レンとの出会いは『銀色の月のルカ』の一話目でもあります。
新連載漫画の一話目を読むような感覚で見ていただけると、幸いです。
昔、祖母からよく怖い話を聞かされた。
蜘蛛を殺したら祟られる。
夜に爪を切ったら親の死に目に会えない。
私はおばあちゃんっ子だったから、幼い頃はその話を聞いてよく怯えていた。
おばあちゃんが言うなら、本当なんだと。
おばあちゃんは私の憧れだった。
いずれ年老いるなら、おばあちゃんみたいな人になりたいと思っている。
いつまでも元気で、お洒落で品性があって、どんな相手にも気負いせず堂々としていて、いろんな人に慕われていた。
……そして、不思議な話をたくさん知っていた。
夜の海に行ってはいけない──海にいるナニカに引きずり込まれる。
古いエレベーターに乗ってはいけない──別の世界に連れて行かれてしまう。
面白半分で廃墟に行ってはいけない──ヒトじゃないものが住み着いている。
そういう怖い迷信の数々。
……もちろん高校生になったいまでは信じていない。
たぶん、おばあちゃんが亡くなってから、そういう話を信じなくなったと思う。
そもそも怖い迷信には、だいたい由来があるものだ。
蜘蛛は害虫を食べてくれる益虫だから殺すのは勿体ないからだし。
夜に爪を切ってはいけないのは、昔は明かりが少なかったから暗闇で爪を切ったら怪我をするから。
いつしか、そうやって理屈付けをして考える子どもになっていた。
迷信は所詮は迷信。ただの脅し文句のための作り話でしかない。
でも……それが決して作り話ではなかったことを、私は思い知ることになる。
いまなら、よくわかる。
亡き祖母は、本気で私のことを心配して、そういう話を聞かせてくれたのだと。
この世には、科学では証明できない怪現象がある。その数々を、いやでも私は体験することになる。
そう──銀色の美しい髪を持つ、赤い眼をした少女と出会ったことで。
私こと、赤嶺レンの日常は、大きく変わることになるのでした。
* * *
『どーもRenRenです! ごめんなさい! スマホのカメラ機能が故障しちゃったみたいでしばらく写真を投稿できません(えーんえーん)! 新しいスマホに買い換えたらまた活動開始するのでしばらくお待ちください!』
活動の一時停止の報告を終えて、私は教室で溜め息を吐く。
「まいったな~……」
私、赤嶺レンは『RenRen』というハンドルネームでインフルエンサーをやっている。
投稿するレビューはどれも好評で、私が呟いた商品やお店は即バズる。インフルエンサーとしては、かなり成功しているほうだと思う。
しかし残念ながら、活動を休止するしかなくなった。
原因はスマホの故障……ではない。
「……」
私は試しに今朝コンビニで購入した新作スイーツを撮ってみた。
カメラ機能は問題なく動いている。でも……その写真はとてもSNSに投稿できるものではなかった。
「うわ~、やっぱり写っちゃってる~……」
写真には、スイーツを覆い隠すような靄のようなものがかかっている。その靄は……まるで人の顔のような形をしていた。
ここ最近、ずっとこうだ。
どこで写真を撮っても、不気味なものが写ってしまう。
心霊写真。
信じがたいことではあるけれど、そう表現する他ない。
まさか自分がこんなオカルトの被害者になってしまうとは!
むむ~。やっぱり除霊とかしてもらったほうがいいのかな~?
でもその手の専門家について調べてみると、どれも胡散臭いものだったり、びっくりするくらいお値段が高かったりする。
まあ、インフルエンサーの稼ぎのおかげで高校生にしてはお金を持っているので、払えないわけじゃないんだけれど……もしも失敗したときのことを想像すると、とても依頼する勇気が湧かない。
「レン~、おはよう~。どした~? 朝から暗い顔して」
「せっかくの美人が台無しですぜ~大人気インフルエンサーさ~ん?」
クラスメイトの女の子たちが話しかけてくる。
そりゃ暗い顔にもなりますって。
信じてもらえるかわからなかったけれど、彼女たちに写真を見せて事情を説明した。
「うわっ、こわっ! これマジ? コラとかじゃなくて?」
「マジもマジだよ。はぁ~、本当にどうしよ~。別の人のスマホで撮ってもこんな感じなんだよね~」
机の上でグデーと脱力しながら愚痴付く。
「あ~あ~、どこかに本物の霊能力者とかいないかな~?」
私が冗談交じりにそう言うと……。
「……いるみたいだよ? ウチの学園。ガチな霊能力者が」
「え?」
クラスメイトの発言に、私は耳を疑った。
いる? ウチの学園に、霊能力者が?
「レンは知らないの? 情報通なのに意外だな~」
「いや、私はどっちかっていうと市場メインの情報通だから……それより本当なの? 霊能力者がいるって話」
「まあ噂だけどね。滅茶苦茶、霊感が強くて、怖いものがいっぱい見えるんだって」
「何か不思議な言葉を呟いてオバケを追っ払ったとか……そんな話があるらしいよ? 確か名前は……」
本物の霊能力者だという彼女のいる教室に、私は真っ先に向かった。
* * *
──たぶん、行けばすぐわかるよ。すごい目立つ見た目してるから。
──うん、なんせ銀髪に赤い眼だからね。……あと、めっちゃオッパイがデカイ。
──何ですと? 私のオッパイよりも?
──うん。レンのオッパイよりも。
クラスメイトの証言を頼りに目的の人物を探す。
むう、まさか私よりもオッパイの大きい女の子がいるとは。
こちとら98cmのJカップですよ? それより大きいってもしかして100cmオーバーってこと?
