「それにしても久しぶりですわねルカ!
「……」
「みなまで言うことはございませんわ! 安心なさい! やっと大きな任務を終えましたので、またしばらくこの街に滞在いたしますわ!」
「……」
「ああ、それにしてもクロノ様がご無事で本当に良かったですわ! 聞けばご自分の武力のみで怪異を滅されたとか! はぁぁぁん♪ さすがはクロノ様! さぞ素敵なお姿だったに違いありませんわ! ああ、クロノ様が果敢に戦われる場を想像しただけで、わたくし……ん、んんんん……んっ♡」
「……」
「ふぅ、ですわ……。ともかくルカ! 今日からまたライバルとして共に競い合いますことよ! わたくしのライバルとして相応しい振る舞いを見せてくださいましね!」
「……」
「もう~! 何ですの!? さっきからツレないですわね! あっ、やっぱりわたくしと会えなかったから拗ねてるんですわね!? あなたも可愛らしいところがあるんですわね~! そんなにわたくしと会えなくて寂しかったんですの? ね? ね? 寂しかったんですわよね? ……『寂しかった』って言ってくださいまし!!」
「無視してるんだからもう帰れよ」
「何でそんな冷たいこと言うんですの~!?」
先ほどからルカはアイシャをガン無視してスタスタと歩いている。
にも関わらず、アイシャは根気強く話しかけては涙目でずっと付いてきていた。
ぶっちゃけ「一番会えなくて寂しかったのお前だろ?」とツッコミたくなったが、絡まれると面倒なのでルカはやはり無視を決め込んだ。
「何ですの何ですの!? せっかく再会したライバルに対してあまりにも素っ気ないのではなくて!?」
「うるさいなぁ。そもそも私はあなたをライバルとは思ってないし」
「えっ!? そ、それはもしかして、わたくしのことを『大切なお友達』と思っているという解釈でよろしいですの?」
何やら照れくさそうにモジモジとしながら期待の眼差しを向けるアイシャ。
いったい何を勘違いしているのか、このおとぼけシスターは。ルカは深い溜め息を吐いた。
「は? そんなワケないでしょ。ダイキに色目使ってるお前なんて敵だよ敵」
「ガビーン! ですわ~!」
「いちいちリアクションが大きいなぁ」
やはりこのシスターは苦手だ。
ダイキに劣情まみれの感情を向けている時点で気にくわないことこの上ないが、ルカはそもそもアイシャのようなタイプとは相性が悪いのだ。
己の力に絶対の自信を持ち、成功することを微塵も疑わない。
どんなことも都合良くポジティブに受け止め、感情豊かに振る舞う。
……根暗で、臆病で、うまく気持ちを表現できない自分とは正反対だ。ルカはつくづく、そう思う。
思えば、最初に出会った時点で「ああ、こいつとはソリが合わないだろうな」とルカは感じていた。
『お初にお目にかかりますわ! あなたがこの地区を担当されている霊能力者だそうですわね? 現在この街には恐ろしい悪魔憑きがおりますが、ご安心なさって! このアイシャ・エバーグリーンが来た以上、もう事件は解決したも同然ですわ! お手を煩わせることもなく、わたくしが完全無欠完璧円満に退治してさしあげますから! どうぞあなたはごゆるりと吉報をお待ちになっていてくださいまし!』
いきなり来たかと思ったら、物凄いドヤ顔でそんなことを捲し立てるエクソシストにいだいた第一印象は「うわ、無様に負けそう」だった。
霊視したところ、霊力は確かに高水準。過剰な自信を得るに値する実力と経験を積んできたのは間違いないだろう。
だが、こういう手合いほど未経験の不意打ちに弱いものだ。
悪魔が相手ならば確かに専門家であるエクソシストに任せたほうがいいのだろうが……やはりここは念のため自分も参戦すべきだろう。そう思っていたルカだったが……。
『お~い、ルカ。誰か来てるのか? ……ん?』
ちょうどルカの屋敷に遊びに来ていたダイキが玄関から顔を出した瞬間、場の空気が変わった。
『っ!?』
ルカはとつぜん、言いようのない危機感をいだいた。
どうしてかわからないが、女の本能が「この少女とダイキを会わせてはいけない」と警告していた。
だが、もう手遅れだった。
気づけばダイキとシスターの少女の目線は重なっていた。
『……ああ、そっか。キリカと会ったんだから、次は彼女か。もうそんな時期か……』
ダイキはよくわからないことをブツブツと呟いてから、シスターの少女に柔らかな笑顔を浮かべた。
『ええと、初めまして。黒野大輝って言います。どうぞよろしく』
『……』
シスターの少女はボ~っと突っ立っていた。
最初のやかましさはどこへ行ったとばかりに、呆然とダイキを見ていた。
……いや、それは強いて言えば『見惚れていた』と表現すべきかもしれなかった。
見る見るうちにシスターは、色白な肌をゆっくりと桃色に染め、瞳をウルウルと潤ませ、表情は艶やかに上気していった。
『……ハッ!?』
そのとき、ルカは幻影を見た。
シスターの少女の胸元に向けて、ハートマークの付いた矢が放たれる幻影を。
……まさか。
まさかまさかまさか。
よりにもよってこの女、ダイキを見ただけで!?
