椛が隠れ家に到着してほとんど間を置かずに、麟と妹紅がこちらに向かってくれている。椛が上手く説得してくれたんだな…!今日だけで椛には助けられっぱなしだ。しっかり礼をするためにも、ちゃんと逃げ切らねえと。
(そのためにも、読めない連中の情報を麟が掴んでくれてると助かるんだが…)
俺一人で探知・索敵に集中することで、幻想郷全域に効果範囲を広げたのだが…非常にマズい反応を拾えている。妖怪の山で何故か、守矢の風祝と永遠亭の玉兎が行動を共にしているのだ。
(おそらく東風谷早苗から永遠亭に俺の情報は流れていると見るべき。そうなると妹紅を自宅に帰さないで隠れ家に留まってもらうという手が使えるから、プラスな面もあるんだが…永遠亭の連中に俺の存在を知られたマイナスの方が大き過ぎる)
つまりは守矢神社と永遠亭が協調できるだけの案件が発生しているということだ。そして俺が命蓮寺から去るタイミングで東風谷早苗が人里へ向かってきていたことを考えれば、俺が夢殿大祀廟で勇儀と霍青娥相手に応戦していた間に接触していたのだろう。
問題なのは、《半日もかからずに永遠亭での交渉を終えて妖怪の山で活動している》ということだ。それは即ち守矢神社・永遠亭と天狗勢力の間でもなにかしらの協定が結ばれているということ…守矢の風祝はともかく、永遠亭の玉兎が妖怪の山内部で活動するのであれば天狗勢力の許可が必要だからだ。それが無ければ哨戒任務に就く白狼天狗が見逃すことは無い。
(そんな短時間で天狗の連中が全面的に協力する判断を下すなんざ、余程厄介な状況になってるってことだ。
―――まず間違いなく、俺を取り逃がしたことで共同戦線を張ったってとこだろう)
そう考えると飯綱丸の動きも腑に落ちる…烏天狗の大将たる飯綱丸が直々に守矢神社に向かっているのだ。加えて言えば元々は八坂神奈子が途中まで守矢の風祝と永遠亭の玉兎を随伴させていて、玄武の沢の辺りで彼女だけ守矢神社へ引き返している。つまり守矢神社と天狗勢力のトップが、ほぼ同時に守矢神社で合流するように動いているということ。この二人で協定を結んだからこそ、永遠亭の玉兎が東風谷早苗に同行して妖怪の山を妨害なく動けているのだろう。
要するに、俺への包囲網が敷かれ始めているということだ。ユキと夢子とは全く別の、幻想郷の有力勢力複数で。
(せめて神綺様が来てくれるまでは黙っててもらいたかったが…そう上手くはいかないか。
…リリーを守りつつ移動するってリスクはあるが、全員で夢幻館に籠ってもらうことも考えるべきだな。その場合椛とリリーをどうやって神綺様に保護してもらうのかを考えなきゃならねえが)
フラワーマスターが一度夢幻館へ向かったことと、夢幻姉妹がルナサ達を受け入れてくれたことで夢幻館は皆にとっての安全地帯になった。幻月と夢月を中心に妹紅・エリー・くるみ・カナ・上海で迎撃し、麟が回復役に回れば博麗の巫女や魅魔、風見幽香や天狗勢力が攻撃してきても撃退できるだろう。その場合、ユキと神綺様に夢子で俺に速攻を掛けられると援護が間に合わない可能性があるが…永遠亭が表に出てくるのであれば、最後の手段を頼るって手がある。
滅多に異変へ介入しない永遠亭が率先して騒ぎを大きくすれば、各有力勢力も様子見のため介入してくるだろう。幻想郷の実力者ほど永遠亭のことは警戒しているのだから…月の関係者という点で。
各勢力それぞれが異変の解決役を送り込むような状況はもはや俺一人で逃げ切れるはずがない。逆にそれだけの大騒ぎになるのが前提であれば、彼女を頼る際のリスクが無くなるのだ。
最後の手段にして【幻想郷においての頼れる妹筆頭】である彼女を頼るリスクは、こういった騒ぎを全力で楽しんでしまうことなのだから。
各勢力入り乱れるような異変になるなら、最早騒ぎになるのは止められない。それなら俺の避難先として【異変の黒幕】を演じることを楽しんでもらえばいい。それ自体が報酬として協力してくれるだろうしな。
…そんなことを考えている間に、麟と妹紅は真っ直ぐここへ飛んできて。
「―――豹さんっ!」
「麟、来てくれてありがとうな。
妹紅も、急に頼って悪かった。だが手が足りない…力を貸してくれ」
「頭なんか下げるなよ豹。私の方が豹には世話になってたんだし、恩返しさせてくれ」
「ありがとな妹紅、本当に助かる」
「…って、豹さん!?
