「―――解呪には麟と魔理沙双方が必要だった、ね…少し考えれば気付けそうなものだけれど、有効利用出来ると判断したことで本腰を入れて調べようとしなかったのが決定打になったわけですか」
「私も支配する立場にいたからな、その判断を責める気は無い。
だが、ヒョウが解呪しようとしているのであれば私はその意思に従う。ゆえに機会があれば私は麟の忘却の呪いを解呪する」
「ええ、八雲としては少々惜しいですが構いませんわ。麟は豹の側に居続ける覚悟を決めた…豹のためだけに尽くすのであれば、私個人としても麟を手放す理由が出来ますもの」
こうして顔を合わせて話す機会などそうそうない、それゆえにお互い出せる限りの情報を交換したことで。麟のことも話すことになった。
「そういえば、私と夢月にすら麟の呪いは作用しましたけれど。あなたはこれを防げたのですか?」
「豹が私と麟を引き会わせる前にある程度調べてくれていたから、私は対策を打つことが出来ましたわ。ただ、私自身以外にこの方法を使うのは非効率でして。藍さえも麟を記憶し続けることが出来なくなっています」
「…ん?その言い方だと、ヒョウと紫の他にも忘却の呪いを無効化できた奴もいるのかしら?」
「私の知る限りでは、私と豹の他に3人把握しているわ。能力の相性と使い方次第ということです」
「っ!?もしかして、その方々も豹さんの力になってくださるのでしょうか!?」
八雲紫の返答にエリーが反応する。麟はヒョウと八雲紫によって庇護・利用されていたのだから、その存在を知る者は協調できる可能性があると踏んだのだろう。
だが、八雲紫の返答は芳しくなく。
「残念だけれど、その3名の中で確実に豹の味方に回ってくれるのは一人だけよ。一応3人とも説明しておきましょうか。
一人は『一度見た物を忘れない程度の能力』を持つ稗田阿求。人里の有力者ではあるのだけれど、彼女は記憶力に優れた人間の少女でしかない。すでに武力衝突にまで発展している以上、全く役に立たないわ。
そもそも、彼女は豹を【麟を人里から連れ去った張本人】と敵視している。それこそ隠岐奈が情報源としてもう引き込んでいてもおかしくないでしょうね」
「…成程ね。人里で過ごしていた麟ってのを覚えているから、麟を人里に返さない豹に協力する理由がないと」
今ここにいる中で唯一麟と面識のない雛が答えを出す。つまり稗田阿求とやらは麟の旧友であり、人里への帰りを待っているということだろう。それならば我々に手を貸すはずがない。
ヒョウが魔界に帰ることを待ち続けていた私だからこそ、その気持ちはよくわかる。
「次の一人は『歴史を創る程度の能力』を持つ上白沢慧音。彼女自身は一度麟のことを忘れてしまったのだけれど、豹が【冴月麟が人里で過ごしていた歴史】を創らせたことで麟のことを思い出したわ。それ以降は忘れることなく麟を覚えているのだけれど…その歴史は人里に広まることなく忘却されたわ」
「ま、そうなるでしょうね。私や姉さんに効果が及ぶ強力な呪いを、無力な人間が防げるはずもない」
「夢月の言う通りよ。稗田阿求と上白沢慧音の手によって、冴月麟が人里で過ごしていた事実はしっかり戸籍等には残っている。でも、それを知っても記憶し続けることが出来た人間は一人もいなかった…麟の友人や父親でさえもね。
―――それに耐えられなかった麟は、阿求と慧音より豹を選んだ」
「それは仕方ないことです。ヒョウの性格からすれば、麟に対して尽くせる手の限りを尽くしたのでしょうし」
そうだろうな…世界から忘れ去られてゆく己を救うために力を尽くしてくれた年長の男性など、幼い少女からすれば縋りついて当然だ。絶望の底から最初に救い出したのがヒョウだった時点で、麟が人里に留まることはなかったのだろう。
「ですが、豹さんからその上白沢慧音という方に依頼を出したということですよね?協力してくれる一人というのはこの方のことでしょうか?」
「いいえ、上白沢慧音は全く別の方向で豹に助力できない…正確に言えば中立を保つ必要があるのよ。
彼女は人里の守護者を務めている半獣。人妖問わず《人里に危害を為す者》が敵になるわ。豹は人里を巻き込むつもりはないから敵に回ることは無いけれど、先に話した稗田阿求を豹自身も敵視しているから人里を頼ることもない。お互いに不干渉を貫く必要がある相手なのよ」
