【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

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過去編②スズナとの出会い



 俺が、ホラー漫画『銀色の月のルカ』の世界に転生してから、早くも十五年以上の月日が経った。

 物語の主人公である白鐘瑠花(ルカ)相棒(バディ)赤嶺(あかみね)レンとの出会いをキッカケとして、ついに本編が始まった。

 転生者である俺は知っている。ルカはこれから、多くの友と仲間を得ていき、大きく成長していくことを。

 ……そう、いよいよ転生者として慎重に行動をしなければならない時期が訪れたのだ。

 ルカの幼馴染である俺こと黒野大輝(ダイキ)は、本来ならば物語に介入しないはずのイレギュラーな存在だ。

 もしも俺という異分子のせいで物語の辻褄が狂おうものなら、ルカの未来に悪影響を及ばしかねない。

 それは絶対に避けたい。

 ルカの輝かしい未来のためにも、そしてルカと出会うことで救われる少女たちのためにも、必ずや原作通りの展開にしなければ!

 

 俺が持つ三巻までの原作知識によれば、ルカの仲間となるメインキャラはあと三名。

 今回は、その内のひとり……生粋の令嬢、黄瀬(きせ)スズナとの出会いを描いたエピソードだ。

 そして、相手となる怪異は……。

 

 

 ──見る者を狂わす『呪われた絵画』だ。

 

 

   * * *

 

 

 黄瀬財閥は、財界に莫大な影響力をもつ慈善活動家である。

 その財閥の主である黄瀬幸司郎(こうしろう)は、絵画コレクターとしても有名で、世界中で購入した絵の数々を離れの屋敷に飾って一般公開しているらしい。

 一般公開といっても完全予約制な上、だいたいは財界の要人たちが優先されるらしいので、俺たちのような庶民ではまずお目にかかれない……はずだが、そこに謎の組織の力が働けば、話は変わってくる。

 

「三名で予約していた白鐘と申します」

「お待ちしておりました、白鐘様。どうぞごゆるりとお楽しみください」

 

 受付のメイドさんが恭しく頭を下げる。

 もちろんコスプレとかじゃない本業のメイドさんだ。

 

「こちらへどうぞ白鐘様。ここからは、わたくしがご案内いたします」

 

 白髭が似合うダンディーな、いかにも『セバスチャン』って名前が似合いそうな執事さんに誘導されて、中に入る。

 

 本物のメイドに執事。別館であっても一般家屋の数十倍の広さを誇る屋敷。そこに飾られたベラボーに高いであろう絵の数々……。

 まるで別世界に来たような心地だ。正直、場違い感がすごい。諸事情があるとはいえ、俺たちみたいな庶民が本当にこんなところに来て良かったのだろうか。

 

「……ねえ、ここって一応、家なんだよね? テーマパークとかじゃなくて」

 

 同行者であるレンが冷や汗をかきながら小声で聞いてくる。

 まあ、そんな感想も出るよな。原作知識のある俺だっていまだにビックリしてるもん。

 ……黄瀬家の敷地、広すぎだろ!

 地図アプリに従って目的地に辿り着いたかと思ったら……入り口まで数キロ離れてるし!

 この別館にだって、車で移動してやってきたのだ。

 家の中を車で移動って……どんだけ広いんだよ!

 

「普通なら絶対に縁のないお家だったろうな……」

「だね。すごいんだね、その『機関』って秘密組織。私たちみたいな庶民でも予約取り付けられるように手配できるなんて……」

 

 そう、レンの言うとおり、俺たちは今回『機関』と呼ばれる対怪異の秘密組織の依頼でここに来ている。

 正確には、霊能力者であるルカに向けた依頼だが。俺とレンはそのお手伝いだ。

 

『財界に莫大な影響を与える黄瀬幸司郎が、奇妙な絵を購入してから人格が豹変した。調査を願いたい』

 

 というのが機関からの依頼内容だ。

 ルカの前に何名かのエージェントが派遣されたが……なぜか揃いも揃って「何も問題はない」とろくに対応もせず帰還してしまう。

 ……序盤の原作内容を知っている俺は、その原因を知っている。

 この後、どのような展開になるのかも。

 

「いかがですか白鐘様? 絵を見たご感想は」

「どれも素敵ですね。でも……この屋敷にはもっと珍しい絵があると聞きました」

「ほう……どのような絵でしょうか?」

「──星を眺める四人の赤子」

「……では、本館までどうぞ。ご案内します」

 

 きた。

 原作でもあったやり取りを、ルカと執事さんは交わす。

 これは、いわゆる合言葉だ。

 執事さんの質問に答えられた者は、本館に飾られている絵の元へ案内する。

 絵の主である黄瀬幸司郎から、そう言い含められているのだ。

 

 巨大な扉を抜けると、だだっ広いエントランスに迎えられる。

 またしてもそこは別世界であった。

 観葉植物や物珍しい骨董品が飾られているだけでなく、噴水まである。

 まるで超高級ホテルだ。金持ちの家は玄関ですら規模が違う。

 

「こちらがその絵です」

 

 例の絵は入り口から死角になるように飾られていた。

 呼吸を整えて、緊張から早鐘を打つ心臓を落ち着かせる。

 ……落ち着け。この時点では、まだ無害のはず。ヤツらが本格的に活動できるのは日が落ちてからだ。

 かくして、俺たちは問題の絵とご対面した。

 