すぐに癒しますが、また戦ってしまったんですか!?」
妹紅に礼を言ってるところで麟が右手の有様に気付いてしまった。
…そりゃ、怒るよな。だがここじゃマズい。
「麟、言いたいことは全部ちゃんと聞くが場所を変えるぞ。ここは俺にとってある意味最後の砦、敵に位置を把握されたくない。付いてきてくれ」
「あっ…!癒すだけなら飛びながらでも出来ますから!少しだけ待ってください!」
「移動って、どこで話す気よ?」
「廃材置き場なら少し工夫すりゃ雪を凌ぎながら話せる。麟と妹紅が雪対策に使うための廃材を取りに来たって言い訳も立つからな。寒いところ悪いが付き合ってくれ」
その言葉と同時に飛び立ち南東―――人里北東に位置する廃材置き場へ向かう。この時間にこの天気であれば、ほとんど近寄る奴はいないはずだ。少なくとも隠形魔法を使えばやり過ごせる…俺の隠形魔法を見破れるような相手が、この不自由な視界の中で妹紅に絡むことは無いだろうからな。
「それで、豹さんはどうしてこんな大怪我をしているのですか?たしかに治療だけは豹さんよりできますって言いましたが、怪我してほしいなんて思ってないんですよ!?それにあんなに酷い状態の右手…豹さんの右手があんな風になってしまったところなんて見たくなかったです!それこそ普通の女の子だったら一目見ただけで倒れてしまってもおかしくないですよ!?私は耐性が付いていますけれど…大切な人の傷付いたところなんて見たくないです!こんなことになる前に、一人で戦おうとしないで助けを求めてください!!
…私だけじゃないんです!豹さんの力になりたいと思っている方は、何人も居るんですから!!」
「麟の言う通りよ。豹の力になりたいと思ってる奴は豹が思ってる以上に多いんだ、もっと仲間を頼ってくれ…そもそもこれは豹が私に教えてくれたことだよね?
それに何があったら右手があんなぐちゃぐちゃになるんだ…不老不死の私でもあんな酷い状態になったことは無かったぞ」
廃材置き場に放置された木材や瓦礫を
麟は言葉通り移動しつつ癒しの力を行使してくれていたので、だいぶ見てくれは元に戻って来ている…本当に麟には感謝しないとな。治してくれる確信が無かったら勇儀を味方に付けることは不可能だった。
だからこそ、その言葉はしっかり受け止めなきゃならない。麟が言葉を止めるまで、口を挟まずに耳を傾けてから言葉を返す。
「悪かった、だがこうせざるを得ない相手だったんだよ。
鬼の四天王・星熊勇儀が相手だったんだが、タイマンをご所望でな。全力で真正面から受け止めれば、勇儀は俺の味方に付いてくれる。まあ、受け止めるどころか文字通り粉砕されたわけだが…
それでもこれが最善の選択なんだよ。椛のおかげで勇儀と茨華仙から逃げ切れただけじゃなく、勇儀を味方に付けることが出来た―――豊聡耳神子の一派を叩かせるという方法でな」
「…あのな豹。どこに鬼の四天王と一対一の殴り合いに乗る魔法使いがいるんだよ!?」
「ごもっともだが、攻撃魔法が使えない俺は接近戦に頼らざるを得ないんだよ」
「カナさんと上海ちゃんを助けた時に使っていた魔力拳銃があったじゃないですか!豹さんならそれを使えば逃げ切れたんじゃないですか!?」
「霍青娥の妨害で空間魔法による脱出が制限されててな。それが無ければ椛を連れての脱出を優先してた…最初から負傷覚悟で勇儀の相手をしたワケじゃないのは理解してくれ」
麟も妹紅も幻想郷の実力者に関してはそれなりの情報を持っている。だからこそ俺が出した名前だけである程度は理解してくれて。
「本当に豹さんはもう…!
