「そうね…天狗の一員である椛の立場であれば、障碍の神と呼称するのがわかりやすいかしら」
「障碍の神…ですか?
ええと…不勉強で申し訳ありません。我々天狗は障碍の民の祖が二つに分かれ、山に住んだ存在ということぐらいしか覚えていないのですが…」
「白狼天狗の椛がそう返せるだけでも天狗の歴史をよく理解できているわ。
その二つに分かれた障碍の民の祖…仏の後ろに潜んだ障碍の秘神が摩多羅隠岐奈の一面よ。いわば、貴方達天狗の天敵でもあるわ」
「…障碍の秘神、ですか。ですが、一面ということは」
「はい、摩多羅隠岐奈は多数の神格を持つ秘神にして幻想郷を管理する賢者の一人。その正体は私や紫でさえ把握できていない」
…覚悟はしていましたが、やはり私のような者は場違いとしか言えない世界のお話になっています。豹さんのために出来ることなんて、ほとんどないような。
ですが、退くわけにはいきません。私より力を持たないリリーでさえはっきりと豹さんのために動こうとしているのですから。
「ですが、その隠岐奈様も管理者の一人なのですよね?それならば豹さんと博麗の巫女が交戦することで、幻想郷と魔界が決裂してしまうことも理解しているはずでは?」
「ええ、そこが現状最大の問題になるわ。
隠岐奈は『幻想郷と豹は二者択一』と言い切ったのですが、その理由は【魔界が受け入れた豹は幻想郷を崩壊に導く存在】だから…たしかにそれも間違いではありません。永く八雲の隠者として活動した豹であれば、魔界からどこに侵入すれば幻想郷を崩壊させられるかを熟知している。魔界側の作戦立案を豹が行えば、簡単に幻想郷は滅びることになるでしょう。
―――ですが、魔界の上層部も豹本人も幻想郷との敵対は望んでいないのは紫と夢子達の会談ではっきりしているのです。これを紫が伝えても隠岐奈は豹の排除を優先すべきと意見を曲げなかった…豹を幻想郷に留めるのも魔界に引き渡すのも危険だと」
「…どういうことでしょうか?隠岐奈様ともあろう方が、魔界との亀裂を深めるような方針を貫くのであればそれなりの理由があるはずです。ですが、茨華仙様のお話を聞く限り幻想郷側が不干渉を貫けば魔界との関係は現状維持を保てるように思えます」
庭渡様が疑問を返しますが、茨華仙様もそう考えていたようですぐさま返してくださいました。
「私もそう判断しているけれど、そう簡単に話がつかない理由があるわ。
一つは、紫自身が豹を幻想郷に留めたいと考えている点。八雲は豹の行動を制限するために中立を保つと口では言ってるけど、紫も藍も豹に入れ込み過ぎてる。そして椛や勇儀のように、幻想郷の住民にも豹を魔界に帰したくない者が予想外に多いのよ。今の状況で豹を魔界に引き渡そうとすれば、その引き渡し場所に間違いなく襲撃を掛けてくる…それは戦争の引き金になる」
「ま、そうだろうねえ。私が軽く椛から聞いただけでも覚悟が決まってるのがそれなりにいるんだ。黙って見送るなんざ出来るはずもない」
「逆に隠岐奈からすれば、排除できないのであれば魔界の上層部が豹を幽閉するという確約と、履行されているかの経過観察は最低限譲れない一線。でも夢子とユキが【迎えに来た】という立場で交渉してきた以上、豹に対して魔界が厳しい処分をするとは考えられないから強硬な態度を崩せないということ…管理者の紫と隠岐奈で真っ向から方針が対立しているから、幻想郷側の意思統一が不可能なのよ」
…茨華仙様ですら仲裁に入れない状況ですか。こうなっている以上閻魔様とそこに繋がる庭渡様はとても重要な位置になりますね。問題は、情報だけで豹さんのことを閻魔様に白と見てもらえるか…でしょうか。
「もう一つが月絡みの問題。先程の会談で初めて知りましたが、魔界と月でかつて衝突があり…その当事者に豹と八意永琳の名前があった。そして神綺とサリエルという当事者もまもなく幻想郷に到着するそうです」
「―――!?
