「俺の隠れ家には今カナと上海のほかに、麟と妹紅・リリーがいる。これから椛に隠形魔法と魔力封印術式を行使した上で、左目に俺の魔眼を同調させる」
「私の反応を隠すためなのは理解できますが、豹さんが私の視界を必要とするのは何故でしょうか?」
魔眼技術の弟子として何度も行ったため、椛は左目の視界を俺に渡すことに躊躇いは無い。だがその理由までは理解できていないようだった。
「俺の隠れ家の位置は神綺様が訪れたタイミングで幻想郷の有力者には特定されることを前提にしてるが、ここ麟の家はそうもいかないんだよ。だから椛は直接隠れ家に飛ばされたと偽装しておきたい…そうするなら視界を借りるのが一番確実だからだ」
「あ、単純に魔力反応だけで判断したくないだけなんですね。
まだカナさんたちにも隠していますが、お伝えした方がいいでしょうか?」
「…そうだな、カナはともかく上海には伝えておいてもらえるか?
そうすれば神綺様だけでなく、サリエル様も椛を保護してくれるはずだ」
椛は千里眼の使い手として非常に優秀…なにしろ雛の元へ向かう俺を発見できた程なのだ。そこに目を付けた俺は椛を【雛に会うための協力者】として内通させる代わりに、魔眼を用いた技術を椛に伝授している。俺は攻撃的な方向で魔眼を扱うことは出来ないのだが、それゆえに椛の千里眼でも活かせる技術が多数あった。
椛も上司や同僚にいまだ隠し通している切り札として伏せているので、戦闘で使うことは稀なのだが…俺と違い攻撃魔法制限に引っ掛からない椛はこのまま技術を磨き続ければ即死の邪視にまで昇華させることが出来るだろう。何故なら俺の【精神干渉系の魔法と組み合わせた使い方】を椛は着実に再現出来ているからだ―――
俺が行使するレベルの魔法を魔眼の技術だけで再現出来ている…つまり椛の千里眼は魔眼としても覚醒しつつあるということだ。おそらくは実践のためにサリエル様の魔眼を幾度も同調させたことが原因だろう。使い手の俺に制限が掛かっているだけで、サリエル様の魔眼は邪視の始祖たる聖遺物…俺が勝手に聖遺物を椛と同調させたことで、最上位の魔眼が新たに生み出されようとしているわけだ。
これはサリエル様には見逃せないだろう。だが上海と神綺様の擁護があれば問答無用で封印処置は取らないでもらえるはず…少なくとも、椛の安全が確保されるまでは。
それ以降は…椛とサリエル様で決めてもらえればいい。無責任だが、俺は椛とこの魔眼を利用していただけ―――そこで没収されてしまっても俺から文句は言えないのだ。幽玄魔眼が俺を襲ってきたように、この魔眼はサリエル様のもの。罰を受けるべきは持ち逃げした俺だが、椛にも連帯責任があると裁かれてしまえば誰も止められない。ここは、サリエル様の慈悲を願うしかない…
(直接顔を合わせることが出来たなら、椛への寛大な処置だけは俺から頼み込んでおくべきか)
ここを考えても本当に夢幻姉妹には感謝するべきだな。ちなみに夢幻姉妹相手に魔眼の同調は二度と使ってはならない。おそらく次があればそのまま二人とも魔眼を覚醒させてしまうだろう。そうなると神綺様やサリエル様から本格的に危険視されかねない…戦闘規模的にも俺の心情的にも、神綺様・サリエル様・夢幻姉妹で争ってほしくないからな。
「椛が隠れ家に到着した時点で隠形魔法だけ解除するから、中に入る前に声を掛けてくれ。そうすればカナが反応してくれる。そうしたら『治療を頼みたいから麟の家まで帰って来てくれ。護衛は妹紅一人で頼む』と皆に伝えてくれるか?」
「わかりました。ですが、カナさんと上海も来たがった場合はどうしましょうか?」