くぅ~、スタイルには自信があったけど、何か負けた気がする。
謎の対抗心を芽生えさせて、私は白鐘さんのいる教室に辿り着いた。
入り口からひょこっと顔を出して、教室内を覗いてみる。
「……わっ」
思わず声が出た。
目的の人物はすぐに見つかった。確かに、すごく目を引く女の子だった。
目立つ髪の色をしていることもそうだけど……なんというか、強烈に印象に残るほどに、とんでもなく綺麗だ。
白銀色の長い髪は絹糸のようにサラサラで、見ているだけでウットリしてしまう。
お肌も艶々としたミルク色だ。いったいどんな美容品を使っているのだろう? もしもあの艶肌が天然ものだというのなら、私は敗北感から思わず天を仰ぐだろう。
赤い瞳はまるでルビーのようで、白銀色の髪と色白な肌によく映える。横顔から見ても、思わず吸い込まれてしまいそうなほどに美しい瞳。真正面であの赤い瞳に見つめられたら、どうなってしまうのだろう。
スタイルも抜群で、女の私ですら思わずドキドキしてしまいそうなほど刺激的な体つきだ。
青色のベスト越しでもわかる大きな胸の膨らみは……なるほどすごく大きい。なのにウエストはとてもくびれていて、黒タイツに包まれた足もとても長く、形も美しい。
これまでの人生で、こんな綺麗な女の子に出会ったことがない。
あの子が……白鐘瑠花。
綺麗だけじゃなくて、とても神秘的な女の子だった。
あの美しさに触れていいものか。そう躊躇させるほどに、白鐘瑠花は美しすぎた。
異質なまでの美しさは、人を萎縮させてしまうのだろうか? あんなにも目を引く美貌を持ちながら、白鐘さんには、人を近づかせない壁のようなものを感じさせる。
……実際、白鐘さんは入学初日から誰とも馴れ合おうとしなかったらしい。
『私と関わっても、いいことなんてない』
そう言って、話しかけてくる人たちを
そんな態度を取る上に、霊能力という不思議な力を持っているという噂も手伝って、誰もが彼女を腫れ物のように扱い、不気味に思っているそうだ。
……ただひとり、ある男子を除いて。
「いや、だからねルカ? そんな自分から壁を作らないで、いろんな子と仲良くしてみようぜ?」
「いいもん。私にはダイキがいれば充分だもん」
「またそんなこと言って……。いいかルカ? この一年はお前にとって特別な一年になるというか、むしろここから本番っていうか……そう! お前の人生はこれから本格的に始まるんだぜ~?」
カリオストロのラストシーンみたいなことを言ってる男子と白鐘さんは親しげに話していた。
どうやら白鐘さんの幼馴染らしく、彼女が唯一心を許している相手らしい。
「ダイキのこと言ってることよくわかんない。友達なんて、いらないもん。私はダイキさえいてくれれば幸せなんだから。ぴとっ」
「ちょっ、こらっ! 教室でくっつくんじゃありません! 皆見てるだろ!」
「スリスリ。見せつけてやるもん。ダイキに悪い虫がつかないように。ぎゅ~」
「こ、こらっ! あんたたち! また教室でハレンチな真似して! 委員長であるアタシが許さないわよ!」
堂々と人前でイチャつきだした二人に、委員長らしき紺青色の髪の女の子が注意をしている。「また」って……もしかして、これが日常的な光景なわけ?
「むう~。ダイキも抱き返してくれなきゃヤダ~」
「無茶言うな! ……あと、その……胸が当たってるからもうちょい離れて」
「当ててんだよ」
なんだ、あのバカップル?
教室でくっつく二人の様子に周囲の女子たちは顔を真っ赤にして気まずそうに、あるいは興味深げに観察している。男子たちは「あの爆乳を味わえるなんて……羨ましすぎる!」と号泣していた。
……あれが本当に噂の霊能力者なのだろうか?
というか、さっきまで感じた神秘的な雰囲気はいずこへ?
はたして彼女に頼っていいものか。
とはいえ、他にあてがあるわけでもないので、一か八か話しかけてみよう。
「え、えーと、お取り込み中ごめんね~? あなたが白鐘さん、だよね? ちょっとお願いしたいことがあるんだけど~」
「……誰、あなた?」
幼馴染の男の子の前では、そりゃもうデレデレな顔になっていた白鐘さん。
……しかし、私が声をかけた途端、その表情は氷のように冷たくなった。
うわ、なんて露骨な態度の急変。
本当に幼馴染相手にしか心を許していない感じがひしひしと伝わってくる。
──私と彼の時間を邪魔するな。
……そう射貫くような目線だ。
一方、幼馴染の男の子の方はと言うと……。
なぜか私を見て、感激しているような顔を浮かべていた。
「赤嶺レン……すげー、本物だ」
「え?」
「あ」
あれれ? 私、自己紹介したっけ?
なぜか男の子は私の名前を知っていた。
「えっと、どこかで会ったことあったかな?」
「あ、その……超人気インフルエンサーのRenRenさんだよね!? うわぁ~、本物だ! 同じ学園にいるのは知ってたけど、こうして会えて光栄だよ! あっ、本名は先生から聞いたんだ!」
あ、な~るほど。つまり私のファンか。そりゃ芸能人に会えたときのような反応を見せるわけだ。
自分でも言うのはなんだが、私は顔もスタイルも整っているので、男性のファンが多い。
街を歩いているとよくスカウトをされるくらいで、実際に読モも何度か経験している。
周りの男子たちも「赤嶺さんだ!」「やっぱ可愛いよな~」「あのぶっとい太ももが俺を狂わす」とチラチラと私を見てきている。
ふっ。私ったら、罪な女。
でも私のコンプレックスである太ももに言及した男子は後でツラ貸せ。
「良かったらサインとかいる? ついでに握手も」
「いいのか!? じゃあせっかくだし記念に。このノートに『黒野大輝くんへ』って書いてもらって……イテテテ!? 何で耳をつねるんだルカ!?」
「ダイキ、他の女にデレデレしないで。というか、ダイキがその人のファンなんて、いま初めて知ったんだけど」
「いや、その……SNSで偶然見つけてずっとフォローしててさ。ははは!」
「ふ~ん。赤嶺レン、さんね」
白鐘さんは『ギロリ』と私を睨んでくる。明らかに私を警戒している目だ。
やば~。ヤキモチ焼かせちゃったかな? 白鐘さん結構、独占欲が強いタイプみたい。
こりゃお願い事をしても聞いてくれるかどうか。
「……ハッ!? こ、この流れはイカン……もしも俺のせいで辻褄が狂ったりしたら……」
幼馴染くんは何やら顔を蒼白にして慌てだした。
なぜか彼は私以上に焦った様子で白鐘さんのご機嫌を気にしている。
いや、そりゃ彼女さんが嫉妬で怒っていたらハラハラするのはわかるけど……ちょっと焦りすぎじゃない?
