「―――という状況です。私が山から動けない以上、今日皆が集めてくれた情報を聞くのは明日になってしまいます」
「へえ、豹は龍とも因縁があったのかい。どうせなら私が山にいるうちに動いてほしかったねえ」
「鬼の四天王が去った後に烏天狗の大将と諍いを起こしながらも、四季様すらここ数年前まで存在を確認できていなかった…ですか。
そう考えると、八雲紫は彼をとても高く評価していたということですね。ヒョウ本人が潜伏するだけでなく、八雲でも情報統制を行っていたのでしょう」
勇儀様が地上にいらっしゃった理由は単純明快、豹さんとの再戦のためでした。かつて妖怪の山を鬼が支配していた頃に豹さんは勇儀様と萃香様を相手に逃げ切っていたそうで、勇儀様にとってもう一度全力でぶつかり合いたいと思える相手だったそうです。
つまり、私は豹さんの追手を余計に一人増やしてしまったということです。助けになるどころか、足を引っ張ってしまった…!
「だが魔界に連れ帰られるってのは面白くないね。そうなるぐらいなら喧嘩相手として地底で匿いたいところさ」
「勇儀さんが地上の者を引き込もうとするのは珍しいですね。そこまで彼を買っているのですか」
「そりゃあね。私と殴り合いの喧嘩なんてやり合える相手自体がほとんどいないよ。それを『逃げる』ということで何度も再戦できる可能性が豹にはある…こんな理想的な喧嘩相手はいないさ」
「そ、そのですねー…!」
「あん?なんか文句でもあるのかい?」
「う、うぅ―……」
何か言おうとするリリーですが、流石に勇儀様相手に意見することは出来ないようです。これは仕方ありません…勇儀様は弱者に対して優しい以上に厳しい。妖精では目を合わせるだけでも恐怖の対象でしょう…それこそ、こうして話に入ろうと動けるだけ妖精としては大したものです。理性無しに本能だけで動く力の弱い妖精であれば、勇儀様を前にしたら一目散に逃走するか、恐怖に竦んで震えるだけで声すら出せなくなるかですから。
むしろ、勇儀様はそんなリリーを気に入ったらしくひと睨みしながらも目は笑っています。圧倒的な力の差を理解しながらも立ち向かおうとする…蛮勇というものですが、臆病者よりずっと勇儀様が好む反応です。リリーが一目散に逃げようとした方が勇儀様の機嫌を悪くさせてしまったでしょう。
そして―――リリーが立ち向かえたのですから、私が逃げ出すわけにはいきません…!
「勇儀様。私は豹さんにお世話になった者として、魔界の追手から逃れようとしている豹さんを助けようと動いています。
ですので…豹さんとの再戦が目的である以上、これ以上の情報提供はお断りさせていただきたいのですが」
「く、くくく…あっはっは!!
流石は豹だ!白狼天狗が鬼に刃向かうなんて、いつ以来だろうねえ!!こんな反応を返されただけでも、地上に出て来た甲斐はあったよ!!
しかも、無策というわけじゃない。なにか抵抗できる手段を持った上での反応だよその態度は…椛、お前さん豹から魔眼の扱い方あたりでも伝授されたね?」
「―――っ!!?」
格が、違いすぎます…!アリスさんには感付かれているかもしれませんが、何一つ情報を口にしていない状況で豹さんに教わった切り札を見抜かれていました。
「…千里眼持ちの椛に魔眼の技能を伝授、ですか。本当に、凄まじい男ですね。
椛、あなたが彼を慕い、勇儀さんですら彼を認めている―――だからこそ、放置するのが危険…魔界に帰還する手土産を、幻想郷で得られてしまってからでは遅いのです」
「豹さんはそんなことしないのですよー!!リリーみたいな弱い妖精にすらいろいろ教えてくれてるんです!
守るために力を尽くしてくれてる豹さんが、帰る理由のために誰かを傷付けたりなんてしないです!!」
庭渡様が最悪の想定を口に出したところで、リリーがはっきりと自分の意見を叫びました。本当に、妖精とは思えない…!自分のことより豹さんのことを優先して動いている!!
「…驚きました。役目を持つ春告精とはいえ、妖精がここまでしっかりと意思表示できるなんて。それも、己ではなく他者のために。
本当に…勇儀さんが認め、八雲が匿うだけはある方のようです。本人の実力だけでなく、他者への影響も大きい。それほどの人物なら、魔界が今でも追跡していておかしくない」
「ま、魔界の話は私はどうでもいいのさ。ただ、再戦する前に魔界に連れ帰られるのは許せないからねえ。
椛、私との再戦が豹に負担を強いることになるってのは流石の私もわかってるさ。だが、私は別に豹をとっ捕まえようと思ってるわけじゃないよ?それこそ、魔界の連中が豹を連れ戻そうってんなら追い返すぐらいはしてやるさ。
今の話じゃ、まだ豹の居場所を探してるとこなんだろう?先に魔界人に見つけられちゃ意味が無い…まずは
そうすりゃ、天魔と龍の方は私が黙らせてやるよ」
「―――!」
それは、私の中で抜けていた手段でした。いえ、そんな事を考える余裕なんて無かったという方が正確ですが。
勇儀様の仰る通り、妖怪の山から自分の意思で抜け出すことすら出来ない私を強引に連れ出すことが勇儀様には出来ます。それはつまり、豹さんを救うためだけに私が動けるようになるということです…!
