【悲報】ビビリの俺、ホラー漫画に転生してしまう   作:青ヤギ

71 / 118
 長くなりそうなので前編後編に分けます。
 これもキリカちゃんのバックボーンや過去エピソードが他のヒロインよりも重厚すぎるがため。
 キリカ! お前……重いんだよ!


過去編③キリカとの出会い【前編】

 

 仲良しの双子は何をするにも一緒。

 遊びも、食べるものも、眠る時間も。

 二人で一緒にいることが、一番の幸せ。

 大人になっても、アタシたちは一心同体で生きていくんだ。

 そう信じていた。

 だけど……。

 

 同じように動いているはずなのに、一方は温かくなって、一方は温かくならない。

 同じものを握っているはずなのに、一方は光って、一方は光らない。

 同じ早さで走っていたはずなのに、いつのまにか、置いて行かれている。

 だんだんと、双子の足並みが揃わなくなっていく。

 

(待って……置いて行かないで!)

 

 双子の妹は必死に姉に追いつこうとする。

 でもどれだけ努力しても、差は縮まらない。それどころか、自分よりも後に生まれた妹たちにすら先を行かれてしまう。

 向けられるのは、憐れみの視線。

 ああ、どうしてこの子だけ、こんなにも■に愛されていないのか。

 

(やめて……そんな目で見ないで! アタシは……アタシは必死にやってる!)

 

 どれだけ人一倍、血の滲むように修行をしても……やはり姉妹たちのように祝福は訪れない。

 見放されている。家族の中で、自分だけが。

 その事実に、少女の心は折れた。

 

 せめて……せめて双子の姉だけには、受け入れて欲しかった。

 こんな自分でも、昔のように隣にいてもいいんだと。そう言ってもらいたかった。

 でも……。

 

『いまでも私と対等だと思っているのか? ……ふざけるな!』

 

 最愛の片割れが放ったのは、失望と断絶の言葉だった。

 

『お前じゃ誰も救えない。お前なんて藍神家にいらない。消えろ、無能』

 

 同じ顔をした姉が、虚ろな表情を向けて去っていく。

 

(待って……待ってよレイカ! アタシは……アタシはただ!)

 

 姉の背を追いかけたところで……藍神キリカは悪夢から目覚めた。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 ベッドから飛び起きたキリカは、胸元を抑えながら荒く呼吸を繰り返した。

 

(またあの夢……最近は見ていなかったのに……)

 

 実家から出て、親戚の家に厄介になって、いまは学費免除の特待生になったことを条件に、マンションの部屋でひとり暮らしをしている。それからは久しく見ていなかった夢。どうしていまさらになって……いや、理由はわかっている。

 

 白鐘(しろがね)瑠花(ルカ)

 同じ教室にいるクラスメイトの存在が、キリカの中に眠る劣等感を、再び目覚めさせたからだ。

 べつにルカ自身がキリカに何かをしたわけではない。

 ただ、一方的に意識してしまっているだけ。

 

 ──自分以上に強大な霊力を持つ、霊能力者であるルカを。

 

 キリカは激しく首を振った。

 ダメだ。考えるな。

 自分は決めたはずだ。

 もう、霊能力者の世界には関わらないと。

 

(そうよ……アタシはもう……普通の人間として生きるんだから)

 

 只人として生きていけば、自分は幸福でいられる。

 劣等感に苛まれることもない。

 それが退魔巫女の家に生まれながら凡庸な霊力を持って生まれてしまった藍神キリカの、選んだ道だった。

 

 

   * * *

 

 

 清く正しく、生きること。

 それが幸福への近道だとキリカは確信している。

 私生活においても、もちろん学園生活においても。

 そうすれば、この世界には自分の居場所がたくさんできる。

 

 優等生であれば、教師は褒めてくれる。

 

「さすが藍神さんね! 今回のテストも満点よ! いつも勉強を頑張っていて偉いわ!」

「いえ。特待生として当然のことですから」

 

 委員長として風紀を守っていれば、信頼を得られる。

 

「さすが藍神だな。お前が厳しく注意してくれるおかげか、うちのクラスは他のクラスと比べて素行が良いって教頭に褒められたよ。いつもありがとうな」

「いえ。委員長として当然のことですから」

 

 部活動の助っ人をすれば、生徒たちから感謝される。

 

「藍神さん強すぎ! ねえ、やっぱり剣道部に入部してくれない?」

「ありがとう。でも他の部でも助っ人を頼まれているし、勉強もしないといけないから」

「そっか~残念。でも藍神さん、やっぱり凄いな~。美人でスタイル抜群で、勉強もできてスポーツも万能だなんて……完璧じゃん!」

「……アタシが、完璧ね」

 

 完璧。そんな言葉を貰える日が来るだなんて、キリカは思いもしなかった。

 実家でキリカが浴びせられていたのは、どれも真逆な言葉ばかりだった。

 落ちこぼれ。凡人。役立たず。恥さらし……厳しい祖母に何度も言われた言葉。

 そして、双子の姉に最後に言われた『無能』という称号……。

 

 だが、この学園でならキリカを軽んじる者はいない。

 やはり自分の選択は正しかった、とキリカは痛感する。

 身の丈に合った生き方をする。それだけで随分と気持ちは楽になる。

 もっと早く、こうしていれば良かったのだ。

 霊能力者であることに拘らず、一般人として生きていけば、自分にはこんなにも居場所と理解者ができるのだから。

 

 ──本当にそうかしら? 周りが見ているのは所詮『優等生の皮を被ったあなた』だけじゃないの? ありのままのあなたが受け入れられたわけじゃない。それを本当に居場所と言えるの? 理解者ができたと言えるの?

