【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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 今回は一応ホラーです。


番外編⑪奇妙な洋食店

 

 その日、俺たちは毎度のように怪異事件の依頼をこなして帰るところだった。

 メンバーは俺とルカとレン。オカ研の初期メンバーで事足りる簡単な依頼だった。

 

「ダイキ~、レン~、私お腹空いちゃった。何か食べて帰ろう?」

 

 簡単な依頼とはいえ、最も仕事をこなして霊力もカツカツになったルカは空腹を訴えた。

 確かに小腹が空いた。何か軽く食べていくか。

 

「ん~、でもこの辺に食事ができるところなんてあるか~? 街からは結構離れてるし」

「チッチッ。甘いね、ダイくん。こういう寂れたところに隠れた名店がひっそりと建っているものだよ?」

 

 インフルエンサーとしてあらゆるお店に顔を出すレンが自信満々にそう言う。

 

「こういうときはとにかく看板を見つけること。電信柱に貼られてることもあるから注意深く観察して……ほら、あった! この先に洋食店があるってさ!」

「ナイスレン。ほら、ダイキ、行こ行こ」

 

 早速食事処を見つけた俺たちは案内に従って歩いて行った。

 

「ここか?」

「そうっぽいね。わぁ~いいじゃん。いかにも通好みな感じで!」

 

 小さな洋食店だった。

 駐車場らしきものは見当たらないので、本当にひっそりと経営している印象だ。

 

「こんな寂れた場所で儲かるのかね~?」

「きっと常連さんが多いんじゃない? まあ、私が宣伝すれば一気に大人気になるだろうから、このお店はもう安泰も同然だよ!」

 

 さすがは大人気インフルエンサー。心強いお言葉だ。

 

「早く入ろ? 私もうお腹と背中がくっつきそう」

 

 グーっとお腹を鳴らしてルカが急かす。

 よほど腹減りで弱っているのか、頭身が縮んでチビルカになってしまっている(※デフォルメでそう見えるだけです)。

 この状態のルカはろくに怪異と戦えない。早いところ満腹にさせてあげよう。

 

「ん?」

「どうしたのダイくん?」

「いや、この看板……変なの書いてあってさ」

 

 俺が指差した先の看板には奇妙なことが書かれていた。

 

【当店のメニューはオーナーの()()()()()()()()()()決めさせていただいております。飲み物、デザート付き。お値段お一人様2000円。オーダーは受け付けておりませんので、ご承知ください】

【注意:お残しは厳禁です。必ず食べきっていただきますようお願いいたします】

 

「メニューはオーナーの気分次第……え? 何コレ?」

「お客の注文は受け付けない上に、しかもお残し厳禁だぁ? おいおい、大丈夫かこんな店に入って?」

「ふぅむ……これはよほど味に自信があると見たね」

 

 レンは難しい顔でひとり頷く。

 味に自信があるのは結構だが、だからってお客には好き嫌いやアレルギーだってあるのに食べたいものを食べさせないなんて! 客商売としてどうなんだ!?

 

「なんだっていいよ。とにかく食べられるなら」

「あっ、おいルカ!」

 

 別の店を探すことを提案しようと思ったが、その前にルカが店の扉を開けてしまった。

 ……仕方ない。値段相応のものを食べられることを願おう。

 

 

 

 店内はこぢんまりとした造りだった。

 テーブルは僅かで、団体客はとても入れそうにない。

 ただセンスの良いお洒落な装飾が施されていて、優雅な気分で食事ができそうだった。

 

「いいじゃん、いいじゃん。私こういう静かでお洒落なお店好き~」

 

 レンはすでにインフルエンサーとしてのスイッチが入ったようで、店内のあちこちを観察している。

 

「……ん? 何だろこれ? 神棚?」

 

 シックな店だが、ひとつだけ雰囲気の調和を乱すものがあった。

 木材でできた立派な造りの神棚だった。

 そこだけ妙に空間を広々と使い、お供え物が大量に置かれている。

 

「商売繁盛の祈願かな? でもこのスペースを使えばもっとテーブル置けそうなのに」

 

 レンの言うとおり、神棚が置かれたスペースを使えばもっとお客を入れられそうだが……何やら「こっちのほうが重要だ」とばかりに丁重に扱われている印象がある。

 何か祀っているのだろうか?

