まったく…今日は夢幻姉妹に絡まれたせいでロクに仕事を片付けられなかった。結局神綺様が出発してからでも研究の片手間に出来るパンデモニウム内の案件ばかり終わって、遠出の必要がある仕事はほとんど先延ばし。
明日こそこの辺を終わらせて、パンデモニウムに籠れる状態にしておかないと。
「……………?」
そう思ってたのに、今日はまだ動きがある。一度帰ったのにまた戻って来た夢幻姉妹がようやく夢幻世界に戻ったのに、今度は幻夢界から例の堕天使…リィスがサリエルの神殿に向かってる。これ以上話をややこしくするなと言いたい。
(どうも夢幻姉妹はサリエルを利用してヒョウを支配するつもりらしいけど、リィスがそれを受け入れられるかは別問題。下手すればサリエルと夢幻姉妹の仲裁なんて面倒なことを押し付けられる…ああもう!放置はできないか!)
こんな時間に動くなっての!余計な事したら八つ当たりしてやる!
「サリエル様、こんな時間に申し訳ありません…よろしいでしょうか?」
「リィスか。今日は来客の多い日だ」
いつ以来だろうな、私のところにこれだけの者が訪ねてくるのは。気まぐれで暴れ回ったあの陰陽玉の巫女ですら、不快と感じなくなる程度には静かな場所…魔界に波風を立てないために私から交友を図ることは避けているが、私自身は孤独を好むわけではない。
これも、ヒョウのおかげか…本当に、私を救ってくれてばかりだな。
そんなことを思えば、リィスからもヒョウの状況が伝えられる。
「サリエル様がお探しのヒョウ様が、幻想郷にいらっしゃるのがわかりました…!
ですが、とても難しい状況に置かれてしまっています。力を貸して頂けないでしょうか…!」
「―――リィスからも、か。これは、私もただ待つだけではいけないのかもな…」
「えっ…!?」
リィスは幻夢界の靈魔殿で過ごしている。つまり厳密に言えば幻想郷の住民ではない…そのリィスですらヒョウの存在を知ることが出来る状況に陥っているということだ。
それは、潜伏を続けるヒョウにとって危機なのだろう。私がかけてしまった呪いを解くのに一工夫必要になってしまうが、それは難しいことではない。
それならば、今度は私がヒョウを救うべきだろう。
「今朝に神綺から、つい先ほど夢幻姉妹からもヒョウが幻想郷で生存していると教えられている。そして、リィスもそれを聞けるとなれば…状況は複雑なのは間違いない。私が聞いたことも含めて、情報を整理しよう。
私からも、頼む…リィス、手を貸してくれ」
「もちろんです。サリエル様とヒョウ様のお役に立たせてください」
「―――それで、だ。マイとやら…何の真似だ?」
「………魔界に侵入してきた連中の監視よ」
「ッ!?」
そしてリィスを奴が追ってきていたのも把握できていた。ヒョウの残してくれた資料による探査・索敵魔法を流用した結界を神殿内に張っている以上、強大な魔力を持つ者の侵入は即座に把握できる。彼女が隠れきるためには、隠形魔法と同時に魔力封印術式も行使する必要があった。もっとも、そんな事をすれば魔導士は攻撃手段が皆無に等しくなるためリスクが高すぎる…察知された場合逃走すら難しくなるからだ。
攻撃手段を肉弾戦に頼るヒョウぐらいしか、使うことのないであろう魔法の組み合わせだ。
「夢幻姉妹の次はリィス。放置はできないから追って来たわ」
「リィスも私も神綺を敵に回すつもりはない…だが、私はヒョウを利用して上手く立ち回ったお前を信用できない。故に、今は立ち去れ」
「……………仕方ないか。でも、神綺様に報告はさせて貰うわよ」
「好きにしろ。既にエリスと幽玄魔眼を向かわせた…神綺も私の動きは把握しているさ」
「そう。なら好きにするわ」
そう言ってマイが踵を返す。神綺たちは彼女を許しているが、私は信を置くほど割り切ることが出来なかった。我ながら狭量なものだな…
「も、申し訳ありませんサリエル様。私、全く気付かず…!」
