「あらあら…豊聡耳様も随分と嫌われているようで」
私の予想通りあの方は空間魔法で夢殿大祀廟を離れようと考えていたようですが、入り口を開いただけで私が干渉していることに気付いてしまいましたわ。小型の梢子棍を入口越しに振り入れた理由に見当は付きませんが、出口が仙界に繋がったことはすぐ把握できたようで。入り込まずに夢殿大祀廟での迎撃という選択を取ってしまったようですわね。
(先発隊は鬼に覚妖怪と面霊気、それに後発の茨華仙と死神に庭渡神ですわね。あの方のお手並み拝見とするには強力過ぎますが…私個人で相手取るのも避けるべき戦力。
そうなりますと…消耗したところを横から掠め取るべきかしら)
私と芳香で助力したとしても単純な戦力比が4対6。白狼天狗はこの中において一枚下ですので、実質倍の数を相手取ることになる以上あの方と肩を並べて戦うというのは不採用。とはいえ足手纏いになりかねない者を連れて3倍の数を迎撃した結果、あの方が地底や茨華仙の屋敷に移動してしまわれると私から足を延ばすのも少々リスクが出てしまいますわ。
そうなりますと、頃合いを見計らって戦場に介入する必要はあるということですわね。
「芳香、いらっしゃいな」
「ほいよ!」
(逃走の障害になるのは勇儀ではなく後詰の茨華仙と死神。特に距離を操る死神には出口を把握された時点で空間魔法の意味が無くなる…つまりユキに把握させないことも踏まえて脱出用の魔法具を一つ使うことは確定。
…なら、麟を頼るのを前提にすべきだな!勇儀と真正面からやり合った上で邪仙の干渉範囲外に移動。そこから麟の家に脱出して俺の反応を見失わせた上で、俺が麟の元に出向くか麟を家に呼び戻して治療がベスト)
今の状況で魔力遮断領域外に空間魔法で移動するのは状況を悪化させるだけだ。ユキと夢子に把握される上、小野塚小町が追手に加わっている以上空間魔法で距離を稼いでも一気に詰められるからだ。そして紫さんと藍が今現在何処にいるか把握できていないから、二人の持つ出口を使うのはリスクがある。運悪くユキや茨華仙が把握できる位置にいた場合俺とまだ繋がっていることが明るみに出ちまうからだ。
そうなると必然的に麟を頼らざるを得ない…が麟本人は隠れ家に移動中。魔力遮断領域を解除してある隠れ家に飛べばすでに位置を把握しているユキが即座に向かってくるだろう。となると脱出地点は麟の家しか選択肢が無い。
(となると、交渉なんぞせず真正面から勇儀と再戦するべきか?
麟に治療してもらうのを前提にした上で椛の言葉を信じれば、一度殴り合えば協力してくれるという勇儀をこの場で味方に付けられるってメリットがある。一段落したらまた再戦とか言われそうだが、これ以上ない協力者―――勇儀なら、俺の件が片付くまで裏切ることは無い。ある意味誰よりも信頼できる相手だ)
なら、俺が今打つべき策は…!
「椛、一つ確認させてくれ。茨華仙の立ち位置はまだ中立か?」
「…私はこのような状況に慣れていませんので、正しく見れている自信がありません。ですので茨華仙様のお言葉をそのままお伝えします。
『今進めるべきは幻想郷と魔界双方が納得できる豹の処遇を検討すること』だとおっしゃっていました」
「少なくとも問答無用で俺を捕らえにかかることは無いってことだな。
椛、もう一つ頼まれてくれるか?」
「ははっ!まさか堂々と顔を合わせてくれるとは思ってなかったよ。
久しぶりだねえ、豹」
「ああ、もう千年は過ぎた気がするな…それでも忘れられるはずもないが」
「嬉しいこと言ってくれるね!私も忘れられやしなかったさ。
あれだけ楽しめた喧嘩は中々なかったよ。逃げ切られたってオチだったのに、豹のことを嫌いにはならなかったぐらいにさ!」
「俺の事を敵視してないってのを、勇儀から先に口に出してくれたのはありがた過ぎる。
満足してもらえれば、椛の言う通り俺に力を貸してくれるってことだな?」
「勇儀さんだけじゃなくて私も手伝うよー!さっき軽く遊んでくれたお礼に、地霊殿へ招待してあげる!」
勇儀は嘘を嫌う。つまり俺が気に入らないから助力を拒否するという可能性は無くなった…!
萃香が相手だとこうはいかなかったと考えれば、発見されたのが勇儀なのは幸運だったな。
「悪いがこいし、これ以上紫さんに迷惑をかけるわけにはいかないんだよ。黒い怪人でもある俺は地底から見れば地上の有力者、相互不干渉違反に思いっきり引っ掛かる」
「ぶー!そんなのお姉ちゃんがどうにかしてくれるし、私と勇儀さんでゴリ押せるのにー!」
「…こいしもそんなに気に入ってるんだ。たしかに、格好いいお兄さんだけど」
「君が秦こころだな…俺と敵対する必要が無いなら、見逃してくれないか?」
「味方に付くのでお話を聞かせてほしいです。なのでこいしに手を貸します」
「ま、そういうこったね。私らは豹を捕まえに来たわけじゃない。
ただし、あの時高飛びした詫びは先にしてもらうけどね!!」
どうやらまずは勇儀が俺とサシで
―――それなら、この二人は椛任せだ。もっとも理想を言えばどう転がろうと不確定要素にしかならないこいしは邪仙を逆に利用して仙界に追放したいんだが…そう上手くはいかないだろう。ならば脱出の妨げにならない程度に抑えられれば十分。そのためには、まずこれを説明する必要がある…!