 

 意地の悪い、陰気な心の声が、ときどきキリカに囁く。

 

 ──もしも優等生でなくなったら……やっぱりあなたには、何も残らない。どこへ行っても、所詮あなたは空っぽなのよ。

 

 不穏な空想をキリカは必死に振り払う。

 ……大丈夫。自分はうまくやれている。何も問題ない。

 只人であれば自分は平穏に生きられる。

 今日も、いつものように夕飯の買い出しをして、帰ったらちゃんと明日の予習をして、規則正しい生活をする。それだけでいいんだ。

 ノイズは振り払おう。この穏やかな生活を脅かすノイズはすべて。だから……。

 

 

 怪異の気配を感じても、自分には関係ない。

 

 

「……っ」

 

 スーパーマーケットからの帰り道で、キリカは立ち止まった。

 路上の向こう側に、ヒトならざるものがいる。

 ソレが敵意を持っているのが感じ取れる。

 たとえ凡庸な霊力しかなくとも、それぐらいは察知できる。

 

(……やめてよね)

 

 キリカは歯噛みした。

 いっそのこと、霊感などまったく無い人間として生まれれば良かったのに。

 そうすれば、こんな葛藤もいだくこともなかったのに。

 怪異がいるとわかっている。誰かが襲われているかもしれない。真っ先に助けに行くべきだ。

 ……キリカが真っ当な霊能力者であればの話だが。

 

(アタシじゃ何も、できないのに……なんでっ!)

 

 危機は感じ取れる。でもそれを解決するための力はない。

 なんと中途半端な素質だろう。まるで天による嫌がらせだ。いかに自分が無力な存在か、突きつけられているようだ。

 この場でキリカができることといえば、ひとつしかない。

 

「……藍神です。ポイント【J124】に怪異の気配を確認。すぐに向かってください」

 

 対怪異秘密組織である『機関』。霊能力者たちの間だけに知らされる番号に連絡を取り、キリカは報告を終える。

 これでいい。この区域の支部に連絡を取ったから、すぐにエージェントが辿り着くだろう。

 あとは任せよう。自分は最善の選択をした。これ以上できることはない。

 そう言い聞かせ、キリカは帰路につく。

 だが……キリカの足は気づけば帰り道とは真逆の方向に向かっていた。

 

(何をしているのアタシは? 行ってどうするの? アタシが行って何ができるって言うのよ?)

 

 そう自問しながらも、足は止まらない。

 行ったところで無力だというのに。仮に誰かが怪異に襲われていても、救える手段なんてないのに。

 

 ……いや、正確にはひとつだけある。

 自分の意思でコントロールできない不安定なものだが、もしも「あの力」を引き出せたのなら──()()()()のように自分でも誰かを救うことが!

 

「さあ──悪夢を終わらせましょう」

「……あ」

 

 だが、やはり無駄足だった。

 そこにはすでに怪異を滅する手段を持つ霊能力者がいた。

 

【 《生霊》 よ 《この世》 から 《消滅》 せよ 】

 

 霊能力者の言葉で、怪異がおぞましい悲鳴を上げて消滅していく。

 アレは、言霊。そして、その霊術を行使しているのは……。

 

(……白鐘、瑠花(ルカ)

 

 銀髪赤眼の霊能力者の力を、キリカは目の当たりにした。

 並外れた霊力。優れた霊術。変幻自在の霊装……どれもキリカが望んでも手にできなかったもの。

 

 ──わかったでしょキリカ。ここでも、あなたの居場所なんてないのよ。

 

 心の中で、もうひとりの自分が囁く。

 イメージの中で、侮蔑と呆れの滲んだ顔を浮かべている。

 ……それは、自分と瓜二つの顔をした双子の姉だった。

 

 ──無様ねキリカ。あなた……本当に何のために生まれてきたの?

 

 どうやって帰宅したのかは覚えていない。

 気づくとキリカは電気も点けず自室のベッドに顔を埋め、涙を流していた。

 あまりにも情けない、未練がましい自分に恥じ入りながら。

 

 わかりきっていたことだ。

 あの世界で、自分にできることなどない。

 できる者に託せばいい。この街にはあんなにも凄まじい霊能力者がいるのだから。

 そう思っていたが……。

 

「出席取るぞ~。……ん? 白鐘と黒野はまた欠席か? この頃しょっちゅういないな~あの二人」

「へへへ、サボってどっかでイチャついてんじゃないですかね先生~? 羨ましいこったぜ~……本当に羨ましいなチクショー!」

「おいおい田中、勝手に妄想しておいて号泣するなよ~……先生だって羨ましいぞ!?」

「先生~、いい大人が高校生のイチャイチャ妄想して泣かないでくださ~い」

 

 立て続けに欠席を繰り返す男女二人に、クラスメイトたちはあらぬ想像を膨らませては勝手に盛り上がっている。

 ……だがキリカだけはわかっていた。

 あの少女と、そして幼馴染である少年が学園に不在なのは、何らかの怪異事件に関わっているからだということを。

 二人だけではない。別のクラスにいる赤嶺レンと黄瀬スズナも、その活動に協力しているらしい。

 

 オカルト研究部。

 怪異事件を解決する部活動として、その噂と名声は徐々に広まりつつあった。

 

「……」

 

 キリカはオカルト研究部の活動内容に、ひとつの感情をいだいていた。

 気に入らない、と。

 怪異事件の解決……霊能力者である白鐘瑠花ひとりだけがこなすのならば、まだわかる。

 だが残りの三人は一般人だ。なぜ一般人が、そんな危険な真似をする必要がある?