 

「いらっしゃいませ。ようこそお越しくださいました」

 

 厨房から中年の女性がやってくる。

 格好から見るに、どうやら料理人のようだ。

 

「わたくし、当店の料理長を務めております、中島と申します。ささ、お席へどうぞ」

 

 にこやかな笑顔で料理長の中島さんとやらは俺たちを席に案内する。

 普通はウェイターがする仕事だと思うが、いないのだろうか?

 

「あの~、このお店、もしかしてあなたひとりで経営してるんですか?」

「ええ、スタッフはわたくしだけです。なのでウェイターも兼ねています」

 

 そりゃ大変だ。となるとテーブルも少ないのも納得だ。ひとりで店を回さなくてはいけないのだから。

 

「さて突然ですが……ありがとうございます!! お客様三名がご来店してくださったおかげで、当店の来客数がちょうど百人となりました!」

 

 料理長はパチパチと拍手を鳴らす。

 マジか? 偶然に入った店だったが、奇しくも記念的な瞬間に立ち会ったようだ。

 

「お店を開いて間もないのですが……安心しました! こうして無事に百名ものお客様に来ていただけて! 本日は盛大にサービスさせていただきます!」

「本当ですか!? やった~。ラッキーだったね私たち」

「いぇい。思う存分味わってしんぜよう」

 

 特別扱いを受けられるということで、レンとルカはすっかり有頂天だ。

 

「ああ、本当に良かった! 百人! ちょうど百人! やっと、やっと百人に……うっ、うぅ、うぅうううぅぅう!」

 

 料理長はとつぜん嗚咽を漏らして泣き出した。

 俺たちは呆然と料理長を見る。

 いや、来客数が百人に達したのは確かにめでたいが……そこまで泣くほどか?

 

「ああ、失礼致しました。取り乱してしまって、お冷やとおしぼりをどうぞ」

 

 泣き崩れんばかりの勢いで泣いていた料理長だったが、すぐに営業スマイルに切り替えて水を注いでくれた。

 

「それではわたくしは早速──オーナーに注文を伺ってきます」

 

 料理長は満面の笑みでそう言ってきた。

 ……やはり看板に書いてあった通り、お客の俺たちから注文を聞くつもりはないらしい。

 

「その……オーナーさんっていまお店にいらっしゃるんですか?」

「はい。店外のご案内にありましたように、当店はオーナーのその日の気分によってお客様のお料理を決めさせていただいております」

「いや、でも……それで食べたくもないものを出されても困るというか……」

「ご安心ください! オーナーが選ぶ料理でしたら、必ずお客様に気に入っていただけるはずですから! 現にいままでクレームは一件も発生していません!」

 

 俺は戸惑いながらレンとルカと視線を交わす。

 本当に、大丈夫だろうか? そのオーナーとやらに一任してしまって。

 

「本当に大丈夫ですから! だって……オーナーですから!」

 

 まるでオーナーに失敗などありえない、とばかりに料理長は断言した。

 

「じゃあ……とりあえずお任せしようか?」

「そ、そうだね」

「私はおいしければいいよ」

 

 不安はあるが、腹も空いていることだし、そのオーナーとやらを信頼しよう。

 

「ありがとうございます。それでは少々お待ちください。ああっ! あとこれも看板に書いてあったと思いますが……」

 

 料理長はにこやかな笑顔で振り返ったかと思うと……。

 

「絶対に、お料理を残さないでください。どんなものを出されても、です。オーナーの注文は、絶対ですから」

 

 真顔で、有無を言わせない声で料理長はそう言って、厨房に入っていった。

 

「……なあ、今更だけど、こっそり抜け出さないか? やっぱ変だってこの店」

 

 妙な不安感が働き、小声で二人に言い聞かす。

 

「うーん、でも私どんな料理が出てくるか気になるんだよね~」

「私はもう一歩も動けない。何か食べるまで帰らないから」

 

 レンはインフルエンサーとしての血が騒ぐのか、できあがった料理を見るまでは引けないようだ。

 ルカも食欲が最優先らしく、ちびちびと水を飲み出す。

 

「……あれ? このお水、すごくおいしい!」

 

 ルカは目を輝かせながら、水を一気飲みする。

 

「おいしい! こんなおいしいお水初めて!」

「え? 本当に? どれどれ~?」

 

 ルカにつられて、俺たちもグイッと水を飲む。

 