 星を眺める、四人の赤子の絵。

 全体的に赤を基調とした絵で、赤子たちが笑いながら、あるいは泣きながら真上の星空を見上げている。

 題材としては、神秘的なものに思えるかもしれない。

 だが、この絵を見ていだいた印象は……不気味。そのひと言に尽きた。

 芸術のことはまったくわからないが、そんな俺でも、その絵に対して生理的な忌避感をいだいた。

 

「……もしも具合が悪くなるようでしたら、お申し付けください。何名かのお客様が、この絵を見て体調を崩されています。……正直なところ、私もこの絵を見て良い気分はしないのです」

 

 だろうな。

 この絵は事実、人間にとって害悪そのものである『呪いの絵画』なのだから。

 

「この絵にはどうも不気味な噂があったようです。美術館の警備員が巡回していると、この絵が夜な夜な発光しているところを見たとか……絵の中の赤子が増えたり、表情やポーズが変わったりなど……なぜ旦那様がこのような絵を購入されたのか、甚だ疑問に思っているのですよ。この絵を手にしてからというもの旦那様のご様子も変わられてしまって……」

 

 執事さんは憂いを帯びた顔つきで解説をする。

 それまで慈善事業を行っていたはずの黄瀬財閥の主は、この絵を購入してからというもの、まるで人が変わったように独善的で滅茶苦茶な事業を興している。

 社会の秩序を守る機関としては、この暴走を見過ごすことができなかったというわけだ。

 

「……ルカ、どう? この絵を見て、何か感じる?」

 

 レンの問いにルカは首を横に振る。

 

「……おかしい、何も感じない。霊力も、怪異の気配も。『機関』の報告通り、おかしなところは見当たらない」

 

 困惑した様子でルカは絵を眺める。

 ルカが怪異の気配を感じ取れないのも無理はない。

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 ……あ~、もどかしいなこういうの!

 原作知識のある俺なら真相を教えられるのに!

 というか退治の方法だってわかってるから、ぶっちゃけこの場で解決できちゃったりするんだよな~!

 だがそんな真似をしてしまったら、とうぜん原作崩壊が起きて物語の辻褄が狂ってしまう。

 正直、罪悪感に苛まれるが、正史通りに物語を進めるためにも、ここは裏方として辛抱強く事態を見守るしかないのだ。

 いまはまだ『彼女』とも出会っていないのだから。

 

「あら? お客様ですか?」

 

 絵を見終えてエントランスに戻ると、階段の上から透き通るように綺麗な声がする。

 引き寄せられるように視線を向けると……息を呑むほどに美しい少女がいた。

 清楚な白色のドレスを身につけ、キューティクルブロンドの長髪をツーテールにした、金色の瞳の少女。

 柔和な笑顔を浮かべながら、階段を降りてくる様子はまるで羽を休めるために降り立った天使のよう……。

 

「はじめまして。黄瀬スズナと申します」

 

 ホラー漫画『銀色の月のルカ』において、癒しの空気を生み出す数少ないムードメーカー……黄瀬スズナはスカートの裾を摘まみ、優雅にお辞儀をした。

 

「わわっ、すっごく綺麗な子~。お人形さんみたい。ねえ、ダイくん」

「お、おう。そうだな。本当に、綺麗だ……」

 

 はしゃぐレンに同意しつつ、俺もその美貌に思わず見惚れる。

 レンと初めて会ったときも漫画越しで見るのとでは印象の異なる美しさに心を奪われたが、黄瀬スズナもまた、こうして直に対面すると胸のドキドキが止まらないほどの美少女だった。

 庇護欲をくすぐる愛らしい童顔……なのに胸元はとても大きく、そのアンバランスが妙な色香を生み出している。

 文字通り『深窓の令嬢』であるスタイル抜群の美少女を前に、体温は上昇するばかりで……。

 

「ダイキ。デレデレしないで」

「イテテ、ちょっ、ルカ、そんな引っ張らないで……」

 

 スズナちゃんに目を奪われていると、機嫌を悪くしたルカに耳を引っ張られた。

 

「本日は、ようこそお越しくださいました。皆さん、見たところ学生さんのようですが、どのようなご用事でしょうか?」

「コチラの方々は例の絵を見にいらしたのです、お嬢様」

「え? ……あの絵を、ですか?」

 

 執事さんの言葉に、スズナちゃんは暗い表情を作る。

 

「その……皆さん、大丈夫でしたか? あの絵を見ると、お体を悪くされる方々が多いので」

 

 心配した様子でこちらの顔色をうかがってくるスズナちゃん。

 思ったよりもズイッと距離を詰めてきたので、俺はまた心臓をドキッと跳ね上がらせた。

 

「ご、ご心配なく。いまのところ何ともないっすよ。なあ、二人とも?」

「そうですか? でも、そちらの御方は、お顔が赤いですよ?」

「ひゃいっ!?」

 

 スズナちゃんの色白で華奢な手が俺の頬に触れる。

 

「ほら、こんなにお熱いですよ? 本当に、無理はされてませんか?」

 

 小柄な少女が下から俺の顔を覗き込んでくる。

 金色の大きな瞳に見つめられながら、柔らかなお手々に触れられ、ますます胸が高鳴る。

 うわぁ、スズナちゃん本当にかわいいな~。睫毛も長くて、色白で、めっちゃ良い匂いもするし……。

 というか、ここからだとドレスからチラリと露出する胸の谷間が見えてしまう。

 で、でかい。

 こんなちっこい体になんという豊満な膨らみ!