豹さんと勇儀様の再戦、それをどう食い止めるかという難題はありますが。妖怪の山という鎖を勇儀様は壊してくれるということ…なにより、豹さんを受け入れることは無いであろう飯綱丸様と菅牧様と違い、勇儀様は再戦が果たされれば豹さんを魔界から守る立場に回って頂けるということです。
それならば…私が招き入れてしまった
「―――私一人では山から出ることすらままなりません。勇儀様、どうかお願いします!!」
「よし来た!私も地上での案内役が欲しかったからねえ、千里眼持ちの椛なら不足ない!
それじゃ、早速黙らせに行こうかい」
「その前に、リリーを家に送ってもよろしいでしょうか?」
「椛、それは私が引き受けましょう。天魔様や飯綱丸様との交渉に私が混じると余計な軋轢を生む可能性があります。
それに、ヒョウがここを訪れていたのが確かなら…地底の有力者がそれを察知しているかもしれません」
「ああ、そういえば通信具がまだ生きてたか。私はもう見向きもしてないから確認してないけど」
「勇儀さんはそうでしょうね…とりあえず、キクリさんかさとりさんに聞いてみましょう。私はこの子を送り届けたら一度ここに戻って通信を試み、結果がどうあろうとここで待機します。勇儀さんと椛は交渉が終わり次第、こちらに戻って来てください」
「あいよ、それで行こう。それじゃあ椛、付いて来な」
「はいっ!」
「あ、椛さん頑張ってくださいなのですよー!」
「任せて。庭渡様、お手数お掛けしますがリリーをよろしくお願いします!」
「はい、では後ほどに」
リリーの応援を受けながら勇儀様の後に続きます!私の失態が少しでも良い方向に動くように、力を尽くしましょう!!
夢幻世界に辿り着いたが、どうやら夢幻姉妹は不在。成り行きを考えると、幽玄魔眼を警戒して夢幻館に滞在しているというところだろうか。それならば…
「リィス、少し待て。私が先行して状況を伝えてくる。
問答無用でリィスを攻撃される可能性があるからな」
「かしこまりました」
夢幻姉妹は天使を嫌う。ゆえに先に説明をしておかなければ話が拗れる可能性があるのだ。
私が幻想郷に侵入したことに気付かれるリスクはあるが…時間に余裕がない以上安全策ばかりを選ぶわけにはいかない。
…しかし、彼女たちは想像していた以上に私を好意的に見ていてくれたようで。
「ここまで出向いてくれるとは思いませんでした。何かありましたか?」
「ああ、君たちとは別にヒョウ絡みの情報が入った。少し時間をもらえるか?」
「後ろの天使が動いてくれたのですね。この情報、夢幻館にいる協力者にも聞かせていいですか?」
「顔を合わせておきたいし、情報の共有もしたいところだが…私が幻想郷に入るのも君たちが夢幻館を留守にするのも問題だろう。そのあたりは私より君たちの方が正確な判断が出来るはず…リィスを呼んでここで待とう」
「わかりました、少し時間をもらいますね」
幻想郷へ通じるゲートを私が潜る前に幻月が夢幻世界に戻って来てくれた。リィスのことも敵視せずにいてくれている…どうやら、私の予測より穏健派だったようだな。
(それもそうか。迫害から逃れるための世界で更なる強さを得ても、その力で報復や支配を行おうとはしなかった。好戦的なイメージが先行しているが、夢幻世界から外界に出ること自体が少ないことが穏やかに過ごすことを好む証左)
ここ夢幻世界にヒョウを匿ってもらうという方法もある、か。ヒョウの方に問題が無ければ、悪くない選択肢だろう。
「サリエル様、私もここで大丈夫でしょうか?」
「ああ、夢幻姉妹は思っていたほどリィスを敵視せずにいてくれるようだ」
遠目に見ていたリィスにも敵意が無いことは伝わっていたらしく、私の側に寄ってきた。
―――本当に、久しぶりだな…リィスと共に動くのは。見捨ててからも、追い付いてくれてからも私の立場を考えて離れてくれていたリィス。これを機に、リィスの寂寥感も和らげることが出来れば良いのだが。
「―――そういうわけで、サリエルが来てくれてるわ。だから湖に結界を張ってサリエルをここに呼ぶか、誰か残して夢幻世界に戻るかなんだけど…どっちがいい?
私としては、サリエルを呼びたいな」
「私も姉さんに賛成。どうせならエリーとくるみにも会わせときたいし」
「そうですね…ここを留守にしている間にカナさんが来て入れ違いになってしまうのも困ります。ただ、結界は幻月さんと夢月さんにお任せすることになってしまいますが…いいでしょうか?」
「構いませんよ。そもそも私が皆に手伝ってもらってるんだし!」
「ふぁ…私はお任せですー…」
「…お茶菓子を準備するついでにくるみを起こしておきますので、結界を張るのとサリエルさんのお迎えをお願いしてもいいでしょうか?」
「わかった。それじゃ姉さん、用意しましょ」
「手間を掛けさせてすまない。私がサリエルだ」
「サリエル様に仕えていたリィスです。よろしくお願いします」
どうやらこの館…夢幻館は幻想郷から訪れるには一度地下を通る必要があるらしく、入り口である湖に魔力遮断結界を張ることで私が訪れたことを隠すことにしたそうだ。一から世界を創り出した夢幻姉妹であれば問題なく私も隠せるだろう…そう判断してリィス共々ここまで足を延ばすことにした。
「エリーです。よろしくお願いします」
「くるみです。よろしくね!」
「よろしく頼む…ヒョウのために、力を貸してくれ」
「それではサリエル、何があったのか聞かせてもらいましょう」
「いや、情報を持ち帰って来てくれたのはリィスだ。頼めるか?」
「はい…皆様、少し時間をお貸しください」
私も、ここにいる皆も、神綺たちも…ヒョウの無事を祈っていることは間違いない。
だからこそ、私たちが止めるべき相手をしっかり見極めなければな。