まさか、豹さんが永遠亭を徹底して避けていたのは…!」
「ええ、まず間違いなくこの一件絡みでしょう。そして、隠岐奈が豹を排除すべきと考えている最大の理由もおそらくはここにあります。
月は八意永琳のこともあり幻想郷を注視している…遷都候補地として実地に斥候を送り込める程度には。そこにかつて月に侵入した魔界人が潜伏しているなどと知られたらますます警戒される。そしてその事実すら月の都を窮地に陥れた神霊と地獄の女神には利用されてもおかしくない、と。
豹が存在すること自体が、再び月の都からの干渉を受ける可能性を引き上げ…それ以上の強大な神であるヘカーティア様の介入を招きかねない。
紫と隠岐奈の最大の溝がここです。全てを受け入れることが基本な紫と、過度な干渉は撥ね付けるべきという隠岐奈。豹の対処によって、管理者同士も一枚岩ではないということが表面化してしまった」
「へえ、そりゃまた豹に興味が出てくる話じゃないか!まさかあのヘカーティアすら動かしかねない位置にいたとはねえ!」
「勇儀、お願いだから豹相手で満足してよ?ヘカーティア様に動かれると本当に誰も軌道修正できなくなるから」
「安心しな、キクリさんも関わってる以上私の動きも伝わるだろうしね。酒がろくに飲めなくなる地獄に放り込まれるのは流石の私も御免だし、ヘカーティア直々に動くような真似は自重するさ」
「信じるわよ。最後に少し話が逸れたけど、隠岐奈が豹の排除を優先する理由がこれ…あくまで予想だけど」
…本当に話の規模が大き過ぎて、ついていけるか不安になってしまいます。
ですが、ここで臆するわけにはいきません。私はもう妖怪の山を頼ることは難しく、退いてしまえば勇儀様からも見捨てられてしまうのですから。
「…隠岐奈様のことはある程度理解できました。豹さんを幻想郷に留めたいと考えている私にとっては、敵だということも。
ですが…茨華仙様はこれからどう動くのでしょう?勇儀様と庭渡様と違い、私では足手まといになってしまう可能性がありますが」
「当面は魔界と完全に決裂してしまう状況を避けるために動くわ。現状、豹との接触を避けさせるべき相手は隠岐奈の支援している霊夢と魅魔の一派。次いでアリス・夢子たち魔界の住人―――今進めるべきは幻想郷と魔界双方が納得できる豹の処遇を検討することだわ。そのためには魔界神がこちらに来てから再度会談して詰めていくべきなのだけれど…魔界の住民はともかく霊夢たちは問答無用で豹の排除もしくは魔界への追放を強行しかねない。そうなると豹を支援する一派が実力行使に出てしまって収拾がつかなくなるから、この二派閥が交戦する前に止める必要がある。
だから、私たちがすべきことは霊夢と魅魔一派に風見幽香の監視。余裕があれば豹の捜索と、アリス達の動向把握になるわ」
「そうなると、私達4名だと人員不足ですね…
茨華仙様、四季様は会談を終えた後なんと仰っていましたか?」
「帰り際に『幻想郷と魔界で戦争になるような行動を確認した場合、私も介入します』とだけ魔界人に警告しただけよ。つまり、まだしばらくは静観するようね」
「そうですか。茨華仙様、私は四季様から『手が足りないようでしたら小町も使って構いません』と指示されていますが、協力を求めておいた方が良いですか?」
「っ!?お願いしていい?管理者同士の仲違いを前提に動く以上、戦力足り得る存在はいくらでも欲しいわ」
「わかりました、では私は一度小町さんを探してみましょうか」
「それでしたら、私が力になれます。豹さんから探知・索敵魔法は色々教わりましたので!」
「あ、助かります。では、一度外に出ましょうか」
「その辺は任せるよ。それで、具体的に私はどうすりゃいい?」
「勇儀に向かないのは重々承知してるけど、少し待機してもらえない?
事態が動いたら即座に現場に向かえるようにしておきたいわ」
「そうなるよなあ。ま、酒を出してくれた以上文句は言わないけどね」
私一人では何も出来ない。だからこそ、協力してもらえる方は一人でも多い方がいい。
庭渡様に協力者の伝手があるのでしたら、それに頼るべきでしょう。
「小町さんというのは、死神の小町さんですよね?」
「はい、椛も知っているのですね」
「このお屋敷に出入りする数少ない方ですからね…妖怪の山への侵入を直接阻止出来たことはありませんが、情報を整合することで誰のことなのかの判断は付きます。これでも千里眼の使い手としては悪くないという自負もありますので」
庭渡様と共に一度茨華仙様のお屋敷を出ます。それでは、方術の影響が出ないように探知魔法を展開しましょうか。
「それでは、庭渡様はこのお屋敷周辺から三途の川方面を探してみていただけますか?
