ルナサたちが夢幻館に向かう途中で湖に張られていた魔力遮断の結界が解除され、夢幻姉妹の魔力がそのまま夢幻館に留まっているのが確認できた。そのままルナサたちは夢幻館に到着している…ここまでは予定通り。
(懸念点はリリーと別れた椛が安否確認と情報共有に戻って来ることだが…勇儀がリリーの家に寄るという提案を聞き入れるとは思えないしな。巡回中の白狼天狗さえ警戒すりゃあ一晩なら凌げるだろ)
そろそろ潜伏先の当てがなくなっていたタイミングに、隠れ家への帰宅という選択が出来たのは大きすぎる。そして夢幻姉妹の動きによっては夢幻館に戻るという手も打てるのだ。そう出来れば隠れ家と夢幻館を往復することで防衛戦力の集中と迅速な逃走が可能になる。
(出口として使える魔法具を設置するだけであれば2・3人で動いてもらえればそれほど不審に思われないだろう。同じメンツで同じ場所に何度も向かわない限りは)
そして何度か設置に向かってもらえるだけの協力者は作れたのだ。ルナサ・麟・カナ・上海・エリー・くるみに夢幻姉妹。動向次第ではメルランとリリカもだ。これだけいれば不自然に見られず隠れ家と夢幻館に出口を設置してもらえるはず。
(となると、出口に使えそうな魔法具を調達出来れば盤石か。だが今となっては香霖堂は魅魔に情報が漏れる危険がある)
霧雨魔理沙と香霖堂の店主が親しい仲なのは幻想郷では有名な話だ。そして商売人である彼の実力はお察し…いくら俺が常連客と言えど、いつまでも隠し通してくれることは無い。そうなると香霖堂で魔法具の購入をするだけでもリスクがある…無関係を装える誰かしらに購入してもらったとしてもだ。
(となると久々にミケを頼るか…?だがこんな面倒事に巻き込まれること自体嫌がりそうな気もするんだよなあ)
あの趣味人としての意識の方が強い店主よりミケの方が余程商売人気質だ。だからこそどれだけ好条件を付けても『リスクが割に合わない』と判断するとミケは最初から依頼を断る。俺もそれを理解してたからこそ物資調達の頼りにしてたんだが…今の俺が頼っても協力してくれるかどうかは微妙なところだ。ミケがどの程度幻想郷と魔界の状況を理解しているかで変わってくる。
…そんなことを考えつつ、リリーの家に辿り着く。とりあえずは、リリーに状況を説明するのが先だ。妖精としては珍しい【小屋】と呼べる程度にはしっかりした建造物のドアを、隠形魔法を解除しつつノックする。
「はいなのですよー」
「リリー、俺だ。しばらく匿ってくれ」
「ふえっ!?豹さん!?」
慌てた様子のリリーがドアを開く。
「悪いな、リリー。危険がある以上、怖いなら断ってくれていい」
「そんなことしないですよー!リリーは豹さんに助けられてばかりです。
リリーがお役に立てるなら、喜んでお手伝いするのですよー!」
「ありがとな。だが、俺がリリーを守り切るという確約が出来ない…だから、まずは俺の話を聞いてくれ。
聞き終えてから、助けてくれるかもう一度答えてくれ」
…この時点で、俺はまたミスを犯していた。
守矢神社。ある日突然【神社ごと】妖怪の山に外界から引っ越してきた神々の神社で、索道が完成してからは人里の人間も訪れるようになった場所。私と豹が睨まれることになった一件を思えば、天狗も随分と丸くなったわよね…人間を山に入れることを認めるなんて。
(もっとも、反対した妖怪を力尽くで黙らせたって可能性もあるけれど…
さ、誰が出てくるかしらね)
この神社の巫女…いえ、正確には風祝だったかしら?彼女は人間として頻繁に人里に顔を出している。彼女自身が絡んでくる一般妖怪を一蹴できるような強さを持つからこそ、妖怪の山と人里を行き来しても山の住人は黙認しているわ。私のような組織に属さない妖怪ですら、その実力を知ることが出来る程度には有名な人間であり…異変の解決側として動くことも多々ある少女。
妖怪の山の住人の中では、射命丸と並んで山の外の情報を持っている存在だわ。