 ……認めない。認めたくない。だって、もしも認めてしまったら、いまこうして教室で授業を受けている自分はいったい……。

 

(アタシが、止めないと)

 

 彼女らが遊び半分で危険な世界と関わろうとしているのなら、委員長として止めなければならない。

 ……そう、あくまで委員長として。

 

 

   * * *

 

 

『どーも、廃墟大好きボッタンです~。今回はですね~、最近話題の廃病院に来ています~。なんかガチめに「出る」って噂で~、この廃病院に入った同業者の動画配信者さんとかがネタでなく行方不明になってるとかなんとか。うん、実際こうして外観だけ見てもやっべえオーラ出てますもんね~……で! これは廃墟マニアの僕が行かないわけにはいかないと! 今回も命知らずなボッタン、廃墟に突撃配信していきます~!』

 

・安定の命知らずで草

・どうなっても知らんぞ~?

・期待

・いや、ここはマジでやめとけ

・ネタじゃなくてガチでやめとけ

・ここに行った配信者マジでその後、音沙汰ないもんな

 

『はいはい、いつもの脅かしコメントありがとうございます! 今回も鋼メンタルで乗り切っていくんでよろしく~! ……うわ! びっくりした! なんだ、薬品の瓶が落ちただけじゃん。ビビった~!』

 

・お早いフラグ回収乙

・え? いまなんか不自然に落ちなかったか?

・瓶が勝手に動いたような

 

『キタキタ~、恒例の怪異現象目撃コメント~! いいよ~、どんどん盛り上がっていっちゃってね~!』

 

・いや、ネタじゃなくてガチなんだけど

・おいおい、何か呻き声みたいなの聞こえない?

・どーせ演出だろ

 

『ん~? 何も聞こえないけど~? ……ザザザザ……あと何度も言ってますけど僕の配信はヤラセとか……ザザザ……じゃないからね! ソロで……キヒヒヒ……ず~っとやってるから! そこんところよろしく!』

 

・は? 何いまの?

・映像、一瞬バグったよな?

・待て待て、笑い声も聞こえたんだけど

・おいボッタン、何か今回マジでヤベえ感じだぞ

・もしかして、噂ガチなのか?

・なあ、これ引き返したほうがよくね?

・ボッタン、今回は冗談抜きでやめたほうがいいぞ

・悪いことは言わない、引き返しとけ

 

『みんな僕を脅かすの本当に好きだね~。じゃあコメントが熱狂してきたところで奥に進んでいこうか~!』

 

・いや、マジでネタじゃなく……

・ヤバイヤバイヤバイ! 呻き声が増えてるって!

・もっと奥へおいで

・おいボッタン! マジで聞こえてねえのコレ!?

 

『なんにも聞こえませんよ~? 空気はどんよりしてるけどね~』

 

・ひえっ

・おいおい、どんどん声が大きくなってるじゃん!

・こっちだよ?

・映像荒れすぎだろ!?

・早く早く早く

・怖い怖い怖い! 俺もう無理!

・ボッタン! マジで逃げて!

・こっちにおいで?

・ちょっ、待て待て、コメントまでおかしくなってね?

・おい、いまは悪ふざけのコメントは自重しとけよ!?

 

『はいはい、喧嘩はしないでね~? ……いやでも何かマジでヤバめな空気あるな~。寒気してきたもん。ちょっと体も重いっていうか……』

 

・捕まえた

・は?

・え? 嘘だろ?

・ボッタン、おい! 後ろ!

・何で気づかないんだよ!

・新しい仲間、新しい仲間、新しい仲間

 

『は? 後ろ? べつに何も……うわあああ!? なになになに!? なにコレ!? なんだよおい!? 意味わかんねえ! どうなってんだよコレ!?』

 

・うわあああああ!!

・え? 演出だろ? 演出だよなコレ?

・ヤラセと言ってくれ、頼む

・逃がさないよ?

 

『知らねえよこんなの! おい! こんなの予定になかっただろ!? 冗談よせよ! 洒落じゃ済まねえって! 手筈通りやれって! おい! 返事しろよ!! どこ行ったんだよ!? 中止だ中止!』

 

・これガチでヤバいやつ?

・オレら見ちゃいけないもの見ちゃった系?

・ヒェッ……

・おいおい、マジでヤバいんじゃないかコレ!?

・アハハハハ

・ザマァ

・だから言ったのに

・かわいそうだね

・もう帰れないね

 

『ざけんなよマジで! ぶっとばすぞテメェ! ……はぁ、はぁ……な、何なんだよアレ!? あ、ヤベ、配信まだ繋いだまま……いや、違うんですよ皆さん? いまちょっとトラぶっちゃって気が動転してただけで!』

 

・いまから死ぬよ?

・もうすぐ行くからね

・皆で歓迎するよ

 

『いやいや、そんな怖いこと言わないでよ皆……ちょ、ちょっと今回はごめんね!? いったん中止にするね!? また次の配信でお会いしましょ~! ……は? 何で切れないんだよ?』

 

・おいでおいでおいで

・逃がさないって言ったでしょ?

