寂しがりやな魔界人の幻想郷逃亡録   作:影就

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第188話 惹かれた規格外たち

「では、あらためて挨拶を。

私が八雲紫。幻想郷で豹を庇護下に置いていた者ですわ」

「そうか…まずは礼を言うべきだろうな。

ヒョウを今まで支えてくれたことに感謝しよう。君がヒョウを引き留めていなければ、ヒョウは誰も望まぬ責任の取り方で果てていただろう」

「むしろ私が豹に支えられていた側…お礼を言われるようなことはしていませんわ。

貴方が、サリエルですね?」

「ああ、ヒョウに救われた愚かな堕天使だ。

あまり時間は無いのだろう?状況を教えてくれ…我々は幻想郷に関しては無知が過ぎる」

 

…驚きだわ。サリエルと言えば、基督教において七大天使に列されている書すらある大天使にして、かつての月の支配者。それが何の迷いもなく私に頭を下げている。

 

月人は尊大かつ傲慢。それを支配していた存在なのだから、もっと強圧的な態度で交渉して来ると予測していたのだけれど…これは逆に難しい交渉になる。初対面の私に頭を下げるほど、余裕がなく本気ということなのだから。

 

「はい、この機会に細かいところまで詰めておきましょう。

―――ルナサたちを目晦ましに利用できる今がチャンス。そういうことですね?」

「ある意味ルナサはこの騒ぎの中心。その動きは誰も無視できない、か」

「ええ、悪いけれどプリズムリバー邸の騒ぎは囮に使わせてもらうわ。盤外からの乱入者が現れたことで、隠岐奈は夢幻館(ここ)から目を逸らさざるを得ない…いいタイミングで出てきてくれたわよ」

 

夢幻姉妹も藍が言った通り、こちらの話を聞いてくれる程度まで友好的に対応してくれているわ。本当に豹は相変わらず…絶対的な強者にも兄として振舞うことで、発揮されることの少ない依存心を呼び覚ます。無自覚なのだろうけれど、戦闘能力や空間魔法以上に恐ろしい豹の性分(チカラ)だわ。

 

「…その言い方、無関係なのまでルナサにつられたって聞こえるのだけど」

「そうね。あの天人くずれは別口でしょうけど、レミリアは完全にこの襲撃につられて動いた。紅魔館はプリズムリバー邸とそれほど離れていないから、実力者が集まるのを察知したのでしょうね」

「ッ!?くるみが興味を持っていたヴァンパイアまで動いたのですか!?」

 

雛も豹との付き合いが長いだけあって察しが良い。エリーも行動的ではない割に幻想郷の情報をある程度押さえている…そして、豹に惹かれているから信頼できる駒。

夢幻姉妹もサリエルも、伝令のためだけに動かすには強大過ぎるからここに残るという判断をしてくれたのは助かるわ。

 

「ええ、ここに来て単独でも場を荒らせるレミリアと天人くずれの乱入は隠岐奈も注視せざるを得ない。事実後戸の国から直々に博麗神社に出てきているのだから」

「へえ、さっき急に出て来たのがソレなの。

遠慮なく狙って良いのがコイツね?覚えとく」

「まあ、隠岐奈の性格からしてすぐに帰って暗躍に走るでしょうけど。

豹の安全が保障されるまでに鉢合わせたら遠慮なく攻撃して構わないわ。管理者の一角として八雲が責を負います」

「そこまで言い切りますか…豹に二つ名として【恋のレジェンドハンター】とでも付けてあげましょう♪

格上を堕とし過ぎです」

「そのネーミングセンス、レミリアといい勝負よ…」

 

否定はし辛いけれど、絶妙に恥ずかしい呼び名ねそれ。幻月がこんな性格だったのは初めて知ったわ…

もっとも、これだけ砕けた対応をしてくれている以上私はともかく豹の敵に回ることはないのが確信できる。そして、対処に難儀するフラワーマスターを押さえられる数少ない存在でもある。

 

ある程度妥協してでも、豹を幻想郷に留めるためにこちらへ引き込まなくてはならないわ。

 