「ええと! 赤嶺さん! ルカに話があって来たんだよね!? ルカもさ! せっかくお前を頼って来たんだから、話だけでも聞いてあげようぜ!?」
ありがたいことに彼が仲介役になってくれた。
白鐘さんも「ダイキがそう言うなら……」と渋々といった様子だけど、耳を傾けてくれる気になってくれたようだ。
私は早速、要件を彼女に伝えた。
「これがその心霊写真なんだけど、何かわかるかな?」
噂が本当なら、この時点で白鐘さんは原因を見抜くかもしれない。私が心霊写真ばかりを撮ってしまう、その原因を。
「……ひいいいいいい!!! リアル心霊写真だあああ! 怖っ! 生で見るとマジで怖っ!」
「うわっ、びっくりした!」
心霊写真を見た途端、幼馴染くんは悲鳴を上げて飛び上がった。
「無理むり! やっぱ予備知識があったって怖いもんは怖い!」
大粒の涙を流しながらへっぴり腰になる幼馴染くん。
……え? 何? もしかしてこういう怖いの苦手なビビリってやつ?
「あっ……ヤバッ……目眩が……」
「ダイキ!? しっかりして! よしよし、大丈夫。私がダイキを怖いものから守ってあげる」
恐怖のあまり幼馴染くんがフラッと倒れそうになると、白鐘さんは瞬く間に彼をその豊満な胸元に抱き寄せ、まるで赤子にするようにあやし始めた。
幼馴染くんは、おっきなオッパイの中で顔を埋めながら「あ゙あ゙~、落ち着くんじゃ~」とだらしない顔を浮かべている。
……うわぁ~、せっかくそこそこカッコイイ顔してるのに、これは台無し。あまりの情けなさに、思わずドン引きしてしまう。
……惜しいな~。ちょっと好みかな~? と思ったのに。
「ええと、それで……白鐘さん、この心霊写真ばっかり撮っちゃう体質、何とかできるかな?」
「……できるよ」
私がおずおずと尋ねると、白鐘さんは何てことないような顔で頷いた。
「ほんと!?」
「……でも、私はべつに慈善活動家じゃない。あなたを助ける義理だって、私にはない」
「え?」
白鐘さんは、とても冷めた態度で言い切った。
「報酬がない限り、依頼は受けないから」
そう言って白鐘さんは金額が表示されたスマホの画面を見せてくる。
……とても一般の高校生では払えそうにない額だ。
「そういうわけだから、払えないようなら帰ってくれる?」
「ルカ……お前、またそんなこと言って……」
「ダイキは黙ってて。私はもう、この力を安売りしないって決めたの……」
深刻な顔で俯く白鐘さん。
むう。何か、踏み込んではいけない事情を感じさせるね~。
とは言え……彼女の言い分は一理ある。
そりゃ、そうだよね。
こっちは助けてもらう側なのに、何のお返しも無しというわけにはいかない。
「いいよ。払う」
「……え?」
「心配しないで? 私、インフルエンサーと読モで結構稼いでるから。何なら口座の金額見せよっか? ほらほら」
「いや、あの……本気?」
なぜか条件を提示してきた白鐘さんが困惑している。
「え? だって白鐘さん、ビジネスでやってるんでしょ? だったら報酬を払うのは当然だよ」
「そ、そうじゃなくて……私のこと、信じるの? 本当は霊能力なんて持ってなくて、あなたを騙そうとしてるかもしれないのに……」
「人を騙す人は、そういうこと言わないと思うよ? それに……」
ひと目、彼女を見て思った。
きっと彼女は本物だ。
だって、あからさまにタダ者じゃないオーラが出てるもの。
少なくとも、私がいままで体験したこともない壮絶な世界を彼女は見てきている。
そう感じさせる何かが、彼女の赤い瞳から感じ取れた。
そして……白鐘さんは、簡単に困っている人を見捨てられる子じゃない。なんとなく、そんな気がするんだ。
「私、人を見る目は自信あるんだ。白鐘さんは、きっと良い霊能力者さんだって♪」
「……うっ」
白鐘さんはたじろいだ様子だったが、しばらくすると「はぁ~……」と深い溜め息を吐いた。
「……スイーツ」
「え?」
「スイーツ、奢ってくれればいいよ。直接お金貰うと、いろいろ手続きとか面倒だし……」
そう言って白鐘さんは頬を赤くして、そっぽを向いた。
「大人気インフルエンサーさんなら、おいしいお店とか知ってるんでしょ? ……期待させてもらっていいんだよね?」
「……うん! 任せて! とびっきりおいしいお店に連れて行ってあげる!」
うん。やっぱり私の目に狂いはない。
白鐘さん、口も態度も冷たいけれど……きっと、根はすっごく良い子だ!
「うぅっ……良かった。ちゃんと、引き受けてくれて……ルカ、成長したなっ!」
後ろで幼馴染くんがまるで保護者みたいに白鐘さんを見つめて号泣していた。
なんか、この男の子、見てて……おもしろっ!