「多人数で麟の家に向かわれて上層部に位置を把握されたくないと伝えてもらえれば引いてくれるはずだ。ルナサと麟から紫さんの立場も聞いているはずだからな…
逆に妹紅には俺から直接協力を頼むべき、こんな面倒なことに巻き込むんだしな。それに妹紅と麟なら同行する理由をでっち上げられるから、俺と合流したらそのまま移動することでこの家の位置を誤魔化せるんだよ」
おそらく直接妹紅と顔を合わせられるタイミングは今しかないだろう。今日一日ならともかく、数日間妹紅が自宅を離れてしまうと永遠亭から疑念が向いてしまう。それを避けるためにも妹紅は定期的に自宅へ戻っていてもらいたいのだ。そのあたりも含めて一度詳しく話をしておきたい…今を逃すと神綺様が来る前に接触するのは厳しくなるだろうしな。
「了解です。私はそのままリリーと一緒に隠れ家で待機でしょうか?」
「そうしてくれ。麟と妹紅にはここから南東にある廃材置き場でミーティングをしたら一度隠れ家に戻ってもらう。そうなった時点で椛にかけた魔力封印術式を解除すれば、戦力が隠れ家に揃っている状態で椛を送ったように見えるからな」
「豹さんは何処に向かうのでしょう?」
「麟と妹紅にも伝えるが、無名の丘を進んだ先に小屋がある。とりあえず雪が止むまではそこで凌ぐつもりだ」
状況次第ではメディスン・メランコリーに俺から接触するべきかもしれん。彼女以外にあの辺りを徘徊しているのは知能に乏しい末端妖精や理性の無い獣ぐらいなもの…メディスン・メランコリーは精神がまだ幼いからこその残酷な面があるため、あの鈴蘭畑周辺に近付くのは彼女の危険性を理解できないレベルの下位存在と、逆に彼女を上手く抑えられるような実力者だけなのだ。
つまり、メディスンから信用を得られれば周囲の警戒を頼むことで理想的な潜伏先になる。問題は彼女が俺を受け入れるような理由など見当たらないことだが、逆に見回りに来た際に発見される方が警戒心を持たれるだろう。それならば先に接触する方が得る物が多い…どうせ雪が止み次第離れる予定、長逗留するつもりはないのだからメディスンから俺の存在をバラされてもそれほど問題はない。それこそ無駄足を踏ませることも狙えるのだから。
「危険は少ないと思うが、もし神綺様が到着する前に手に負えないような相手…例えば博麗の巫女や大天狗が隠れ家を狙って来そうであれば一度夢幻館へ向かってくれ。そこに居る死神のエリーと吸血鬼のくるみから夢幻姉妹を頼ってもらえれば、奴らも無理攻めはしてこないはずだ」
「はい、アリスさんの通信人形越しですがくるみさんとエリーさんとはお話しさせてもらっています。そうなってしまったら頼らせてもらいますね」
「ああ、そうしてくれ。
―――よし、茨華仙が中有の道にそろそろ入る。頼んだぞ、椛」
「お任せください。豹さんも、どうかご武運を」
隠形魔法と魔力封印術式を椛に施し、左目に魔眼を同調させると同時に椛が隠れ家に向け飛び去る。俺の魔法を過信することなく、木々の木陰から出ないような低空飛行でだ。己の実力を理解できている椛だからこそ、このような隠密行動は安心して任せられる。本当に、俺は仲間に恵まれているな…
「この献身に応えるためにも…幻想郷に残らねえとな」
それが困難だと理解できているからか…漏れてしまった言葉が雪の中に溶けていった。
「―――と、いうわけだ。幻想郷の為政者になり替わろうとするのであれば、この程度の問題はすぐに解決してもらえるな?」
「やれやれ…河勝殿は随分と意地が悪くなった。今の私に無力な信者を守る戦力が不足していることなど理解しているだろうに」
「今の私は摩多羅隠岐奈、聖徳太子の同志・秦河勝ではないのよ?
