寂しがりやな魔界人の幻想郷逃亡録   作:影就

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第168話 低過ぎた戦力評価

「―――ま、結果としてこういう状況になったわけだ。これだけの大物なら私らに渡しただけの情報しか持ってないってことは無いだろう?これだけの危険人物に早苗をぶつけるってんなら、全部吐け。それが出来ないのであればここで叩き潰す」

「…まずは謝罪しよう。すまなかった…まさか八雲の隠者が月に単身殴り込めるだけの規格外だとは把握していなかった。私は隠密行動に徹していた豹しか知らなかったのだ」

 

我ながら軽率な判断だったと認めざるを得ない。厄介者の豹を魔界に追い返す好機だというのに間違いはなかったが、八雲の隠者となる以前の豹の情報を得ずに動いたのが間違い。八雲の隠者として幾度も妖怪の山に入り込んでいた隠密能力と、典が身をもって知った奴の精神守護能力、そして私の手が届く範囲で調べ確信を持った攻撃魔法が不得手という弱点。そこから豹は隠密行動専任であり、中長距離戦闘であれば捕獲は難しくとも撃退はされないと踏んで守矢に状況を探らせようとしたわけだが。

 

「勇儀様がわざわざ私に断りを入れに来た時点で察するべきだった…勇儀様にとって豹は【再戦するに値する相手】。それだけの男が隠密行動専任のはずがなかったわけか」

「…嘘は言ってないようだね。大天狗のお前さんが真っ先に頭を下げるなんざ普通はあり得ない、つまり情報不足だったのは依頼人もだったってことかい」

「ああ、だからこそ今後は全面的に援護しよう。射命丸、しばらく風祝の補佐に付け」

「あやや、こんな時間に呼び出した挙句首を突っ込むなと言っておいて今更ですか?」

「状況が変わったんだ、取材も同時に行って構わん。一度襲撃し逃げられている以上、守矢は八雲と魔界から敵視される。そして今の状況で守矢に豹の情報を流せた存在は消去法で私か摩多羅隠岐奈に絞り込まれるだろう。

しらを切ろうが繋がってると断定されるなら、勝手に行動されて困る射命丸の手綱は握っておきたいからな」

「信用が無いですな。いくら私でも魔界と戦争になるような案件で利己的には動きませんよ」

「どうだか。正直言って味方にしても信用できないわよこのゴシップ記者は」

「そうですね、後ろから殴られることは無くても写真だけ撮ってさっさと帰りそうです」

「失礼な!私は記者である前に天狗社会の一員ですよ!」

「どの口が言うんだか…私にすら射命丸って天狗の悪評は届いてるんだがなあ?」

「なんですと!?」

 

本っ当に射命丸は射命丸だな…妖怪の山の事情にある程度通じている守矢神社の神と風祝だけでなく永遠亭の玉兎にすらこの扱いなのか。はっきり言って天狗に対する風評被害の9割は射命丸の取材活動が原因な気がしていたが、あながち間違いでもなさそうだね。

 

「とはいえ、今謝罪したとおり私も豹の情報はほとんど持っていない。話せることなど無いと思うが」

「全部吐け、と言ったよ?今日の昼過ぎに厄神が私んとこに来てねえ、『天狗に豹の情報を流してるのは、貴方たちかしら?』なんて聞いてきた。どうして彼女がこの依頼を見抜けたのか―――その原因をまず聞かせてもらうよ」

「っ!?なるほど、あの厄神は私を敵に回す覚悟を決めて動いたということか」

 

防げない厄を周囲に振り撒くがゆえに、孤独を過ごす厄神・鍵山雛。私が八雲に借りを作ることになった元凶であり、その種族特性から私の支持者も追放するべく動くことを諦めている存在。

豹と定期的に会うことを黙認すれば誰にも害を為さない彼女を、わざわざ追放するため接触し自ら厄に塗れようとする奇特な者などいないわけだ。

 

―――逆に言えば、彼女が豹の力になるべく協力者に接触するだけでも私達にとって有利に働く。彼女の厄を防ぐのは非常に難しいのだから。つまり、私達はまだ完全に運に見放されたわけではないということでもある。

 

「そうだな、私の失態とはいえ伏せるべきではなかったか…とはいっても、細かく教えるべきことがあるような話ではないんだが。

鍵山雛は数少ない【豹と私的な交友がある存在】だった。そして彼女に会うために豹は妖怪の山への侵入を繰り返していてな…あの一件が起きる前から、豹の目撃情報は数回あった。もっとも、そのうちの一つは現在の天魔様、一つは私…天狗の中でも最上位の者しか見たことが無かったわけだが。

私が大天狗の座に就いたのがその頃だ。そして、当時は男尊女卑がまだ色濃く残っていてな…私の大天狗就任に反発する天狗もかなりの数がいた。そして私が目撃した豹のことを典に教えていたことで、典が功を焦ってしまった」

