? 何やってるんだルカ!?」

「何って、決まってるでしょ? ……()()()()()()()でちゅよ~?」

「っ!?」

 

 そう言ってルカは躊躇いもなくブラジャーのホックを外そうと……いやいやいや!

 

「ルカ! それはさすがにマズいって!?」

「どうして? 赤ちゃんにはおっぱいをあげるものだよ?」

「それは出るもんが出る場合でしょうが!? いや、出たとしてもやっちゃダメだ!」

「……でも私、思うんだ。赤ん坊が一番、母の愛を感じる瞬間って、おっぱいをあげているときだって」

 

 はたしてそうだろうかぁ!?

 ヘイ! そこんとこどうなんだい!? 俺に取り憑いたベイビーよ!?

 

「ク、クロノ様! そういうことでしたら、アイシャもやりますわ! きっと……出ると思いますから!」

「何がだよ!? こら、アイシャまで脱ぎだすな……って、うおっデッカ!? 胸デッカ!?」

 

 改造シスター服をなぜかすべて脱ぎ捨て、下着姿になるアイシャ。

 ワインレッドの下着に紐パンだと!? シスターがそんなハレンチな下着を着ていいと思っているのか!?

 そして……デカアアアアアアアイ!!

 小柄な体と童顔に似つかわしくない超特大の色白バストがバインバインに揺れること揺れること!

 ムチムチと柔肉がぶつかり合う音がやかましくてしょうがない!

 

「……そ、そうだよね。これは、人助けなんだもん。うん、ならしょうがない。い、いつかは見せるつもりだったし……」

「レ、レン?」

 

 頭上のレンも何やらブツブツと呟き、自分を納得させるように一人頷き「ヨシ!」と気合いを入れる。

 

「ダ、ダイくん? 私のおっぱいでも、いいんだよ~?」

 

 と言って、ペロンと上着を捲り、水色の下着に包まれた形の良い爆乳をブルンと露わにするレン。

 お前まで何やってるんだああああ!!?

 

「なるほど! 多くの女性のお胸を与えれば、赤ちゃんも『これだけ自分は愛されている!』と実感して成仏されるかもしれない、ということですね!? スズナ、承知しました! ダイキさん! どうぞスズナのお胸も存分に!」

「スズナちゃんまで!?」

 

 使命感に燃えたスズナちゃんも恥じらうことなく上着を脱ぎ、ピンク色の品の良いブラジャーに包まれた爆乳をボインと外気に曝す!

 

「キリカさん! 何をボーッとしているのですか!? ダイキさんの命がかかっているのですよ!? さあ、あなたも脱ぐのです!」

「え? いや、ちょっとスズナ? アタシはちょっとそういうのは……」

「問答無用です! さあ、母なる乳房をお出しなさい!」

「いやあああああ!?」

 

 一人傍観者として突っ立っていたキリカを、スズナちゃんは強引に引っ張り、衣服まで脱がしだす。

 キリカの藍色のブラジャーに包まれた三桁バストがだっぷんと勢いよく弾んで現れる!

 

「あばばばばばばば……」

 

 見渡す限りのおっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい。

 皆、びっくりするくらい大きくて、形も綺麗で、色白で、何だかとっても甘い匂いまでする……そんな美少女たちの爆乳が十房も! 眼前に迫ってくる!

 

「ダイキ……いいんでちゅよ? ダイキはいま……赤ちゃんなんだから。い~っぱい、ママたちのおっぱいに甘えても……ね?」

「あぁ……クロノ様ぁ……アイシャママのお胸に、どうかたっぷりと母性を感じてくだちゃいませ?」

「ダイくぅ~ん。ママたちが全部ぜ~んぶ、お世話してあげまちゅからね~? だから~……素直になりまちょ~?」

「さあ、お好きなお胸からどうぞ~? ママたちがいっぱい愛してあげまちゅからね~?」

「う、うぅ~。何でアタシまでこんなこと~……ああああ! もうヤレばいいんでしょ!? アンタもひと思いにやりなさいよ~!」

 

 プチッ、と一斉にホックが外れる音。

 美少女たちのたっぷりと実った膨らみを抑える布が、ゆっくりと、スルスルと落ちていき……。

 

「……ブハアアアアアアアア!!」

「ダイキ!?」

「きゃああああ!? 鼻血ですわあああ! 是非とも採取を……いえいえ! クロノ様しっかりなさってええ!?」

「ダイくん!? ええ!? せっかく覚悟決めたのにぃぃ!」

「あらあら~。いつもながら凄い勢いです」

「……まあ、こうなるわよね」

 

