「―――豹の幻想郷における活動はこんなところよ。豹に頼んでいたことを、霊夢はこなせるかしら?」
「頼まれてもお断りよ。私が裏でコソコソ動いて解決なんて出来るわけないでしょ?」
「ええ、私も霊夢にそれは期待していないわ。だからこそ、霊夢も豹に助けられていたということが理解できるわよね」
「…そうね、そこは認める」
八雲紫から開示された豹の情報は、私たちがここ数日で集めた情報による予測の答え合わせのようなもの。だから昨日ある程度私から話しておいた夢子とユキはそれほど驚きはないようだけれど…
「…まさか管理者の大多数よりも古くから幻想郷に関与していたとは。それでいて私ですらつい数年前まで八雲の隠者ではなく黒い怪人として認識させられていた。もしや、私どころか他の管理者にすら隠蔽していたということですか?」
「ええ、現在幻想郷を管理する者で八雲の隠者としての豹を知るのは茨華仙を除けば隠岐奈ぐらいね。ただ、豹という存在自体は閻魔様が思っているよりは知られているわ。
具体的に言えば、貴方を含む地獄・地底の有力者たちは八雲の隠者である豹は知らずとも、黒い怪人のことは知っている。今日ここに集まることになった元凶とも言えるルナサなら、神出鬼没の一般妖怪を演じる豹を知っている。人里の守護者を支える蓬莱人であれば、長く生きる魔導士としての豹を知っているといった具合にね。
もっとも、烏天狗の大将のように八雲の隠者としての豹を知るのもいないわけではないのだけれど」
霊夢の次に情報を持たず、重い立場にいる映姫にとっては想像以上の驚きがあったようね。現状では魔界と地獄に関わりが無いから、余計な口を挟まないでもらいたいところ。そういう意味では、八雲紫が出張って来たタイミングで干渉してきたのは幸運でしょう。
「それで、結局私はそいつをどうすりゃいいのよ?とっ捕まえて魔界に引き渡せばいいわけ?」
「逆よ。この件、霊夢は一切関わらないで頂戴」
「はあ?どうしてよ」
私たちが要求しようとしたことを真っ先に八雲紫が霊夢に伝えてくれた。まあ、幻想郷の管理者からすればそうなるわよね。
「…あんた、魔界で何したのか忘れたの?」
「とっくに終わったことじゃない。何の関係があるのよ」
「霊夢、『終わったこと』で話が済むのは幻想郷だけよ。
魔界に幻想郷のルールは通用しないわ。魔界の被害者からすれば何も終わってない」
「知らないわよ。もう魔界に行くことなんかないだろうし」
はぁ…わかってたことだけど。一から説明しなきゃならないのね。本当にこの人数で助かったわ…
ユキが思わず突っ込んだように、これに関しては霊夢以外全員で詰められる。その人数は多ければ多いほどいい。
「知らないじゃ済まないんだ霊夢。そもそもあの一件、切っ掛けになったのは何だった?」
「なんで終わったことを思い出さなきゃなんないのよ…たしかコンスタントに神社周りに魔物が沸いてたから、親玉を倒すために魔界に乗り込んだんだったっけ?」
「そう、コンスタントに旅行会社が幻想郷に入り込んでいたように、私たち魔界人が幻想郷に侵入するのは難しくない。
要するに、あなたによる魔界の被害者たちも簡単に【あなたが魔界でやったこと】を幻想郷でそっくりそのままやり返せるのよ」
「…なっ!?まさか!?」
「ようやく理解しましたか、霊夢。
あの時、魔界人は最も安全に幻想郷に入り込めるあの洞窟から侵入していましたが。その気になれば魔界人は幻想郷のどこにでも魔界から直接侵入出来るのです」
「そして、霊夢が魔界で大暴れした時と同じように人里で大暴れすることも出来る。
神綺と夢子は、魔界人がそう動かないようにギリギリのところで抑えてくれているわ」
「…成程。少なくとも魔界の上層部も現状維持を望んでいるということですか。
それならば白ですね。私が今の貴方達と対立する必要は無い」
察しは悪くない霊夢だから、夢子の言葉で私たちが避けたい状況を理解する。
「冗談じゃないわ。紫が止められないの?」
「ある程度まとまった人数による大規模な空間魔法による侵入なら止められるけれど、少人数に分かれて同時に複数個所から侵入されると完全に遮断することは不可能ね。ハッキリ言ってしまえば、魔界人が個人で幻想郷に侵入するというのを時間を合わせて行われてしまうと…その全員を私一人で止めるのは無理。規模の小さい空間魔法ほど、発見が困難なのよ。見落としてしまう位置も出てくるわ」
「………そうなる可能性があるってことと、それをアンタらが止めてるのは理解したわ。