私は人里方面に探知魔法を展開してみますので」
「…その、椛?簡単に言っていますが、どうすればそのようなことが出来るのですか?」
「あっ」
そうでした。これまでは私個人が必要な時にだけこのやり方で魔法を行使していましたので問題は無かったですが、これも本来は豹さんのおかげで扱えるようになった私の奥の手のようなものです。戦闘向きではないので隠す必要は無いのですが、先に説明をしないと理解できないですよね。
「ええとですね、豹さんに教わった魔法の使い方でして。千里眼の視界から探査魔法や索敵魔法を派生させることで私の探知・索敵範囲を広げることが出来るんです。私の視界を核にしている以上、派生させられる魔法はごく僅かなのですが…哨戒任務を主とする私にとって、有用が過ぎる技術です」
「…いえ、本当に簡単に言っていますがどういう技術ですかそれは。
関所の門番を務める私にとっても有用な技術です…それを椛に伝えることが出来るということは、ヒョウも同じことが出来るということですよね?」
「豹さんの場合は、千里眼と同様の効果を持つ遠見の魔法も行使する必要があるそうですが。
もっとも、そんな事をせずとも少し本気を出して探査・索敵魔法に集中すれば幻想郷全体に効果範囲を広げられるそうですので…豹さんがこの技術を扱うことは、少なくとも幻想郷においては無いはずです」
「………勇儀さんが認めた存在である以上、彼がどれほどの者であろうと驚かないつもりでいましたが。
想像以上の実力者なのですね。少し本気を出すということは、普段は魔力を抑えて活動していたということですね?」
「はい、豹さんが言うには『魔力を封印しておかないと追手が来たらすぐ探知される』とのことでした。今でも私どころかアリスさんでさえ豹さんの位置を把握できていない理由は、豹さんは近くで見合っても集中しなければ魔力を感じられないほど自身の魔力を封じているからです。
そして、その状態で上級魔法を扱うことを研究し続けていた…おそらく、高位の魔法使いであるほど豹さんの研究に価値を見出せるのだと思います」
「そうでしょうね…本業の魔法使いではない私や椛でさえ、これ以上なく有用な技術です…幻想郷で永く潜伏できていたのも納得できます。
そして、隠岐奈様が警戒してしまうのも仕方ありません。私が把握している限りのヒョウの魔法や技術だけでも、八雲の隠者として持つ情報と組み合わせて暗躍されてしまえば幻想郷はひとたまりもなく崩壊してしまうでしょう。それを防ぐためにも、博麗の巫女たちに先を越されるわけにはいきません。
ヒョウが守りたいと思える幻想郷であるために…!」
庭渡様には私達が危惧していることを正確に理解してもらえたようですね!今の豹さんはまだ幻想郷も守ろうとしてくれている。でも、問答無用であの乱暴な巫女たちに襲われてしまえば…幻想郷ではなく魔界を守ることを優先してしまう可能性があるのです。
豹さんは今でも…魔界を守ろうとする気概は変わっていないのですから。
「はい、どうか力を貸してください…!」
「もちろんです。私からこそお願いします…!椛たち彼のことを慕う皆がヒョウのことを支え続けてくれれば、彼が幻想郷を見捨てることはないはず。
話を聞いただけの私でも、そう予測できますので」
しっかりと庭渡様にそう返してもらえて、豹さんが今まで私以外の皆様にも優しくしていたことがここで良い方向に作用したのがわかりました。
豹さんのことを話すことだけでも、味方を増やすことが出来る。そんな豹さんだからこそ、私は豹さんの力になりたい。そのために、今為すべきことは…!
「―――あれ?小町さん、今日は珍しく三途の川にいますね。仕事をする気分の日だったのでしょうか?」
「あ、それならすぐに向かった方がいいでしょうか?そろそろいい時間で…
―――っと、これは…?」
「椛、どうしました?」
今日初めてお会いした方ですが、この強い魔力は間違いありません。それに…
「…古明地こいしさんが妖怪の山に戻ってきています。それも、私が知らない魔力と一緒にです」
「それは…勇儀さんに判断を仰ぐべきでしょうね。報告に戻りましょう」
敵か味方か、判断が難しい相手ですが…守矢神社には明日になってからお呼びしていたはずです。
何か知っている方を連れてきてくれたのかもしれませんし、一度勇儀様と茨華仙様にお聞きしましょうか。
アンケートへのご協力ありがとうございます!
前話を投稿した時点では拮抗していたのが一気に傾いてて驚きました。来週末までは引き続き置いておこうと思ってます。
特別編と本編の進行、どちらを優先した方がいいでしょうか?
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特別編で状況把握したい
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本編早く進めて