赤白ボーダーな眼鏡の兄ちゃんが浮かんだ方はたぶん作者と同世代。
「おや、来客とは珍しい。こんなところになんの用だい?」
隠居したとされているこの方ですが…博麗の巫女を敵に回したり、肩を並べたりした幻想郷でも指折りの実力者。私ではとてもかなわない相手。それでも、今は情報が欲しい。
「名前しかわかっていない相手の手掛かりを探しています。エリーという名前に心当たりはないでしょうか」
ですので、最低限の話で済ませます。長く会話すること自体が…私にとっては毒のようなもの。
―――そう、考えていたら。
「ん……?あんたはたしか、冴月麟。そうか…私ほどの悪霊にすら奴の断末魔は通用したか」
「っ!?凄いですね…覚えていていただけたなんて」
本当に、格が違う。まさか、私に纏わり憑く忘却の呪いから逃れられるなんて…!
豹さんや阿求のような能力による無効化でない形で破られたのは数えるほどしかない。カナさんは例外中の例外…豹さんのおかげで完全に忘れてはいなかっただけ。
でも、魅魔さんは私だけでなく―――
「あたしゃ悪霊として永く存在し過ぎたからねえ。大抵の呪いだとか怨念だとかは効かないさ。
それでも多少は作用した…腐っても大魔法使いではあったってことかい」
私が孤独を過ごすことになった元凶。その忘却の呪いのせいで私自身すらもう忘れてしまった魔法使い。
「まあ、奴の話はいいか。それで、エリーねえ…悪いが私に覚えはないね。なんで私が聞かれたんだい?」
「知っていそうな方たちの中で、私にとって魅魔さんが一番聞きやすい相手だったからです。
それに、その答えでも大丈夫です。ありがとうございました」
収穫はこれで十分。私のことを覚えていられる方とはもう少しお話したい気持ちもありますが…
魅魔さんと私は、最後には相容れなくなる。辛くなるのがわかっているから、手短に。
「そうかい、役に立ったんなら良かったよ。何が起きてるのかは知らないが、頑張りな」
悪霊とは思えない、優しい言葉をもらって。
もっと違う形で知り合えていれば、と…思ってしまいました。
「冴月麟…忘却の楽師、か。私としては見過ごせない相手なんだよねえ…
やれやれ、隠居した身で表に出るのは避けるべきなんだろうが…念のため魔理沙の様子だけでも見ておこうか」
「それで、わたしたちはこれからどうするの~?」
豹を探すという目的は一致したけれど、私たちはほとんど豹のことを知らない。だからまずするべきは情報の交換と整理。
「豹と面識のあるらしい相手を片っ端から訪ねて回るぐらいしかないでしょうね。
とりあえず心当たりをリストアップして、捉まえやすそうな相手から順に当たっていくのが効率的かしら」
「…カナ、とりあえず何か書けるものとペン用意して」
「は~い」
机の上に書きかけの魔方陣が残る紙とペンが用意される。…裏に滲まない紙とペンで刻まれてるから確かに裏面を使えるけれど、この紙使っていいのかしら…
「カナさんと私の記憶のすり合わせも一緒にやってしまいましょう。厄神様みたいに私とカナさんで面識の差があるはずですから」
「あ、そうだね!…とはいってもあと3人ぐらいかな…?」
「二人はそれを優先して頂戴。ルナサは何か情報を持ってるの?」
なぜか私が仕切ってるけど、一番情報持ってないのが私なのよね…
「…私もほとんど話せることは無いわ。昨日アリスには伝えたけど、藤原妹紅だけね…心当たりと言えるのは。ただ…」
言葉を切ってルナサが私に向き直る。
「昨日、アリスが豹を追って飛び出していったけれど…慧音に口止めしてから私も後を追ったのよ。地面に不自然な陥没があったのだけれど、そこで何かあったのは間違いない?」
「あ、間違いないです。私が捕まった場所だと思います。人里を出てすぐ、この隠れ家のある森が見えてくるぐらいの草原ですよね?」
「ええ、そこで間違いないわ。そこなのだけれど…私が向かう途中で、その方角から人里に戻ってくる鼠妖怪を見かけたのよ。先に到着したアリスは彼女を見てる?」
「いえ…私は誰も見てないわね。余裕がなかったから見逃した可能性もゼロではないけど、それなりの相手なら気付くはず。それに私もその草原で上海に持たせてたランスを回収してるから、場所は同じ…私が離れてからルナサが来るまでどれぐらいの時間があった?」
「慧音の口止めのほかに楽団としての要件もあったから、すぐに追いかけたわけではないけれど。アリスが見てなくて、私は飛んで行って彼女は歩いてた速度差を考えると…怪しい気がする」
「なるほどね…ただの通りすがりにしてはタイミングが良すぎる、と」
ナズーリンだったかしら。霖之助さんのところで一度顔を合わせたことはあるけれど…ほぼ接点は無いと言っていい。でも命蓮寺という活動範囲がわかっているだけ、会うのは難しくないでしょう。
「彼女について、というより命蓮寺についてなのだけれど。アリスに確認したいことがあるの。
あそこの住職は魔界に封印されていたと聞いているわ…何か関係があるのか、アリスにはわかる?」
「そういえば…!」
言われるまで完全に忘れてた!たしかに彼女は。