* * *
その日の放課後。
白鐘さんはさっそく『霊視』とやらで私の体をじっくりと調べてくれた。
「……赤嶺さんに対して強い情念をいだいている存在を感じる。たぶん、ソレが原因」
「情念?」
「赤嶺さんを独占したい、自分のものにしたい……そういう歪な感情が付きまとっている。変な写真ばかり撮れてしまうのは……きっと、その情念の持ち主が、赤嶺さんの顔を他の人間に見せないようにするために細工してるんだと思う」
ゾクリ、と思わず背筋が震えた。
それって、まさか……。
「……心当たりがあるの?」
「うん……ちょっと前まで、ストーカーっぽいのに付きまとわれていたの。でも最近は見かけなくなって、安心していたんだけど……」
帰り道、後ろから誰かに付きまとわれている感じがしたり、外食しているとこっそり写真を撮られたような気がしたり、そんなことが頻繁にあった。
一応、通報はしたけれど、ハッキリと事件性が確認できないと、ケーサツは動いてくれなかった。
でもしばらくしたら、ピタリと止んだから「良かった」と思っていたけれど……。
「……そのストーカーが原因なの?」
「可能性は高い」
「つまり、死んだストーカーの霊が私に付きまとっているってこと?」
「死者とは限らない。強い情念は時として『生霊』っていう霊体としての分身を生み出すこともある。そして赤嶺さんの場合は……生者特有の生々しさを感じるから、生霊のケースだと思う」
生霊……名前だけは聞いたことがある。
生きながらにして、その人の幽霊みたいなのが出てくるっていうやつだ。
それが、私に付きまとっている?
薄気味悪さから、私はぶるりと震える身を抱きしめた。
「じゃあ、その生霊を祓えば解決するの?」
「根本的な解決にはならない。本体である人間が残っている以上、生霊は繰り返し生み出される。だから……気配の残滓を追って、本体の居場所を掴む」
白鐘さんはそう言って、糸のようなものを取り出す。
【 《紅糸繰》 よ 《生霊の宿主》 を 《見つけ出せ》 】
白鐘さんは何事か呟く。
不思議な声音だった。人が放つ声とは思えなかった。
でも、不気味な印象はない。
むしろ、それはまるで天使が歌うような……そんな荘厳な美しい声だった。
「わっ!」
白鐘さんの声に反応して、紅色の糸が光り出す。
糸はまるで意思を宿したかのように空中に浮かび、独りでに動き出した。
不可思議な現象を前に、私は目をパチクリとさせる。
す、すごい。白鐘さん、本当に霊能力者なんだ!
「私は生霊の本体を何とかする。ダイキ、それまで赤嶺さんの護衛をお願い。お
「おう。いつも肌身離さず持ってるぜ」
白鐘さんは幼馴染くんとひと言、二言やり取りすると、紅色の糸を後を追っていった。
「もう大丈夫だ赤嶺さん。あとはルカが何とかしてくれるよ」
幼馴染くんは私を安心させるようにニコリと微笑んだ。
彼は、白鐘さんを絶対的に信頼しているようだった。
「あなたも、霊能力者なの?」
「まさか。俺はちょっと腕っ節に自信がある、ただの一般人だよ。でもこのお
幼馴染くんはそう言って、複雑な紋様が書かれたお札を見せてくれた。
よく見ると、彼の両手首には黒い数珠がある。
「……あなたは、こういう心霊事件みたいなことを何度も経験してるの?」
「……まあ、悲しいことに、ほぼ日常と化してるよ。ルカのおかげで何とか生きてこれた感じさ」
「……優しいんだね、君って」
「え?」
「だって、心霊写真を見ただけであんなに騒ぐビビリさんなのに、それでも白鐘さんと一緒にいて、こういった事件にも協力的でしょ? 普通なら、できないよ」
霊能力者である白鐘さんと関わっていたら、きっとオバケや霊に遭遇する機会は多いはず。
怖がりなら、普通は絶縁していてもおかしくない。でも、彼はそうしていない。
霊に対する装備の数々や、ビビリでありながらこの手の状況に場慣れしている様子を見るに、きっと彼は、これまで何度もこういった事件に関わってきたのだろう。
そして、その度に白鐘さんと一緒に危機を乗り越えてきたのだろう。二人の間には、ただの幼馴染同士では築けない強い信頼関係があるように感じた。
「よっぽど大事なんだね、白鐘さんのこと」
「……そりゃ、幼馴染だからな」
幼馴染くんは頬を赤く染めて、気まずそうに顔を逸らした。
教室のときは情けないと思ったけれど、これは認識を改める必要があるようだ。
彼は白鐘さんのためなら、たとえ怖い思いをしても傍に寄り添う。そういう優しさと勇気を持つ男の子なんだ。
それはそれとして……気になることがひとつ。
「幼馴染ね~。本当にそれだけの関係なのかにゃ~?」
「ちょっ。か、からかわないでくれ赤嶺さん!」
「ねーねー、二人はどこまで進んでるの? 教えてよ~」
「な、何もやましいことはございません!」
幼馴染くんは焦り気味にブンブンと真っ赤になった顔を振った。
……やばっ。ちょっと、かわいいと思ってしまった。
どうしましょう。彼をからかうの、楽しいかも~。
* * *
生霊の本体を探しに行った白鐘さんから、連絡はまだ来なかった。
待っている間、日もすっかり沈み、景色が青色の夕闇に染まり出す。
「遅くなるとまずいし、とりあえず家まで送っていくよ」
幼馴染くんのお言葉に、私は甘えることにした。
その間に、私は彼から白鐘さんのことをいろいろと聞くことにした。
まあ自分で調べる、ということもできたけど……。
私は人脈が広い。調べたいことがあれば、いろいろな口コミから情報を入手することができる。「あんた探偵になれるよ」とよく言われる。
白鐘さんと同じ小、中学校だった人たちに話を聞けば、彼女の生い立ちがわかるとは思うけれど……。
それよりも、ずっと白鐘さんと一緒にいる幼馴染くんの口からのほうが、真実の彼女を知れると思った。
「ルカがあんな風になったのは、理由があるんだ。本当は他人思いの、優しい子なんだよ……」
幼馴染くんは悲痛な顔で事情を語った。
白鐘さんは、幼い頃から悪霊や化け物から人々を守ってきたらしい。
でも、一般人の目からしたら、不気味なことをしているようにしか見えなくて、誰もが彼女を気味悪がったらしい。白鐘さんが命の恩人とも知らずに……。
どんなに人を助けても、化け物扱いされて疎まれる。そのことで傷ついた白鐘さんは、もう依頼でない限りは、霊能力を使わないと決めたらしい。
……それは、確かにあんな風に他人に冷たくなるわけだ。そしてただひとりの理解者である彼に依存してしまうのも無理はないだろう。
「でもさ、それでもルカは人を見捨てたりしないって、俺は知ってるんだ。もしも赤嶺さんが危ない状況になったら、きっと迷わず助けるよ。ルカは、そういう子だ」
確信めいた風に語る彼の顔は、とても穏やかで、慈しみに溢れていた。
……ちょっと、白鐘さんを羨ましく思った。
ひとりの男の子に、こんなにも信頼され、大切に思われるだなんて。
そして、それぐらい白鐘さんが良い子だということを間接的に理解させられた。
この件が無事に片付いたら、白鐘さんともっと話をしてみよう。
きっと拒まれるかもしれないけれど……まあ、そこはいつも通り強引なノリで絡んでいこう!