 いけないとわかっていながらも、目線がついつい深い谷間に吸い寄せられてしまう。

 やはり凝視するなら絵よりも、こういう立派なおっぱいのほうが……。

 

「おいコラ、絵見たときよりも熱心に見るんじゃないの」

「ダイキのえっち」

 

 胸を見ているのを察したらしきレンとルカにバシッと頭を叩かれ、正気に戻った。

 

「いま戻ったぞ」

 

 エントランスの扉が開くと、高級そうなスーツを身につけた男性が入ってくる。

 

「旦那様、お帰りなさいませ」

 

 執事さんがすぐさま荷物を預かり頭を下げる。

 どうやら彼がこの豪邸の主である黄瀬幸司郎のようだ。

 

「お父様! お帰りなさい! 今日はお早かったのですね!」

「ああ、スズナ。思ったよりもスムーズに商談が済んだよ。おや、こちらの方々は?」

「……お父様が大事になされている絵を見にいらしたようです」

「おお! そうか! お若いのに芸術に興味があるとは感心だ! 特にあの絵は素晴らしいものだ! どうか存分に見ていってくれたまえ!」

 

 絵の話題になると、幸司郎氏は異様なほどにご機嫌となった。

 かと思うと……。

 

「……ただし、あの絵は私の宝物だ。いくらでも見てくれて構わないが、くれぐれも変な真似はしないように頼むよ? スズナも、わかっているね?」

「……はい、お父様」

 

 幸司郎氏は威圧すらこもった声色で、俺たちと娘に釘を刺してきた。

 その目は、どうも正気を欠いているように思えた。

 

「あ、あの、お父様? お時間ができたようでしたら、お茶でもいかがですか? スズナ、久しぶりにお父様とお話したいです♪」

「悪いがスズナ、この後は宇宙開発局とビデオ通話で商談することになっているんだ。一日でも早く宇宙技術を発展させなければならないからな」

「宇宙開発局!? やっぱ黄瀬家ってパねぇ……」

 

 後ろで幸司郎氏の発言を聞いたレンが、仕事内容の規模の大きさに驚いていた。

 

「というわけで時間が惜しい。失礼するよ」

「あっ……はい。行ってらっしゃいませ、お父様……」

 

 せっかくの娘のお誘いを、幸司郎氏はまるで関心がないかのように断って、早々に去っていった。

 

「……あの絵を買ってから、父は変わってしまいました。どんなに忙しくても、私との時間を大切にしてくださったのに……」

 

 顔を俯かせて、スズナちゃんは寂しそうに呟いた。

 

「それに、以前は帰ってきたら必ずあの肖像画に向けて『ただいま』と言っていたはずなんです」

 

 スズナちゃんの目線に合わせて、俺たちも同じ場所を見る。

 エントランスの壁には肖像画が飾られていた。

 スズナちゃんによく似た女性の肖像画だった。

 

「この人は……」

「亡くなった母です。父はいつも、この絵を見てから仕事に向かっていました。でも……最近は視界にすら入れていません。いままで、そんなことなかったのに……」

 

 いまにも泣き出してしまいそうな声色で、スズナちゃんは母の肖像画を見つめた。

 まるで、亡き母に助けを求めるように。

 

「あ……申し訳ございません。お客様に向かってこのような愚痴を……あの、せっかくですし、お茶でもいかがですか?」

 

 初対面の相手に湿っぽい話をしてしまった申し訳なさからか、スズナちゃんがお茶のお誘いをしてくる。

 

「ちょうどベルギー王室御用達のチョコレートケーキをいただいたので、是非ご馳走させてください♪」

「「ベルギー王室のチョコレートケーキ!? 是非!」」 

 

 ベルギー王室のチョコレートケーキと聞くなり目の色を変えて興奮しだしたルカとレンは、物凄い勢いで首を縦に振った。 

 相変わらず女の子は甘いもんに目がないね~……まあ俺も食いたいんだけどね!

 

 

   * * *

 

 

 恐らく人生で最初で最後の激うまチョコレートケーキを頂いた俺たちは、スズナちゃんとお茶をしながら談笑をする。

 ……正確には調査だが。

 

「あの絵をどこで購入された、ですか? 確かお父様が海外で商談をしているときに、偶然市場で見かけたとか……」

「ふむふむ。市場でね……」

 

 スズナちゃんに話を聞きながらレンは情報をまとめていく。

 

 曰く、あの絵の作者は名も無き画家だった。

 しかし、なぜかあの絵だけは専門家の間で高い評価を得て、各国の美術館に飾られた。

 ……だが怪現象が確認されるたび、誰もがあの絵を不気味に思い、渡りに渡って海外の市場に辿り着いた。

 そこを黄瀬幸司郎氏が偶然にも見かけ、いまに至るというわけだ。

 

「……話を聞くと、その画家が怪しいねルカ。もしかして絵に怨念みたいなものを込めたのかな?」

「もしそうなら、すぐに察知できる。でも、あの絵からやっぱり霊的なものは感じなかった……なのに怪現象は起きている。黄瀬幸司郎の様子も普通じゃなかった。私よりも先に来た霊能力者たちも、あの絵に何かをされたからこそ任務を放棄して帰還したわけだし……何らかの異能の力が働いているのは間違いない」

 

 スズナちゃんに聞こえないように考察をし合うレンとルカ。

 その二人の様子を見て、スズナちゃんは首を傾げたかと思うと。

 

「あの~、つかぬことをお聞きしますが……もしかして、あなたがたは、あの絵の謎を解きにいらした超能力者さんたちのお仲間ですか?」

「え?」

 

 とつぜんのスズナちゃんの発言に戸惑うルカとレン。

 二人の露骨な反応を見てスズナちゃんは「やっぱり!」と嬉しそうに手を合わせた。

 

