「…ふう。これで多少はマシになっただろ」
「見事な手際なのじゃ。かような細かい作業はわらわは好かぬ。集中を途切れさせぬだけでも大したものじゃ」
再精製の途中も話しかけてきたキクリ様だが、本気で集中したいタイミングは察することが出来たようで大人しくしてくれた。そのため特に問題なく回復成分を残したまま液体を固形化し、風味付け…というか味をごまかすため雛に貰ったミントを加えタブレット状に作り直した。これで戦闘による被弾で試験官が割られても中身は無事になる可能性が上がり、容器を変えることによって持ち運びも容易になる。
ただ、肝心の容器がここには無い。更に言えば夢子の急襲への対応が遅れたため鞄は明羅の庵に置きっぱなしである。となると一度明羅のところに戻りたいところだが…
「―――待てよ?置き場にもよるが…同調して探れるか?」
「ぬぅ?何の話じゃ?」
里香が先に完成させたレーザー砲。俺の魔力が残留していれば魔眼を同調させられるかもしれない。里香がさっさと実験のために魔力を放出してたり、残留してたとしても牽引車に放り込まれて蓋をされてると何も見えないが。
「キクリ様、緊急脱出するハメになり放置した荷物を持ち出せないか試してきます。今日はこの辺りで失礼しても?」
「忙しないのう。まあ良いぞ、中々楽しませてくれたのじゃ。上手く逃げおおせたらまた顔を出せい」
ありがたいことにすんなりキクリ様は引いてくれて、分体が球体鉱石から去る。コンガラ様が話していなければキクリ様は俺の魔眼を知らないはず…相手の知らない手札は伏せるに限るのだ。
そして運が良いことに同調に成功。砲口に同調できたのだが…これは立てかけて放置してるか?明羅の庵の屋根と壁に夜空しか見えない。だが…
(…明羅も里香も近くにいない?少なくとも同調地点から展開した索敵魔法の範囲内には不在。
これは、鞄だけでも今から回収しに行くべきか?)
明羅はともかく里香は俺を見つけたら捕まえるまで追ってくるだろう。しかし索敵範囲とここからの距離から計算すれば、リスクはあれど高速飛行で真っすぐ向かえば二人が戻るより前に回収できる。回収できれば帰りは遮蔽物の多い地上を駆ければ隠れるのは容易い。
「迷う時間はない、行くか」
非常食や水筒はともかく、魔力付与済みのアクセサリー類や魔法具はいくらあっても困らない。チャンスがあるならリスクを負ってでも回収すべき…即決した俺は再度隠形魔法を行使し監視小屋を離れるのだった。
「それでは、知る限りのヒョウの状況を教えます。ただ、過去の反逆についてはマイから聞いた話しか私は知りませんので…解釈違いがあれば指摘してください」
「ああ、おそらく私と彼女では視点が大きく異なる。もっとも過去より
「それと、今後妙な真似をしたら後ろの二人は始末していい?ヒョウのことがどうしても気に入らないみたいだし」
「夢月!勝手なこと言うな!!」
「………エリス、幽玄魔眼。そこまでヒョウを許せないか?」
「はい!こんなに永くサリエル様を放っておくような奴はサリエル様を不幸にしかしません!!」
「アタシも同感です。九尾に死神に吸血鬼、加えて双子悪魔…たった一日監視したアタシが知るだけでもこれだけの女を侍らせてる女たらしなんて、サリエル様に相応しくないです!!」
……面倒ですね。サリエルが再会を求めているのに、本人の意志より自分の理想が大切ですか。まあ、エリスは悪魔らしいと言えばそれまでですが、使い魔である幽玄魔眼は立場に対して勝手が過ぎます。
「そうか…それならば納得するまで動いてもらうしかない。
エリス、幽玄魔眼。神綺の下に向かって私がしばらく夢幻姉妹とヒョウを追うことにしたと伝えなさい。
その後は、私とヒョウが会うことを防ぐために自由に動くとよい」
「「なっ…!?」」
「エリスと幽玄魔眼の危惧が正しい面もあるというのも理解できるが、私は優秀な部下の言葉に従えない愚かな主だ。過去の想いを捨てられぬ無能な支配者なのさ。
主の間違いを正すのも部下の務め。幽玄魔眼の自立意志を強くしたのもこれが理由…故に、ヒョウのことを認められぬのであれば。エリスと幽玄魔眼で私を止めなさい」
あまりにも極端な命令にエリスと幽玄魔眼が唖然としています。その理想を否定はしない、けれどそれを貫くならしばらく離れろ、と。
「……エリス、力を貸してくれ」
「魔眼!?」
「アタシは、サリエル様を無視して女を周りに侍らせるヒョウはどうあっても認められない…!サリエル様が許しているとしてもだ!」
「――そうね、それはわたしも思う。でも」
「エリス、そうなのであれば今は離れるべきだ。このまま私の傍にいても、エリスの理想から遠ざかるだけ…
悪魔らしく、己の望みを叶えるべく動くといい。私を優先するのではなく、自分を優先する…悪魔とは、そうあるべきものだろう?」
「っ!?
