「むぅ…どうにか魅魔様を説得できないのです?」
「少なくとも私には無理だ。師匠は自分で言うように、弟子には甘い。
豹のために魔理沙を危険に晒すことはしないだろうな」
明羅の庵に戻って来たら、豹用に改造した副砲が持ち出されていた代わりに魔力消費軽減術式が書き込まれたお札が残されていたのです。庵の中を調べた明羅も豹の鞄がなくなっていたと言ってるので、豹が先に戻って来て持って行ったということなのです。
「しかし、律儀なことだ…代金はしっかり払っていくとは」
「気を使って理解できないなら理香子を頼れとまで書き残してるし。やっぱり魔界に引き渡さずにわたしの戦車に協力させるべきなのです!」
「どちらにしろ豹の行き先を絞り込むのが先だ。リィスが戻るのを大人しく待て」
…悔しいですが明羅の言う通りなのです。わたしたちは豹のことをほとんど知らないので動きようがないのです。
そのため、リィスが先に魔界のサリエルとやらに話をしに向かったのですが…
「魔界から大物が幻想郷に入り込めば、豹も動かざるを得ない…その通りではあるのですが、そんな悠長に構えてる時間は無いと思うのですぅ」
「だからと言って手掛かりは何一つないだろう。闇雲に探したところで見つかる豹ではない。
動くにしろ、明日になってからだ。この時間に協力を求めても断られるだけだ」
「むー!明羅はそれで納得できるのですか!?」
「……惜しいとは思うが、魔理沙を魔界に引き渡すわけにはいかない。
これでも、面倒見の良い姉弟子をやって来たからな」
駄目なのです。魅魔様も明羅も魔理沙への情が優先でわたしの戦車は後回しですぅ。
これは離脱も考えなきゃならないのです。
「豹が居なくなった以上、巫女あたりに目を付けられても面倒だし。
あたいは要塞に一度帰るのです。理香子にも協力を求めてみるのです」
「望み薄だろうがな…一応、頼む」
(やれやれ…これは里香も当てに出来んか。
私と呪珠にリィスだけで、出来ることなど高が知れている)
仲間割れ…とまでは行かないが。里香は魔理沙を優先には動かないだろう。それこそ魔理沙と豹を両立できる手段を思い付くようであればそれが一番の理想だ。そういう意味では朝倉理香子を巻き込む意味はあるだろう。
私は師匠や里香と違って、頭脳労働には向いていないのだから。
「…豹にとって一番の役立たずは私、か」
情けない話だ…豹は私を頼ってきたというのに、な。
「あれ、ルビー?こんな時間にどうしたの…って、ヒョウさんのことか」
「ええ、神綺様はもうお休みになられてるかしら?」
「まだ大丈夫だと思う。それこそいいタイミングかも。マイはもう上がってるから」
「――!わかった、今から頼み込んでくる」
マイが不在なのはとても大きい…!「行ったところで足手まといになるから魔界に残って仕事しろ」って言われるのを覚悟してたから。神綺様が出発するまでが私が魔界人のままヒョウさんの元に向かえるタイムリミット…マイが神綺様の代行として権限を持ってしまえば、ヒョウさんを追うなんて自分勝手な行動は実力行使してでも止めてくる。
それを避けるためには、神綺様に直接お願いするしかなかったから。
「神綺様、失礼します」
謁見の間に入ると、書類の山から神綺様が顔を出してくれました。
「ルビーちゃん?もしかしてお仕事終わらせられた?」
「はい、ツララに手伝ってもらいましたので。
…パパとママには事後承諾になってしまうでしょうけれど」
「それは仕方ないわ。でもあっちの世界は相変わらず平和なのよね?」
「間違いなく。こちらの大惨事のことを伝えたら大慌てで幻想郷への移動禁止令が出されるぐらいには平和な世界だそうです」
「それなら大丈夫ね。でもごめん!私のお仕事がまだ終わらないの!