「ルナサ、当たりかもしれないわ。私もあまり詳しくはないのだけれど…母さんと聖白蓮は面識があるはず。
エソテリアに封印されてた教え子が解放されたって前に話してた。たぶんこれが彼女の事よ」
「豹の居場所とは関係なさそうだから優先順位は低いけれど、話を聞きに行く価値はありそうね」
「お待たせ~、ここに豹が迎え入れた相手は全員名前までわかったわ」
「一人だけ完全に無関係な方もいたようですが…6人いらっしゃいました」
上海とカナの方も切りが付いたらしい。カナがペンを動かし始める。
「まず最初に来たのは話した通り八雲紫と八雲藍。この二人が豹を保護しようとしてるっていうのは信じていいと思う…これはわたしと上海ちゃんで一致したわ」
「はい。すべて遠い昔のようですが…この家を訪れた回数は紫さんが一番多いです。豹さん自身も幻想郷にそれなりの関与をしていたと考えた方がいいと思います」
まあ、そうなるでしょうね。遠い昔ということは、魔界と幻想郷が繋がる扉はまだ発見されていないはず。そんな時代に彼ほどの魔界人がいれば、知識や魔法に関して右に出る存在はいなかったでしょう。
「その次に古い付き合いになりそうなのが上海ちゃんが教えてくれた妖怪の山の厄神様」
「鍵山雛ね。あの厄神が他人の家を訪れたことがあったなんて驚きだわ」
彼女の周りに集まる《厄》…それは人妖神問わずふりかかるから、彼女自身他者とあまり関わろうとしないのよね。
「ひな人形さんが毎年交換されていますから、少なくとも豹さんと毎年1回は会っていたはずです。隠れ住んでいる豹さんの状況を考えると、とても親しい一人になるんだと思います」
「…季節外れの織姫と彦星ね。でも今の状況だと雛のところに逃げ込んでる可能性は十分あり得そう」
ルナサの言葉にわずかな羨望が混じっている気がするわ…大丈夫よね?上海と仲間割れされると困るのだけれど。
「あ~…それなんだけど豹の逃亡先は別に心当たりがあるのよ。でもあと3人だけだから、先にここに来た人妖の話をさせて。
次の一人がちょっと困った人でね…小兎姫っていうわたしの顔見知りなんだけど」
…聞いたことないわ。ルナサも知らないようで目線が合うと首を振った。
「はっきり言って変な人。警察官って言いながら、お姫様の格好してる。そもそも、人里に警察ってあったっけ?自警団があるのはわたしも知ってるんだけど」
お姫様の格好をした警察官…?ああ、そういえば。
「小柄で赤髪だったりする?その小兎姫って不審者」
「あっ!」
私の言葉で上海も思い出したらしい。
「そうだよ、あんな人は何人もいないでしょうし、たぶんアリスの言ってる人と同一人物かな~」
「人里で人形劇を演じ始めた頃、子供たちに混ざって監視されてた時期があってね…
子供を攫う餌としてやってるわけじゃないのを確認したら、警察官ってことだけ明かして来なくなったけど」
あの目立つ格好で、隙が無い実力者と判断できたから憶えてたわ。
「うん、そこが困ったところでね…人里に迷惑が掛かることはやらないんだけど、警察って名目で妖怪相手には平気で監視とか逮捕とかするのよ。おまけに博麗の巫女を相手にしても相当粘れるぐらいの実力もあるから厄介で…」
「カナさんが引っ越してくる少し前に、ここを見つけて家宅捜索したみたいです…
豹さんが説明しながら案内したら、納得して帰ったみたいですが」
…無関係っていうのがこれのことか。正直、深く関わりたくない類だわ。
「なので私たちから話を聞きに行く必要はないと思います。次が、春告精のリリーホワイト」
「残りの二人は私が引っ越してから来てるから、豹との付き合いは短いと思う。リリーも小兎姫と同じで、春を告げてたら偶然ここを見つけたらしいわ。
…なんでかここには黒い服着て来るようになったけどね。豹さんとおそろいですー、って」
黒い春告精を見た!って噂がここ数年流れてるけれど…単に春告精が着替えてただけだったの。
「随分と豹に懐いててね~、春じゃなくてもたまにここに来てるわ。それで重要なのが、豹が去り際に名前を教えてくれたひとり。資金が調達できなかったらリリーを頼らなきゃならないかもって言ってたわ」
「…妖精を頼るって。下手な相手よりよほど探す当てがないわよそれ…」
ルナサが零した言葉に全く同感ね…妖精は一部を除いて精神がなかなか成長しない。それこそ春告精のように、役目を果たしているがゆえに精神が成長している存在の方が稀少。そのため同族から情報を集めるという手段が取れない…居場所を探すのに骨が折れてしまうわ。
「一応、そこらの妖精よりは知能が高い妖精に心当たりがあるから、春告精に関してはそこを頼るわ。真面目に探してくれるかは未知数だけどね」
たしか今は博麗神社の大木に住んでるはず。ただ今の時点で霊夢に知られるのは避けたいのよね…
話をするどころか問答無用で魔界に追い返すでしょうから。
「それで、最後の一人なんだけど…冴月麟さん。わたしも名前しか知らないの」
「私も、名前しかわからないんです。その楽器の持ち主だとは思うのですが…」
楽器だけれど、なぜか飾られている。豹に演奏の趣味は無いということかしら?