 

今になって振り返れば、この時点で典を止めなかったのが私最大の失敗だったのだろう。私以外に目撃できていたのも天魔様や華扇様のような強者だけだった謎の男…典一人で手に負えるはずもなかったのだ。

 

「反対派を黙らせる功績に出来ると典は判断したんだろうね。豹の目的が鍵山雛であることに当たりを付けたのまでは流石だったが、そのまま豹に接触して誘導しようとしたのが典の失態…もっとも、この先走りのおかげで豹の能力を一気に二つ見破れたという成果もあったわけだが」

「それが私にも教えていただいた、精神防御能力を持つ空間魔法使いという情報なのですね」

「そうだ。典は力も能力も直接戦闘には向かん。だというのに()()()()()()()()()()()()()ことで豹の能力が割れた―――これは結果的に私にとって大きな手札となった。だからこそ紫も即座に取引を持ちかけて来たのだからな」

「取引?あの胡散臭いスキマ妖怪と?」

「いかにも。私と典が知った【八雲の隠者の詳細】を伏せる代わりに、私の大天狗就任に反対した天狗の排除を八雲の手で強行するという条件で取引をしたのさ。とはいっても、拒否するなら典は解放せず口封じするという前提があったから脅迫に近かったが。

…私にとっては悪い話ではなかったからね。そもそも天魔様も男尊女卑の是正を狙って私を抜擢した面もあるからこそ、取引に乗った私に全面的に協力してくれると踏んでいたしな。

天魔様の助力もあって二日で片付けて典も解放された。紫に大きな借りと口止めを負わされたとはいえ、結果だけ見れば私にとって良い結果になったわけだ。だからこそ私から豹の存在を広めることはしなかったのだからね。

だが、八雲の方から豹を切る方向に動くと伝えて来たんだ。私怨が入っているのは否定しないが、我々天狗の支配体制と戦力に直接影響を与えた男絡みの案件だ。独自に情報収集するのは何もおかしくないだろう?」

「…ま、わからなくはないよ。早苗を巻き込んでなけりゃ私も黙認してただろう。

それで、その典ってのは何処に居るんだい?」

「私より典の方が豹に対する恨みは深いからね、私が守矢神社へ依頼に出向いた時点で独自に動いていた。だが勇儀様の介入は計算外だったようでね…これ以上策を巡らせると典も勇儀様の攻撃対象になり得ると判断して潜伏させたよ。せっかく紫から無事に救助した部下だ、勇儀様に粛正されてしまうのは勿体ないからね」

「…あれ?勇儀様というのはこいしさんと合流していた鬼ですよね?

再戦に値するってことは、一度目の戦いのことは大天狗様は知らないということなのですか?」

 

風祝がそこに気付くとはね。博麗の巫女ほどではなくとも、こういったところへの直感は侮れないか。

 

「正確に言えば知らなかったわけではないが、当時は【萃香様と勇儀様が逃がした八雲の隠者】と【妖怪の山に侵入している謎の男】が同一人物だとは妖怪の山の誰も気付いていなかったのさ。ほとんどの鬼は地底に向かった後だったから、鬼の四天王絡みの話題もだいぶ少なくなってきた時期だったからね。

だからこそ勇儀様の介入は私にとっても計算外…下手に動かれると管理者共は元部下として私や天魔様に責任を押し付けてくるだろう。その可能性も考えてこの案件の情報は掴んでおきたいんだ。だからこそ射命丸を呼び出したわけだしね」

「勇儀様の後始末を私にさせる気ですか!?冗談じゃありませんよ!?」

「話は最後まで聞け射命丸、後始末に私が出向くべきだと判断したからお前に頼むんだ。勇儀様が派手に動いたことを確認したらすぐ私に伝えろ。地底と管理者相手の調停は私がしておく」

「ああ、それならいいでしょう。あくまで補佐として同行するだけ、主目的はむしろ勇儀様の動向把握というわけですな?」

「そういうことだ。これは守矢神社にとっても必要になる…地底との繋がり、切るつもりはないのだろう?」

「そうだね、少なくともエネルギー関係で協調してる地霊殿との縁は切れない。その繋がりを管理者が問題視してきた場合は、お前さんに任せて良いってことだね?」

「ああ、私としても守矢の名前を使えると交渉が楽になるからね。お互いに益のある取引だろう」

「いいだろう、この場でシメるのは無しにしてやる。

ただし、もう少し情報は出してもらうけど」

 

やれやれ…なんとか勢力として孤立することは避けられたようだな。守矢神社と永遠亭が同調してくれるのであれば、紫も私達を表立って敵には回せない。目下最大の問題は魔界なのだから、魔界と豹を差し置いて先にこちらと事を構えることは無いだろう。