「―――これは随分と珍しい客人だ。厄神とは…
出来れば境内に厄を振り撒くのは止めてもらいたいねえ。払うのも少し手間なのよ」
「ええ、長居するのは迷惑でしょうし、質問に答えてもらえればすぐ帰るわ」
出てきたのは八坂神奈子。まあ、誰が出て来ても外れではないのがここ守矢神社。
人間からも妖怪からも信仰を集めるこの神社の住民は、会話が通じる。信仰を得るためには力だけで押さえつけるだけでは不可能ということを理解しているから、問答無用で先制攻撃なんてことはしてこない。
だから、私に危険があるとすればこの先。私が抵抗することによって神社に厄が充満することよりも、豹の一件を隠す方が彼女たちにとって優先すべきだった場合。
少しの手間でしかないようだけれど、境内で私が厄を振り撒くのは嫌なようだから。豹のことを重要視していなければ、情報交換だけで済む可能性もある…それが私にとっての最上。
「そうかい。それで、私に何を聞きたいのよ?」
「天狗に豹の情報を流してるのは、貴方たちかしら?」
…まあ、予想通りではあるわ、ここが本命だったのだから。
八坂神奈子の纏う雰囲気が一瞬にして引き締まった。
「諏訪子、彼女の厄が境内に散るのを防げるか?」
「んー、長時間は厳しいかな。でも話は聞くべきだし、手短にねー。
そっちに集中しとくから、後でちゃんと聞かせなよ?」
「頼む」
そしてもう一柱の神―――洩矢諏訪子も姿を現す。八坂神奈子と比べて、いまだに謎の多い神だけれど…私だから理解できることがある。
この神は、おそらく祟り神。厄神である私がその神気に
まあ、そんな事より…話を聞いた後どうやって逃げるかを考えないといけないのだけれど。
「さて、質問の答えだが…今の時点では違う。
ただし、今後情報が集まり次第共有しろとは依頼されている」
「それはつまり、飯綱丸龍から情報収集を依頼されたということね?」
「そうだ…だが、何故お前がそれを知っている?」
「え?私と豹が天狗から睨まれている理由を聞いていないの?」
「聞いていないよ。
どうやらお互いに知りたいことが出てきそうだ。ここは情報交換と行こうじゃないの」
「いいのかしら?天狗からの依頼内容を私が聞くことになるんじゃない?」
「もうお前に依頼内容はバレてるじゃないか、だったら隠す必要なんてないさ。
それに、私も天狗を完全に信用してるわけじゃないからねえ。早苗に危険がある案件な以上、優先すべきはお前の持つ情報だよ」
これなら、私が上手く情報を渡せば見逃してもらえそうね。人付き合いが皆無な私がそんな器用に情報の取捨選択なんて出来るとは思えないけど、逆に豹の状況を掴み切れてないからこそ多少喋り過ぎても影響は小さいはず。
「そう…なら、先に答えてくれたのだし私から先に答えるべきね。何を聞きたいのかしら?」
「まずさっき言ったことだ。お前と豹が烏天狗の大将に睨まれているというのはどういうことだ?」
「昔、私に会いに来ていた豹が飯綱丸龍の管狐にちょっかいを掛けられたのよ。その時豹が返り討ちにしたことで睨まれてるわ」
「なるほど、大天狗の腹心を一蹴できる程度の腕はあると」
「逆に聞くけれど、豹のことはどう説明されてるの?」
「魔界から追われている魔界人とだけ聞いている。ただ『博麗の巫女にこの件で動かれると面倒な事態になる。ゆえに風祝に動いてもらいたい、管理者も協調するはずだ』というのが肝だろう。これに関して何か心当たりは?」
「博麗の巫女はかつて魔界に殴り込んだことがあるのよ。そのせいで恨みを買ってるから、巫女が豹を攻撃すると魔界が戦争を仕掛けてくる可能性があるみたいよ」
「ほう、そこまで知っているとはな…それを誰から聞いた?」
―――やっぱり私には荷が重い!私が【幻想郷と魔界の関係】を知っているのは不自然ということを即座に突いてきた、つまり面倒な事態の内容は聞いていたのに私の口から出させたということ…!
