「兄さんの居場所を教える気が無いなら、質問を変えるよ。
兄さんが頼りそうな相手は、アリスが接触した皆の他にも誰かいる?」
茨華仙と映姫が藍によってスキマに去ると、ユキがさっそく質問を続けたわ。
質問はユキに任せておけばいい。豹を追うことに必要な情報は、ユキが一番理解しているのだから。
「…そうね、もうほとんどいないんじゃないかしら。
少なくとも、私は把握していないわ。そもそも藤原妹紅と接点があるということを知ったのすら、豹が隠れ家を離れた日にルナサから聞いた時よ。豹は隠棲していたのだから、余計な交友は避けていたのだもの…一人、少し特殊な立場の子は知っているけれど」
「わたしが聞いてるだけでも隠棲なんて出来てないわ。ルナサ・雛さん・カナみたいに、妹扱いじゃ足りないって感じてる子さえいるんだからね。一人じゃ済まないんじゃない?
兄さんをここ…幻想郷で庇護してたあなたが、それを把握してないはずないでしょ?」
「…そこに関しては、藍も交えて話した方がわかってもらえると思うわ。すぐ戻るから、少し――」
「戻りました」
どうやら茨華仙と映姫はスキマ内であれば多少は外界に干渉出来るようね。霊夢を送ったときよりも早く藍が戻って来た。
「ご苦労様、藍。早速で悪いけれど、補足して頂戴」
「かしこまりました。
―――私に何を聞きたいんだ?」
「アリスが接触してきた以外に、兄さんが頼りそうな相手の心当たりはある?」
「…全くない、というわけではないが。今の状況で豹が頼る可能性は低い相手だぞ。
一人はレティ・ホワイトロック。冬に活動する妖怪だが、夏場に潜伏していた洞窟が地震で崩落した際に豹が救助したことがあったそうでな。豹が頼れば協力する程度の仲ではあるはずだ。
ただし、根本的な問題として彼女は冬以外は弱体化する関係で、一つの地に定住することが無い。私どころか豹も居場所を知らないはずだ…接触するために探し回る方が豹にとってリスクがある。豹が頼る可能性は低いだろう。
もう一人は豪徳寺ミケ。妖怪の山付近に住む招き猫の妖怪だが、潜伏中の豹は人里で金銭のやり取りをすることは滅多になかった…ルナサと関わるまではな。それ以前に豹が必要な物資を調達するのに使っていたのが豪徳寺ミケと香霖堂だ。
だが、少なくともこの件で豹が彼女を頼る可能性は低い…何故なら逃亡資金を作るのであれば香霖堂の方が融通が利くからだ。あそこの店主は蒐集家だからな、豹の魔法具であれば金銭で買い取ることもある。だが豪徳寺ミケにとって魔法具にそれほどの価値は無い。香霖堂ほどの高値は付けないだろう。
逃亡資金を作るのであれば香霖堂が優先される以上、豪徳寺ミケを豹が訪ねる可能性は低い」
「…藍、その話は私に話してないわよね?」
「レティに関しては紫様も覚えているでしょう?帰雲城が山崩れで埋没した大地震の時です。
ミケに関しては…豹の買い物先まで紫様は興味がありましたか?」
「…そうね、でもこの件が動いた時に教えてほしかったわ」
藍の方が豹の動向に詳しいのね―――ああ、そういうこと。
「紫様が冬眠している時期は、貴方が先輩に助力を求めていたということですか」