明日にはなんとか終わらせるから、明後日まで待って!」
「―――っ!?私も連れて行っていただけるのですか!?」
私から頼み込む前に、神綺様が許可を出してくださいました…!
「ヒョウくんに会いたいのはルビーちゃんも同じでしょ?お仕事終わらせてくれたなら問題ないわ。
でも、単独行動は絶対にしないで!あの4人に匹敵するのがたくさんいるみたいで、近くにいてくれないとフォローできないから!」
「はい、お約束します…!私が力不足なのは私自身が一番よく知っていますので」
「…ごめん、それじゃ明日は少し手伝ってもらってもいい?各署との連絡だけでいいから!」
「もちろんです、お任せください」
神綺様と一緒に幻想郷に向かえるのはとても助かります。いざとなれば魔界を捨てて向かうつもりでしたが、その場合ユキさんと夢子さんと合流出来ないまま侵入者たちのような強者と鉢合わせてしまった時点で大ピンチです。強制送還どころかその場で消されてしまう可能性すらあるのですから。
「それで、忙しいところ申し訳ないのですが。私と無関係ながら報告しなければならないことが」
「ふえ?何かしら?」
「エリスと幽玄魔眼が『サリエル様が夢幻姉妹と組んでヒョウを探しに行った』ということを伝えろと言ってきました…神綺様に、なにか心当たりは?」
「えええっ!?どういうこと!?」
―――これは、神綺様にも伝えずにサリエル様が動いたということですね。私がヒョウさんや夢子さんのように神綺様を落ち着かせることが出来る気はしませんが…手は尽くさないと。
「神綺様、私もついさっき知ったばかりなので状況がわからないんです。ですので、神綺様が知っている限りのサリエル様と夢幻姉妹の動きを教えてもらえないでしょうか?」
次世代の子たちの中では一番ヒョウくんのことを慕ってるルビーちゃんだから、私から連絡しなくても察してくれるとは思ってたけど。物凄いタイミングでとんでもない爆弾を持ってきちゃった…!
さすがの私もビックリしたんだけど、さすがはヒョウくんに護られた経験があるルビーちゃん。冷静に私へ疑問をぶつけることで、私も落ち着かせてくれた。
「え~っとね…サリエルには今朝ヒョウくんが幻想郷にいるみたいって教えに行ったの。その時は『私から会いに行くわけにはいかない』って言ってたんだけど」
「サリエル様がそう仰っていたのであれば、サリエル様から動くなんてことは無いと思います。
そう考えると、夢幻姉妹がヒョウさんを探して、見つかったら呼びに来るというのがしっくりくるんじゃないでしょうか?」
「たしかにそうね…実際、サリエルはまだ神殿にいる。でも幻月ちゃんと夢月ちゃんはそのまま夢幻世界に帰ったみたいなのがなぁ」
幻月ちゃんと夢月ちゃんは好戦的だけど、理由なしで喧嘩を売ることはしない子。天使のような翼を持つというだけで幼少期に迫害を受けたからこそ、そいつらと同レベルな行動は取ることがない。
それを実証するように、夢幻世界に続くゲートの一つは開きっぱなしで固定されていて基本的に魔界への出入りはそこを使ってるわ。このゲートから入るのであれば夢幻世界を異世界への中継地点として使っても構わないって私に伝えてくれてるし。逆にこのゲートを使わずに夢幻世界に侵入する者は容赦なく排除しちゃってるんだけど。
つまり、あのゲートを使ったということは幻想郷に向かったんじゃなくて夢幻世界に帰ったってことなのよね。
「…たしかに、そのまま幻想郷に向かっていないのは不自然ですね。エリスと幽玄魔眼は大急ぎで幻想郷に向かったみたいなのに」
