「それじゃ、頼むわよ」
「は~い」
「私も準備出来たら出るわー」
メルランに留守を任せて魔法の森へ向かう。リリカには雷鼓のところへ説明に向かってもらうことにした。
…このアリスとの話だけは、絶対に失敗できない。隠し事が下手な自覚があるから、あえて私一人で向かう。普段であれば妹にフォローを期待して連れて行っただろうけれど、今はむしろ妹たちに感付かれそうな気がするから。
八雲の駒になることを受け入れて。屋敷に帰った私はそのままメルランとリリカに情報を伝えた。
―――八雲紫が豹の居場所を探してる。生半可な気持ちで首を突っ込むべきじゃない。
案の定これだけでリリカのテンションは下がった。要領よく立ち回りたいリリカにとって、あの胡散臭い大妖怪に面倒事で関わるのは嫌でしょう。そこを利用して消極的な協力で済む役を振ることで私と距離を置かせる。
メルランは、私と同じ。音の影響を受けない豹の事なら本気で協力してくれる。だからこそ今だけは留守を任せる…隠し通せる自信が無いから。
どんな状況になっても、豹の力になってくれるだろうから。私が捨て駒として切られても、後を任せられるから。
自信なんてない。でも、やらなきゃならない。
今は、この舞台で…再会を信じて踊りましょう。
「…もういないって、早すぎるわよ…」
覚悟を決めてアリスの家に来たのに、まさかの不在。急な来訪でも失礼にはならない時間まで待ったのが間違いだったようね。
(まさか本当にアリスが追手で、すでに魔界へ向かってしまった…!?)
最悪の想像が頭をよぎったところで…ドアの脇に置かれた小さな椅子に座る人形がこちらを向いた。
「ルナサ?随分と早く来たのね」
…驚いた。その人形からアリスの声がする。
「…どこから突っ込めばいいのか、わからないけど。アリス、私の言葉も聞こえてるの?」
「ええ、そのためにオルレアンを待機させてたのよ。
来てくれたところ悪いのだけれど、私は豹の隠れ家に居るわ。話を聞きたいから、オルレアンについてきてもらえる?」
豹の隠れ家…私には教えてくれなかったけれど、アリスはもう見つけたっていうの。
「昨日、私もひどい目に遭ってね…調べなきゃならないことが増えたのよ。その代わりこの隠れ家に取り憑いた騒霊と知り合えたわ」
「豹の隠れ家に取り憑いた騒霊?たしか豹は…カナ、と言っていたかしら」
同族として、少しの嫉妬と、大きな興味を持った名前だから憶えていた。
「知っているなら話が早いわ。カナもルナサに会いたがってるのよ。だからオルレアン…この人形を今からこちらに向かわせるから、追ってきて頂戴」
言うが早いか人形が動き出す。見失わないようにしないとね…!
(ルナサの方でも何かあったようね。昨日の今日でこんな早い時間に会いに来るなんて)
その早い時間から家を空けている私が言うことじゃないだろうけど。
「うん、やっぱりお家には異常なしだね。わたしの負担にならない量の豹の魔力が残ってて、それが頑丈に固定してる。大切な場所に送ったわたしの魔力も問題なく作用してるから、50年ぐらいは魔力の補充なしでも崩れることは無いわ。だから後は…上海ちゃんなんだけど」
「はい…今のところは、なにも異常は無いです。昨日ご主人様にチェックしていただきましたが、私に宿った魔力はしっかり同化してくれましたので、私が問題なく扱えるはずです」
「上海ちゃんもすごいね~、わたしは豹の魔力制御するだけで手袋ダメにしちゃったわよ」
その魔力の同化が難なく行われたのが私にとって最大の衝撃なのよね…
トリップワイヤーで奪って、扱いもした。だからこそ、納得は出来るのだけれど。
(私や母さんに近い上質な魔力。だからこそ私の魔力で動く上海に馴染んで同化した…
でも…そんな魔力の持ち主なんて、魔界全域でもごく少数のはず。それがなぜここに?)