「その通りだ。私は紫様に遠く及ばない…紫様の代理を務める時期に問題が発生した場合、私は真っ先に豹を頼っていた。だからこそ紫様の知らない交友関係を把握している。
…私個人の希望を言えば、豹には私の隣で紫様の傍に控えていてほしかったよ」
「相変わらずだなあ、兄さんは。あなたみたいな最上位の妖怪にも兄らしく支えることを貫いてたんだね」
「ええ、私とごく一部の上位妖怪ぐらいね。豹が兄目線で付き合わなかったのは。
もっとも、敬語を貫くところ以外では…私もだいぶ甘えさせてもらったけれど」
「…紫にさえそう言わせるの。本当に凄まじいわね、豹は…」
母さんの護衛…それは戦闘力以上に精神面で頼れる相手だったということね。これだけの実力者が揃っていて、皆が豹のことを評価し、頼りにしている。これは誰にでも務まる類の役割じゃない。
信頼関係は時間をかけて積み上げていくもの。創造主の母さんに妹のユキ・魔界の夢子だけでなく、幻想郷の紫と藍に対しても同じように信頼を得るだけの行動を積み重ねていたということ。
これは、魔界と幻想郷お互いに手放したくないわけだわ。
「だから悪いけれど、豹の捜索に手を貸すことは出来ないわ。先程話した【豹の行動を制限する】こと以上に『私たちが豹を幻想郷に留めたい』のよ」
「全面戦争を避けることに関しては協力する。これに関してはお互いに益が全く無いからな。
だが、我々が中立を保つことが現状の最善なのは理解してもらわなければならん。幻想郷だけでなく、魔界のためにも、豹のためにも」
「…そうなるかぁ。地道に足取りを追うしかないのね」
「私からも一つ。神綺様もそれほど遠くないうちに到着するでしょう…その場合、再度会談を要望させて頂いても?」
「構わないわよ。神綺も直接私と話したがるでしょうしね。
それに知っての通り、私はもうすぐ冬眠の時期なのよ。だから貴方達が幻想郷で活動するのに時間制限を設けたいわ。それを過ぎた場合、春になるまでは幻想郷を退去してもらう…これは他の管理者との折衝面の都合で譲れないのだけれど、神綺抜きで時間を決めると癇癪を起こすでしょう?」
「あー…それはたしかに」
「アリス…神綺様の前でその反応しないでよ?流石の神綺様でもアリスに言われるとへこむだろうし」
「仮にも主だろうに、それでいいのか…?」
「フォローするために私たちがいますから。
…元々は、先輩もその一人だったのですが」
「そうね、豹ならあの神綺も上手く支えていたのでしょうね」
一つ、確信を持てたことがある。少なくとも紫と藍は、幻想郷だけでなく魔界と豹のことまで考慮した上で夢子とユキに友好的に対応してくれているということ。つまり、豹や霊夢、魔理沙が余計なことをしなければ穏便に済ませることが出来る…これは大きいわ。
―――けれど、その安堵は即座に打ち砕かれることになる。
「紫さま、藍さま!大変です!!」
橙が大慌てでスキマを開き飛び出してきた。何事かしら?
「どうした、橙?」
「魔理沙が神社に来たんですが、迎撃しようとした霊夢と一緒に連れ去られちゃいました!!