「ヒョウが人間の少女を敵視しただと?何を仕出かしたのだ稗田阿求とやらは」
私にとって予想外が過ぎる事実が八雲紫の口から出たことで、間髪入れずに聞き返してしまった。そんな私を見た幻月と夢月がこらえ切れずにクスクスと笑っている…神綺ほどではないとはいえ、私はもう威厳など気にしていないのだがな。
…魔界神という立場がある神綺が、威厳を全く気にしていないのは問題ではあるが。
「稗田阿求は大の妖精嫌いで、人里の人間に【憂さ晴らしには妖精を使うように推奨する】という愚行を働いたのですよ。人里の有力者という身の上で、です」
「…擁護しようがない愚挙だな」
「ああ、そういえばリリーって妖精もヒョウに協力してるって言ってたっけ。そりゃヒョウなら怒るよ」
「でしょうね。付き合いの短い私ですらそう思いますし。
そうなるとたしかに彼女…上白沢慧音とはお互いに中立でいる必要がありますか」
そしてヒョウが切り捨てたのも納得の理由だった。完全にヒョウの逆鱗に触れている。
力無き妖精を妹扱いしているあたり、私や神綺さえ包んでくれていた優しさは何も変わっていない。そんなヒョウの信念に真正面から喧嘩を売る愚挙だ。むしろよく直接手を下さずに耐えたものだ…
「それじゃ、豹の助けになってくれる最後の一人は誰なのかしら?
私が知らない相手だと、貴方が手を回してくれなきゃ遭遇戦になる可能性があるんじゃない?」
「心配しなくても有名な相手よ。
麟の忘却の呪いを防いだ最後の一人は、紅魔館の主、レミリア・スカーレット」
「っ!?」
返って来た質問の答えに雛が驚いている。
たしか、その名前は…
「先ほどルナサだけ見逃してくるみとリィスさんを連れ帰ったときに、慌てる必要は無いとおっしゃっていましたが…こういう意味だったのですね」
「ええ、レミリアは私にとっても豹にとっても切り札。紅魔館の戦力であれば霊夢と魔理沙に魅魔が揃って襲撃を掛けて来ても、豹の脱出する時間稼ぎぐらい問題なく出来る。なにより数少ない豹と面識のある有力勢力のトップで、隠岐奈本人に対しての鬼札を持っているのよ。
くるみが戻ってくれば伝えてくれると思っていたけれど、どうやらレミリアはくるみとリィスを幻夢界に向かわせたようだから。ここまで私が伝えることにしましたわ」
「…成程な。リィスとくるみから状況を聞いて、先に里香を呼び出すことを命じたということか。
これは心強い味方のようだな」
「ですが、レミリアは己が楽しむことを優先する。サリエル様や幻月と夢月が豹不在のタイミングで乗り込んでしまうと、軽く手合わせなどと言いかねないのです。申し訳ないのですが、今の状況で無駄な戦力消耗は避けたいので紅魔館に出向くのは豹と合流出来てからにしてくださいませ」
「へえ…中々面白そうな奴なんだね。一段落してからなら個人的に出向いてもいいかしら?」
「豹の安全が確保できてからであれば構いませんわ」
成程…リィスたちを感知したことで表に出て来たが、ヒョウと八雲紫にとっては最後まで温存しておきたかった幻想郷内の戦力だということか。あちらから先に動いてしまった以上、今後は我々と協調して動ける有力勢力―――リィス・くるみ・ルナサと魔界・夢幻館・幻想郷に通じている3名に接触してきてくれたのは我々にとって幸運だったようだな。
「ちなみに、そのレミリアさんという方はどうやって麟さんの呪いを防いだのかはお聞きしても良いのでしょうか?」
「これは豹にしか使うことの出来なかった方法でしょうね…
レミリアの能力は【運命を操る程度の能力】。周りにいると数奇な運命を辿るようになったり、珍しいものに出会う率が高くなったり。他には未来予知なども出来るそうだけれど、レミリア自身が完全にコントロールできるような能力ではないわ」
「未来への干渉能力か。たしかにそれは一個人で扱い切れる能力ではない…
だが、ヒョウであれば複数人の能力を掛け合わせることで『ある程度は』コントロールできるように調整できる」
「ご明察ですわ。やはり、魔界にいた頃から豹はこういった方向に秀でていたのですね」
「ああ、ヒョウ最大の得意分野は肉体強化魔法でもなく空間魔法でもなく――複合魔法。
探査魔法に認識阻害魔法を組み合わせることで、自身が探っていることを気取られずに相手の出方を把握できる複合魔法などのように…魔法や結界、固有能力を同時に組み合わせることで最大限に効率化することは神綺でさえヒョウを頼ることがあったのだからな」
