(まったく…散々だわ今日は。あのスケコマシが帰って来たら全部押し付けて私は引退してやる…!)
私自身が動いたにもかかわらず無駄足になったのは、組織運営に必要な人材をかき集めるためにドサ周りしたとき以来よ。研究者の私が動き回るなんて余程の緊急事態じゃないと有り得ないはずなのに、夢幻姉妹を巻き込んできたせいで対応できる実力者が一気に減った。私の仕事を余計に増やしやがって…!
リィスだけ魔界から帰って行った以上、サリエル本人はまだ動かないだろうけど…異界から立て続けに接触されたからにはそう遠くないうちに動く。そして神綺様も魔界から離れてしまえば一般人も何か起きているということを察してしまうでしょう。
要するに、神綺様かサリエルどちらかの動向は魔界の上層部以外には伏せておきたい。そして情報統制の指揮を執れるのは夢子さんが先行してしまった以上私だけ…後のことを考えると優先的に手を付けなきゃならない案件だわ。
「覚えてなさいよヒョウ…!戻り次第奴隷のごとくこき使ってやる…!」
思わず口に出てしまった。私もだいぶ感情的になってるわね…
エリスと幽玄魔眼に伝令させてたのは私に絡んでこなかったことから事実でしょうし、今日はもう帰って一休みしましょう。研究者が感情的に動くのは失敗の元だから。
「………っ!?」
探知結界に反応があり覚醒魔法が起動する。監視小屋に寝具類は置いていないため、壁に背を預け仮眠をとっていたのだが…
(……哨戒中の白狼天狗が範囲内に入り込んだだけか)
ここに向かうでもなくそのまま素通りしていった。どうやら巡回コースに入っていたらしい…つまり今後も仮眠を遮られるのは多発するということだ。
やはり、ここを拠点にするのは得策ではないだろう。
(もうひと眠りしようが途中で起こされたら休息としては不足、起きるべきだな)
回収した鞄から水筒と保存食を取り出し腹に入れる。夜更けと呼ぶには朝が近いが、朝日が昇るのはまだしばらく先といった時間だろうか。雛の家を出る時点で腕時計は停止させている…魔力動力のため探知魔法に引っ掛かることがあるからだ。
隠れ家には時計を置いてあるが監視小屋には置いていない。昨日までは俺以外にも応戦できる存在がいたから腕時計も起動させ続けていたが、これからはそうもいかなくなってくる。今後正確な時間を知るには時計がある場所で俺の腕時計を合わせる必要があるのだ。
「魔法具や鉱石を優先してたが、魔力動力でない持ち運べる時計があれば貰っておくべきだったか…」
香霖堂の商品を探せば一つぐらいは出てきそうなことに今更気付く。この辺りも平和ボケと言えるか…
俺一人で逃げるだけであれば時計の必要性は薄いが、協力者がいる今では時刻も重要になってくる。それを魔力動力の一つしか確保していないのは完全にミスだ。いざ逃走中になってから気付くのは遅すぎる。
―――そんな己の失態を痛感していると、更なる厄介事も迫って来ていて。
(ん?地底から向かってくる反応が一つ…誰だ?)
少なくとも俺の知る魔力ではない。だが何かがおかしい…これだけ強い力の持ち主であれば紫さんが俺に伝えていても良いはず。それに先程結界範囲を通り過ぎた白狼天狗が全く気付かずに地底へ続く洞穴から離れていくのだ。
(これだけの力を持つ相手であれば、哨戒中の白狼天狗も気付けるはず。なのに俺だけ感知できている?
俺レベルの魔導士でないと感知できないレベルの魔力遮断領域を展開しているのか?地底にそれほどの魔法使いがいるとは思えないが…)
地底へ続く洞穴の入口を監視できる位置に魔眼を同調…洞穴正面には立ち入り禁止の立て看板を設置してあるのだが、その裏側には落書きのような顔を描いてある。その落書きの目に魔眼を同調させることで向かってくる相手を確認することにする。
―――念のために、荷物を持ち監視小屋の外に出てから。この判断は正解だったと、後々思い知ることになる。
(………あれは、誰だ?)
鴉羽色の帽子を被ったセミロングの少女が地上に出てこようとしている……――ッ!?
目が、合っただと?
『あれあれ?もしかして私が見えてるのかな~?』
(迂闊だったか!?地底には魔術に長ける存在は少ないってのは俺の思い込みだったのか!?)
あの立て看板裏に描いた同調用の眼は、監視されていることを悟らせないために魔力を極限まで少量にしている。そのため俺の視界として使う以外の用途…動きを止めたり眠らせるといった魔法を派生させることが出来ない。その分俺が同調していても魔力反応はごく僅か、高位魔導士だろうと余程警戒していなければ気付かれるはずはない。そう思い込んでいた。
だが、この少女は俺がこの眼を通して視ていることを即座に看破したのだ。地底の魔法使いを甘く見ていた…!これは誤魔化しようがない。
『すごいね~!どうやってるの?地上に出るところを見つかるとお姉ちゃんに怒られちゃうから気をつけてたのに!