「ここ最近、風変わりな方々があの絵を見にいらしては、不思議なおまじないをしているところを見かけたのですが……白鐘さんからは、その方々と何となく同じ雰囲気を感じたのです♪ 普通の人とは違うオーラを持っているといいましょうか!」

「な……」

 

 直感だけで霊能力者であることを見抜いたスズナちゃんに、ルカは驚愕している。

 スズナちゃんはもちろん霊力を持たない一般人だ。それでも、彼女の独特の感性は常人とは異なる霊能力者の気配を見極めてしまう。改めて、とんでもない娘さんだった。

 

「……やはり、あの絵には、何かがあるのですね? 人間の常識では通じない、異質なものが。お父様が嬉しそうにあの絵を持ち帰ったときから、嫌な感じがしたのです。『あの絵を屋敷に入れてはいけない』……そんな胸騒ぎがしていたんです」

 

 震える声で、スズナちゃんは胸元の前でキュッと両手を握りしめた。

 

「あなたがたなら、あの絵を何とかできるのですね?」

「……それができるかどうかは、これから調べる」

「でしたら、スズナにも皆さんのお手伝いをさせてください! どうかお願いします! お父様をお助けください! 」

 

 強い意志を込めた光を瞳に灯しながら、スズナちゃんは深々と頭を下げた。

 

 

   * * *

 

 

「じゃあ改めて自己紹介するね。こっちは怪異退治専門の霊能力者である白鐘瑠花(ルカ)。私は情報収集と仲介専門の赤嶺レン。で、こっちは人間相手には無双できるけど肝心な怪異相手だと、とことん役立たずなビビリの黒野大輝(ダイキ)くんです」

「おいコラ」

 

 なんて酷い紹介をするんだレンのやつめ。

 ……まあ事実だから否定できないのが悔しいけど!

 

「怪異退治を専門とする部活動……素晴らしいです! 皆さん私と同学年ですのに、人のため世のため、影ながら恐ろしい化け物たちと戦っているのですか!?」

 

 話を聞いたスズナちゃんは目をキラキラとさせる。

 

「すごいです! まるで映画や小説に登場する正義の味方ではないですか! 特に黒野さん! あなたは怖いものが苦手でありながら、人々をお救いするため、このような活動を続けていらっしゃるのですよね? なんと気高く尊き志でしょう! スズナ、感動しました!」

「え? い、いや~、それほどでも~。成り行きで続けているといいますか、ほぼ日常的に怪異と遭遇する運命だから逃れようがないっていうか……」

「ご謙遜なさらないでください! お心がお優しく、お強くなければ、到底できることではありません! スズナ、黒野さんのこと尊敬します!」

「い、いや~、あははは」

 

 スズナちゃんに直球で褒められ、照れくささから頭をかく。

 こんな可愛い女の子に尊敬の眼差しを向けられるなんて、初めてオカ研を続けていて良かったと思ったよ。

 

「……あっ、窓に女の幽霊が貼りついてる」

「ひいいいいい!? どこおおおおおお!? ……って、いないじゃないか! ルカ! 幽霊ネタで俺を驚かすのはやめちくれ!」

「プイッ。ダイキのバァカ。さっきからデレデレばっかりして」

 

 ご機嫌ナナメな幼馴染は悪びれることもなくそっぽを向いた。

 レンと出会ったときといい、俺が他の女の子にデレデレしているのがおもしろくないようだった。

 

「でも、皆さん本当にすごいです。スズナはまだ、自分が何を為すべきなのか、どう生きるべきなのか、いまだにその道を見つけることもできず、何となく日々を生きているだけですのに。お恥ずかしい限りです」

 

 スズナちゃんは恥じ入るように苦笑を浮かべた。

 

「亡き母に言われたんです。『自分が正しいと信じた道を進みなさい』『あなたが信じて進む道なら、多くの人を救い、幸せにすると私は信じています』と──でも、わからないのです。自分が何をしたいのか、どんな人間になりたいのか……母のご期待に添えないまま、歳月ばかりが経ってしまいました」

 

 スズナちゃんは部屋に置かれた写真立てを手に取る。

 そこには、先ほど見た肖像画と同じ女性と、幼いスズナちゃんが写っていた。

 

 ……そうだった。初期のスズナちゃんは自分の将来のビジョンが思い浮かばないことで悩む女の子だった。

 黄瀬家の娘として、幼い頃から英才教育を受け、どんなことも優秀にこなしてきたスズナちゃん。

 その一方、彼女自身は何か夢中になれるような、情熱をいだけるものと出会えず、そんな自分に後ろめたさを覚えていた。

 まだ若いのだから、将来やりたいことが決まらないのは当たり前……なんて言葉は慰めにはならない。

 スズナちゃんにとって、お母さんと交わした約束はとても大事なものだからだ。

 

 自分は『何者』になればいいのだろう?