『ずっきゅううううううううん!?』
アイシャ・エバーグリーン。ダイキと初対面で発した第一声は、まさかの「ずっきゅううううううううん!?」であった。
まったく、ダイキも罪作りな男である。
次々と出会う女の子たちを無自覚に片っ端から……。
だが仕方ない。
ダイキは世界一かっこいい男の子なのだから。
異性とは無縁な生活を送ってきた敬虔なシスターを一発で陥落させてしまうのも無理はない。
かっこよすぎるのも考えものである。もうダイキったら、少しは加減しなきゃダメでしょう~と何度お説教しようと思ったことか。
それはそれとして、ダイキに色目を使うのは断じて許さない。
純情な気持ちをいだく少女たちなら……まあ辛うじて許そう。
だがアイシャだけは許さない。
なぜなら彼女の目には劣情にまみれているからだ! しかも本人はそれを自覚していないのだから、余計にタチが悪い。
目を離した隙に、きっと自制も効かず衝動的にあーんなことやこーんなことをダイキにするに違いないのだ。
おのれ、ダイキは穢させない。絶対に渡すものか。
ルカの中でアイシャ・エバーグリーンという少女は完全に要警戒人物となった
悪魔憑きの件だって本当はもうアイシャに丸投げして『痛い目を見てしまえ』と放置しようとしたが『いや、助けてあげようよ!』とダイキが慌てて言うので渋々戦いに向かったのであった。
……結果、悪魔憑きに操られた人間たちに危うく貞操を奪われかけていたところを颯爽とダイキが助けてしまったものだから、アイシャはますます彼に熱い眼差しを向けることになった。
まるで運命の相手でも見るかのように。
そのときのことを思い出しただけで、ルカはまたイライラしてきてしまった。
な~にが「はうっ、この気持ちは何ですの?」だ。あざといシスターめ。
な~にが「貴方様のこと、その、ダ、ダダダ、ダイ……ク、クロノ様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」だ。本当はファーストネームで呼びたいくせに、ひよりよって。
な~にが「……わたくしは、この日のために生きてきたのかもしれません」だ。勝手に人の幼馴染に運命を感じるんじゃない。さっさと母国に帰ってしまえ。
「ねーねールカってば~。ライバル~。わたくしのことライバルって認めてほしいですの~」
「えーい、鬱陶しい。駄々こねるんじゃありません」
人の服の袖を掴んで何やら甘えん坊になっているアイシャに、ルカはますますウンザリとした顔を浮かべた。
こうなったらアイシャが悔しがる話でもして追い返してやろう。
「悪いけど私、急いでるの。これからダイキとの
「っ!? あ、
敵はうまく食らいついた。ルカは「フッ」と不敵な笑みを浮かべた。
「言葉通りの意味だよ。私いまね、ダイキの家に暮らしてるの。ご両親公認でね」
嘘は言っていない。
だが思い込みの激しいアイシャならば、この説明だけでたちまちあらぬ妄想を浮かべることであろう。
「ぬあんですってえええええ!? そそそれはつまり、あなたはいまクロノ様と朝も昼も夜も同じ屋根の下で一緒ということですのおおおおお!?」
案の定、アイシャは過剰に反応してきたのでルカは有頂天になった。
「そうだよ? もう、ダイキったら毎晩激しいんだから。ぽっ」
「毎晩!? 激しい!?」
嘘は言っていない。
ダイキは毎晩、激しいのである……筋トレが。
「毎朝、最初にダイキの顔を見て起きれるから、凄く幸せなの」
「毎朝!? 最初にクロノ様のお顔を見て起きる!?」
嘘は言っていない。
毎朝、ダイキは寝起きの悪い自分を起こすため、わざわざ部屋に入ってきてくれるのだ。優しい。
「休みの前日とかは、ダイキったらなかなか眠らせてくれないんだから」
「眠らせてくれない!?」
嘘は言っていない。