・お前も来い

・一緒になろう

 

『ハ、ハハハ……こんなときまでコメントで怖がらすのやめてよ~……おい、やめろって!』

 

・来い、来い、来い

・新しい肉だ

・お前も苦しめ

・お前も弄られろ

・お前も自分たちと同じになれ

・斬られろ

・裂かれろ

・抉られろ

・縫われろ

・埋め込まれろ

・ヒトをやめろ

・もう戻れない

 

『な、何なんだよォ……何なんだよコレええええ!?』

 

・見つけた

 

『ひっ……いやだ……いやだあああああああああああああ!!!』

 

 

 

 

 プツン、と音を立てて、動画の再生が終了する。

 

「……これが先日、動画サイトで生配信されていた廃病院の映像らしいの」

 

 動画データを見せ終えたルカは、オカ研のメンバーにそう説明をする。

 

「う、うわぁ……思いっきり怪異っぽいのが映っちゃってるじゃん……」

「はわわわ……スズナ、腰が抜けちゃいそうでした……」

 

 おぞましい映像を見て、レンとスズナは怖さのあまり震えながら身を寄せ合った。

 

「元の動画と関連動画は『機関』の手配で全部削除されてるから、一般人の目に触れられる心配はないけど……問題は、この生配信を当日見ていた動画配信者が、同じ真似をしかねないってこと」

 

 噂の廃病院での生配信によって、自分のチャンネルの人気度を上げようとする過疎配信者がいないとは限らない。

 社会の秩序を保つ『機関』としては、怪現象がハッキリと映し出される動画配信の連発を放置するわけにはいかなかった。

 

「すると今回の依頼は、その廃病院にいる何かを退治するってことだね? ルカにその依頼が来たってことは……」

「そう。この廃病院はこの辺りにある」

 

 ルカの言葉で、部室の空気に緊張が走った。

 

「こういった廃屋は足を踏み入れなければ基本無害だから『機関』としては対策の優先順位は低かったんだけど……いまはこういった場所を撮影配信したり閲覧する一般人が急増したから、今回のことで全国各地にある危険な廃屋の対処に動くことになったみたい」

「時代ってやつだね。いまだと、そういった曰くつきの映像とか、すぐにネットに拡散されちゃうもんね」

 

 ルカから事の経緯を聞いて、レンはうんうんと頷く。

 情報化社会が年々と進む現在、対怪異組織である『機関』も時代の変遷に合わせ、慎重に動かざるを得ないということだろう。

 

「そういうわけだから私たちも今夜辺りにでも現場に……ダイキ?」

 

 ルカは先ほどからやたらと静かなダイキに気づく。

 

「──ぴぎぃ──」

 

 ダイキは白目を剥いて立ったまま気絶していた。

 ビビリな彼が恐怖映像を前に耐えられるわけがなかったのである。

 

「ダイキ!? しっかりして!」

「ま~た立ったまま気絶してるよこの人。ある意味で器用だな~」

「ツンツン。あらま~。ダイキさん、ぜんぜん目覚めません。よほど怖かったのですね~」

 

 銅像のように硬直したままのダイキをルカは心配し、レンは呆れ、スズナは楽しそうに頬を指で突いた。

 

「ほ~ら、ダイくんいつまでも気絶してないの。話聞いてた?」

「……ハッ!? あああ! ついに来てしまったのか廃病院に行く日が! 究極のトラウマ製造機である回が!? いやだああああ!!」

「うわっ、びっくりした。ダメだ、まだ錯乱しているねダイくん」

「お労しやダイキさん……」

「ダイキ、怖いなら私の胸においで?」

 

 目を覚ましたものの、いまだ恐怖で震え上がりながら奇妙なことを呟くダイキに女子陣は憐れみの目線を投げる。

 

 ……少女たちは知る由もない。

 ダイキの錯乱が単にビビリな性格によるものではなく、この後に起きる展開を知っているがためだということを。

 ホラー漫画『銀色の月のルカ』序盤のトラウマ回……『廃病院の怪』。

 転生者であるダイキは、これから向かう廃病院がどれほど恐ろしい場所かイヤでもわかっていた。

 

「どうするどうするどうする? さすがに今回ばかりは家で大人しくして……いやいやいや、ルカがピンチになるってわかりきっているのに俺だけ安全な場所にいるわけには……でも『彼女』がいてくれれば……いや、原作通りの展開になるかはわからないんだし、やはり俺も同行するしか……」

 

 少女たちに聞こえないようにブツブツと独り言を呟きながらダイキが葛藤していると、

 

「失礼するわ! ここがオカルト研究部ね?」

 

 荒っぽいノック音がしたかと思うと、部室の扉が勢いよく開かれる。

 紺青色の長髪をポニーテールにし、青色のツリ目を勝ち気に光らせた少女が、キッと鋭く部員たちを見回す。

 

「あなた……藍神さん?」

「ルカさん、お知り合いですか?」

「うちのクラスの委員長」

 

 スズナに尋ねられ、ルカが淡々と答える。

 

「あ~、いつもルカたちの教室に行くと誰かしらに注意しまくってる、あの委員長ちゃんだね」

 

 レンの記憶では、教室でイチャつくルカとダイキを顔を真っ赤にして注意していたり、何かと規律にうるさい女生徒だった覚えがある。

 

「で、私たちに何のようかな委員長ちゃん?」

 

 部長であるレンが話しかけると、少女はただでさえ鋭い目を険しく細めた。

 

「委員長じゃなくて、藍神キリカよ。……あなたたちの噂を聞いてね、こうしてやってきたのよ」

「私たちの噂? ああっ! ということは怪異関連の依頼?」

「そんなはずないでしょ。アタシはあなたたちを注意しにきたのよ!」

「ちゅ、注意?」

 

 キリカはビシッと指を突き出し、首を傾げるオカ研の面々を睨みつけた。

 

「あなたたち! 怪しい部活動を理由に授業をサボって遊んでいるようね!? アタシの目が黒いうちは、そんな真似は許さないわよ!」

「あー……」

 

 レンは思わず天を仰いだ。

 ここ最近、確かに怪異退治のために学園を抜け出していたので、いつかは指摘されるとは思っていた。

 決して遊んでいるわけではないが、学業を疎かにしているのは事実なので、レンは言い訳のしようがなかった。

 しかし、キリカの正論に対して真っ向から挑む少女がいた。

 ルカに心酔するスズナである。

 