 そう思い悩む少女の未来を、俺は知っている。

 心配ない。だってスズナちゃんは、ようやく自分が心からやりたいと思えるものに出会うのだから。

 

「大丈夫だよ、黄瀬さん」

「白鐘さん?」

「いまは、やりたいことが見つからなくても、人は必ず何かしらの望みや情熱を秘めているものだよ。私のお母さんが言ってた」

「白鐘さんの、お母様が?」

「うん。『人間は自分自身のことをわかっているようで、よくわかっていない。だからいつも心の声に耳を傾けて、自分と向き合わないといけない。そうしていくうちに、自分が本当に望むものが見えてくる』って……だから、黄瀬さんも自分の気持ちに素直でいれば、いいんじゃないかな? 誰かに言われたことじゃなくて、自分がそうしたいと思ったことに目を向ければ……」

「っ!? 母にも昔、似たようなことを言われました。『心の声に耳を傾ける』……そうですか。白鐘さんのお母様も、そのようなことを……」

 

 ルカの言葉に感じ入るものがあったのか、スズナちゃんは祈りを捧げるように瞳を閉じた。

 

「自分の気持ちに素直に……そうですね、いまのスズナにとって、やりたいことは、お父様をお救いすることです! ずっとお父様の言いつけを守ってきましたが、今日ばかりはスズナ、聞き分けの悪い子になります! あの絵を退治しましょう!」

 

 迷いを断ち切った明るい顔で、スズナちゃんはどこか楽しそうに言うのだった。

 俺たちもつられて笑い合う。

 

「よし! それじゃあ、本格的に調査を始めようか! 全員で『呪いの絵画』の謎を解こう!」

 

 レンが高らかに宣言し「おお~」と全員で拳を突き上げた。

 

 

   * * *

 

 

「とりあえず、あの絵に関する資料がもっと欲しいな。作者のインタビュー記事とか、怪現象について書かれたゴシップ記事とか、とにかく何でも」

「わかりました。執事とメイドに頼んでみます」

 

 レンの言葉に従って、スズナちゃんは早速執事さんやメイドさんに『呪いの絵画』に関する資料を集めるようお願いをした。

 やはり当主が芸術に関心があるためか、もともと黄瀬家の書庫には美術に関する書籍や雑誌がふんだんに保管されていた。

 そのため、ものの数分で該当の資料はレンの手元に集まった。

 

「『絵柄が変わる生きた絵』……本当だ、こっちの写真とこっちの写真では赤ん坊の人数が違う。製作者は絵を描き上げた数年後に精神を病み、自殺……これもやっぱり関係があるのかな?」

 

 複数の資料を見比べながら、レンはうんうんと唸っている。

 ……さて、原作知識を持っているならばここで「あれれ~? おかしいぞ~?」と謎を解くヒントをわざとらしく伝えるのが親切だろうと思うが……そんなものは必要ない。

 なにせレンの頭脳は、冗談抜きで探偵並みの閃きを見せるからだ。

 たぶん、そろそろだ。

 

「……ん? 『絵の具の一部に土を使った』? 確かに土を利用した画法もあるけど、何のため? ……『そうしなければならないと思った』と製作者はその土地の土をかき集めた……これって、もしかして製作者自身も黄瀬さんのお父さんみたいに、何かに突き動かされているんじゃ……描き手じゃない。もしかして、本当の原因は絵そのもの……その土地の土……」

 

 レンはスマホを取り出し、SNSで情報を集め出した。

 

「……あった。絵描きが土を採取した場所には、隕石が落ちてる。作者はもともと、その隕石の落ちた場所を見るために向かったんだ。そこできっと……」

「赤嶺さん? 何か、わかったのですか?」

「……黄瀬さん。お父さんはさっき、宇宙開発局と商談するって言ってたよね?」

「え? はい。最近のお父様はどうも宇宙技術の発展を意識されているようで……それまで行っていた事業を放置して、宇宙に関連したことばかりにご執心なのです」

「宇宙技術の発展……意識が変質した人間が、宇宙に拘っている……それはつまり……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 レンは瞳を閉じて、ぶつぶつと独り言を呟く。

 

「霊力は感じ取れない。なのに怪現象は起きる。()()()()()()()()()……つまり。この星とは異なる物理法則を持った存在。隕石と一緒にやってきた生き物……」

 

 レンはひと息を吐いて、俺たちに向き合った。

 

「皆、聞いて。これは、あくまで推測だけど……あの『呪いの絵画』は怪異じゃない。たぶん……隕石と一緒にやってきた、宇宙の生き物なんだ」

「宇宙の生き物?」

 

 やはり助力は必要なかったようだ。

 原作通り、レンは真相に辿り着いた。

 

 そう、あの『呪いの絵画』は怪異ではない。

 正確には、隕石と一緒にやってきた宇宙の微生物だ。

 隕石が墜落した土地に、宇宙の微生物は根強く生き残っていた。

 あの絵の作者は、その微生物が含まれた土を採取し、絵の具として使用した。

 なんのために?

 それは、画家もまた幸司郎氏のように微生物に操られていたからだ。

 

 微生物の目的は、ただひとつ。

 故郷である宇宙に帰還すること。

 

「夜な夜な絵が光るのは、それがヤツらの洗脳手段だからだと思う。色彩は、人の五感に作用する。サイケデリックに変動する色彩と光波は、見る人の精神に悪影響を与える。ヤツらはそれを巧みに利用して、特定の人間の意識を操っているんだ。黄瀬さんのお父さんが『呪いの絵画』に魅了されたのも、きっと財閥の主である彼の力を使って宇宙に帰還する手段を探しているからだよ」

 

 レンの説明に、ルカとスズナちゃんは驚きの表情を浮かべた。

 

「宇宙から来た外生物……なるほど、確かにそれなら霊力を感じ取れないのも頷ける。怪異現象も異能の力じゃなくて、それがヤツらがそもそも保有している生態能力なんだ」

「あ、赤嶺さん。この僅かな情報で、その答えに辿り着いたのですか? す、すごいです!」

「まあ、あくまで予測だけどね。ただ……ヤツらが霊的なものじゃない物理的に存在している生き物なら、退治の仕方はシンプルだよ。──火で燃やしちゃえばいいんだ。映画でもそうでしょ?」