そう考え出す自分がいた。
そのとき。
街灯の明かりがとつぜん消えた。
「え?」
明かりがなくなり、周囲が夜の闇に染まる。
暗い……。
いや、いくらなんでも暗すぎる。
街灯が消えただけで、こんなにも真っ暗になるだろうか?
まるで、とつぜんトンネルの中に連れてこられたかのような……そんな錯覚を覚えた。
私は思わず、隣にいる幼馴染くんの服を掴んだ。そこで私は、自分の足がガクガクと震えていることに気づいた。
ジジ、と鈍い音を立てて、街灯が再び点く。
私たちの周りに光が戻る。なのに……周囲の暗さは変わらない。むしろ、さらに濃さを増しているように思えた。
サークル状に照らされる明かり……この明かりの外に出てはいけない。そう本能が訴えていた。
「……」
まるで、私と幼馴染くんだけが世界に取り残されてしまったかのような寂寥感が漂う。
周囲には私たち以外に誰もいない。
……いや、いる。
後ろに、誰かが。
「……ふぅ、ふぅっ」
恐怖で息が荒くなる。
振り向いてはいけないとわかっていながら、私の首はゆっくりと後方に回る。
街灯の明かりの下に、男が立っていた。
顔を俯かせているので、人相はわからない。
けれど、明らかに普通の様子ではなかった。
「……──っ」
男はブツブツと、何か呟いている。
ガサガサに乾いた唇が見えた。口元が、憎々しげに歪んでいる。
「……誰だよ、ソイツ……」
周囲が静かでなければ、聞き取れないほどに、くぐもった声だった。
声は、深い怒りに染まっていた。
「誰だ? なんだ、その男は? ダメだ……お前は、オレのモノなのに!」
男の体に異変が起こる。
両腕が異様に長く伸びて、顎が外れるほどに口が大きく開く。
目がギョロリと赤く光り、ドス黒い色をした瘴気を体中から放つ。
男はどんどん、おぞましい声を上げながらヒトの形から外れていく。
「ひっ!?」
逃げなくては。
あれは、常人がどうにかできるものじゃない!
私は幼馴染くんの服を必死に引っ張った。
「に、逃げよう! は、早く!」
しかし、幼馴染くんに反応はなかった。
見ると、彼も私のように後ろを振り向いて、硬直している。
彼の瞳は白目になっていた。
……これは、まさか。
「た、立ったまま気絶してる……」
幼馴染くん。どうやら恐怖のあまり失神してしまった模様。
……嘘でしょ!? こんな状況で私をひとりにするの!?
「渡さない……お前は、オレの、モノだぁ……」
異形と化した男がゆっくりと迫ってくる。
真っ赤に光る目が、私の体を舐め回すように向けられる。
「ハァ、ハァ……やっぱり、たまらねえなぁ。その顔と体つき……ひと目見た瞬間に、惚れたんだよぉ……他の誰にも、見せるものか。お前の美貌とやらしい体をよぉ!」
男は下卑た顔で、私の胸元や太ももを見ながら、ジュルリと長い舌で口元を舐める。
本能的な忌避感と生理的な嫌悪が私を襲う。
……この感覚、間違いない。
コイツは、私をストーカーしていた男だ!
つまり、これが、ストーカーの生霊!
「どれだけ写真を撮っても無駄だぁ……オレが隠してやる……オレだけ……オレだけがお前を撮り続けてやるぅ!」
男の頭部に突起物が出現する。それはまるでカメラのレンズのようだった。
パシャッと、ソレが何度もフラッシュを瞬かせる。
……撮られている。私の顔や体の隅々が、ネットリと。
「アア、たまらねえ! 若えのにバカデケえ乳や尻つけやがってェ。短けぇスカートでエロい生足見せつけやがってェ。さ、誘ってんだろォ? 顔出しで写真投稿してんのも、本当はやらしい目で見られたいからだろォ?」
「……は?」
何を、言っているんだ、コイツは。
「ハァハァ……ああ、見てるさァ! ずっとオメェのやらしい体をなァ! 欲しい……欲しいんだよォお前がぁ! オレの……オレのモノになれぇええ」
長く伸びる手が私にゆっくりと迫る。
私はその手を……パチンと思いきり払った。
「……ふざけないで」
「ア?」
「ふざけんな! このストーカー野郎!」
恐怖は一転して怒りに変わった。
だって、そうだ。
コイツは……私が真剣にやってきたことを、侮辱した!