後ろ戸が開いたので、隠岐奈さまが動いたみたいです!」
「…まあ、ずっと大人しくしてくれるなんて思ってはいなかったけれど、豹本人を妨害するのではなく追手を支援する方向で来たのね。隠岐奈らしいわ」
「今の状況で霊夢と魔理沙を排除することは無いとは思いますが…どうしますか?」
「そうね…今の時点で私たちが干渉する必要性は薄いのだけれど。霊夢が隠岐奈との取引に乗ってしまうと、ご機嫌斜めにさせた私たちには素直に内容を話さなくなりそうなのが問題かしら」
知らない名前が出て来たけれど、霊夢と魔理沙を連れ去るなんて只者じゃない。なら、少しでも情報を貰いたいところ…なんて考えているうちに、夢子が先に動いてくれた。
「…私たちがその者について聞いても良いのでしょうか?」
「そうね、豹の安全のためには話しておくべき…
藍、隠岐奈と豹の関係について軽く説明しておいて。私は隠岐奈に直接文句を言ってくるわ…文句を言うまでに手間がかかるだろうけど」
「かしこまりました」
「紫さま、私はどうすれば!?」
「橙は一度神社に戻ってあうんに霊夢の心配はいらないと伝えておいて。そのまま玄が戻って来るか、藍が迎えに行くまで待機しなさい」
「わかりました!」
「それじゃ、頼むわよ」
そう言って紫と橙がスキマに去る。残った藍が説明してくれるようだけれど…
「信用してもらうために先に場所を変えよう。どこに送ればいい?」
「…アリス、任せる。わたしも夢子も幻想郷の情報が足りてないから」
「そうね…なら、白玉楼に送ってもらえる?どうして昨日妖夢がユキと交戦したのかを聞きたいから。
八雲の差し金なんでしょう?」
「いいだろう。幽々子様と妖夢にも隠岐奈様と豹の因縁を説明すべきだろうしな…」
そう言ってスキマを開く藍。移動時間が省けるのは助かる…ありがたく利用させてもらいましょう。
「―――?こんなところに4人も向かってきてる?」
「っ!カナさんたちだといいのですが…くるみ、念のために私たちからも動きましょう。敵だったらどちらかが戻る、いいわね?」
「わかった!」
「あれ?私と夢月で迎撃に出る方が安全じゃない?」
「幻月さんと夢月さん、カナさんの声すら知らないですよね?
私とくるみは昨日声のやり取りはしましたので、敵か味方かの判別は付けられます」
「そういうこと。それじゃいってらっしゃい」
なんとか襲撃は受けずに夢幻館に続く湖に4人揃って入れたわ!移動中が一番危険って本当だね~。
さっき思いっきり魅魔に不意打ちされたから、みんなで警戒しつつ移動したからちょっと時間はかかっちゃったけど、無事に辿り着けそうだからいいよね。
「…そういえば、麟は夢幻館に出向いたことがあるのかしら?
くるみが『思い出せなくなってるけど、彼女は味方』って言ってたけれど」
「はい、豹さんが夢幻館に滞在してる間に2回入らせてもらっています」
「もしかして、麟さんは一人で豹さんの行き先は夢幻館だと突き止めたのですか!?」
「これでも豹さんと同じ八雲の隠者として動いていますので、皆さんよりは豹さんの行動範囲を把握できているんです。自慢できることじゃないですよ。
…居場所を見つけ出せても、私一人では豹さんの足を引っ張ってしまうだけですから」
「麟さん、それはここにいるみんなも同じだよ。豹はわたしたちより格上の存在だったんだから。
今こうやって、豹の力になれそうなぐらいの仲間は集められた。麟さんもその一人なんだから、あまりネガティブになるのは良くないと思うな~」
わたしは最初にアリスを巻き込んだ時点で、弾幕ごっこという手段を取れなかった。だからこの異変がスペルカードルールが制定される前の…やり過ぎたら死者が出ちゃうような異変にしちゃったのはわたしが原因。
だからこそ、犠牲者を少なくする責任がわたしにはある。豹が守ろうとした、平和な幻想郷を守るために。
そのためには、麟さんみたいに覚悟が決まっちゃってる子をフォローしてあげなくちゃいけない。【妹】から犠牲者が出ちゃったら、豹は復讐を果たそうとしちゃうだろうしね。
―――それは、みんなが避けたがってる『幻想郷と魔界の戦争』に直結しちゃう。それだけは、止めなきゃいけない。
「――そうですね。私にも、仲間が出来たんですものね…!
ごめんなさいカナさん。頼りにさせてもらいます」
「うん!夢幻館にいるってみんなとも話して、豹の力になればいいんだから!」
麟さんの表情が、少し明るくなった気がする。世間知らずなわたしじゃ説得力が無いと思ったけど、麟さんは気にしないでくれたみたいだね。その期待には、ちゃんと応えないと!
…そう思ったところで、早速わたしたちに困難が降りかかって来ちゃった。
『ルナサ、カナ、応答できる?やっと繋がるところまで戻って来れたわ』