 

 パニック映画において火は万能の武器だ。

 宇宙から来た生物とて、それは例外ではない。

 

「だけど闇雲に突っ込むのは危険だね。ひょっとしたら火に耐性を持っている可能性もあるから、やっぱりもう少しだけ検証を……」

「いやいや! 大丈夫さレン! レンの予測なら絶対に正解だから! うんうん! さすが我らが部長! 天才! 名探偵! 大丈夫! 絶対に火で燃えるよ! だからちゃっちゃっと燃やそう!」

「うわっ、びっくりした! 何で急にそんなに私のこと持ち上げてくるのダイくん?」

「こんなこともあろうかとガス管とライターを大量に持ってきたぞ! 準備は万全だ! さあ燃やそう!」

「多過ぎでしょ!? よく職質されなかったな!?」

「備えあれば憂いなしだろうが! さあ、悪夢を終わらせましょう! ファイヤー!」

「ここで火を出そうとするなおバカ!」

「ダイキ、私の決め台詞取らないで~」

 

 やっと退治できる段階になったためにテンションがハイになってしまった。

 だって早いところ終わらして帰りたいもん!

 

「……うふふ♪ 黒野さんって、おもしろい人♪」

 

 俺の様子を見て、スズナちゃんがクスクスと笑っていた。

 

 

   * * *

 

 

「皆さん、今夜は泊まっていってください。決行は今夜にいたしましょう」

 

 任務遂行のため、俺たちはスズナちゃんのお言葉に甘えて黄瀬家でお泊まりすることになった。

 

「皆さん、こちらの方々とスズナはとても親しい友人となりました♪ 盛大にお持て成しをしてくださいね!」

「「かしこまりました、お嬢様」」

 

 スズナちゃんの言葉に従った執事とメイドさんたちに、そりゃもう手厚いお持て成しをしてもらった。

 

「さあ、お夕飯の準備ができました♪ どうぞたっぷり召し上がれ♪ 『腹が減っては戦はできぬ』といいますから!」

「……ルカ、ダイくん。どうしよう。私たち、この後、普通の生活に戻れるかな?」

「ここは天国かな? どうしよう、ダイキ。私、帰りたくない」

「同感だ。これが天上人の生活ってやつなんだな……」

 

 高級ホテルでも味わえないであろう超VIP待遇を受けて、俺たちはすっかり夢見心地でいた。

 口にするものすべてが、あまりにも美味で、舌がどんどん肥えていく。

 とうぶんの間、スーパーやコンビニの食材では満足できないかもしれない。

 

 宇宙生物退治は先延ばしにしてもいいんじゃないかな~とちょっとだけ考えてしまったが、もちろんそういうワケにはいかない。

 屋敷の人々が寝静まった頃に、俺たちは行動を開始することにした。

 とりあえず、ここまでは原作通りだ。

 

「皆さん、こちらをどうぞ」

 

 スズナちゃんに用意してもらった特殊サングラスを装着する。

 ヤツらが光を利用してこちらを洗脳をしてくるのなら、こういった対策は必要だ。

 

「……はわわわ! こうしていると、まるでスパイ映画のようですね! こんな夜更けに屋敷をコッソリと歩き回るの、スズナ初めての経験です。なんだかワクワクしてきました!」

 

 未知の体験に、スズナちゃんはすっかりウキウキしている。

 サングラス越しでも、金色の瞳の中に星が瞬いているのが見える。

 うん、だんだんと俺の知るスズナちゃんらしさが出てきたな。

 

「先頭は私が引き受ける。皆はここで待機して。私が合図をしたら、火を絵にぶつけて」

 

 ルカがゆっくりと絵に近づく。

 俺たちはガス管とライターを構えて、ルカの合図を待った。

 

「……何をしているんだ、君たち」

「っ!?」

 

 振り返ると、幸司郎氏が虚ろな表情で立っていた。

 

「お、お父様……」

「スズナ、こんな夜中に何をしている? その手に持っているものは何だ? まさか……あの絵を燃やす気じゃなかろうな?」

 

 幸司郎氏の目が憤怒の色に染まる。

 実の娘をまるで仇敵を見るかのような鋭い目だった。

 きっと生まれて初めて向けられるであろう、父親の敵意を前に、しかしスズナちゃんは怯むことなく向かい合った。

 

「……はい。スズナは、あの絵を燃やします。お父様は、あの絵の魔力に魅入られているのです。どうか目を覚ましてください! いまのお父様を見たら、お母様が悲しみます!」

 

 娘の必死な訴え。

 だが、それが通じるほど『呪いの絵画』の洗脳は甘くなかった。

 

「……許さんぞ」

「お父様?」

「許さんぞ、スズナあああぁ!! あの絵を燃やすのなら、お前だろうと許さん!」

「っ!? お父様!」

「父親に逆らうとは、なんて親不孝な娘なんだ! お前は私の言うことだけを聞いていればいいんだァー!!」

 

 凶暴な顔つきで幸司郎氏が腕を振り上げる。

 原作ではここでスズナちゃんは父親に殴られるが……さすがにそこまで傍観するような真似はしない。

 瞬時に幸司郎氏の腕を握りしめる。

 

「ぐっ! この、小僧……何を……」

「黒野さん!?」

「いくら操られているからって……娘に暴力をふるうことだけは、しちゃいけないだろうが!」

「ぐっ!」

 