「そのレミリアなる者は、どういう立ち位置なのだ?」

「刹那的で享楽的、己が楽しめるなら敵にも味方にもなる。

ただ、今に限ってはあまり気にしなくて平気よ。【敵の敵は味方】という形で共闘できる…その交渉はこちらで引き受けます。乱入者で問題になるとすれば天人くずれの方」

 

隠岐奈に対する鬼札がレミリア。畜生界の石油騒ぎで悪魔の妹、フランドール・スカーレットを引っ張り出したことでレミリアは隠岐奈をよく思っていない―――もっとも、霊夢に解決させる方向で手回しし終える前に先を越された私にも負い目はあるのだけれど、別の理由で私と隠岐奈であればレミリアは私に付く。それは確信できているから放置でいい。

そしてスカーレット姉妹は隠岐奈が考えているよりずっと良好な関係だからこそ、レミリアにコンタクトを取れば手駒として利用しようとするフランドールで隠岐奈を足止めできるわ。

今の時点でレミリアに捕捉されたらしいくるみとリィスには悪いけれどね。

 

「あのお騒がせ天人が降りて来たのは何故かしら?」

「昨夜、天界経由で魔界から幻想郷に侵入した悪魔を確認しているわ。それを詳しく調べようと動いたのでしょう」

「…エリスと幽玄魔眼か。

私の不手際で余計な乱入者を出してしまったようだ。すまない」

「謝罪はいりませんわ。そのかわり豹の助けになるよう動いてくださいます?」

「最初からそのつもりだ、そこは絶対に違えないさ。話を続けてくれ」

「それでは、この2名を発見し次第排除しても良いかしら?」

 

ここでサリエルと直接話すことが出来るとは私も思っていなかったわ。ついさっき藍から夢幻館で途絶えたルナサ達の動きを聞かされたときは流石の私も声を出してしまった…まさか魔界経由でフラワーマスターから逃れ、その途中でサリエルだけでなく神綺とまで顔を合わせてきた。

夢子とユキから聞いていた通り、神綺は豹を襲う気も処刑する気も全く無いことはこれで確定したのだけれど、魔界からの客人で唯一考えが異なる者がこの二人―――サリエルの側近・エリスとサリエルの使役する使い魔・幽玄魔眼。

主が豹を求めているというのに、それを受け入れない反逆者。

 

「…神綺に、エリスと幽玄魔眼は魔界へ追い返してくれと頼んである。私も幻想郷で動く許可を貰えるのであれば、私直々に追い返すつもりではいる。

―――だが、先に君達が攻撃できるのであれば止めることはしない。ヒョウは魔界も幻想郷も守ろうとしていた…私が尊重するべきはこの意志だ。エリスと幽玄魔眼はこれを無下にしてしまう以上、私からも庇えん。

ただ、亡骸は私に引き渡してもらいたい。私が持ち帰ることで、襲撃されたのではなく粛正されたことに出来る。それに…幸運に恵まれれば私の手で蘇生できるからな。もちろん蘇生は魔界で行う」

「いいでしょう。私としては豹の害にならない場所であればどう扱おうと構わないわ。

ただし、この2名が幻想郷に存在することは一切認めません。二度と侵入させないように」

「誓約しよう。エリスと幽玄魔眼は、今後発見し次第即座に幻想郷より追放する。いかなる手段をもってしても」

 

…本当に、豹は凄まじいわね。月の支配者だった大天使が、傍仕えの悪魔と使い魔を切り捨ててでも豹を優先するなんて…

私が豹を幻想郷に迎え入れてからとほぼ同じ時間、サリエルは豹と会うことはなかった。だというのに、心の底から豹を信じ、その意志を支えるべく魔界から幻想郷まで出向いている…ハッキリ言葉にしてしまえば、重過ぎるわ。

もっとも…豹であればそれをしっかり受け止められるという信頼はあるのだけれどね。だからこそ、豹の守護者として不足はない。

―――私が豹を守れなくなったら、替わりに豹の後ろ盾となれるだけの存在。それを今ここで確認できた…私の理想ではないけれど、豹の安全にはつながる誓約。本来の目的とは別に、悪くない結果を引き出せた。

