「―――ということになりました。口には出していませんが、魅魔さんも私と里香さんをすでに協力者とは見ていないと考えるべきですね」
「ま、魅魔様ならそう考えて当然なのです。それで、リィスはどうするのです?」
幸いなことに私を追ってくる者はおらず、無事に幻夢界に帰り着きました。理香子さんはすでに研究に戻っていますが、里香さんは私が戻ると作業を中断して出てきてくれました。なので状況をお伝えしたのですが、やはり里香さんも魅魔さんは私たちが裏切ったことを見抜いていると予測しています。
部下として働いたことがあるからこそ、魅魔さんの凄まじさはよく理解できているのですから。
「一度魔界に戻ってサリエル様に状況をお伝えしてきます。サリエル様の理想としては、私が魅魔さんと魔理沙の近くで監視する形だったのですが…それは不可能なようですので。
その代わり里香さんと理香子さんが協力していただけるということをお伝えした上で、私が為すべきことを聞いてまいります。サリエル様にも、幻想郷への伝手が僅かにあるそうですので…その方々と合流もしくは協調出来ないか検討することになるのではないかと」
「妥当なのです。それならあたいはしばらく魅魔様のところに出向いて、リィスがやる予定だった監視をしといてやるのです」
「いいのですか?理香子さんはすでに研究を優先しているようですが…」
「理香子は協力するとは言っても、どうせ要所要所で手伝う程度だし。それなら今のうちに点数を稼いで貸しを作っておくべきなのです。それに、豹本人がいないと最高効率の術式は編み出せないだろうし。
だったら情報が無いからって体で魅魔様と合流して、情報収集に乗っかるのが効率的なのです」
流石は里香さんですね…即座に合理的かつ最高効率な行動指針を決めています。お任せしてしまって大丈夫でしょう。
「それでは、私はサリエル様の指示をいただきましたら一度靈魔殿に戻ります。里香さんも、頃合いを見計らってここに帰って来てもらう形でよろしいでしょうか?」
「了解なのです!上手くサリエルとやらを動かしてくるのです!」
ここまでは理想的な状況に持っていけたと言えるでしょう…!なにより私のミスを里香さんがフォローしてくれたことで監視も継続できているのです。後は、サリエル様のお導きに従いましょう。
(――朝ですね)
布団から身を起こします。飯綱丸様に現実を突きつけられてしまい、憂鬱な気分ではあるのですが…昨日私が得ることが出来た情報があります。なにより、豹さんを追うこと自体は黙認していただけるということです。
「そうであれば、私に出来ることが無くなったわけでは無い…!」
一眠りしたことで、精神的に踏ん切りがつきました。逆に考えれば飯綱丸様に『これ以上は危険』という判断をしていただけるということです。
―――私が諦めず豹さんを追い続ける限りは。
(そうと決まればゆっくりなんてしていられない。情報を伝えるためにも、哨戒任務という口実で皆さんと少しでも早く合流出来る位置に…?)
そう覚悟を決めたところで、家の扉を控えめに叩く音がしました。昨日は午後担当だったので普段より遅い起床ですが、それでもまだ朝と言って良い時間です。来客としては少々早過ぎますが…どなたでしょう?
「あのー、椛さん?もう起きていらっしゃいますかー?」
「…リリーですか?」
手早く身支度を整え、囲炉裏の前で大人しく座って待つリリーの元に戻ります。朝食は作り置きのおにぎりで済ませてしまいます。
この時期は弱体化していると自覚しているリリーが、一人でここまでやって来たのです。同じ豹さんを追う仲間として、力を貸してほしいことがあるのでしょう…私は自由に動けないからこそ、昨日この家の位置を覚えたリリーからここに来てくれた。
自由に動けても力が足りないリリー。力はそれなりにあっても自由に動けない私。真逆な状況だからこそ、利害は綺麗に一致するということです。それを理解できているリリーは、やはり稀少な妖精なのでしょう。
「待たせましたね。朝食を取りながらでもいいですか?」
「はい、リリーは食べてきましたので―。椛さんが食べ終わるまで待ちますよー」
「それではお言葉に甘えて…いただきます」
この時期は妖精にとって厳しいはずですが、リリーは豹さんのために動くことを選んでいる…豹さんは私以外の『立場の弱い者』に対しても優しくしていたということですね。
「それで、どうしてここに?」
「昨日カナさんたちがリリーにも教えてくれるって言ってましたけど、リリーのお家まで来てもらうのは大変だと思うのですよー。この季節でもお日様が昇るぐらいの時間ならリリーだけでもだいじょうぶなので、椛さんと一緒にいればみなさんが助かると思ったので来たのですよー」
「…えっ?じゃあ結構な時間待ってたの!?」
「リリーが押し掛けたので椛さんは気にしなくていいのですよー。お仕事もある椛さんを、リリーが起こしてしまうのはワガママですので」
…本当にリリーは妖精だと思えないですね。こんな気遣いが出来るなんて、奔放で考え無しな多くの妖精とは一線を画しています。
「それでは、今日は私の哨戒任務に付いてくるという形になりますね。ですが詰め所の中にまで連れていくわけにはいかないので、詰め所近くでもう一度少し待ってもらいますよ?」
「だいじょうぶですよー。それこそふらふら飛んでる方があぶないので、おとなしくしてますねー」
「助かります。それでは早速、向かいましょう」