でも、それと豹って奴に私が関わるなってのになんの関係があるのよ?」
よし、霊夢一人では手に負えないということは理解させられたわ。これぐらいは説明せずとも理解しておいてほしいのだけどね。
「兄さんは永く幻想郷に潜伏してたけど、わたしたちからすれば【魔界人】ってことは変わらないわ。
わたしたちだけじゃなく、あんたを憎む連中もね」
「霊夢が彼を攻撃すると『またあの巫女が魔界人を攻撃した』という事実が出来る。
そして、それは霊夢を恨む魔界人が動くための理由に出来るわ。
「そして、私たちが幻想郷への報復を望んでいる強硬派を抑えられているのは…今の強硬派だけでは幻想郷に向かっても返り討ちに遭うだけだと情報操作しているからよ。つまり、八雲紫が話したように『強硬派全員が玉砕覚悟で少数の部隊に分かれて同時に侵入』という作戦を思い付いて実行すれば、少なくとも人里を壊滅させるぐらいは可能。
そうなれば魔界から干渉せずとも幻想郷は滅びの未来を辿る…これは博麗の巫女であるあなたなら理解できるわね?」
「言われなくてもわかってるわよ。だったら私が先にそいつらを叩き潰せば済む話ね」
「博麗霊夢、行動した後のことも考えなさい。貴方が魔界で暴れることで、新たに貴方を恨む者、幻想郷全体を憎悪の対象にする者が増えます。スペルカードルールなど無い戦闘であれば、それを防ぐことは出来ない。
そう、あなたは少し短慮が過ぎる」
「閻魔様、説教は会談が終わった後でお願いします。
霊夢、アリスの言う通りですよ。幻想郷と同じ考えで魔界に乗り込むのは止めなさい。これ以上恨みを買っては、その恨みを霊夢ではなく幻想郷に向けて晴らされてしまう可能性が高くなるわ」
「じゃあどうしろってのよ!放っておくわけにもいかないでしょ!」
「だから最初に言ったわ。この件…豹の捜索に関しては一切関わらず、魔界人が幻想郷で活動しても攻撃を仕掛けないで頂戴」
「今はまだ私たちで強硬派を抑えられていると言ったわ。要は余計なことをされなければ現状は維持できるのよ。魔界も幻想郷もそれを望んでいる…そう考えて差し支えないのですよね?」
「ええ、全面戦争になれば幻想郷は後手に回らざるを得ない…実力者はともかく、幻想郷と魔界では【兵卒として扱える戦力】の数と実力に差があり過ぎる。霊夢たちがやったような斬首作戦を行うにしても、人里の壊滅の方が間違いなく早いもの。神綺や貴方が友好的である以上、関係を悪化させることになんの益もないのだから」
「要するに、あんたが余計なことをしない限り魔界と幻想郷で戦争になることは無いってこと。
兄さんをわたしたちが連れて帰れば何も変わらない。でもあんたらが兄さんやわたしたちに喧嘩を売って来ると全面戦争になるのよ。魔界で暴れた怨敵がまた魔界に被害を与えたってことにされるから」
「そもそもあの時幻想郷に侵入していた魔界人は観光目的で、幻想郷に被害は与えていなかったんだ。霊夢はそれに気付かず追い返していたようだが…
それなのに霊夢たちは侵入した先の魔界で一般人に甚大な被害を出しただろう?原因は魔界側にあっても先に攻撃を仕掛けたのは霊夢たち4名…幻想郷側なんだ。その事実があるにもかかわらず神綺や夢子は魔界人が幻想郷に迷惑をかけないように対応してくれている。今の時点で魔界の方が大きく譲歩してくれているんだよ」
「それなのに霊夢がまた勝手に暴れたら私たちも擁護できなくなるわ。そうなった場合、謝罪として霧雨魔理沙を魔界に引き渡す必要が出てくる」
「…なんでそこで魔理沙が出てくるのよ」
霊夢と魔理沙は腐れ縁…そしてお互いに異変を解決する者として意識している。八雲紫もそれをよく理解しているからこそ、名前を出すことで霊夢に話を聞く気にさせてるわね…流石だわ。
もっとも、ここでその名前が出るのは私も予想していなかったのだけれど。私だけでなく藍を除いた全員が八雲紫に視線を向けている。
「簡単な話よ。次に霊夢たち魔界に乗り込んだ4名が魔界人に被害を与えれば、神綺達で魔界の強硬派を抑えきれなくなる。それによる全面戦争は幻想郷も避けたいから、恨みを買っている魔理沙を生贄に差し出すことで強硬派の怒りを鎮めるのよ。さっきも言った通り、人里の壊滅は幻想郷の敗北。それを強硬派に悟られる前に解決するには一番簡単に済む方法だわ」
「なんで魔理沙なのよ。それこそあの傍迷惑な悪霊か花妖怪にすべきじゃない」
「逆に霊夢に聞くわ。魅魔と幽香を生きたまま捕らえることが簡単に出来るのかしら?