 そのまま勢いをつけて、幸司郎氏を向こう側へ投げつける。

 

「お父様!」

「離れていろ黄瀬さん。いまの彼は正気じゃない」

 

 投げつけられた幸司郎氏は「ううぅ……」と獣のような唸り声を上げながら立ち上がる。

 その目は極彩色に光っていた。

 

「許サン……ソノ絵ヲ、燃ヤスコトダケハ……」

 

 父親の変貌に、スズナちゃんは「ひっ」と息を呑んだ。

 

「何事ですか!?」

「旦那様!? どうされました!?」

 

 騒ぎを聞きつけて、執事の人たちが慌てた様子で集まってくる。

 まずい。原作だとこの後は確か……。

 

「ルカ! レン! いますぐ絵を燃やすんだ!」

 

 俺の指示を聞いて、ルカとレンが絵にガス管とライターを向ける。

 その瞬間……絵に異変が起こる。

 

「なっ!?」

 

 絵の中の赤ん坊たちが身動きを始め、ドロリとヘドロのように額縁から垂れ落ちる。

 流動体はやがて、四体の巨大な赤ん坊の形を取った。

 文字通り、絵から飛び出てきた。

 

「う、嘘ぉ!? こんなのってアリ!?」

 

 絵のまさかの異形化に、レンは困惑している。

 

「アアア……ダァ……!!」

 

 不気味な鳴き声を上げて、その体が極彩色に発光する。

 

「ア、アァ……」

「絵ヲ、燃ヤス者ハ……始末スル」

 

 サングラスをかけていなかった執事たちは、幸司郎氏と同じように目を光らせ、操り人形と化した。

 原作ではここで少女たちが操られた幸司郎氏と執事たちに襲われるが、そんなことはさせない!

 俺が壁となって皆を守る!

 

「ルカ! 絵のほうを頼む!」

「わかった! 来い、紅糸繰!」

 

 霊装の紅糸繰を鎌に変えて、ルカは四匹の異形の赤子に飛びかかる。

 俺も襲い来る執事たちを次々と薙ぎ払っていく。

 対怪異はルカ。

 対人は俺が。

 いつものフォーメーションで危機に対応していく。

 

「アガァ! 絵ニ、手ヲ出スナァ!」

「ええい! いい加減に目を覚ませ! スズナちゃんが可哀相だろうが!」

「ウゴォ!」

 

 いつまでも正気を取り戻さない幸司郎氏に怒りが湧き、拳を叩き込んだ。

 父親なら娘への愛情とかで自力で目覚めんかい!

 俺の拳を浴びた幸司郎氏と執事たちは、ピクピクと痙攣しながら、そのまま気絶した。

 

【 《紅糸繰》 よ 《異形》 を 《手繰り寄せよ》 】

 

「ミギャアアアアア!!」

 

 ルカのほうも異形の赤ん坊たちを紅糸繰の糸で一カ所に集めることに成功した。

 

「お、お二人とも、すごいです……」

 

 一連の出来事を、スズナちゃんは放心した様子で見ていた。

 

「レン! ダイキ! 私が紅糸繰で捕縛している間に、早く火を! 黄瀬さん! あなたも!」

「っ!? は、はい!」

 

 拘束された四体の異形に向けて、俺たちは火を付けたライターにガス管を噴射する。

 三カ所から噴き上がる炎の放射。

 

【 《紅糸繰》 よ 《炎》 を 《広げよ》 】

 

 ルカの霊術である言霊によって、紅糸繰が着火剤の役割を果たす。

 火は瞬く間に異形の全身に燃え広がっていった。

 

「ヒギッ! ヒギィィィ!」

 

 断末魔の雄叫びを上げながら崩れていく異形。

 それはどこか、故郷に帰れないことを嘆く、啜り泣きのようにも聞こえた。

 

「……なんて、悲しいお声でしょう……」

 

 燃え崩れる異形に、スズナちゃんは憐憫の眼差しを向けていた。父親をおかしくさせていた憎き相手にも関わらず、その瞳からは涙が出ていた。

 スズナちゃんは感受性が強い。そんな少女は、異星から来た彼らの悲しみすら、感じ取れてしまうのだった。

 

「……あなたたちは、ただ故郷に帰りたかっただけなんですよね。でも、ごめんなさい。そのためにお父様を利用するのは、やはり見過ごせません。許してください。せめて、どうかその魂が安らかであることを……」

 

 スズナちゃんは手を組み、切に祈りを捧げた。

 

 

   * * *

 

 

「ん……ここは……?」

「お父様! 目が覚めたのですね!」

「スズナ……っ!? すまない、スズナ。すべて覚えている。私は、なんてことを……」

「いいのです、お父様。元に戻って良かった、本当に……」

 

 『呪いの絵画』を焼き尽くしたことで、操られていた幸司郎氏と執事たちは無事に意識を取り戻した。

 

「君たちが、助けてくれたんだね? 何とお礼を言ったらいいか……」

「いいのです。私たちは任務を遂行したまでです」

「任務……そうか、あのような恐ろしい存在がいるのだから、対応する組織もあるということか。……この恩は決して忘れない。どうか今後、君たちの活動を支援させていただきたい」

 

 本来の義理堅い紳士に戻った幸司郎氏は、迷いなく誓いの言葉を立てた。

 