「気にするな、彼女は神綺の側近として仕える最上位魔導士の一人だ。ヒョウの残してくれた複合結界無しでは私も気付けなかったかもしれない…それに、魔界を守るという意志は本物だ。そこにヒョウが含まれていないだけで、私たちの障害となる存在ではないさ」
「……ですがそれは、ヒョウ様の障害にはなるということでしょうか?」
「それはヒョウ次第としか言いようがないが…可能性としては低いだろう。ヒョウは【魔界を敵に回す】という選択は取らない。魔界と敵対するのであれば【魔界がヒョウの妹分を狙う】場合だけだ。そして、神綺やユキはそれを避けようとするだろう…ヒョウの妹分であれば、ヒョウごと魔界に取り込むという形でな」
「…本当に慕われていらっしゃるのですね、ヒョウ様は」
まったくもってその通りだ。私でさえも少しは妬いてしまうぐらいには、な。
「―――さて、マイもここを離れた。リィスの状況を聞かせてくれ」
「はい!」
「――というお話になりました。ですので、神綺様の説得にサリエル様も加わって頂きたいのです」
「それは問題ない。私が助命嘆願などせずとも、神綺がヒョウを処刑出来るはずがない―――誰よりもヒョウの優秀さを理解しているのが他ならぬ神綺自身なのだからな。
…故に、問題となるのは魔界ではなく幻想郷の方だ」
リィスからもたらされた情報は、魔界にとってはそれほど問題ない話だった。魔界と幻想郷の全面戦争…ヒョウがその引き金となる可能性と、それを避けるための生贄の話。どう転んでも『ヒョウを魔界に返す』という結果になれば魔界は何も問題は無い。問題はヒョウ自身が魔界に帰る気が無いことだけ。
しかし、リィスは複雑な状況なのが私にも理解できた。魔界にも幻想郷にも親しい者がいるゆえに。
「はっきり言ってしまえば、魔界の強硬派を一斉に粛正するのは難しいことではない。あえて大きな行動を起こさせることによって協力者ごと燻り出せばいい…それによって出る幻想郷の被害に目を瞑ればだが」
「今の時点で、魔界はそれを実行できる。確実に先手は取れるということですね」
「だが、その被害にヒョウの妹たちが巻き込まれる可能性は排除できない。そうなるとヒョウは魔界の敵であることを選んでしまうだろう…それは神綺たちにとって最悪の結果だ。
そのリスクを避けるために、強硬派を抑えられる生贄を幻想郷が差し出すというのは神綺にとって願ってもない提案。それこそ二つ返事で交渉成立だろう」
「要するに、魔理沙の身の安全に関して魔界が協力することはない…ですか」
「ああ、それこそヒョウを神綺が先に連れ帰った場合でもその魔理沙とやらの受け取りを拒否する理由が魔界には無い。故にリィスたちが為すべきは、ヒョウを捕らえることではなくユキと夢子を襲撃しようとする者を止めることだ。
ヒョウを神綺に差し出したところで、魔界の強硬派を抑えることには何の役にも立たないのだからな。ヒョウと魔理沙を同列に扱う時点で間違っている」
ヒョウが魔界の問題になるのは魔界に侵入した4名と交戦した場合のみ。そして逃亡者であるヒョウは戦闘より逃走を優先する。つまりヒョウが先制攻撃を仕掛ける可能性は低い…有り得るのはその4名がヒョウの妹を攻撃した場合だけだ。
その状況に陥らない限り、ヒョウがユキと夢子に確保されても問題は無い。魔界の強硬派が動く理由にはならないのだから。
しかし、その魔理沙という少女は魔界の強硬派を止める理由になるのだ。それこそ幻想郷が『魔理沙を差し出す代わりにヒョウを幻想郷に留めろ』という条件を出してきた場合、ヒョウのことを知らぬ魔界上層部はその条件を飲むだろう。居場所さえ把握できていれば魔界からヒョウに会いに行くのは難しくない。幻想郷に留まったヒョウとの接触さえ許可されるのであれば、ヒョウの移住を条件に魔界の強硬派を抑えることが出来るというのは破格の条件だ。
もっとも、賛成派は神綺・ユキ・夢子を中心に一人残らず粛正されて無かったことになるだろうが。だがそうなるとかつてのように魔界の運営に支障が出る…将来的なことを見据えると、幻想郷からこの条件を出された時点で魔界の敗北と言えるだろう。