魔界人が人里に攻め込んでくる前という時間制限付きでよ?」
「――っ!」
…そういうことね。たしかにその状況になれば、幻想郷の管理者たちは満場一致で魔理沙を捕らえに掛かるでしょう。時間制限なしであればその選択もあるでしょうけれど…魅魔と幽香は幻想郷の管理者と言えどそう簡単に捕らえられる相手じゃない。霊夢は博麗の巫女という立場がある。
実力的にも立場の重さ的にも、幻想郷が切り捨てるのは魔理沙一択になるわ。
「これで霊夢にも理由が出来るわね?この件において霊夢が関わることは、魔理沙を生贄として見捨てることに繋がるわ。それは選びたくない選択でしょう?」
「あなたが手を出さずに先輩を私たちのところに連れてくることなんて出来ないわよね?
だから先に言いに来たわ。先輩と、先輩を探す私たちに喧嘩を売りに来ないで、と」
「………」
霊夢が物凄く渋い顔をしているわね。まあ、異変を解決する博麗の巫女が『目の前で起きている事件を傍観しろ』と言われているわけだし、仕方ないことではあるのだけれど。
魔界と幻想郷で異界間戦争を起こさないためには、霊夢にはおとなしくしてもらう必要がある。これは霊夢本人以外、ここにいる全員の一致した見解…従ってもらわなければならないわ。
「―――とは言っても、霊夢にそんな殊勝なことが出来るとは思えないから、私からこの件でやるべきことを作ってあげるわ。何もしないのと私の指示に従うの、どちらがいいかしら?」
「…とりあえず、何をすればいいのかを聞かせなさい」
「簡単な話よ。豹たちを攻撃すると問題になるのが霊夢以外にも3人いるわ。
霧雨魔理沙・魅魔・風見幽香。この三名が魔界人を攻撃しないように動きなさい」
「………わかったわよ。異変なのに博麗の巫女は何もしないなんてごめんだわ。
あんたらの要求、呑んでやるわ。ただし、豹ってのから喧嘩売って来たら容赦しないわよ」
「それで十分よ。豹は幻想郷も大切にしてくれていた。
豹から霊夢に接触することはまず無いもの」
「ふん。もういいでしょ?帰らせなさい」
「ええ、付き合わせて悪かったわ…藍、霊夢を送ってあげて」
「かしこまりました」
そう言って霊夢と藍がスキマに消える。まあ、ここに来た最大の理由は一応解決したと見ていいでしょう。
「もう少し夢子たちは豹の話をしたいでしょうけど、茨華仙と閻魔様はどうかしら?
興味が無ければ退席しても構わないし、聞きたければ残っても構わないけれど」
「私は彼に関して無知が過ぎるので。聞かせてもらえるのであれば残ります」
「私も管理者の一角として残らせてもらうわ。魔界側の代表と直接話す機会など滅多にないでしょうしね」
「そう…それじゃ、話を続けましょうか」
さあ、ある意味これからが山場。霊夢のようにこちらから説明するのではなく、私たちがこの胡散臭い大妖怪から情報を引き出さなければならないのだから。