身勝手な妄想で、下品な解釈をして、ひとりで盛り上がって……何が「オレのモノになれ」よ!
「私がSNSをやっているのが、人気欲しさだとでも思ってるの!? おいしいもの、役に立つもの、素敵なお店……そういうものが、世の中にはたくさんあるんだって、皆に知って欲しいからだよ!」
確かに顔出しをしているのは、そのほうがアクセス数が増えるからっていう理由もあるけど……それだって、私のレビューが多くの人の目に止まればと思ったから。
素晴らしい美容品のおかげでここまで綺麗になれたって、ちゃんと宣伝したいから。
「世の中には、せっかく素敵なのに、日の目を見ないお店や商品がたくさんある。本当に必要な人に届かないことがある……だからこそ、私たちインフルエンサーが引き合わせるんだよ!」
出会うべくして出会うはずの縁を繋ぎ止めるために。
輝くべきものを輝かせるために。
それが、私にできる人助けだから。
亡くなった祖母は、よく私に言った。
『レン、あんたは優しくて賢い子だ。そういう人ほど、自分のためだけに生きちゃいけない。困っている人や苦しんでいる人たちのために、知恵を使って、手を差し伸べるんだ。あんたなりのやり方でいい。誰かのために人助けができるような、そんな素敵な女性におなり』
おばあちゃんは、強くて賢い人だった。おばあちゃんはいつだって、その胆力と知恵を人のために使っていた。
そんなかっこいいおばあちゃんが大好きだった。
だから……私も、自分なりのやり方で、おばあちゃんみたいに誰かを助けられるような、そんな人間になるんだ!
「なにが生霊よ。ただのイタい妄想野郎じゃない。私はお前なんか怖くない。女の子が脅しで思い通りになると思ったら大間違いよ!」
「こ、このアマァ……調子ニ、乗ルナアアア!!」
激昂から、男がますますおぞましい気を放つ。
「キヒヒヒヒ……欲しいのは、お前の体だけだァ! 奪ってやる! 力ずくでオレのモノにしてやるゥゥゥ!!」
「くっ……」
長い腕が鞭のように伸びて、私に迫る。
偉そうなことを言った手前、情けないけれど、ここは逃げて生き延びなきゃ!
何とか幼馴染くんを連れて……。
「──餓狼拳」
瞬間、目の前で、激しい空気の揺れが起こる。
吹き飛ぶ異形の凶手。
上がる異形の悲鳴。
「……え?」
私は唖然と前を見る。
いつのまにか、気絶していたはずの幼馴染くんが、私を守るように立っていた。
「……ああ、すっかり忘れてたぜ。記憶が朧気だったけど、赤嶺さんがコイツの手を振り払ったところで思い出せたぜ。……そうだった。お前、実体があるんだったな?」
奇妙なことを口にしながら、幼馴染くんは男に近づいてく。
素人目でもわかるほどの覇気を滲ませながら。
先ほどまで白目を剥いていたビビリの少年とは、まるで別人だった。
「ナ、何ダ? お前ハ、イッタイ……」
「ただの腕っ節の強い一般人だ」
そう言って幼馴染くんは、拳を生霊の男に向けて振り下ろす。
重い衝撃音が響き渡る。
「グアアアアアアアア!!!」
「……お前、やっぱり殴れるんだな?」
「ヒッ!?」
「殴れるんだな? なあ、お前……殴れるんだよなア?」
「ヤ、ヤメロ……ク、クルナァ!!」
怯えている。
今度は生霊のほうが。
おぞましい化け物が……人間相手に、恐怖している!
「あ、あなた……いったい何者なの?」
思わず、そんなことを彼に向けて呟いた。
「ん? だから、ただの一般人で……」
「そ、そうじゃなくて! あなた、オバケとか怖いんじゃなかったの!?」
「え? 怖いぞ? だって……拳や蹴りが通じないんだぜ? そりゃ怖いだろ?」
「……は?」
「でも、こんな風に殴れるなら、ちっとも怖くないさ。だって……通じるんだからな、こっちの攻撃が」
「……」
私は開いた口が塞がらなかった。
なに? つまりこの人、実体のない相手ならビビるけど……殴れる相手なら、どんな相手にでも強気に戦えるってこと?
む、無茶苦茶だ!
「下がっていてくれ、赤嶺さん。大丈夫……もう君には、指一本触れさせない」
「え?」
「拳が通じる相手なら、俺の出番だ。俺が、君を守る」
「っ!?」
頼もしい背中がそこにはあった。
思わず「は、はい」と頷いてしまうほどに、貫禄のある佇まいだった。
……え? なにこの感じ?
何で私、こんなに胸がドキドキしてるの?
「覚悟しな、ストーカー野郎」
「ヒッ……ミギャアアアアアア!!!」
拳の連撃が繰り出される。
目にも止まらない鉄拳の豪雨に、生霊は為す術もなく苦しみ悶えていた。
「……すごい」
私は驚愕するほかなかった。
どうなってるの? あれが、人間の動きなの?
彼は霊能力者じゃない……そう言っていたけど、本当にそうなのだろうか?
実は何か、本人にも知らない秘められた力があるんじゃ……。
「……あれ?」
気のせいだろうか?