 

「次は豹とやらの能力についてだ。これも今ここで詳しく説明しな」

「…それは先に伝えた能力以外は本当に知らないんだがな。射命丸と玉兎にも話せということか。

空間魔法使いというのは言葉通りだ。紫の操るスキマほど万能ではないようだが、奴は妖怪の山から紫の屋敷に空間魔法で直接移動できる程の高位空間魔導士。私が典を救出できず、捕虜交換の形で取り戻した理由がこれだ。強大な魔力反応と同時に典の反応が一瞬で消失したからね…あの時は紫の仕業だと思い込んだよ。後になって紫並に空間魔法を扱える別の存在を教えられて更に驚かされたわけだが」

「…お師匠様の記憶の裏付けになるわね。一個人が空間魔法でスキマ妖怪の屋敷に飛べるなんて、先にお師匠様の話を聞いてなかったらとても信じられないわ」

 

成程…永遠亭も豹を危険視するだけの材料があったということか。風祝が独断で永遠亭に向かったのは良い方向に進んだようだね。

 

「もう一つの精神防御能力は典の能力が全く通じなかったことからの推測だ。私の管狐である以上、典の精神誘導能力は幻想郷全体でも上位に入る…だが豹には全く効かず、それどころか精神的に攻撃しようとしたと即座に理解して拉致されたというのが典の弁だ。

…この【精神を攻撃されたことを理解した】というのが恐るべきところだ。精神干渉系の術や能力は対象に気付かれずに行うのが大前提。だが豹は気付くどころか攻撃と判断したからこそ典を実力行使で捕らえたということ…つまり、奴は精神的な干渉にもある程度の知識があるということだ」

「…そういえば、永琳先生が仰っていましたね。

 魔眼に囚われた、と」

「―――っ!?そうか、魔眼による精神干渉を豹は心得ていたからこそ…精神攻撃に反応できたということだったんだな」

「成程、それこそ豹の魔眼に関してはお前さんは逆に知らなかったと」

「そうだ、これは本当に軽率だったようだな…

 重ねて謝罪しておこう、守矢の祭神」

「素直に受け取っておくよ。増援を無条件で寄越してるんだ、豹の戦力がお前さんの予想以上だったってのは疑っちゃいない」

 

これは、豹が逃走を優先してくれて助かったようだな。風祝であれば攻撃魔法が不得手な豹相手に後れは取らないと踏んでいたが…魔眼による精神干渉などという危険極まりない切り札を伏せているとまでは読めなかった。萃香様と勇儀様から逃げ切ったというのは紫が援護したからだと思い込んでいたが…どうやら豹単独で逃げ切ったということだったようだな。それなら勇儀様があれだけご執心なのも頷ける。

それこそ、あれだけの空間魔法を使いこなし精神防御能力を持ち、魔眼という高度な技術を心得ているあの男が【八雲の隠者】という立場に甘んじていたことの方が驚きだ。魔界から幻想郷に逃れて来たからこそ表舞台に立つことを避けていたのだとしても、これだけの力を持っているのであれば野心を持って動いてもおかしくない。

 

(これは、私は豹のことを見誤り過ぎていたらしいね)

 

今更だが、豹の戦力も人格も知らなさ過ぎたことで危険すぎる橋を渡っていたことを突き付けられた形だ。

逆に言えば、矢面に出した風祝のおかげで取り返しがつかなくなる前に気付けたということ。辛うじて間に合ったってことになる。

 

「私が豹のことを低く見積もり過ぎていたな。射命丸、一人では足りないと感じたらお前の判断で妖怪の山から戦力を連れて行け。私の名前を出して構わん」

「おや、飯綱丸様にしては随分と慎重なことで。そうさせてもらいますよ」

「それと豹の弱点だが、奴は攻撃魔法が不得手。もっとも、空間魔法で逃げられないためには接近する必要があるだろうが…体力魔力を削るだけであれば中長距離からひたすら射撃戦に徹しろ。下手に近付いて典の二の舞にならないよう気を付けてくれ」

「あ、本人も言ってましたけどさっき私とこいしさんに全く攻撃してこなかったのは本当に通常弾すら撃てなかったってことなんですね。それはたしかにスペルカードルールが基本の異変では表に出てこないわけです」

「いえ、ちょっと待って。それってつまり攻撃魔法無しで月でも逃げ切ったってこと?

 信じたくないんだけど…そんなとんでもない奴を捕まえないといけないわけ?」

「とりあえず私が豹について知っているのは本当にこれだけだ。今後、調停相手から何か聞き出せたら守矢神社に使者を出す。当面はこれでいいか?」

「いいだろう。それなりに豹とやらの力は知れたからね。

 それじゃ次は、早苗たちをこれからどう動かすかだ」

 

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