「……ん~。確かにおいしいけど、そんなに絶賛するほどかな?」

「うん。普通のミネラルウォーターな気がするけど」

「ふっ。この味の良さがわからないなんて……二人はお子ちゃまだね」

 

 ドヤ顔を浮かべながら、ルカは水を足して、また一気飲みする。

 

「……えへへ~♪ 何だろう~。このお水飲むとすごく気分が良いの~♪」

 

 顔をポワーっとさせながら、ご機嫌に体を左右に揺らすルカ。

 ……心なしか、顔が赤い。まるで酔っ払っているかのように。

 

「え? これ、水だよな?」

 

 慌てて匂いを嗅ぐが……アルコール臭さは感じない。

 やはり、ただの水だ。

 どういうことだ? 俺とレンはべつに飲んでも何ともないのに。

 

「ダイキ~♡ 体が熱いの~♡ 何とかして~♡」

「わわっ! ちょっ、ルカ! お店だぞここ!」

 

 火照った顔を浮かべてルカは上着を脱ぎ、俺にしなだれかかってきた。

 薄着越しに当たる豊満なおっぱいがむにゅうううっと押し潰れる。

 

「……な~に人の目の前でイチャつきだしてんですか~ご両人~」

 

 レンが冷めた目で俺たちを睨む。俺のせいじゃないだろ!?

 

「んっ……ダイキぃ~……私、なんか変なの。体が疼くの……お願い、触って?」

 

 艶やかな顔でルカは俺の手を取り、豊満な胸元を触らせようとする。

 

「こ、こら! ダメだってルカ! 良い子だから座ってお料理を待ってなさい!」

 

 必死に欲望を振り払ってルカを席に座らせる。

 ルカはどこかボケーッとした様子で天井を見ていた。

 本当にどうしちゃったんだルカのやつ?

 

 ガタンッ!

 

 ふと、店内にそんな音が響いた。

 まるで、苛立ちから壁を殴るような、そんな音だった。

 俺とレンは、音がしたほうに視線を動かす。

 

「……レン、いまそこの神棚から」

「うん。したね……何か、音が……」

 

 物が倒れた様子はない。

 聞き間違いでなければ、先ほどの音は……神棚の中から響いたように感じた。

 

「お待たせしました。お料理をお持ちしました」

 

 数分後、料理長が料理を運んできた。

 

 レンの前にはクリームソースのパスタとアイスティーが置かれる。

 俺の前にはオムライスとホットコーヒーが。

 そしてルカにはハンバーグステーキとオレンジジュースが用意された。

 ……意外と普通だ。何かとんでもない料理が出てくるのかと身構えたが、思った以上にシンプルだし、とてもおいしそうだった。

 レンとルカの反応を見るに、彼女たちも別に料理の内容に文句はないらしい。

 

「それではごゆっくり。デザートは食後にお持ち致します」

 

 料理長は頭を下げ、再び厨房に戻っていく。

 

「……しつこいようですが、絶対にお残しはされませんようお願いします」

 

 低い声で念押しをするように、料理長はそう言った。

 

「とりあえず、食べてみるか。あむっ……おっ、うまい!」

「本当だ! 変なお店だけど、味は確かだね! SNSに投稿しよっと!」

「もひもひ! このソースとお肉の見事な調和! はむはむ! しゅばらしき味つけ!」

 

 もし味が不出来だったら最悪だったが、この味ならお残しすることなく一気に完食してしまいそうだ。

 勿体ない。こんなにおいしいのに、自由に食べたいものを決められないとは。

 これならどんなメニューでもおいしいに違いないのに。

 

「……あっ、ニンジンとインゲンだ。ダイキ、食べれないから食べて?」

「え~? まったく、本当にルカは好き嫌い多いな~」

 

 お残しは厳禁である以上、苦手なものは代わりに誰かが食べるしかない。

 しぶしぶルカから野菜を受け取ろうとすると……店内がとつぜん大きく揺れ出した。

 

「わっ!? 何!? 地震!?」

「うおっ! 結構揺れ大きいぞ!」

 

 激しい横揺れに慌てだす俺たち。

 

「……え? ちょっと長くない? もしかして結構ヤバい地震?」

 

 揺れは一向におさまらない。

 こんな長い地震は初めてだ。

 

「……お客様?」

「っ!?」

 

 厨房から声がする。

 振り向くと、料理長の女性が包丁を持ったまま、俺たちを睨んでいた。

 