夜通しで映画を見たり、ゲームを楽しんだりと、休日前はついついダイキと夜更かしをしてしまう。
「ああ、もう毎日幸せすぎてどうしよ~って感じ。というわけでアイシャ? もうあなたが付け入る隙とかないから」
「あ、アアアア……は、破壊されますわ。これが『脳を破壊される』というヤツですの?」
しめしめとルカは笑う。バッチリ効いているようだ。
このまま、あることないことを誇張たっぷりに言ってアイシャの心に突き刺さったハートマークの矢を抜いてやろうではないか。
「ハァ、ハァ……クロノ様がルカと毎日まいにちあーんなことやこーんなことを! そんな! その場面を想像しただけで、わたくし、わたくし! ……あ、これはこれで、ちょっと快感に思えてきましたわ」
おいこら、克服して新たな扉を開こうとするんじゃない、この淫乱シスター。
このままでは、まずいとルカは焦る。
こうなったら最後のカードを切るとしよう。
「……アイシャは知らないでしょ? ダイキは家だとね、とても無防備なんだよ?」
「っ!? 無防備ですって!?」
「そう。とっても薄い部屋着を着て……鎖骨を丸出しにしているんだよ?」
「っ!? 鎖骨!? クロノ様の……鎖骨とおっしゃいましたの!?」
「そう、鎖骨。凄く、エッチな鎖骨だよ」
「はああああああああああん!? そんな! クロノ様、いけませんわ! そんな……そんな……鎖骨を丸出しだなんて、エッチすぎますわ~~!!!」
ダイキの鎖骨を想像してか、アイシャはいまにも鼻血を噴き出しそうなほどに興奮していた。
ほう、ダイキの鎖骨にエロスを感じるとは見所があるではないか。
だが残念だがお前とは今日までの関係だ。
引導を渡してくれよう。
ルカは腹黒い笑みを浮かべる。
「わかるよねアイシャ? ダイキは私相手だから鎖骨を見せてくれてるの。これぞ信頼の証。心も体も私に許し、委ねているのも同義。……つまり、もう勝負ついてるから? あなたをライバルとは思ってないのはそういうこと。おわかり? あんだすたーん?」
「いやああああああ! はあああああん!」
「というわけだから、もうこの国に思い残すことないよね? さあ潔く母国に帰ろうね? さよなら。バイバイ」
「あああああん! はああああああん!」
「喘いでないでさっさと帰れってば」
「んほおおおおおおおお!!」
「うっさいよ! もう、うっさいよ!」
ルカ。珍しく大声を上げた。
そして数秒後、ようやく興奮がおさまったアイシャは肩で息をしながらルカと向き合った。
「はぁ……はぁ……よく、わかりましたわルカ。わたくしが不在の間に、随分とクロノ様とご関係が進んだようですわね?」
「ふぅ……ふぅ……もともと私とダイキは深い関係で結ばれてるから。あなたが入り込む余地なんて一ミリだってないんだから」
「ええ、それは承知しているつもりですわ。……だからこそ、わたくしはあなたが羨ましいんですのよ?」
「え?」
「あなたと出会うまで、わたくしは自分を世界に祝福された存在と信じて疑っていませんでしたわ。……でも違いましたわ。あなたと出会って気づきましたの。わたくしが本当に求めているものは、あなたがすべて持っているということに」
「アイシャ? いったい何を言って……」
とつぜん改まって妙なことを口走るアイシャに、ルカは疑問符を浮かべた。
悪魔憑きの一戦以来、やたらと自分に対抗心を燃やしてくるシスター。
それはてっきりダイキが絡んでいるからと思い込んでいたが……もしや、べつの理由もあるというのだろうか。
「勝負はついてるとおっしゃいましたわね? いいですわ。それを踏まえた上で、改めて言わせていただきますわ」
凜としたアイシャの顔つきに、ルカは思わず身構えた。
「……略奪愛って、最高に興奮すると思いませんこと?」
「ふざけんな」
やはり、この女とはどうあっても相容れそうにない。