―――この女性が神綺…魔界神。里香が何の問題もなく魔界から夢幻館に来ていたから、安全だと思い込んでいたのだけれど。
夢幻世界でも魔界でも襲撃があった。往路では何一つ妨害なく夢幻館に来れたと話してるから、夢幻館で全員揃って情報交換した僅かな時間で準備を整えて仕掛けてきたということになる…でも、これほどの手際の良さなのに肝心の戦力が不足過ぎだったわ。サリエル様どころか私と麟でさえ一蹴できるレベルの雑魚、その数を揃えただけ。どういうことなのかわからなかったのだけど…こうなって本来の目的が理解できてしまった。
魔界神に、
サリエル様すらも出し抜いた存在に、してやられてしまったようね…!
「…お久しぶりです、神綺様」
「…えっ?上海ちゃん?
それに、その翼…!」
「こういうことだ、私はまだヒョウに会えていない。夢幻館で問題が起きてしまってな…魔界から幻夢界を経由して皆を幻想郷に帰す予定だったのだが。
どうやら私を嫌う小物を利用した存在がいる…神綺に気付かせないまま送るつもりだったが、してやられたよ」
「そうなの…でも、見つけちゃったからにはお話しさせてほしいわ。
上海ちゃんはまだ上海ちゃんのままなのかな?」
「はい、ご主人様も私を上海と認めてくださっています」
「そっかー、ならみんなもアリスちゃんのお友達なのよね!
少し私ともお話ししましょ!終わったらそのままアリスちゃんのお家に送ってあげるから!」
敵意が全くない笑顔で魔界神が私たちを誘っている。
…そもそも、逃げられるような状況じゃないから断れないのだけれど。
「…わかった。襲撃があった以上、下手に動き回るよりあなたを頼る方が安全よね。
お願いするわ、魔界神様」
「こうなっちゃった以上仕方ないか~…
でも、わたしは喋りたくないことは隠すよ。それに文句は言わないでね?」
「うん!サリエルとルイズちゃんから少しは聞いてるから。
騒霊のルナサちゃんとカナちゃんよね?私のことは神綺でいいわ!」
「「ッ!?」」
魔界神の名は伊達じゃない、か。ルイズからある程度聞いていたようだけれど、何の迷いもなく私とカナが誰なのかを判別しているわ。実力行使に出てこられなかっただけでも幸運だったようね…!
「それじゃ、みんな先にパンデモニウムで待っててもらえる?ツララちゃんを私が補助して連れてくるから!
サリエル、マイちゃんたちに事情を説明しておいて!」
そう言いながらゲートを創造して飛び去る魔界神。
…行くしかない、か。
「面倒なことになりそうなのです。わたしは詳しいことほとんど知らないので説明は任せるのです」
「私も下手に口を挟まない方がいいでしょうね…皆様、ご負担を掛けますがお願いします」
「そうですね…なるべく私がお話しします。サリエル様、私の存在はまだあの方に知られていないのですよね?」
「そのはずだが、神綺は私と違い魔神。呪いの効果は薄いだろう。
だが、見ての通り神綺に争う気は無い。伏せたいことを伏せても気を悪くはしないさ。もっとも、私より余程交渉に長け、慣れているゆえに…裏を簡単に読まれるだろうが。
ヒョウが行き先を伏せて動いたのは、これ以上ない好判断となったようだな。予定外だが、こうなっては私でも神綺は振り切れない。付き合ってくれ」
そう言ってそのままサリエル様はゲートに入ったわ。
「皆様、私もマイさんとは面識がありますので大丈夫です。行きましょう…!」
「…そうするしかないものね。上海、頼むわよ」
上海と私の言葉で皆覚悟が決まったのか、ゲートに飛び込む。まさか、魔界神直々に招待されることになるなんてね…!