彼の両手首に嵌められた数珠が、光を発しているような……。
「ジョ、冗談ジャナイ!! こんな奴に付き合っていられるかァァァ!!」
拳がすり抜ける。
あれほど通じていたパンチが、とつぜん効かなくなったかと思うと……生霊は元の人間の姿に戻って宙に昇っていった。
「っ!? 霊体化しやがったか! 待て! 逃げるな!」
一方的にやられると判断したのか、生霊はどんどん希薄な姿になっていき、この場を離脱しようとする。
しかし……。
【 《紅糸繰》 よ 《生霊》 を 《捕らえよ》 】
紅色に光る無数の糸が、生霊を捕らえた。
「ガッ、ギッ……!」
「間に合った。あとはお前を消すだけだ、生霊」
「あ……」
電信柱の上に、『彼女』は立っていた。
銀色の月を背にして、紅色の糸を操る、白鐘さんが。
「さあ──悪夢を終わらせましょう」
……綺麗だ。
神秘的な光景を前に、私はそんな場違いな感想をいだいた。
【 《生霊》 よ 《この世》 から 《消滅》 せよ 】
「ア……ガッ!」
夜空に響き渡る白鐘さんの不思議な声音。
それが引き金となったかのように、生霊の姿が崩壊していく。
「醜い欲望で膨れ上がった邪悪な生霊よ……宿主諸共、地獄に落ちなさい」
「イ、イヤダァ……イヤダアアア! ……ア、アァ……」
断末魔の叫びを上げて、生霊は煙のように消滅していった。
* * *
「私の霊術は『言霊』。言葉に霊力を込めることで、怪異そのものを『まやかす』ことができる」
事を終えて、白鐘さんは私に説明をしてくれた。
言霊……要は強力な暗示のようなもので、相手に自滅を強いる霊術らしい。
ただし、その力は人間相手には使えないとのこと。
らしいんだけど……。
「生霊を生み出すには素質がいる。そして、その素質を持つ者は霊能力者に覚醒しやすい。今回の生霊の宿主も、『念写』の霊能力を身につけていた。霊能力者相手なら、私の言霊が通じる。だから……ちょっと脅かしてやったの」
生霊の宿主は念写で盗撮した私の写真を眺めていたらしい。
そんな男に対して、白鐘さんは言霊で、とある暗示をかけたという。
「赤嶺さんを見ると、恐ろしいものが見える……そう認識を狂わせたの。だから二度とあなたに付きまとうことはないよ。そもそも、もう表社会には出られないだろうけど」
ストーカー男は、あまりの恐怖で発狂し、部屋の中で暴れ始め、近所の人が通報。
家宅捜査が行われ、部屋中に際どい盗撮写真が複数見つかり、男はそのまま逮捕されたそうだ。
「というわけで、この一件は終了。報酬のスイーツは、まあ都合のいいときでいいから……赤嶺さん?」
「……」
沈黙する私を見て、白鐘さんは一瞬だけ悲しげな表情を浮かべた後、何かに失望するように顔を逸らした。
「……まあ、あんなものを見たら、普通は恐ろしいと思うわよね。あんな力を使える人間と、関わりなんて持ちたくないでしょ? ……べつにいいよ。私を不気味に感じるなら、報酬もいらない。……ただ、二度と私に関わらないで」
消え入りそうな声で白鐘さんは言った。「結局、この人もいままでの連中と同じだ」と嘆くように……。
恐ろしい? 不気味に思う?
冗談じゃない。
むしろ私は……。
「……っごい」
「え?」
「すっごおおおおおおおおい!!!」
私は感動のあまり叫んだ。
すごい! 白鐘さん、すごくない!?
本物だよ!
本物の霊能力者だよ!
「ありがとう白鐘さん! ヤバい! ヤバいヤバい! 私めっちゃ感動してる! こんなにすごい人が同じ学園にいただなんて!」
「え? ……え?」
ガシッと白鐘さんの手を握ってブンブンと振り回す。
白鐘さんは困惑しているけれど、私は込み上がる興奮を抑えきれなかった。
「さっきの白鐘さん、本当にかっこよかった! 何あの糸!? 白鐘さん糸使い!? しかも言霊なんてチート技も使えるの!? やばああああ!!! 白鐘さんかっこよすぎいいいい!!!」
「べ、べつに、他にもすごい霊能力者はいるし……私はただ、依頼で助けただけだし……そんな褒められるようなことはしてない」
「でもでも、私のことを思ってやってくれたんでしょ? だって……私を見たら怖いものが見えるっていう暗示──これって、あなたなりの意趣返しでしょ!?」
ここ最近、私はずっと心霊写真に悩まされてきた。本当に怖かった。
白鐘さんは、私が味わった恐怖を、諸悪の根源である男にも味わわせたんだ!
私は、そう解釈している。
「……偶然だよ。そのほうが、効率いいと思ったから……」
「嘘だぁ! 他にも効率いい方法あったでしょ! わぁ! 白鐘さん優しい! 私の代わりに仕返しをしてくれたんだね! ありがとう~!!」
「むぐっ! ちょっ、苦しい……離せ、私を抱きしめていいのはダイキだけ……」
「そんな寂しいこと言わない! 素直に受け取って私の感謝の抱擁! むぎゅ~!」
なになに? 白鐘さんに助けられてきた人たちは、こんなかっこいい彼女を怖がって遠ざけてたの?
節穴かな? どう見たって、子どもが憧れるような正義のスーパーヒロインそのものじゃない!
「ダ、ダイキ……助けて……何かこの人、めっちゃテンション高くて怖い……何でそんなに微笑ましそうに見てるの? 何で泣きながら『うんうん』って頷いているの? ねえ、ダイキってば」
「白鐘さん!」
「ひぅっ。は、はい」
「私、決めた! 白鐘さんが本当はすごい人だって、周りに知ってもらえるように協力する!」
「……はい?」
皆、彼女を誤解している。
確かに無愛想で、口調はキツいけれど、でも……彼女はこうして人知れず、悪い化け物たちから私たちを守ってくれていたんだ!
そんな人が一方的に不気味に思われて、疎まれるだなんて……私、黙って見てられない!
幼馴染くんのように、私も白鐘さんの味方になるんだ!
「白鐘さん! ううん……ルカって呼ばせて! 私、あなたと仲良くなりたい!」
「ふえ!?」
思わぬことを言われて驚いたようで、ルカは目をまん丸にして顔を赤くした。
やだ、この子めっちゃかわいいんですけど!?
めっちゃ庇護欲くすぐられるんですけど!?
