永遠亭に着いたらビックリした。滅多に見ないここのお姫様がめずらしく永琳の診療所まで出て来てて、なんだか二人とも真剣な顔で話してる。
何か起きてるのは間違いないみたい。巻き込まれて上海のお手伝いができなくなるのはイヤだし、永琳が知らなかったらすぐ帰った方が良さそうね。
「お師匠様、お客さんと報告のどっちを先に聞きますかー?」
「お客さん?
…あら、メディスン。原材料の補充かしら?」
「そうよ。今ならまだ転ぶほど雪が積もってないから、この時間に持ってきたの」
「少し待って頂戴、受け取る用意をするから。
―――輝夜、報告を聞いておいて」
「ええ。
それじゃ清蘭と鈴瑚はこっちで報告」
「「はい!」」
そう言ってお姫様は兎妖怪二人を奥に連れて行ったわ。てゐもそのままついて行ったから、残ったのは永琳だけ。
うーん…上海が探してるヒョウさんって人のこと聞きたかったんだけど。ま、永琳が知らなかったらたぶん知らないだろうしいいわよね。
「待たせたわね、それじゃ確認するわ」
「ん、この前頼まれたのは揃ってると思うけど」
手袋とたくさんの道具を持ってきた永琳が、私の持ってきた毒を手早く確認していく。毒じゃなくて薬として使う永琳は、私と違って細かいところまで気にしなくちゃいけないからこの作業は必須みたい。私は同じ効果の毒ならその時簡単に集められるのをパッと使うんだけど、同じ効果の毒でも原材料によって薬としての効能は全然違うんだって。最初はそんなこと知らなかったから適当に集めて来たんだけど…それじゃ困るみたいで次からは原料まで指定して来るようになったわ。
まあ、それほどの手間じゃないから今ではしっかり原料も確認して持ってきてるけど。
「―――大丈夫ね、いつも助かるわ。こんな時間に悪かったわね」
「別にいいよ。ちょっと永琳に聞きたいこともあったから。
永琳、ヒョウって男の人のこと知らない?」
「――っ!?」
永琳のその反応で、私は聞いちゃいけない相手に聞いてしまったことに気付いてしまったわ。
…永琳のこんな驚いた顔、初めて見た。ヒョウさんのことを永琳は知ってるけど…良くは思ってない。そんな反応だった。
―――そして、永琳も失敗したって顔になって。
「逆に私から聞かせてもらうわ。メディスンが知ろうとしている豹という男は、魔界人の豹のことかしら?」
「知らない。私は上海が探してるから手伝おうとしてるだけ、名前しか聞いてないわ。急いでたみたいで詳しく聞けなかったのよ」
「…上海?それは誰?」
「アリスの人形。乗っ取られかけてるから、同じ人形として助けなきゃならないわ。
上海を助けるためには、ヒョウさんって人の力がいるみたいなのよ」
「アリス…あの人形遣いね」
…永琳があんまり
何も考えずに私の知り合いで一番いろいろ知ってる永琳に聞きに来たけど、運が悪かったら永琳に捕まえられてたかもしれない。今からそうならないためには、私がまだ永琳にとって利用できるって思わせないと…!
この雰囲気だと、たぶん上海と永琳は仲良くできない。
つまり、ここで私が捕まったら上海に迷惑を掛けるってこと。そんなの絶対イヤだわ…!
「私に永琳が聞いて来たってことは、永琳もヒョウさんの居場所は知らないのよね?」
「…ええ、悪いけれどね。
メディスン、少しだけ待ってもらえる?私も豹と話をしたいのよ。ただ急に呼び出しても来てくれないだろうから、今から手紙を書くわ。もしメディスンが豹に会えたら渡しておいて頂戴」
「…まあ、それぐらいならいいけど。
この雪だから、濡れないように工夫してよ?そこまではやれないわ」
「それはこちらで処理するわ。すぐに書き終えるから待ちなさい」
そう言って手袋を外しながら永琳が診療所の奥に入って行ったわ。とりあえず、最悪の事態は避けられたと思っていいかな?