「遊び、ですって!? いいえ、違います! 我々オカ研は怪異という見えざる脅威によって苦しむ人々を救うべく日々命がけで活動しているのです! ここにいらっしゃるルカさんこそ、我々人類の希望! 恐ろしい怪異が現れたとあらば、たとえ火の中水の中! 人々を窮地から救ってくださるのです! きゃー! 素敵ですルカさん!」

「スズナ……恥ずかしいからやめて……」

 

 紙吹雪があればいまにもパラパラと撒かん勢いで囃し立ててくるスズナに、ルカは赤面した。

 その様子を見て、キリカはまるで苦虫をかみつぶしたような顔を浮かべたかと思うと、

 

「怪異ですって? ……バカバカしい。そんなオカルト染みたこと、現実にあるはずがないでしょ」

 

 まるで自分に言い聞かせるように、沈んだ声色でキリカは言った。

 

「……」

 

 そんなキリカを、ルカは意味ありげな沈黙を貫いたまま見ていた。

 

「とにかく! 学生は学業が本分よ! 放課後の活動までとやかく言うつもりはないけど……霊能力者ゴッコのお遊びはいますぐやめなさい!」

「ですからゴッコ遊びではありません! 今夜だって我々は呪われた廃病院に向かい除霊をするという使命があるのです!」

 

 余計なことまで口にするスズナに、レンはギョッとした顔となる。

 

「あっ、こら、スズちゃん! そんなことバラしちゃメ~っでしょ!」

「ハッ!? 私ったらつい……」

「廃病院、ですって?」

 

 行く先をキリカに告げてしまったことで、ますます彼女の注意が厳重になってしまうと慌てる一同だったが……。

 

「……っ!? まさか、あの廃病院に行くつもりだっていうの?」

 

 キリカは小さく独り言を呟き、冷や汗を掻きだした。

 

「……めなさい」

「藍神さん?」

「やめなさい! 行ってはダメ!」

 

 切迫した勢いで大声を上げるキリカに少女たちはビクッと驚いた。

 

「いい加減にしなさいよ! 自分たちがどれだけ危険なことをしているかわかってるの!?」

 

 その言動は非行を注意する委員長のソレであったが……キリカの様子はまるで事情を知っているかのような焦燥と恐怖が滲んでいた。

 

「白鐘さん! 止めようとしないあなたもどうかしているわ! 普通ならこんな活動、いますぐやめるべきだってわかるでしょ!?」

 

 キリカの矛先はルカへと向いた。

 激しく叱責してくるキリカに、ルカは確信めいたものを覚えた様子で向き合った。

 

「……どうして私だけにそんなことを言うのかな、藍神さん?」

「え? あ……」

 

 キリカは「しまった」とばかりに口元を抑えた。

 部長であるレンに言うならばともかく、一部員であるルカだけを責め立てるのは、明らかに不自然であった。

 ルカの赤い瞳が、キリカをとらえる。

 

「藍神さん。やっぱり、あなたはあの藍神家の……」

「……伝えたいことは伝えたから、これで失礼するわ」

 

 ルカの言葉を遮るように、キリカは背を向けた。

 

「いいこと? 絶対に廃病院に行ってはダメよ? ホームレスが住んでいたり、不良が溜まり場にしているかもしれないんだから。それじゃ……」

 

 最後に念押しをして退室しようとしたキリカの前に、立ち塞がる影があった。

 ダイキである。

 

「黒野君? 何? アタシに文句でもあるの?」

「……」

「黙ってちゃわからないでしょ! 用がないならソコをどいてちょうだい!」

「……ありがとう」

「は?」

「ありがとう……来てくれて、ありがとう」

 

 ダイキはとつぜんキリカに感謝の言葉を述べる。

 瞳からはボロボロと大量の涙が溢れ、キリカはギョッとした顔を浮かべて後退りをした。

 

「良かった、ちゃんと辻褄通りだ……藍神さん。君こそが希望だ。どうかその心に従ってくれ。それが皆を救う結果に繋がるから。どうかなにとぞ。なにとぞ~」

「え? なに、怖っ。なんでアタシ感謝されてんの? ちょっと!? なんで土下座なんてするのよ!?」

 

 奇妙なことを口ずさみながら土下座までしだすダイキにキリカだけでなく、他の少女たちも「うわぁ」とドン引きしていた。

 

「たまにダイくんっておかしな行動するよね……」

「特に最近のダイキ、変。べつに何かに取り憑かれている様子はないんだけどな……」

「ダイキさん……やっぱり、おもしろい人ですね♪」

 

 スズナだけダイキの奇行を肯定的にニッコリと見ていた。

 

 

   * * *

 

 

 キリカは帰宅すると、動きやすい服装に着替えた。

 間もなく日が暮れる。

 オカルト研究部は恐らく、あの廃病院に向かうだろう。

 あの程度の注意で彼女らが素直に従うとはキリカは思っていなかった。

 

 廃病院の場所は把握している。

 マンションに引っ越してきたばかりの頃、程良いランニングコースを探しているときだった。……異様な気配を帯びた建物があることを、キリカは感じ取った。

 スマートフォンで調べてみると、そこは元は病院だったという。

 凡庸な霊力しか持たないキリカでも、その廃病院に漂うおどろおどろしい空気は感じ取れた。だがそれ以上に、本能が訴えかけてきた。

 

 あそこは、絶対に行ってはならない場所だと。

 

 一応『機関』には報告したが、すでに向こうも把握済みで「実害がなければ優先度は低い」と、そのときは流されてしまった。

 相変わらず合理的で冷淡な組織だ。そして、いざこうして動画を通して一般人の間で話題になって、ようやく対処に動き出す始末である。

 恐らく『機関』は、この地区の担当であるルカに廃病院の対処を依頼したのだろう。

 ルカほどの霊能力者ならば、あの廃病院に巣くう『ナニか』を退治できるかもしれない……。だが、その件で霊力を持たない一般人が関わるのはやはり間違っている。

 