「それは凄いですね…ですが、攻撃魔法を使えないヒョウだからこそそこまで至れたというのもあるのかもしれません。
使える魔法が限られているからこそ、複合魔法を編み出す必要があったのでしょう」
「そうして培った豹の得意分野は、幻想郷でも有用でしたわ。
豹は私の【境界を操る程度の能力】で《レミリアの限界という境界》を操り、運命操作の精度を格段に上げて『冴月麟はレミリア・スカーレットに忘却されない運命』に変えた」
「…思い付いても普通は実行できません、そんな方法。豹さんも紫さんも、レミリアさんも凄いですね…」
「個人の限界という境界を操った経験はすでにあったわよ。これが実行できた凄まじい点は、
【つい先日幻想郷全体に影響の出る異変を起こしたレミリアと、幻想郷の管理者である私が、人間の少女一人のために協調した】
ということよ。あのタイミングで私に『麟のためにレミリアと協力してくれ』なんて何のためらいもなく頼める度胸なんて…少なくとも私は持ち合わせてないわ」
「…吸血鬼異変が解決してすぐに異変の首謀者と幻想郷の管理者に手を取り合わせたってことよね。
わかってはいたけれど、豹の覚悟の決まり方は半端じゃないわ…」
幻想郷の住人である雛にとっては、私以上に驚愕の方法だったようだが…本当に、ヒョウは変わっていないのだな。弟もしくは妹と認めた相手と、己の信じた主のためになら…何の躊躇いも無く命を捨てるような行動を取れる。
それは魔界でも、月でも、幻想郷でも変わらなかったということだ。
「本当に面白いね、ヒョウは。絶対に死なせないよ。
それで、紫が麟の呪いを防いだのは【呪いの影響が出る境界】を操ったからかしら?」
「ええ、正確には【呪いが作用する範囲の境界を操り、私が範囲外になるように境界を引き直す】ことで呪いが影響していない。ただ先に言った通り、結構な負担になるからとても他人まで範囲外には出来なったわ」
「逆に麟を隔離するという方法では何か問題があったのでしょうか?」
「豹に『麟だけに集中させて呪いが強化されたら目も当てられなくなる』って止められたわ。
本当に豹は妹と認めてしまった相手には甘いのよ」
「だが、それでこそヒョウだ…―――!」
レミリア・スカーレットという協力者の情報を受け取り終えたタイミングで、それが訪れる。
「―――紫様。仮眠を取らせていた橙の夢を経由して、ドレミー・スイートが接触してきました」
「っ!
そう…申し訳ないけれど、情報交換はここまでの様ですわ」
スキマを開いて九尾の狐…話に聞いていた八雲藍だろう。それが八雲紫を呼び戻しに来たようだ。
「ドレミー・スイート?どなたでしょうか?」
「夢の世界を支配する獏。
先ほど話した直近の月の民が関わった異変において、稀神サグメに助力していた者ですわ」
「「「「「ッ!?」」」」」
その言葉に、私だけでなく幻月と夢月すら大きく反応を返してしまっていた。
それを抑えるように、八雲紫が言葉を紡ぐ。
「おそらく、八意永琳が手を回したのでしょう。私が対応して参ります。
しばらくこちらに干渉できなくなりますので、皆様の判断で動いてくださいませ。危険が少ないようでしたら、藍は幻想郷の状況把握に戻します」
「…頼む。出来れば結果を我々にも伝えてもらいたい」
「勿論です。今の私にとって、最も頼れる戦力が皆様なのですから。
それでは、失礼いたします」
そう言い残して八雲紫と八雲藍がスキマに去る。
とうとう、本格的に動いたか…八意永琳。
「…エリー、雛。襲撃の状況はどうなっている?」
「ルナサ達が襲撃を掛けて来た5人のうち4人は撃退したようね。そこから3―3に分かれてメルランとリリカの援護に向かってるわ」
「くるみとリィスさんはまだ移動中ですね。ただ強力な反応は近くに無いので、里香との合流は出来ると思います」
「それじゃまだ私と姉さんは下手に動けないか」
「そうですね。ですが紫が動けなくなる以上、すぐ動けるようにはしておきましょうか」
新たな協力者の情報が得られたとはいえ、予断を許さない状況が続いている。
このまま皆が無事に合流出来ればよいのだが…
申し訳ないのですが、11/21(火)の更新は休ませていただきます。
次の更新は11/23(木)になります。