下手に誤魔化す方が危険ねこれは。
「豹のことを追っている知り合いからよ。ついさっき、私の家から離れていったのを貴方たちなら把握できたんじゃない?」
「少なくとも私と面識は無い奴らだったね。ただ、一人だけ天狗が混じってたからそいつから聞き出せばいいか。
だが、こんなことを知っているなんて随分と重要な位置にいる奴だろう?誰なんだい?」
「重要な位置にはいないわ。なぜ皆が知っているかというと、私と会う前に侵入してきた魔界人から話を聞いてるから」
「っ!?もう魔界人が侵入してるのかい!?」
ここまでは把握してなかったのね。それなら、このことを中心に伝えれば
私にとって必要な情報はもう十分。天狗は東風谷早苗を使って豹のことを探ろうとしていること…今まで誰が豹のことを探っていたのかはまだわからないけど、これ以上天狗の内部を調べるリスクを冒すよりは今後の情報源となる守矢の風祝を注視する方が安全。
なら、魔界側の情報を渡すことで話を切り上げてしまえばいい…!
「ええ、ユキという豹の妹と、魔界神のメイドという夢子という二人が来ているわ。
ただ、この二人も幻想郷と魔界の戦争は避けたいそうよ。今日博麗神社に向かって不干渉を求めるそうだけれど」
「そうか、その辺りは私たちが干渉できることじゃないだけに魔界側が譲歩してくれてるのは助かるね」
「加えて言えば、ユキと夢子は豹に危害を加える気は無いそうよ。だから風祝が無理に豹を捕えようとする必要は無いと思うけれど」
「早苗が豹とやらを捕らえることが出来れば幻想郷での実績になるからね、そこは私たちにゃ関係ないさ。
それで、豹を追ってるお前の知り合いは結局誰なんだい?」
「白狼天狗の椛に、騒霊のカナとプリズムリバー三姉妹よ。魔界から幻想郷に移住したアリスとの繋がりでユキと夢子に会えたそうだけど」
「成程ね、魔界人からすれば移住した奴がいればそこを頼るか」
「私が知りたいことはもう聞けたけど、貴方が聞きたいことはまだあるのかしら?」
「山ほどあるが、厄払いのことを考えるとこれ以上話し込むのも面倒だね。
情報交換はこれぐらいでいいだろう。後は椛って天狗に聞いておこう」
椛に負担をかけてしまうけれど、私よりは上手く対応できるはず。次に顔を合わせるときに謝りましょう。
「なら、私はこれで失礼するわ。皆に伝えたいことは聞けたから」
「ああ、魔界人が既に侵入してることを教えてもらえたのは助かった。
何が理想なのかは聞かないが、お前も気を付けるんだね」
――切り抜けた!この情報だけなら豹に悪影響は出ないでしょう。
後は、これを誰にどう伝えるか。家に帰って考えましょう。
「んー、早苗ならそう簡単に後れを取るとは思わないけど。一人強力な助っ人もできたしねー。
ただ、豹ってのとその妹たちが合流しちゃって2対3になると流石にまずいかな?」
「そうだな。だが豹とやらが魔界から追われているという以上、合流される可能性は低いはずさ。別の可能性としては厄神の話していた仲間が早苗と対立した場合だが、幻想郷の住人であればスペルカードルールで相手してくれるだろうから魔界人よりは安全だろう」
「それじゃ、しばらくは早苗に任せておけばいいね」
「ああ、今日帰って来たら侵入者のことだけ伝えればいい」
「―――見つけましたよ!!私の勘も捨てたもんじゃないですね!」
「ッ!?」
「えっ!?」
リリーに状況を説明してる途中で、突然声を掛けられた…!俺が、こんな至近距離まで接近に気付けなかっただと!?
そして、俺の慢心を思い知る。すでに前後から挟み撃ちの状況…!
「あなたが豹ですね!私についてきてもらいます!」
「うふふ!こんなに早く見つけられるなんて、びっくり~。
でも、ホントに不思議!私の力が効かないなんて。
もしかしたらって思ってたけど、近付けば見つけてくれるんだね!」
東風谷早苗。奇跡を起こす程度の能力を持つ、守矢神社の風祝。
古明地こいし。無意識を操る程度の能力を持つ、地霊殿の覚妖怪。
2人の少女が俺の索敵魔法を潜り抜け、しっかりと俺を捉えていた。