 

後は、本来の目的だけど…もう少しこちらから情報を渡すべきね。サリエルはこれで良くても、夢幻姉妹にはまだ代価を何も提示できていない。そしてこの双子悪魔相手との取引は大きな危険を伴う―――その代償を少しでも軽くするために、売れる恩は先に売っておくべきだわ。

 

「それと、降りて来た天人くずれは問答無用で始末して構わないわ。個人の快楽のために幻想郷を危険に晒す愚か者…天人故にしぶといのだけれど、止めを刺せるならむしろ刺してもらいたい。それで天界が敵に回っても我々八雲とその関係者は全面的に擁護し、助力するわ」

「あら…妖怪の賢者がここまで殺意を持つのは珍しいですね。その天人くずれは余程のことをしでかしたのですか?」

「ええ、私も本気でこの世から消し去るつもりだったのだけれど。

『幻想郷は全てを受け入れる』―――その信念から一度は見逃したわ。

ただ、反省の色があの比那名居天子(クソガキ)には全く見られない。だから機会があれば始末する気でいるし、それは私自身の手でなくても構わないのよ。

この一件で余計なことをするのであれば、迷わず葬り去るわ」

「フフフ、ちゃんとこういう激情も持ってるんだ。

その方が私好みよ。手を貸してあげる気になるぐらいにはね」

 

…情報を先に与えることで恩を売るつもりだったのだけど、全く違う方向から夢月が好意的になったわ。悪魔である夢月からすると、管理者として動くことが前提の私が本心から殺意を漏らすのはそれほど好感を持てる態度なのかしらね…?

まあ、今の状況でこうなるのはありがたいわ。これなら私からの要求も最初から突っぱねられることはないでしょう。

 

「それなら、風見幽香を抑えてもらえないかしら?

知っての通り、藍を表に出せずアリスが抜けた今…豹の力となってくれている者ではあのフラワーマスターは止められない。そして風見幽香も邪魔する相手には容赦しない―――貴重な戦力を格上の足止めなんかで失うわけにはいかない以上、彼女が動くとぶつけられる戦力が私の手元にいないのよ」

「それは頼まれなくても私か夢月でやりますよ。ヒョウを死なせるのは惜し過ぎますし、幽香は数少ない友人と呼べる相手ですからね。

ヒョウと幽香の間を取り持てるのは、交友的にも実力的にも私か夢月だけでしょうし」

「幽香とやり合うのも久しぶりになるし、楽しめるからやってあげるよ。

…あ、戦闘の余波に関して他の連中に文句言わせないでくれる?私も幽香も手加減する気無いから」

「それぐらいお安い御用だわ。物損はともかく、生命的被害は出さないよう八雲でフォローしましょう」

「お願いしますね。私と夢月はともかく、逆恨みでエリーとくるみを狙われたり、夢幻館を更地にされたりするのは困りますし」

 

そして予想以上に簡単に本来の目的も果たせたわ。このあたりは本当に流石の豹、魔界の堕天使だけでなく夢幻世界の双子の主まで完全な味方に付けている…!

ほとんど損のない情報の共有だけで、ここまで全面的な協力を引き出せるなんて豹がいなければ不可能だったでしょう。本当に、魔界だけでなく幻想郷も守るために豹は動いてくれている。

 

これだけの尽力を、無にするわけにはいかない。

そのためにも、今ここで出来ることは全て終わらせるべき。

 

霊夢が、動き始めてしまったのだから。

 

「交渉成立ね、どうかお願いするわ。

それで、もう少しこれからの動きを詰めるのと…

永遠亭、即ち八意永琳の幻想郷においての情報公開。どちらを優先した方がいいかしら?」

 

―――即死の邪視を避けるために、目を合わせることはしなかったけれど。

今まで瞳を閉じていたサリエルが、私の出した名前に反応するように…その目を開いたわ。

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