抗争に巻き込まれる程度で斃れるような一般人を弟子として置いているのが悪いわ。襲撃を企てられるような部下を抱えていることもね?」
「それは否定できないな…
さて、何が目的で幻想郷の管理者直々にここまでいらしたのかな?」
私が関与していないところでも大きな動きがあった。夢殿大祀廟に潜伏しようとした豹が察知され、地底から出て来た星熊勇儀に襲撃されたのだ。そこに霍青娥が介入したことは、私が豊聡耳神子の勢力をこちら側に引き込む取引材料に出来る―――私直々に出向くだけの価値はあるだろう。紫と違って、私には個人的な伝手もあるのだしな。
「星熊勇儀率いる地底の面々を私の国へ引き込んでやろう。後戸の国からの脱出は鬼や覚妖怪だけでは不可能、そこを条件にすれば一時停戦ぐらいは結べるだろう?このような空間を作り出せるのであればな」
「成程、人的被害の出ない戦場を提供すると」
「そういうことだ。私は足手纏いを無駄に侍らすことは無いからな、後戸の国で鬼に大暴れされてもそれほど困ることは無い…貴方と違ってね」
「その見返りに我々は何を差し出せばよい?」
「霍青娥が狙っている豹、奴の捕縛に協力してもらおう。奴の身柄を押さえるには、空間魔法の妨害を行える者が必要でな」
「それだけで貴方直々に出向くとは思えん。裏の目的は何だ?」
「裏は無い。ただし豹が途轍もなく厄介な奴だ。
簡潔に言えば、魔界を敵に回す覚悟が必要だな。もっとも、魔界相手にも私が前面的に協力することはここで誓っておく。豹個人のために魔界が大規模に動くのであれば、幻想郷全体で迎撃する必要があるからな」
「そういうことか。魔界を相手にすることが前提にある以上、幻想郷の戦力低下を避けるのが主目的だと。
いいだろう、取引成立だ。青娥、準備を手伝ってやれ」
「仕方ありませんわね…私の失態が原因ですし。
摩多羅隠岐奈様でしたか?後戸の国の異空間座標を教えてくださいませ」
「ふふ、説明の手間が省けて楽だな。切り捨てるには惜しい部下ということか」
交渉成立。豹を相手取る上で最大の問題になるのが空間魔法…豹自身の異常な反応速度と組み合わされることにより、私の後戸や紫のスキマにすら対応できる恐るべき魔法だ。豹が今まで潜伏できていた最大の理由…空間魔法による緊急脱出を防がない限り豹は逃げ切れるのだ。
ゆえに、ここ仙界は味方に引き入れておきたかった勢力。私一人でも奴の空間魔法を妨害することは出来るが、それはあくまで豹一人を相手取った場合だ。幽玄魔眼も理解していたように、他者からの援護があれば逃走をいとも容易く行う…豹を逃がさないためには【豹を完全に孤立させる】もしくは【豹の空間魔法を妨害できる実力者で包囲する】ことが必須。この霍青娥を筆頭に、豊聡耳神子一派は後者の手段を取れる貴重な実力者なのだ。
「ここだ。軽く調べておいたが、入り口に直接介入させてしまっても構わんな?」
「流石は幻想郷を管理する秘神だけはありますわ。私の助力など必要ないようで。
侵入を察知しましたら私たちもそちらへ向かう。そこであれば遠慮なく迎撃して構いませんのね?」
「ほう、鬼の四天王を激怒させておいて迎え撃つつもりか。暗躍を好む邪仙にしては珍しい対応だ」
「お相手するのは一度きりにしたいのですわ。正々堂々とした喧嘩一回で満足して頂かないと、私自身はともかく死体がいくらあっても足りませんもの」
「成程な…うむ、これで良いだろう。
では一段落したのを確認したら私から協力要請を出すと太子殿に伝えておいてくれ」
「ええ、お伝えしますわ」
さて、守矢の風祝は引き続き私に都合よく動いているかどうか。
それ次第では神綺が来る前に終わらせることも視野に入ってくる。期待させてもらおうか。
「やれやれ、本当に良かったのかよ?
たしかに河勝殿でもあるみたいだが、完全には信用しきれんだろ?」
「それはその通りだが、取引内容自体は悪くない。
豹とやらが何故私をそこまで嫌っているのかも気になるからな。直接問い質すことも考えれば効率も良い」
「太子様の素晴らしさを理解するどころか、敵視するなど…余程見る目の無い輩のようですが」
「逆だ、布都。顔を合わせたことすらなく『情報だけで私を嫌った』者など初めて聞く…私が直接出向くだけの理由には十分だ。
とはいえ、まずは地底の妖怪共を止めなくてはならんがな」
申し訳ありませんがお伝えしたとおり、9月は更新ペースを落とします。
次の更新は9/9(土)になります。