 刺激的すぎる光景にビビリで色事に耐性のない俺が正気を保てるはずもなく、いつものように鼻血を噴き出して気絶した。

 

 

   * * *

 

 

 赤ん坊が泣いている。

 腐乱した体をくねらせて、親を求めて泣いている。

 

「……」

 

 いつもの俺なら、赤ん坊の見た目のあまりの醜くさに悲鳴を上げていただろう。

 でも……知ってしまったから。

 この子は、ただ本当に、愛情を求めているだけなんだと。

 この子だって、こんな姿になりたかったわけじゃない。

 俺は赤ん坊を抱き上げる。

 

「泣くな……よしよし……」

 

 金切り声を上げていた赤ん坊は、俺の胸の中で、ゆっくりと泣き止んでいく。

 初めて感じる人の温もりに、赤ん坊は戸惑っているようだった。

 ……そうだよな。

 この子は、親に抱かれるという当たり前の経験もできなかったんだ。

 知って欲しい。

 人は、温かいんだということを。

 

「大丈夫……もう怖くない……ほら? あったかいだろ?」

『ダァ……アゥ……』

 

 干からびたカエルのような手が宙を彷徨う。

 俺は、その手に指を差し出す。

 ……赤ん坊の小さな手が、たどたどしく指を握ってきた。

 

「いいんだ。お前は、悪くない。生まれていいんだ。だから……新しい場所で、生まれ変わるんだよ。大丈夫……今度は絶対に、お前を愛してくれる人のもとに生まれるよ」

『……だぁ……だぁ!』

 

 赤ん坊が光に包まれる。

 腐乱した体ではなくなり、肌つやの良い、何とも愛らしい赤ん坊の姿に変わる。

 

『きゃっ♪ きゃっ♪』

「うん。行っておいで?」

 

 赤ん坊は笑顔で天に昇っていく。

 ……俺は願う。

 今度は絶対に、あの子が無事に生まれることを。

 

 

 

 ……目が覚める。

 体は、もう重くなかった。

 

「ダイキ!? 大丈夫?」

「ルカ……無事に、成仏したみたいだな?」

「……うん。嬉しそうに、昇っていったよ」

 

 それを聞いて安心した。

 ルカに手を借り、起き上がる。

 あれから結構時間が経っていたようで、ルカ以外の少女たちはスヤスヤと眠っていた。

 心配して、ずっと傍にいてくれたのだろう。起きたら、お礼を言わなくては。

 

「あの赤ん坊は……最初から、ダイキに愛されたかったんだね。わかってたんだ。ダイキが、とっても優しい人だって……」

「そっか……」

 

 あの体の重みは、赤ん坊の『自分を愛して!』という訴えだったんだな。

 

「……ごめんな? 怖がったりして」

 

 窓から見える夜空を見上げながら、俺は赤ん坊に詫びた。

 

「今度は、良い親の元に生まれるといいな?」

「うん。そう信じよ」

 

 ルカと一緒に、赤ん坊の来世が幸福であることを祈った。

 

 

   * * *

 

 

 悲しき赤子はダイキによって救われた。

 ……そう。

 ()()()()は。

 

「は? 妊娠した?」

「う、うん。だからね、両親に会ってほしいんだ? タッくんのこと、そろそろ紹介したかったし。結婚のこととか、いろいろ考えなきゃ……」

「おろせ」

「え?」

「おろせ、つってんだよ」

「な、何を言ってるのタッくん? 私たち二人の子どもなんだよ!?」

「うっせーよ。知るかよそんなこと」

 

 男は溜め息を吐いた。

 この女も潮時だ。一度、中絶した女は、その後なかなか体を許してくれない。

 

「結婚だぁ? ったく、ウンザリなんだよ。どいつもこいつも妊娠した途端、婚姻迫ってきてよぉ」

 

 男にとって結婚など女遊びがしにくくなる枷でしかない。

 子どもなど、もっての外だ。

 親としての責任を背負うだなんて……考えただけでゾッとする。

 

「ひ、ひどいよタッくん! あなたはこの子の父親なんだよ!? ちゃんと責任取ってよ!?」

「うっせーつってんだよ!!」

「きゃああっ!?」

 

 妊娠している女性の体を、男は容赦なく蹴り上げる。

 

「……ひどい……あんまりだよ……」

「チッ! マジで鬱陶しいな……」

 