上海が見つけられてないヒョウさんを、永琳が見つけられてるはずがない。だから手紙を書いてまで話をしたいっていうのは嘘じゃないと思うけど…
(…私が小細工したところで永琳には簡単に見破られちゃうわよね。
それなら、何も考えずに上海の手伝いになるように動けばいい)
私が永琳の考えを読めるはずないんだから、私が思った通りに動くしかない。
少なくとも、私を利用したところで影響が出るのは上海ぐらい。その上海にはアリスだけじゃなくて騒霊たちも付いてたんだから、私と上海のフォローぐらいは出来るはず。
…そう、信じて動くしかないわ。不用意に動いた私は、永琳だけじゃなくアリスたちも利用できるような状況にするぐらいしか出来ることはないだろうし。
「待たせたわね。豹と会えたらでいいわ、これを渡して頂戴」
「あまり期待しないでよ?それと先に上海と会ったら、上海にお願いしちゃってもいい?」
「構わないわ。
それじゃ、気を付けて帰りなさい」
それだけ言って永琳は永遠亭の奥に引っ込んでいったわ。
…あまり期待してないってことよね、たぶん。まあ私にとってはその方が助かるけど。
(…長居するべきじゃないわよね。周りを注意しながら早く帰りましょ)
(人形遣いのアリスと、その人形にして乗っ取られかけている上海。彼女たちが何故豹を追っているのかだけでもメディスンが聞いていれば楽だったけれど…そう上手くはいかないわよね)
思いもしない相手から豹の情報が手に入ったわ。まさか毒を届けに来たメディスンから豹の名前が出るなんて…流石の私も想定外で良くない反応をしてしまったけれど、メディスンの狭い交友関係を考慮すればそれほど慌てる必要は無いはず。話に出て来たアリスと上海に、こちらから先手を打って接触すればメディスンの動向は無視できる。
―――しかし、私の甘い見通しは即座に崩れ去る。
「あ、永琳!ちょっと面倒なことになりそうよ」
「…輝夜がそう判断できるの?どういうことか詳しく聞かせなさい」
メディスンに余計なことを聞かれたくなかったから輝夜に報告を受けさせたのだけど。問題があったらしく一言目がこれ。先が思いやられるわね…
「鈴仙が烏天狗の大将との共闘を取り付けたみたいだけど、思ったより魔界の動きが早いみたいよ。
『魔界から幻想郷に移住してきてた人形遣いがいた。そいつからすでに永遠亭の存在が魔界にバレてるかもしれない』
ですって」
「なっ!?」
「へっ!?なんで永琳がそんなに驚くのよ!?」
人形遣いなんてここ幻想郷にそう何人も居るはずもない、つまりその人形遣いはアリス・マーガトロイドで間違いない。
そこまで整理し終えて、私の見落としにようやく気付く。
「しまったわね…サリエルと豹に注意が行き過ぎて、すでに侵入していた魔界人二人―――ユキと夢子を軽視していたわ。昨日の時点で幻想郷に侵入していたということは、拠点を確保していてもおかしくない。それが魔界からの移住者・アリス・マーガトロイドだったということだわ」
「あー…要するにイナバ達を出す前の時点で確認できてたわけか」
「もっとも、八坂神奈子があえて伏せた可能性もゼロではないけれど。今の状況で情報を出し惜しむことは無いでしょうし…私達の情報収集・分析が甘かったとしか言えないわね」
ドレミー・スイートの言葉…『月の関係者は身内以外からは嫌われているということを、もっと理解するべき』。それが八坂神奈子にも当てはまるとは思いたくない…遠い過去に因縁があるとはいえ、守矢の風祝にも危険がある案件で情報を絞るような真似はしないはず。となれば私が指示を出した時点でここまで思い当たらなかったのが完全な失態だわ。
…私も少し幻想郷に慣れ過ぎたかしらね。逃亡者として持つべき緊張感を失っていたのかもしれない。