―――急に寒くなったな。まさかもう雪が降り始めるなんて…冬支度がまだ済んでないが、なるべく早く終わらせないと外に出ることすら億劫になるだろう。少なくとも暖を取るために必要な薪は備蓄をすぐ確認しないと。
…妖術による炎が猛吹雪に負けたことによる凍死は私の経験でも最上位に入る失態だ。一人で戦えるようになるまで何度も殺されたことより、賊や妖怪を返り討ちに出来るようになった後で戦闘関係無く死んだ数回の方が情けなくて忘れられなくなっている。この厳冬を甘く見たことによる凍死と、空腹に耐えられず食べた毒キノコによる毒死は二度と繰り返すことが無いよう固く決めている二大黒歴史。戦闘面だけでなく生活面も気にするようになった原因である。
(しかし…この雪の中永遠亭に4人も向かってるのは何なんだ?迷いなく向かえてるってことは、一人はたぶん鈴仙ちゃんだけど…
永遠亭が豹のことを知ってるはずはない…よな)
一昨日狸の旦那から豹が危機に陥ってるらしいことは聞いたけど、永遠亭から動くような状況にはならないはず。豹本人は徹底的に避けてたし、アリス達には釘を刺した。念のためにアリス達と話してから永遠亭に向かう気配は注意してたけど、私が送った患者以外は鈴仙ちゃんとてゐしか永遠亭に出入りしていなかった。
つまり、今はまだ永遠亭に豹の存在が知られてるってことはない。
(輝夜はともかく、永琳が竹林の外に余計な干渉をすることはない。となると鈴仙ちゃんが連れてる三人が誰なのかだけ後で聞いておけばいいか)
そいつらが豹のことを知っていた場合は、逆に私からその情報を聞き出せる。豹から私を頼ってくれない以上、私が状況を知るには追手側から調べるしかないのだから。
―――そう考えながら家路を急いでいると、私とは別方向から迷いの竹林へ向かっている姿に気付く。
…雪で薄暗くなってるとはいえ、まだ夕方と呼ぶには早い時間。なんで妖怪が堂々と歩いてるんだ?
早足で追いかけて、声を掛ける。
「おい、こんな時間に何をしてる!」
「ふえっ!?
し、失礼しました。頼まれごとがありまして…って、貴方は藤原妹紅さん!」
「ん?なんで私のことを知っている?」
初対面、だよな?人里で槍を持ち歩く虎妖怪なんて会ったこと…
―――いや、待て。そういえば何人かから聞いた覚えが。
「たしか…寅丸星、か?命蓮寺の」
「はい、私が寅丸星です。聖や一輪、マミゾウさんから貴方のことはお聞きしています」
「そうかい。とりあえず人里に害を為すことは無さそうか。
それで、ここらに何の用だ?信者になるような奴はいないぞ?」
「『プリズムリバーの裏方から、妹紅さんに依頼があるそうです』。
私が伝令役として参りました」
「――っ!?
わかった、聞こう。だがここでは困る…私の家までついてきてくれ」
この時私は、ここに来て豹が私を頼ってくれたことが嬉しくて。
永遠亭に向かうことを後回しにしてしまった。
―――私が先に永遠亭で情報を得ていれば…結末は違ったのかもしれない。
星を家の中に入れて囲炉裏に火を入れる。思っていたより薪の取り置きは残っていたが、冬を越せるだけの量は無い。晴れの日が続いたらすぐにでも調達しないとな。
「それで、豹は私に何を頼みたいんだ?」
「はい、ご説明しますので…少々お待ち下さい。ぬえに解除してもらいますので」
「解除?」
私が聞き返すとほぼ同時に、星が懐から取り出した
すると、星が背負っていた荷物が…妖精に姿を変える。
「…もうお話ししても大丈夫なのですか?」
「はい、お待たせしましたリリー」
「なるほど、鵺…ね。合図に使ったモノすら正体不明、狸の旦那の交友関係には恐れ入るよ」
「そうですね…ぬえは地底に封じられていたのに、外界にいたマミゾウさんを呼び寄せました。逆に言えば、マミゾウさんは地底に封じられる以前のぬえと親しかったということです」
「ま、今はそこを話す必要は無いか。
それで、春告精がこの時季に姿を見せるのは珍しい。依頼はこの子絡みかな?」
「はい。彼…豹さんが妹紅さんに依頼したいのは、リリーを預かってほしいということです。
詳しい状況はリリーから説明してくれる、と…私も、まだ聞いていません」
「預かる?つまり豹とリリーはもう魔界に追われてるってことか!?」
「いえ、魔界ではないんですよー!