(アタシが止めないと……委員長として)

 

 あくまでも委員長としての立場を頑なに意識しつつ、キリカは準備に取りかかる。

 彼女たちがすでに廃病院に入っていることを想定して、必要な道具は用意したほうがいいだろう。

 懐中電灯、高所から脱出する際のロープ、アウトドア用のマルチツールなどを鞄に詰める。

 あとは護身用の武器も欲しい。

 ちょうど手頃なのは……。

 

「……」

 

 キリカはクローゼットの中に隠すように入れていた、竹刀と同じ長さの包みを取り出す。

 実家を出る際に持ってきた、数少ない所有物。

 ……本当は持ってくるつもりはなかった。

 だが、どうしてもコレだけは手放せなかった。

 一般人として生きることを決めたキリカにとってはもはや必要ないものだったが……ソレが双子の姉と自分を繋ぐ、唯一のものだと思っていたからだ。

 

 包みから中身を取り出す。

 取っ手を握り、正眼に構える。

 ソレは、木刀であった。

 よほど良い木材を使っているのか、劣化している様子はなく、上質な艶と鋭さを誇っていた。

 

「ふぅ……っ」

 

 キリカがひと呼吸置いて、木刀を強く握ると……木製の刀身が薄く青白い光を発した。

 

 ……やはり、コレが一番手に馴染む。

 握るのは、いつ以来だろうか。

 剣道部の助っ人で竹刀はふるっているから、腕は鈍ってはいないとは思うが……。

 

(……って、何を考えているのよアタシは)

 

 いつのまにか戦うことを前提に考えている自分に気づいて、キリカは溜め息を吐いて木刀を包みに仕舞い込んだ。

 

(違うわ。アタシはただ彼女たちを止めに行くだけよ……コレを持っていったところで、アタシなんかが……)

 

 役に立つわけがない。

 もはや呪いに等しい陰気に思考が引っ張られたとき……ふと、キリカの頭の中で昼間の出来事が思い起こされた。

 

『藍神さん。君こそが希望だ。どうかその心に従ってくれ。それが皆を救う結果に繋がるから』

 

 オカ研の唯一の男子である黒野大輝は、脈絡もなくキリカにそう言った。

 思い返してみても、ワケがわからなかった。なぜ彼は急にあんなことを言ったのだろう?

 まるで、未来が見えているかのような言い草ではないか。

 未来視? いや、彼からは霊力を感じ取れなかった。

 では、いったいなぜ、あのような含みを持たせたような発言をしたのだろう。

 

(黒野大輝……変な男ね)

 

 キリカは思わず鼻で笑った。

 それはダイキに対してではなく、自分に向けての嘲りだった。

 

(アタシが希望ですって? 皆を救うですって? バカみたい。霊能力者として落ちこぼれで無能のアタシがそんなこと、できるわけが……)

 

 ……否定する心の奥底で、小さな火が灯る。

 自分が希望になるのだとしたら、皆を救うのだとしたら……その方法はひとつしかない。

 キリカの意識が、さらに過去に遡っていく。

 

 たった一度だけ、起きた奇跡。

 たった一度だけ、姉妹を凌駕した瞬間。

 たった一度だけ、自分を誇らしく思った記憶。

 

 もしも、もしもまた、あのときのように、奇跡が起こせるとしたら。

 この中途半端な気持ちにも、決着をつけることが……。

 

(……ダメよ、キリカ。思い上がったりしちゃ)

 

 込み上がる熱を誤魔化すように、キリカは部屋を出た。

 

(奇跡なんて……何度も起きるはずがないのだから)

 

 自分はただ、委員長としてできることをやる。

 いまは、それでいい。

 急ごう。彼女たちが廃病院に入ってしまう前に。

 ロードレーサーに跨がり、キリカは疾走した。

 

 

   * * *

 

 

 ルカたちはすでに(くだん)の廃病院に集まっていた。

 大きな建物だった。経営当時はさぞ立派な病院だったのだろうが、長きに渡る経年劣化によって、いまや見る影もない。

 外からでは中の様子はうかがえない。明かりのない真夜中ということもあるが……窓を塗りつぶす黒い陰影は、まるで建物そのものが闇を内包しているような印象を見る者に与えた。

 

「……なんなの、ここ? 配信者の人たち、本気でこんな場所に入ろうと思ったわけ?」

 

 レンは息を呑みながら、この廃病院で動画撮影した配信者たちの正気を疑った。

 霊力を持たない一般人のレンでも「この廃病院は普通ではない」と、言いようのない忌避感を覚えた。

 

 夜風がそよぐ。

 周囲の木々が不穏な葉音を鳴らす。

 小さな呻き声が上がる。レンがビクッと振り返ると、スズナが膝を抱えているのが見えた。

 いつもならルカの活躍を記録すべく嬉々とハンディカメラで撮影を始めているはずのスズナが、機械の電源も点けずに震えていた。

 

「……いやです。スズナ、ここ、いやですっ」

 

 消え入りそうな声で、スズナは言った。

 

「うまく言えません。でも……ここは、いままでのと何か違います!」

 

 霊力とはまた異なる、独特な感性を持つスズナも、廃病院から漂う気配に怯えている。

 一般人でも感じ取れる異常性……無論、霊能力者であるルカが感じ取れないはずがなかった。

 いまこの中で、誰よりも顔面を蒼白にしているのはルカだった。

 

「……信じられない。こんな場所を『機関』はずっと放置していたの?」

 