「でも、こうなるとメディスンをさっさと帰らせたのも惜しいわね…」
「え?あの毒人形が何か?」
思わずこぼれた言葉に鈴瑚が反応する。まあ、これも周知させておくべき情報だし聞き取られても問題はない。
「メディスンも豹を探しているそうよ。鈴仙が掴んでくれた人形遣い…アリス・マーガトロイドの操る人形に豹が必要と言っていたわね」
「人形に豹が必要、ですか?どういう意味なんでしょう…」
「情報をまとめると、アリスも魔界人ってことですよねお師匠様?」
「そのようね。ちょっと知るのが遅かったけれど」
「それなら豹ってのも人形に何かしたんじゃない?そうじゃなきゃあのメディスンが見知らぬ男を探すなんてしないでしょ」
「てゐの読みが正しいでしょうね。私が話を聞いた限り、メディスン本人は豹に興味は無いようだから豹宛の手紙を持たせたけれど…豹ではなくアリス宛に送るべきだったわ」
「ああ、あの人形遣いなら接触するのはそれほど面倒じゃない。そこからユキ・夢子に繋げば豹を経由せずにサリエルに届くわけね」
輝夜が私の考えを言葉にしてくれたことで、清蘭と鈴瑚も理解できたようね。私達は豹と無理に接触する必要性は薄い…サリエルとの伝手に目途が立つのであれば。アリスと魔界が繋がっているのなら、そこから直接サリエルと接触してもらえる可能性がある。そしてメディスンはアリスの人形に手を貸そうとしているのだから。
「それじゃあ、私があの毒人形を追いましょうか?」
「止めておきなさい。メディスンは幼稚で排他的、一度私が帰した直後に見慣れない相手に追われたら敵として遠慮なく迎撃して来るわ。なによりテリトリー外で行動するのには消極的、豹どころかアリス相手でも明日すぐに動くなんてことは無いでしょうね。だから当てにするのは切羽詰まった時でいいわ。
それより、清蘭と鈴瑚は赤蛮奇と接触できたのかしら?」
「その…接触は出来たのですが。丁度鈴仙からテレパシーが飛んできたタイミングでして私一人で応対したんです。そしたら『あんたがなんか企んでんなら話さないよ』と返されてしまいまして…
人里近くで実力行使に出ると問題になりかねなかったのでほとんど情報は引き出せませんでした」
「ちょっとー、しっかりしてよ鈴瑚」
「落とし穴に嵌った清蘭には言われたくないわ!」
「はいはいそこまで。言い争うなら追い出すわよ」
「「す、すみませんでした」」
輝夜に窘められて清蘭と鈴瑚が大人しくなる。私はてゐを軽く睨むけれどどこ吹く風。何度言っても落とし穴を掘ることは止めないのよね…もっとも、たまに迷い込んだ野良妖怪や獣が引っ掛かると新薬投与の実験台に使える以上、私個人の利益も出ているからあまり強くは言えないのだけれど。
まあ…報告を纏めると。
「私達に余裕はほとんどないということね…
清蘭と鈴瑚はこのままウドンゲと合流しなさい。豹と直接面識のある存在から情報を得ない限り、流石の私も手詰まりだわ」
「「了解です!!」」
「それじゃ、竹林の外まで案内するさ」
返事と敬礼をして清蘭と鈴瑚が永遠亭を離れ、案内役としててゐも付いていく。残ったのは私と輝夜だけ。
「ちょっと私達も気を抜き過ぎてたかしらね…情報分析の時点で失敗してたなんて」
「そう考えられるだけ輝夜は成長してるわよ。むしろ問題は私だわ。
…そうね、久しぶりに自分で集中力強化の新薬でも試そうかしら」
「…止めないけど、失敗作で朝まで起きれないなんて落ちは付けないでよ永琳?」
「大丈夫よ。私を誰だと思っているのかしら?
効果があったら輝夜も使っておきなさい」
「き、気が向いたらね」
今はまだ、私が表に出るわけにはいかない…ウドンゲ達に期待するしかないわね。
次の更新も明日します。