これほどの魔力の持ち主なら魔界で引く手数多のはずなのよね。逃亡するにしても、率先して匿い利用しようとする魔界の実力者や企業がいくらでもあるわ。それを全て蹴って幻想郷まで逃げているというのが何故なのか…本当にわからない。
「それじゃ次は…アリス、上海ちゃんに魔力使ってもらうけど、何か気を付けるべきことあるかな?」
「なにかあれば私がフォローするから大丈夫よ。ただ、先に何のために何をするのかは教えなさい」
「上海ちゃんに宿った魔力が、お家から完全に離れたのかまだ繋がりがあるのかを調べるね。
だから、上海ちゃんもわたしと同じことが出来るか試してもらうだけ」
そう言うカナは話しながら掃除道具を操っている。私は人形に使わせるのだけれど、道具そのものをあれだけ自在に使えると効率が段違いね…もしかして下手なメイドや使い魔より騒霊の方が清掃員として優秀なのかしら。
「その…同じことと言われましても、それはどういった魔法なのでしょう…?」
「………あ~…魔法ってわたしは思ってなかったわ。騒霊として生まれた時から使えたからね~。
う~ん、家族として反発無く動かせるかどうかで判断しようと思ってたんだけど…あ、そうだ」
カナが何か思いついたようで上海の手を引いて行く。
「アリス、悪いんだけど一度外に出てもらえる?」
「何をするのよ」
「豹の魔力で施錠した入り口を上海ちゃんだけで開けられるかやってみてもらうわ」
なるほど、繋がりが残っていれば開錠魔法無しでも開くはずというわけか…いい着眼点。やっぱりカナは魔法使いとしての才があるわね。
「どうかな上海ちゃん、開けられそう?」
「……うぅ、だめみたいです。何も反応してくれないです」
「つまり、流出した家の魔力は上海と同化した時点で別の魔力と判断されたということね」
私としては都合の良い結果だわ。上海がはっきりと意志を持った以上、完全に自立させる方向ではいたけれど―――魔力の補充は必要。この家から拒絶されたということは、私の魔力がベースとなっているはず。
私の魔力の方を拒絶されていたら、魔力の補充が難しくなるところだった。
そしてこのタイミングでオルレアンが手元に戻ってきた。…どう説明したものかしら。
「あれ、オルレアンちゃん?ここに来たってことは…」
「………随分と流暢に喋るようになったのね、その人形。これがさっき言ってたひどい目なの?」
「違うわよ。ひどい目に遭った後で、思いもしない事態になった結果が今の上海だわ」
ルナサが到着したけれど…予想外に冷静ね。私としては助かるけれど…説明は要るわよね、やっぱり。
「もしかして、あなたがルナサ?」
「…ええ、私がルナサ・プリズムリバー。あなたがカナね?」
「そうだよ~、わたしがカナ。カナ・アナベラル」
「…ふふ、なんだか不思議ね…お互い初対面なのに、なんとなく知っている」
「だね~。豹は自分のこと話さないために別の話題を出して誤魔化すの」
「同じ騒霊だから、比べられてたんでしょう。私たちも興味が沸く話だから食いついて」
「わたしたちを煙に巻きながら会話を楽しんでた。今思うと不公平よ」
…本当に初対面なの、この二人。いくら同族とはいえ、こんなに会話が弾むもの?
上海も疎外感を感じたのか私の傍に戻ってきていた。
「とりあえず、お家の中で話さない?4人ならギリギリ座って話せる部屋があるからね」
上海も一人と数えられるのが喜ぶべきことなのか…今の私には答えが出せなかった。
「―――――というわけね。当事者である私たちでも答えられないことの方が多いのだけれど、何か聞きたいことはあるかしら」
「上海に、永い時を経て芽生え始めていたこの家の意思が宿った。これだけ理解していれば問題ない?」
「…その通りだけれど。よくそんなにすんなり受け入れられるわね…」
ここまで平然と返されるのは流石に予想外だわ。
「私たちがいまだここに存在できている…このことほど不思議で、理由がわからないことは無いわ。少なくとも私たち姉妹にとっては。
だから、どれだけ非現実的でも納得できる理由があれば私は普通に受け入れられるわよ。不思議なことには耐性が付いてるから」
彼女たちの事情は知らないけれど。はっきりと答えを出した上で受け入れてくれるのはありがたいわね。
「それで、ルナサの方でも何かあったのかしら?」
「………ええ。昨日、八雲藍が私のところに来たわ。豹の行き先に心当たりはないかって」
「―――っ!?」
昨日から、何度驚けばいいのよ!?またとんでもない大物が絡んできた…っ!
「…九尾の狐だよね。スキマ妖怪の式神の」
カナの反応も意外。なんでそんなに落ち着いてるの!?