「……もしや、食べれないものを、他の御方に食べさせようとしましたか?」

「え?」

 

 何で、それを……。

 と言いかけた瞬間、料理長の目がカッと大きく開く。

 

「いけません! それはいけません! 食べてください! 出されたものはお客様自身で! 言ったでしょう!? お残しは厳禁って! ダメなんです! 出されたものを他のお客様が食べてしまっては! オーナーが選んだメニューなんですよ!? ひとつ残らず召し上がらないとダメなんです! だってオーナーが選んだ料理なんですよ!? 絶対に許されないんです! 食べてください! 出されたものは残さず! さあ! さあさあさあ!」

「ひっ!?」

 

 包丁を握りしめたまま、料理長はルカに接近する。

 

「食べてください! ほら! 一生懸命作ったんですから! 食べて! 食べて! 食べて! ……食べろ!」

「わ、わかった……食べるから!」

 

 ルカは慌ててニンジンとインゲンを顔を真っ青にしながら無理やり飲み込む。

 ……すると、揺れは急におさまった。

 

「……ああ♪ 良かった♪ ちゃんと食べていただけて♪ オーナーもきっとお喜びになります♪」

 

 料理長も先ほどの鬼気迫った様子から一変、にこやかな笑顔を浮かべてまた厨房に戻っていった。

 

「……うぅ、ダイキ~、ニンジンとインゲン食べちゃった~……気持ち悪いよ~」

「お~よしよし、よく頑張って食べたな」

 

 苦手な野菜を食べさせられて涙目になっているルカの頭を撫でる。

 あのルカがちゃんと苦手なものを……幼馴染として嬉しいぞ!

 

「……変だよ」

「どうした、レン?」

 

 スマホを眺めながら、レンは顔を蒼白にしている。

 

「変だよ。さっきあんなに揺れたのに、地震の速報がないの!」

「え?」

 

 嘘だろ? あんなに長く揺れた地震だったのに、どこも報道していないなんて、そんなことあるのか?

 

「それって、まさか……」

「……揺れていたのは、このお店だけってこと?」

 

 俺とレンは、再び神棚を見る。

 

「……ダイくん。試しに、私のアイスティー飲んでみてくれない?」

「……ああ」

 

 俺はストローを握り、レンのアイスティーを飲もうとする。

 すると……。

 

 ガタガタ!

 

 揺れた。また揺れだした。だがその揺れは……。

 神棚で起こっていた。

 

「ダイくん!」

 

 レンは慌ててアイスティーを飲む。

 すると、揺れはピタリと止んだ。

 ……さっきと同じだ。

 出された料理を本人以外が口にしようとすると、激しい揺れが起こる。

 このお店の中だけで。

 

 ……何だ? この店は何なんだ?

 明らかに普通じゃない!

 

「……どうする、レン?」

「とりあえず、出された料理は食べきっちゃおう。正直不安だけど、お残しが許されない以上、このお皿を片付けないと、たぶん帰してくれない」

 

 レンの言葉に従い、俺たちは急いで料理を食べきった。

 完食すると、急いで厨房に向けて声をかける。

 

「あの、すみません!」

「はい~。何か御用でしょうか~?」

「その……デザートは結構です! もうお腹いっぱいなので。でもお代はちゃんと払いますから、精算のほうを……」

「は?」

「ひっ!?」

 

 暖簾から、料理長の顔がヌルリと出てくる。

 

「……どうして、そんなことおっしゃるんですかぁ~? オーナーが選んだ特別なデザートをこれからお出しするのに~。とってもおいしいのに~」

 

 料理長は泣いていた。

 目玉がいまにも飛び出しそうなほどに瞼を見開き、号泣していた。

 

「食べてくださいよ~! ダメなんですよ~!? オーナーが選んだ特別なメニューなんですから~! 最後まで食べないといけないんですよ~!!」

 

 料理長は俺の服を掴み、縋りついてくる。

 

「食べて! 食べてよぉ! お金……お金いらないから! むしろ払うから! こっちが払うよ! だから全部食べて~~!」

「は、離せ!」

 

 恐怖のあまり思わず料理長を突き飛ばしてしまう。

 

「……デザートぉ……きっとぉ……見れば食べたくなりますよね~!?」

「ひっ!?」

 

 料理長はニマァと笑いながら四つん這いのまま厨房に入っていく。

 

「オーナ~!! 待っていてください~! あなた様の選んだメニューは必ずあの人たちに食べきってもらいますからね~! オーナー、オーナー! 私のオーナー~!!」

 

 正気じゃない!