もっと自分を大切にして味方を増やすことは出来ないのですか!?幻月さんと夢月さんのときと同じですよね?殴り合って分かり合うのが魔界人の流儀なのですか?違いますよね!?」
「…返す言葉が無いな。だがこうするしかなかったってのは納得してくれ」
「お願いですから、もっと私たちを頼ってください…!
何も出来ずに豹さんだけ傷付くのが辛いのは、私だけではないんですから!」
「わかってる、だからこそ麟と妹紅を呼んだんだからな」
「本当にわかってるんだかどうか…
まあ、考え無しに私たちを頼れないってのはわかるけどね」
一応は話を進めることを許してくれた。
…本当に、俺にはもったいない妹たちだ。
「まあ、俺の方は今話した通りだ。付け加えるなら、椛とリリーはそのまま隠れ家で待機してもらって神綺様に保護してもらうつもりでいる。リリーはともかく椛は勇儀も飯綱丸も裏切らせる形にしてしまったからな…魔界に降らせるのが一番安全だろう」
「そうですか…神綺様なら、何も言わずに受け入れてもらえるのでしょうね」
「…ん?それはどういう意味だ麟?」
椛の帰る場所を俺が奪ってしまったことを伝えると、麟が違和感しかない返答をして。
聞き返すと、予想だにしない答えが返って来た。
「今日、私たちは魔界で神綺様と直接お話ししてきたんです」
「…はあっ!?」
「―――だそうです。私だけじゃないんです…豹さんの無事を祈っているのは」
「………本当に、優し過ぎますよ。神綺様…」
豹自身は無意識なんだろうね。言葉遣いが敬語になってるのは初めて聞いた気がする。
アリスが魔界神の娘だってことも、麟がその魔界神と会って来たってことも。
―――豹が、魔界から逃げて来た魔界神・神綺の護衛だったってことも…全て噓偽りのない真実。信じてなかったわけじゃないけど、豹の言葉遣いとその表情…懐かしさと、安堵と、悲しみがないまぜになったようなその表情で。本当なんだって納得できた。
「それで、豹はどうしたいの?
私はついさっきリリーや麟たちからこれまでの経緯を聞いたばかりだから、無責任に言わせてもらうけどさ。
…本気で魔界に帰りたくないと思ってるの?魔界の奴らはみんな豹の帰りを待ってるようにしか思えないよ?」
だから、ハッキリさせておきたかった。
豹は本当に、逃げるって選択でいいのかって。
魔界と正面から向き合って、一度帰るのもいいんじゃないかって…そう思えた。
私にはもう帰る場所がない。だからこそ、ちょっと羨ましいと思ったし…なにより麟たちから聞いた魔界神や妹の話を聞いて、それだけ慕われてる家族から逃げる必要なんてないと思ったから。豹に直接聞いておきたかった。
「………魔界に帰るべきだってのは、兄としての俺は理解してる。
だが、反逆した漢としての俺は…それを許すわけにはいかない。
今のままで魔界に帰ったら、俺は皆の優しさに甘えて…溺れちまう。
だから、俺の中でケリがつかない限りは…帰るわけにはいかないんだよ」
―――甘えてもいいじゃないって、思ったけど。
そう答えた豹の目には、強い意志が宿っていて。
ああ、これが漢の意地ってものなんだなって…思ったから。
「そっか。なら、私たちを上手く使って逃げ切ってくれ。
私も麟も、隠れ家に居る奴らも皆…豹が幻想郷で過ごすことを願ってるからさ」
私は豹が納得できるまで、付き合うことにした。
今まで私が頼ってばかりだったから、豹が私を頼ってくれる限りは…ずっと。
次の更新も明日します。