その危険性を考慮すると、やはりヒョウを説得し魔界に帰還させることが平穏な選択になる。ヒョウなら逃亡先である幻想郷も護る方向で動くはず。魔界の強硬派を抑えるために尽力してくれるだろうから。
「私がヒョウを探すことに協力は出来る。だが、ヒョウを魔界に返したところで魔理沙の譲渡が魔界に対しての条件となるリスクが減ることはない…彼女たちが魔界を荒らしたという過去は変えられないのだから。
魅魔とやらには、まずこの前提条件を理解してもらう必要がある。理解した上で、私と協力する必要があるかをまず確認してきてくれ」
「…そうですね。今の状況では、サリエル様にとってのリターンが無いに等しい」
「そうでもない、ユキと夢子の護衛…というよりは侵入者4名の監視という方が正確か。これをリィスたちが行ってくれるのは私にとって十分な対価だ。
…ここからはリィスだけに留めておいてくれ。夢幻姉妹はヒョウと繋がりがある。そして私とヒョウを引き合わせるのに力を貸してくれるそうだ」
「―――ッ!?あの天使を嫌う悪魔がですか!?」
「ヒョウはあの姉妹すらも篭絡したようでな…ヒョウを襲撃した幽玄魔眼を始末させろなどと言って来たよ。エリスと幽玄魔眼が不在なのはこれが理由だ」
「そういえば、マイが追ってきていたのであれば迎撃に出ていてもおかしくない…最初から留守だったのですね」
「ああ。そして、ヒョウはやはり魔界に帰ることを選べないそうだ…ヒョウが夢幻世界に戻って来たら私を呼びに来るという手筈。そういう意味でリィスが魅魔と魔理沙に伝手があるのは助かる。魔界人と交戦させてはならない者の半数を、リィスが監視できるということだからな」
「そうですね。私が内通者として、魅魔さんと魔理沙を泳がせることも不可能ではない…
魔理沙はともかく、魅魔さんには見破られかねないのでリスクはありますが」
現状だとヒョウが発見される可能性よりもユキと夢子が襲撃を受ける可能性の方が高いだろう。そうなってしまった場合、ユキと夢子・魅魔と魔理沙を仲裁できる立場にリィスはいるのだ。私の側近として、神綺の側近とリィスは面識があるのだから。
「わかりました、魅魔さんにはそうお伝えします。
その後は、私はどう動けばよろしいでしょうか?」
「当面はその二人の監視だが、もしもエリスと幽玄魔眼が不用意な動きをするようであれば止めに入ってくれ。それこそ魅魔が理解した上でも私に協力を求めてくるようであれば、信用を得るためにこの情報を与えてしまって構わん。
…出来れば、こんな形でヒョウのことを認めさせたくはなかったんだがな」
「…仕方ありません、それは。私がヒョウ様を受け入れられたのは、私自身も救われたからですので…」
月で私に仕えていた天使で、私を追って堕天したのはリィスだけだ。皆を見捨てて私だけ逃げ延びたのだから、見限られて当然だと思っていた。
しかしリィスは私を責めることはなく、それどころか魔界においても私に負担がかからぬように動いてくれている。わざわざ異界から定期的に私を訪ねてくれるほどに。
(だからこそ、リィスもヒョウに逢わせてやりたい。ヒョウであれば、リィスのことも兄として支えてくれるだろうから)
私の部下であったがために、苦難に巻き込んでしまったのだ。リィスには、穏やかな日々を送ってもらいたい…魔界に留まれないのであれば、せめて頼れる存在に引き合わせることぐらいはしてやりたいのだ。
私にとって、大切な友でもあるのだから。
「負担をかけるが、リィス…頼む。
私からリィスが敵ではないということを、神綺や夢幻姉妹に伝えておこう。侵入者の二人と同行していることで、敵と判断されては困るからな」
「お気遣いありがとうございます。それでは、行ってまいりますね!」
翼を広げてリィスが魔界の空へ飛び立った。
…私も、待つだけでなく動かなければ、な。