「……そこの君、確か黒野君と言ったか?」

「え? あ、はい」

「あんな風に、人に思いきり殴られたのは初めてだったよ。良い拳だった」

「その、あれはつい……すみません」

「いや、責めているわけではないんだ。むしろおかげで二重の意味で目が覚めたよ。君の言うとおり、娘を本気で思うのなら自力で目覚めるべきだった……スズナの幸せを考えない日はなかったが、実際はこのザマだ。危うく娘を不幸にしてしまうところだった」

 

 深く恥じ入りながら、幸司郎氏は立ち上がった。

 

「すまないスズナ、お母さんの肖像画のところまで連れて行ってくれないかい?」

「はい、お父様」

 

 まだフラつく体を娘に支えてもらいながら、幸司郎氏は妻の肖像画の前に立った。

 

「カエデ……君が残してくれた宝物を守ると私は誓ったのに、魔物につけ込まれてしまった。すまない、もう二度とスズナを傷つけないと誓うよ」

「お父様……大丈夫です。お母様ならきっと許してくださいます。それに、お父様を守りたい気持ちは、スズナも同じです。本当にご無事で良かった」

「スズナ……ありがとう。いつのまにか、私を支えられるほどに立派になっていたんだね」

 

 母の肖像画の前で、親子二人は絆を確かめ合いながら寄り添った。

 

「……お母様、聞いてください。スズナ、やっとやりたいことが見つかりました。どうか、見守っていてください」

 

 

   * * *

 

 

 かくして『呪いの絵画』の一件が片付いた、その後日。

 

「失礼します! 黄瀬スズナ、オカルト研究部に入部希望します!」

「え!? 黄瀬さん!? なんで私たちの学園にいるの!?」

「転校してきました! どうしても皆さんと一緒にいたくて!」

「お嬢様の行動力パねぇ!?」

 

 原作通り、スズナちゃんは俺たちの学園に転校してきた。

 

「以前でしたらきっと反対されたと思いますが、あの一件で父は私のやりたいことを応援してくれるようになったのです!」

「黄瀬さんの、やりたいこと?」

「はい! 私、決めたんです! 私も皆さんのように、恐ろしい怪異から人々を救うことを! ああ、あの夜は、本当に刺激的でした。あんなにも心が奮い立ったのは、スズナ初めての経験です♪」

 

 うっとりと頬を紅潮させながら、スズナちゃんは誤解されそうな発言をする。

 

「特に……ルカさん! 怪異と戦うお姿、とてもかっこよかったです! スズナ、すっかりあなたのファンになってしまいました! ああ、世界を守るために戦うヒーローは実在したのですね! スズナにもどうか、あなたの活躍を支えさせてください!」

「え? あ、ありがとう……」

 

 目をキラキラさせながら全力で迫ってくるスズナちゃんに、ルカは困惑しながらお礼を言った。

 どうやら原作通りスズナちゃんはルカに惚れ込んだご様子だ。

 原作崩壊が起きず、ひと安心である。

 スズナちゃんがこうしてパーティーに加わったことで、今後は遠距離の任務でも移動手段や宿を用意してくれるはずなので、オカ研の活動はよりスムーズになることだろう。

 

「そして……ダイキさん! あなたもとても素敵でした!」

「はい!?」

 

 俺の眼前にもお嬢様のキラキラとした顔が迫ってきた。

 顔近っ!?

 

「たったひとりで、あの人数の大人を武力ひとつで無力化できるだなんて……かっこよすぎます! 凜々しいお姿に、スズナはドキドキしてしまいました! 獅子奮迅とはまさにあのことですね!」

「え、えーと、ど、どうも」

「お二人は私のヒーローです! 全力でサポートいたします! 何でもおっしゃってくださいね?」

 

 あれれ~? まさか俺までスズナちゃんにヒーロー扱いされるとは、予想外。

 だ、大丈夫かな? これ原作崩壊の伏線になったりしないよね?

 

「……お二人がヒーローね~。私だって謎解くために頑張ったと思うんだけどな~」

「ハッ!? も、もちろん鋭い知恵を持つレンさんのことも尊敬していますよ! 今後も頼りにさせていただきます部長様! あの、実家から紅茶を持ってきましたので良かったら淹れさせてください!」

「あの激うま紅茶!? また飲めるの!? よっしゃ! 黄瀬スズナくん、入部を許可する!」

 

 自分だけ蚊帳の外にされてフテ腐れていたレンだが、また高級紅茶が飲めると知るやアッサリとスズナちゃんの入部を許した。

 現金なヤツめ。

 

 さて、これでルカの仲間となる少女はあと二人……。

 それまでは、正史が狂わないように慎重に行動をしなければならないのだが……こんな調子で大丈夫かな?

 

「どうしたのダイキ? 最近、難しい顔ばっかりしてるよ?」

 

 ルカが心配そうに声をかけてくる。

 

「いや、俺はつくづく裏方に向かない人間だと思ってな……」

 

 このホラー漫画の世界で三十一巻中、三巻までの知識しかないことに絶望していた俺だが、全巻の内容を把握していたらそれはそれで原作崩壊を終始気にしてしまう余裕のない毎日だったかもしれないな。

 

「ふぅん、よくわからないけれど……何か頑張ってるわけだねダイキは。それじゃあ……えい」

「むぎゅっ!?」

 

 ルカの豊満な胸の中に抱き寄せられた。

 柔かああああい!

 

「よしよし。頑張ってる人にはご褒美をあげなきゃね?」

 

 蕩けそうな声色で、ルカはパフパフとオッパイの中で俺を甘やかすのだった。

 転生者として気を遣うことが多い最近だが……このオッパイのおかげで頑張れちゃいそうな気がするな!

 そんな現金なことを考える俺だった。

 

 

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