「…ご主人様、八雲紫さんと八雲藍さんは、豹さんがここに入らせたことのある数少ない妖怪の一人なんです。今の私は…それを知っています」
上海の言葉で理解してしまう。今ここで、一番取り乱しているのは私…
落ち着かないと。動揺したままでは、判断を誤りかねない。
「アリスの話と合わせての予想で、外れてるかもしれないけど。おそらくアリスとカナがこの家で戦ったことで豹が姿を消したのに気付いたんじゃないかしら。最近私たちの楽団の手伝いをしてたことも把握してたから、私のところに確認をしに来た…のだと思う」
「わたしもそうだと思うな~。絶対そうとは言い切れないんだけど…たぶん豹が初めてお家に迎え入れたのがその二人なんだよ。まだ小さい、本当に隠れ家っぽい見た目の頃の記憶の残滓だったから……上海ちゃんはどう思う?」
「私もそうではないかと思います。頂きものの記憶ですので、時系列が本当に正確なのか自信は無いですけれど…私が名前を知っている方たちの中では一番古い記憶になるはずです」
カナと上海の言葉から推察すると。
「豹を追っているのではなく、むしろ保護しようとしている?」
「…八雲紫を、どこまで信じていいのかはわからないけど。
居場所を見つけたら、保護しに向かうから逃がさずに教えろ…という要求よ」
意味も目的もわからない。ただ…豹という魔界人が只者ではないことは私も理解できている。
彼は、妖怪の賢者さえも一目置くほどだったということね。
「私は、豹にまた
………アリスは、どうして豹に会おうとしたの?」
幻想郷にいる魔界人が珍しかったから。
「わたしも、それを聞きたかったわ。わたしはこのお家に、豹を連れ帰る気だった。
でも、上海ちゃんと出会えて。やりたいことが変わったのよ。
上海ちゃんを、豹に会わせたい」
そんな軽い気持ちで素性を知ろうとするべき相手じゃなかったのは、上海を攫われて思い知った。
「ご主人様、身勝手なお願いですが聞いていただけませんか…?
私も、豹さんに会いたいです…!私が受け継いだこの記憶のためにも!」
これはもう、異変なのかもしれない。少なくとも…
―――――今ここにいる、私たちにとっては。
「…いいわよ。私もしっかりと、目標にしてあげようじゃない。
上海に宿った意思のために、豹に会いに行くわ」
「ありがとうございます、ご主人様…!」
上海が、深々と頭を下げる。そこまでされるほどのことじゃないのだけれど。
「それでなのですが…ご主人様、もう一つお願いを聞いていただけますか…?」
「何かしら?」
「豹さんのことを…神綺様に聞くのはやめてほしいのです。
…今の私は、豹さんと戦うことも、神綺様と戦うことも、選びたくありません」
―――あえて考えないようにしていた、その可能性。
上海から言われるとは思わなかったわね…
「神綺様っていうのは、たぶん魔界の人だよね?そうならわたしからもそれはお願いしたいな。今わかってることで一番危ないのが、豹のことを魔界に知られちゃうことだと思うの。
…アリスから逃げたのは、アリスの知り合いが豹の敵だからって、言ってたわ」
少なくとも、魔界に敵と呼べる相手がいるのは確定。私はそれが理由で避けられた、と。
「…私が口を挟むべきじゃないでしょうけれど、私としてもそうしてほしい…
豹が魔界に戻ってしまえば、もう会えなくなってしまう…そんな気がする。
そうなる前に、せめてお別れぐらいちゃんと言わせてほしいわ」
ルナサも申し訳なさそうに同意してくれた。本音としては、意見が割れなかったのがありがたいわ…
私は、迷っていたのだけれど。意思統一できているなら、合わせられるから。
「いいでしょう。魔界で調べてもらうのは最後の手段…万策尽きるか、次に母さんがこっちに来た時に聞いてみる。それでいいわね?」
「はい…!ご主人様、本当にありがとうございます!」
私の目的を人形が…上海が果たしてくれたわ。私にとって昨日は嵐のような一日だったのだけれど、アリスと上海はもっとすごかったのね…
「母さん?神綺様っていうのはアリスのお母さんなの?」
私は事前にその名を聞いていたから驚かなかったけれど、カナが食いついた。
…最大の目的は果たされた。でも…まだ気は抜けないわね。知らないはずのことは口に出さないようにしないと。
「………隠しておいて後からバレた方が面倒になりそうだから、先に話しておくわ。
神綺というのは私の母親代わりの存在にして、魔界の創世神よ。私が幻想郷に移住してからは子離れできないのを隠そうともせずこちらに顔を出すことがあるわ」
えぇ……温厚な女神って聞いていたけれど。直接幻想郷にまで乗り込んでくるってどういうことなのよ…
「……ず、随分とフリーダムな神様なんだね…」
「魔界の神なんていう肩書は本当に似合わないのよね…創造に関しては神の名に相応しい、凄まじい力の持ち主なのだけれど…娘の私から見ても、もう少し威厳というものを意識して振舞ってほしいと思うわ」
「そ、そんな親しみやすさが神綺様のいいところでもありますから…」
昨日意志を持ったばかりの上海にすらそう言われるって…
私にとっては敵であるはずの魔界神。なんだか、思っていた以上にやりにくそうな相手みたいね…
お伝えしたとおり、次の更新は木曜日です。