「ああ、逃げようのない状況になっちまったからな。
この喧嘩、受けて立つ…だが、その前に何故俺が空間魔法で逃げなかったのかを説明させてくれ」
「あ、そういやそうだねえ。華扇がまだ追い付いてない以上、椛と一緒に逃げられてもおかしくなかったか」
「…茨華仙様は、そこまで読んで二手に分かれたのですか」
「そうだろうねえ。というかそうなった時のための増援要請だろ?策に疎い私でも、椛が豹を優先する可能性はあると思ってたから細かいとこを任せたわけだし」
「泳がされていたわけですね…」
「気にするなよ椛。先行して俺に情報を伝えてくれただけで俺の助けにはなってるんだからな。
…それで、俺がここから逃げなかった理由だが。見事に罠に掛かっちまってな、今ここから空間魔法で移動すると、仙界に強制送還されるよう干渉されている」
「仙界…!霍青娥ですね」
「その通りだ。ここに俺一人で侵入したことに気付かれて、取引を持ちかけられたんだが。豊聡耳神子と接触するわけにはいかないから断ったんだよ。その結果がこのザマ…どうやら思ってた以上にあの邪仙は俺に価値を見出してるらしい。
逆に聞くが、こころは仙界に行ったことがあるのか?」
「…正直に言うと、仙界から幻想郷に帰る道ぐらいしか覚えてないです」
この返しで最悪の事態になっても案内役を送り込めるのが確定、これはかなり助かるな…!
椛が巻き込まれて仙界に飛ばされても、こころに救出を依頼できる。代償に何を求められるかは読めないが、初対面のこころであれば核心を突く要求はしたくても出来ないはず。
それは即ち、
「まあ、勇儀に伝えたいことを要約するとだ。
この地下廃墟一帯には魔力遮断領域を展開し終えてるから、本気を出しても外には探知されない。だが本気の俺が領域外に出ると即刻魔力を探知されて魔界の追手が向かってくる。つまりサシの喧嘩どころじゃなくなっちまう」
「要するにだ、霍青娥とやらの介入で中断される可能性は受け入れて、ここで
「そうだ。こうなった以上、俺としても勇儀には力を貸してもらいたいところだからな。
―――満足してもらうためにも、全力を出させてくれないか?」
それは、俺の中でも腹を括った言葉。
逃走という選択を捨てて、戦闘という選択を…数百年振りに選んだ言葉。
そう、ついこないだ夢幻姉妹や幽玄魔眼と交戦した時とは違う。チャンスがあれば逃げることも視野に入れていたあの戦闘とは違い。
エリーとくるみの力を借りて、夢幻姉妹の足をすくった、あの戦闘とも違う。
妖忌との手合わせ以来、本当に久し振りの…俺一人の力だけで勝利を狙うという。
闘争本能の到達点…勝利への渇望を満たせる闘いへ赴く歓喜を、隠せなかった言葉。
「くっ、くくく…あっはっは!!」
そして、漢の闘争本能というものを。
とてもよく理解し、好む勇儀には。しっかりと伝わっていて。
俺と同様に、歓喜してくれたのだ。
「私からお願いしたいぐらいだよ!!豹のその本気になった眼差し、全く変わってない!!
私と同じで平和ボケしてるのかもしれなくても、心の底はあの時のままだ!!
逃げ切るために萃香を引き離した先で、私だけ見れた本気の豹!!
逃げることを捨て去ったその本気は、たった一回の交錯だけでも忘れられやしなかったさ!!」
鬼の四天王を二人同時に敵に回して、逃げ切るのは俺でも不可能だった。
だからこそ、俺の切り札…サリエル様の魔眼を。振り切るのが難しい能力持ちの萃香に向けて切った。
そして、俺にとって理想的な全力を出せる相手である勇儀に…全力を叩きつけ。それによって出来た一瞬の隙を突き空間魔法で離脱したのが、俺と勇儀の勝負の結末。
今回は、一瞬の隙を突いても逃げられない。その前提があるからこそ、勇儀も歓喜している。
「椛、こっちに来るついでに
本当に久しぶりに、全力で殴れる相手だ。手加減なんて失礼さね!!」
「…はい、お預かりします」
椛が畏れの表情を浮かべながらも星熊盃を大切に受け取り、こいしとこころの元に移動する。
巻き込まないよう気を使ってくれるのはありがたい。こいしですらその気になった勇儀に茶々を入れる気にはならないらしく、こころと並んで大人しくしていた。
鬼の四天王の全力だ。下手に動けないことを本能的に理解しているのだろう。
そして俺も、封じていた魔力をすべて開放し…勇儀の全力に応えるための魔法だけを展開・行使していく。
「さあ、受け止めて見せな豹!!」
「言われなくとも!!受け止めなきゃ死ぬからな!!」
俺が使う魔法は単純な魔法だけ。肉体強化魔法を限界まで強化し重ね、同じく障壁魔法を右の拳に集中的に展開し、衝突の瞬間に風魔法で加速し威力に上乗せする。
俺と勇儀は、闘争において性根も闘い方もそっくりなのだ。お互いに小細工なしの全力のぶつかり合いなら、することは同じになる―――全身全霊を込めた右拳での正拳突き!!!
「「うおおおぉぉぉぉ!!!」」
それは、示し合わせたような咆哮と共に―――俺と勇儀が同時に飛び出し、お互いの拳が真正面からぶつかり合い!!
衝撃を逃がせるはずもなく、吹っ飛ばされた。