 明らかにここは異常だ!

 

「ルカ! レン! 逃げるぞ!」

「う、うん!」

 

 レンは真っ先に出入り口に向かいドアを開けようとする。しかし……。

 

「あ、開かない! どうして!?」

「くっ!」

 

 閉じ込められたのか?

 マジで料理を完食するまで俺たちを帰さないつもりか?

 

 ガタガタ! ガタガタガタ!

 

 揺れている。また神棚が揺れている。

 まるで店から出ようとする俺たちに怒るように。

 

「ルカ! 何か感じないのか!? この店にはいったい何がいる!?」

 

 明らかにコレは何かの怪異による仕業だ!

 ルカは空腹で弱っていたから怪異の気配を感じ取れなかったのだろうが、料理を食べたいまなら感じ取れるはずだ。

 

「ルカ! なあ、ルカってば! ……え?」

 

 返事が一向にないルカのほうを見ると……彼女は衣服を脱ぎ捨て生まれたままの姿になっていた。その瞳は、どこか虚ろであった。

 

「ル、ルカ? 何やってるんだ!?」

「……イカナキャ、ワタシ……」

「え?」

「最後ノ……食ベテ……行カナクチャ……」

 

 神棚が激しく揺れる。

 まるで歓喜に震えるように。

 そんな……頼りになるルカが……おかしくなってしまった。

 何なんだ? ここにいるのは、何なんだ!?

 ルカすらおかしくする怪異ってコトなのか!?

 

 ガシッと腕を掴まれる。

 

「ひっ!?」

「お待たせしました~~! デザートの時間ですよおおおおおおおお!!!」

 

 スイーツが載ったお盆を持って、料理長の女性がやって来た。

 

「あなたにはああああああ!! このチョコレートケーキをおおおおお!!!」

「がぼっ!?」

 

 ケーキを無理やり口にねじ込まれる。

 

「そちらのお客さんにはあああああ! チーズケーキをおおおおおお!!」

「きゃああああ!!」

 

 チーズケーキを手に、料理長はレンに飛びかかる。

 

「そして最後に、そちらのあなたにはショートケーキをおおおお! どうぞお召し上がりくださあああああああいい!!」

 

 テーブルに置かれたひとつのショートケーキ。

 それに向かって、ルカはフラフラと歩く。

 

 ……いけない。

 ルカ、そのケーキを食べてはいけない。

 どうしてか、わからない。

 だが直感的に思った。

 ルカがあのケーキを食べた瞬間、何かが起こると。

 

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! 百人目! これで百人目ですよオーナー!!! あなたのお望み通り、これで百人です! ご安心ください! 私の料理でしっかりおいしく仕上げましたから! きっとご満足いくはずです! どうぞ心ゆくまでお召し上がりください! ()()()()()()をおおおおおおおお!!!」

 

 料理長は店の中央でルンルンと踊りを始める。

 心から嬉しそうに。このときを待ちわびていたように。

 

「貴方様のルールは絶対! 私は忠実に守り抜きました! これでこの店は安泰! 永遠に安泰なんだああああああ!!!」

 

 料理長が何を言っているのか、まったくわからない。

 だがハッキリしているのは……俺たちは、この料理長の女性に利用された。何らかの目的のために。

 

「今日は素晴らしい日です! 最後の最後にオーナーが好む()を用意できた! 上質な肉! 栄養たっぷりの肉! ああっ、明日は素晴らしき日が待っていることでしょうううう!」

「……その上質な肉って、ルカのこと?」

「そうですとも! あの水を飲んで唯一体が疼いた! それこそオーナーに捧げる相応しい肉の証! 最後のショートケーキを食べれば調()()は完了です!」

「そう……よくわからないけれど、要はルカにそのショートケーキを食べさせなければいいんだね?」

「……は?」

 

 いつのまにか、レンは全裸のルカを押しとどめていた。

 そして、ルカの代わりにショートケーキを口にした。

 

「な……何やってるんだテメエええええ!!!?」

「はい、ルカのケーキ、私が食べちゃいました。これ、オーナーのルールを破ったってコトでいいんだよね?」

「あ……ああ、あああああああ!!?」

 

 レンの言葉に、料理長は顔面を蒼白にする。

 この世の終わりとばかりに。

 