こんな子を見たら、放っておけるわけないじゃない!
うおおおお! 絶対に仲良くなってやる!
* * *
その後、私は考えた。
どうすればルカに相応しい活躍の場を用意できるかを。
熟考の末、私はひとつの案を採用した。
「部活を設立します!」
「は?」
後日。
ルカと幼馴染くんを呼び出し、さっそく勧誘をした。
「ずばり、怪異退治を専門とする部活……『オカルト研究部』だよ!」
「……私の知ってるオカルト研究部と違う気がする」
「名前はこの際どうだっていいんだよ! 要は、今回の私みたいに怪異関連で困っている人たちを助ける部活動だよ! あっ、基本的に無償だからね! なんせ部活動ですから!」
「え~……」
きっと、私みたいに怪異に悩まされている人は、たくさんいる。
誰にも相談できずに困っている中で、もしも救ってくれる存在がいたら……。
きっと、多くの人がルカに感謝をするんじゃないかな?
私がそうだったように、ルカに対する誤解が、徐々に解けていくんじゃないかな?
「ルカ! あなたなら、もっといろんな人たちを救うことができるはずよ! 私たちで世の中の怪異事件を解決していきましょ! そうすれば、あなたを認めてくれる人たちがたくさんできるはずだわ!」
「え、えっと……ダ、ダイキ~」
何と返事をすればいいのか、困り果てたらしいルカは幼馴染くんに目線を投げ、助けを求める。
けれど幼馴染くんは穏やかに微笑むばかりだ。
彼はとても嬉しそうだった。やっと、見たかった光景が見れたとばかりに。
「いいんじゃないか? ルカにピッタリだと思うぜ?」
「ダ、ダイキまで……」
うんうん。幼馴染くんは話が早くて助かるね。
ええと、確か彼の名前は……。
「黒野大輝くん……だったよね? あなたも是非オカルト研究部へ!」
「え? 俺も? ……入っていいの?」
「ん? 何で不思議そうな顔してるの? あなただって私のこと助けるために頑張ってくれたでしょ?」
「ま、まあ、成り行き上、そうなったかもしれないけれど……」
「だったら、私たちもうお友達じゃない!」
「そういうもんかな? ……でも、俺が入部しても役に立つかな?」
「いやいや、あの怪力を見せておいて何をおっしゃるか」
確かに実体のない怪異相手には何にもできないかもしれないし、気絶ばっかりするかもしれないけれど……あの途轍もないパワーはきっと私たちの助けになってくれる。
私としては、是非とも彼にも入部してほしかった。
「それにほら、ルカが『一緒じゃなきゃやだ~』って感じに袖掴んでるし」
きゅっと彼の制服を掴んで縮こまるルカ。
まるで小動物みたいだった。
「うう……ダイキも一緒なら、入ってもいいよ?」
「あっ、ルカってば照れてる~。やだ~超かわいい~。にゃはは、怒らない怒らない。もう~、ルカにこんな一面があるって周りが知ったらスグに誤解が解けるのに。──ね? 私たちきっと良いチームになれると思うんだ? せっかくの部活なんだし、大勢いたほうが楽しいよ!」
かくして、私たち三人による怪異退治専門ボランティア……『オカルト研究部』が創設されることとなった!
「実は、もう依頼を一件受けてるんだ。クラスメイトの子がね……『見たら七日後に連れて行かれてしまう白い女』を見たらしいんだけど……」
「ひいいいい!? 『白い女』!? まさか次はあの怪異……いやだァ! 俺は関わりたくないぃぃ!」
「どうどう、落ち着いてダイキ」
怖い話を聞くなり、またしても悲鳴を上げるビビリくん。
本当に怖がりだな~。私を守って戦ってくれたときはあんなにかっこよかったのに。
……って、なにそのときのこと思い出してドキドキしてんだ私?
違うから。私、そんなにチョロくないもん。
「『白い女』……その噂は私も知ってる。でも、あまり情報がないから私もそこまで詳しくは……」
「その辺は任せてルカ!」
「え?」
「こういうときこそ、私の出番だよ!」
インフルエンサーとして無事に活動を再開した私は、早速スマホで記事を投稿する。
……でも今回は宣伝目的じゃない。
「……来た来た! さっそくこんなに集まったよ! 『白い女』に関する噂!」
情報をください、とお願いをしたら、フォロワーの多くから怪異に関する情報が届いた。
真偽はともかく、この中から有益な情報が見つかるかもしれない。
「情報収集は、この赤嶺レンに任せてね!」
「……はあ~。なんか釈然としないけど……いいよ、付き合ってあげる。じゃあ、頼りにしてるから──レン」
ルカはそう言って、薄く笑ってくれたような気がした。
天国のおばあちゃん。
私に新しいお友達ができました。
彼女と出会ったことで、とっても怖い、刺激的な日々が始まったけれど……私は、とっても素敵な縁が結べたと思っています。
きっと、ルカを必要とする人は、まだたくさんいる。
そして、その人たちはきっとルカの凍り付いた心を癒してくれると信じている。
私は、そんなルカと誰かの縁を繋ぐ、橋渡しになれればいいと思っているんだ。
インフルエンサーとして、出会いのきっかけを作るように。
だから、やることは変わらない。
私は、私なりの方法で、人のために、そしてルカのために、頑張りたいと思います。
「ぶくぶく……いやだぁ。やっぱり怪異はもうコリゴリだぁ。俺は退部するぅ……」
「早いな退部!? もう、しっかりしてよ~少年~。やれやれ、これじゃ先が思いやられるな~」
ついでに、変な男の子とも知り合いました。
泡を吹いて気絶寸前の彼の頬をツンツンと突く。
助けてもらったときは不覚にもちょっと、かっこいいなと思っていたけれど……うん、やっぱり気のせいだ!
こんなにもビビリな男の子に惚れるワケないよ!
レンちゃんの理想は高いのだ!