………わかりました。サリエル様のお言葉に甘えます。魔眼、行こう」
「その前に、幽玄魔眼。残りの魔眼を出せ。癒しておく。
魔眼を奪われるリスクを避けるため、万全にしておくべきだ」
「……隠し事なんてできませんか。お願いします」
―――愚かな主、どの口が言うのでしょうか…夢月が実力行使に出る可能性を下げつつ、部下の理想を否定しないことによって忠誠心を繋ぎ止める。それでいて自身の希望を叶えるために動ける立場を確立する…神綺のところへ部下を伝令に使うことによって。厄介払いでこれだけの副次的な利益を得ますか。
「…質問の答えになってないんだけど」
「エリスと幽玄魔眼が邪魔をするのであれば、私が相手をする。君たちは手出し無用ということだ」
「ま、いいけど。こいつらがサリエルより先にヒョウを狙った場合、私は容赦しないよ?」
「私は死を司る天使だ。最悪の事態にはさせないさ」
「…言うだけありますね。私と夢月が潰した魔眼をこうも簡単に回復させますか」
夢月に言葉を返す片手間で幽玄魔眼の潰れた魔眼を元の状態に戻しています。これはサリエルの近くでエリスと幽玄魔眼を排除することは不可能なようです。交戦してもすぐ癒せるように、私たちと行動を共にするということですか。
「…ありがとうございます。サリエル様。
いつかは必ず戻ります。しばらくは、失礼します」
「わたしも行きます。でも、気を付けてくださいね!
ヒョウにも、幻月にも、夢月にも!」
そのままエリスと幽玄魔眼はパンデモニウムの方へ飛び去って行きました。
…この時間に乗り込む気でしょうか。夢子が不在だから強制退去は無いと考えたのですかね?
「…時間を取らせた。話を続けよう」
「その前に一つ。ヒョウと再会しても神綺に教えるのはしばらく待ってもらいます。
ヒョウは、魔界に帰るつもりは無いようなので」
「………いいだろう。ただし、私からの説得にヒョウが応じたら魔界に帰さずとも時期を見て再会はさせる。
神綺もヒョウに会いたがっているのは同じだ…これは譲れん」
「神綺が力尽くで連れ帰ろうとした場合、私たちと協力して追い返すというのなら構いません」
「それでいい。神綺の説得は私がする」
思っていた以上にサリエルと神綺は信頼し合っているようですね。少々厄介ですが…ヒョウ自身の意志が変わらない限りは問題は無いです。お互いに悪くない条件でしょう。
「それでヒョウですが、昨日幽玄魔眼の襲撃があったために潜伏先として選んだ夢幻館を離れました。私たちは幽玄魔眼を排除出来次第ヒョウを呼び戻すという方向で動いています」
「ただ、ヒョウ本人が今どこに潜伏しているかは知らない。でもヒョウの方から夢幻館に連絡を取るとは言ってたから、それまでは待機。幽玄魔眼を生かしておきたいのならね」
「私や君たちが幻想郷に出向くのは避けてほしい…ヒョウはそう考えているということだな?」
「ご明察。だから悪いけれどしばらくは夢幻世界に来てもらうか、逆にヒョウが夢幻館に戻って来てから私たちがもう一度ここへ呼びに来るかの二択よ」
「ならここで待とう。そうすれば神綺への足止めになる…探しに行くと言いながら魔界に留まっていれば、幻想郷に向かう前に私と話をしに来るはずだ」
「そこまでやってもらえるのは助かりますね。ですが、その場合エリスと幽玄魔眼が余計なことをした場合…私は夢月を止めませんよ?」
「エリスも幽玄魔眼も敗北から学べるタイプだ。それを知っているからこそ一度私の下から離した…何の策も無しに再度君たちに挑むことはないさ。
ヒョウからの連絡がよほど遅れない限りは、君たちと交戦することは無い」
「ヒョウを始末しようとした部下なのに随分と甘いじゃない」
夢月が挑発するように言葉を向けますが、サリエルは感情を何一つ動かさず。
「月から魔界に逃れる際、私は部下を見捨て一人で脱出したのだぞ?