「あ~…それはたぶんエリスちゃんと魔眼ちゃんはヒョウくんが帰ってくるのがイヤだからサリエルが自由にさせたんじゃないかな~。エリスちゃんはヒョウくんが護衛を名目に女をひっかけ放題って見ちゃってるから…」
「…そこは否定できないんですよね。ヒョウさん、自分が特別な一人と結ばれることを『弱点が増える』って理由で全く考えないので…私としてはハーレムの末席に入れてもらえればそれで満足なんですが」
「でもルビーちゃんのその考え方、傍から見ると典型的な『都合のいい女』だもんね~。ヒョウくんのことを知らない子たちからしたら、良く思われないのは当たり前」
ヒョウくんの精神守護能力はこの方向でも悪い方向に作用しちゃったみたいなのよね…一番近い立場のユキちゃんですら「兄さんはその気にさせた女性に後ろから刺されても文句言えない」って呆れちゃってるレベル。言ってしまえばサリエルにそうされても仕方ないと私でも思っちゃうし。
でも、一番頼りにしてる部下を手元から放したってことはサリエルは本気ってこと。つまり覚悟を決めるだけの情報を夢幻姉妹が持ってたってことになる。
「昨日一昨日と夢幻姉妹が魔界で久しぶりに暴れたということは聞きましたが、今の状況を見るにヒョウさんと関係があったのですよね?」
「ええ、でもマイちゃんに話を聞いたのが今日ってことは、詳しいことは知らなかったはずなんだけど…
ヒョウくんは反乱のことを話すほど幻月ちゃんと夢月ちゃんを信頼してた…?でもそこまで気に入られてたなら夢幻世界に閉じ込められてるだろうし、その場合は私や夢子ちゃんが訪ねた時に気付かないはずがないのよね」
「夢幻姉妹が三日続けて魔界に来ることなんて滅多になかったです。つまり最初からマイと接触するのが目的だったということですよね?」
「そうなるんだけど…マイちゃんが聞かれたのは『反逆者のヒョウの名が伏せられている理由』だったの。
ヒョウくんが魔界から離れた後の状況を知りたがるのも不思議だし、どうしてそれをマイちゃんに聞きに来たのかもわからない。それこそ幻月ちゃんと夢月ちゃんなら、私かサリエルに直接聞きに来ると思うのよ」
「そうですよね…反乱が起きた時にはまだ生まれていなかったのですから、当時現場指揮を執っていたのがマイだったことは知らないはずですし」
う~ん…これは今考えてもわからないかなあ。
「サリエルに直接聞く方が早そうね。ルビーちゃん、幻想郷に向かう前に一度付き合ってくれる?」
「もちろんです。私も、サリエル様の真意を知りたいので」
無事に監視小屋に帰り着いて一息つく。レーザー砲は河童や山童あたりに発見されると回収されるだろうから床下の隠し棚に一度放り込んでおき、鞄の中身を確認。
(…明羅も里香も俺の鞄が置きっぱなしということを夢子に伝えないでいてくれたのは僥倖だったな)
持ち去られているものは無いのを確認し、再精製したタブレットをケースに放り込む。今日は長い一日だった…一日でこれだけ多くの相手と会話したのはいつ以来だろうな。
(それに、ユキが無事でいてくれたのがこの目でしっかりと確認できた…
これだけでも、俺にとって喜ばしい日なのは間違いない。
逃亡者としては、論外な感想だがな)
だが、これは仕方ないのだ…俺は寂しがりや。孤独が何よりも恐ろしい。
護るべき者をなくした護衛など無価値。護衛として過ごしていたからこそ、孤独は絶望を突き付ける事象なのだ。
(…いつかは、孤独に慣れることが出来るのか?
それとも…慣れる前に最期を迎えるのか?)
そんな俺の疑問に、答えられるのは…
―――神綺様だけなのだろう。
「………再会の刻は、近いんだろうな」
思わず零れた俺の言葉が、夜闇に染まる監視小屋に溶けていった。