リリーもカナさんたちから聞いたお話ばかりなので、よくわかっていないのですが…豹さんは知っていることをすべて妹紅さんに教えていいって言ってました。なのでちょっと長くなるのですが、聞いてほしいのですよー」
「―――ということがあったのですよー。なので今豹さんを追っているのは、アリスさん・ユキさん・夢子さんたち魔界のみなさんと、お山の神社の巫女さん、それと地底の妖怪さんなのですよー!」
「…思ってた以上にまずいことになってるのね。幻想郷の高位妖怪にも、豹を追い出したがってる奴がいるってことか…」
「そして一番重要なところが、地底の妖怪たちにリリーが囚われてしまうわけにはいかないということですか…彼女たちからすれば、リリーが最も豹さんに近いところにいた相手と見られてしまっている。豹さんを追っている方々はともかく、地底の一般妖怪が地上の妖精であるリリーに容赦するはずがない…そこまで考えて妹紅さんを頼ったということですね」
リリーの話を聞き終えて、豹が私を頼った理由がわかった。要するに、すでに逃走に協力している仲間…今の話で確定したのはプリズムリバー三姉妹とカナ、厄神の鍵山雛と白狼天狗の犬走椛。彼女たちにはもう
今のところ私は幻想郷からも魔界からも中立で、命蓮寺からの距離も遠くない。そして今まで名前の挙がった豹の協力者たちと比べて、私は戦力として頭一つ抜けている。足手まといを連れて逃げることの難しさは私も知っているからこそ、豹は一人で逃げることを決め…私にリリーを任せたということだろう。
リリーを守らせることで、私が豹を追うことが無いようにしている。
(それもそうだよな…今の私のところには、永遠亭の関係者が普通にやって来る。
私の動きから、豹の存在が永遠亭に漏れる可能性があるってこと。
それは…豹にとって最も避けるべき追手を増やすということなんだしね…)
私が一番知りたかったこと…何故豹は私を避けるようになってしまったのか。
答えはもうわかってたけど、その理由を知りたかった。
その理由を…今、リリーが教えてくれた。
「【道を踏み外すことになったきっかけ】、か…
まさか、月にいた頃の永琳と殺り合ってたなんてね。私を年下扱いできるわけだ」
「…?妹紅さん、それはどういう?」
「ああごめん、気にしないで。
星、リリーを連れて来てくれてありがとう。豹の依頼通り、リリーは私が守る」
「あ、はい!お願いします!
悔しいですが、信徒たちが妖精を好意的に見てくれることは無いと思いますから…」
「仕方ないよ。それは阿求が悪い」
「ごめんなさい妹紅さん、しばらくお願いするのですよー。
邪魔にはならないようお手伝いしますので!」
星がつい溢してしまった言葉に反応しちゃったけど、一番大事なことの答えを出すことで誤魔化した。
リリーがカナから聞いたという豹の魔界での活躍…【月の天使を助けた】という言葉を『豹が永琳を警戒する理由』に繋げられるのは、豹と永遠亭両方のことをある程度知ってる私だけだろう。もっと詳しく話を聞きたいところだけど、星が豹の完全な味方だとは言い切れない以上、ここでリリーを問い詰めるのは得策じゃない。
「それで、星はどうするんだ?私は豹に力を貸すけど、命蓮寺の立場からすると下手に動けないだろ?」
「…リリーが話していない点が一つありまして。聖は魔界に封印されていた際に、魔界神である神綺様と交流があったそうなのです」
「…は?」
「今リリーが話した通り、明日にも神綺様が幻想郷に訪れるかもしれないのですが…聖も私も一度直接話をしようと考えています。私にとっては、封印された聖を保護していただいた恩人でもあるので。
ですから、私達は一度話を聞いてからどう動くかを決めることになると思います」
「…豹さんのために動いてはもらえないのでしょうか」
「ごめんなさいリリー、私達は信徒も守らなければならないのです。豹さんからも『護るべき者を間違えるな』と言われてしまっていますしね…」
「まったく豹は…どこまでお人好しなんだか」
自分が逃げてる状況で顔も知らない命蓮寺の信者まで気にかけたのか…昔からずっと思ってたけど、逃亡者に向いてなさすぎだわ。
「ですので、今日のところは一度帰らせていただきます。リリーから豹さんについて沢山教えてもらいましたから。
そして、神綺様とお話をした後で…私がもう一度妹紅さんとリリーに話をしに参ります。豹さんはここにリリーを送る者に私を指名しました。毘沙門天代理としての責務を問題なく務めていると、豹さんは私を信じてくれたのです。
私を信じてくれた豹さんをただ見捨てるなんて出来ません。ですから…必ず妹紅さんとリリーに私から命蓮寺の選択をお伝えします。豹さんに、私達の動向が伝わるように」
「…そうかい。私が止めるわけにはいかないね。
なるべくここにいるようにはするよ。もしここに私がいなかったら、寺子屋の慧音に聞いてみてくれ」
「はい、わかりました。
それでは失礼します…リリーも、今日はありがとう」
「いえいえ!リリーこそありがとうなのですよー!
星さんもお気をつけて!」
…軽く話には聞いてたけど、本当に妖怪とは思えないねこの虎妖怪。見た目を術なんかで誤魔化せば人間として人里に混ざることも出来るんじゃないかなあ。
雪の中を去っていく星の背中を見送って、隣のリリーに語り掛ける。
「リリー、もう少し詳しいことを聞かせてもらうよ?」
「はい、答えられることはみんなお答えしますよー!
リリーだけじゃ、豹さんのお役に立てませんので…妹紅さんが豹さんをお助けするのに必要なことを、みんな聞いてください!」
リリーも素直ないい子だね。豹の代わりに、私がしっかり守ってあげないとな。