 蹲って泣く女性を、男は罪悪感の欠片もなく、ただひたすら面倒くさいものを見るように、冷めた態度を取っていた。

 

「ちゃんとおろせよ? そんで二度と俺の前に現れんな。後から親権がどうのとか、面倒くさそうな問題押しつけてきたらマジで殺すからな?」

 

 男は唾を吐いて、倒れている女性を見捨てて離れていく。

 すると……。

 

「……マタ、捨テルンダ?」

「あ?」

 

 背後から恨みがましい女性の声。

 

「マタ……ソウヤッテ、捨テルンダネ?」

「何だよ? まだ文句があんのかよ!?」

 

 どうやら痛めつけ足りないようだ。

 自分に意見をしてくる苛立ちから、男は振り返る。

 生意気なことを言えなくなるまで蹴りつけてやるつもりだった。

 だが……。

 

「……なっ!?」

 

 男は顔を引き攣らせた。

 倒れている女性の体から、何か黒い粘液のようなものが、ゴボゴボと音を立てて浮き上がっている。

 

「な、何だよオイ……何なんだよ!?」

 

 黒い水泡は、やがて何らかの形を取っていく。

 それは……まるで皮膚が爛れた赤ん坊のような姿だった。

 

「……捨テルンダァ? マタァ、捨テルンダネェ?」

「ひ、ひいいい!?」

 

 赤ん坊の輪郭をしたソレは、おぞましい声を上げながら、男に迫る。

 男は恐怖のあまり腰を抜かした。

 

「く、来るな! 来るんじゃネエ!?」

「……愛シテヨ? 拒マナイデヨ? ボクタチヲ……愛シテヨォ」

「や、やめろォ! あっち行けバケモンがァ!」

「ヒドイヨ」

「ボクタチハ」

「コンナニモ」

「パパヲ」

「愛シテルノニ」

「は?」

 

 不気味な声は、眼前からだけではない。

 いつのまにか男の周囲にいっぱい広がっていた。

 ……無数の、黒い赤ん坊が、男にくっついていた。

 

「ウワアアアアアアアアアア!!!?」

 

 黒い赤ん坊の群れが、津波のように男にしなだれかかる。

 男の悲鳴は、赤ん坊たちによって遮られる。

 

「パパ……パパ……」

「イッショ……ズット、イッショ……」

「ハナレナイ……永遠ニ……」

「抱キシメテ……ボクタチヲ……受ケ入レテ?」

 

 男の体は、無数の赤ん坊によって覆われていく。

 

「や、やめろ……グ、苦ジイ……ツ、潰レルゥ……カラダ、ガ、潰レ……アギッ!?」

 

 骨の軋む音と肉が破裂する音が、夜空に響く。

 赤ん坊たちの重みによって、その体は粉々になっていく。

 

 ……男には知るよしもない。

 それが、自分が撒いた種による報いであることを。

 それが、生まれることのできなかった赤ん坊たちの、無垢なる愛の印であることを。

 

 

 

「ん……あれ? 私、いったい……」

 

 気絶していた女性は目覚める。

 確か、自分は……妊娠を告げた途端、彼に暴力をふるわれて……それから、どうなったのか。

 

「ん?」

 

 ぼんやりとした意識の中で、女性は妙な匂いを嗅ぐ。

 何だろうか?

 酷く血生臭い、鼻を覆いたくなるような悪臭は……。

 匂いがする方向に、女性は目を動かすと……。

 

「っ!? いやあああああああああああああああああ!!!?」

 

 女性の悲鳴が路上に響く。

 この世のものとは思えない光景が、そこには広がっていた。

 

「パパ、パパァ」

「ヤット、ヤット一緒ニナレタ」

「ヒトツ、ヒトツニナッタ」

「ズット、ズットコノママ」

「寂シクナイ、モウ寂シクナイ」

「皆、一緒……ダカラ」

 

 融け合っている。

 潰れた死体に。

 かつて男だった亡骸に。

 無数の赤ん坊たちが。

 群れを成して。

 ひとつの存在になっていた。

 

 グチュグチュと混ざり合い、愛おしそうに男の潰れた肉と骨をしゃぶりながら、幸福を噛みしめるように笑い合っていた。

 

 

 キャハハハハハハハハハハハハ!!!!!!

 

 

 

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  • 白鐘瑠花
  • 黒野大輝
  • 赤嶺レン
  • 黄瀬スズナ
  • 藍神キリカ
  • アイシャ・エバーグリーン

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