 ルカは震える手でスマートフォンを握り、即座に電話をかけた。

 

「支援を要請するわ。こんなの、私ひとりでどうにかなるモノじゃない! ……誰だっていい! エージェントは他にもいるでしょ!? これは此処(ここ)を長年放置していたあなたたちの責任よ!? 地縛霊なんて生易しいものじゃない! 此処(ここ)はもう……完全に『異界化』している!」

 

 いつも冷静でいるルカが異様なまでに慌てているのを見て、レンとスズナは事の重大性を理解した。

 この廃病院は……ルカですら戦慄する魔窟なのだと。

 

(……やっぱり、この廃病院の回だけは異質だ。危うさが、いままでの比じゃない)

 

 散々悩んだ挙げ句、結局現地に赴いたダイキも、これまでと異なる緊迫感に震えていた。

 転生者である彼は、これから何が起きるか知っている。

 これからルカが、どれほどに恐ろしい目に遭うのかも……。

 その展開がルカと少女たちの今後のために繋がることを知っている。

 原作が崩壊しないためにも、正史通り事が進まなければならない。そう思っていたが……そのために、大切な少女を危険な目に遭わせていいのか?

 ダイキの中で、激しい葛藤が起こる。

 

 何を今更、とは思う。しかし、今回ばかりの怪異はいままでと危険性の次元が異なる。

 この廃病院の回で、ルカは生死の境を彷徨うほどに追い詰められる。

 それがわかっているのに、原作通りの展開にするために見過ごすのか?

 ほんのちょっとした齟齬で、原作とは異なる展開になってしまうかもしれないというのに。

 最悪のイメージが頭に(よぎ)り、ダイキは拳をキツく握りしめた。

 

(どうする……俺は、どうするべきだ?)

 

 使命感と恐怖の狭間でダイキは揺らぐ。

 そのとき、車輪の音がルカたちのもとに近づいてきた。

 

「……やっぱり来ていたのね、あなたたち」

 

 ロードレーサーに乗ったキリカだった。

 警告を聞かずに廃病院にやってきたオカ研のメンバーに非難の目線を投げる。

 

「同じことはもう二度言わないわ! 大人しく帰りなさい! 引っ張ってでも連れていくわよ! ダメよ! ここは……本当にまずいのよ!」

 

 キリカの警告は、やはり事情に精通しているような口ぶりだった。

 そんなキリカに向けて、ルカが口を開く。

 

「心配いらないよ藍神さん。『機関』には支援を要請した。今回は霊能力者だけで片付ける」

「ルカ!? ちょっと、いいの? 藍神さんにそんな裏の事情を話して……」

「心配いらないよレン。だって、藍神さんも裏の事情に関わる人だから」

「え?」

「そうでしょ? 退魔巫女の家系……藍神家のキリカさん」

「退魔巫女?」

「藍神さんも、霊能力者ってこと」

 

 少女たちの視線がキリカに集中する。

 霊能力者。そう指摘されたキリカは、感情の色を喪失した顔で立ち尽くす。

 

「霊力を遮断しているから最初は気づけなかったけど……やっぱりあなた、あの藍神六姉妹のひとりだったのね」

「……そう。どうやらアタシの生家のことはご存じのようね白鐘さん。だったらわかってるでしょ? 藍神六姉妹の中でも……いえ、歴代の藍神家の巫女で一番の落ちこぼれである四女の噂を。……それがアタシ、藍神キリカよ。霊力はべつに遮断しているわけじゃないわ。あなたほどの霊能力者でも微かにしか感じ取れないくらい、アタシの霊力が低いってだけのことよ」

 

 キリカは自嘲するように笑った。

 

「アタシの霊力は、少し霊感の強い一般人とそう変わらないわ。だから戦力としては期待しないでちょうだい。素直に『機関』の支援を待つことね。……けれど安心したわ白鐘さん。あなた、線引きはちゃんと弁えていたのね。こんな場所に一般人を連れて行くなんて、正気じゃないもの」

 

 キリカはまるでルカ以外のオカ研メンバーに言い聞かせるような声量で言った。

 

「あなたたちも自分たちの限界はわかったでしょ? この世界は、力のない人間が安易に関わっていい世界じゃないのよ!」

 

 キリカは順々にレンとスズナ、ダイキを見やって、容赦のない正論を浴びせた。

 

「人間にはどうしても適材適所がある。裏の事情は、できる人間に任せておけばいいのよ。だからこれ以上、遊び半分で怪異に関わるような真似は……」

「……遊びでは、ありません」

 

 キリカの言葉に食ってかかったのは、昼間のときと同じように、やはりスズナであった。

 

「スズナたちは真剣です。確かに、除霊や怪異の退治はルカさんに任せきりです。でも、そのためのお手伝いならできます。レンさんが情報を集め、怪異の謎を解き明かし、ダイキさんが怪異に操られた人々の相手をし、スズナが拠点と移動のための足や解決のための機材を用意する……私たちは、そうやってやってきたんです。藍神さんが言うように自分の適材適所を理解して、立ち回ってきたんです。もちろん引き際だって弁えています。ルカさんの足手まといになるわけにはいきませんから」

 

 キリカは顔をしかめる。スズナの口ぶりが、とても気に食わないとばかりに。

 

「……それでも、あなたたちがこの世界に関わる義理はないでしょ?」

「おっしゃるとおりだと思います。藍神さんのほうが世間的には正しいのかもしれません……でも、スズナは知ってしまいました。この世界に怪異という脅威があることを。助けを必要とする人々がいるということを。それを知っていながら、今更見て見ぬフリをすることなんてできません。危険は承知です。それでも──苦しんでいる人を、自分ができる範囲で助けたい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ!?」

 