「ひええええええ!! お許しくださいオーナー! お許しくださああああああいい!!」

 

 料理長は神棚の前に跪き、土下座をした。

 許しを請うように。

 

「すぐに! すぐに別の供物を見つけて参りますから! あの銀髪の娘よりも上質な肉を! ああ、ですからどうかオーナーお許しを! 貴方様のためにここまで尽くしてきたではないですか!? あと、あと少しだったのに! いや、いや……イギャアアアアアアア!!!?」

 

 料理長の体に異変が起こる。

 体中の血管が浮き出し、肉が膨張を始める。

 

「オボオオオォォ……イ、イヤダァ……供物ニ、ナルノハ、イヤ……ダァァア……」

 

 肉塊と化した料理長は、まるで液体のように溶けて、そのまま神棚へと吸い込まれていった。

 神棚がガタガタと激しく揺れ、そして……。

 

 ……グチャグチャ! ガブリッ……じゅぞぞぞぞぞ……げええええっぷ!

 

 品のない咀嚼音とゲップの音を最後に、神棚は崩壊して消えた。

 

 

   * * *

 

 

「……かすかに気配の残滓が残っています。この土地には、何か良くないものが根付いていたのでしょう。そしてここの料理長は、そのナニカを祀っていた」

 

 連絡して急遽やってきてくれたアイシャが、霊視を使って俺たちにそう説明してくれる。

 

「ルカだけがおかしくなったのは、恐らく霊能力者限定で効力を発揮するものがお料理に仕込まれていたのでしょう。そして霊能力者の肉こそ、そのナニカにとっての大好物だったのでしょうね」

 

 俺の背に乗ってスヤスヤと眠るルカを、アイシャは溜め息を吐きながら見やる。「わたくしのライバルとあろうものが、何てザマですの!」とアイシャは憤っていた。

 しかし、あのルカが抵抗することもできず、おかしくなってしまうだなんて……とんでもない怪異だ。いったいどんな化け物だったんだろうか?

 

「それにしても、レンさんの機転がなければ危なかったですわね。さすがですわ」

「正直、賭けだったよ。ただ……『オーナーのルールは絶対』。そう言ってあの女はオーナーの意向に背くことを異常に恐れていた。つまり……そのルールを破ったときのペナルティーは、お客の私たちよりも、あの料理長の女のほうに行くんじゃないかって、そう考えたの」

 

 あの女はオーナーの指示を守ることに固執していた。

 もしかしたら、そういう盟約を交わしていたのかもしれない。

 オーナー……恐らく、ヒトではないナニカ。料理長は商売繁盛のために、オーナーという名のナニカに、お客を供物として捧げ続けていたのだろう。

 

「ありがとうレン。本当に、レンには助けられてばかりだな」

 

 俺たちだけだったら、間違いなく終わっていた。

 やはり、この『銀色の月のルカ』の世界を生き抜くには、レンの閃きと行動力は欠かせない。そう改めて感じる日だった。

 

「お礼はいいよ。だって……あんまり、解決した感じじゃないもん……。あの神棚、どこに行ったのか、わからないんだし……」

「……」

 

 神棚が消えた瞬間、店自体も消失した。

 まるで、はじめから何もなかったかのように。

 丸坊主になった土地を見やりながら、俺は不穏な想像に駆られた。

 

 あの神棚は……いや、その中に潜んでいたナニカは、いまもどこかで人をたぶらかし、供物を求めているのではないかと。

 

 

   * * *

 

 

 ──あれ? 見て! こんなところにカフェがあるよ!

 ──へえ、こんな辺鄙な場所にね~。何か通好みな感じだね。

 ──ん? 何だろコレ? ……【当店のメニューはマスターの()()()()()()()()()()決めさせていただいております】……だって! 変なの!

 ──何ソレ? 客の食べたいもの食べさせてくれないの?

 ──おもしろそうじゃん! 入ってみようよ!

 ──まあ、いいけど……え? いま、あんた舌舐めずりした?

 ──は? するわけないじゃん、そんな下品なこと。

 ──そう、よね……でも、いま確かに……。

 

 

 

 

 

 いらっしゃいませ。二名様ですか? 当店はお残し厳禁ですので、どうか最後までお召し上がりいただきますよう、お願いします。

 マスターのルールは、絶対ですから。……ねえ、マスター?

 

 

 

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