「…結局リリカが一番遅くなったわね」
「カナたちが早すぎるだけだっての!それこそメル姉はともかくルナ姉も気合入り過ぎじゃん。なんで早起きして家事終わらせてるのさ」
「今更ね。奥手奥手と言われてたから少し積極的になっただけよ」
「姉さんがその気になってるのはいいことじゃな~い。リリカも少しは見習いなさ~い!」
「うぐぐ…」
「たしかにルナサを煽っちゃってるからには、叩き起こされても文句言えないね~」
「み、皆様そのあたりで…」
カナと上海が来るよりもリリカが準備を整える方が遅かったから、昨日話題に上がったことをここにいる皆…豹を幻想郷に留まらせたい仲間で共有することにする。
「竜宮の使いさんか~。たしかに豹とも人里とも距離を取れるから適任だね」
「問題は滅多にこっちに降りてきてもらえないことなのよね~。私たちから天界に向かうのはちょっと難しいし」
永江衣玖への協力要請。魔界と繋がっていない立場からの情報であれば、アリスたちの裏をかけるかもしれない。私が気付いてしまった問題さえなくなれば、頼らない手は無いのだけれど…
「でも、雷鼓はそいつと次に飲む予定を立ててるみたいだったし。つまり雷鼓なら連絡する手があったりするかもしれないじゃん」
「どうでしょう…少なくとも私は天界まで飛ぶとなると魔力不足で動けなくなってしまいます。その状態で襲撃されてしまうと皆様の足を引っ張ってしまいますが…」
ようやく準備を整えたリリカも加わるのだけれど、この問題に触れる様子はない。
要するに、
「…でも、根本的な問題があるわ。
この通信人形。今の話もアリスに聞こえてるんじゃない?」
「「「あっ!」」」
上海以外の声が揃ったわね…やっぱり気付いてなかったわ。でも、上海が反応しないということは…
「いえ、今はご主人様に聞こえていません。この
「上海ちゃん、このお人形さんはどうやってアリスと繋がってるのか聞いていいのかな?」
「ええっとですね…この子もわずかに自意識を持っているんです。『話しかけられた』と理解すると、兄弟姉妹全員に繋げてくれます。つまり近くで話していても【会話の相手だと認識されない】限りは別の子たちに伝わることは無いんです。
逆に言うと、私たちがこの子に話しかけていないのに魔力が流れたらご主人様がこの子の視界や耳を使っているということになります」
「いや~…あらためてアリスもヤバいわ。欲しがる奴いくらでもいるってこの人形」
リリカが正直な感想を漏らしてるけど、本当にそうね…豹が物凄い実力を隠していたのも驚きだけど、アリスの人形も驚きの連続。上海だけでなく他の人形も凄い。
ただ、アリスに筒抜けというわけではないのがわかったのは大きな収穫。対処が思いつくまでは私と麟が視界に入らない少し離れた位置に置いて、魔力反応を察知したら私だけが視界に入るようにすれば多少のごまかしはききそうね。
「なら、話を続けましょう。それで上海、このことはアリスに伏せて貰いたいのだけれど…大丈夫?」
「はい、私も覚悟を決めます。直接話すことになればすぐに見透かされてしまうと思いますが、ご主人様から離れることも良い経験と言ってもらえたのです。それに応えるためにも、抗ってみせます…!」
「…すごいわね、上海。本当に人形なんて思えないわ~」
「隠れ家さんのおかげです…私だけでは、こんな覚悟は決められませんでした」
「うん、そうかもしれないね。
だからこそ、わたしは家に憑りつく騒霊として豹を魔界に帰らせるわけにはいかないわ。
―――みんな、力を貸して!」
皆が、強く頷いた。
「それじゃ、永江衣玖と接触しようとしていることはアリスたちに伏せる方向で行きましょう。
私は香霖堂の店主に里香のことを聞いたら、昨日八雲藍にスキマから戻された地点の周囲に何かないかを探してみる。それで接触が無くて何も見つからなかったらマヨヒガへ向かうわ。
そこまで足を延ばしても八雲が私の相手をしなかった場合は、私が雷鼓に彼女のことを聞きに行く。この場合は雛と話した後で霧の湖に向かうメルランとリリカより早いでしょうから」
「OK!それじゃ私とリリカが雷鼓のところに行くのは、霧の湖の方が終わった時点で姉さんの魔力が見つからない場合だけでいいのね?」
「ええ…八雲の方から接触してきたら、すぐに済む話ではなくなるでしょうし」
「気を付けてよルナ姉。いくら豹のことで下手に出て来てても、あの胡散臭いスキマ妖怪が何も企んでないなんてことはないからさ」
「わかってる。利用されてるんでしょうけど、私も豹を見つけ出すために利用させてもらうわ」
「うん、ルナサがそこまで覚悟してるなら大丈夫だね!
スキマの中じゃ上手く繋がらないかもしれないけど、危なくなったらその人形を使ってよ!」
「そうですね…ご主人様の魔力であれば、繋がらずとも
「…本当に、アリスは凄いわ。覚えておく」
―――本当は、八雲相手なら危険は無い。でも、巫女や魔法使いに絡まれる可能性はゼロじゃないから。
助けが必要な時には、頼らせてもらいましょう。
(それじゃ、私も行きましょう)
メルランとリリカは一足先に、カナと上海と一緒に妖怪の山へ向かった。私も残りの家事を終えて家を出る。
「………不安はあるけれど、それを恐れてはいけない。
覚悟はもう決めた。麟という共犯者も出来た。
ここから先は、豹のためだけに…!」
勇気を奮い立たせるように、言葉として口に出して。
私も、為すべきことを果たすために飛び立った。