 スズナの主張は、キリカにとって一線を越えるものだった。

 怒りなのか、悲しみなのか判別もつかない表情を浮かべて、プルプルと体を震わす。

 

「……自分の気持ちに正直になったところで、どうなるっていうのよ?」

「え?」

 

 キリカは拳を握りしめ、ギリッと歯を鳴らす。

 

「思いの力さえあれば、どんなことでも解決するとでも言うの!? 結局誰も救えないかもしれない! 自分の無力さを呪って、悔しい思いをするかもしれない! ただただ後悔だけをして……無惨に死ぬかもしれない! それでもあなたたちは、怪異から人を助けるっていうの!?」

 

 後半はもう注意でも警告でもなく、感情の爆発であった。

 

「どうして……どうしてあなたたちは、そんなにも真っ直ぐにこの世界と向き合えるのよ!? いったい何が……あなたたちをそこまで突き動かすの!?」

 

 まるで答えを求めるように、縋るような瞳で、キリカは涙を流していた。

 

 誰もが言葉を失い、しばしの沈黙が下りる。

 しばらくすると、枯れ葉を踏みつける音が少女たちの耳に届いた。

 

「誰!?」

 

 ルカが咄嗟に叫ぶと、茂みから人影が現れる。

 

「げっ! やば、見つかった……」

 

 手に撮影道具を持った眼鏡の女性だった。

 ひと目で配信者とわかった。

 

「ふんっ! あんたたちもこの廃病院で動画撮影しにきたんでしょ!? 悪いけど私が先よ! これでバズりまくって一気に人気配信者にのし上がってやるんだから!」

 

 女性はスズナの持つハンディカメラを見て、勝手に同業者と勘違いしていた。

 あからさまな対抗心を見せつけて、我先へと廃病院の入り口に走って行く。

 

「うひょひょ! バッチリ心霊映像撮っちゃうぜ~! 目指せ不労所得~!!」

「あっ、待って! その病院に入っちゃダメ!」

 

 ルカの静止の声も聞かず、配信者の女性が入り口に飛び込もうとしたとき……、

 

「よせ!」

「ぐえ!?」

 

 いつのまにか回り込んでいたダイキが、女性の体を掴んだ。

 

「ちょっ!? 何すんのアンタ!? 離しなさいよ!」

「ダメだ! ここはマジで危ないって、動画見たならわかるだろ!?」

 

 ジタバタと暴れる女性をダイキはしっかりと抑えつける。

 ……これが、原作の展開に反する行為だとわかっていながら。

 

(やってしまった……気づいたら体が動いちまった)

 

 原作『銀色の月のルカ』では、この配信者の女性が廃病院に入ってしまったことで、ルカは『機関』の支援を待つ間もなく、突入せざるを得なくなる。

 そこでルカは窮地に陥り、キリカが助けに向かう……という展開になるのだが、やはりダイキには耐えられなかった。

 たとえ正史通りのシナリオだとしても、大切な幼馴染が危機に瀕するとわかっていて、見て見ぬフリをすることだけは!

 

(これで原作崩壊は起きちまう……でも知ったこっちゃねえ! ルカが死ぬような目に遭うくらいなら、原作崩壊なんて上等だ! 辻褄合わせくらい、力業で何とかしてやる!)

 

 固い意思を込めて、ダイキは暴れる女性を羽交い締めにした。

 決して行かせまいと誓って、ガッシリと。

 

「きゃー! えっちー! セクハラだー! この人、ドサクサにまぎれて私のおっぱい触ってますよ~!? 私の立派なHカップおっぱいを!」

「は!? 触ってませんが!? ちょっ! 皆そんな冷たい目で見ないで!? 触ってないからね!? ほんとだよ!?」

「しめしめ! 隙が生まれたワイ! オラ、脱出!」

「あっ! しまった! 待たんかいコラ!? ぬおおおお! 絶対に行かせんぞおおお!!」

「ぐべらぁ! 乙女の両足を掴むとは貴様! 転んじゃったじゃないの! 機材壊れたら弁償しろよな!? きゃあああ! 今度はこの人スカートの中覗いてま~す! あちしの桃色のおパンツ見てま~す!」

「もう黙ってろアンタ! いいからこっちに来い!」

 

 ──ソウダヨ。ミンナ、コッチニ、オイデ?

 

「……え?」

 

 暗闇の向こうから、声がした。

 筒抜けの入り口。

 まったく先が見えない暗闇から……無数の黒い腕が伸びた。

 

「は?」

 

 浮き上がる体。

 ダイキと配信者の女性は、黒い腕によって軽々と持ち上げられる。

 

(え? 待っ……こんなの、俺知らな……)

 

 悲鳴を上げる間もなく、どころか何が起きているのかも理解が追いつかないまま……ダイキは廃病院に引きずり込まれた。

 

「っ!? ダイキぃぃぃ!!!」

 

 ルカが咄嗟に腕を伸ばす。

 それを待っていたかのように、入り口に異変が起こる。

 

 ──オオォォォォ……。

 

 おぞましい唸り声が上がったかと思うと、黒い入り口が渦巻き状に歪曲していき……あたかもブラックホールのようにルカを引きずり込んだ。

 

「っ!? いけない! 赤嶺さん! 黄瀬さん! 下がって!」

「きゃっ!」

「あうっ!」

 

 キリカは慌てて、レンとスズナの体を手で押し、後方に下がらせる。

 

「あ……きゃあああああ!!」

「藍神さん!?」

 

 レンとスズナは難を逃れたが、キリカは謎の引力に巻き込まれ、廃病院の中へ吸い込まれていく。

 

「あ、ああ……」

「なんてことでしょう……」

 

 月明かりの下、残されたのはレンとスズナだけだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。