「二胡ね。でも、これほど新しい作りのものは幻想郷では珍しい…弾いてみてもいいかしら?」
「豹はほとんど弾かなかったみたいだから、大切に扱う限りは大丈夫だと思うよ~」
ルナサが興味を持ったよう。演奏することで何かわかればいいのだけれど。
~~~♪
…私は知らない曲だけれど、流石はプロ。素人でも聞き惚れてしまいそうな、美しい演奏だった。
「豹は弾かなかったというけれど、飾るだけじゃなくてちゃんと手入れはしてたのね。いい音を奏でられたわ…もしかしたら、私が持ち主を探せるかもしれない」
「えっ!?」
…カナが物凄く驚いている。
「…この二胡には豹のものじゃない魔力も残っているから、私じゃなくても探せると思ったのだけれど。なぜそんなに驚くのかしら?」
「だって、麟さんのことは覚えていられないはずなの。そういう存在だから、名前だけでも忘れないであげてくれって、豹が言ってた。
本当に、わたしはそれ以外、忘れちゃってるの。その二胡も、魔力が残ってたことを忘れて、感じられなくなっちゃってるのよ」
「記憶を受け継いだ、私もそうです。その楽器は、誰が豹さんに贈ったものなのか覚えてなかったんです。カナさんと話を整合して、消去法で持ち主じゃないかと考えただけで…この家は名前すら忘れてしまっていました」
…話に付いていけない。でも、私に確認できることは…
「ルナサ、その楽器少し調べさせて」
「…机の上に置いた方がいい?」
ルナサが調べやすいように楽器を置いてくれた。私なりに魔力を調べるけれど…
「…ルナサ、私も魔力は感知できない。それなのに、違和感はある。ルナサが言うように魔力が残っているなら、認識阻害魔法がルナサ以外の私たちには作用してるんだと思うわ。
おそらくだけど、弦楽器だからルナサは感じられたんじゃないかしら。簡単にでいいから、この楽器の弾き方を教えてもらえる?」
「うん…」
持ち方を教わり、構え方を後ろから支えてもらう形で真似し、弾いてみるのだけれど…
「…音が出ない?」
「決まりね。この二胡、弾き手を選ぶんだわ。どういう魔法かはわからないけど…
でも、ルナサは弾くことができた。たぶん豹と、その…冴月麟もね。だから残っていた二人の魔力を感じられたのよ。おそらくこの二胡は…認識阻害魔法から持ち主である冴月麟を救うために、豹やルナサのような存在にだけ弾ける術具に変化したんだわ」
意志を持ったモノ。その想いは奇跡すら起こせる。私は昨日それを思い知った。
「冴月麟…何処の誰かは知らないけど、随分と奇妙な状況に置かれているようね。豹と関わりがあるのは確かなようだし…ルナサに任せていいかしら?」
「そうね…私にしか出来ないことみたいだし。この魔力の持ち主に出会えたら、豹の事を聞いてみるわ」
「それで、このお家に来た人妖は全員なんだけど、豹が向かった先はたぶんこの人たちのところじゃないの。
エリーって、アリスとルナサは知らないかな?」
また知らない名前が出てきた。
「悪いけど初耳。でもその名前だと、人里の人間ではなさそうね」
「私も心当たりがない…それが、豹が去り際に口にしたもう一人なのね?」
「そうなんだけど…全滅かあ。こうなるとやっぱりさっきまで名前の出た人たちに聞いていくしかないのかな~」
「ですが、人数自体が少ないですし、皆様に会いに行くしかないと思います。誰から訪ねればいいでしょうか…」
八雲紫・八雲藍:情報は多数持っていそうだが、接触が困難。
藤原妹紅:おそらくこの中では最も接触が簡単。
ナズーリン・聖白蓮:接触は楽だが、豹の居場所を知っている可能性は低い。
鍵山雛:妖怪の山在住なので、天狗が面倒。
リリーホワイト:豹がいる可能性があるものの、捜索の難航が避けられない。
「…無駄足を踏むくらいなら、確実に会えるのを優先しましょう。だから最初に藤原妹紅、次に鍵山雛を訪ねて豹だけじゃなくエリーという名についても聞いてみる。私はこうしたいのだけど…」
「私はご主人様に従います」
「…私も、その順番でいいと思う」
「わたしが一番世間知らずだと思うから、お任せするわ」
「決まりね。この方針で行きましょう」
豹と、エリー。望み薄ではあるけれど、捜してみましょう。