組織のトップとしては失格だよ、私は。だが、こんな私でもエリスと幽玄魔眼は慕ってくれているのだ…甘くもなる」
「さすがは天使、優しいのね。なら好きにしたらいい」
…機会があれば排除するのを躊躇いませんね、これは。ヒョウから連絡があるまでは、夢月の単独行動は控えさせましょう。ここまで来てサリエルの気が変わってしまうのは避けたいですから。
「それでは、ヒョウが夢幻館に戻ってきたら呼びに来ます。それまでは上手く神綺を足止めしてください」
「そういうこと。それじゃ、さよなら」
「ああ…よろしく頼む」
後はヒョウだけですね。エリーとくるみに、上手く動いてもらいましょう。
「それで、どうするの?わたしと魔眼だけじゃどうにもならないけど」
「…あの女たらしなら、逆に利用できる奴が絶対にいる。だから神綺にサリエル様の動きを伝え次第、すぐ幻想郷に向かう。
魔界に帰ってほしくない連中に押し付けるんだよ。サリエル様や神綺たちが見つけ出す前に」
「あっ、その手があったわ!やっぱり魔眼は悪知恵が働くねー」
「…悪魔にそう言われるのは色々と複雑だわ…」
「私に聞こえるように話している理由を聞きましょうか」
こんな時間にパンデモニウムへ向かう者が私以外にいるなんて思いもしませんでしたが、どうやらこのお二方は私に伝令を押し付ける気のようですね。
…悔しいですが、私ではとても敵わない相手です。今は、耐えて従うべきですか。
「ちょうどいいところにいてくれたからねー、ルビー?
そういうわけだから、サリエル様が夢幻姉妹と組んでヒョウを探しに行ったって神綺様に伝えといて!わたしたちには時間が無いから!」
「アンタもヒョウに誑かされたクチだろ?なのに、力不足で一人じゃどうにもならない。
今ここで見逃してやるから、素直に神綺に伝えるんだな。もしかしたら、使い走りで連れてってもらえるかもしれないぜ?」
「……神綺様に伝えておきます。私には、生き延びるべき理由がありますので」
「話がわかるわねー!それじゃよろしく!」
「あんなハーレム嗜好なクソ野郎に惹かれるようじゃロクなことにならないだろうけど。ま、せいぜい頑張るんだな」
安い挑発ですね、この程度では私の感情を揺さぶれない。そもそも私とヒョウさんでは格が違い過ぎるのですから。
「そちらこそ。私たちよりもずっとヒョウさんの情報が無いようですので、タイムアップにお気をつけて」
「…ちっ、ホントなんであんな野郎がこんな慕われてやがる」
「魔眼、ヒョウの見境なしを甘く見ちゃだめ。最古参の魔界人は全員が敵だと思って」
「そうかよ、ならさっさと行こうぜエリス」
―――そのまま空間魔法を行使して、おそらくは幻想郷に向かったのでしょう。
…私では、足を引っ張りかねない。でも、ヒョウさんがいるのであれば…動かない方が後悔する。
「神綺様に、お許しがもらえなければ…私も魔界を捨てるだけ」
すでに覚悟を決めているルビーも、パンデモニウムへ飛び去った。