あ、でもこの落書き口がない。もしかして見えてるけどしゃべれないのかな?』
…どうやら、敵意は無いようだな。このまま言葉を続けてくれればこの少女の正体を推測する情報が出そうな以上、下手に同調を切る方がリスクになる。切ることにより俺の位置を察知される可能性があるからだ。入り口から監視小屋までは木々で遮られているが目と鼻の先。俺が既に魔力を最低限に封じ隠形魔法を行使しているとはいえ、あの眼を見破れるのであれば同調先の魔力反応に気付かれる可能性がある。
それならば、彼女が諦め立ち去ってから切る方がいいだろう。それに【お姉ちゃん】という情報を漏らしているところを考えれば、粘れば粘るほど勝手に喋ってくれそうだしな。
しかし、そんな美味い方向に話が進むはずもなく。
『う~ん、しゃべれないのはもったいないなあ。でも、地上に出てきたのは正解だったみたい!また面白いことになりそうだし、私を見つけられる相手探しって目的も出来たし!』
やっぱそうなるか!これ以上追手を増やすわけにはいかねえってのに、様子見しただけでこうなるとは…気にせず放置が正解だったか。
『私は古明地こいしだよ!また会えたら、よろしくね!』
「なっ…!?」
思わず声が漏れてしまった、そういうことか!
無意識に潜む覚妖怪。地霊殿の主、古明地さとりの妹…!哨戒中の白狼天狗が無反応なわけだ。紫さんや藍ですら相手するのに手を焼く、強力なステルス特化能力の持ち主。
彼女は相手の無意識を操ることで、他人に全く認識されずに行動できる。しかもこの能力、本人が完全に制御出来ていないため常時暴走状態と言って差し支えない。要するに彼女の行動を妨害することは不可能、本人ですら振り回されることも多いらしいのだ。
(しかし、その能力は俺には通用しない…肉体に作用しない能力は効かないからだ。
駒として戦うのであれば最高の相性だが、逃走しなきゃならねえ今は最悪だ!)
そして俺の【他者からの精神的な干渉・影響を受けない】能力は、古明地姉妹にとっては天敵とも言える。麟にかけられた忘却の呪いと同様に無効化できるからだ。そして能力が通用しない相手は警戒するのが当然…俺が同じ読心系能力持ちの豊聡耳神子率いる一派を徹底して避けている理由でもある。
警戒されて素性を探られることが、俺にとって最大のリスクなのだから。
(そして今、古明地こいしが俺に興味を持ってしまった。止められる者のいない、最悪の追手だ…!
しかも、ここに一直線に向かってやがる!?ああ、姉からここの存在を聞いてたってことかよ!)
これは出し惜しみするタイミングじゃない。こんな時間に飛び込むのは失礼なことこの上ないが…許してくれ、麟…!
「お邪魔しまーす…って、あれ?」
お姉ちゃんに教えられた小屋はすぐに見つかったんだけど、【黒い怪人】さんがいない。おかしいな、とっても久しぶりにここに来てるから地上に出るなら挨拶だけでもしておきなさいって言われたんだけど…
…でも、たしかに誰かいた感じはする。外から見ればボロボロの小屋なのに、中はきれいに整理されてるし、ぽつんと置いてある机にランプが残ってる。しばらく使われていなかった小屋だったら、こんな風にちゃんと明かりとして使えるように置かれてることはないと思うんだよね。
「…あ、そうだ!お姉ちゃんが気付いたってことは、どこかに家と繋がってるのがあるってことよね!」
それでお姉ちゃんと連絡を取ればいいじゃん!ちょっと探してみよっと!
『―――それで、こんな時間に起こしてきたの?』
「だってお姉ちゃんが挨拶しろって言って来たじゃない!わざわざ寄ったのにいなかったから確認しようとして、そんな不満そうにするのはひどくない?」
『…こういう時に限ってしっかり連絡して来るのなら、普段から私に行き先を言っていくことを徹底しなさい、まったく』
「仕方ないじゃん、忘れちゃうんだから」
あっさり地霊殿と繋がってる置物は見つけられたんだけど、寝てたお姉ちゃんは起こされたことが不満なのか素っ気ない。なによー、言われたからここに寄ったのに!
『まあいいわ、居ないなら居ないでもう帰ったのでしょう。一応あの怪しいのも八雲の関係者だし、騒ぎの情報を持っているか聞きたかっただけだから。会えなかったのならいつものように見つからないよう好きにしなさい』
「言われなくてもそうするもん!あと怪しいのって言った?そんな奴のところに妹を行かせたの!?」
『あんたなら問題なく逃げられるでしょう?それにあの巫女じゃあるまいし、仮にも八雲の傘下にいる奴が地底に喧嘩を売ることはないわよ。もしまたそこに足を向けた時に居たら挨拶だけはしなさい。ただでさえ相互不干渉違反の常習犯なんだから』
「はいはいわかりました~。会えたらね、後はいつも通り好きにするよ!」
もう、素直に言うこと聞いた時に限ってこれだもん。お姉ちゃんも相変わらず自分が興味ないことは誰かに押し付けるんだから。
「でもいいんだ、面白そうなこともありそうだし。
なにより、私にとって素敵な出会いもあるみたいだし!」
何処から見てたのかわからないけど、あの眼はしっかりと覚えられる。
だって、私をしっかり見てくれてた眼なんだから!
「忘れてなんてあげないよ。絶対に見つけ出すからね」